逆風吹き荒れる再エネ拡大政策 エネ基とNDCは砂上の楼閣に!?


脱炭素化の有力手段とみられていた再エネ拡大政策に逆風が吹き荒れている。

地域共生、災害対策、安全保障などを踏まえ、政府の対応に関心が集まる。

 「どこに聞いても出てこない数字なんですよ」

4月15日の午後、環境省詰めの記者は慌ただしく幹部や担当部局への事実確認を急いでいた。日本経済新聞の電子版が同日配信した「2040年度の電源構成、次期エネ計画で策定 長期投資促す」と題した記事の裏取り取材のためだ。内容は次期エネルギー基本計画の大方針と、温室効果ガス削減の国が決定する貢献(NDC)について一足先に報じたものだ。環境省詰めの記者が反応したのは、NDCについて「35年度に13年度比66%減らす案を軸に調整する」という部分だ。

関係官庁のある幹部は、「どれだけ聞いても出てこないのは当たり前。まだ検討にも入っていないのだから。66%にした場合、どういう積み上げをすればそうなるのか根拠が分からない。日経は何を根拠に数字を出したのか迷惑な話だ」と明かした。

大規模再エネ開発は限界に近づく


NDC「60%」も視野に 再エネどこまで増やす?

事の真偽はさておき、温室効果ガスを35年に13年度比66%削減することは可能なのだろうか。気候変動やエネルギー問題に携わる政府関係者は「極めて難しいと言わざるを得ない」と語る。政府はおおむね3年ごとに改定されるエネルギー基本計画と、パリ協定の取り決めで25年2月に国連の条約事務局に提出される35年のNDCの両方の策定作業にまもなく入る。これまでも両者は裏表の関係で密接に結びついていたが、今回の第7次エネ基と35年NDCは岸田政権が推進するGX(グリーントランスフォーメーション)戦略に整合する形で策定されるとみられ、より関連性が強まりそうだ。

両者の論点は多岐にわたるが、焦点の一つは電源構成に占める再生可能エネルギーの比率だ。現行の第6次エネ基では30年度の電源構成として、再エネは36~38%で最も比率が高い。50年カーボンニュートラルの実現を前提とし、再エネを主力電源に据えたのが理由だ。これから策定される第7次エネ基では、再エネ比率がより高くなることが予想される。これは35年NDCが少なくとも13年度比55%以上削減という数字になるのではないかとの見方があるからだ。

しかし、あるエネルギー企業の幹部は35年NDCについて「55%では足りず、60%の可能性も否定できない」と話す。60%の根拠についてこの幹部は、科学者らで構成する国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の統合報告書が「1・5℃に気温上昇を抑えるためには、35年までに世界全体で60%の削減が必要だ」と指摘していることを挙げる。先進国にはより厳しい削減目標が課せられており、「外圧に抗しきれない日本のいつものパターンで積み上げを無視して60%前後になることも想定しないといけない」(前出の幹部)と警戒感を隠さない。仮にNDCが60%前後になった場合、第7次エネ基の電源構成も温室効果ガスを排出しない電源である再エネと原子力発電の比率を相当高くしなければならない。原発は地元同意などさまざまな制約があるため将来的な数字を作りにくく、勢い再エネが増えることになる。30年の約4割から35年は約5割まで引き上げられることも考えられるだろう。


住民トラブルが頻発 国民は再エネにそっぽか

再エネが日本の電源構成の過半を占める将来は来るのだろうか。ここ最近の動きをみると、暗雲が立ち込めていると言わざるを得ない。再エネの開発を巡り、日本各地では景観の悪化や風車による騒音などで住民らとのトラブルが頻発している。山の斜面に作られることが多いメガソーラーにいたっては、豪雨の影響で泥水や土砂が流出し、設備が崩落するなど防災上の問題が浮上している。

直近では4月に鹿児島県伊佐市と仙台市郊外のメガソーラーから出火し、鎮火まで20時間以上かかった事故も発生した。伊佐市の火災では消火作業をしていた消防隊員4人が負傷するなど人的被害も。いったん発火すると、感電の恐れなどから消火活動が難しいな現実を突き付けた。

総務省が3月に発表した太陽光発電を多く設置する都道府県を対象にした調査によると、861市町村のうち約4割でトラブルがあったと回答した。こうした中、再エネの開発や導入を規制する条例を制定する動きが各地で広がっている。地方自治研究機構の調べによると、公布されているものは全国で276条例(3月下旬時点)に上る。

さらには事業者に課税することで実質的な開発制限をかけている自治体もある。大半は太陽光発電を対象にしているが、青森県のように陸上風力とメガソーラーを対象とする新税の創設を検討するところも現れた。

また記憶に新しいところでは、自然エネルギー財団の幹部が政府審議会に提出した資料の一部に、中国国有企業のロゴマークが入っていたことが発覚した。経済安全保障の観点からも再エネの危うさを浮き彫りにし、今なおくすぶり続ける。加えて太陽光発電設備がサイバー攻撃を受けるといった問題も発生するなど、枚挙にいとまがない。再エネ導入を巡る問題やトラブルは今後も増加するに違いない。

国が掲げる再エネの主力電源化への道は日を追うごとに険しさを増している。政府がカーボンニュートラル宣言を出して以降、企業もメディアもこぞって脱炭素を叫び一種のブームと化したが、その足元では再エネの事故やトラブルなどが頻発し、肝心の国民がそっぽを向き始めている。岸田政権はGXを重要施策として強力に推し進めていく方針だが、温室効果ガスを排出しない要の電源である原発と再エネの双方に困難さがつきまとう状況になった。掛け声は勇ましいが、実効性の乏しい政策が目立つ岸田政権が策定するエネ基とNDCは、砂上の楼閣と化してしまうのだろうか。

