前提条件が大きく変わる可能性も 広域連系系統の絵姿をどう描くか


【論点】マスタープランの見直し〈前編〉/長山浩章・京都大学大学院総合生存学館教授

広域連系系統のマスタープランの見直しの要否が検討されている。

長山浩章氏が2回に渡ってそのポイントを解説する。

電力広域的運営推進機関(OCCTO)は昨年3月、地域をまたがる広域での電力系統の長期的な増強方針を示す「広域系統長期方針(広域連系系統のマスタープラン=MP)」を公表した。これは、2020年10月のカーボンニュートラル(CN)宣言後の第6次エネルギー基本計画、国のエネルギー政策を踏まえ、50年CN実現を見据えた将来の広域連系系統の具体的な絵姿として策定されたものである。需要をどこに配置するかで複数シナリオ(需要立地誘導シナリオ、ベースシナリオ、需要立地自然体シナリオ)が検討された。

OCCTOがMPで使用しているモデル構成(筆者作成)

50年度の各エリアの電源設備量を固定した上で、地域間連系線および地内増強を行ったケース(Withケース)と、行わないケース(Withoutケース)で、費用便益(以下B/C)計算、必要な調整力、慣性力の試算などを行っている。増強した系統の費用便益分析の結果を提示し、OCCTOが「基本要件」を提示した上で応募者を募る手順となっている。

今年3月の再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会では、日本海ルート(400万kW:北海道~東北~東京ルート新設)で、英国などで実施されている評価ルールと同じ評価期間25年、割引率4%でB/Cが0・67~1・07程度と、便益としては必ずしも十分に高いとは言えない水準であり、関門(九州~中国ルート増強)は、22年間の評価でいずれの割引率でもB/Cが0・29~0・62程度と1以下で、便益がコストを下回る見込みとなる資料が提示された。

これが影響してか、関門連系線の増強工事において本来の締め切りまでに応募意思の表明はなく、提出期限を1カ月延長する事態が起きていた。(その後、9月4日に中国電力ネットワーク、九州電力送配電、電源開発送変電ネットワークの3社が応募意思を表明し、応募資格要件を満たすことが確認された)。また、日本海ルートについても計画の取りまとめが1年繰り延べとなった。


大規模需要立地の計画浮上 次期エネ基見据え検討着手

このような状況下、昨今ではデータセンターや半導体工場などの大規模需要立地の計画が立ち上がり、MPの前提条件が大きく変動する可能性が出てきた。こうしたことから、今般の第7次エネ基改訂を踏まえ、9月11日に再エネ大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会などでMPの見直し要否の検討が始まった。

現行のMPは、長期モデルなどを用いた電源計画の最適化を目的としていないために、50年における本州の9エリアの発電設備量を前提にゾーンごとのロードカーブを構築し、それに供給を合わせている。ロードカーブには、EV、HPを含む電化需要、水素水電解、DAC(ダイレクト・エア・キャプチャー)による吸収などが反映される。

火力、水力は、供給計画や契約申込済電源を反映(CCS、水素、アンモニア混焼・専焼は考慮)、原子力は既存、もしくは建設中の設備が全て60年運転すると仮定している。太陽光、風力は一定の出力パターンを前提としている。モデルの構成は下の図のようなものであると想定されるが、需給、潮流シミュレーションはノーダルモデルで実施し、調整力、アデカシーのシミュレーションはゾーナルモデルで実施している。ノーダルモデルにより送電ロスおよび、連系線、基幹送電線の潮流8760時間のシミュレーションを行い、ゾーナルモデルでkW時、ΔkW、アデカシーを評価する。

あくまで、発電設備容量、全体の需要は変えないが、B/Cにおける費用には系統整備が行われない場合(Without)と、系統整備が行われる場合(With)の総費用の差分を用いている。総費用の差分は、系統整備に係るコスト(減価償却費、運転維持費など)となる。なお、電源はWithとWithoutで配置や導入量が変化しないことを前提としているため、電源開発コストは、総費用の差分(With―Witout)には表れない。

発電設備容量などの変化に対する系統整備への影響は、別途感度分析により評価し、アウトプットとして提示している。もし、火力設備が過剰であっても、メリットオーダーにより稼働しないため、最終的なシミュレーション結果に大きな影響はないものとなっている。

増強後に再エネの出力制御低下があれば、発電電力量が増し、これによって調整力kW時費用は増え、ΔkWは広域連系で必要量を融通するため、必要量は減少するなどの提示がOUTPUTの範囲である。この意味からOCCTOは広域系統監視者としてできる最大限の分析業務は行っているように思える。ただし、全ての前提が明確に示されているわけではないので、表現方法に今後工夫をしていく必要はあるだろう。

ここまで現行のOCCTOのMPについて解説した。次号では、今後の追加検討が必要と思われる点について述べたい。

ながやま・ひろあき 慶応大学経済学部卒後、三菱総合研究所入所。企業戦略構築のコンサルティングなどに従事。エール大学経営大学院修了(MBA取得)。京都大学大学院エネルギー科学研究科博士後期課程修了(博士)。2008年から京大国際交流センター教授。20年から現職。

実力派の武藤氏が経産相に 原子力産業後押しに期待


10月1日に石破茂政権が発足し、経済産業相に武藤容治氏が就任した。翌日の引き継ぎ式では冗談を交えながら笑顔を絶やさず、「気さくな性格で人望が厚い」という評判に間違いはなさそうだ。

武藤氏は麻生派の68歳で当選5回。富士フイルムや家業の建材商社を経て05年に政界入り。外相や通商産業相などを歴任した武藤嘉文氏の次男で、祖父の嘉門氏も岐阜県知事を務めた政治家一家の出身だ。

これまでの知見を生かした経済産業政策に期待がかかる

経済産業政策への知見は疑いようがない。これまでに経産副大臣や自民党経産部会長、総合エネルギー戦略調査会事務局長などを経験し、第6次エネルギー基本計画の策定にも携わった。当選1年目の06年当時から、インタビューで「仕事の中心はエネルギー、経済産業」と語っていたほどだ。ある自民党議員は武藤氏について、「原子力を含めたエネルギー政策への理解が非常に高い。岸田政権の路線をしっかりと継承してくれるはず」と太鼓判を押す。

今回の総裁選では麻生派ということもあり、環境相に就いた浅尾慶一郎氏らと共に河野太郎候補の推薦人となったが、エネルギー政策に対する考え方では河野氏とは一線を画す。

それを象徴するように、原子力の活用には前向きだ。10月2日の報道各社のインタビューでは、議論が進む第7次エネ基について「再生可能エネルギーもやるが、安全性を前提とした原子力の最大限利用は当然のこと」と強調した。原子力に関する発言が右往左往した石破首相だが、経産相人事ではエネルギー業界も一安心か。

建設産業界で投資が加速 洋上風力を新たな事業の柱に


【業界紙の目】松下敏生/日刊建設通信新聞社 編集部長

建設産業界では、洋上風力を新たな事業の柱に育てる動きが盛んだ。

国による公募事業の建設が本格化する2027年以降をにらみ、施工や投資が具体化している。

世界最大級の自航式SEP船(自己昇降式作業台船)「BLUE WIND」を保有する清水建設は昨年、富山県の入善洋上風力発電所に続いて、商用で国内最大規模である石狩湾新港洋上風力発電所(北海道)で洋上工事などを手掛けた。今年からは台湾沖で建設が進む「雲林沖洋上風力発電所プロジェクト」に同船を賃貸している。同船は同社の想定以上に稼働し、顧客から施工能力の高さが評価されたという。

建設ではゼネコンやマリコンの力が欠かせない

五洋建設と鹿島建設、寄神建設が共同で建造してきた1600tづりクレーンを搭載したSEP型多目的起重機船「CP―16001」は昨年9月に完成。同年11月から五洋建設が施工する、北九州響灘洋上ウインドファーム(福岡県)の建設工事に投入されている。

