CN実現には電源以外も重要 現実的な分析で世界に貢献


【巻頭インタビュー】寺澤達也/日本エネルギー経済研究所理事長

基本政策分科会で委員を務める寺澤達也・日本エネルギー経済研究所理事長。

国内外のエネルギーを巡るトレンドやエネ研の強みなどを聞いた。

てらざわ・たつや 1984年東京大学法学部卒業後、経済産業省入省。90年ハーバード大学ビジネススクールでMBAを取得。内閣総理大臣秘書官、商務情報政策局長、経済産業審議官などを務めた。2021年7月から現職。

 ─次期エネルギー基本計画策定に向けたこれまでの議論をどう見ていますか。

寺澤 電力需要の大幅増にいかに対応するかが最大のポイントです。安定供給はこれまで以上に難しくなりますが、電力不足に陥り、経済活動に支障をきたしてはなりません。また供給量を確保するだけでなく、可能な限り低廉で低炭素なエネルギーが求められている。この点は、エネ基策定に関わる人の間で共通認識となっています。

再生可能エネルギーについては、世界で導入量が増え続ける中で、日本は足踏み状態が続いています。今後はさまざまな形状に曲げられるペロブスカイト太陽電池や浮体式洋上風力の実用化に向けて、政府のリーダーシップが求められます。

火力発電は、わが国で3・11後に新設した石炭火力発電所は最新鋭で高効率です。供給力とコストの両面で活用しない手はありません。安全保障の観点からは、LNGと石炭という複数の選択肢を持っていることが重要です。同時に、水素やアンモニアとの混焼を行い、専焼を目指す。もしくはCO2回収・貯留(CCS)で脱炭素化を図らなければなりません。

─世界のエネルギー情勢で注目している点は。

寺澤 ロシアによるウクライナ侵攻や中東情勢など不確定要素が多いですが、電力需要の増大は日本だけでなく世界的な傾向です。増える需要に対応するためには、どの国も再エネだけでは対応できません。「再エネを増やすなら、ガス火力も必要」という現実的な意見が強くなっており、極端な化石燃料排除の声が薄れてきた印象です。

また脱炭素かつ安定的なベースロード電源として、原子力発電が世界的に脚光を浴びています。特に米国では、小型モジュール炉(SMR)建設への期待が強い。軽水炉ほどの敷地を必要とせず、データセンターの近くに建てられるからです。これまで原子力発電所が建設されてこなかった東南アジアでも、SMRなら十分に可能性があります。一方、東欧諸国では大型軽水炉の需要があり、日本メーカーとしては、それぞれの国情に応じてのビジネス展開が求められます。

日本では既存の原子力発電所の運転が延長されたとしても、2040年を念頭に置くと建て替えが必須です。国土が狭く、原子力に対して厳しい世論が存在する日本では、立地拠点の確保が大きな制約要因になる。となると、既存原発の敷地内での建て替えが現実的です。その上で、限られた土地を有効活用するならSMRではなく、まずは大型軽水炉の建設が合理的でしょう。すでに規制側の知見があるので、安全審査が進みやすいという利点もあります。

GX推進機構が発足 金融中心に官民から人材集結


10年で150兆円のGX(グリーントランスフォーメーション)投資を進める中核機関として、脱炭素成長型経済構造移行推進機構(GX推進機構)が7月1日に発足した。官民の人材が集まり、債務保証や出資といった金融支援、化石燃料賦課金の徴収、排出量取引制度の運営などを行う。

開所式でロゴを発表する筒井理事長
提供:時事通信

機構理事長には、日本経団連副会長で日本生命保険会長の筒井義信氏が就いた。また、COO(最高執行責任者)・専務理事は、GX実行会議構成員でボストンコンサルティンググループの重竹尚基氏が務める。このほか理事には、経済産業省や金融庁で関連政策を担当してきた官僚らも名を連ねる。以前はNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のように産業界から現役を出向させる話もあったが、利益相反の問題もあり、結局見送られた。

全体としては金融系が多い印象だ。ただ、「GX移行債を元に金融支援を行うことになるが、技術などの実態を踏まえて的確に選別できるのか」(産業界関係者)といった声もある。

例えばNEDOが差配する2兆円のGI(グリーンイノベーション)基金は、年1回のフォローアップで、有識者による検証に際して各企業トップ自ら進捗を説明。また、中間評価で継続かストップかを判断したり、成果が遅れている場合は理由を説明したりといったルールで段階的に選別していく。

一方、GX機構の業務全容はいまだベールに包まれており、移行債のバラマキとならないよう、どんな仕組みを構築するのか、今後の対応が注目される。

パリ協定の再離脱はほぼ確実? 「もしトラ」で環境政策はどうなる


【電力中央研究所】

インタビュー:上野貴弘/電力中央研究所社会経済研究所研究推進マネージャー(サステナビリティ)

電中研で地球温暖化対策を研究し、経産省・環境省の検討会などの委員も務めてきた上野貴弘氏。

トランプ氏が米大統領選に当選した場合の環境政策への影響と、新著の読みどころを聞いた。

─上野さんのご専門は「国際関係論」です。電中研には理系の研究者が多いですが、これまでの経歴を教えてください。

上野 実のところ、大学には物理を学ぶつもりで入学したんです。ただ国際関係論を履修して以来、気候変動問題を巡る国際政治に強い関心を寄せるようになりました。各国の利害が対立する中でいかに国際協調を図っていくか、観察対象として面白いなと。2006年度に米国のシンクタンクに客員研究員として滞在してからは、米国内の動きもいっそう注視するようになりました。ちなみに、学生時代を含めるとCOP(気候変動枠組み条約締約国会議)には16回参加しています。

