紆余曲折経て東ガスが単独建設へ 「袖ヶ浦」に見る新規火力投資の課題


東京ガスが、紆余曲折を経て千葉県袖ケ浦市に単独でLNG火力発電所を建設することを決めた。

脱炭素時代を背景に火力電源不足が深刻化する中、新規電源投資の呼び水となるか。

東京ガスは、2029年度の順次運転開始を目指し、千葉県袖ケ浦市の東京湾岸に計195万kW(65万kW級×3軸)と、同社最大規模となるLNG火力発電所の建設を決めた。

水素混焼できる三菱重工業製の最新鋭高効率ガスコンバインドサイクル発電を採用し、ガスタービンの交換など小規模な改修により、水素専焼も可能とする。火力発電への新規投資が長期的に低迷している中、発電設備の次世代・高効率化、さらには50年カーボンニュートラル(CN)を見据えた脱炭素型への置き換えを前面に押し出した形だ。

そもそも15年に、出光興産、九州電力とともに同地での火力発電所の検討を始めた当初は石炭火力の建設を目指していた。ところが、石炭火力に対する世界的な逆風もあり、19年1月に石炭火力を断念することを発表。このタイミングで出光が事業から撤退した。

その後、九電と2社でLNG火力に切り替えて検討を継続したものの、22年に入り建設コストの上昇や燃料価格の高騰により事業性が悪化。同年6月には九電も撤退を決め、東ガスは単独での開発検討を余儀なくされることになった。

こうした紆余曲折を経ながらも、発電所の新設を決断した理由について、石坂匡史・執行役員電力事業部長は、「足元では電力需要が減少しているが、電化が進むことを踏まえれば長期的には増大する。老朽火力の退出が急速に進む中、当社が電力事業を拡大していくためには供給力として再生可能エネルギーのみならず火力発電所が必要であり、50年の断面でも、脱炭素化は必要となるものの、調整力として必要とされることは間違いないと判断した」と語る。

袖ヶ浦LNG火力の完成予想図


既存火力の引き継ぎへ 23年が投資判断のリミット

「たとえ単独であっても、東ガスには、どうしても23年中に建設の意思決定しなければならない事情があった」と、話すのはコンサルタントの一人。それは同社の電力事業を支えきた川崎天然ガス発電(川崎市、80万kW)と、扇島パワーステーション1・2号機(横浜市、120万kW)がリプレース期を迎え、後継となる発電所が必要だということだ。

というのも、ENEOSと共同出資する川天は、40万kWが東ガスの持ち分であるが、08年に運開し、ガスタービン設備の耐用寿命期が既に迫っている。一方、出光と共同出資の扇島は90万kWが持ち分で、10年に運開しており、こちらも25年ごろには寿命期を迎える。延命させたとしても4~5年が限度だ。

両発電所からの供給を失うと、一気に市場からの調達量が増えることになり、電力事業を安定的に経営することが難しくなる。既存の発電所をリプレースすれば問題は解決するのだが、川天はENEOSの土地に立地し、東ガスの意向のみでリプレースを決めることはできない上に、リプレースするにしても停止してから再度供給力として見込めるまでには相当の時間がかかる。

発電所建設は意思決定から運開まで5~6年かかるため、袖ヶ浦の決断をこれ以上遅らせれば川天・扇島の運転停止のタイミングに間に合わない。少なくとも、30年前後までに100万kW級の電源規模を確保することはマストなのだ。もちろん、水素専焼を可能にすることによる長期脱炭素電源オークションや、メジャーズの天然ガス回帰といった最近の動きも、同社の決断を後押しすることになっただろう。

臨海部であるにもかかわらず、復水器の冷却方式として「海水冷却」ではなく「空気冷却」を選択したのも、30年までの運転開始に間に合わせるためとみられる。発電所建設を巡っては、漁業組合との交渉の難航が度々報道されてきた。袖ヶ浦LNG基地を保有する東ガスは日頃から漁業組合との関係を良好に維持してきたものの、特に海苔養殖に関しては、若手従事者からの不安視する声が強く、なかなか妥結に至らず、23年中の意思決定がリミットと判断した同社は、昨年後半には空冷の可能性を模索し始めていた模様。その結果、水冷よりも発電効率が1%程度低下するなど、多少の不利はあるものの許容範囲だと判断した形だ。

内閣改造で西村経産相留任 伊藤環境相の手腕に注目


9月13日に内閣改造が行われ、岸田政権が新たな布陣となった。巨額予算を投じ来年度から本格始動するGX(グリーントランスフォーメーション)政策などの継続性を重視し、経済産業相には西村康稔氏を留任させた。また、西村経産相は所管の今後の課題として「ALPS処理水の放出に伴う風評、特に中国の全面輸入停止の即時撤廃を求めながら、対策を打つこと」を挙げ、さらに「エネルギー高騰対策についても、国の負担軽減を図りながらエネルギー危機に強い構造にしていかなければならない」と強調した。

年末のCOP28に伊藤新環境相はどう臨むのか

一方、環境相は、西村明宏氏から、今回初入閣の伊藤信太郎氏に交代した。これまで衆議院の環境委員長や、東日本大震災復興特別委員長などを歴任。また外務副大臣の経験もあり、「そこで培った人脈も生かし(温暖化防止国際会議の)COP28や、プラスチック汚染に関する条約交渉にもしっかり取り組んでいく」と語った。特に気候変動交渉は、各国の意見の違いが鮮明化し一層難しい局面に突入しているが、「科学技術の進展も含め、環境問題、経済問題、国家間の対立を解決していく先導的な役割が、日本に求められているのではないか」と強調した。

また、経産省との協調関係を引き続き重視。非効率石炭火力のフェードアウトや将来的な火力の脱炭素化方針についても、従来の政府見解通りの考えを示した。ただ、今やカーボンプライシングも含めGXを主導しているのは経産省であり、「気候危機」がクローズアップされた一時に比べ、環境省の存在感低下は否めない。経産省との協調路線を踏襲しながら、新たに環境省の存在感をどう示していくのか、その手腕が注目される。

目指すは組織風土と文化の変革 グループ大で取り組む攻めのDX戦略


【九州電力】

九電グループはデジタルと人の力で新たな価値を創るビジョンを携え、DX先進企業を目指す。

自発的な学びを促し世代を超えたコミュニケーションづくりで企業変革に挑む。

九電グループは「九電グループ経営ビジョン2030」の実現に向け、DX推進を加速させている。DXを人や組織風土・文化の変革まで追求する「企業変革」への取り組みとして位置づけ、デジタル技術やデータを活用し、自社サービスやビジネスモデル、業務プロセスの抜本的改革を図るとともに、収益増大、新たな事業創出、生産性向上、業務基盤強化を目指す。

2022年7月、九州電力は「最高DX責任者」をトップに置くDX推進本部を発足させた。社内のITシステムを所管する情報通信本部や、業務主管部門と連携して施策を実行している。各業務主管部門には、変革のキーマンを「業務改革担当」としてDX推進本部と兼務する形で配置しており、各部門のDXをけん引する。