五洋建設は2027年に就航予定の3船目のSEP船「Sea Challenger」に加え、ケーブル敷設船、大型基礎工事船を建造する。洋上での風車建設に必要となるSOV(サービス・オペレーション・べッセル)や風車部材運搬船も計画し、投資規模は1000億円に上るとされ、海洋土木トップ企業として力が入る。

また鹿島は、施工に携わった商業ベースで国内初の大型プロジェクトである秋田港・能代港洋上風力発電(秋田県)の工事で得た経験を生かしながら、大規模案件での実績を積み重ねていく。

さらに、大林組と東亜建設工業のSEP船「柏鶴」は昨年4月に完成。受注に向け営業活動を展開する。

こうした大手中心の流れに続き、準大手ゼネコン各社も投資を急ぐ。戸田建設、熊谷組、西松建設、若築建設、岩田地崎建設、吉田組の6社は同10月に1300tづりクレーンを搭載したSEP船の調達を発表。洋上風力自体の需要が高まる中、将来に向けたファーストステップの位置付けとなる。SEP船を保有しなければ、リングに上がることができず、洋上風力事業参画への必要条件といえる。

東洋建設は同12月、ケーブル敷設船の建造に着手し、既に引き合いがあるという。同社は商船三井と洋上風力分野の合弁会社「MOL―TOYO洋上風力サービス」も設立。同社の運行ノウハウと海上工事技術をベースに、洋上風力全般を網羅しビジネスチャンスをうかがう。

働きがい向上に向けて 対話で見えた現場の悩み


【電力事業の現場力】東北電力労働組合

事業所の統廃合など効率化に注力する中、社員はどんな苦労を抱えるのか。

働く人の声に耳を傾け経営側に届けるのが労働組合の重要な役割の一つだ。

揺るぎない安定供給と競争力の強化─。電力を取り巻く事業環境の複雑性が高まる中で、東北電力グループでは人的資本の強化が急務となっている。

東北電力グループは4月、2030年までの中長期ビジョンの後半期を前に、今後の経営展開として「よりそうnext+PLUS」を策定。持続的な事業展開を支える経営基盤を強化するため、「CN戦略」「DX戦略」と並んで「人財戦略」に注力する姿勢を打ち出した。採用、育成、配置、評価、処遇といった人財マネジメントサイクルの実効性を高め、特に採用と育成を強化するという。

いま現場では、エンゲージメント(働きがい)の向上が課題となっている。東北電力労組は毎年、「フレンディ・コロキウム」と題した対話活動で、現場の声を聞いて回る。今年はテーマの一つに「エンゲージメント向上に向けた取り組み(働きがい、働きやすさ、能力伸長)」を掲げ、143カ所の事業所を回り1457人の意見を吸い上げた。

相双支部・原町火力発電所での対話活動

再稼働を控えた女川原子力支部での対話活動

人材育成については、現場の悲痛な悩みが浮かび上がってきた。「職場人員が減少することで、人材育成の時間が確保できない」「どの部門も時間外労働が高止まりする中、中間管理職がプレイングマネージャー化している。部下への教育などに影響がある」「効率化を追求してきた結果、仕事の理念や本質を継承しづらくなった」―。また採用・離職の問題も影響し、事業所の年齢構成のバランスも課題だという。斎藤和喜書記長は「近年の職場は、組織整備などの環境変化への適応で手一杯であり、人材育成がままならなかった感がある」と分析する。


働き方改革の難しさ 仕事の魅力発信を

働きやすさの点では、働き方改革の難しさが赤裸々に語られた。「職場人員が限られる中で、土日の配電線事故対応では若年層の独身者の対応頻度が高い。採用数を増やすなど改善を求めたい」「各種制度は整備され働きやすくなったが、人員不足などの理由から、一部制度の利用をためらってしまう」「男性の育休はどんどん取得してもらいたい。時間外を前提としない働き方を実現し、職場の余力を生み出していかなければ」―。

配電の活線作業

水力発電所での夏期安全運動労使パトロール

若年層はプライベート時間の充実や転勤のない働き方を重視する傾向があるが、事業特性を考えると全て応えることもできない。社員エンゲージメントの向上には、きつい仕事や環境に対する手当、働く環境の充実なども有効な手立てだ。

電力会社に対する世間の目は依然厳しい。それでも東北電力グループで働く社員が、人々の生活に欠かせないエッセンシャルワーカーであることは変わらない。対話活動ではグループの魅力向上に向けた施策の拡充を求める意見も見られた。「災害復旧への対応など誇れる点はたくさんある。アピールできる部分はもっと積極的に発信すべき。それが働きがい、自信の創出につながる」

斎藤氏は「電力事業は競争力と高い公益性を求められている特殊な事業。だからこそ、自分たちの手で自分たちにふさわしい人財戦略を見つけていく必要がある」と熱を込める。対話活動では、春闘の好結果に対しての感謝の声も聞かれた。これからも東北電力労組は「いつの時代も企業は人なり」を肝に銘じて、職場との対話を重ねていく。

異例の猛暑長期化で浮き彫り 安定供給新体制の機能不全


記録的な暑さとなった今夏は、一般送配電事業者をはじめ多くの電力関係者が需給対応に追われた。

また、新たな需給バランスの仕組みの機能不全も浮き彫りに。冬に向けどう対策を講じるのか。

7、8月の夏本番はもちろん、9、10月に入っても暑さが引かず冷房需要が増大した今夏。電力需給を振り返ってみると、全国で度々、ひっ迫に伴う広域融通が実施されたのに加え、容量市場に基づく供給力提供(準備)通知の発出、発動指令電源の発動、増出力運転、9月に入ってからは冬の需要期に備えて作業停止に入る発電所の補修調整など、あらゆる追加供給力対策を講じることで、需要家に対し節電を要請することなく乗り切ることができた(表参照)。

追加供給対策の発動実績(4月1日~9月20日)
出典:電力広域的運営推進機関

電力業界関係者が、特に厳しい需給調整に迫られたのが、月平均気温が観測史上最高を記録した9月だ。東京電力パワーグリッド管内では、都心で35℃超の猛暑日に見舞われた18日に最大電力5390万kWを記録したのをはじめ、計4日にわたり同社が事前に見込んだH1需要(10年に1度の厳気象を想定した最大需要)である5237万kWを超えていたという。

17、18日は、地域間連系線など流通設備や発電機の作業調整を含め、計270万kWの供給力を創出し安定供給を確保。系統運用部需給運用計画グループの貝間純一マネージャーは、「電力広域的運営推進機関が翌週の広域予備率を公表するのは、前週の木曜日。それを待っていたのでは、3連休明け17、18日の供給力確保に間に合わない。そこで事前に広域機関と相談し、早めに補修調整に動くことで事業者の協力を得ることができた」と、緊張感漂う中での需給対策を振り返る。


事業者は困惑しきり 広域予備率の不確かさ

一方、7、8月は猛暑で確かに需要は増大したものの、業界関係者は「需給ひっ迫融通と呼ぶため深刻な印象を与えがちだが、エリア間融通で乗り切れたこの時期は実際には供給力が足りていた。それほど厳しかったわけではない」と口をそろえる。

それにもかかわらず、発動指令電源の発動は頻発。6~9月の間だけで、北海道と東北を除く7エリアで8~10回と、年間の上限である12回に迫る発動があった。これについて広域機関運用部の松本理担当部長は、「今年度から、発電、小売事業者の双方が広域予備率に基づいて自主的に行動することを踏まえた需給運用の仕組みに変更された。これに伴い揚水発電の供給力への計上方法が変わったほか、発動指令電源の発動順位が揚水発電機の運用切り替えや余力活用電源の追加起動といった、その他の追加供給力対策よりも上位となったことから多く発動されることになった」と解説する。