気候変動問題は、電気事業におけるグローバル課題の代表格です。複雑な国際関係を理解することは、エネルギー政策の策定や企業の経営戦略上、大いに役立ちます。

─トランプ前大統領はパリ協定の再離脱などを掲げていますが、「もしトラ」についてどう見ていますか。

上野 11月の大統領選挙でトランプ前大統領が勝利した場合、パリ協定からの再離脱はほぼ間違いないでしょう。それどころか、1992年に採択された気候変動枠組み条約を脱退する可能性すらあります。バイデン政権は2021年、パリ協定に復帰しました。トランプ陣営は米国が永久にパリ協定に復帰できないように、枠組み条約からの脱退を考えているのです。COPは気候変動枠組み条約の「締約国会議」ですから、締約国でなくなれば米国はCOPに参加する資格を失い、国際協調の土台が崩れかねません。

上野氏の新著『グリーン戦争─気候変動の国際政治』
提供:中公新書


大統領令でCO2規制撤回 IRA撤回は非現実的

─22年に成立したインフレ抑制法(IRA)など国内政策への影響はいかがですか。

上野 トランプ政権になったからといって、米国の気候変動対策が全て撤回されるわけではありません。大統領令で対応可能な火力発電所や自動車のCO2排出量規制などは撤回するでしょうが、IRAは議会を通して成立した法律なので、撤回には議会での法改正が必要です。例えば、「トランプ減税」を延長するための法律にIRAの撤回が財源として盛り込まれる可能性があります。

しかし、上下両院で共和党が過半数を獲得しても、IRA撤回で党内がまとまらないかもしれません。なぜなら、CO2回収・貯留(CCS)やバイオ燃料の税額控除などIRAのインセンティブで共和党が強い州も恩恵を受けているからです。

ただ、電気自動車(EV)購入に対する減税措置に限れば、共和党が撤回でまとまる可能性があります。この恩恵を受けるのは民主党が強い沿岸のニューヨーク州やカリフォルニア州など民主党が強い地域が中心なので、共和党は反対で団結しやすい。EV購入への減税が撤回されれば、日本の自動車産業にも少なからず影響を与えます。

端境期の猛暑で電力ひっ迫 6~7月に早くも融通11回


6~7月は本格的な夏の到来を前に想定外の猛暑が日本各地を襲い、電力需給のひっ迫が相次いだ。7月22日時点で東京電力パワーグリッドが1回、関西電力送配電が3回、東北電力ネットワークが7回と計11回の電力融通が実施された。

中でも、東電PGが7月8日に受電したケースは、広域ブロックでも安定供給に必要な供給予備率が不足し、火力発電所の焚き増し要請などを行う事態となった。

本格的な夏を前に猛暑が日本各地を襲った

午前6時ごろの時点で、広域ブロックの需要ピークと予測される午後2時台、予備率で安定供給に必要とされる3%を下回る2%となることが見込まれた。このため、電力広域的運営推進機関(広域機関)を経由して、午前9時ごろに中部電力パワーグリッドへ最大20万kWの電力融通を依頼。その上で、相対契約を通じ小売事業者から供給力を提供してもらう「発動指令電源」や、火力発電所の増出力運転などを要請した。

これを受け、JERAは広野火力6号機や常陸那珂火力1、2号機など8基の火力発電所で計37・58万kWの増出力運転のほか、停止中の袖ケ浦火力2、3号機の稼働なども行った。これらの措置により、需要ピークの午後3~4時に計5923万kWの供給力を確保。予想最大電力に対する予備率は10%まで引き上がり、需給ひっ迫状態は解消された。

一方、関電送配電も同日、同じく中電PGから最大36万kWの電力融通を受けた。この日は市場取引によって他エリアへの供給量が増加し、関西エリアの予備率が低下したことが要因だ。

電力需給ひっ迫の問題は、端境期でたびたび発生している。より深刻な事態に発展しないためにも、何らかの手立てを講じる必要がありそうだ。

課題山積の同時市場議論 今後の検討留意点とは


【論点】同時市場導入の是非/椎橋航一郎・ストラテジスト

早ければ2028年度の導入に向け、kW時とΔkWを同時約定させる「同時市場」の検討が進む。

新制度へ移行するメリットは。そして制度を作り上げる上での留意すべきことは。

電力システム改革に伴い、電気の価値は「電力量(kW時)」「供給力(kW)」「調整力(ΔkW)」に細分化され、「卸電力市場」「容量市場」「需給調整市場」と、異なる市場で取引されることになった。今年度は、需給調整市場で新たに三つの商品の取引が追加されたところだが、市場にThree-Part Offer(起動費、最低出力費用、増分費用カーブでの入札)を導入するとともに、kW時とΔkWを同時約定させる「同時市場」への移行が検討されている。

議論の場は、22年6月の「卸電力市場、需給調整市場及び需給運用の在り方に関する勉強会」から始まり、昨年8月に開始された「同時市場の在り方等に関する検討会」で具体的な検討が進められている。同検討会では、①同時市場の仕組みの具体化(約定ロジックの設計や実現性・妥当性の検証、事業者の実務への影響、関連法令などとの関連整理、同時市場の仕組みをより具体化)と②費用対便益分析の大きく二つの論点について検討を進め、今年6月に電力・ガス基本政策小委員会へ中間報告がされたところである。

同時市場に関する検討の目的


電源情報を一元的に把握 コンセプトは理想的だが

過去の需給ひっ迫や需給調整市場におけるΔkWの調達未達問題などを踏まえると、同時市場を通じて電源情報のTSO(あるいは電力広域的運営推進機関)による一元的把握、kW時とΔkWを同じ時間軸で調達することで短期市場の効率化を図るというコンセプトは理想的だ。発電にかかるさまざまな費用を多面的に考慮した上で、電源の起動・運用・停止を判断しkW時とΔkWに合理的に割り付けるとともに、合理的な価格決定の仕組みが担保されれば、理論的には電源運用がより最適化され、安定供給と経済性の両立が実現する。例えば、変動性再エネが拡大し調整力不足が懸念される中でも、調整力を備えた電源価値が正しく評価され効率的に活用でき、発電・小売事業者を含めた市場参加者にとってもマイナスは生じないはずだ。