DX推進の基盤となる人材育成については、変革の機運醸成を図るため、22年度内に全社員を対象に「DXリテラシー研修」を実施。DXの概論や必要性の理解浸透を図った。その結果、今年4月に行った意識調査では95%がDXは必要だと回答。今年度からは、より発展的な教育を行う。

DXを「自分ごと」として捉え、主体的に進める人材「DXフォロワー」を育てる。対象者はe―ラーニングでデジタル技術やデータサイエンスなどを学び、自身の業務に生かす。25年度までに全社員をDXフォロワーにすることを目標としており、変革を支える人材を急ピッチで育成する考えだ。

変革のアイデアを全社から幅広く募る仕組みも整えた。社員が日常的に思いついたアイデアが見逃されないよう、グループ大での情報共有を図るDX推進サイトに、今年度から「アイデアボックス」を設置。投稿されたアイデアの中から、DXにつながりそうな提案について業務主管部門と協働で取り組み、推進を図る。

7月まで営業所に勤務していたDX戦略グループの川口舞さんは「営業所ではペーパーレスから取り組んだ。小さな意識改革がDXの始まりになる」と、最初の一歩を踏み出す重要性を話す。

DX戦略グループの内野さん(右)と川口さん


逆メンターの導入 交流で互いの視野を広げる

新たな取り組みとして、経営層を巻き込んだ「逆メンター」制度も開始した。一般的なメンター制度と異なり、若手社員が指導者の立場で、経営層に対して最新のデジタル技術などの知見について指導する方式だ。経営層一人につきメンターは二人。公募制を取る。

経営層にとっては、デジタル技術の知見にとどまらず、若い世代のトレンドや人生観、職業観など生の声を聞ける機会となり、メンターにとっては、普段接する機会が少ない経営層の考え方に触れることで視野を広げ成長の機会となる。5月から社長と副社長に実施しており、今後は対象者を拡大する。経営層、メンターの双方から「今まで聞けなかったことを聞くことができた」と好評を得ている。

フラットな組織風土醸成を目指す「逆メンター」(中央=池辺和弘社長)

GX予算で国内産業基盤を強化できるか 実効性の鍵握る成長への「戦略的配分」


GX政策の本格始動を受け、経済産業省の2024年概算要求額は過去最大規模となった。

総額2兆円を超える予算に、いかに実効性を持たせられるか。政府の「本気度」が問われる。

脱炭素成長型経済構造への円滑な移行を目指す「GX(グリーントランスフォーメーション)推進法」の成立を受けた、初の予算要求だ―。

各省庁の2024年度概算要求額が8月末までに出そろい、経産省は23年度当初予算1兆6896億円を大幅に上回る2兆4615億円を計上した。過去最大規模となった最大の要因は、GX経済移行債を活用する「GX推進対策費」だ。エネルギー対策特別会計(7820億円)とは別に、国庫債務負担行為の活用で、複数年度にわたる措置を可能とする予算総額1兆985億円を要求した。

これに先立つ8月25日、西村康稔経産相は会見で「GXの実現には大規模かつ中長期的な投資が不可欠」と強調。不確実性のある事業に対して企業が投資判断できない中で、政府のコミットによる大規模投資を促したい考えを示していた。

これを具現化するべく、GX実現とエネルギーの安定供給に向けた関連予算の要求額は、GX推進対策費とエネ特を合わせて1兆6241億円とし、23年度当初予算から5165億円増えた。省エネから再エネ、系統整備、蓄電池、原子力、水素・アンモニア、CCS(CO2回収・貯留)、EV・FCVと、さまざまな分野で事業を新設・拡充したためだ。

経産省はGXの旗振り役になれるか


際立つ「供給網」の強化 当てが外れた企業も

際立つのは、蓄電池・再エネ技術を巡るサプライチェーンの強化だ。新規の「グリーン社会に不可欠な蓄電池の製造サプライチェーン強靱化支援事業」には4958億円を計上。ペロブスカイト太陽電池や浮体式洋上風力、水素・アンモニア、水電解装置などの国内製造基盤強化に向けた「GXサプライチェーン構築支援事業」でも1171億円(新規、国庫債務負担行為は5年間で5785億円)を盛り込んだ。

原子力分野では再稼働、運転期間延長など既設炉の最大限の活用に取り組む。その一方で次世代革新炉開発や建設に関する予算「高温ガス炉実証炉開発事業」に256億円(3年間で848億円)、「高速炉実証炉開発事業」に267億円(3年間で673億円)とした。そのほかEV・FCVなどの「クリーンエネルギー自動車導入促進補助金」は、23年度当初予算から876億円増となる1076億円と大幅に拡大。GX実現に向け、あらゆる種をまくと言わんばかりの大盤振る舞いだ。

GX推進に期待感を持つ企業の反応はおおむね好意的だ。円安の影響もあり、工場の国内回帰を進める大手家電メーカーの関係者は「省エネルギー投資促進・需要構造転換支援事業費」の910億円(5年間で1925億円)を活用し、「工場の断熱改修や省エネ事業の拡大につなげたい」と強調。「今回、省エネ設備更新支援に少なくない額の予算が計上された。工場改修によって国内製造業が国際競争力を向上することに期待したい」と意気込みを見せる。

一方で当てが外れたと嘆く企業もある。大手石油元売りの関係者は「合成燃料や持続可能な航空燃料(SAF)への予算配分が乏しいように感じる」と漏らす。確かに「化石燃料のゼロ・エミッション化に向けたSAF・燃料アンモニア生産・利用技術開発事業」は98億円と、23年度予算からは26億円増えたものの、期待されたほどの伸びではなかった。

全航空燃料の10%をSAFに置き換える2030年に向け、国内生産が本格化する中、少ない予算を取り合えば、必要な投資確保が難しくなる可能性もある。「今回のGX予算要求は経産省主導が鮮明だ。国交省マターのSAFは発言力がなかったかもしれない」(エネルギーアナリスト)との声も聞こえる。

悲願のBWR再稼働が迫る 新潟は「知事選」で信を問う?