CCSで社会の脱炭素化を強力後押し 実用化への道を連携プレーで切り開く


【関西電力】

CO2の回収から地中に貯留するまでのプロセス構築を目指す関西電力。

事業化を視野に回収技術を磨き、船舶輸送の実証試験にも参画する。

国内の火力発電所などから排出されたCO2を分離・回収し、貯蔵や輸送を経て地中深くに閉じ込める―。関西電力はそうした「CCS」のバリューチェーン(価値連鎖)を構築することを目指し、エネルギー事業大手と組んで検討に乗り出した。分離・回収技術の実用化に向けた道筋を切り開こうと、実証試験もさらに積み重ねる計画だ。脱炭素化を後押しする多彩なCCSのプロジェクトが大きく前進しようとしている。

大阪湾近くに位置する工業地域で知られる「堺泉北エリア」。この地を舞台にCCSのバリューチェーンづくりに挑むのが関電とコスモエネルギーホールディングスで、昨年10月に共同検討を始めた。両社が同エリアで運営する事業所から排出されるCO2を回収し貯蔵・出荷する工程にとどまらず、それを輸送する方法や貯留候補地の調査にまで踏み込む計画だ。

関西電力舞鶴発電所内にあるCO2分離・回収試験設備
提供:川崎重工業


バリューチェーン構築 社会実装促進に弾み

背景には、脱炭素化という世界の潮流がある。こうした動きを踏まえて関電グループは今年4月、2050年を見据え温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「ゼロカーボン」の道筋を示すロードマップを改定した。それに沿った展開は順調に進んでおり、「25年度時点で発電によるCO2排出量半減」という目標を2年前倒しで達成する見込みだ。

重点分野の一つが、火力発電のゼロカーボン化を後押しするCCSだ。分離・回収し貯留したCO2の有効利用も含めた「CCUS」まで踏み込み、具体例として堺泉北エリアでの共同検討をロードマップに盛り込んだ。CCUSは30年ごろの導入を視野に検討を進め、50年に向けてCO2の分離・回収量の拡大を目指す戦略を描く。

関電火力事業本部の北澤京介・火力開発部長は「CCSの社会実装はバリューチェーンを構築することで実現する。各工程で強みを持つ多彩な企業と手を組み、CO2回収を面で広げる取り組みを着実に進めていきたい」と意欲を示した。

CCSの事業化に向けた関電の取り組みは長く、三菱重工業と共同でCO2の分離・回収に必要な技術を開発した1990年代までさかのぼる。両社はLNG火力による発電過程で出る排ガスからCO2を吸収する物質「アミン」を含む吸収液を用い、実証試験を重ねてきた。

両社は今後、姫路第二発電所(兵庫県姫路市)内に建設するパイロットスケールの試験設備を活用し、25年度から実証試験を始める計画。1日当たり5tのCO2を回収できる設備だ。

さらに培った技術や経験を生かし、今年1月から関電舞鶴発電所(京都府舞鶴市)で、川崎重工業などが進めるCO2分離・回収の実証試験にも協力。これは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業で、地球環境産業技術研究機構(同木津川市)が開発した個体吸収材を循環させて1日約40tを回収することに挑む。


試験データを収集・分析 国際ルールづくりにも貢献

「CCSバリューチェーンに必要な最後の技術ピース『CO2の低温輸送』にも力を入れる」(北澤氏)方針だ。日本CCS調査(JCCS)を代表とするコンソーシアムが世界に先駆け取り組むCO2の船舶輸送に着目した実証試験へ参画。NEDOからの委託事業で、舞鶴発電所から出るCO2を同発電所構内の基地で液化し、主に北海道の苫小牧基地との間を輸送船で移送する。

北澤・火力開発部長(左)と脱炭素技術グループの羽原チーフマネジャー

CO2の液化設備や貯蔵タンクなどを備える舞鶴基地は今年9月に完成予定。その翌月からさまざまな条件下で液化CO2を輸送する本格的な試験を立ち上げる。そこで集めた試験データの分析結果は、安全な輸送に必要な規格や設計基準の検討のほか、液化CO2を長距離で大量輸送する際に求められる国際ルールづくりにも生かされる。関電は試験への参画を通じて、CCSの普及に向けた取り組みを加速していく考えだ。

ただ、CCSの事業化に向けた道のりは平坦ではない。建設や設備にかかるコストが見通しにくい上、貯留地の確保に向けた調査や法整備なども途上にあるからだ。とはいえ、CCSは産業競争力に直結する有望技術だけに、社会実装に向けた国際競争が激化する方向にある。「未開拓領域を先行し切り開くファーストムーバーとして、多様な脱炭素技術の可能性を追求したい」と火力開発部門脱炭素技術グループの羽原英史チーフマネジャー。そんな使命感を強める関電の展開から目が離せない。

玄海町が文献調査受け入れ 処分場の選定プロセス前進へ


佐賀県玄海町の脇山伸太郎町長が5月10日、高レベル放射性廃棄物の最終処分場選定に向けた文献調査の受け入れを表明した。原発立地自治体としては初めてとなる。

文献調査は調査の第1段階で、その後は調査実施自治体や都道府県知事の意見を尊重した上で概要調査、精密調査へと進む。これまで文献調査が行われたのは北海道寿都町と神恵内村の2町村のみで、原子力発電環境整備機構(NUMO)が作成した文献調査の報告書案を巡る議論が行われている。

文献調査実施の申し入れ書を受け取る玄海町の脇山町長(左)
提供:朝日新聞社

両町村が概要調査に進む上で鍵となっていたのが、文献調査を実施する「仲間」の登場だった。寿都町は概要調査の賛否を問う住民投票を実施する予定だが、同町の片岡春雄町長は住民投票に向けた勉強会について、文献調査の新地点が出てから開催するとしていた。玄海町の調査受け入れを受け、片岡町長は6月以降に勉強会を実施する方針を示した。