ただし、これはあくまでも新制度が制度趣旨に基づき正しく実効性を有した場合の理想的な姿であり、実際これらがワークするのか、課題も多いように思える。いまだ、議論の途上であり、現時点で同時市場の検討に対する評価は時期尚早であり、今後の議論を注視するとともに大いに期待していきたいところではあるが、現時点で感じていることを以下示したい。

電気・ガス料金支援が復活 長期化で「税金の還付」状態


電気・ガス料金支援が、8月使用分から3カ月限定で復活する。政府による補助金は昨年1月から今年5月使用分まで投入されていたが、わずか2カ月での「再開」となった。酷暑を乗り切る観点から、8・9月使用分の負担軽減を重点化。電力の低圧で8、9月が1kW時当たり4円、10月が同2・5円。都市ガスは8、9月が1㎥当たり17・5円、10月が同10円の補助を行う。

電気・ガス料金支援で会見する斎藤健経産相(6月28日)

政府は「酷暑乗り切り緊急支援」と銘打つが、猛暑日が続いた7月使用分は含まれず、場当たり感は否めない。また斎藤健経済産業相は6月28日の会見で「(激変緩和対策事業の)『再開』ではない」と強調したが、実質的には「再開」だ。激変緩和対策には約3・6兆円の国費を投入した上、今回の補助総額はおよそ4500億円程度と推計される。両者を合わせれば4兆円超で、毎年度の再エネ賦課金の総額を優に上回る。

「あまりにもお金の使い方が下手すぎる」と憤るのは、大手ガス関係者だ。「水素と既存燃料の値差補填や再エネ賦課金停止の財源など、ポジティブな使途はいくらでもあった」。石油業界関係者も「もはや単なる『税金の還付』だ」とあきれる。

インフレの改善が見られる米国では、9月にも連邦準備制度理事会(FRB)が利下げに踏み切る可能性があり、円安傾向に歯止めがかかれば燃料調達コストは削減される。ただ9月の自民党総裁選を前に臨時国会での冒頭解散がささやかれるなど、政治の流れは流動的だ。電気・ガス料金は、引き続き政争の具となるのだろうか。

鉄鋼業界が次期エネ基に熱視線 脱炭素転換は電力コストが壁


【業界紙の目】高田 潤/鉄鋼新聞社 編集局鉄鋼部長

鉄鋼の脱炭素化プロセスへの転換には電力需要増が避けられず、コストは切実な問題だ。

関係者はこれまで以上に次期エネルギー基本計画の行方に注目している。

エネルギー基本計画の見直しに向けた議論が始まった。今回の見直しでは、電力需要の増加に対応し、供給能力、特に脱炭素電源をどう拡充していくかが論点の一つとなっている。今後の電力需要では、データセンターや半導体工場での需要増が指摘されるが、鉄鋼業界でも需要の増加が必至。脱炭素化に向けた鉄鋼製造プロセスの転換が電力需要を押し上げるとみられているからだ。それだけに、電力の安定供給、コストに影響を与える次期基本計画に対する鉄鋼業界の関心は従来に増して高まっている。

大型電気炉導入が視野に(写真は既存電気炉)

鉄鋼は電力の大口需要業界の一つだ。資源エネルギー庁によると、鉄鋼業の消費電力量は約600億kW時(2022年度)。これは、電力会社からの購入電力のほか、工場内にある共同火力、自家発電などを合わせた総消費量だ。

電気で鉄を溶かす電炉メーカーの場合、使用する電力はほぼ地域電力会社から調達する。一方、高炉一貫メーカーは、共同火力や自家発電設備を活用し、割高な購入電力の使用をできるだけ抑えている。

いま、プロセス転換を迫られているのが高炉一貫メーカーだ。鉄鋼業のCO2排出量の大半を占めるのが高炉プロセスによる排出。高炉メーカーが脱炭素プロセスに移行すれば、鉄鋼業のCO2排出量を大幅に減らすことが可能となる。


大型電炉導入の検討加速 エネルギーバランス変化へ

日本の鉄鋼業界は21年に「2050年カーボンニュートラル(CN)への挑戦」を打ち出し、現在、革新的な脱炭素製造プロセスの実用化に向けて研究開発を進めている。

代表的なのが水素還元製鉄だ。鉄鉱石の還元に、石炭(原料炭)の代わりに水素を用いる手法だが、実用化へのハードルは高く、30年時点での実用化は難しいのが現状。しかも、石炭から水素への転換は5割程度が限界とされ、CNを実現するには、CCS(CO2回収・貯留)などオフセット手法との組み合わせが不可欠だ。業界では40年代央以降の実用化を目指している。

そこで30年時点での実用化技術として、現実味を帯びているのが電気炉法だ。電気炉はすでに、専業メーカー(普通鋼電炉・特殊鋼電炉)で使われている設備だが、高炉メーカーが導入を検討しているのは、大型電気炉による連続操業。内容積5000㎥級の大型高炉は、1基で年間300万t以上の鉄(銑鉄)を製造できる。これと同等の生産量を維持するには、電気炉の24時間稼働が前提となる(高炉は24時間365日稼働だが、電気炉の場合、割安な電力使用を前提とするため夜間・休日操業が一般的。年1回の大型定期修理も必要)。

