矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
経済産業大臣の諮問機関である総合資源エネルギー調査会で電力システム改革の検討作業が進められているが、低圧需要家向けの小売料金の規制を撤廃すべきかどうかについても議論されている。大手電力会社が大きなシェアを有するなかで規制を撤廃することは、規制無き独占になるとして長らく是認されてきた感のある小売料金の規制であるが、ここにきて多くの疑問が出てきたことは、遅きに失した感がある。
2022年春以降、国際的な燃料価格の高騰のなかで電力供給コストが大幅に上昇したが、低圧分野に残された料金規制のために、一般電気事業者は財務的に大きな痛手を負った。また、卸電力市場から電力を仕入れる新電力は、規制料金に太刀打ち出来ず、2023年3月24日時点で、2021年4月までに登録のあった706社のうち195社が契約停止・撤退・倒産を余儀なくされた。このような状況を踏まえ、規制料金撤廃の議論が沸き起こったことは周知の通りである。欧米に目をやると、電気料金規制は撤廃すべきとの考えが従来から主流である。
米国では、電力小売の自由化は、1997年にロードアイランド州から始まったが、わが国同様、小売料金を一時的に規制する州が多かった。その規制解除の動きは、2000年代初めからあったが、2000年代半ばにピークを迎えた。規制期間中はこの間生じたコスト増の料金への転嫁は十分には(または完全に)できなかったことから、規制解除後の料金の値上げは大幅なものとなり、大きな問題となった。一例を挙げると、メリーランド州では、2006年7月に規制解除時期を迎え、Baltimore Gas and Electric Company (BGE) と Potomac Electric Power Company (PEPCO) は、それぞれ72%と39%の引き上げを行うことになった。
同州では、料金規制のために、新規参入が進まなかった上に、その解除後に大幅に料金が上昇するとあって、料金規制の問題が一挙に噴き出した。事態を重く見た政治家は、一時、規制当局である公益サービス委員会の委員のうち州知事が任命した5名を解任するという法律まで成立させた(最高裁はこれを無効としている)。また、同委員会の委員長も辞職することになった。筆者は、このような騒ぎの中、公益サービス委員会を訪問したが、委員会のスタッフは、一連の出来事から得られたレッスンは、電気料金にキャップを被せるべきでないとのことであった。
また、メリーランド州などにおける料金規制解除に伴う料金値上げ問題に先立ち、米国では、2000年から2001年にかけて、カリフォルニア州の電力危機を経験している。カリフォルニア州は、1998年に全面自由化に踏み切ったが、 2000年夏場から2001年冬場にかけて、電力需給の逼迫に端を発した電力価格の高騰が発生した。2000年12月には卸電力価格は前年比10倍を記録したが、大手電力会社Pacific Gas and Electric Company(PG&E)の小売料金は規制されていたため、同社は、コスト回収ができず、倒産を余儀なくされた。また、大規模停電も発生し、安定供給が脅かされた。カリフォルニア州の電力危機は、小売料金を規制することの大きな問題点を浮き彫りにした出来事であった。
一方、欧州ではどうかというと、2022年におけるロシアのウクライナ侵攻を契機に、天然ガスをはじめ化石燃料の価格が大きく上昇する中で、電力価格も高騰し、EUは緊急事態として電気料金の上昇を抑制する措置を加盟国に認めたが、このような緊急事態を除き、従来から、小売料金規制は撤廃すべきとの考えである。市場で決まる競争的料金よりも低い規制料金の提供は、新規参入を阻害するからである。また、競争的な料金よりも高い料金が設定されれば、市場参入が活発になると考えるのが常識だろう。自由化市場の下では、市場支配力の行使があれば、本来独禁法で裁かれるものである。やはり、自由化の下では電気料金は規制をすべきでないとの考えは正論なのだ。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。