気候変動解決への大規模開発 地域と共に歩む再エネ事業


【エネルギービジネスのリーダー達】木南陽介/レノバ代表取締役社長CEO

創業から20年、将来の気候変動問題の解決に向け、再エネの大規模開発で実績を積んできた。地域との信頼関係の下で実現した発電所は、自然と共存しながら稼働を続けている。

きみなみ・ようすけ 1998年京大総合人間学部卒、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン入社。2000年5月にレノバ(旧リサイクルワン)を設立し、12年から再エネ事業に進出。18年に東証一部に上場。

再生可能エネルギーの電源開発と運営を専業とするレノバは今年、創業から20年目を迎えた。「気候変動問題に責任を持って対応するには民間企業が事業として行っていくしかない」。木南陽介社長はこう力を込める。こだわりは大規模開発。「CO2削減には一定の規模が必要」だからだ。有望地域の選定、事業性評価や発電所の設計、電力会社との協議、許認可・設備認定の取得から建設、運転管理まで、自社に専門性の高い社員をそろえ、ほぼ全てのプロジェクトのリード企業として、パートナー企業との協働の中核を担う。

再エネの開発には、立地地域と発電所の共生が常に課題となる。「多くの地域の方々にとって、電源立地は初めての経験であることが多い。懇切丁寧に説明するのは当然のこと」。時間をかけ、地域住民ととことん向き合う。環境影響評価法(環境アセスメント)に基づく説明会に加えて、個人・団体・町内会など、さまざまなステークホルダーにも個別に事業内容を説明。幾度もの質疑応答や対話を重ねるうち、徐々に地元の要望や期待が見えてくる。雇用創出、観光資源としての活用、林業や漁業など地場産業へのメリット―。発電所の設計・運用に、こうした要望や期待を反映して開発を進めていく。

「地域の資源は使わせていただくもの」。だからこそ、発電所は地元住民の意向に沿い、地域にプラスになるべきだ。そうした思いで太陽光、風力、木質バイオマス、地熱の電源開発・運転に取り組み、現在運営・建設中(工事準備中を含む)の発電所は国内外で20カ所、合計設備容量は約91万kWで、開発中の案件も含めると約180万kWに上る(10月末日現在)。

自然を最大限に生かす 共生を目指して開発

エネルギー業界においてレノバは新規参入組。故に、最初に取り組んだ太陽光発電では、建設が容易な案件はほぼなく、さまざまな障壁との闘いの連続だった。一つが三重県の「四日市ソーラー発電所(2万1600kW)」。三重県は大規模太陽光に関する独自の条例に基づき、環境影響評価法で求められる水準に近い環境アセスメントの手続きを定めており、業界ではハードルが高い地域。そうした中、適地と見込んで、開発を決めた。また、事前調査で複数の希少生物の生息を確認し、建設計画を大幅に変更。追加投資で1haのビオトープを造成した。

一方、岩手県の山中に建設した「軽米西ソーラー・東ソーラー発電所(計約13万kW)」では、斜面を削る平地化を行わず、山肌を残し、日の当たる南側に太陽光パネルを敷設。地面は緑化し、雨水の流量を加減する調整池は約30カ所に造成し、自然災害に備えた。

一手間も二手間もかけるのは、発電所が地域の付加価値となり、将来にわたって長く運用される電源となるべきとの思いからだ。「価値を高める提案にこそ意義がある」。レノバは投資会社ではない、事業会社だという自負がある。

身近にあった環境問題 会社設立のきっかけに

神戸市の出身。幼少期を過ごした1980年代、山を削り、臨海部を埋め立て、新たな街が生まれる一方、自然の変わり果てた姿を目の当たりにしてきた。エネルギー・環境問題に関心を抱き、京都大学に進学後、環境政策論と物質環境論を専攻。在学中、地球温暖化防止京都会議(COP3)が開催され、議論の行方を見守った。しかし、一部の学識者などの関心事にとどまり、社会全体の問題意識になっていないと実感。ビジネスを通じた環境問題の解決への貢献を目指し、会社設立を決意する。

コンサルティング会社勤務を経て、創業時はリサイクルワンという社名で環境・エネルギー分野の調査・コンサルティングやリサイクル事業の開発などで実績を積みつつ、再エネ事業参入の機会をうかがった。東日本大震災でエネルギー政策が大きく転換。2012年、調査・検討を進めてきた再エネ事業への本格参入を果たす。

今後、注力するのが洋上風力だ。参入を決めたのは15年のこと。秋田県の新エネ戦略を踏まえ、由利本荘市沖での事業計画を策定した。漁業関係者との海底地盤調査のほか、環境アセスメントについては、法定の説明会に限らず大小数十回の自主説明会を開催した。

今年6月には、準備書に対する経済産業相からの勧告を受け、評価書提出の最終段階に入った。また、由利本荘市沖が国の促進区域に指定され、公募への準備を進めている。洋上風力は、風車やその据付け、海底送電線など、関連する技術分野が多岐にわたり、エンジニアリング力を今まで以上に高める絶好の機会。また、地域の期待に応える上でやりがいもある。 国が洋上風力推進の方向性を示し、日本は今、普及に向けたスタート地点に立ったところだ。「国民負担を抑えた、持続可能な洋上風力開発のモデル事業となる責務を感じている」。自身にプレッシャーを掛け、挑戦する日々が続く。