また北海道の鈴木直道知事は「現時点では」との留保をつけ、概要調査の実施に「反対」の姿勢を打ち出している。一方で「原発の所在の有無にかかわらず、国民的な議論が必要な問題」(2月16日の定例会見)だとして、昨年12月にはNUMOに対し、文献調査報告書の全国的な説明会開催などを求める要請書を提出。「一定程度の全国的な議論が深まった」として概要調査を容認する下準備とも見て取れる。

いずれにせよ、玄海町の文献調査受け入れが最終処分場選定プロセスの前進につながるのは間違いない。

事業の体質強化へ〝治療〟開始 新たな価値提案競争の幕上がるか


【論点】電気事業制度の運用適正化/西村 陽・大阪大学大学院工学研究科招聘教授

2023年末からこの夏前にかけて、電気事業を巡るいくつかの制度が変更された。

これらは日本での電気事業にとって、どのような意味を持つのか。西村陽氏が解説する。

小売部分自由化がスタートした2000年代初頭から10数年間に渡って作られたさまざまな制度が、ここにきて相次いで変更された。これらは、電源をほぼ独占する大手電力会社の市場支配力を削ぐことを目的に、先進諸国には存在しない、もしくは禁止されているルールだ。例えば自己託送は、もともとガスや再生可能エネルギー自家発電が設置場所の需要を上回る供給力が生じた分について送配電ネットワークを使って他の顧客へ提供する利便を与え、なかなかシェアの落ちない電力会社の牙城を崩す、あるいは分散型電源の活用を図るための特例として「自己の拡張」を図るもので、ネットワーク利用ルールの運用上明らかに正統的ではない。

また、小売部分供給は、卸電力取引市場が未発達で水力発電所のような発電計画が立てにくい電源しか持たずに発電・小売市場に参入しようとするプレーヤーへの便宜を図るために、一つのユーザーに電力会社(現旧一般電気事業者小売り)の一部を埋める形で電気を送る(通告部分供給)ことによって新電力の生息領域を確保するものだが、小売電気事業がネットワークに対して果たす責任が曖昧になることを恐れて諸外国では認められていない。加えて、(旧一電の社内取引を卸電力市場を介して行う)グロス・ビディングは、もともとは英国当局が不祥事を起こした事業者へのペナルティとして考え出したもので、市場活性化策として筋は良くない。

電気事業制度適正化/事業者負担増の動き


正統的ではないルール乱用 一部で脱法行為が激増

正統的でないルールは全体の電気事業を律しているルール体系から逸脱しているので監視がききにくく、乱用されると悪い面が出てくる。代表的なのが自己託送制度で、太陽光発電の低価格化やその証書価値へのニーズが高まった2010年代後半以降、一部の事業者によって「自己の拡張」とは全く言えないような組み合わせと制度の使い方で再エネ賦課金を逃れるという、脱法的な事例が劇的に増えてしまい23年末に抜き打ちで運用が適正化された。

一方の小売部分供給は、卸市場の拡大・流動化とともに必要性が薄まったが、思わぬ日本独自の副産物として太陽光のPPA(小売事業者が自社小売供給+自社の設立した別法人から託送した太陽光発電部分を合わせて供給する形態)を産み出した。小売電気事業者と太陽光PPA事業者が同一でないケースについては、小売部分供給の廃止によって事業ができなくなるので、政策当局は別途このケースについて「一需要二供給者」の仕組みを検討することとしている。

こうした制度の適正化と同じタイミングで容量拠出金負担が開始され、事業者によっては厳しい制度変更が同時期に集中したわけだが、政策当局者は「意図したものではなく単なる偶然だ」と言う。いずれにせよ、20年の制度的「膿」がようやく出され、日本の電気事業が治療の過程にあることは確かだ。


残る課題は経過措置規制 電取委の重い宿題

大事なのは、せっかく始まった「治療」をさらにどう進め、体質の良い電気事業にするかということである。その点で小売り・託送関係制度に残った最後の「膿」が、経過措置料金であることは論を待たない。規制約款だけが燃料費調整上限を持ち、燃料高騰時の価格リスクが飛びぬけて小さいこの制度は、家庭用分野の競争をゆがめているだけでなく、昼間の余剰太陽光を活用するような給湯器・蓄電池・EV(電気事業者)最適化電気料金メニューの普及を阻害し、電力システムの脱炭素にとっても壁になっている。

電力・ガス取引監視等委員会は、規制解除の条件として旧一電以外に5%以上のシェアを持つ事業者が二つ以上という条件を設定しているが、LNGのアジアスポットマーケットで中国が圧倒的な長期契約を確保している以上、(その地域のガス会社以外の)新電力が5%のシェアまで成長する間、中国がスポット以上に余剰の安価なガスを放出し続ける可能性は極めて低く、現在の解除条件は経過措置が永続するという間違ったシグナルを出す効果を持っている。

この春始まった電力システム改革の検証の場でもこの点について学識者、新電力から見直しが必要である旨が問題提起された。一度出すと引っ込みがつかない、というのが欧米に比べて日本の電力政策の大きな欠点だが、解除後の貧困層の保護や燃料高騰ショックの吸収手法を含め、後の制度的「膿」の解消・治療のために電取委の背負った課題は極めて重い。

当初から非正統的なルール設定が行われなかったならば、日本の電気事業は今日ずいぶん違う姿になっていたと思われるし、ここ10年の悲惨な予備力縮小や電力危機もなかったかもしれない。参入する事業者は、電源の調達と顧客への価格提示、実供給までの取引調整(ポジション管理)に秀でることや、電気の価格以外の価値提供をどう図るかという世界標準の「良い事業者」を目指しただろう。

時を経て今は、再エネ大量導入、DER(分散型エネルギーリソース)の活用可能性の拡大、さらには脱炭素と、電気事業全体が新しい局面に入った。電気事業制度の適正化は、ユーザーも市場に参画しうまく電気を使うという電気事業の新しい地平、価値提案競争の土台となるものだと言える。賢く、かつ情勢変化に対して謙虚に考え続ける事業者像が求められることになる。