広域予備率が8%を下回ることが見込まれた場合、広域機関は機械的に供給力提供(準備)通知を発出し、市場応札量を増やすことで予備率の改善を図る。一方、インバランス料金が高騰することで小売事業者は自ら不足の解消に動く―。要はバランシンググループ(BG)が電力取引により計画値同時同量を達成し、一般送配電事業者が調整力を確実に調達することで需給バランスが維持されることを前提とした仕組みなのだが、猛暑が災いしてうまく機能しないことが鮮明化したというわけだ。

この状況に新電力関係者は、「広域予備率が8%を切っても、小売りが需給ギャップを埋めるための経済的な調達手段は限られている。しかも、直前まで本当に不足が生じるのかさえ分からない。インバランス料金は散発的に高騰し、供給力・調整力を確保できないツケを小売りに回している感は否めない」と不満を隠しきれない様子。一方の発電事業者側も、「発動指令に必死に対応して市場に投入しても、結局使われないということが度々起きていた。余力があるのになぜ通知が発出されるのか」と、不信感を募らせる。


発動基準を8%から5%へ 状況打開へ苦肉の策

このままでは、冬季の需給ひっ迫に対応しきれない。そこで9月13日には、東京で発動指令の発出基準を8%から5%に引き下げ。その後、全エリアで同様の措置を講じることになった。さらに10月23日の広域機関の「調整力及び需給バランス評価等に関する委員会」において、①揚水発電の運用切り替えと余力活用電源を追加起動する基準となる広域予備率を8%未満とすることで、発動指令電源よりも優先的に活用する、②需給調整市場で調整力が調達未達であっても必要量分の供給力を織り込むことで、見た目の広域予備率の低下を回避する―という対策案が示された。

ただ、これらはあくまでも暫定措置。松本担当部長は、「国と連携しながら今後、短期的にできる対策に加え、システム更新を含む長期的な対策などについてもしっかりと検討していきたい」と、抜本的な状況改善に尽力する意向だ。

同日、広域機関が公表した今年度冬季(12月~来年3月)の電力需給見通しは、最も厳しい1月でも各エリア11%以上で、安定供給の目安となる予備率3%以上を確保できる見込み。

とはいえ、これまでも、深刻な需給ひっ迫は真夏・真冬だけでなく端境期にも起きている。電力業界関係者は、「端境期のひっ迫を度々経験してきたにもかかわらず、対策が追い付いていない。端境期も含めるなど、需給検証の期間を見直す必要がある」と強調する。

そうなると、突き付けられるのはそもそも供給力が足りていないという現実だ。端境期の需要を精査するとともに、年間の補修停止可能日数を増やすなど、容量市場でしっかりと必要な供給力を確保する必要がある。今後、原子力の再稼働が進み、ますます稼働率の低下が免れない火力電源の維持も懸念材料だ。調整力を確保し安定供給に万全を期すために、火力の最低負荷運転を支えるような新たなスキームの検討が求められる。

女川2号機が11月に発電開始 東日本・BWR初の再稼働へ


2011年3月の東日本大震災以降、長期稼働停止を続けていたBWR(沸騰水型原子炉)の原子力発電所が、いよいよ再稼働の時を迎えている。

東北電力は女川2号機(出力82・5万kW)について560体の燃料装荷を完了。10月29日に起動を行い、11月上旬にも発電を再開する。当初は2月に発電開始の計画だったが、安全対策工事の遅れなどから3度にわたって再稼働時期を延期。12月ごろの営業運転開始を無事実現できれば、50 Hz地域での原発ゼロ状態がようやく解消されることになる。

2号機の燃料装荷が終わり再稼働に入った東北電力女川

同じBWRの中国電力島根2号機(82万kW)も、4月と9月に構内で火災が発生したものの、中国電が10月17日に原因と再発防止策を発表。28日に燃料装荷が始まり、12月上旬に再稼働、来年1月上旬に営業運転を再開する見通しだ。

BWR陣営の次なる課題は、東京電力柏崎刈羽7号機(135・6万kW)の再稼働だ。本号88頁で本誌取材班が現地の最新事情を報じている通り、安全対策工事が完了。後は、新潟県側の再稼働同意を待つばかりだ。ただ花角英世知事は慎重姿勢を崩しておらず、県議会でも依然反対論が根強い。東日本地域の電力供給の安定化を図る上で7号機の再稼働は重要な位置付けを担うため、県には政治やイデオロギーに流されない、冷静かつ的確な対応が求められる。


「審査長期化を解消」 国民民主が公約で提起

全国の原発の現況を見てみると、柏崎刈羽6号機、日本原子力発電東海第二が、原子力規制委員会の新規制基準に合格。このほか北海道電力泊1~3号機、Jパワー大間(建設中)、東北電力東通1号機、中部電力浜岡3、4号機、北陸電力志賀2号機、島根3号機について、新規制基準の審査が行われている。

その審査があまりにも長期化し、化石燃料費の増大による国富の流出や電気料金の上昇など国益を損ねる事態に陥っていることから、規制委の審査体制の在り方を疑問視する向きが、エネルギー業界はもとより、政府部内でも広まりつつある。

こうした情勢下、国民民主党が今回の衆院選公約の中で、原子力がカーボンニュートラルとエネルギー安全保障の両面で大きく貢献するとして、〈原子力をわが国の電力供給基盤における重要な選択肢と位置付け〉ることに言及した上で、〈原子力に関する規制機関の審査体制の充実・強化や審査プロセスの合理化・効率化等を図り、適合性審査の長期化を解消〉すると提起したことは特筆される。

「原子力推進にかじを切った自民でさえ、規制委の問題には当たらず触らずの中で、国民民主の姿勢は大いに評価できる。お家事情から原子力への旗色を鮮明にしない公明党が頼りないので、国民民主も与党に入ってほしい」(大手電力関係者)

原子力主力化へ再稼働の動きが加速するのか、要注目だ。

【電源開発 菅野社長】事業者間で競争し合いトップランナーとして脱炭素の実装に貢献へ


中期経営計画で火力トランジションの方向性を示した。

多様な技術実装を図る中、トップランナーを自負する
IGCC+CCS分野でコスト抑制に向けた競争に挑む。

洋上風力開発など再エネ投資も加速させつつ、
大間原発は地元の期待を背に2030年度運転開始への対応を進める。

【インタビュー:菅野 等/電源開発社長】

かんの・ひとし 1984年筑波大学比較文化学類卒。同年電源開発入社。執行役員経営企画部長、取締役常務執行役員、代表取締役副社長執行役員などを経て、2023年6月から現職。

志賀 10月1日、石破政権が誕生しました。電源開発にとってどのような影響がありますか。

菅野 総裁選に立候補した9人のどなたがなられてもエネルギー政策の流れは大きく変わらないと思っていました。その上で、再生可能エネルギーと原子力のバランスの問題、あるいは核燃料サイクルへの力の入れ方など、新政権の重点の置き方を注視していく必要があります。

志賀 前岸田政権は、エネルギー政策では安定供給重視の姿勢を鮮明にしました。

菅野 おっしゃる通りで、特に原子力についてはかなり進展したと思います。カーボンニュートラル(CN)のために必要な電源と位置付け、40年超の運転期間の問題についても具体策を示し、さらに福島の処理水の海洋放出も実施しました。これからCNに向けた社会実装の時期に入りますので、引き続きリアリティーのあるエネルギー政策が必要だと思います。


火力の方向性鮮明化 IGCC+CCSが有望

志賀 社長に就任されて1年強。この間、最もエポックメーキングな発表が、中期経営計画の中で国内火力のトランジションの方向性を示したことでしょう。

菅野 1年かけて議論してきました。これから地元の方々へ説明し、ご理解を求めていきます。

志賀 Jパワーの個性が表れていますね。例えば磯子火力は水素、橘湾はアンモニア利用へ。松島2号機と石川石炭はIGCC(石炭ガス化複合発電)とCCS(CO2回収・貯留)の組み合わせ、といった方針ですが、それぞれの意図は?