再エネ推進と化石燃料利用の両輪で進む中国


【ワールドワイド/コラム】

9月26日、オンラインで行われた国連総会で中国・習近平国家主席が「2060年までにカーボンニュートラルを目指す」と宣言。世界最大のCO2排出国の発言は、世界中の話題をかっさらった。

そうした中、中国共産党は重要施策を決定する党中央委員会第5回全体会議(5中全会)を開催し、21年から25年にかけての中期計画である「第14次5カ年計画」を承認した。そもそも5カ年計画とは農業から工業、軍事などを網羅した施政方針。その中で脱炭素化についても述べられており、その大枠について新華社通信が報じている。

報道によると、脱炭素に向けて自然の保全・保護・回復に軸足を置くのと同時に、経済・社会全体でグリーンイノベーションを起こすと規定。30年までに炭素排出のピークアウト達成を目指すという目標についても、行動計画を策定し対応策をさらに強化する構えだ。しかし、発表にはグリーンかつ低炭素な開発を推進すると書かれているのみで、具体的な電源には触れられていない。

さらに、11月8日に石炭業界の国際展示会が開催され、「国内産業は石炭をクリーンかつ高効率に利用している」とアピール。また同日に開かれた資源開発の国際会議で政府高官は、「石油・ガス開発を積極的に拡大する」と発言するなど、これまで通り化石燃料の使用を継続する方針だ。

中国は太陽光発電や風力発電部品は世界一の出荷量を誇り、国内でも再エネ開発を強く推進している。だが、あくまでも一つの側面にすぎない。再エネに加え、原子力発電や火力発電を両輪に据えて、脱炭素と経済成長の両立を目指している。対外的には脱炭素社会を目指すが、経済成長を損なうことは決して行わない、中国のしたたかな戦略が透けて見える。

バイデン政権で大きく変わる 米国のエネルギー環境政策


【ワールドワイド/環境】

本稿を執筆している11月8日、バイデン氏の大統領選の勝利を確実視する報道が流れた。トランプ氏は郵便投票の不正を理由に裁判闘争に挑む構えであるが、バイデン政権が誕生すると考えるのが妥当だろう。

バイデン政権の誕生によって米国のエネルギー温暖化政策は大きく変わることになる。共和党と民主党の両極化がしばしば指摘されるが、地球温暖化問題は党派性が最も強い分野の一つである。

トランプ大統領就任以降、パリ協定離脱、クリーンパワープランの解体など、オバマ政権が行ってきたことを次々に否定。その間に民主党内部では、グリーンニューディールなどの過激な温暖化対策を標榜する左派リベラル派が影響力を増したことなどもあり、新政権ではトランプ政権の政策が次々に否定されることになるだろう。

バイデン氏がサンダース氏ら左派の支持をとりつけるために設置したバイデン・サンダースタスクフォースでは、遅くとも2050年までに経済全体のネットゼロエミッション、35年までに技術中立的基準により電力部門のCO2排出ゼロ達成を目指している。

また800万カ所に国産PVパネル、国産風車を6万カ所設置、30年までにすべての新築建築物をネットゼロエミッション化、5年以内に既存建築物400万カ所の省エネ化に向け数百億ドルの民間投資を誘導するなど、脱炭素化に向けた野心的な項目が並ぶ。

国際面ではパリ協定に再加入し野心的な30年目標を設定する、他国にも野心レベル引き上げを働きかけるなどの方向が打ち出されている。ただサンダース氏が掲げていたフラッキング禁止は連邦所有地にとどめ、原発を含めすべての脱炭素化のオプションを追求するなど現実的な面もみられる。だが、これら施策には膨大な予算が必要で、当初10年間で1・7兆ドルだった温暖化対策予算は、4年間で2兆ドルに引き上げられた。

民主党は大統領選と下院を制したが、上院では共和党が引き続き過半数を維持すると見込まれる。そのためオバマ政権と同様、行政命令や既存法の解釈運用による温暖化政策が中心になりそうだ。最高裁判事の陣容も保守派6人、リベラル派3人になったため、訴訟が起きた場合、政策実施に支障をきたす可能性もある。まずは国務省、エネルギー省、環境保護庁などの人事に大きな注目が集まる。

電源構成見直しでCO2削減 世界をリードする英国の政策


【ワールドワイド/経営】

今年10月26日に、菅義偉首相が2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロにすると宣言し、目標と具体策に注目が集まっている。だが、英国では19年6月に同じ目標を先進国で初めて法制化している。

英国は気候変動対策にいち早く取り組み始め、08年にはGHG排出量を50年までに1990年比80%削減すると制定。90年と19年速報値の比較では、GHG排出量を45%削減しながら、78%の経済成長を達成している。