にしむら・きよし 1984年一橋大学経済学部卒、関西電力入社。99年学習院大学経済学部特別客員教授などを経て2013年から現職。公益事業学会政策研究会(電力)幹事。

軒並み減収の23年度エネ決算 利益は明暗分かれ「まだら模様」


主要エネルギー各社の2023年度(24年3月期)連結決算が出そろった。

大手電力10社は販売量の減少などで北海道、関西、沖縄を除く7社が前期比で減収を余儀なくされたが、燃料費調整制度による期ずれ差益などを好材料に、全社が黒字を確保した。また石油元売り、LPガス、都市ガスの主要各社も、本業の販売量の落ち込みなどから軒並みの減収で着地。一方、利益では明暗が分かれ、「まだら模様」の業績となった。

大手電力の最終損益は燃料価格の高騰が響いて前期に8社が赤字となったが、一転して全社が黒字に転換。東京電力ホールディングス(HD)と沖縄以外の8社が過去最高益となった。

中でも東電HDは2年ぶりに黒字に転換し、2678億円を確保。福島第一原発事故に伴う処理費などが利益を圧迫したが、燃料費の下落分を遅れて電気料金に反映する「期ずれ」に伴う差益も膨らみ、利益を押し上げた。北陸電力は能登半島地震の復旧で特別損失を計上したが、黒字に回復。一方で火力発電最大手のJERAも、期ずれ差益などで大幅増益となった。

2年ぶりに黒字転換した東京電力HDの小早川社長

石油元売りも健闘し、大手3社のうちENEOSHDとコスモエネルギーHDが最終増益。中東情勢の緊迫化などを背景に原油価格が上昇した局面で採算が改善した。ただ売上高は販売量減などを受け、出光興産を含む3社ともに減収となった。

大手燃料商社の伊藤忠エネクスも石油販売などのカーライフ事業が業績をけん引し、4・8%の減収ながら最終利益が過去最高を更新した。LPガス大手の岩谷産業も6・4%減収の半面、9期連続で過去最高益を達成。3月に持ち分法適用会社にしたコスモHDの投資利益を計上したほか、産業ガスでの値上げ浸透も収益に貢献した。

都市ガス各社は販売量の不振で、減収が相次いだ。利益面で企業ごとに濃淡が現れ、東京ガスの最終利益は好調だった前期の反動で、前期比約4割減の1699億円と苦戦。対照的に大阪ガスは、約2・3倍の1326億円と大きく伸長した。


経営基盤強化は途上 ガバナンス強化も課題

24年度については、電力、石油、ガスの多くが軒並みの減益を予想。東電HDは柏崎刈羽原発の再稼働時期が見通せないため、開示を控えた。会見した小早川智明社長は一過性の利益で黒字回復した前期の業績に満足せず、「決して経営状況が抜本的に改善されたという状況ではない」と述べた。ENEOSHDの宮田知秀社長は女性への不適切行為でグループ首脳3人が相次ぎ引責したことに触れ、「決算は大きく影響を受けていない。再発防止とガバナンス強化を着実に実行したい」としており、各社とも経営基盤を強化する正念場が続きそうだ。

会見で再発防止に言及したENEOSHDの宮田社長

西条火力1号機をリプレース 「伊方訪問対話」の対面再開


【電力事業の現場力】四国電力労働組合

新型コロナ禍での西条発電所1号機のリプレース工事を予定通り完工。

伊方発電所周辺地域を対象に、対面形式による訪問対話活動を再開した。

昨年6月、西条発電所1号機が最新鋭の超々臨界圧(USC)石炭火力発電へと生まれ変わり、営業運転を開始した。

西条旧1号機は昭和の高度経済成長期に急増した電力需要の増加に対応するため、1965年11月に石油火力発電所として運転を開始。70年代にはオイルショックに直面し、石炭へと燃料転換。半世紀以上にわたり発電を続けた旧1号機だが、経年化が進んだことなどを踏まえ、リプレースを決定。2019年6月に着工した。

西条発電所新1号機

2号機の運転を続ける中でのリプレース工事は大忙し。日常業務をこなしながら、旧1号機の廃止作業と新1号機の新設工事を同時に進める必要があった。組合として苦心したのは職場の安全衛生対策と労働時間管理だ。安全かつ組合員の健康面に配慮しながら、長時間労働が常態化しないよう、所内応援ができるように労使で対話を重ねた。

最も苦労したのは新型コロナウイルス禍への対応だった。海外で製造する機器が各国のロックダウンなどの影響で届かないことも。また感染対策を取っているとはいえ現場は人が密集せざるを得ず、感染者が発生して工程は遅延。だが機器の国内製造への切り替えや作業員の感染拡大防止の徹底、人員増強など関係者が一丸となって遅延を挽回し、当初の計画通りの運開を達成した。

西条発電所新1号機の中央制御室

再エネの最大限導入を目指す中、その出力変動に対応するため、火力発電所は調整電源という重要な役割を担う。今後も、さらなるCO2排出量削減に向けて、アンモニア混焼の導入検討などを加速していく予定だ。


約2万6000戸を訪問 住民と直接関わる好機

四国地域の安定供給を支える「大黒柱」といえば伊方発電所。東日本大震災後、16年に再稼働を果たし、安全・安定運転を続けている。

労使で力を入れるのが、1988年以来、約35年にわたり継続して実施している訪問対話活動だ。発電所から20㎞圏内の約2万6000戸を一軒ずつ訪問し、発電所に関する意見・質問を伺うとともに、安全性に対する取り組みを説明している。

近年は新型コロナウイルス禍により非対面で活動していたが、昨年4年ぶりに対面形式での活動を再開し、延べ1300人の社員が参加した。地域の人々からは、「今後とも安全を最優先に伊方発電所の運営にあたってもらいたい」「透明性の高い情報公開をお願いしたい」といった意見が多くあった。

