飯倉 穣/エコノミスト
1,規制改革に成長期待だが
構造改革として規制改革が継続している。これまでの規制緩和や規制改革は、どれほど経済成長、経済安定に寄与しただろうか。例えばエネルギー分野を見ると、安定、低廉、大量、環境的に、不安定が倍加し、消費者重視と離れた状況が続く。
報道は、政府関与を伝える。「エネ価格の補助 縮小・廃止を提案 諮問会議 民間議員ら「段階的に」」(朝日23年7月21日)、「LPガス代上乗せ禁止了承 有識者会議 早期是正求める(同25日)、「生活苦 冷房ためらう夏 酷暑・電気代高騰 高齢者ら直撃 生活保護に「夏季加算」求める声 厚労省は慎重姿勢」(同31日)。
電気は何故不安定か、現経済の不透明は何故か。構造改革頼りの経済運営失敗、失地回復期待・成長狙い等の規制緩和や規制改革が少なからず影響している。その原点は頑固な規制緩和バラ色論にある。保守分裂、連立政権細川護熙内閣の経済政策「経済的規制原則自由」(「経済改革研究会報告(平岩レポート)」93年)から30年である。同報告は、米国要求に対する日本の弁明であった。かつ現実誤解の学者主張、一部官僚の執着、世論受け狙いの政治家の願望、企業人の商売機会模索で彩られた。規制緩和・改革は、経済的に効果を挙げていない、何故か。経済社会逼塞の打開、成長願望の規制緩和・改革の流れを考える。
2,規制見直しは必要だが
国の行政は、肥大化する。世論対応の政治は、投票者に不満ある限り、吸い上げ、制度化する。国民の要望を満足させれば、福祉等歳出増大や商売関与の許認可で、官僚の役割が拡大し、官僚組織と人員は肥大化する。
規制は、経済論的には、市場の失敗の補正のためだが、同時に規制は非効率を招く。規制産業の過大投資、割高、規制当局の公益軽視・自己欲優先で、官民癒着をもたらす。故に規制改革は常に必要である。規制緩和は競争市場で効率性を回復させるとの主張もあるが、前提条件次第である。依然市場の失敗が存在すれば、改革は必要だが、競争市場回帰の効果は不明である。
3,規制緩和主張者の期待
規制緩和で期待される経済的効果の経路は、明解である。規制開放された領域に、ビジネスチャンスが生まれる、価格競争で消費者利益が増大する。つまり新規参入者は、知恵と創意工夫で財(新サービス・新製品)を提供し、同時に競争も相俟って、合理的価格(低下予想か願望)を期待でき、消費者メリットを拡大する。かつ自由競争市場に委ねれば、価格による需給調整で、消費者の効用最大で、万歳となる。
問題は、各財の規制の根拠となっている市場の失敗(自然独占、情報の非対称性等)が、経済環境の変化で吹き飛んで、消失しているかである。その手掛かりは、技術革新の有無である。例えば、電力は、コジェネとIT配電に着目して規制改革(電力システム改革)を行った。建前は、その後錯覚であったことが判明した。
又市場の失敗が継続するが、利害関係者執念の規制緩和もある。例えば、タクシー業界で、運賃規制と参入・増車規制の見直しがあった(02年)。その後競争による運転手の生活賃金問題が顕在化し一部見直しとなる。ただ一部利害関係者から常に規制の問題(不当性)が提起される。この政治化を科学的・合理的・雇用重視で対応したいが。
4,わが国の規制改革は、低成長移行と共に熱心に
高度成長時代、第一臨調(1961年~64年答申:行政簡素化とりわけ許認可の整理合理化)があった。オイルショック後低成長・財政逼迫で、第二臨調(81~83年:行政簡素化=歳出抑制、民間活力)が設置された。その後臨時行政改革推進会議(第1,2,3次行革審83~93年、第1次85年:規制緩和・市場開放、民間活力、第2次90年:公的規制半減、第3次93年10月最終答申:官主導から民自立への転換)が続いた。
そして細川内閣は、米国の批判に対する弁解もあり、「経済改革研究会中間報告「規制緩和について」(平岩レポート)」(93年11月8日)を策定した。「経済的規制は原則自由(例外規制は弾力化・必要最小限・上乗せ規制なし)、社会的規制は自己責任原則で最小限に」である。バブル崩壊の世に喝采があった。
その後規制緩和・改革は、行政改革委員会(94~95年:電気通信事業規制緩和、運輸分野需給調整規制廃止、電力事業の小売供給の自由化等)、規制緩和小員会(95年、その後規制緩和委員会)、次に規制改革委員会(99年:金融分野の抜本改革、通信分野の規制改革推進)である。
2001年小泉内閣で総合規制改革会議(~04年:医療機関、学校、農業への株式会社参入、派遣労働者の拡大、官製市場の開放)となり、次に規制改革・民間開放推進会議(04年:官製市場の開放、官直接事業の民間委託、市場化テスト打ち出し)となる。07年規制改革会議(官製市場の民間開放)。10年民主党内閣で行政刷新会議(グリーン・ライフイノベーション、農業、その他分野等規制見直し)。