08年以降、英国内で排出量削減に最も貢献しているのは電力部門における電源構成の変化である。08~18年にかけ、CO2の排出量を62%削減し、kW時当たりのCO2排出原単位を10年時点の約500gから18年には246gへほぼ半減させた。主な要因は石炭火力の発電シェア低下であり、12年の39・2%から18年には5%まで低下した。代わりにガス火力が主電源(同28%から40%)となり、太陽光および風力も同6%から21%に大きく増加した。

背景には12年から実施されている電力市場改革がある。大型の再生可能エネルギー電源を対象とした支援制度(FIT-CfD)により洋上風力の開発が大きく進展したほか、CO2排出量の多い電源の運転抑制を目的としたCO2排出価格の下支え制度(CPS)により石炭火力の閉鎖が加速した。

電力部門における今後の方向を占う上で、英国政府からのエネルギー白書の発表が待たれているが、18年以降、EU離脱問題やコロナ禍により、20年10月現在まで発表延期が繰り返されている。その結果、不透明になっているのが原子力発電所の新設計画だ。

安全対策費の増大により資金調達が大きな課題で、既に東芝と日立製作所は撤退。仏系EDFエナジーと中国のCGNの開発計画が残っているが、中国との関係悪化が影を落とし始めている。とはいえ25年までに石炭火力の全廃を決定したほか、洋上風力の発電容量を30年までに4000万kWへ拡大する目標を立てている。50年実質ゼロの法制化を提案した政府の諮問機関「気候変動委員会」は、脱炭素化に向けた取り組みがコロナ禍で停滞した経済の回復や、来年議長国として主催予定の国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP26)・主要国首脳会議(G7)での自国のリーダーシップにつながると考えている。

また運輸と熱供給の電化、炭素回収貯留(CCS)、水素活用、省エネ推進など、電力部門以外での脱炭素化政策を呼び掛けている。

【マーケット情報/12月11日】上昇、需要回復の兆し強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油市場はすべての指標が前週から上昇。各地の経済活動が活発化し、需要回復への兆しが強まった。

インド国営石油会社IOCは、同国に保有する製油所の11月稼働率が100%だったと報告。同製油所の稼働率が100%になるのは3月以来。また、サウジ・アラムコ社が1月積み調整金を引き上げしたことも上方圧力として働いた。アジア各国への輸出が4か月間で最多となっており、アジア各国での需要回復が引き上げの背景としている。

供給面でも、イラク掘削現場で爆発事故があったことや、ロシアの産油量が減少したことがひっ迫感を強め、買い手の購買意欲を誘った。

ただ、週終わりの金曜日に発表された米国内で稼働する掘削リグ数は前週から15基上昇の338基となり、下方圧力として働いている。同水準に達するのは5月以降初めて。

【12月11日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=46.57ドル(前週比0.31ドル高)、ブレント先物(ICE)=49.97ドル(前週比0.72ドル高)、オマーン先物(DME)=50.57ドル(前週比1.16ドル高)、ドバイ現物(Argus)=50.21ドル(前週1.36ドル高)

【コラム/12月14日】電気事業のデジタル化とマネジメントの課題


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

電気事業のデジタル化への対応は、プロダクトやプロセスのみならず、組織、イノベーションマネジメント、価値創造ネットワーク、マネジメント改革、協調の文化の醸成、およびカスタマーセントリック思考の様々な観点から論じられなくてはならない。組織、イノベーションマネジメント、価値創造ネットワークについては、それぞれ以前のコラム(2018/07/09、2020/10/05、2020/11/09)で触れたので、今回は、マネジメントの課題であるマネジメント改革と協調の文化の醸成について述べてみたい。

 デジタル化に伴うマネジメント改革の重要性はいうまでもない。とくに、イノベーション創出への期待の高まり、スタートアップとの協調、アジャイルに代表される新しい開発手法の導入、従業員のデジタル能力の醸成などは、従業員のマネジメントのあり方に影響を及ぼすからである。重要なことは、デジタル企業やスタートアップで経験を積んだ若い従業員は、新たな視点や期待を有していることへの留意である。

デジタル企業におけるマネジメントは、伝統的企業のそれとは大きく異なっている。その大きな違いは、デジタル企業が小規模であることに起因すると見方もあるが、Google、Microsoft、Amazonの例から分かるように、今日では、デジタル企業は、超大企業の規模に達しているものも多い。しかし、これら企業のイノベーション創出力、フラットなヒエラルキー、経営のスピードは現在まで失われていない。それゆえ、マネジメントの違いは企業の規模だけに帰することはできない。

マネジメントの違いは様々であるが、1つには、デジタル企業では、従業員は通常、階層を超えて大部屋でチームで協働し、マネジメントは、チームの中央に座し、要求されれば素早く支援や決定を行う。また、ミーティングは、しばしばアドホックで招集され、短時間開催される。さらに、いくつかの企業は、経営者との週例の全社的ミーティングを開催しており、従業員が経営者に対して直接質問できる制度があるほか、キャフェテリアでの無料の食事の提供やサークル活動などを通じて、普段仕事で関係しない従業員同士のコミュニケーションの増進を図っている。