伊方発電所周辺地域への訪問対話活動の一幕

訪問活動は2人一組みとなり、1日30〜40軒の家庭に足を運ぶ。近年は事業所の統廃合などもあり、地域の人と直接関わる機会が減っている。こうした中、訪問対話活動は地域の人と接点を持つ数少ない機会だ。活動後、若手社員からは「勉強になった」「また参加したい」との感想が聞かれたという。

慣れない土地で普段と異なる活動に従事することで、知らず知らずのうちに疲労が蓄積することもあろう。安全に活動を終えられるよう、組合は活動拠点への陣中見舞いを実施。従事する社員を激励した。

4年ぶりに地域住民との直接対話による実施が叶った訪問対話活動。伊方発電所の安全・安定運転には、地域との信頼関係が大前提だ。今後も地域との信頼関係の要である訪問対話活動を継続し、受け継いでいく。

「蓄電池」多数落札の落とし穴 脱炭素電源投資促す目的果たせるか


脱炭素電源による供給力確保を目指し、容量市場の一部としてスタートした長期脱炭素電源オークション。

初回は多くの蓄電池案件が落札。第二のFITになりかねないとの懸念が高まっている。

「まるで再生可能エネルギーFIT(固定価格買い取り)制度の二の舞。いや、高いとはいえFITは発電するだけマシで、これでは脱炭素にも供給力にも貢献しない設備の費用を国民に負わせるだけだ」

電力業界関係者がこう憤りを見せるのは、4月26日に電力広域的運営推進機関が公表した長期脱炭素電源オークションの初回(2023年度)約定結果についてだ。その内訳を見ると、30件という蓄電池の落札案件の多さが目を引く。

今回、揚水・蓄電池は100万kWの募集上限に対し、それを大きく上回る539・7万kWが応札。脱炭素電源の新設・リプレースの落札案件が少なく全体の募集容量400万kWに満たないことから、66万kWが追加約定された結果、揚水・蓄電池合わせて166・9万kW、蓄電池だけで109・2万kWと、同枠の当初の上限を上回る容量を落札することになった。

2023年度の約定結果 ※2023~25年度の3年間の募集量
出典:電力広域的運営推進機関


要件を満たせるのか 蓄電池案件への懸念噴出

脱炭素社会に向けた再エネ利用の最大化には、基盤インフラ設備として蓄電池が果たす役割は大きい。一体何が問題視されているのか。

今回、案件ごとの落札価格は明らかにされていないが、1kW当たり2万4000~2万5000円辺りが当落水準と目される。容量拠出金として最終的には需要家が費用を負担する以上、安い案件から落札されるのは当然だ。だがアグリゲーター事業者の一人は、「極端なことをしない限り無理がある価格設定で、20年間要件を満たし続けることはおろか、きちんと稼働するのかさえ怪しい」と訝しむ。

しかも、落札事業者として名を連ねるのは、一部を除き業界関係者でさえ初めて見るような外資系企業。大手電力関係者は、「そもそもまともに動かす気がないのではないか」と見ており、「需給調整市場や卸電力市場で約定しないよう、高額で売り入札すれば利用率を下げられる。あとは故障する前に売却してしまえばいい。それが悪いというのではなく、それを許容してしまっている制度側の問題だ」と指摘する。

いずれにしても、蓄電池に絞って見ると、長期にわたって脱炭素電源による供給力を確保するという同オークションの目的から大きく乖離してしまったというのが電力業界の大方の評価のようだ。

既に第2回オークションの募集要項策定に向けた検討が始まっているが、業界からは、「規律を厳格化するか、一層のこと脱炭素オークションから蓄電池を除外するべきだ」、「揚水のリプレースがままならなくなれば、需給安定にも悪影響をもたらす。少なくとも揚水と蓄電池の枠を分けるべきだ」といった、抜本的な制度見直しへの要望が聞こえてくる。

一方で、中国電力の島根原子力発電所3号機(130万kW)が落札したことに、資源エネルギー庁も業界関係者も胸をなでおろしているだろう。「島根3号がなければ、脱炭素オークションの結果はさらに悲惨なものになっていた。水素やアンモニアは不確実性が高く、現時点で脱炭素に資する大型電源は原子力だけなのだから」(前出の大手電力関係者)

初回は、建設工事途中も含めた新設・リプレースのみが応札要件だったが、次回以降は、既設の安全対策投資についても対象とすることが検討の俎上に上がっている。各原子力事業者がそれを受けてどういった動きを見せるのか、注目される。

将来の脱炭素化を条件に、脱炭素電源とは別枠で募集されたLNG専焼火力も予想外の展開となった。3年間で600万kWを上限としていたにもかかわらず、初回で575・6万kWが落札しほぼ枠を使い切ってしまったのだ。

火力電源投資のボラティリティの高さから各社が躊躇していた投資判断を後押ししたことは、脱炭素オークションの大きな成果だと言えるだろう。再エネ拡大に向けた調整力確保のためにも、次回以降の募集要項策定ではLNG専焼火力の枠をさらに拡充することも論点となる。


業界に衝撃与えた JERA奥田社長の発言

容量市場が単年度を対象とするのに対し、脱炭素オークションは原則、20年間にわたって固定費水準の容量収入が保証されるスキーム。その代わり、スポット市場や非化石価値取引市場などから得られる収益の9割を事後的に還付することが求められる。

広域機関が19~23年度の5年間のスポット価格を基に還付額控除後の約定総額を試算したところ、脱炭素電源はマイナス43億~1560億円、LNG専焼火力はマイナス3163億~1062億円となった。落札事業者は市場価格が低迷すれば容量収入を得て、高水準となれば還付金を納付することにはなるが、市場からの収入で利益を得られる。同機関の山次北斗企画部部長は、「結果として、脱炭素オークションは電源投資を行う発電事業者にとってある種の保険のような役割を果たす面もあると考えられる」と、その意義を語る。