Bの復活が間近だ。福島第一原発(1F)事故後に再稼働した国内原発11基は全て加圧水型原子炉(PWR)という中で、遅れていた沸騰水型原子炉(BWR)の再稼働が目前に迫っている。具体的には女川2号機、島根2号機、柏崎刈羽6、7号機だ。

女川2号機は現在、安全対策工事の真っ只中。地元合意も完了しており、東北電力は来年2~3月の再稼働を予定する。

島根2号機を巡っては、中国電力が9日11日、原子力規制委員会に「使用前確認申請書」を提出し、来年8月に再稼働すると発表。中国電が同原発の再稼働時期を示すのは初めてだ。昨年6月には島根県の丸山達也知事が再稼働に同意し、女川2号機と同様に地元合意は完了した。

一方、依然として地元同意を得られていないのが柏崎刈羽6、7号機だ。再稼働に向けては、①原子力規制委員会による核燃料の移動禁止措置命令解除、②新潟県独自の「三つの検証」の結果公表、③県民の意思確認―というハードルがあるが、9月に大きな動きがあった。

「三つの検証」の総括報告書について説明する花角英世知事(9月13日の会見)

まず、規制委が9月11~13日、核燃料の移動禁止措置命令解除に向け、東京電力に原発を運転する「適格性」があるかを確認する現地検査を実施。規制委は三カ月程度をかけて東電の取り組み状況を確認する予定で、年内にも命令を解除する可能性がある。

これに連動するように13日、新潟県が「三つの検証委員会」の総括報告書を公表。検証委は県が独自に1F事故を検証するもので、存在自体に疑問の声もあったが、再稼働を巡る議論の「材料」(新潟県の花角英世知事)となる。


「出直し知事選」の可能性 革新炉建設にもつながる

再稼働への最大の山場は、「県民の意思確認」だ。その方法としては「県議会の意見集約」や「出直し知事選」が候補に挙がる。どちらを選択するかは、花角知事次第だ。13日の会見では「やり方については決めていないが、『信を問う方法』は最も明確で重い方法だ」と知事選実施に含みを持たせた。県内の自民党筋も「前向き」とされる出直し知事選ではあるが、実施となれば対抗馬として、買春疑惑で辞職した米山隆一前知事(立憲民主党・衆議院議員)の出馬も取り沙汰される。米山氏はかつて、本誌の取材に「やりかけたがほっぽり出してしまった仕事。(知事に)戻る機会があったら戻るのが筋」と語っていた。

しかし、再稼働の是非を争点としたワンイシュー選挙は「もし負けたら再稼働が遠のく」として、地元や経済界では否定的な声も根強い。「知事にリスクを負わせ過ぎだ。県議会が責任を放棄している」(柏崎市議)といった見方もあり、最終的には県議会での意見集約に落ち着く可能性もある。

「1Fと同じ型式が動くことに意義がある」。有力学識者はBWRの再稼働に期待を込める。これはBWR系革新炉の新設ビジネスにもつながり、原子力事業の正常化に不可欠だ。東日本の50 Hz地域では、長らく続いた原発ゼロ状態からようやく脱却できるのか。

【マーケット情報/9月29日】原油反発、需給逼迫の見通し強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、欧米原油が軒並み反発。供給制約が強まる中、買いが優勢だった。

供給面では、中露で輸出制約の発表が相次いだ。

中国政府は、石油製品の輸出割当てについて、年内の新規発給を行わないと発表。国内製油所における9月の石油生産は、過去最大級に至ったとみられているものの、輸出制約が材料視された。

ロシアでは、ディーゼルの輸出禁止措置が一部で開始された。かねて発表されていた、ディーゼルおよびガソリンの禁輸措置が実行に移されたとみられている。

他方、イランでは、Bandar Abbas製油所で爆破事故が発生し、一部のガス処理施設でガス漏洩が確認された。また、イラク北部とトルコ間の石油パイプライン事業は、財政保証をめぐる問題が複雑化していることから、操業開始の遅れが見込まれている。

需要面では、米国の石油在庫が、クッシング在庫ともに減少した。戦略原油備蓄(SPR)も減少するなど、トリプル減となったことが強材料になった。他方で、債務上限をめぐり政府封鎖の懸念が高まっていたが、油価の下方圧力には至らなかった。なお、米上下両院はその後、つなぎ予算法案を可決させた。


【9月29日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=90.79ドル(前週比0.76ドル高)、ブレント先物(ICE)=95.31ドル(前週比2.04ドル高)、オマーン先物(DME)=93.98ドル(前週比0.30ドル安)、ドバイ現物(Argus)=94.76ドル(前週比0.34ドル高)

次代を創る学識者/高橋若菜・宇都宮大学国際学部国際学科教授


地域の脱炭素化は、経済活動や生活を制限することなく社会変革で達成できる。

実体験を踏まえ、持続可能な社会を形成するための政治の在り方を模索している。

気候危機を回避し持続可能な社会を実現するために地域はどう取り組むべきか―を大きなテーマに、国内外の研究機関や地方自治体、NPOと協働し、社会共創型の研究活動に取り組む宇都宮大学国際学部国際学科の高橋若菜教授。「かつて日本は環境先進国だったが、今や世界に学ぶ立場。先行する諸外国の政策や背景にある政治・社会構造の研究などを通じ、脱炭素移行に向けた政治のあり方を探っていきたい」と語る。

脱炭素社会への取り組みで成功するための鍵を握るのが、持続可能なエネルギーへの移行だ。たとえば国民一人当たりのCO2排出量を日本の半分以下に抑えるスウェーデンは、厳しい住宅断熱などを設ける一方、各種製品の省エネ度統一表示や情報デジタル化、アドバイザー設置など、エネルギー効率改善のソフト対策に力を入れる。その上で、必要なエネルギーは、風力、水力、太陽光に限らず、バイオマスや地中熱など幅広い熱源を、電気だけでなく熱や燃料として供給する。ごみから日本の16倍の再生可能エネルギーを取り出し、200倍の経済効果を創出している都市もあるという。

高橋教授は、「日本では、環境のために個人の努力や我慢が求められがちだが、脱炭素化の取り組みは本来、地域経済の成長や健康で快適な生活につながるものだ」と強調。実際、大学院時代に留学したイギリスや大学の客員研究員として滞在したスウェーデンでは、省エネ行動を支えるのは制度や社会のシステムであり、個人の犠牲的精神ではないと感じたという。

環境問題は政治問題  次世代の育成にも力を注ぐ

環境政策に興味を抱くきっかけとなったのは、高校時代に父の勧めで環境ジャーナリスト石弘之氏の著書『地球環境報告』を読んだことだった。当時、東西冷戦が終結に向かおうとしている中で、膨大な軍事費の1%でも環境に振り向けたらどれだけ社会が良くなるだろうと考え、「そうした意思決定を行うのは政治の役割。政治から環境にアプローチしたい」と、神戸大学法学部に進み、英サセックス大学で日本にはまだ存在していなかった環境政治学を学んだ。

宇都宮大学で教べんを取るのは2003年から。「公的な関心を持ち、価値、ビジョンを描ける人間に育ってもらいたい」と、次世代の育成に力を入れてきた。自身も大学生の娘を持ち、研究と子育ての両立は苦労もあったが、ジェンダーやごみの問題など、子を持つ女性だからこそ多様な視点で研究できたとも振り返る。

排出削減と経済成長をともに実現するGX戦略に舵を切った日本。これに対し、高橋教授は「今確立していない技術に依存するのは危険だ」と警鐘を鳴らす。エネルギー効率改善や多様な再エネ、緑化など、現行技術で地域の脱炭素は可能であることをデータ上明らかにした。「多くの人に知ってもらい、ともに人々を幸せにしながら脱炭素化を実現する社会変革につなげたい」と強い思いを語る。