デジタル企業では、経営者は、唯一の意志決定者というより、むしろコーチやファシリテータと見なされている。決定はチームによって、客観的なデータに基づいて下される。また、経営者は、オープンエンデッドなプロジェクトや失敗を受け入れ、従業員によるトライアルアンドエラーを伴う挑戦を許容する。重要なことは、初めから完全なプロダクトを目指すのではなく、数多くのアイディアをテストし、そのうち多数ものは破棄し、いくつかの大変成功する可能性のあるものを見出すことである。

 経営者にとって、協調の文化を醸成していくことも重要な課題となっている。すでに述べたイノベーションマネジメント、価値創造ネットワーク、マネジメント改革は、企業の組織構造を中長期的に変化させる。とくに、「サイロ型システム」といわれる伝統的企業に特徴的な「縦割り組織構造」は減少し、デジタル化の進展とともにアジャイルなプロジェクトチームに見られる分野横断的な組織が増大していくだろう。そのような分野横断的な組織では、協調が重要なキーワードとなる。例として、顧客視点から一貫した「エンドツーエンド」の業務プロセスが設定される場合、顧客視点からの成果のみが決定的な重要性をもち、企業内部の強い協調が求められる。協調を促進するためには、経営層の役割が極めて重要である。デジタルプロダクト創出のために、経営者は分野横断的な協調を一層促進していかなくてはならない

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

混迷のナゴルノ・カラバフ問題 資源開発事業にも潜在的な脅威


【ワールドワイド/資源】

アルメニアとアゼルバイジャンの係争地、ナゴルノ・カラバフで9月末に勃発した武力衝突が泥沼化した。11月10日にはロシアの仲介により4回目の停戦で合意したが、最終的な解決に向けては依然先行きが不透明だ。

発端をオスマントルコとアルメニアの民族および宗教的対立にさかのぼるといわれるこの長く根深い問題は、ソ連末期に暴力化し、両国間の大規模な武力紛争に発展。1994年にロシアの仲介で停戦した後、アルメニアの支援を受ける「ナゴルノ・カラバフ共和国」がアゼルバイジャン南西部を実効支配する状態が維持され、欧州安全保障協力機構のミンスク・グループが和平交渉を仲介してきた。

しかし、最終的な解決に至らず散発的な衝突が続いている。今回の軍事衝突では10月中に計3回停戦で合意したにもかかわらず、毎回停戦開始直後に戦闘が再開し、死傷者が千人規模に上る異例の事態となった。

カスピ海西岸に位置するアゼルバイジャンには、ロシア、欧州につながる原油・ガスパイプラインが複数通っている。このうちShakh Denizガス田の天然ガスをバクー近郊からジョージア、トルコを経由して欧州に輸送する「南ガス回廊」が今年中に完成する予定だ。3本のパイプライン計画からなる「南ガス回廊」の最終部分、トルコ、バルカン半島を経てイタリアに至るTAP(Trans Adriatic Pipeline)の敷設作業は10月に完了し、アゼルバイジャンは量こそ少ないが、欧州市場にロシア産ではない天然ガスをパイプラインで供給する象徴的な立ち位置を手に入れることになる。

アゼルバイジャンは今回の戦闘でアルメニア側からパイプラインに攻撃を受けたと複数回発表し、資源供給を脅かしていると国際社会に警鐘を鳴らす。一方のアルメニアは「石油・ガスインフラを攻撃対象と見なしていない」と否定しているが、実際のところ付近で攻撃があったとしても、アルメニアがパイプラインを標的とすることは考えにくい。ロシアや欧米企業も参加する石油・ガス事業に被害を与えれば、国際世論を敵に回すことになりかねないからだ。

しかし、紛争地域に流入しているとされる外国人武装集団には注意が必要だ。彼らは主にトルコで雇われて戦闘に加わっているとされるが、制御の効かない勢力となって破壊工作を行う事態になれば、石油・ガスインフラへの攻撃も懸念される。戦闘の停止に加え、紛争地域の監視が徹底されなければ、新たな問題の火種になりかねない。

仙台市ガスの公募締め切り 応募は「4社連合」のみか


仙台市ガス局の民営化を巡り、市による事業継承者の公募受付が10月29日に締め切られた。市は、提案内容の審査を経て来年5月に優先交渉権者を決定し、22年度内の事業譲渡を目指す。

これまでに東北電力と東京ガスの2社が公募申請したことを表明。両社は、石油資源開発(JAPEX)、ENEOS系特約店のカメイとともに企業連合を組んでおり、この4社連合以外の動きは聞こえてこない。民営化の方針が明らかになった当初は、都市ガスや電力、LPガスなど複数社が高い関心を示していたが、いずれも応募を断念したとみられる。

300億円を超える市場規模は大きな魅力だが、マレーシアの国営石油会社とのLNG長期契約など、ほかの公営ガスにはない課題が山積しているため、4社連合のような異業種による強力なタッグを組まない限り事業を継承することは事実上不可能といえる。