台風への備えと再エネ活用 九州の生活支える「人」の力


【電力事業の現場力】九州電力労働組合

台風被害の多さと日本一の再エネ導入量を誇る九州地方。

停電の復旧作業と太陽光発電活用の裏には現場の努力があった。

「今週末に大規模非常災害対策訓練がある。訓練を終えると現場の緊張感が一気に高まる」

毎年のように台風が大きな被害をもたらす九州地方。九州電力送配電と関係会社が台風などの災害に備える大規模訓練を控えた7月上旬、九州電力労働組合の本部を訪れた。

災害復旧のための派遣要請は、台風が九州地方に到達する前から行われる。九州地方は離島が多く、台風が接近すると、海が荒れる前に復旧を担う作業員の事前派遣が行われる。こうした場合、派遣された社員は1~2週間は現地で寝泊まりすることになる。

大規模非常災害対策訓練の様子

台風による停電の原因で多いのは、電柱の被害だ。土砂崩れや河川の氾濫などで電柱が流されれば、新たに電柱を立てて電線をつなぎ直す必要がある。また電柱が折れた場合には、電柱に補強板と呼ばれる金属製の板を添えて金具を巻き付ける応急処置を行う。この補強板が添え木のような役割を果たし、電柱を支える。電柱の復旧が困難となれば、高圧発電機車と電線をつなぐ場合もある。

2010年に発生した奄美地方での豪雨では、イレギュラーな対応をとった。停電を解消すべく、高圧発電機車をヘリコプターで吊るして旧奄美空港から孤立地区へと運んだ。運搬時の風圧を回避するため、車の上部をドーム状にするなど、いざという時に備えて車を改良していたという用意周到さには驚きだ。

奄美地方の豪雨で活躍した高圧発電機車の空輸(陸上自衛隊との協働)

九州電力労働組合が何よりも重要視するのは、現場の安全確保だ。災害復旧は時間と戦いながら、普段とは違う対応が求められる。現場は「一刻も早く電気を届けたい」と使命感から復旧作業に全身全霊を注ぐ。

「急いでいるからこそ、安全確保を徹底しなければならない」と熱を込めるのは、栁瀬健吾書記長だ。「労働組合は安全が守られているかを確認する役割がある。現場に作業員を派遣する際には、必ず会社と現場に『安全第一で』と伝えている」(同)

九州電力では約30年前、復旧作業中に作業員が亡くなる痛ましい事故があった。この経験から、九州電力労働組合では「決して安全を二の次にしない」という意識が受け継がれている。


フル稼働の揚水発電 現場の強い責任感

九州地方といえば、再生可能エネルギーの導入量で日本のトップを走る。だが、その裏で再エネの運用を支える揚水発電所の存在を忘れてはならない。

揚水発電を行う小丸川発電所

九州電力の揚水発電所は、3カ所(8台)で最大出力2300MWを誇る。電力が余る場合は水をくみ上げて需要を増やし、電力が不足する朝方や夕方など急激に需要が伸び始める時間帯の発電に使われる。近年の起動停止回数は、1台当たり年間800回程度に及ぶという。

小丸川発電所のロータ吊出し作業

過酷な運用により、これまでは生じなかった部品の摩耗などが目立つようになった。設備の異常兆候を早期に発見するため、状態監視装置による遠隔監視の強化や事業所から車で1時間半ほどかかる発電所に足を運んでの現場パトロールを行っている。現場の負担は高まっているが、「揚水発電が止まれば、その分だけ太陽光発電の受け入れができなくなる。絶対に止められない」との責任感を持って日々の作業に取り組んでいる。

いつの時代も九州地方の生活を支えるのは、人の手による「現場力」なのだ。

エンジン脱炭素化の救世主に!? 石油代替燃料の可能性と障壁


モータースポーツを入り口に用途拡大が期待されるガソリン代替の合成燃料。

自働車業界は石油元売りと連携し商用化を目指すも、乗り越える壁は多い。

自動車メーカーがしのぎを削るモータースポーツの世界で、二酸化炭素(CO2)と水素(H2)を合成して製造する「合成燃料」の行方に注目が集まっている。エンジン車の脱炭素化を促す可能性を秘めているからだ。政府や石油元売り大手も合成燃料の導入拡大に意欲を示す。合成燃料市場の育成を目指す官民の関係者に迫り、普及に向けた道筋や課題を探った。

「今後もエンジンの進化に挑み続ける」。トヨタ自動車、SUBARU(スバル)、マツダのトップは5月に一堂に会し、エンジン開発を継続すると宣言。3社はそれぞれの得意技術を磨きながら、「マルチパスウェイ(全方位)」でカーボンニュートラル(CN)に役立つパワートレーン(動力伝達機構)や燃料の選択肢を広げる戦略を貫く決意を表明した。

スーパー耐久に参戦した合成燃料使用車両(手前)
提供:マツダ


全方位戦略の自動車大手 EV減速を横目に決意

欧米などの主要国で電気自動車(EV)の需要減速が鮮明となる中、メーカーの間で電動車を巡る戦略を見直す動きが広がっている。3社が満を持して表明した決意の背景には、こうした潮目の変化があるようだ。

メーカー各社が脱炭素化につながる「CN燃料」の一つとして熱い視線を注ぐのが、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」と発電所や工場から排出されるCO2などを原料につくる合成燃料。エンジン車であってもCO2排出量を実質ゼロにできることが売りだ。

ガソリンと成分が近い合成燃料は、化石燃料由来の液体燃料と同じくエネルギー密度が高いため、長距離を移動する飛行機やトラックなど電動化や水素化が難しい輸送手段にも向く。災害時に最後のとりでとなるガソリンスタンド(SS)などの燃料インフラを生かせることに加えて長期保存も可能なため、防災面でも威力を発揮する。