ところが、JERAの奥田久栄社長が5月16日の記者会見で、落札した知多火力発電所7、8号機について「投資意思決定をしたわけではない」と発言した。燃料費などの変動費回収リスクは全て事業者が負うことになり、9割還付のルールの下では投資回収が不透明だというのがその理由だ。

この発言は業界関係者を相当驚かせた。「9割還付は制度の前提である上に、還付しなければならないということは、それだけ市場が高騰し稼げる自信があるということではないのか」と、奥田社長の真意を図りかね一様に首を傾げる。

何はともあれ、確実な供給力の確保策へ、まだまだ試行錯誤が続くことになりそうだ。

2040年のビジョン策定へ GX新戦略・エネ基議論が始動


政府が2040年に向けたエネルギーと産業の新たなビジョンづくりに動き出した。「GX(グリーントランスフォーメーション)2040ビジョン」、そしてエネルギー基本計画の改定が5月中旬にそれぞれスタート。エネルギー安全保障の重要性が一層増す中、急増が見込まれながらも、予測が難しい将来の電力需要を見据えた政策の在り方を示す。

国内の電力需要は約20年ぶりに増加に転じる見込みで、電力システム改革で想定外の変化が生じている。また、政府は現状を放置すればGXとDX双方に関する貿易赤字が定着するとの危機感も示す。そうした中、5月13日のGX実行会議で岸田文雄首相は、新たなビジョンについて「経済社会全体の大変革と脱炭素への取り組みを一体的に検討し、40年を見据えたGX国家戦略として統合していく中で、官民が共有する脱炭素への現実的なルートを示すものにしたい」と述べた。

エネ基改定キックオフの基本政策分科会であいさつする斎藤経産相(右から3人目)

エネルギー関連では、電力需要の増大に備え、投資回収の予見性が見えにくい脱炭素電源の投資促進や、送電線整備の方向性などを検討。水素・アンモニアなどの供給確保、トランジション期の化石燃料や関連設備の維持・確保といった課題の検討も深める。このほか、GX関連の産業立地、産業構造、市場創造の在り方を議論する。


従来の手法に捕らわれず 今回のミックスの行方は

並行してエネ基改定も進む。15日には総合資源エネルギー調査会(経済産業相の諮問機関)基本政策分科会(分科会長=隅修三・東京海上日動火災保険相談役)を開催。斎藤健・経産相もDXの進展を念頭に「それに応えられる脱炭素エネルギーを安定的に供給できるかが国力を大きく左右するといっても過言ではない」「日本はエネルギー政策における戦後最大の難所にあるとの強い危機感を持っている」などと強調した。

①需要側のGX・省エネ、②電源の脱炭素化、系統整備・蓄電池、③重要鉱物、脱炭素燃料を含む資源戦略、④電力システム改革、エネルギー事業環境整備、⑤エネルギーミックスの在り方―と、網羅的な論点を想定。電源に関して委員からは、引き続き再生可能エネルギー拡大や石炭火力フェードアウトの加速を求める声がある一方、原子力の再稼働・新増設などの明確化や、火力の重要性を再認識すべきといった意見も目立った。GX会議で岸田首相は「単一の前提ありきでエネルギーミックスの数字を示す手法には限界がある」と述べており、どんな形に決着するのか注目される。

ほかにも委員からは多様な意見が出た。澤田純・NTT会長は、国際競争力の向上に向け、広域系統の増強や蓄電所併設といった「電力システムの安定性や柔軟性を高める努力」を要望した上で、「電力会社の体制もより広域化するなど検討していくべきではないか」と提起した。

【マーケット情報/5月31日】欧米下落もドバイ上昇、方向感欠く


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、米国原油を代表するWTI先物、および北海原油の指標となるブレント先物が小幅下落。他方、中東原油を代表するドバイ現物は小幅上昇。強弱材料が混在し、方向感を欠く値動きとなった。

米国の週間ガソリン在庫は増加し、3月22日の週以来の最高を記録。輸入が輸出を上回ったほか、国内需要が後退した。軽油在庫も、過去3か月で最高となった。また、ジェット燃料在庫も過去約7か月で最高。生産増加が、過去5か月で最高となった需要を上回った。これら石油製品在庫の増加が、原油価格に対する下方圧力となった。ただ、原油在庫は、製油所における原油処理量の増加を受けて、減少している。

一方で、供給減少の見通しは、価格に対する強材料として働いた。英国のバザード油田が計画外停止。詳細は非開示だが、供給減少が見込まれている。加えて、イエメンを拠点とする武装集団フーシは紅海にて、28日に対艦弾道ミサイルを発射。中東地域の治安悪化、それにともなう供給不安が一段と強まった。

さらに、市場参加者は、OPECプラスが協調減産を6月以降に延長すると予測。実際、OPECプラスは6月2日の会合で、一部加盟国による自主的減産を含む現行の協調減産すべてを、来年まで継続することで合意した。


【5月31日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=76.99ドル(前週比0.73ドル安)、ブレント先物(ICE)=81.62ドル(前週比0.50ドル安)、オマーン先物(DME)=82.08ドル(前週比0.34ドル安)、ドバイ現物(Argus)=82.89ドル(前週比0.45ドル高)

【特集2】非可食由来バイオエタノールに注力 日米で商用生産への取り組み加速


【住友商事】

国内外でバイオエタノール市場の開拓を目指す住友商事。

米国では航空燃料用途の拡大に貢献することを狙う。

住友商事は社会のカーボンニュートラル化への貢献に資する取り組みの一つとして、バイオマス関連事業におけるバイオエタノール、バイオジェット(SAF)、バイオガスの3品目に注力している。このうちバイオエタノールでは、主に日米で次世代品として注目を集める木質バイオマスなどを利用したセルロース系バイオエタノールの実用化を進める。