13年第2次安倍内閣で規制改革会議(電力システム改革、保育分野に株式会社・NPO法人参入、裁量労働制、有料職業紹介事業等)を設置。16年規制改革推進会議に変更し、今日まで続く。毎年の恒例行事である。
5,現政権の規制改革は
「規制改革推進に関する答申~転換期におけるイノベーション・成長の起点」(23年6月1日)である。イノベーションを阻む規制改革に取り組中である。スタートアップ・イノベーション促進関連(AI等28事項)、人への投資関連(外国人材等16事項)、医療・介護・感染症対策関連(デジタルヘルス等13事項)、地域産業活性化関連(共済事業等11事項)他合計71事項を掲げる(「規制改革実施計画」閣議決定同16日)。
内容を吟味すれば、将来の技術革新期待分野で必要な規制の先取りである。次にスタートアップ促進に必要な人材確保のための制度整備等、加えて医療・介護関連のDX促進関連等を重点とする。いずれも国民の声(規制改革・行政改革ホットライン(現代版目安箱))、産業界からの要望と記述する。現内閣の政策「成長と分配の好循環実現」の支えを目指す。これらの規制改革が、経済にどの程度貢献するか。
6,規制改革で経済健全化、成長は実現したか
経済のパフォーマンスはどうか。過去30年(92~22暦年)の経済成長率は名目0.4%、実質0.7%、財政状況は30兆円前後の財政収支赤字継続、国債残高178兆円から1042兆円(28.8兆円/年増)である。国際収支、貿易収支、失業率、政策金利水準、物価状況を勘案すると、一進一退か弱体化で経済状況改善と言いにくい。赤字国債で漸く水平飛行状態であり、先行き降下で、墜落だけは回避したい。
なぜ規制緩和は、経済政策の本流となり、今日まで毎年議論を重ねているのか。当初は、米国要求を走りに、バブル後は、米国指摘、消費者重視、内外価格差、高物価構造是正となり、かつ成長の芽(ベンチャー)を模索した。そこで輸入規制、産業分野の規制着目となった。経済論的には、バブル崩壊後マクロ経済政策の行き詰まりがあった(現実逃避・知恵なし)。故に米国指摘に裏打ちされミクロ市場の改革が、国民不満解消、経済活性化、米国要求受容と一石三鳥の効果をもたらすと喧伝された。
93年以降経済政策の主流として継続する規制緩和・改革のマクロ経済効果は見えにくい。ミクロの市場では、様々な評価があろう。技術革新ありの情報通信業界は、通信価格の低下、サービス拡大で成長している。小売りは、大店法見直しで業態変化が生起している。他はどうか。「構造改革のための経済社会計画~活力ある経済・安心できるくらし(閣議決定95年12月1日)指摘の10分野中、電気通信を除く9分野(物流、エネルギー、流通、金融サービス、旅客運送サービス、農業生産、基準・認証・輸入手続等、公共工事、住宅建設)がある。
当該産業の有り様から、需給調整や価格規制を行っていた分野である。その後も技術革新なしで生産性向上に届かないような分野(内航海運、バス、タクシー等業界、ガソリン、金融サービス、農業、住宅価格・公共投資絡み建設産業)では、需給上、予想されるような様々な問題(クリームスキミング、雇用等)を抱えた状況になっている。電力も同様である。電力自由化達成(20年)後、直後(21年)から改革の失敗で価格のみならず、必要な電源投資不足となり、需給不安定である。そして電力産業の物理的経済学的性格を考慮しない自由化の欠陥補完の政府介入強化が継続している。それらが日本経済の基盤に影響を与え、経済運営を不安にさせる。
つまり過去の郵政等国営事業、電力等公益事業は、自由化で市場が混乱し、消費者にとり利便性・安定性・価格の合理性が不透明で、人心掌握の非合理的な政府介入が必要になっている。
7,30年経過し、規制緩和失敗の再改革が肝要
「経済的規制原則自由」から30年である。今日、金融・証券・保険、電力・ガス・石油等エネ産業の姿は様々である。前述の通り、通信業界のように競争的市場で発展した事例もある(現在は一段落)。小売業界は、出店競争で業態の盛衰が著しく優勝劣敗である。理美容業、バス等運輸業界等は、発展性や変化に乏しく、依然規制必要と見受ける。その中で惨憺たるものは電力市場で、需給・価格不安定が目立つ。金融業界も混乱している。エネルギー・金融は国の経済基盤と考えれば、現状経済活力低下の一因かもしれない。
そして今日、規制は朝令暮改の傾向にある。合理的根拠が不明、あるいは甲論乙駁で、不満が優先する。市場失敗補完に必要な規制の緩和・改革が、新たな政府介入を求める。技術革新と規制緩和の関係は希薄にかかわらず、規制改革すれば技術革新生起と強調する。技術革新を醸成する体制は、企業法制(投資家重視)、大学、国立研究所等の改革で弱体化している。そして規制改革で、経済成長、経済正常化はなかった。規制改革のマンネリ化を更生し、これまでの電力自由化や原子力規制も含めて規制緩和・改革の見直しこそ緊要である。
【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。