ENEOS中央技術研究所サステナブル技術研究所長の早坂和章氏はこうした優位性を踏まえながら、CN社会に移行する過程で「社会全体のコスト負担を抑えるための一つの選択肢になる」との考えを示す。

すでに合成燃料を車両に充填し走行する実証実験が活発化。マツダは市販車に近い車両で競う「スーパー耐久シリーズ」を走る実験室と位置付け、2023年7月にオートポリスサーキット(大分県日田市)で行われたスーパー耐久の第4戦に合成燃料で参戦し完走した。引き続きCN燃料やCO2回収技術などを通じて脱炭素化に貢献する可能性を追求したい考えだ。

「もしトラ」から「確トラ」に!? 米エネ政策は大転換の可能性


「もしトラ」が「確トラ」になるのか―。7月13日、米国のトランプ前大統領がペンシルベニア州バトラーで演説中に銃撃され負傷するという衝撃的な事件が発生した。16日の世論調査を見ると、トランプ氏の支持率は43%とバイデン大統領の41%を2ポイント上回る程度にとどまったものの、18日の共和党全国大会では右耳ガーゼ姿で指名受託演説に登壇。「4カ月後、われわれは素晴らしい勝利を挙げ、米国史上最も偉大な4年間とする」と宣言し、力強さを見せつけた。

銃撃直後に負傷しながらもこぶしを突き上げるトランプ氏(7月13日)

この演説で印象的だったのは、エネルギー政策への言及が多かったことだ。「ただちにインフレ危機を終わらせる。金利を下げ、エネルギーのコストを下げる。石油を掘って、掘って、掘りまくる。(大歓声)。エネルギーを確保し、価格を引き下げていく。今のエネルギー政策は国民を苦しめている」「『グリーン・ニュー詐欺』に何兆ドルも費やした。これらの資金の使い道を道路や橋、ダムなど重要なものに向ける。無意味なグリーン・ニュー詐欺に使うことは許さない」「就任1日目にEV普及の義務化をやめる。米国の自動車産業を崩壊から救い、わが国に取り戻していく」―。

そして21日、ついにバイデン大統領が大統領選挙から撤退する意向を表明。ハリス副大統領を民主党の大統領選候補として支持することを明らかにした。これを受け、トランプ氏は早速、「ハリス氏の方が簡単に倒せる」とコメントした。


国内資源を最大活用へ 「支配的優位」目指す

トランプ氏再選となった場合、米国のエネルギー政策はどうなるのか。米在住の石油アナリストの小山正篤氏は、「『脱炭素化規制からの解放』を目指す一連の施策が、迅速かつ広範に実施されると見るべきだろう」と予想する。共和党全国大会で採択された政策綱領では、国内資源の最大限の活用をうたい、石油・天然ガスをはじめ世界のエネルギー生産で「支配的優位」を目指す構え。これはインフレ対策の筆頭にも挙げられており、豊富・廉価のエネルギー安定供給を優先し、民主党政権の進めた脱炭素化政策を転換する。また中国製EVの浸透から米・自動車産業を守る点からも、EV普及策を取り消すとしている。

「政権党が交替する度にエネルギー政策が反転する今日の米国だが、連邦基準を上回る独自の自動車排ガス規制を導入するカリフォルニア州の権限はく奪が最高裁で確定する場合には、加州主導による脱炭素化という従来の展開はそこで行き詰まる。ちなみに、副大統領候補であるバンス上院議員の選出州・オハイオを含むアパラチア地域は、全米最大級の産ガス・産炭地帯でもある」(小山氏)

地球温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」からの再離脱が濃厚となる中、わが国エネルギー政策の行方にも大きな影を落としそうだ。

【特集1】川崎で自治体最大規模の事業始動 廃棄物発電に期待される役割


地域の脱炭素化の王道的な手法の一つが、廃棄物発電の利活用といえる。

カーボンニュートラルに向け取り組みが活発化する廃棄物発電の最新事情を紹介する。

桑畑みなみ/NTTデータ経営研究所 社会・環境システム戦略コンサルティングユニット マネージャー

今年4月、川崎市に自治体最大規模の地域エネルギー会社「川崎未来エナジー」が誕生した。以前より同市は市域の再エネ普及拡大を目指しており、当該会社はその担い手として、再エネ電力の供給、太陽光発電などの電源開発、エネルギーマネジメント技術を活用した取り組みの推進を担う。

当面の核となるのが、市が保有する廃棄物発電の有効活用である。背景の一つに、市の廃棄物処理施設である橘処理センターの建て替えによる発電能力の大幅な増加がある。発電電力は年間120GW時(1GW=100万kW)級を見込み、仮にこれを太陽光発電で代替した場合には2.5万世帯の屋根に設備を設置したことと同じ発電量となる(1世帯当たり4kW、発電効率13.7%として試算)。加えて同市は工業地域として電力需要量が多い一方、立地上、十分な再エネ導入ポテンシャルを期待できないという制約がある。そのような状況下、バイオマス発電としての廃棄物発電の利活用に白羽の矢が立ったのである。

橘処理センターの完成予想図 出典:川崎市ウェブサイト


環境面と安定電源の価値を兼備 積極的な利活用検討を

そもそも廃棄物発電は、太陽光や風力と異なり天候に左右されず、比較的、発電計画が立てやすい特性を持つ。再エネ価値がありながらもベース電源としての活躍を期待することができる貴重な電源だ。国が掲げる第6次エネルギー基本計画における電源構成のうち、2030年度の再エネ比率は36~38%を目指すが、そのほとんどは太陽光や風力、水力といった変動電源に頼っている。皮肉なことに、変動性再エネを導入すればする程、電力系統の管理として安定電源を組み合わせる必要が生じ、そのほとんどを従来型の火力発電が担っているのが実態である。もちろん蓄電池の活用をはじめとするエネルギーマネジメントの高効率化によって最適なバランスは常に試行錯誤されつつあるものの、この局面で環境価値と安定電源の価値を併せ持つ廃棄物発電が果たすべき役割は大きい。

