【業界紙の目】中村直樹/科学新聞編集長
新型コロナのワクチンや治療薬だけでなく、ポストコロナ時代を見据えた研究開発が進んでいる。キーワードは「異分野の連携」。エネルギー業界の既存技術が活用できる可能性もありそうだ。
新型コロナウイルス感染症の拡大により、世界の死者は120万人を超え、各国の経済にも大きなマイナス影響が出ている。新型コロナのワクチンや治療薬の開発が世界中で進んでいるが、過去十数年を振り返ると、MERSやSARS、デング熱、ジカ熱、新型鳥インフルエンザなど、新興・再興感染症が次々と発生しており、新型コロナが終息したとしても、その後、新たな感染症が発生・流行することは想像に難くない。
そうした中、現在の新型コロナに対抗しながらも、新たな脅威にも対応できるポストコロナ時代を見据えた研究開発が進んでいる。
工学的アプローチも加速 センシングやLEDを活用
新型コロナなどの呼吸器系ウイルスの感染は、ウイルスに感染した人の呼気などが、直接あるいは間接的に他の人に触れることで起こる。つまり、感染し呼気などで体外にウイルスを排出している人を特定できれば、ウイルスの拡大は抑え込むことができる。
現在行われているPCR検査では、鼻や喉の奥にある粘膜からサンプルを採取して分析するのだが、約3割は偽陰性(感染しているのに未感染と判定される)が出てしまう。大きな原因の一つが、喉の奥でウイルスが増殖するのではなく、肺の奥で増殖しているケースだ。喉の奥ではウイルスの数が非常に少なく、サンプルにほとんど含まれないため、偽陰性と判定されてしまう。
東北大学と島津製作所は10月、呼気を集めて質量分析装置で検査する方法を開発した。肺の奥でウイルスが増殖していても捉えることができ、偽陰性はなくなる。またウイルスだけでなく、さまざまな物質を同時に検出できるため、体内の異常を早期に診断することもできる。もちろん、新たなウイルスにも対応可能だ。ただし、5分間チューブをくわえて呼気を集め、結果が出るまで1時間程度待たなければならない。また高額な質量分析装置を使うため、病院や検査センターでないと使えない。
理想は、居酒屋やイベント会場の入り口で簡単にウイルスを排出しているかどうかを判定できるシステムである。これが可能になれば、参加者はマスクや三密対策なしに交流できるようになる。実は、そうした技術開発も進んでいる。アイポアという日本のベンチャー企業が実用化を目指しているセンシングシステム「eInSECT」だ。
もともとは2019年3月末で終了した内閣府のプロジェクトで開発が進められていた技術である。コアとなるのが、スマートナノポアセンシング技術。厚さ50 nmの薄膜に直径10 nm~10 µmの穴を開けておき、薄膜に電流を流しておく。小さな穴を物質が通過するとイオン電流や電気浸透流が変化し、それを数学的に解析することで、穴を何が通ったのかを判別することができる。機械学習を使うことで、人間の目では解析が難しい微量な変化をすぐに捉えることができる。

提供:内閣府
大学病院などで行った試験では、インフルエンザウイルス、RSウイルス、コロナウイルス、アデノウイルスを1パルス(ウイルス2個)で82・2%の精度で識別できるようになった。さらに唾液に含まれるインフルエンザウイルスについては、A型とB型を91%、A型とAの亜型を76%の精度で識別できた。この結果はウイルス1個の検出精度なので、20個のウイルスでの識別率は100%になる。また同じプロジェクトで開発した水フィルムデバイスでは、大気中1㎖に10個含まれるバイオエアロゾルの捕集ができる。
これらを組み合わせて将来的には、息を吹きかけるだけでウイルスを排出しているのかどうか、それはどのウイルスなのかを瞬時に判別することも可能になるだろう。しかも、センサ自体は非常に小さいため、装置の小型化も可能だ。
14年にノーベル賞を受賞した名古屋大学の天野浩教授らが開発した深紫外(波長400nm以下)LED(発光ダイオード)は、1分間照射するとウイルスが99%不活化し、10分間では99・9%を不活化することができる。既に複数のメーカーが、マスクや医療器具などの消毒用装置として販売している。
また、深紫外LEDで清浄にした空気によるエアシャワーや、深紫外LEDを組み込んだ空調システムの開発も進む。例えば、医師が診察時、清浄な空気を間に挟んで患者と向き合えば、マスクなしで発熱患者を診察することができる。また、コロナ患者を受け入れる病院内の隔離区画をエアシャワーで区切り、区画内の空気を深紫外LEDで無毒化して循環させれば、病院スタッフの負担を大幅に軽減できるようになる。
ポストコロナの市場開拓 エネ業界の技術に可能性も
新型コロナウイルスに対して、同じバイオ系の土俵で勝負するのがワクチンや治療薬だが、今回紹介したセンシングシステムとLEDは、工学的アプローチからポストコロナ社会の新たなマーケットを切り拓くものだ。異なる分野の研究が他の分野に大きく貢献することや、異分野の協働で新たな発見やイノベーションにつながる成果を生み出すというのは、現在の最先端技術開発領域では、重要なアプローチの一つになっている。
エネルギー業界の技術開発動向について詳しくはないが、例えば、可燃性のガスや液体を使う業界が持っている静電気制御技術を活用すれば、静電気でウイルスや花粉、細菌などを集めることができる。これを空調に利用すれば効率よく空気を清浄化できるし、壁紙に利用すれば、住宅の花粉症対策にも活用できる。熱流体の制御技術は、調理家電にも使えそうだ。
各社の既存技術が、他の業界で未解決だった課題を解決したり、異業種の技術連携で新たな製品やサービスが生まれたりすることもある。国立社会保障・人口問題研究所の人口動態推計によると、15年時点で1億2709万人の日本の人口は、53年に1億人を割り、65年には8808万人になるという。人口減少はエネルギー消費の低下に直結することから、異業種・異分野の連携によって新たな道を見いだす必要があるだろう。
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