菅野 高砂火力、そして松島の1号機は廃止します。全体の設備容量は縮小していくことを前提に、サイトの特徴を生かしてトランジションを図る考えです。例えば、アンモニアを利用する場合は大量のアンモニアを使用することになります。アンモニアは劇物です。管理を徹底する上で居住地との離隔距離が課題となるため、橘湾など面積に余裕のある地点でアンモニア利用を進めます。

一方、磯子は横浜市内のコンビナートで、非常に手狭な土地。ここでのアンモニア利用は難しい一方、磯子周辺の自治体が水素供給インフラの整備に意欲を示していることから、水素の活用を目指します。

2号機に石炭ガス化設備を付加する予定の松島火力発電所

志賀 アンモニアの調達面はどう想定していますか。

菅野 アンモニアはサプライチェーンの構築が最大の課題で、必要な量を安定的に確保できるのか、コストはどの程度か、といった点が重要になります。橘湾は四国電力との共同立地であることからコストを抑えるため共同調達という方法も考えられます。他社でのアンモニア基地化の動きも注目しています。こうした動向を踏まえつつ、さまざまな協働の形を検討しています。

志賀 ところで、水素と石炭火力の相性は良いのですか。

菅野 輸入した石炭をガス化すると、水素と一酸化炭素(CO)を多く含む混合ガスになります。これを水とシフト反応させ、CO2を分離回収することで水素を取り出すことができます。当社では、石炭火力をIGCC化し、さらにCO2を分離回収し日本近海に貯留(CCS)することで、CO2フリー発電を目指します。 現状では海外で石炭から水素を生産し水素自体を大量輸入するよりも、化石燃料のまま輸送して日本で水素を生産する方式のフィージビリティーが高いと思っています。また、CO2分離回収という面においても、IGCC+CCSはCO2濃度を高めて回収することになるので、空気中からCO2を直接回収するDAC(直接空気回収技術)よりも効率的と言えます。

【コラム/10月30日】物価上昇見合い賃上げの胡散臭さ~逆転の発想の限界


飯倉 穣/エコノミスト

1、迷走が続く

石破首相の所信表明演説があった。デフレ脱却し、経済あっての財政という経済運営で賃上げと投資が牽引する成長型経済を目指すと述べた。報道もあった。「所信表明演説 首相「生産性上げ賃金増 成長型経済 投資に力点」(日経24年10月5日)、「経済対策でデフレ脱却、物価上昇を上回る賃金増加、起業支援などを掲げたが、岸田政権の路線承継で、独自性は乏しい」(朝日記事同)。そして選挙となった。

党首討論等で、この30年間の経済停滞を嘆き・不満・攻撃・打開の言葉が飛び交う。従前は、金融政策、財政の発動、近時は、物価上昇見合いの賃上げ、中小企業の賃上げ支援、消費税引き下げ・廃止等々の主張が聞こえる。与党以上に野党の主張を聞いても、働く人の疑心暗鬼が消えない。財源沈黙且つ意味不明なバラマキ継続ばかりである。

政治万能の巧言令色と日銀の国債買取頼りの経済運営が、国民経済をたよたよとした。各党の主張は、マクロ的に論拠薄弱で、次の経済の姿が浮かばない。報道も選挙で経済問題を取り上げるが、財政破綻・論理不知等の本質問題回避である。今後の経済・企業行動を、石破総理の所信表明演説における経済政策から考える。


2、石破政権発足と経済政策

(冷ややか且つ投げやりの起草)

所信表明演説の内容は、納得と共感の政治を強調する。政治家として「すべての人に安全と安心を」を掲げ、ルールを守る、日本を守る、国民を守る、地方を守る、若者・女性の機会を守ると続く。この5本柱で日本の未来を創り、そして未来を守るという。経済では、「デフレ脱却」を確実にする。「経済あっての財政」で経済財政運営を行い、賃上げと投資が牽引する成長型経済を実現する。イノベーション促進で高付加価値創出や生産性の向上で、GDPの5割を占める個人消費を回復させ、消費と投資を最大化する成長経済を実現する。それでコストカット型経済から高付加価値創出型経済へ移行する。また「物価に負けない賃上げ」を述べる。物価上昇を上回る賃金上昇を定着させる。賃上げと人手不足緩和の好循環に向けて、一人一人の生産性を上げ、付加価値を上げ、所得を上げ、物価上昇を上回る賃金の増加を実現すると。賃上げと投資が牽引する成長型経済の実現を強調する。個別政策で、脱炭素・最適エネルギーミックス、GX取り組みの加速、科学技術等フロンテイアの開拓推進、スタートアップ支援策強化、貯蓄から投資で資産運用立国(投資大国)、地方こそ成長の主役で地方創生の交付金を当初予算ベースで倍増する等々である。(石破首相の所信表明演説10月5日参照)

(経済政策をまとめれば)

要すれば、経済活力で①物価を上回る賃上げでデフレ脱却、②個人消費回復・投資の最大化で経済成長、③貯蓄から投資で資産運用立国・投資大国実現、④省エネ・再エネ・原子力発電活用でエネ確保、⑤イノベーションとスタートアップ支援で高付加価値創出、⑥地方創生交付金で地域経済活性化等を取り上げる。相変わらず財政・金融活用が大事な実現手段のようである(補正予算13兆円示唆:日経10月16日)。これらの事項は、過去アベノミクスや新しい資本主義で幾度も重点施策として取り上げられながら、いずれも実効性に乏しかった。勿論財政・金融政策一体の財政拡大は、些か経済を膨らますと同時に、国債残高を著増させ、今日の金融政策の足枷となる。見果てぬ夢を語る国風なのであろうか。


3、アベノミクスとは何であったか

アベノミクス(評価対象13~19年)は明瞭だった。3本の矢(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略)である。そして思い違いであった。2012年以降は、景気の戻りの時期だった。その間の政策は、幾つか改善に力を貸したかも知れないが、流れで見れば、日本経済(経済均衡)改善とは評しにくい。やってもやらなくてもさほど変わりないか、問題をドロドロ化させた。財政の膨張で、国の借金を増加させた。金融緩和がそれを手助けする。企業経営は、自立自営の活力を低下させ、次の方向の葛藤に明け暮れる。


4、新型コロナ感染ショック

そこに新型コロナ感染ショックである。感染症の防止は最優先事項で、一応の規模で移動禁止の措置となった。GDPに対する影響は、1%程度と推測された。サービス業中心に、業務停止で、支援が適切な状況となる。影響を受ける人は、50~70万人程度で一定期間の給付が必要だった。必要額は、貸付を除けば20兆円程度(当方試算)である。政府は、100兆円を超す巨額な補正予算を組み、吟味無きバラマキに走る。綿製マスクが揶揄された。同時に緊急時に必要な施設等の不足が目立った。 


5、岸田政権が登場し、新しい資本主義の言葉が舞った。

中身は、未定だった。到達点の「経済財政運営と改革の基本方針2024」(24年6月)は、賃上げと投資が牽引する成長型経済の実現を副題にしている。今を、デフレから完全脱却し成長型経済実現の千載一遇のチャンスと見た。賃上げを起点とした所得と生産性の向上が移行の鍵で、日本を成長型の新たなステージに移行可能と考える。故に本年、物価上昇を上回る所得の増加を確実に実現し、来年以降物価上昇を上回る賃上げ定着と決意を述べた。ジョブ型人事指針、スタートアップ育成5か年計画、資産所得倍増プラン・資産運用立国実現プラン、労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針などを呈示する。お上対応である。賃上げはしたが、「健全な経済均衡」回帰に必要な問題の解消にほど遠い。