今後、リサイクルのさらなる推進や人口減少などに伴い燃料となるごみの減少が見込まれることには留意が必要となるものの、再エネの最大限の活用、さらには地域資源の活用・地域経済の活性化を見据えると、廃棄物発電の積極的な利活用を真剣に考えていくべきである。川崎未来エナジーには、その成功例となることを期待したい。

【特集1/座談会】脱炭素の追い風も行く手には難路 持続的な成長に必要な視座


再エネ開発を巡るトラブルや問題が相次ぎ、各地で存在が揺らいでいる。

地域共生や経済効果など多様な視点で再考する課題が突き付けられる。

【出席者】
山本隆三/常葉大学名誉教授
諸富 徹/京都大学大学院経済学研究科教授
秋元圭吾/地球環境産業技術研究機構「RITE」システム研究グループリーダー・主席研究員

左から順に、秋元氏、諸富氏、山本氏

―全国各地で土砂流出などの環境影響を心配する地域住民らとのトラブルが相次ぐ中、条例で再エネ発電設備の導入規制に踏み切る自治体が増えています。

秋元 再エネ事業の規律がない中、地域との共生に十分に配慮していない発電設備の開発が顕在化してきたように思います。日本の平地面積が限られているにもかかわらず再エネの導入を強力に促したため、山間地や傾斜地に無理に設置するケースが増えてしまっているという印象です。そうした動きを背景に規制が強まってきたと見ています。

山本 再エネに限らずさまざまなエネルギーを各地で利用しようとすると、環境に負荷をかけてしまいます。再エネは環境に優しいイメージが先行してきましたが、大規模に使い出すと大きな土地と多くの資機材が必要となります。再エネに必要な重要鉱物の量は、原子力発電所の5倍程度、火力発電所の10倍以上に達します。こうした点を踏まえると再エネ開発を巡るトラブルは必然的な問題と言えますが、政府はもっと早く必要な対応を取るべきだったように思います。

諸富 2012年7月に再エネの固定価格買い取り(FIT)制度を導入して以来、地域再生のために活用を促進すべきという立場です。一方で残念ながら、不適格な再エネ開発が放置されてきました。都市計画を厳正につくるドイツとは対照的に日本の建築は自由で、開発事業についても最低限の規制がクリアされていれば立地地域の自治体が許可しています。そうした規制の不備を突く形で再エネがどんどん導入されていったと分析しています。

―再エネ普及に向けた「再エネ特措法」が改正を繰り返し、4月には住民説明会の開催など規律強化を求める改正法が施行されました。どう評価していますか。

秋元 再エネ拡大の圧力が増す中、適切な再エネ開発を促す法改正は必然です。ただ、問題が顕在化してから遅れて手を打っているという印象です。先を見通した上で必要な措置を講じるべきではないでしょうか。

山本 行政が後追いで手を打っているという見方は同感です。さらに言えば、再エネ事業で得られた利益を立地地域に還元する取り組みも十分ではなく、もうけが都市部にいくケースも。各地に広がるメガソーラーの導入に伴い生み出される雇用も限られます。

諸富 国レベルで脱炭素化につながる再エネの導入拡大が至上命題と位置付け、地域再生のための再エネ事業が進められてきました。ただ、その利益が地域にどう配分されるかまでの細かい議論が尽くされていないように思います。そうした点も含め事業者や地域住民が普段から議論する協議会を設ければ、おのずと再エネと地域との共生が進むでしょう。


次世代技術は見極めが不可欠 コストを踏まえた支援スキームを

―設置場所の拡大が見込めるペロブスカイト太陽電池など、エネルギー安全保障や経済成長につながる可能性を秘める再エネの選択肢が増えています。

秋元 太陽光発電や風力発電について見ると、資本集約型産業のため、雇用を含めた利益の地域還元が難しいと言えます。利益を地域に落とそうとすると事業コストが上がってしまう「トレードオフ(二律背反)」の関係に陥り、そこで増えたコストが国民負担に跳ね返ってきます。また、政府はペロブスカイト太陽電池など国産の次世代技術を普及させようとしていますが、これらは普通の太陽光や普通の風力よりもコストが高いので、しっかりと見極めた上で導入に向けた適切な支援のスキームを検討することが重要です。

土砂崩れで太陽光パネルが崩落した(経済産業省のサイトより)

諸富 バイオマスや小水力などの再エネ発電設備は林業などの地域産業に一定の経済効果をもたらし、自動車産業のように産業のすそ野が広い洋上風力も期待できます。ただ、再エネの規模に関わらず利益を地域に落とす仕組みづくりをもっと進めるべきです。例えば、大規模事業者が地域で再エネ事業を行いたい場合、利益の一定割合を地域に還元することを義務付けたり、地域企業の株主になったりするスキームが考えられます。

山本 もちろん日本で新たな産業を興すことは大切ですが、間違いなくエネルギー価格を引き上げる産業では結局、長続きしません。再エネに限らずエネルギー価格を引き下げられるような分野に、資金を効果的に投入する対応が求められるのではないでしょうか。

【特集1】洋上風力は地域経済を再生できるか 秋田・能代と石狩の現場をレポート


洋上風力発電事業は、関連産業集積化により新規雇用の創出など地域経済への恩恵が期待されている。

実態はどうなっているのか。先行する秋田県(秋田・能代市)と北海道石狩市の現状を取材した。

2050年カーボンニュートラル(CN)達成の主戦力として、大きな期待がかかる洋上風力発電。地域に利益を落とさず、安全上のリスクだけを押し付けてしまった一部メガソーラーの反省を踏まえると、いかに「地域裨益型」の事業モデルを構築できるかが、その成否を左右すると言って過言ではないだろう。