たかはし・わかな 1971年兵庫県生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科博士課程後期修了。博士(政治学)。地球環境戦略研究機関研究員、宇都宮大学国際学部准教授などを経て2020年1月から現職。 環境省中央環境審議会臨時委員。

12万年ぶりの暑い夏 グリーンランドの氷が示す事実


【論点】今夏の猛暑の評価/中川 毅 立命館大学教授 古気候学研究センター長

今夏は世界各地で記録的な高温となり、日本列島も例年以上の猛暑となっている。

この暑さは過去の気温変化と比べどの程度のものなのか。古気候学の専門家が解説する。

今年の7月、ヨーロッパをはじめ北半球の各地で熱波が発生し、世界平均気温が「観測史上最高」を記録した。EUの専門家は、これほどの暑さは「12万年ぶり」だったと発表し、そのセンセーショナルな言葉は日本をはじめ、世界各国の新聞の見出しを賑わせた。

氷が示す過去の気温  1年刻みで全て記録

10万年なら、単に「大昔」の言い換えにすぎない場合もあるだろう。だが12万年という言葉の響きには、不気味な具体性とリアリティーが感じられる。ではこの数字の背景には一体どのような根拠があるのだろう。

過去12万年の気候変動を最も詳細に復元することに成功しているのは、グリーンランドの氷の研究グループである。

グリーンランドの内陸は極端に寒いため、冬だけでなく夏にも雪が降る。夏と冬の雪は、結晶構造と不純物の種類が違うため、よく見ると違う外見を持った「層」になっている。グリーンランドの中心部にはこのような雪の層が、実に3千m以上も積み重なっているのである。

この分厚く積もった雪が、過去の気温を知るための手がかりになることに気づいたのは、デンマークのニールス・ボーア研究所を中心とするグループだった。雪を構成する水分子には、わずかに重いものと軽いものがある。彼らはその重量比(安定同位体比と呼ばれる)を測定することで、雪が降った時代の気温を推定できることに気づいた。

図で示したのは、そのような方法で復元された、過去12万年間の気候変動である。この図を見ると、最近のおよそ1万年は特徴的に暖かく、安定した時代だったことが分かる。現在まで続くこの時代は「完新世」と呼ばれる。

グリーンランドで復元された過去12万年の気候変動

一方、完新世より前の時代は寒冷で、しかも気候が目まぐるしく変動していた。長く続いたこの時代は「最終氷期」と呼ばれる。

今より暑かったのはいつか  二つの温暖な時代

この時間スケールの中で、「現代より暑い時代」はどこになるのだろう。候補は二つに絞られる。

一つは今からおよそ6千~9千年前であり、この付近でグラフは上方に膨らんでいる。なおグラフの右端は西暦2000年であり、最近の20年ほどで進行した温暖化の影響が反映されていないことには注意する必要がある。

ところで2021年の夏、あるニュースが配信された。グリーンランドの最高地点で史上初めて、雪ではなく雨が観測されたというのである。

実はデンマークのグループは、12万年分の雪の層を全て肉眼で観察していた。その上で彼らは、少なくとも最終氷期が終わってから現在までの間に、雪が解けたことは一度もなかったと結論付けた。雪はあくまでも雪として存在しており、液体の水が存在した痕跡は、どの時代からも見つからなかったのである。

「雨が降った」と「雪が解けた」は必ずしも同義ではないが、もしそうであるなら、6千~9千年前のグリーンランドが21年よりも「明らかに暖かかった」と結論付けることは難しそうに思える

そしてもう一つの候補が12万年前、つまりグラフの左端である。グラフがここで途切れているのは、それ以前は気温が高すぎて、グリーンランドの雪が頻繁に解けていたことを示している。

専門家はこの時代、グリーンランドの気温は現在より8℃も高く、海面は現在より6mほど上昇していたと考えている。これほど暖かい時代は、それ以降のどこにも見当たらない。つまり12万年前は、現在よりも「ほぼ確実に暖かかった」と見なすことのできる最後の時代なのである。

地球温暖化に関連した発言は、ともすれば高度に政治色を帯びることがあり、どこまで文字通りに受け止めていいのか、判断が難しい場合が少なくない。だが今回の「12万年ぶり」発言に関しては、少なくとも一定の科学的根拠は存在しており、荒唐無稽なプロパガンダであると決めつけることはできないように思う。

なかがわ・たけし 京都大学理学部修士課程修了。エクス・マルセイユ第三大学博士課程修了。理学博士。ニューカッスル大学教授などを経て現職。

【仁科 喜世志 函南町長】 「函南で水害防ぐ意思示す」


にしな・きよし 1950年生まれ。静岡県函南町出身。73年法政大学卒業後、函南町役場入庁。2010年11月函南町役場を退職後、11年4月静岡県議会選挙に立候補し初当選。県議会議員2期(7年)。18年、函南町長選に立候補し、現職ら破り初当選。現在2期目。

函南町職員時代から静岡県議員を経て、函南町長に当選。町の発展に尽力する。

政策決定のスピード感と現場主義で、地域環境の保存などに取り組む。

静岡県函南町で生まれ育ち、法政大学卒業後の1973年に函南町役場入庁。函南に戻るつもりはなかったというが、入庁当時は「役場の雰囲気が良く、居心地がよかった。仕事をのんびりと楽しんでいた」と笑う。一方で、69年4月に開業した新幹線三島駅の影響もあり、熱海や三島、沼津に勤める人々が函南に住居を構え、町の人口が増えるタイミングでもあった。「町が活気づき、仕事も増えて、自身の職階が上がっていくにつれて、函南の将来展望について考えるようになっていった」と当時を振り返る。

職員時代は函南町の用地交渉をはじめとした都市計画事業に貢献。建設経済部長時代には町役場の新庁舎建設計画にも携わった。歴代の町長の下でまちづくりのイロハを学び、2010年に町役場を退職すると、静岡県議会選挙に立候補し初当選。18年に函南町長選に打って出ると、現職らを破った。

町長として2期目を務める中、コロナ対応にも追われた。そんなときに役立ったのが町役場勤務時代の経験だったという。「コロナワクチンの貯蔵には冷却設備が必要だったが、建設経済部長時代、建設に携わった新庁舎の非常用電源を活用できた」。町が取り組んできた災害対策を活用し、未曽有の事態を乗り越えた。政策決定のスピード感と、これまでの職務を生かした現場主義で町の発展に尽力する。今後の函南町には、AIなどの活用が必要だとする一方で、町役場は困った時の相談窓口だとして、町民との対話に人材を手厚く投入する考えを示している。

また、長年にわたり函南町を見続けた中で大きな対策として挙げるのが「水害」だ。函南町は箱根山を含んだ火山帯が南北に連なる。一級河川である狩野川の流れをくむ来光川、柿沢川の上流域は、台風や大雨が起きるたび、周辺に被害を与えることがあったと話す。「1958年の狩野川台風をはじめ、函南町は水害と戦ってきた歴史がある。98年の集中豪雨では、総雨量280㎜を記録し人的被害(死者2人)も出た」。町長就任後は、災害対策のソフト面を強化。連絡系統の強化や町有地の有効活用を指示した。2019年の台風19号では多くの住宅で床上浸水が出たが、人的被害を防ぐことができた。函南を水害から卒業させたいという思いはこれからも変わらない。