市は企業債残高を一括償還するため、400億円という割高な譲渡価格を設定した。競合が出ず価格がこれ以上つり上がらないことに胸をなでおろしているのは、4社連合にほかならない。

怒りに満ちた東京新聞 処理水放出で「禁じ手」


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表

この新聞は「怒り」が充満している。「東京新聞記者、停職2週間、取材中に暴力的行為」(読売11月1日)で、そう思った。

「記者は社会部の40歳代男性。政府が新型コロナ対策で配ったマスクの単価などを調べるため、厚労省に情報公開請求をしたが不開示。これを受け、9月4日に同省職員を取材した際、『ばかにしているのか』と大声をあげて机をたたくなどした」という。

怒りは記事もだ。東京11月3日社会面トップ「処理水放出方針、福島の漁師怒り」である。

東京電力福島第一原子力発電所近くの港で漁船に乗船し、漁を間近に見た記者の体験記らしいが、現場の描写はわずか。ほとんどは、記者の憤りを漁師たちのコメントに託してつづった文章だ。

「原発から出る汚染水を浄化処理した後の水について、政府は海洋放出の方針を決定しようとしている。反対の声を上げる漁業関係者の思いの底にあるのは、被災者と向き合わない国と東電への怒りだ」。冒頭からすごい。

共感し難いのは、「(海洋放出したら)漁業はやる人いなくなっと。自殺者が出るよ」という漁師のコメントの扱い方だ。「自殺者」の文言は不要だろう。

無用な自殺報道は、リスクの高い人の自殺を誘発しかねない。なので、世界保健機関(WHO)は『メディア関係者に向けた自殺対策推進のための手引き』(自殺報道ガイドライン)を作っている。「やってはならないこと」は「自殺を問題解決策の一つであるかのように紹介しない」である。東京記事は一線を越えている。

今夏、自殺報道が相次いだ。コロナ禍で社会不安も広がる。朝日9月28日電子版「著名人の自殺、過度な報道を控えるよう要請、厚労省」によれば、「加藤勝信官房長官は28日の記者会見で、WHOガイドラインについて『順守をお願いしたい』と述べた」という。同感である。大震災から間もなく10年だ。なお、禁じ手を使って不安をあおるのか。

そもそも処理水問題は科学的に決着済みだ、と思う。

朝日が運営するAERA dot.サイト10月28日の「カンニング竹山、原発処理水海洋放出は保留、いま話し合わないでどうすんの?」は明快だ。

「当初は10月27日と予想されていた東京電力福島第一原発の処理水海洋放出の決定を菅首相はひとまず『保留』とした。お笑い芸人・カンニング竹山さんは、海洋放出しか方法はないとし、その理由を分かりやすく、そして強く訴える!」

要点を挙げる。

「重要なのは現状ですよね。福島第一原発の放射能を封じ込めるために使った冷却水は、いまのペースでタンクにためていくと2年後の2022年夏にはそのタンクを置く場所がなくなる」

「タンクにためている水を浄化処理したものに含まれている物質はトリチウムだけ」

「海洋放出は、原発を動かしているどこの国でもやっている。原発があればトリチウム水は出るから、海洋放出しか答えはない」

「韓国の知事が『原発汚染水の放流は大災害のはじまりだ』と主張したんだけど、いや、おまえの国の釜山の原発だってトリチウム水をガンガン流してるぞ!」

東電はしっかり水を浄化処理する。政府の原子力規制委員会は、浄化されたかどうかを厳格にチェックする。

そして放出。難しい話ではない。竹山さんに同感。

いかわ・ようじろう  デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。

異色の経産官僚がタッグ 河野氏の下で規制改革担当


経産官僚で異色の経歴を持つ山田正人氏が、10月末の人事で内閣府規制改革推進室参事官に就任した。エネルギー制度改革に意欲を見せる河野太郎・規制改革相の下で、山田氏がどんな手腕を発揮するのか、注目されている。

山田氏は1991年に旧通商産業省入省。核燃料サイクルに否定的と言われるなど改革派官僚として知られるほか、霞が関の男性キャリアで初の育児休暇を取得。その経験を書籍化するといった異色の経歴を持つ。

その後も横浜市副市長、消費者庁取引対策課長、経産省地域産業基盤整備課長、製品評価技術基盤機構(NITE)企画管理部長などを歴任。そして今年7月に中小企業基盤整備機構理事に就いたばかりだったが、今回の人事で内閣府に異動となった。

山田氏の異動は「自らの希望」(エネ業界関係者)とも言われ、「核燃サイクルは破綻している」と公言する河野大臣との相性は良さそうだ。河野氏は再エネ拡大のための規制緩和の検討など、さっそくエネルギー関連の案件に切り込んでいる。ここからさらに山田氏とどのような〝化学反応〟を見せるのか、関係者はかたずをのんで見守っている。

再エネの出力変動対策 重要性増すガス火力の役割


【オピニオン】上田絵理/日本政策投資銀行産業調査部産業調査ソリューション室課長

皆さんは、今年8月のカリフォルニア州での非常事態宣言をご存じだろうか。最近は、新型コロナウイルス感染拡大の際に良く耳にする言葉だが、そうではない。この夏、カリフォルニア州では、気候変動を背景とする非常事態が生じた。