両候補が持つ不確実性 企業は情報分析能力の強化を


【今そこにある危機】峯村健司/キヤノングローバル戦略研究所主任研究員

米大統領選はドナルド・トランプ前大統領vsカマラ・ハリス副大統領という構図となった。ハリス氏にこれといった思想や信念は感じられない。なぜ彼女が副大統領にまで上り詰めたかといえば、バイデン政権のDEI(多様性・公平性・包括性)政策の影響が大きい。むしろ能力よりもDEIを優先していた感さえある。


ハリスを阻む「正統性」問題 トランプに対する誤解

バイデン・ハリスはワンチームだと思われがちだが、ハリス氏の政策はバイデンよりもリベラルだ。加えて、政策が極端な方向に傾きかねないリスクを抱えている。

日本ではあまり見聞きしないが、強調したいのはハリス氏の大統領候補としての「正統性」を巡る問題だ。バイデン氏が7月21日に撤退を表明してから、民主党では候補者を決める予備選が実施されなかった。バイデン氏は現職大統領といえども、予備選という民主的な手続きを経て民主党の候補者となった。だがハリス氏の擁立は、バラク・オバマ元大統領やナンシー・ペロシ元下院議長 、ヒラリー・クリントン元国務長官ら、党内の重鎮の影響で非民主的に決定した。今後の論戦で共和党側がこのプロセスを追及する可能性がある。

日米関係への影響は……

候補者としての正統性の欠如は、「ハリス政権」の弱点になりかねない。自らを大統領候補に押し上げた党内左派に頭が上がらず、より政策が左傾化する可能性がある。一方で、彼女の唯一の強みはバイデン政権の副大統領だったという点だ。だからバイデン路線の大きな変更も許されない。ハリス氏が抱えるジレンマは、国内の経済政策や外交・安全保障政策にとって悪影響となりかねない。

外交・安全保障は「結果責任」だ。この点、バイデン政権の中東外交は大失敗だった。トランプ政権が築いたサウジアラビアとの良好な関係を破壊し、中国が付け入る隙を与えてしまった。だからといって、イラン封じ込めもできていない。大きな戦略が見えない外交を展開していた。

外交は常に最悪の事態を想定する必要があるが、最悪の事態を避けるために妥協を重ねてはならない。例えば、対ロシア外交上の最悪の事態は核戦争への突入だが、それを避けるためにウクライナの領土を割譲することは許されない。しかし、民主党のオバマ政権ではクリミア半島の併合を許し、バイデン政権ではウクライナ侵略を防げなかった。

いま民主党内では、オバマ政権で大統領補佐官を務めたスーザン・ライス氏の影響力が増しているという。彼女の補佐官 時代、私は朝日新聞の米国総局員として取材を重ねたが、彼女は典型的な親中派で、日本や台湾にあまり関心がない。米国の抑止力を弱めた張本人と言っていい。彼女が政権中枢に入り込めば東アジアの安全保障上、プラスに働かないだろう。

結果責任でいえば、トランプ政権一期目の外交は大成功だった。世界で国家間同士の大きな戦争は起きなかった。

ウクライナ対応を巡っては「トランプはロシアに甘い」という言説を耳にするが、それは正しくない。トランプ氏の外交・安全保障政策の根底にあるのは「力による平和」だ。トランプ氏が嫌っているのは、だらだらとウクライナ戦争が続くことで、突如支援を打ち切りロシア有利で停戦を行う可能性は低い。むしろより早く戦争を終結させるために多くの武器を短期集中的に供与し、ウクライナが優位性を得たタイミグで停戦する狙いだろう。今夏以降、ウクライナがロシア領土に越境攻撃を実施しているが、トランプ氏はこの動きに反対してない。

とはいえ、トランプ外交が一期目のようにうまくいくかは不透明だ。というのも、一期目はトランプ氏にまだ政治経験がなく、ハーバート・マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)やマット・ポッティンジャー大統領副補佐官(同)という共和党主流派のプロフェッショナルが、外交のグランドデザインを描いていた。一期目以降はトランプ氏に政治経験や人脈が築かれ、二期目では彼らの影響力が低下する可能性がある。よりトランプ色が出て「日米同盟軽視」となった場合、蜜月関係を築いた安倍晋三元首相のようなリーダーは日本にいない。


両極端なエネルギー政策 議会選挙も要注目

大統領選と同日に行われる連邦議会選にも要注目だ。仮にハリス政権が誕生したとしても、議会で共和党が過半数を得ると政権運営で行き詰まる可能性が高い。一方、トランプ政権は財政負担となっている電気自動車(EV)購入の税額控除の撤回などインフレ抑制法(IRA)の部分修正を狙っているが、実現には議会での法改正が必要だ。議会を民主党が握れば、それは不可能となる。

バイデン政権下では日本の自動車メーカーなどを中心に、米国のEV工場や車載電池工場への投資が加速した。ハリス氏のエネルギー政策はバイデン路線を一段と加速させたもので、ほかにも石油・ガス企業への補助金の撤廃、緑の気候基金(GCF)に対する30億ドルの拠出、連邦政府の車両のEV化などを打ち出している。

もしトランプ政権になれば、発電所と自動車の排ガス規制が撤廃となるだろう。蓄電池導入に対する補助金もばっさりカットする可能性が高い。もちろん、パリ協定から離脱し、GCFへの資金拠出も止まるはずだ。日本企業は戦略の見直しが求められる。

残念ながら、日本企業は総じて地政学など海外要因に対するリテラシーが低い。対米関係でいえば、しっかりとしたロビイング活動を行う企業が少なく、同盟国という安心感もあり政治的に鈍感だ。しかし、大統領選だけでなく連邦議会選挙にも目配りしながら、機動的な対応を求められる時代になった。米国の内政を含めた地政学リスクを認識するため、インテリジェンス能力を高める必要がある。

みねむら・けんじ 朝日新聞社で中国総局員、米国総局員、編集委員などを務める。LINEの個人情報管理問題で新聞協会賞、中国軍の空母建造計画スクープでボーン・上田国際記者記念賞を受賞。専門は米中関係。

三つの電源制御で技術力発揮 災害に強いまちづくりを後押


【技術革新の扉】分散型電源システム/関電工

千葉県いすみ市で先進的な「地域マイクログリッド」が動き出した。

再エネと蓄電池にLPガスを組み合わせて電力供給を支える仕組みだ。

太陽光発電、蓄電池、LPガス発電機という三つの電源を高度に制御―。関電工はそうした独自開発の電源システムを千葉県いすみ市に構築し、特定エリア内でエネルギーを自給自足する「地域マイクログリッド(小規模電力網)」の運用で存在感を発揮している。災害に備えて電力インフラのレジリエンス(回復力)強化を目指す地域のニーズに応える事例で、全国に広がる可能性を秘める。分散型エネルギー社会づくりを後押しする同社の最前線に迫った。

いすみ市に構築した地域マイクログリッド


市庁舎や中学校に設備設置 域内でエネルギー地産地消

太平洋に面した房総半島南部に位置する人口約3万5000人のいすみ市。同市が取り組む「いすみ市国土強靭化地域計画」の実現に向けて全国に先駆けて取り組んできたのが、「いすみ市地域マイクログリッド構築事業」だ。

この事実は2021年6月、経済産業省による補助事業「地域共生型再生可能エネルギー等普及促進事業費補助金(地域マイクログリッド構築支援事業のうち、地域マイクログリッド構築事業)」に採択された。これを受けて関電工は、同市と一般送配電事業者の東京電力パワーグリッド(PG)と組み、マイクログリッドの構築事業を始動。23年2月にマイクログリッド設備の運用を始めた。

送配電網は、電力を発電所から変電所に送るための「送電線」と、変電所から企業や家庭に送るための「配電線」から構成されている。

今回構築した地域マイクログリッドでは、大規模災害などの影響で長時間の停電が見込まれる場合、既設の配電線からマイクログリッド対象エリアを切り離し、そのエリア内の電力システムを独立運用させる。