それだけに、水害を及ぼしかねない事業には慎重を期する必要があるとの信念を持つ。函南町軽井沢地区では、大規模太陽光発電所の建設計画が持ち上がっており、町として土地利用の不同意を回答した。計画には環境アセスメント提出の遅れや調整池の能力に疑問が残るとしており、付近に住宅、幼稚園、小学校がある点も問題視する。

現在は静岡県が許可した林地開発を巡り、町長、町議会の連名で許可の取り消しを求めている。メガソーラー計画全てが悪いわけではないとしつつも、「再エネが国策であると理解しているが、同時に、水害で人的被害を受けてきた函南町としては、意思を示す責任がある」と話す。

地域環境の保全は喫緊の課題 省エネ導入で地域貢献と相乗効果

エネルギーの利活用に関しては、火力、原子力、再エネをはじめとした、数多くあるエネルギー資源をバランスよく使うことが重要だと語る。「現代でエネルギーを一元化した場合、災害によりライフラインに影響をもたらす可能性が高い」と指摘するなど、地域環境の保全は喫緊の課題だ。

函南町では22年10月に環境基本条例を制定。23年4月には環境基本計画もスタートさせた。31年度までの9年間を計画目標に掲げ、再エネの導入利用促進や森林、農地の保全など10の基本施策を設定した。施策の中では、住宅用太陽光発電システムの設置補助を、21年度の457件から900件まで増やすことなどを目指している。

特に基本政策①にある、省エネルギー社会の実現に挙げた「次世代自動車の購入」については、トヨタ車体が開発した一人乗り超小型EV「コムス」を活用。地元の高校生やOBらが集う地域サークルがEV車両を再生し、町に寄贈した。他の自治体に先駆けて超小型EVを受け入れた理由について「このまま廃棄の道をたどっていたEV車を、地元の若者たちが整備してくれた。町が導入することで、地域貢献と環境対策に相乗効果をもたらす」と期待を示した。

座右の銘は「一日一生」。その日一日を自らの人生全てとして、大切に一生懸命に生きるという意味で、日々の積み重ねを大事にしている。「支持してくれた人々の思いの積み重ねで今の自分がある」。函南町の発展と町民が安心して暮らせる地域のため、これからも町民と意見を積み重ね、問題を一つひとつ丁寧に解決していく。

【コラム/9月26日】概算要求と破綻財政処理を考える~覚悟があれば究極の処理法で大丈夫?


飯倉 穣/エコノミスト

1,財政の行き着く先は

2024年度概算要求が事項要求容認で各府省庁から提出された。今年も過去最大規模を更新する。財政健全化は遠い。報道もあった。「概算要求114兆3852億円 過去最大 さらに膨らむ可能性」(朝日23年9月6日)、「概算要求 目玉変われど 例年似た内容 金額なし80項目 来年度、最大の114兆円」(日経同))

毎年毎年の歳出増は、その恩恵を受ける人には、拍手喝采である。経済成長による国民所得増且つ税収増なら不安もない。ただ23年度予算の歳入は、税収60%、国債31%、やりくり算段9%で、普通国債残高は千兆円超に達している。経財諮問会議は、今が正念場と歳出改革、歳出構造の平時化と言い、絞った公的支出を呼び水に民間投資拡大の取組を強化するという(7月25日)。総理は、各大臣に、既存の予算、制度をゼロベー スで見直す方針に沿った概算要求を要請したが。国債依存度の少ない歳入見合いの概算要求とは縁遠い。 今後訪れそうな財政の行き詰まり(破綻)を念頭に、予想される対処策を考えながら、経済活動主体は行動する時期であろう。それが個人・企業の覚悟を促し、歳出・歳入のあり方を考える機会になる。非常時の財政収支、国債残高処理の過去を考える。

2,財政試算の信頼性は

来年度予算は、引き続き膨張圧力が強い。少子化対策等社会保障費増、防衛費増に加えて、日銀の金融政策(YCC)変更もある。やや長期金利上昇対応で、24年度国債費は、前年比約3兆円増の28兆円を見込む。うち公債利子等は、9兆4千億円と1兆円増である。

輸入物価上昇や人件費等のコストプッシュで物価続騰なら、金融引締めも必要である。当然金利上昇で国債費は増加する。政府の財政試算はどうだろうか。

内閣府の試算(7月25日)によれば、利子支払いは、成長実現ケース(経済成長率名目2.8%、実質1.5%程度、32年度国債残高1198兆円:GDP比156%)で、長期金利3%強なら、32年度公債費38.5兆円(うち金利18.4兆円)と見込む(ベースラインケースは:名目1.2%程度、実質1.0%程度、32年度国債残高1204兆円、GDP比186%、長期金利0.9%、国債費30.2兆円うち金利10兆円)。

GDP比財政収支赤字は、成長実現ケースで、23年度6.4%から32年度2.0%(ベースラインケースで6.4%から2.2%)に低下する楽観的な姿を描く。成長率や歳出抑制・税収増の実現の程度は不確実で、試算は画餅か気休めである。財政はかなり難局に追い込まれていく。

3,相も変わらぬ財政出動の論理

財政出動継続は、今日までの経済環境変化・政策誤謬に基づく国民不満対応の政治的要因が大きい。その論理は様々だが、政治・経済関係者は、ばら撒きによる財政悪化に対し、成長実現やインフレで プライマリーバランスや財政収支改善可能と強弁する。

典型は、デフレ脱却・富の拡大の実現を標榜したアベノミクス路線である。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略をうたい金融緩和、財政出動、赤字国債発行を行った。宴の後は、国債残高の積上げである。現政権も、それを踏襲する。成長期待か経済水準維持狙いで、公的支出拡大、民間投資増加、水膨れの経済を願う。

国債発行はどうか。30兆円の財政収支赤字で新発国債は30兆円以上、残高1千兆円の借り換え債が多く、毎年の国債発行額は150兆円(20~22年のコロナ下では200兆円前後)に達する。国債の消化はできている。ただ日銀の買い入れ(事実上の引受)で、すでに日銀BS上の国債保有は、600兆円間近(国債残高比57%、23年3月末)である。大丈夫だろうか。

4,家計資産頼り

背景に国内で国債消化なら問題なしという40年間の見方がある。現在国債残高は1027兆円(23年3月末、22年度GDP比183%)である(参考:国・地方合計政府債務残高1255兆円、GDP比224%)。他方家計資産1946兆円(日銀資金循環統計23年3月末)で、うち現預金は1107兆円である。計算上国債引受けで海外資金に依存していないので、国債消化や国債流通で問題が起きても国内対応可能とみる。