カリフォルニア州は、北米の中でも気候変動対策を積極的に推進しており、2017年には、温室効果ガスを1990年比で50年までに80%削減する法律を制定している。具体的には、45年までに再エネ比率を100%、35年までに州内で販売される新車すべてをZEV(ゼロエミッション車)にすることを目指し、規制緩和や促進策の導入に取り組んでいる。

一方、急速な再エネやEV導入には課題もある。家庭用太陽光から系統電力への切り替えが進む夕刻に、帰宅後のEV充電が集中し、系統電力需要が急増するダックカーブ問題である。カリフォルニア州では、系統用蓄電池設置の義務化など、ダックカーブ問題解消に向けた取り組みを積極的に進めてきた。しかし、今年の8月は、熱波でダックカーブ問題が深刻化し、非常事態を宣言するに至った。

8月中旬、カリフォルニア州では、デスバレーで54.4℃を記録するなど、異常な暑さが続き、冷房需要が急増。夕刻の系統電力需要は、通常を大幅に上回る水準となった。電力供給量は不足し、計画停電を余儀なくされた。急速な再エネシフトに対し、再エネの出力変動をバックアップする体制が不十分であったことが、計画停電に至った要因である。

再エネの出力変動対策の代表例として、今後最も導入が進むと予想されるのは、蓄電池である。しかし、蓄電池は、一時的な需給変動とは相性が良いが、大規模・長期間の場合は役不足となる。蓄電されている電力を使い切ってしまったら、それ以上は出力できないためである。今回も蓄電池だけでは不十分ではないかという声もある。欧州に、蓄電池とガス火力のポートフォリオアセットから、調整力を提供している事業者がいる。太陽光・風力の短時間変動は蓄電池で、風力の長期停止はガス火力を活用する。ガス火力は、CO2への対応が必要不可欠になっていくであろうが、長期間発電を継続できるという利点も忘れてはならない。

また、デジタルの活用も急務である。今回の計画停電に際しては、電力供給力の確保や電力使用量の削減要請は、一部メールで行われていた。デジタル環境を整備し、デマンドレスポンスを拡大していくことも重要となるだろう。

日本政府は先日、50年ネットゼロを掲げた。日本も再エネの主力電源化に向け、再エネ投資をより加速させていくだろう。特に注目される洋上風力は、メンテナンスに相応の時間を要するため、ガス火力の役割は考えていた以上に重要になる可能性もある。再エネ主力電源化に向けては、今回のカリフォルニア州の例を教訓に、ガス火力や蓄電池、デジタル化による需給調整などを総合的に活用し、出力変動をバックアップしていく体制も構築していかなければならない。

うえだ・えり 2004年入行。07年から企業金融第5部にてエネルギー業界への国内外の投融資業務に携わり、14年から現職。「2050年に向けたガス事業の在り方研究会」委員。

深刻化する「石炭離れ」 残るは三菱だけの異常事態


「現在のエネルギー業界を象徴する出来事だね」。東芝の一連のニュースを見た大手電力会社の関係者は、そう漏らした。

東芝は11月4日、仮想発電所(VPP)で世界最大手の独ネクスト・クラフトベルケと新会社を設立すると発表。さらに11日には、石炭火力発電所の新設受注を停止すると発表した。海外でも米GE、独シーメンス・エナジーなど重電大手が石炭火力新設からの撤退を表明するなど、先進国での「石炭離れ」は深刻だ。

この流れに呼応するように、経団連は11月17日に公表した新成長戦略の中で、脱炭素社会構築に向けた提言として、イノベーションの加速や再エネへの重点支援を強調。一方で、石炭のみならず、LNGを含めた既存火力の利活用については全く言及しなかった。

政府は脱炭素社会を目指す上で、CO2を回収・貯留・利用するCCUSや水素・アンモニア利用などを通じ、高効率火力を使い続ける方針を堅持している。業界内で「ゼロエミッション火力」に期待する声は多いが、実行する重電は三菱パワーだけという異常事態になってしまうのか。

コロナ関連研究の最新動向 欠かせない異分野連携の視点


【業界紙の目】中村直樹/科学新聞編集長

新型コロナのワクチンや治療薬だけでなく、ポストコロナ時代を見据えた研究開発が進んでいる。キーワードは「異分野の連携」。エネルギー業界の既存技術が活用できる可能性もありそうだ。

新型コロナウイルス感染症の拡大により、世界の死者は120万人を超え、各国の経済にも大きなマイナス影響が出ている。新型コロナのワクチンや治療薬の開発が世界中で進んでいるが、過去十数年を振り返ると、MERSやSARS、デング熱、ジカ熱、新型鳥インフルエンザなど、新興・再興感染症が次々と発生しており、新型コロナが終息したとしても、その後、新たな感染症が発生・流行することは想像に難くない。

