【羅針盤(第2回)】廣瀬和貞/アジアエネルギー研究所代表
小売り全面自由化によって大手電力会社における「総括原価主義」の前提がなくなった。
規制環境の変化を受け、大手電力で相次ぐ格付け低下の理由を解説する。
第1回で見たように、総括原価主義による料金規制と地域独占を伴う電力の安定供給の体制は、経済の成長率が高く、それによる電力需要の増加率が高かった時代においては、電力設備の整備と高品質な電力の安定供給にとって、極めて有効な仕組みであった。しかし、日本の輸出産業が、西側諸国の中で最も低コストゆえに競争力があった時代が終わり、アジア各国や世界の他の地域の国々とのコスト競争が激しくなると、電力に関しても、停電が少なく供給が安定していて高品質であることに加えて、価格が低いことが強く求められるようになった。
電力システム改革の一環として、小売事業の全面自由化が2016年4月に実現した。各社の供給区域という概念がなくなり、区域内からの料金収入によって事業費用が賄われるという確実性が失われた。新電力各社との競争も全面化している。これらにより、電力業界の基本的な考え方であった総括原価主義の前提がなくなったと見るべきである。
今後は、旧一般電気事業者の収益が悪化した場合に、それは一時的な状況であって、制度的に認められた電気料金の改定(値上げ)を行えば利益水準を回復できるとみることはできなくなる。つまり、大手電力会社といえども、制度によって収益が守られていた「特殊な会社」から、業況によって収益や財務の状態が変動する、いわば「普通の会社」になったということである。資金調達の方法に関しても、従来旧一電にだけ認められていた一般担保付社債は、経過措置の終了する25年3月末以降は新規の発行が認められなくなる。
これを信用力評価の観点から見れば、収益が規制料金によって保証されなくなるという変化は大きく、経営の安定性に対する定性評価は、従来よりも大幅に厳しくなる。定量評価に関しても、従来は「国の政策に沿って事業を遂行した結果としての収益状況・財務状態」であったが、これからは「経営の巧拙の結果としての収益状況・財務状態」として投資家から見られることになり、財務数値に対する評価も厳しくなる。
旧一電の格付けの低下 その理由は大きく二つ
現在の旧一電各社の格付けを見ると、第1回で紹介した11年3月以前の水準に比べて、複数段階にわたって下がっている。原子力事故の直接の影響が大きい東京電力ホールディングス(東電HD)が大幅に格下げとなった以外にも、沖縄電力を除く電力各社について、格付け各社とも格付けを3~6段階下げている。

出所:格付け会社の公表情報から作成・2022年6月末時点
東電HD以外の旧一電各社が格下げされた理由は、大きく分けて二つある。
一つは、事故後の原子力政策の混乱とそれに伴う各社の収益・財務の悪化であり、この要因は(原子力電源を持たず本土の電力供給ネットワークの混乱とも無縁であった沖縄電力を除いて)全ての旧一電に一律に影響した。第1回で説明した通り、日本の電力事業の規制環境は高度に安定しており、突発的な事象が原因で一時的に電力会社の収益が悪化することがあったとしても、それが長引くことはないと見なされていたことが、電力会社に対して日本政府の格付け水準に近い高い格付けを付与する大きな理由となっていた。
しかし、11年3月の大災害と原子力事故の後、実際には電力システム全体の混乱と電力会社の収益の不振が、数年間にわたって継続した。すなわち、電力会社の信用力を守っている規制の強固さが、格付け会社が従来見込んでいたほどには強くなかったことが明らかとなった。この見立ての変化を受けて、全社一律に格付けの変更が行われたのである。
もう一つは、電力システム改革の進展による事業環境の変化により、実際に収益状況や財務状態が悪化した会社が出てきたことである。ムーディーズが中国電力の格付けを「A3」から「Baa2」に変更したのは、この二つめの要因による。この要因は、各営業エリアの競争環境や、各社の原子力その他の電源構成の違いによる部分が大きい。従って、二つめの理由による格付けの変更は個別性が強く、また格付け会社による見方の違いも大きい。
自由化で先行した欧州 大手の格付けも大幅な低下
一般に、規制に守られていた産業が活発な競争状況に移行すれば、どのプレーヤーにも価格圧力がかかるため、収益状況が悪化し、全般に信用力は低下していく。参考となるのが、日本に先行して電力業界(エネルギー業界)の自由化が進展した他の地域の事例である。欧州の大手エネルギー会社の例を紹介すると、英国のセントリカ、 ドイツのエーオンとRWEの各社は、いずれも自由化後の業界再編の中で集約されてきた大手エネルギー会社であり、その市場地位は高い。しかし格付けは、自由化開始当初の「AA」もしくは「A」という高い水準から少しずつ低下し、現在は3社とも「BBB」の範疇にある。

出所:ムーディーズの公表情報から作成
しかし、日本と欧州では産業の基本的な条件が異なり、エネルギー業界の事業環境や競争状況も違いがあるため、単純に日本の旧一電が欧州各社と同じ「BBB」の水準の格付けにまで下がっていくと予測することは適切ではない。連載の最終となる次回は、旧一電各社の格付けが、今後はどのような要因によって、どのように推移していくとみられるのか、他の社会インフラ事業会社との比較も交えて考察する。
ひろせ・かずさだ 東京大学法学部卒。米デューク大学経営学修士。日本興業銀行、ムーディーズを経て現職。総合資源エネルギー調査会委員。日本信用格付学会常任理事。日本証券アナリスト協会検定会員。近著に『アートとしての信用格付け その技法と現実』(金融財政事情研究会)。