それでも不安解消とならない実相がある。将来何らかの事由で為替や物価変動で金利上昇を余儀なくされた場合、財政問題を含めた経済運営はどうなるだろうか

経済学は、将来の事象の展開を予測困難である。過去の事例から推測する以外にない。

5,追い込まれたらどうなるか

二進も三進も行かなくなったときはどうなるか。戦後1945年から46年にかけての財政危機における財政再建計画とその実行がある。渋沢敬三蔵相(渋沢栄一の孫)、山際正道大蔵事務次官、池田隼人主税局長の頃である。個人・企業から1回限りの財産税1000億円の徴収(累進方式税率25~90%)と1000億円国債消却である。2174億円の国債残高(推定GDP比2.5倍程度)を約1270億円にし、国債費を75億円から44億円に減じ、財政の辻褄合わせの一つとした。国民資産の1/4の税額であった(46年国債費込み通常歳出規模見通し130億円程度:45年10月試算)。社会経済秩序の破たん防止・経済再建のため、国民負担で必要な財政収支の均衡(歳出削減・歳入増以上に終戦時の国債等債務処理)を行う。インフレ抑制もお題目になった。

これらの経緯は「昭和経済史」(76年12月)で紹介されている。「インフレ抑制・経済立て直しのため全国民戦死の観念で1000億円の財政税をとる、財産を調べるために新紙幣を発行し旧紙幣と交換する、交換の際預金封鎖断行、軍需企業に補償は行うが、同額の戦時補償特別税も取る」(中村隆英執筆の要約)。軍人の無謀な戦争による過去の出来事で、無茶なことをした結果であり報いである。歴史的なことで76年当時その再現を考える人は皆無だった。

さらに興味のある人は、昔の大蔵省が編纂した力作「昭和財政史終戦から講和まで全20巻」に目を通して欲しい。預金封鎖・新円切り換えで500円生活に至るやるせなさとやむを得なさがわかる。因みに我両親も、家購入の積立貯金を国に取り上げられた。たまにため息まじりで昔を語っていた。

6,警告の書現れる~現実味増す財政不安

今はどうか。経済情勢は千変万化である。低インフレ・超低金利状態から高インフレ局面に移り、金融緩和継続なら円安、金融引き締め強化となれば日銀の財務悪化となる。日銀の国債買い入れ不能となれば、財政運営困難となり、経済は政府債務残高に押しつぶされる。どうすべきか。当然国民負担となる。

河村小百合氏は、その例として前述の戦後日本の苛烈な酷な債務調整を紹介する(「日本銀行 我が国に迫る危機」23年3月)。「財政運営が行き詰まれば最後の調整の痛みは間違いなく国民に及ぶ(同書p212)」。そして「現在金利変動リスクを抱え、開放経済の下で通貨安になった場合、金利の引き上げ、国債の利払いが増加し財政収支は苦しくなる。国債の元利払いの不履行は、民間金融機関の経営破たんの引き金を引き、金融システムの崩壊を避ける道を探すとなる。フローの経済活動に課税するのでなく、資産課税が必要である。預金封鎖先行爾後課税である。そして事前にインフレ状況はわからない」(当方要約)と述べる。つまり現財政状況の改善がなければ、金融的に資本移動規制や国内債務調整が必要となる。

同書は、過去の記憶を呼び起こし、日銀の大胆な金融政策に起因する異常な財政金融状況に危惧の念を抱かせる。国内債務調整を念頭に置くべき事態ということであろう。

7,今後どうするか~事項要求に欠けているもの

安易な経済成長期待政策の誤謬、それを政策的に支えた大胆な金融緩和、機動的な財政出動、国民負担の先送りが招来した現経済財政状況を正視することがまず必要である。加えてこれまでの成長期待の挫折、財政の限界、金融政策の効果を斟酌した反省も重要である。そして破綻の覚悟を前提にどう行動するか。

ある文が浮かぶ。「日本人の欠点は一口にいえば科学的精神の欠如であろう。合理的な思索を蔑視して偏狭な狂信に動いた人々が、日本民族を現在の悲境に導き入れた・・推理力によって確実に認識せられ得ることに対してさえも、やってみなくてはわからないと感ずるのがこの民族の癖である」(和辻哲郎「鎖国」1950年)。

現在は、民族的発想の延長にある。行き着く所まで行ってみようと。この発想で過去太平洋戦争になだれ込んだ。そして戦後の財政破綻時の債務調整の姿である。

科学的精神をもって事象を見れば、いずれ財政破綻で、債務調整は必要となる。その際破たんで資産課税・国債消却の経済政策もありうる。その前でとどまり、健全化を目指すという行動もある。日本人に苦手な志向かもしれない。

いずれ国民負担が来る。必要な1回限りの税額は、国債の日銀引き受け分(家計資産の1/3~1/4)と考えれば、資産課税はわかりやすい。資産課税に必要な個人資産情報は、現状、デジタル化、マイナンバー制度で明確に把握されている。不動産等の資産情報もある。納税者、課税財産、評価方法、税率等の課税要件の特定は、容易である。そして高率の累進税とすれば、資産格差の解消になる。覚悟があれば、一事象に過ぎない。 来年度概算要求に求められることは、事項要求で債務整理委員会の設置ではなかろうか。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。

2万5千㎡の土地を有効活用 営農型太陽光事業を推進


【エネルギー企業と食】静岡ガス×ソバ栽培

太陽光を農業生産と発電で共有する「営農型太陽光発電」の取り組みが注目を集めている。農林水産省によると、営農型太陽光発電のための農地転用許可は、2020年度までに約3500件と増加の一途をたどる。

中でも静岡県は全国でも設置許可件数が多い。農水省では茶、ブルーベリー、キウイの営農実証を行い、太陽光設備下での生育の早さや凍害被害の減少が認められた。設備による遮光下でも収穫量や品質に影響がないとの結果も出たという。

静岡ガスでは、50年カーボンニュートラル実現に向けて、耕作放棄地などの有効活用の視点から営農型太陽光発電に注目。事業を推進している。6月には野菜の生産販売を手掛ける鈴生と、静岡県袋井市で営農型太陽光発電所(1980kW)の運転を開始したと発表した。

太陽光設備は今年4月に設置。グループ内で電力事業を手掛ける静岡ガス&パワーが管理、運営を行うことになる。

この事業では2万5千㎡の耕作が放棄された土地を使用。発電した電気を売るとともに、架台の下でソバを栽培する。静岡ガス広報担当は「静岡県内の複数箇所で営農型太陽光を運営しているが、メガソーラー規模の運開は初めて」と事業について話す。

想定する年間発電量はおよそ242万kW時。これは一般家庭およそ800世帯の年間使用電力量に相当する。生み出した電力は全量を中部電力パワーグリッドに売電し、鈴生に対しては静岡ガス側から営農対価を支払う。