ともすると、「太陽光と同様、洋上風力導入に伴う雇用創出は建設時のみで、完了すれば失われてしまいかねない」(学識者)。そうあってはならないと、先行する秋田県(秋田・能代市)と北海道石狩市では、着実に地域振興につなげようという動きが活発化している。

能代港では、地耐力強化工事が進んでいる


産業拠点の形成へ 地元企業も受託に意欲

日本海に面した海岸沿いに立つと、能代港湾区域内に立つ20基の洋上風力発電が一望できる。2022年12月に商業運転を開始した、国内初の本格的な洋上風力発電所(総出力8・4万kW)だ。海からの強い風が吹く能代市沖では今後、一般海域でも建設計画が相次ぐ。洋上風力の一大拠点としてスタートを切った今、全国からますます熱い視線を集めている。

昨年度の県外からの視察者は1400人ほど。これだけの人が市内に宿泊し、飲食店を利用するだけに、小売りから飲食、宿泊などさまざまな業種が受ける経済的な恩恵は大きい。それだけではない。市エネルギー産業政策課の三上涼星主査が、「市内企業の意識の変化が顕著。洋上風力関連の仕事を積極的に受託していこうという意欲が非常に旺盛になってきている」と言うように、産業面でも良い効果が出始めているようだ。

洋上風力の拠点港として国の指定を受けた能代港では、将来、部材置き場として対応するための地耐力強化工事が進む。秋田杉の集積地として栄えてきた同港は、県北の玄関口。三上氏は、港湾機能の強化を「周辺地域の産業振興や雇用の創出につなげていかなければならない」と意気込む。

この洋上風力事業を手掛けているのは、丸紅を中心とする特別目的会社「秋田洋上風力発電」だ。23年1月には、能代港に続き秋田港でも13基の洋上風力の商業運転を開始した。同社に出資する13社のうち7社が県外企業。井上聡一社長は、「建設段階、そして運転段階に入った今も、技術的に可能な限り県内の企業、人材を活用している」と、地元との共生を強調する。

実際、発電所の運用や保守などの現場業務に60人ほどが従事しており、そのうち半数が県内出身者とのこと。また、作業員を現場まで輸送するための2隻の洋上風力発電アクセス船(CTV)の運航や、洋上・陸上設備の保守業務の一部、環境調査などに県内企業が関わっている。

一般海域で計画されている全てが完成すれば、秋田県だけで洋上風力の設備容量は200万kWを超える規模に達する。県の試算によると、直接・間接を含めた経済波及効果は、秋田・能代港の港湾内事業分で270億円。一般海域における4事業分では、3550億円とケタ違いに大きい。

目指すのは、「国内最大級の新エネルギー供給基地と関連産業集積拠点の形成」だ。クリーンエネルギー産業振興課の北原達主査は、「発電事業者やメーカーと県内企業のマッチング、県外企業の誘致に着々と取り組んできたことで、さまざまな企業が秋田県に集結しつつある」と手ごたえを感じている。

人口減少が深刻化する中で、いかに県内に仕事を創出し流出を食い止めるかは大きな課題。これまでも、県内の大学生や高校生を対象にメンテナンスなどの人材育成プログラムを実施しており、「建設、オペレーションなどを含め、より包括的な教育ができないか、検討を進めている」(北原氏)ところだ。


再エネ「活用」も重視 GX投資を呼び込む

今年1月、グリーンパワーインベストメント(GPI)が8000kWの大型風車を採用した「石狩湾新港洋上風力発電所」(14基、総出力11万2000kW)が商業運転を開始した北海道石狩市。この地域では、冷涼な気候と豊富な再エネを活用しようと、データセンター(DC)が集積しつつある。課題は、他の産業誘致とは異なり、DC単体では雇用などの経済効果が出にくい点だ。

石狩市が開催した「地域課題解決WS」

「これまでは、DCの誘致が目的となっていたが、今後は地域価値向上のためにどう役立てていくかが重要だ」(企業連携推進課の加藤純課長)。そこで、地域課題の解決を視野に、地域のデジタル需要を掘り起こすソリューションを模索し始めた。

例えば、農業分野では、労働人口の減少による担い手不足や、気候変動による農作物への影響が著しい。こうした課題をDX(デジタルトランスフォーメーション)で解決することで、デジタル需要の創出と地域課題解決を両立しようというわけだ。今年2月には、「石狩市と考えよう『地域課題解決ワークショップ(WS)』」を開催。スタートアップ企業関係者ら約30人が参加した。

「再エネやDCが集積することが、市民にとってどのような利益をもたらすのか見えにくい。これらを活用しより良い市民の暮らしを実現することで、再エネ、DCの利用価値を高めていきたい」(加藤氏)

地方都市は、人口減少に伴いさまざまなサービスや生活インフラが維持困難となっている。洋上風力を軸とした地域振興策により、都市存続へ起死回生を図れるか―。秋田、北海道の動向は、全国のモデルケースとして高い関心が向けられている。

【特集1】一層の拡大は地域共生が大前提 需給面でFIP活用が重要に


政府は再エネ乱開発に対し数度にわたり再エネ特措法を改正してきたが、今後の対応で欠かせない視点は。

そして引き続き再エネ主力電源化政策を進める上での課題とは―。日暮正毅・新エネ課長に聞いた。

【インタビュー:日暮正毅/資源エネルギー庁 新エネルギー課長】

―4月施行の改正再エネ特措法では新たな措置を示しました。

日暮 2012年7月の再エネ特措法開始により、電源構成に占める再エネ比率は倍増する一方で、地域との共生を巡る課題が顕在化しています。今後導入量をさらに伸ばす上では、この課題への対応が大前提です。今回の法改正に際しては、森林法や盛土規制法などの許認可取得を認定申請時点の要件とし、さらに関係法令違反が明らかであれば、早期是正を促すため、認定取り消しの前段階で交付金を停止する措置を設けました。既に本年4月、森林法違反で9件の交付金を停止し、今後も随時実施する方針です。加えて毎年1000件単位の設備を現地調査できるよう人員配置する予算措置を講じ、実効的、機動的に事業規律を確保していきます。

