脱炭素化の有力手段とみられていた再エネ拡大政策に逆風が吹き荒れている。
地域共生、災害対策、安全保障などを踏まえ、政府の対応に関心が集まる。
「どこに聞いても出てこない数字なんですよ」
4月15日の午後、環境省詰めの記者は慌ただしく幹部や担当部局への事実確認を急いでいた。日本経済新聞の電子版が同日配信した「2040年度の電源構成、次期エネ計画で策定 長期投資促す」と題した記事の裏取り取材のためだ。内容は次期エネルギー基本計画の大方針と、温室効果ガス削減の国が決定する貢献(NDC)について一足先に報じたものだ。環境省詰めの記者が反応したのは、NDCについて「35年度に13年度比66%減らす案を軸に調整する」という部分だ。
関係官庁のある幹部は、「どれだけ聞いても出てこないのは当たり前。まだ検討にも入っていないのだから。66%にした場合、どういう積み上げをすればそうなるのか根拠が分からない。日経は何を根拠に数字を出したのか迷惑な話だ」と明かした。

NDC「60%」も視野に 再エネどこまで増やす?
事の真偽はさておき、温室効果ガスを35年に13年度比66%削減することは可能なのだろうか。気候変動やエネルギー問題に携わる政府関係者は「極めて難しいと言わざるを得ない」と語る。政府はおおむね3年ごとに改定されるエネルギー基本計画と、パリ協定の取り決めで25年2月に国連の条約事務局に提出される35年のNDCの両方の策定作業にまもなく入る。これまでも両者は裏表の関係で密接に結びついていたが、今回の第7次エネ基と35年NDCは岸田政権が推進するGX(グリーントランスフォーメーション)戦略に整合する形で策定されるとみられ、より関連性が強まりそうだ。
両者の論点は多岐にわたるが、焦点の一つは電源構成に占める再生可能エネルギーの比率だ。現行の第6次エネ基では30年度の電源構成として、再エネは36~38%で最も比率が高い。50年カーボンニュートラルの実現を前提とし、再エネを主力電源に据えたのが理由だ。これから策定される第7次エネ基では、再エネ比率がより高くなることが予想される。これは35年NDCが少なくとも13年度比55%以上削減という数字になるのではないかとの見方があるからだ。
しかし、あるエネルギー企業の幹部は35年NDCについて「55%では足りず、60%の可能性も否定できない」と話す。60%の根拠についてこの幹部は、科学者らで構成する国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の統合報告書が「1・5℃に気温上昇を抑えるためには、35年までに世界全体で60%の削減が必要だ」と指摘していることを挙げる。先進国にはより厳しい削減目標が課せられており、「外圧に抗しきれない日本のいつものパターンで積み上げを無視して60%前後になることも想定しないといけない」(前出の幹部)と警戒感を隠さない。仮にNDCが60%前後になった場合、第7次エネ基の電源構成も温室効果ガスを排出しない電源である再エネと原子力発電の比率を相当高くしなければならない。原発は地元同意などさまざまな制約があるため将来的な数字を作りにくく、勢い再エネが増えることになる。30年の約4割から35年は約5割まで引き上げられることも考えられるだろう。
住民トラブルが頻発 国民は再エネにそっぽか
再エネが日本の電源構成の過半を占める将来は来るのだろうか。ここ最近の動きをみると、暗雲が立ち込めていると言わざるを得ない。再エネの開発を巡り、日本各地では景観の悪化や風車による騒音などで住民らとのトラブルが頻発している。山の斜面に作られることが多いメガソーラーにいたっては、豪雨の影響で泥水や土砂が流出し、設備が崩落するなど防災上の問題が浮上している。
直近では4月に鹿児島県伊佐市と仙台市郊外のメガソーラーから出火し、鎮火まで20時間以上かかった事故も発生した。伊佐市の火災では消火作業をしていた消防隊員4人が負傷するなど人的被害も。いったん発火すると、感電の恐れなどから消火活動が難しいな現実を突き付けた。
総務省が3月に発表した太陽光発電を多く設置する都道府県を対象にした調査によると、861市町村のうち約4割でトラブルがあったと回答した。こうした中、再エネの開発や導入を規制する条例を制定する動きが各地で広がっている。地方自治研究機構の調べによると、公布されているものは全国で276条例(3月下旬時点)に上る。
さらには事業者に課税することで実質的な開発制限をかけている自治体もある。大半は太陽光発電を対象にしているが、青森県のように陸上風力とメガソーラーを対象とする新税の創設を検討するところも現れた。
また記憶に新しいところでは、自然エネルギー財団の幹部が政府審議会に提出した資料の一部に、中国国有企業のロゴマークが入っていたことが発覚した。経済安全保障の観点からも再エネの危うさを浮き彫りにし、今なおくすぶり続ける。加えて太陽光発電設備がサイバー攻撃を受けるといった問題も発生するなど、枚挙にいとまがない。再エネ導入を巡る問題やトラブルは今後も増加するに違いない。
国が掲げる再エネの主力電源化への道は日を追うごとに険しさを増している。政府がカーボンニュートラル宣言を出して以降、企業もメディアもこぞって脱炭素を叫び一種のブームと化したが、その足元では再エネの事故やトラブルなどが頻発し、肝心の国民がそっぽを向き始めている。岸田政権はGXを重要施策として強力に推し進めていく方針だが、温室効果ガスを排出しない要の電源である原発と再エネの双方に困難さがつきまとう状況になった。掛け声は勇ましいが、実効性の乏しい政策が目立つ岸田政権が策定するエネ基とNDCは、砂上の楼閣と化してしまうのだろうか。