【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表
一言で表せば、羊頭狗肉。毎日9月24日一面トップの国連総会に関する記事だ。
中国の習近平国家主席による22日のビデオ演説を大扱いした。「2060年までに国内の二酸化炭素の排出量を『実質ゼロ』とする」と表明したという。
記事の通り、中国は「温室効果ガス排出量の3割弱を占める最大の排出国」だ。その国が初めて大胆な目標を「明言」し「30年までに排出量を減少」に転じさせる方針も示した、とある。
中国との対立を深める米国は「トランプ政権が地球温暖化防止の国際枠組み『パリ協定』からの離脱手続きを進める」。中国離れは欧州連合(EU)諸国でも顕在化しており、「存在感を演出する狙い」と好意的に書く。
問題は、「ただ、中国は二酸化炭素排出量の多い石炭火力発電の新設計画を加速させており、目標達成に向けた具対的な政策は不透明」の部分。無策らしい。
記事は続けて、トランプ米大統領がビデオ演説で「中国の排出量は米国の2倍近くに及び、急速に上昇している」と指摘したことも紹介する。実際、2000年以降の中国の排出量増加は世界で突出している。それでも、二面で習氏演説を「ビッグニュース」と称えるセンスには首をひねる。
むしろ、怒るところだろう。例えば、汚水で水質が悪化した川があったとする。町内の住民が協力して、汚水を減らす活動をしてきた。が、一軒だけ大量に汚水を出す家がある。習さんだ。しかも年々、汚水量を増やしている。町内会が開かれ、習さんの演説。
「あと10年くらい汚水の量は増える。仕方ない。でも、その後は減らすつもり。30年くらいかけてゼロを目指す。具体策はこれから。責任を果たします」
たぶん、「まだ汚水を増やすのか」と非難轟々になると思う。
同日付け英経済誌エコノミストは毎日と対照的だ。「(中国の)目標達成は容易でない」と、演説を冷ややかに紹介する。
まず、「30年までに排出量を減少させる目標は、以前から25年に減少に転じると国内外で予測されていて問題はない」という。実際、経済の急成長期が過ぎると、どの国も排出量は安定する。米国、日本のほか欧州も、多くは既に排出量は横ばいか、減少傾向だ。
あえて、その時期を5年先送りにした意図は何か。
エコノミスト誌は、習氏が、減らす対象を二酸化炭素に限定したことにも「慎重に言葉を選んだ」と疑問を呈した。世界はメタンガスなどの削減にも取り組む。
そして「60年までにゼロ」だ。同誌は、「中国はどんな草の根活動も抑圧可能で、原子力発電所も反対運動を気にせず増やせるなど、変革を実行できる国だ」と皮肉りつつ、「二酸化炭素を大規模に吸収して地中に埋める革新技術を開発するとか、途方もない規模の造林をして炭素を固定するとか、そんな方法がなければ、実現はほぼ不可能」と断じた。
その3日後、朝日9月27日一面トップは「温室ガス『ゼロ』、中国の野心」である。習氏演説にあらためて着目し、「最大の排出国の野心的な宣言が各国の背中を押し、米国の『パリ協定』離脱表明で停滞していた温暖化対策が動き出す気配もある」と書く。
見出しの「温室ガス」は二酸化炭素だけに言及した習氏演説の拡大解釈だ。本文も「ほかの途上国の参考になる」など中国への期待に満ちる。大丈夫か、朝日。
いかわ・ようじろう デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。