【論説室の窓】吉田博紀/朝日新聞論説委員
脱炭素を目指す過程で、石油と今後どう付き合うべきか。ただでさえ、一筋縄ではいかない問題だ。
そこに新たな地政学リスクまで加わった今、石油政策を一から作り直す必要があるのではないか。
統計の発表を1日余り前倒ししてでも、周知を優先させた異例な対応ぶりに、政策のイレギュラーさが表れていた。
日本エネルギー経済研究所石油情報センターが発表する石油製品価格調査は、月曜日時点の全国と各都道府県の平均を、2日後の水曜日午後2時に発表するのが原則だ。しかし、1月24日の結果は、全国平均だけとはいえ翌25日午前、資源エネルギー庁から明らかにされた。
「初回は適用前にご理解いただけるような時間があった方がいいと考え、大臣と相談して集計を前倒しした」(担当者)
この日発表されたレギュラーガソリンの価格はℓ当たり170・2円。「コロナ下における燃料油価格激変緩和対策事業」が、2日後の木曜日から発動されるという宣言だった。
事の起こりは前年11月16日。3日後の取りまとめに向けて、政権初となる緊急経済対策を検討する最中、萩生田経済産業大臣が岸田首相を官邸に訪れた。10兆円の大学ファンド創設や半導体の国内生産を支援する基金などと並ぶ対策の柱として、ガソリンなどに対する補助金が打ち出された。
ガソリン価格は直近まで10週連続で値上がりし、7年ぶりの高値水準になっていた。家計や企業収益の悪化を心配し、凍結されているトリガー条項を解除して店頭価格を引き下げるべきとの議論も起きた。そこで急きょ考えられたのが、新しい補助金だった。
ガソリンの全国平均価格が170円に達したら、石油元売りなどに対し、対象4油種で1ℓ当たり5円を上限に補助。その分卸値を下げてもらい、ガソリンなどの店頭価格の上昇を抑える。こう概要を書くと単純に見えるが、方針が報じられた後にはさまざまな課題が指摘された。
元売り各社が補助金分を全て卸値に反映させるのをどう担保するのか。卸値が下がっても、店頭価格は小売業者が自由に決めるため、消費者に恩恵が十分届かないかもしれない。電気・ガスや食品、日用品など幅広く値上がりしているのに、なぜ燃料油だけ税金で価格を抑えようとするのか―。実務面でも、対象の油種をどうするかなど、細かな調整がギリギリまで続いたという。

「現場知らぬ人の思い付き」 業界からは不満の声も
補助金は石油業界からも不評だった。家庭で月50ℓのガソリンを自家用車に使うとして、補助額は月250円。業者にかかる手間と、消費者への恩恵が見合わないのでは、との疑問があった。ある業界関係者は「天下の愚策。現場を知らない人の思い付きだ」と言い切った。
実際に発動された後、ドバイ原油価格は上がり続けたが、ガソリンの店頭平均価格は2月中、170円近辺で踏みとどまった。同庁の担当者は「迅速に、かつ灯油や重油にまで幅広く補助が出せた。トリガー条項ではこうはいかなかった。ホッとしている」と話した。
とはいえ、小売価格に政府が直接、働きかけようとしたとも取れるやり方は、市場経済の原則から見て感心できるものではない。
「目的のためには手段を選ばず」のような手法は、これだけではなかった。
緊急経済対策が発表された翌日の11月20日、岸田首相は、同様に石油価格高騰に悩む米国政権からの要請を受け「法的に何ができるか、いま検討を進めている」と石油備蓄の放出に言及。そしてその4日後、「米国と歩調を合わせ、石油備蓄法に反しない形で国家備蓄石油の一部売却を決定した」と表明した。
石油備蓄法は備蓄の放出を、供給途絶の恐れや災害時に限定し、価格引き下げを目的とする放出は想定されていない。そこで、備蓄している石油の入れ替えを、各国の放出に合わせて前倒しするとの「理屈」をひねり出した。「正面から考えたら放出できないので、工夫したということだ」と首相周辺は打ち明ける。
日米だけでなく中国、インド、韓国、英国と協調したこともあってか、直後こそ原油先物価格は下落したが、年が明けると市況は再び値上がりに転じた。「口先介入」以上の効果は得られなかったといえる。
カーボンプライシングを意識 化石燃料課税の再整理が必要
この半世紀余りの世界経済の成長を支えてきた原動力は、増えるエネルギー需要に応える形で供給能力を増強させた石油だった。これからも世界のエネルギー需要は増え続けるとみられるが、世界が脱炭素を志向する中で主役は再生可能エネルギーに移り、石油の需要はその従属変数になる流れになっている。需要予測の不確実性が増せば、新たな投資が鈍ることは避けられない。
このように、需給双方の事情からかつてないボラティリティーにさらされることになる石油政策が、これまでの延長上にあっていいはずがない。3月4日には、ウクライナ侵攻を受けて激変緩和措置の補助上限を25円に拡大したが、そのようなその場しのぎの対応を続けていても、急激に変貌する現実からの乖離を解消することはできないだろう。
80を超える国や地域でカーボンプライシングの導入が進んでいることもあり、石油にはしばらく価格上昇圧力がかかると予想される。脱炭素を目指す上では、それは必ずしも悪いこととは言い切れないが、価格が急上昇すれば、エネルギー多消費産業や低所得者らが負担に耐え切れなくなる恐れもある。どんな構えで価格に向き合うべきか、腰を据えた対応が求められる局面だ。その中では、課税目的も税率も品目ごとにばらばらな化石燃料課税の整理も視野に入れる必要がある。
備蓄についても見直すべき点がありそうだ。取り崩せる要件は時代に合っているのか。今後の石油需要を見越した適切な備蓄量とはどのぐらいなのか。
産油国との関係を良好に保つ努力も忘れることなく、石油政策の新たなパッケージを作り上げる時期を迎えているのは疑いない。