国内では2023年2月、日本製紙とGreen Earth Institute(GEI)の2社と協業した。具体的には、日本製紙の工場内で年産数万㎘の国産材由来のパルプを基に、非可食バイオエタノールを27年度に製造開始する計画。パルプの前処理は製紙もエタノールも酷似する。日本製紙のノウハウにより、製造コスト低減を図る方針だ。

左から木質チップ→パルプ→糖化発酵培養液→バイオエタノールの順で作られる
提供:日本製紙/GEI

同プロジェクトは通称「森空プロジェクト」と呼ばれる。森林資源事業ユニットの大森夏樹副ユニット長は「森林循環に寄与すると同時に、国産SAFへの利用を想定していることから名付けられた。エネルギー安全保障や自給率向上といった問題解決の可能性を探っている」と、新たな価値創出にも期待する。


米国では豊富な間伐材を利用 森林火災低減にも貢献

米国では同年8月、住商の現地法人とバイオエタノール製造事業者Axens North America、バイオ事業者Allotrope Partnersが連携し、カリフォルニア州で木質バイオマス由来のバイオエタノール商用生産に向けた共同調査を始めた。木質バイオマスから直接バイオエタノールを生産。間伐材や農業残渣などを利用した地産地消を前提として、年間生産量約6万tを狙う。近年、同州内は森林火災が深刻で、この防止を目的とした間伐数量の増加が見込まれる。同プロジェクトでこれを活用する計画だ。「米国は制度設計や補助金の仕組みがしっかりしているため事業性が見込める。米国が目指す50年に航空燃料の100%SAF化にも寄与していきたい」。バイオマスエネルギー事業ユニット第二チームの中島崇全チームリーダーはこう語る。

同年10月にはアジア最大のエタノールトレーダー韓国KC&Aと基本合意書を締結し、日本のバイオエタノールの用途拡大や安定供給に共同で取り組むことにした。セルロース系バイオエタノールの実用化を進めながら、普及に向けた流通インフラを整備していく。

【特集2】環境に配慮しリーズナブル 国内初「E7」ガソリン販売


石油製品を扱う中川物産はバイオエタノールを7%混ぜたE7を投入した。

エタノール入りガソリンが日本に浸透する可能性や戦略について聞いた。

【インタビュー】中川秀信/中川物産代表取締役

なかがわ・ひでのぶ 1976年生まれ。大学卒業後、韓国へ留学。2000年中川物産入社。03年取締役、06年から現職。中川物産グループを束ねるN-Holdingsの代表取締役を兼務。

―地球温暖化防止に役立つ燃料として期待を集める「E3」の国内販売に、2011年から商業ベースで初めて乗り出しました。理由を聞かせてください。

中川 もともと当社は、現在では普通に流通している硫黄酸化物の排出が少ない超低硫黄軽油を輸入・販売するなど、環境対策に力を入れてきました。石油製品を持続可能な形で社会に受け入れてもらうためにも環境に良い経営を目指していたところ、環境省の実証事業として、大阪府がエタノール混合ガソリンの製造・販売に取り組んでいるのを知り、「これだ」と考えました。そこで環境省のエコ燃料利用推進補助事業に応募し、幸い採択されました。補助金を活用して、エタノールとガソリンを混合する施設などを整備し、販売にこぎ着けました。

―当時、石油業界はエタノールと石油系ガスのイソブテンを合成した「ETBE」を配合したガソリンを環境に良いバイオガソリンとして販売し始めていました。ETBE配合ガソリンは検討しなかったのでしょうか。

中川 CO2の削減は石油関連業界にとって重要な課題であり、当社もその流れに歩調を合わせて、ETBE配合ガソリンを検討しましたが、品質は良いものの、値段がかなり高く、扱っても採算が合わない恐れがあり、対応に苦慮していました。一方、大阪府の実証事業で直接混合の「E3」でも品質的に問題がないことが分かり、自社の施設でエタノールを直接混合するE3にチャレンジしようとなったわけです。


E3販売は100店舗に 対応車種も増加傾向

―なぜ3%だったのでしょう。

中川 いまは10%まで混合できるようになりましたが、当時は「揮発油等の品質の確保等に関する法律」(品確法)で上限が3%だったのです。最初はジャマイカ産のエタノールを輸入しましたが、数年後以降は米国産エタノールを韓国の大型タンク経由で輸入しています。E3を製造する自社の施設は名古屋市と大阪市にありますが、E3の販売ガソリンスタンド(SS)は愛知県を中心に約100店舗に増えました。

―E3の販売は画期的なチャレンジだったわけですね。ただメディアでは大きなニュースとなっていません。宣伝はあまりしなかったのでしょうか。

中川 当時はまだエタノールを混ぜたガソリンといっても、環境に良いといった認知度は低く、スタンドで無用な混乱を避けるためもあって、あまり宣伝はしませんでした。石油業界ではETBEを推奨していたこともあり、あまり業界を刺激せず、足並みを合わせたいという意識もありましたね。せっかく始めたE3にネガティブなイメージが抱かれないよう注意深く進めていたという感じでしょうか。

―昨年6月から日本で初めて「E7」を販売し始めた理由も教えてください。

中川 13年前のE3のときと違って、最近は社会全体、そしてお客さまの環境意識が高まってきました。そうしたニーズに応えて、他社にない独自の商品を新たに提供したいとの思いから、新商品のE7を出しました。その背景には、これまでの当社の取り組みを応援してくれる顧客が増えてきたことに加え、E7もしくはE10に対応する車が増えてきたことも挙げられます。

ディスペンサー前にはE7の表示がある

―E7は通常のガソリンと比べて1~2円安価です。なぜでしょうか。

中川 ガソリンに混合するエタノール分は期限つきながら、ガソリン税が免除されています。つまりエタノールの混合比率が高いほど安くなる仕組みです。環境負荷が低く、価格もリーズナブルだという強みをより打ち出していきたいと考えています。