そうした中、現在の新型コロナに対抗しながらも、新たな脅威にも対応できるポストコロナ時代を見据えた研究開発が進んでいる。

工学的アプローチも加速 センシングやLEDを活用

新型コロナなどの呼吸器系ウイルスの感染は、ウイルスに感染した人の呼気などが、直接あるいは間接的に他の人に触れることで起こる。つまり、感染し呼気などで体外にウイルスを排出している人を特定できれば、ウイルスの拡大は抑え込むことができる。

現在行われているPCR検査では、鼻や喉の奥にある粘膜からサンプルを採取して分析するのだが、約3割は偽陰性(感染しているのに未感染と判定される)が出てしまう。大きな原因の一つが、喉の奥でウイルスが増殖するのではなく、肺の奥で増殖しているケースだ。喉の奥ではウイルスの数が非常に少なく、サンプルにほとんど含まれないため、偽陰性と判定されてしまう。

東北大学と島津製作所は10月、呼気を集めて質量分析装置で検査する方法を開発した。肺の奥でウイルスが増殖していても捉えることができ、偽陰性はなくなる。またウイルスだけでなく、さまざまな物質を同時に検出できるため、体内の異常を早期に診断することもできる。もちろん、新たなウイルスにも対応可能だ。ただし、5分間チューブをくわえて呼気を集め、結果が出るまで1時間程度待たなければならない。また高額な質量分析装置を使うため、病院や検査センターでないと使えない。

理想は、居酒屋やイベント会場の入り口で簡単にウイルスを排出しているかどうかを判定できるシステムである。これが可能になれば、参加者はマスクや三密対策なしに交流できるようになる。実は、そうした技術開発も進んでいる。アイポアという日本のベンチャー企業が実用化を目指しているセンシングシステム「eInSECT」だ。

もともとは2019年3月末で終了した内閣府のプロジェクトで開発が進められていた技術である。コアとなるのが、スマートナノポアセンシング技術。厚さ50 nmの薄膜に直径10 nm~10 µmの穴を開けておき、薄膜に電流を流しておく。小さな穴を物質が通過するとイオン電流や電気浸透流が変化し、それを数学的に解析することで、穴を何が通ったのかを判別することができる。機械学習を使うことで、人間の目では解析が難しい微量な変化をすぐに捉えることができる。

スマートナノポアセンシング技術のイメージ
提供:内閣府

大学病院などで行った試験では、インフルエンザウイルス、RSウイルス、コロナウイルス、アデノウイルスを1パルス(ウイルス2個)で82・2%の精度で識別できるようになった。さらに唾液に含まれるインフルエンザウイルスについては、A型とB型を91%、A型とAの亜型を76%の精度で識別できた。この結果はウイルス1個の検出精度なので、20個のウイルスでの識別率は100%になる。また同じプロジェクトで開発した水フィルムデバイスでは、大気中1㎖に10個含まれるバイオエアロゾルの捕集ができる。

これらを組み合わせて将来的には、息を吹きかけるだけでウイルスを排出しているのかどうか、それはどのウイルスなのかを瞬時に判別することも可能になるだろう。しかも、センサ自体は非常に小さいため、装置の小型化も可能だ。

14年にノーベル賞を受賞した名古屋大学の天野浩教授らが開発した深紫外(波長400nm以下)LED(発光ダイオード)は、1分間照射するとウイルスが99%不活化し、10分間では99・9%を不活化することができる。既に複数のメーカーが、マスクや医療器具などの消毒用装置として販売している。

また、深紫外LEDで清浄にした空気によるエアシャワーや、深紫外LEDを組み込んだ空調システムの開発も進む。例えば、医師が診察時、清浄な空気を間に挟んで患者と向き合えば、マスクなしで発熱患者を診察することができる。また、コロナ患者を受け入れる病院内の隔離区画をエアシャワーで区切り、区画内の空気を深紫外LEDで無毒化して循環させれば、病院スタッフの負担を大幅に軽減できるようになる。

ポストコロナの市場開拓 エネ業界の技術に可能性も

新型コロナウイルスに対して、同じバイオ系の土俵で勝負するのがワクチンや治療薬だが、今回紹介したセンシングシステムとLEDは、工学的アプローチからポストコロナ社会の新たなマーケットを切り拓くものだ。異なる分野の研究が他の分野に大きく貢献することや、異分野の協働で新たな発見やイノベーションにつながる成果を生み出すというのは、現在の最先端技術開発領域では、重要なアプローチの一つになっている。

エネルギー業界の技術開発動向について詳しくはないが、例えば、可燃性のガスや液体を使う業界が持っている静電気制御技術を活用すれば、静電気でウイルスや花粉、細菌などを集めることができる。これを空調に利用すれば効率よく空気を清浄化できるし、壁紙に利用すれば、住宅の花粉症対策にも活用できる。熱流体の制御技術は、調理家電にも使えそうだ。

各社の既存技術が、他の業界で未解決だった課題を解決したり、異業種の技術連携で新たな製品やサービスが生まれたりすることもある。国立社会保障・人口問題研究所の人口動態推計によると、15年時点で1億2709万人の日本の人口は、53年に1億人を割り、65年には8808万人になるという。人口減少はエネルギー消費の低下に直結することから、異業種・異分野の連携によって新たな道を見いだす必要があるだろう。