今後は、このビジネスモデルで本来の農業生産より手間がかかる農地を、適切に運用し続けられるか。また、発電といかに両立できるかもカギとなる。

太陽光と農業の「二刀流」を目指す
提供:静岡ガス

ソバの栽培は今年秋ごろをめどに開始し、年内に初回の収穫を予定している。年間収穫量は1万2千tを想定しており、収穫したソバは食品会社での販売のほか、静岡ガスのエネリアショールームで開催する「そば打ち教室」などの料理教室で使用する構えだ。

静岡ガスグループの掲げる「2030年ビジョン」においても、再生可能エネルギー事業への取り組みの一環として、営農型太陽光発電事業を記載。再エネ電源開発容量を30年までに20万kWにする目標を立てる。「営農型太陽光発電事業で、ビジネスモデルの構築と社会貢献を目指したい」(静岡ガス広報担当)。耕作放棄地などの活用へ、静岡ガスグループの挑戦は始まったばかりだ。

【マーケット情報/9月22日】原油下落、需要後退の懸念台頭


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み反落。連騰の反動に加え、需要後退の懸念から、売りが優勢となった。

米国では、8月の消費者物価指数が上昇。これを受け、インフレ抑制のための金利引き上げが継続するとの見方が強まった。実際、米連邦準備制度理事会(FRB)は、年内の追加利上げを示唆。また、欧州中央銀行も、金利を過去最高まで引き上げた。

加えて、アジア開発銀行が、今年のアジア太平洋地域における経済成長予測を下方修正。石油需要後退の予測が一段と広がった。

一方、中国では、一部製油所が、原油輸入割り当ての新規発給を求めた。また、供給面では、ロシアが、ディーゼルとガソリン輸出を、一部地域を除き禁止と発表。期限は示さなかった。ただ、価格の強材料には至らなかった。


【9月22日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=90.03ドル(前週比0.74ドル安)、ブレント先物(ICE)=93.27ドル(前週比0.66ドル安)、オマーン先物(DME)=94.28ドル(前週比1.23ドル安)、ドバイ現物(Argus)=94.42ドル(前週比1.10ドル安)

石油情勢正常化か脱炭素推進か 「トップセールス」の成否は


【多事争論】話題:岸田中東外交の評価

7月の岸田文雄首相による中東3カ国訪問には、好意的な報道が目立った。

迫るエネルギー危機への対応はどうか、専門家の視点でひも解く。

〈 石油政策のない資源外交 日本の構えを立て直せ 〉

視点A:小山正篤/ウッドマッケンジー・ボストン事務所 石油市場アナリスト

中国の仲介によるサウジアラビア・イラン国交正常化という劇的事件の余韻が残る中、岸田文雄首相は中東湾岸3カ国を歴訪した。ロシアのウクライナ侵略に伴う資源供給の動揺を抑え、同時に中東資源国に対し、中国とは一線を画す日本独自の存在感を示すことが、今回の歴訪の中心課題であったろう。

首相は、脱炭素化および産業多角化支援の包括的な経済ミッションを率い、中東湾岸諸国が目指す資源依存脱却に積極関与の姿勢を示しつつ、これら3カ国および湾岸協力会議(GCC)との外交関係強化を図った。実利と理念を組み合わせたアプローチで、一定の成果を上げたように見える。

しかし、未来志向の経済協力・提携に重点が置かれる一方、眼前の資源供給確保に関する議論は脇に置かれた感がある。これはウクライナ危機を巡り資源大国ロシアに厳しく対峙する日本として、あまりに緊張感を欠く迂遠な姿勢ではなかろうか。

石油に絞って数点指摘したい。

市場本位の開かれた国際石油供給体制―これを国際石油秩序と呼ぼう。現在の日本の石油関連政策に根本的に欠落するのは、この国際石油秩序を守る視点である。これは日本のみならず、米国および欧州を含む西側全体の問題でもある。

今年5月のG7(主要7カ国)・広島サミットの首脳コミュニケに「石油」という単語は一度として使われなかった。非ロシア世界が全体としてロシア産石油輸入に致命的に依存する中で、西側は再生可能エネルギーへの転換の加速を唱えるばかりで、ウクライナ危機が直接・間接に起こし得る石油危機の可能性から目をそらしている。

日本および欧米がまず必要とするのは、現下の国際石油秩序維持を図る筋道の通った現実的な基本方針であり、そしてその方針を中東有力産油国と共有することである。このような能動的な、責任ある姿勢をとって初めて「産消対話」も意味を持つだろう。

将来的な脱炭素での協力関係は、それ自体では現時の石油供給確保に直結しない。中東産油国は、両分野それぞれに国益を追求しているにすぎない。前者に傾斜した首相の歴訪は今後、国際石油秩序に向けた日本の構えの立て直しによって補完されねばならない。

その立て直しとは、まず西側が協働して実施する石油政策を、現実に適合させることである。世界はロシア産石油を必要とするという簡明な事実を率直に認識する。そこから、西側自らはロシア産石油への直接的依存を最小限度にとどめるが、西側以外へのロシア産石油輸出はあえて阻害しない、という方針が導き出されよう。ロシア産石油の海上保険に対する制裁措置、および、これにあわせて折衷的に設定されたロシア産石油の輸出上限価格、そのいずれも不要である。

理念なき西側諸国の備蓄放出 まずは産油国との連携回復が優先

潜在的な石油危機の不安にさらされている中で、日本・西側は緊急時の協調対応を、特にサウジアラビアと連携しながら準備しておく必要がある。消費国の保有する国家備蓄を「防火水槽」とすれば、主にサウジアラビアが保持する生産余力は水道管とつながった「消火栓」である。有事の初動対応としての国家備蓄の放出は、中東における生産余力稼働に引き継がれてこそ持続的な効果を持つ。

昨年西側は、実体的な石油供給途絶も起こらぬうちに、米国を筆頭に価格抑制を掲げて一方的に国家備蓄を大量放出した。この失策を克服しつつ、中東湾岸有力産油国との本来あるべき連携の回復を急がねばならない。

併せて、非ロシア世界全体を石油需要抑制と増産に向けて誘導すべきであり、それはロシア産石油を漸次国際市場から排除するための条件でもある。

これに反し、今年9月にようやく終了を迎える予定の日本の石油価格補助金は、実効上、巨費を投じた石油消費振興策だった。原油高価格に正面から取り組む意思を欠く消費国は、産油国から足元を見られるだけである。

中国の「一帯一路」に対し、日本はいわば「多帯多路」の開放体制を存立基盤とする。この意味で、対中東資源外交においても、日本と相手国との2国間関係にこだわる必要はない。広くインド太平洋の成長市場と中東との間の資源貿易・投資を促し、そこに日本勢の活発な関与があれば、それが日本の国益にもつながる。

広い視野から、昨年来の西側の石油諸政策の迷走に終止符を打ち、正しい軌道に戻す努力を、まず日本から始めるべきである。

それが首相歴訪の仕上げとして残された「宿題」ではあるまいか。

こやま・まさあつ 1985年東京大学文学部社会学科卒、日本石油入社。ケンブリッジ・エナジー・リサーチ社、サウジアラムコなどを経て、2017年よりウッドマッケンジー・ボストン事務所所属。石油市場アナリスト。タフツ大学修士(国際関係論)。