―ただ、自治体では再エネ規制条例の制定が続いています。

日暮 再エネを巡るトラブルへの対応では地方の自主性を重んじつつも、カーボンニュートラルに向けて、やはり地域との共生を前提に再エネ拡大を目指す必要があります。各自治体の取り組みについてバランスが取れているのか、良く目配りします。


市場統合を強く推進 国内供給網の強靱化重視

―FIPへの移行が大規模太陽光などで進んでいません。

日暮 FIP電源は少しずつ伸びてはいますが、まだ全体の2%程度。FIPは価格メカニズムを活用し、再エネ電源の市場統合を図る制度であり、供給が多い時間帯に蓄電池にためる、あるいは需給を見て自ら出力を制御し、他の時間帯に発電をシフトさせるといった対応を行う強い動機付けとなります。需給バランスへの貢献やkW時ベースで見た導入拡大の面から、今後はFIPの活用を進めることが重要で、より強く移行を後押しする考えです。なお、国民負担の課題については、入札制の一層の活用など再エネのコスト低減を促します。洋上風力での入札では国民負担ゼロで導入を行う事例も出てきています。

また、今後拡大が期待されるペロブスカイト太陽電池や洋上風力については、国内でサプライチェーンを構築し、地域に裨益する構造とすることが肝要です。前者は国内産出できるヨウ素を使い、かつて国産パネルが競争力を失った反省を踏まえ、官民協議会で英知を結集し、産業競争力強化と再エネ拡大を図ります。後者については、国内調達比率40年60%を目標に掲げていますし、入札プロセスの中で「安定供給」の項目としてサプライチェーンの強靱化を加点要素としています。

第7次エネルギー基本計画の検討も始まりましたが、脱炭素電源の供給確保はまさに今後の産業競争力に直結します。地域との共生、国民負担の抑制を図りながら、再エネの主力電源化に向け取り組んでいきます。

ひぐらし・まさき 2001年東京大学経済学部卒後、経済産業省入省。06年米ジョージタウン大学留学。製造産業局航空機武器宇宙産業課長、経産大臣秘書官などを経て23年から現職。

【特集1】特措法改正で段階的に規律強化も 再エネ規制へ自治体の温度差鮮明に


FIT開始から10余年立つ中、再エネトラブルへの対応策として自治体による条例策定が広がり続ける。

自治体はそれぞれどのようにこの問題を受け止めているのか。アンケート調査でその分析を試みた。

「ここ数年、条例化の中で最も動きがある分野が太陽光など再生可能エネルギー発電設備の規制関係だ」―。自治体向けにさまざまな条例の動きを発信している地方自治研究機構の井上源三顧問は、こう強調する。

FIT(固定価格買い取り制度)導入以降、不適切な再エネ設備を巡るトラブルが各地で報告され、本誌もこれまで数度の特集でその実態に迫ってきた。

資源エネルギー庁はたびたび再エネ特措法を改正し、段階的に規制を強化。例えば2022年4月の改正では未稼働案件の認定失効制度を導入し、23年3月末に最初の失効期限を迎えた案件は約5万件、約4GW(1GW=100万kW)に上る。

にもかかわらず、自治体による再エネ規制の動きは止まる気配がない。単独で再エネを規制する条例は、2014年の大分県由布市と岩手県遠野市の2条例制定を皮切りに増加の一途で、都道府県条例が8件、市町村条例が277件(7月9日時点)。最近はこれまでなかったエリアでの制定も目立ち、「さらに条例が増えるにつれ、事業者は条例がないところを選ぶようになる」(井上氏)―。


既存制度で十分か否か 自治体の判断分かれる

実際、自治体関係者はどのようにこの問題に対峙しているのか。本誌は47都道府県、20の政令指定都市にアンケートを送付。締め切りまでに43都道府県、16都市の回答を得た。

まず都道府県で「再エネ規制条例を定めている」と回答、あるいは実質的な規制条例を導入しているのは8県、政令指定都市は3市だった。さらに、1県が条例制定を検討中という。ほかに環境アセスメント条例の対象にしているとの回答もあった。

規制条例がある8県の太陽光導入量の最新実績は、200万kW台が3県、100万kW台が1県など、より導入量が多い地域があるものの、8県の導入量は一定水準に達し、3市についてはほかの都市よりも多かった。

都道府県には市町村の状況も聞いたところ、過半の29で市町村条例があった。最多レベルでは県内に30超の条例が存在。対して「把握していない・規制か判断できない」が7件、「導入事例なし」は5件だった。

次に「住民から再エネ規制を求める声が寄せられたか」との問いに対しては、都道府県で最も多い回答は「ちらほら寄せられている」で、次いで「把握していない」「ほとんどない」「数多く寄せられている」の順となった。政令指定都市では「把握していない」が最多で、「ちらほら」「ほとんどない」が同数、「数多く」はゼロだった。

それぞれの判断理由を問うと、条例制定組からは、「住民の不安に応えた結果」との声や、既存制度での対応では不十分といった考えが示された(詳細は別表)。一方、条例を制定していない側からは、「規制すべき状況でない」といったほか、「地域の実情に応じ市町村で判断することが望ましい」「既存の法令やガイドライン、条例アセスなどにより対応できている」「事業者、県、立地市町村の3者による協定締結を推進している」などの声が挙がった。