〈科学新聞〉〇1946年創刊〇発行部数:週4万部〇読者構成:大学、公的研究機関、民間研究機関、科学機器メーカー、官公庁、自治体など

大ガスが突然の社長交代 新中計視野に攻めの経営へ


大阪ガスが突然の社長交代だ。10月29日、藤原正隆副社長が来年1月1日付で社長に昇格する人事を発表した。本荘武宏社長は代表権のない会長に就く。

大阪ガス経営陣(左から尾崎裕会長、藤原氏、本荘氏)
提供:大阪ガス

藤原氏は1982年京都大学工学部を卒業後、同社に入社。執行役員エネルギー事業部エネルギー開発部長、大阪ガスケミカル社長などを経て、2016年から副社長兼経営企画本部長を務めている。同社の幹部異動は4月1日が恒例化しており、1月1日は異例のこと。29日の会見では、この点に記者からの質問が集中した。

これに対し、本荘社長は「次期中期経営計画の検討を10月初めに着手した。新社長が来年1月から最後の詰めを行い、覚悟を持って自分自身で計画を発表し実行するのが一番良いと考えた」と説明。その上で「ぜひ4月からのロケットスタートで新中計を推進してほしい」と期待を示した。

藤原副社長によると、新中計の主な課題は「エネルギー競合の激化、脱炭素化、デジタル化」への対応になる見通し。「自ら先頭に立って皆を引っ張っていくタイプ」と自称するだけあって、リーダーシップが持ち味。大ガスの強みである攻めの経営をさらに昇華させていくのか。人脈づくりに長けるとされる手腕にも要注目だ。

温室効果ガスを「実質ゼロ」へ 現実的な道筋の提示が重要に


【論説室の窓】黒川茂樹/読売新聞論説委員

菅義偉首相が2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標を表明した。脱炭素への世界的な流れに沿ったもので、実現に向けた道筋を示すことが重要になる。

10月26日の菅義偉首相の所信表明演説は、各方面に波紋を広げた。温室効果ガスの排出量を2050年に「実質ゼロ」にするという約束は、唐突に映ったからだ。

自民党総裁選以来、菅首相は「縦割り打破」と規制改革を強調し、携帯電話料金の引き下げや、行政手続きを円滑化するデジタル庁の創設など、国民が恩恵を感じやすい政策に熱心だった。一方、エネルギー政策への思い入れを感じさせる発言は見当たらず、「そもそも関心が薄いのでないか」との見方が根強かった。

世界の主要国では脱炭素の取り組みが加速している。コロナ禍への対応に追われる中でも、温暖化対策を経済成長につなげようという狙いはおおむね一致している。

欧州連合(EU)は2019年12月、50年までに域内で排出される温室効果ガスの実質ゼロを実現し、それに向けて経済成長を図る戦略「欧州グリーン・ディール」を発表した。

米大統領選で勝利した民主党のジョー・バイデン氏も「50年までの実質ゼロ」を掲げ、10年間で2兆ドル(200兆円強)を環境・インフラ投資に投じるという。バイデン氏は就任当日にパリ協定に復帰し、主要国が集まる気候サミット開催の意向を示してきた。

世界の金融市場では、企業の環境問題などへの取り組みを考慮したESG投資の勢いを増している。米アップルのように、取引先企業に対して使用電力を全て再生可能エネルギーに切り替えるよう求める動きが強まっている。

日本は16年に「50年までに80%削減」を約束し、昨年夏には「今世紀後半のできるだけ早期に『脱炭素社会を目指す』」との長期戦略を閣議決定しているが、日本も遅かれ早かれ、踏み込まざるを得なくなる。そう考えれば菅首相が公約したタイミングは良かったのかもしれない。

本気度はどの程度なのか、現時点で見えにくいが、次第に輪郭がはっきりしてくるはずだ。

成長戦略と結びつけるには イノベーションが不可欠

菅首相が今回、温暖化対策を成長戦略の柱に据えようとした点は注目されよう。

所信表明演説では「もはや温暖化への対応は経済成長の制約ではない。積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要だ」と強調した。

経済団体トップは、野心的な目標設定を好意的に受け止めつつ、実現に向けた具体策が重要になるという立場だ。

経団連の中西宏明会長は「わが国の今後のポジションを確立する英断であり、高く評価する」とのコメントを発表し、経済成長との両立を図るにはイノベーションの創出を国家戦略に位置づけるべきだと強調した。

日本商工会議所の三村明夫会頭は「総理は相当の覚悟で言ったと思う」とした上で、「先進国の一員として最大限努力するのは総論としてはその通りだが、具体的にどう実行するか」と指摘している。三村氏は、14年まで7年余り経済産業省の総合資源エネルギー調査会長を務めた論客で、菅内閣の成長戦略会議のメンバーだ。

今後は同会議などで、現実的かつ中身のある議論を進めなければならないだろう。