地域マイクログリッドの構築範囲は、防災拠点を担ういすみ市庁舎と避難場所に指定された大原中学校を取り囲むエリアで、約30軒の電力需要家が存在する。平時には、発電された電力を自家消費に充てるため、購入電力量を削減できる。

設備面では、太陽光発電設備を市庁舎と中学校に設置。中学校には、同設備に加えて蓄電池とLPガス発電機も配置した。それぞれの出力規模は、太陽光パネルが合計279kWで、蓄電池が238kW時。LPガス発電機は2台導入し、合わせて100kWとなる。

地域マイクログリッドに電力を供給する電源は、太陽光をはじめとする再エネ発電設備を使用するのが一般的。再エネの発電電力は天候などに左右されるため、電力需給の調整役として蓄電池をセットにするケースも多い。ただ、蓄電池の放電が完了すると停電するリスクがあるため、長期間にわたり域内で電力の安定供給できる仕組みづくりが望まれていた。


多様な場面想定し実証試験 大規模停電の経験生かす

そこで関電工は、「全国で簡単に入手できる」「長期保存しても劣化がほとんどない」「持ち運びが容易」といった利点を兼ね備えるLPガスに注目。災害に強いLPガスを燃料とする発電機を採用し、太陽光発電設備と蓄電池に組み合わせた。

さらに関電工は、三つの電源を統合制御するという前例のない管理システムの有効性を確かめるため、産業技術総合研究所や電力中央研究所(電中研)で実証試験を積み重ねた。

電中研赤城試験センター(群馬県前橋市)では、停電発生時に外部電源に頼らず電源供給を再開する「ブラックスタート」や系統事故などを想定して新開発の電源システムを実際に動かし、実践的なデータを蓄積した。関電工グリーンイノベーション本部事業開発ユニット事業開発部部長の宮本裕介氏は「いろいろなケースを想定して、電力の域内供給を維持できるよう試験や工夫を重ねた」と振り返る。

電中研赤城試験センター内の電源システム

地域マイクログリッドへの期待感が高まる背景には、自然災害に伴う大規模停電が多発する背景がある。18年の北海道胆振東部地震では、道内全域が停電するブラックアウトに陥った。台風15号が上陸した19年には、千葉県を中心とした東電エリアで約93万軒の停電が発生し、全復旧までに多くの時間を要したことが、いまだ人々の記憶に残っている。

さらに関電工は、再エネを生かしながら電力を自給自足する機運が各地で高まる傾向にも目を向け、域内で自立的に運用可能なマイクログリッドを追求することにした。今後は、送配電会社でなくても新規参入を認める国の「配電事業ライセンス制度」も追い風にしながら、いすみ市のようなマイクログリッド構築の動きが広がりそうだ。

「停電の復旧が見通せない場合には、長期間にわたり電力を送る必要がある。そんな役割を担う地域マイクログリッドの技術をさらに磨いていきたい」と宮本氏。災害に強いまちづくりを支援する同社の挑戦から、今後とも目が離せない。

【重徳和彦 立憲民主党 衆議院議員】経済と国民生活が最重要


しげとく・かずひこ 1970年愛知県豊田市生まれ。94年東京大学法学部卒業後、自治省(現総務省)に入省。2011年の愛知県知事選で大村秀章・現愛知県知事に敗れるも、12年に衆議院議員初当選。立憲民主党の若手・中堅議員らでつくるグループ「直諫の会」では会長を務める。

立憲民主党の若手を中心としたグループ「直諫の会」で会長を務め、現実路線を追求。

複数の政党をわたり歩いた経験から、政権交代可能な大きな野党の実現を目指す。

愛知県豊田市生まれ。父親はトヨタ自動車の社員で、政治とは無縁のサラリーマン家庭で育った。県立岡崎高校を卒業後、東京大学法学部へ進学し、法曹志望者が多い第1類(当時)で勉学に励んだ。チームスポーツが好きで、高校から大学までの7年間はラグビー部に所属。就職活動中には民間の金融機関から内定を受けたが、日本銀行の面接を受けた際に「パブリックな仕事がしたい」と思い立ち、進路を変更する。1年の留年を経て国家公務員試験に合格し、1994年に自治省(現総務省)に入省した。

数ある省庁の中で自治省を選んだ理由は二つある。一つは同省職員の「人間臭さ」だ。自治体への出向の機会が多く、地域に寄り添い、人とのつながりを大切にして働く官僚の姿を見て、自分に合っていると感じた。もう一つは、地方分権が進む時代の流れを予感していたこと。実際に入省後、その流れは加速した。2000年には青森県庁へ出向し、市町村振興課長として市町村合併などを担当。「合併は『究極の身を切る改革』だ。地域の将来を憂い決断した当時の首長の英断に胸を打たれた」と思い返す。

政治家としての一歩を踏み出したのは39歳の時だった。11年2月の愛知県知事選を前に、自民党愛知県連から出馬の打診を受けた。

当時の民主党政権下では、行政刷新会議で「事業仕分け」が行われ、官僚たちは与党議員や有識者から責め立てられていた。霞が関の雰囲気は悪化しており、「政治が変わらなければ世の中が良い方向に進まない」という思いを抱く。総務省の仕事にも限界を感じていた。「地方交付税などを交付するだけでは、地域の発展につながらない。愛知県知事になれば、より地域を元気にする仕事ができるのではないか」と出馬を決意した。

ところが、県知事選は保守分裂選挙に。自民党の推薦こそ受けたものの、当時自民党の衆議院議員だった大村秀章氏が河村たかし名古屋市長らを後ろ盾として参戦。100万票近い大差で落選した。「最初の選挙が最大の洗礼だった」。その後、2年近くの浪人時代を送った。

保守分裂のしこりが残る中で、12年の衆院選は自民党ではなく日本維新の会公認で出馬。選挙区では5人中3位だったが、比例復活を果たした。重徳氏と日本維新の会は、共に道州制実現を主張している。「考え方が近い日本維新の会が国政に進出していなければ、愛知県の選挙区から出馬していなかった」と振り返る。

16年3月には民進党の結成に参画したが、翌年の衆院選は希望の党との合流を巡って思わぬ形で「排除」の憂き目に遭うことに。重徳氏は安全保障法制や憲法改正に対するスタンスで小池百合子氏の考え方に近い。にもかかわらず、選挙区のライバル候補と小池氏の関係性などを理由に公認を獲得できなかったのだ。しかし、最終的に無所属での出馬を決断して圧勝した。


政策論争こそ政権政党の本質 現実路線の野田佳彦氏を支持

19年1月には野田佳彦氏らと共に衆議院の新会派「社会保障を立て直す国会議員」を結成。同年10月には超党派の政策グループ「直諫の会」を設立し、会長に就任した。20年には立憲民主党と国民民主党が合流した新「立憲民主党」に入党し、現在に至る。

政治家になって以来、いくつかの政党を渡り歩き、離散集合を経験した。そこで学んだ教訓は「政党は大きくてなくてはならない」ということ。「規模が大きくなるにつれ、党内のウイングは広がる。だが分裂するのではなく、どの路線が党内の主流派になるか政策を競い合うのが政権政党の本質だ」

エネルギー政策では「現実路線」を主張する。国内のエネルギー自給率の向上に重点を置き、脱炭素化に対応するため再生可能エネルギーや新エネルギーの普及を進めていく。一方、原子力については「地震大国の日本が依存度を下げていくのは合理的」としつつも、「経済と国民生活の安定が最重要」と強調。「デジタル化などによる電力需要が増加する中、当面原発は活用する必要がある。原発ゼロは現実を見据えながら中長期的に考えることで、経済や技術の動向を踏まえたスマート・トランジション(賢い移行)が望ましい」。9月の党代表選では、こうした現実路線を共有する野田陣営の事務総長として、寝食を惜しまず奔走した。