【需要家】欧州建築物への改正指令 化石燃料暖房の禁止


【業界スクランブル/需要家】

欧州で2021年に提案された「建築物のエネルギー性能指令」改正案が最終協議段階に入り、建築物関連のCO2削減対策が大きく前進してきた。従来の「Nearyゼロエネルギー建築物」推進から「ゼロエミッション建築物」推進へ深堀りされ、26年からは新築公共建物、28年からは全ての新築建物へ義務化される。

ゼロエミッション建築物とは、エネルギー性能が極めて高く、デマンドサイドフレキシビリティーを持つ建築物で、消費エネルギーはオンサイトかオフサイトの再生可能エネルギーで完全に賄われる建築物と定義される。つまり、当該建物では、「化石燃料の直接使用(自家発電、ボイラなど)」と「再エネ以外の電力購入」が認められない。また、本改正指令により、新築建築物および既設建物改修時に化石燃料暖房が禁止となる。さらに、賃貸建物が多い実態を考慮し、エネルギー効率が低い建物は賃貸が禁止される。

同様に、再エネ推進指令改正も成立目前となっており、30年までのストック建築物の再エネ使用率目標(ヒートポンプの空気熱利用も含む)を49%として、再エネ移行を促進させる内容となっている。

既に、英仏では低効率建物の賃貸禁止の法律が施行され、独では新築建築物に冷暖房の再エネ比率基準達成が義務化(化石燃料からヒートポンプなどへの移行)されるなど、EU指令改正に先行して行動している。

日本ではまだゼロエミッション建物への深堀りは議論されておらず、賃貸建築物対策(省エネ・再エネ設備導入による光熱費削減効果を建物所有者が裨益できないため導入が進まない)も放置されている。残念ながら、CO2排出量比率が大きい建築物対策がEUに比べて遅れているのが実態である。(T)

エネルギーとデジタルの融合 サステナビリティー経営を支援


【エネルギービジネスのリーダー達】江田健二/RAUL 社長

ブロックチェーンやIoT、AIなどをかけ合わせて豊富なソリューションを提案。

社会は絶えず変動しており、その変化を促進する役割を果たしていく。

えだ・けんじ 1977年富山県生まれ。慶大経済学部卒、東大エグゼクティブ・マネジメント・プログラム修了。大学卒業後、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)に入社。起業し2005年にラウルを設立。近著に『実務 太陽光パネル循環型ビジネス』

2005年の創業以来、一貫して「エネルギー・環境」×「デジタル」という領域で事業を展開してきたラウル。国内外の関連業界の動向を見つめ続け、蓄積した豊富な知識と経験を有するスタートアップ企業であり、ブロックチェーンやIoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)などの最先端デジタル技術をかけ合わせることにより、豊富なソリューションを提案している。

創業したのは江田健二氏だ。子供の頃から自ら物事を始めることに強い興味を持っていたといい、中学生になり、大人になった時に自分のアイデアを実現していけるフィールドで活躍したいといろいろと調べていくうちに、会社を設立することが最も適しているという結論に至った。

法人へのサービス提供 約500の企業と取引

この思いは、大学進学で生まれ育った富山から東京へ移住した後も変わらず、卒業後にコンサルティング会社に就職したのも起業の準備としての経験を積むためと捉えていた。26歳で退職を機に独立し、28歳でラウルを設立した。それ以来18年間、現在も新しいことにチャレンジする姿勢を持ち続けている。

「時代のすう勢に合わせて、取り組むことを柔軟に変化させていく」と語る江田氏。ラウルの「誰もやらないことに目を向け、新しい価値を探す。他社との競争ではなく、唯一のサービスを考える」という理念には、それが如実に反映されている。そしてそれは、「あらゆる資源が循環してつながり合い、人も自然も豊かで暮らしやすい社会をつくる」というビジョンの下、「最先端のデジタル技術で脱炭素経営を支援し、エネルギー産業のデジタル化を促すことで、よりクリーンな社会インフラの早期実現を目指す」「長期的な視点でサステナビリティー人材を育成する」というミッションからもうかがい知れる。

ラウルでは、江田氏が長年培ってきたデジタルテクノロジーやエネルギー業界のビジネス知見を活用しながら、企業の脱炭素化やエネルギー効率化の支援、エネルギー・環境ビジネス、SDGs(持続可能な開発目標)/CSR(企業の社会的責任)などのサステナビリティー経営に向けたコンサルティングを手がける。

例えば、企業の再生可能エネルギーの導入や再エネ100%への移行計画策定のサポート、エネルギー調達の支援を行うほか、エネルギーコスト削減を求める企業に対しては、関係する企業と連携し効果的な方策を提案。これらは主に法人を対象とするサービスで、取引企業は500社に上る。加えて、電力やガス会社などに対しても、さまざまな調査や専門的なアドバイスを行う。

社会のニーズも敏感に捉え、昨今のロシア・ウクライナ情勢におけるエネルギー価格高騰を背景に、高圧・特別高圧で最終保障供給からの切り替えや、契約中の電力会社の事業撤退・倒産による切り替え先不在など、緊急度の高い検討対応が求められる需要家を支援している。さらに、30年以降に大量廃棄が見込まれる太陽光パネルのリサイクルやリユース、適切な処分に向けた循環型ビジネスにもいち早く着手した。

経営と並行して書籍の執筆 新しい知見や刺激を得る

ラウルの事業と通じる社会貢献活動にも積極的だ。これまでのビジネスでの経験を生かし、社会的課題の解決を目的とするスタートアップ企業の支援を行い、ビジネスパートナーとしてレベニューシェア(収益配分)型の契約を結んでいる。また、エネルギー・環境に携わる人材育成の一環として、08年からこれまでに500人以上の大学生をインターンシップとして受け入れてきたほか、持続可能な開発のための教育のための10年推進会議(ESD―J)や 樹木・環境ネットワーク協会、石西礁湖サンゴ礁基金をはじめとするNPO(特定非営利活動法人)など各種団体への寄付も定期的に行っている。「社会の課題解決に向き合っている企業や大学生、NPOと時間を共有することに大きな意義を感じている」(江田氏)

エネルギーの形態や使用方法は時代とともに変わってきた。江田氏は、「現状が最適であるとは限らず、常により良い方法や状況を模索するべきだ」と主張し、「社会は絶えず変動しており、エネルギー業界も変わっていかねばならない。ラウルを通じてその変化を促進していきたい」と、自らの役割を明確に掲げる。「『エネルギーとデジタルの融合』をテーマとして、業界の中で多岐にわたる活動を続けていきたい」と意気込む。 さらには、「ラウルの経営と並行してエネルギー・環境に関する書籍の執筆も行っており、今後も継続的に自らの書を世に出していきたい」とも。これによって、「業界の垣根を越えて多くの人びととの交流が増え、新しい知見や刺激を得ることが期待できる」と意欲を示した。