趣味は町おこし。官僚時代には小中学校の父親が主体となり、地域でのサポート活動を行う「おやじの会」を設立。学校近くで大豆を育て、豆腐づくり教室などを開催した。

政治家は人々に先んじて時代を憂い、問題が解決してから人々の後でひと息つく──。「先憂後楽」という座右の銘の通り、社会問題の解決に向けて今日も汗を流す。

新たな措置でFIP移行を後押し 再エネの市場統合は進むのか


【多事争論】話題:FIP移行への促進策

資源エネルギー庁がFITからFIPへの移行を促す新たな措置を示した。

優先給電ルールの見直しなどが柱。政府審議会委員や業界関係者の受け止めは―。


〈 真の主力電源への呼び水に 新措置の効果に大いに期待 〉

視点A:小野 透/日鉄テクノロジー顧問

FIT(固定価格買い取り)制度がスタートして12年が経過した。再生可能エネルギーの急速かつ大規模な導入が実現し、系統電力に占めるFIT電源比率も15%を超えて、数量的には「主力電源」と呼べる規模になった。しかしFIT制度による再エネ電気は、市場価格を大きく超える固定価格で買い取られ、一般の系統電力利用者の賦課金負担は莫大だ(2024年度賦課金総額2・7兆円)。加えてFIT再エネ電気は、電力需給状況とは無関係に、限界コストゼロで市場に流れ込む。電力余剰時の卸電力市場価格を低下させ、電力安定供給に欠かせない火力電源の維持や新規投資を困難にするなど、電力システム全体に与える課題が顕在化してきた。

FIP(市場連動価格買い取り)制度は、再エネの市場統合を図る一つの手法として22年4月にスタート。これまでFIT対象である全ての再エネ電源(太陽光、陸上風力、洋上風力、地熱、バイオマス、中小水力)について、新規については大規模なものから順次適用対象が拡大され、既設FIT電源についてもFIPへの移行が進められようとしている。市場価格に上乗せされるプレミアムは、現在小規模再エネにのみ適用され、既に大幅に低減されているFIT買い取り価格と同水準となるように設定される。

そのため、国民負担は抑制された上で再エネ導入インセンティブが維持されるとともに、FIP事業者は、自らの工夫によって再エネ電気の経済価値を高めて販売することができる。FIT電気の市場流入で頻発するようになった最低市場価格(1kW時当たり0・01円)時間帯のプレミアムはゼロとされ、需給タイトな時間帯のプレミアムを上乗せするというルールは、FIP再エネ電気が電力需給状況や市場価格に応じて、売電量をシフトするインセンティブになるとともに、電力需給状態の調整や市場の正常化にも寄与するものと期待される。また近年、RE100など、再エネ電気を求める需要家との相対契約(PPA)も可能であり、その場合は一般の系統電力需要家の負担とならない形で、FIP制度によるプレミアムを超えた経済的価値獲得も可能となる。

今回、さらなるFIPへの移行促進策として、電力余剰時の優先給電ルールにおける出力抑制を「FIT電源→FIP電源」の順番とすること、並びに一定の電源がFIP電源に移行するまでの間、集中的にFIP電源に係る蓄電池の活用や発電予測への支援を強化する方針が打ち出された(第66回再エネ大量導入・次世代電力ネットワーク小委)。わが国が今後も再エネ拡大を目指す上で、再エネの市場統合は至上命題であり、そうしなければ再エネは、経済性や市場対応力を有する「主力電源」にはなり得ない。今回のFIPへの移行促進策は、再エネの経済的自立や市場原理への適合に向けた重要な呼び水であり、その効果には大いに期待したい。


再エネ拡大に寄与しない非化石証書 ビジネスモデル狭める可能性

FIPと同時期に制度がスタートしたFIT非化石証書は、需要家が直接調達でき、商材のカーボンフットプリント低減や、地球温暖化対策推進法上のCO2削減に利用される。小売電気事業者が調達し「再エネ100%電気」メニューを作ることもできる。また、FIT非化石証書の収入はFIT賦課金の低減(23年度実績で135億円程度)に充てられ、国民負担の低減と、再エネ価値を求める需要家の要請に応えるという意味で、FIP制度と軌を一にするようにみえる。しかし、その手法や実際の効果は大きく異なる。

実際の再エネ電源拡大を伴うFIPに対して、FIT非化石証書は、系統電力需要家の賦課金負担によっていったん買い取られたFIT電気の再エネ価値・CO2削減価値を証書化して再販するものであり、実際の再エネ拡大には寄与しない。しかも、証書取引価格が安価(23年度は最低価格の1kW時当たり0・4円)であり、需要家は極めて安価に再エネ100%などを主張でき、証書価格以上のコストや投資リスクのある実際の再エネ電源(再エネ自家発やPPAなど)の拡大ニーズは失われてしまう。需要家側からのニーズがなければ、既設FIT電源のFIP移行を通したPPA電源化は促進されず、新規FIP電源についてもPPAという有望なビジネスモデル領域を狭める可能性がある。このままでは、悪貨が良貨を駆逐することにならないか、というのは考えすぎであろうか。

政策立案当局には、国民負担を最大限抑制した形で、経済的に自立し、市場原理に適合した主力電源としての再エネ拡大につながる、実効的な制度の構築を求めたい。

おの・とおる 1981年新日本製鉄入社。2015年から総合資源エネルギー調査会臨時委員、再エネ大量導入・次世代電力NW小委などの審議会委員を多数務める。日本経済団体連合会資源・エネルギー対策委員会企画部会長代行。

【政策・制度のそこが知りたい】数々の疑問に専門家が回答(2024年10月号)


走行税議論の現在/軍事活動によるCO2排出

Q 走行距離課税(走行税)の議論は現在どうなっているのでしょうか?

A まず走行距離課税ないし走行税とは、自動車の走行距離に応じて課税する税金のことを言います。今後、電気自動車(EV)の普及で、燃料税(揮発油税・軽油引取税など)の税収激減が予想されることから、必要となる道路インフラの維持・更新のための新たな財源確保手段として注目されています。

特に、EVはエンジン車と同一クラスで、約1.3倍の重量があり、道路損傷の影響は約10~20倍と見られることから、エンジン車ユーザーとの道路使用に係る負担の公平性の観点からも導入が主張されています。

既に、オーストリア・スイス・ドイツではトラックを対象にGPSの義務付けを実施(主にアルプス越えの通過車両から実質的道路使用料を徴収)、ニュージーランドや米オレゴン州でも導入され、英国・フランスなどでも導入を検討中です。

他方、走行税は、負担増加によるEV普及の阻害懸念、走行距離の把握の困難性(GPS設置に伴うプライバシー侵害の懸念)、既存の車体課税(自動車税・自動車重量税など)との調整の必要性など、問題点も挙げられます。

2022年10月には、鈴木俊一財務相が衆院予算委で走行税を「考え方の一つ」と答弁、税制の在り方・課題を検討する政府税制調査会でも取り上げられ、話題になりました。最近では、欧米におけるEV普及の鈍化、ハイブリッド車回帰の動きもあって、大きな議論にはなっていませんが、わが国を含め主要先進国で「35年エンジン車販売禁止」が現実的課題となる中、EV普及と財源確保のバランスの関係で、今後の展開が注目されるところです。

回答者:橋爪吉博 /日本エネルギー経済研究所 石油情報センター事務局長


Q 世界の軍事活動に伴い大量のCO2が排出されていますが、COPの枠組みの中でその対策は議論されているのでしょうか?

A 軍事活動に伴う排出量は、歴史的には各国の排出量算定から除外されてきました。主な理由は、国家安全保障上の機密にかかわるからという理由です。ただし、関心の高まりを受け、小さくはありますが進展はしています。

1997年に採択された京都議定書の下のルールでは、軍事活動に伴う温暖化ガス排出量の報告はそもそも対象外とされていました。

これが、2015年に採択されたパリ協定の下では、各国の判断に委ねられました。つまり、そもそもの除外から、自主的な報告へと微妙に一歩前進したのです。

加えて、パリ協定体制の下で行われた23年のグローバル・ストックテイク(世界全体での進捗点検)に至る議論の中で提出された意見の一つに、軍事活動にともなう排出は、世界全体の排出量の約5.5%、約27億5000万tに上るという試算もありました(Scientists for Global Responsibilityによる試算)。これは、日本一国の年間排出量をも上回る量になります。

また、ロシアによるウクライナ侵攻は最初の7カ月間だけで約1億tが排出されたと言われ、軍事活動が排出量増につながるという点についても徐々に問題視され始めています。

実際、欧米各国政府は、軍事活動における温室効果ガス排出量削減について程度の差はあれ対策を宣言し始めており、NATO(北大西洋条約機構)も21年に気候変動対策に関する計画を策定しています。しかし、これらがパリ協定の中で直接的に対象にされるには、まだまだ時間がかかりそうです。

回答者:山岸尚之/WWFジャパン 自然保護室長

【需要家】産業界の脱炭素 ドイツは模範か他山の石か


【業界スクランブル/需要家】

気候変動対策で日本はドイツを見習えとの声を聞く。いち早く再エネ中心のエネルギー転換で産業の脱炭素化を進めるドイツは模範的で、日本は周回遅れだという。

しかし徐々に理想と裏腹のドイツの実態が表面化してきた。8月末に独最大の名門鉄鋼コングロマリットであるティッセンクルップで、持ち株会社(TKAG)の役員会と欧州鉄鋼部門事業会社(tkSE)の役員会が収益悪化に伴うリストラ費用の負担の在り方で対立し、tkSEのトップを含む経営幹部5人が一斉に辞職して経営が混乱している。元々TKAGは今年に入って100%子会社であるtkSEの株の20%をチェコの富豪に売却。さらに30%を追加売却して鉄鋼事業から足抜けする姿勢を見せる。

ドイツの産業衰退もここまできたかと、このニュースを見たわずか3日後の9月3日、今度はドイツ最大の自動車会社フォルクスワーゲンが、操業後初めて独国内工場の閉鎖を検討という一報が流れてきた。同社のブルーメCEOは「欧州の自動車産業は非常に厳しく深刻な状況だ。ドイツは競争力で後れを取っており、断固として行動しなければならない」と述べている。ドイツ最大の化学会社・BASFも昨年、コスト削減のため独国内主力工場を含む全世界の従業員の2%、2600人の解雇を発表する一方、中国に1兆円余りかけて巨大な化学工場を一昨年竣工した。

欧州最強を誇ってきたドイツの基幹産業が総崩れの状況に陥っているが、その背景にあるのがエネルギーコスト高騰による国際競争力の喪失である。日本は、エネルギー政策の見直しでドイツの轍を踏んではいけない。(T)

人類に究極のエネルギー提供へ 世界の核融合産業をリードする


【エネルギービジネスのリーダー達】小西哲之/京都フュージョニアリング 代表取締役CEO

核融合の商業化に向け、京都大学発のスタートアップを2019年に起業した。

日本発の革新的なソリューションで世界に究極のエネルギーを届けることがミッションだ。

こにし・さとし 約40年にわたり核融合工学、核融合炉設計、トリチウム工学、ITERプロジェクトに携わる。2003年より京都大学教授として人類の持続可能性問題に取り組む。19年に京都フュージョニアリングを共同創業し、技術、企画、戦略を担当。23年10月から現職。

「世界で最初のフュージョンプラント(核融合)を実現する」

こう語るのは、核融合スタートアップである京都フュージョニアリングの小西哲之CEO(兼Chief Fusioneer)だ。京都大学の長年にわたる核融合研究の成果を商業化につなげようと、2019年に長尾昂氏(現取締役会長)とともに創業した。

核融合は、水素などの軽い原子核同士が結合し、より重い原子核に変化する反応。この際放出される大量のエネルギーを、CO2を出さないクリーンな電気として供給することが期待されている。まさに脱炭素の切り札。近年、国際的な研究開発競争が激化しており、日本でも23年4月に「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」が策定され、国を挙げた取り組みが始まった。


サプライチェーン構築へ 企業・研究機関と協力

国内外のスタートアップが群雄割拠の様相を呈する中、核融合産業のリーディングカンパニーを目指す同社の強みは、核融合反応を起こすために必要なプラズマを加熱するジャイロトロンシステムに加え、エネルギーの取り出しや燃料の循環に必要なプロセスなどで世界有数の技術力を持つことにある。現在は、国内のみならず海外の企業・研究機関とも協力し、核融合炉を構成する機器の開発とプラント全体の設計を手掛けている。

小西氏は、約40年にわたり京大などで核融合工学や核融合炉設計の研究に携わってきた研究者だ。その当時から「核融合が、化石燃料が担ってきた役割を代替する時代が到来し、世界を大きく変えることになる」との確信はあった。とはいえ、素材から加工、プラント、エンジニアリングと、産業の裾野が広く、社会実装するためには技術の確立だけでは不十分。資金調達やリスク管理など、さまざまな業種の企業とネットワークを築き産業構造を作り上げていくことが欠かせない。

「21世紀型の新事業は、技術者集団がスタートアップを起こし新しい発想で資金や人材を集め、難題に挑みイノベーションを起こすことで生まれる。複合的な能力を持つチームを組織し自ら成し遂げるしかない」と一念発起し、起業を決意した。

世界の核融合に対する民間投資は既に1兆円に上り、早くもマーケットの主導権を握る競争は始まっている。同社は、そこに参入し勝っていこうとしているのだ。かつて、技術力で優位にありながら、産業競争力では海外勢に劣勢を強いられることになった半導体の二の舞を演じるわけにはいかない。

年内には、同社の研究施設がある京都で世界初となる発電試験プラントが稼働する予定。日本の「ものづくり力」を結集してサプライチェーンを構築し、先進国のみならず、世界のエネルギー消費の主体となっていく途上国に対しても、究極のクリーンエネルギーを供給していきたい考えだ。


国内外の知見つなぐ 変わらぬ研究マインド

ビジネスに携わるようになり、目まぐるしく変化する日々を楽しいと感じる一方、「経営は難しい」とも実感している。とにもかくにも「フュージョン」をキーワードに、国の内外、そして世代を超えた技術や知識をつないでいてくことこそが自らの役目だと、本社を置く東京、京都、そして海外を忙しく飛び回る毎日だ。さらに、フュージョンエネルギー産業協議会(J―Fusion)会長として、政治や行政と業界の橋渡し役も務めている。

事業の目的は、今も人類の持続可能性の問題にある。むしろ、京都フュージョニアリングのビジネスは、その具体的取り組みだとも言える。

フュージョンが生み出す高熱を、CO2の固定化技術に応用することも目指しており、22年には、京都府内の竹林で育った竹の一部を炭化する取り組みを始めた。「これまで人類がエネルギーを使うために排出してきた7兆tものCO2を回収し、地面に埋め戻すことができれば、過去に使ってしまった分の借りを地球に返すことができる」(小西氏)。そんな壮大なビジョンを掲げる。

ともすると会社経営は、足元の収益を上げやすいビジネスに特化しがち。だが、同社の使命はあくまでもフュージョンエネルギーを実現し、日本発の産業を構築することにある。「長期的視点に立って新たな産業を構築することが、会社にもわが国にも人類にも利益になる」と小西氏。

新しい技術、サプライチェーンを作ることが創業の理念であり、これからもそれが変わることはない。社員全員がエネルギーや環境、そして人類の持続可能性の視点を見失うことなく、研究開発を軸に今後もまい進していく。