米国もE7販売に期待 エネ安全保障に寄与

―昨年6月のE7販売開始時には、ラーム・エマニュエル駐日米国大使が駆けつけました。

中川 最初は「こんな小さな一事業者に本当にいらっしゃるのかな?」という気持ちでしたが、実際に来ていただき感動しました。エタノールの活用は石油資源の中東依存を減らす意味で日本のエネルギー安全保障に大きく貢献できます。米国産エタノールの活用は、日米の同盟を意識するような感覚もありますね。

―4隻のタンカーを所有するなど、パワフルな経営姿勢が印象的です。

中川 当社の設立は1971年。私の父である中川信男会長が創業しました。過去約50年を振り返ってみますと、規制と既得権益との戦いだったような気もします。石油の元売り会社と良好な関係を保ちながら、独立性のある存在でなければならいという考えの下、輸入・輸送ルートの開拓、貯蔵タンクの建設、スタンドの拡大もしていかねばなりませんでした。

E7発売時にエマニュエル大使が来社した

これまでと同様に一歩一歩実績を積み重ねていきたいと思いますが、エタノールはエネルギーの安全保障にとって重要な選択肢の一つです。今後、EVは増加するでしょう。ただ、地域特性や消費者ごとの利用方法は異なるため、当然求めるエネルギーも異なります。今後も多くの優位性を持つ液体燃料は一定のシェアを占めると考えており、その中でエネルギー供給会社としての責務を果たすためにも、これまで以上に積極的に環境対応製品を供給していきたいと考えています。

【特集2】バイオ燃料で石油元売りが攻勢 供給網構築へ官民連携で挑む


脱炭素化の潮流を追い風に航空燃料まで用途が拡大するバイオエタノール。

元売り各社は技術力を磨きながら、成長分野を切り開く可能性を探る。

カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量を実質ゼロ)の実現に向けて、自動車燃料や化学品向け原料などに用途を拡大してきたバイオエタノールを巡って、石油元売り大手の存在感が高まっている。世界的に需要が高まるSAF(持続可能な航空燃料)の原料としても注目を集める中で各社は、関係企業と連携しながら技術開発や実証試験で攻勢をかけ、この成長分野で競争優位に立つことを狙う。


古紙原料に燃料製造 事業化へ実証始動

バイオ燃料分野に熱い視線を注ぐ一社が、ENEOSだ。今春には、TOPPANホールディングスとの間で共同開発契約を結び、古紙を原料とした国産バイオエタノールの事業化に向けた実証事業に乗り出した。

両社は、2021年からエネルギーの脱炭素化と循環型社会づくりを後押しようと、共同でバイオエタノール事業について検討。TOPPANが開発する防水加工された紙などの難再生古紙を原料とする前処理工程に、ENEOS開発のエタノール連続生産プロセスを組み合わせて製造効率を高めることを目指し、協議を重ねてきた。

商業生産されたSAFを搭載する国内線専用機
提供:ANA

実証事業では、「前処理工程で不要物質が適切に除去され、繊維分が豊富な原料となっているか」「糖化発酵工程で原料の連続投入とエタノールの抽出によって製造効率を高めることができるか」といった観点から検証するため、26年度にパイロットプラントを稼働。そこで事業の採算性を見極め、30年度以降に事業化したい考えだ。

「エネルギー・素材の安定供給」と「カーボンニュートラル社会の実現」の両立に向けて挑戦するという長期ビジョンを打ち出すENEOSグループ。こうした方針に沿って「カーボンニュートラルへのトランジション(移行)を実現するためのオプションの一つ」と位置付けるのがバイオエタノールだ。

同社の大立目悟・次世代燃料部長は「カーボンニュートラルに向けた先行きは不透明で、どの方向に進むべきかと言い切れない。現状ではCO2排出量の削減効果と経済性を両立するという観点から多様なオプションを追求する必要がある」と強調。その上で、自国の産業競争力を高める観点から「国内でバイオ燃料をつくる可能性も探りたい」との思いを持ちつつ、最適な選択肢を探索することに意欲を示した。

一方、SAFの社会実装に積極的な姿勢を示すのが出光興産だ。50年のカーボンニュートラル実現に向けて取り組む「重点4事業」を設定し、その中にSAFを盛り込んだ。カーボンニュートラルへの投資額は約8000億円を想定している。

SAFは、28年度から千葉事業所(千葉県市原市)と徳山事業所(山口県周南市)で製造。生産能力は千葉で年10万㎘、徳山が同25万㎘を計画している。原料のバイオエタノールは国内外から調達。エタノールからSAFを製造する同10万㎘級の「ATJ製造商業機」の開発にも世界に先駆けて挑む。

古紙を原料とした国産バイオエタノール製造プロセス

地球温暖化対策やエネルギー源を多様化する観点から有望視されてきたバイオエタノール。日本もそうした視点から、エネルギー供給構造高度化法で石油精製業者に対してバイオエタノールを「原油換算で毎年 50 万㎘」導入することを義務付け、順調に達成されてきた。

ただ、ガソリン全体の需要量の2%弱にとどまっているのが現状。背景にはバイオエタノール価格がガソリン価格を上回るほか、輸入したバイオエタノールを国内でバイオETBE(エチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)に合成して使う際のコストが大きいという問題も横たわる。結果として、供給のほとんどを米国とブラジルからの輸入に依存。欧米に比べて日本のバイオエタノール自給率は極端に低く、エネルギー安全保障上のリスクとなっている。


政府が支援を強化 試される日本の真価

それだけに、バイオ燃料のサプライチェーン(供給網)を国内に構築する展開への期待感は大きい。すでにSAFを巡っては、政府が「30年時点で航空機による燃料使用量の10%をSAFに置き換える」という目標を設定。国産SAFの開発と製造を促すとともに、供給側と利用側が連携して供給網づくりを進める方針も示した。

22年4月にはSAFの導入を促進しようと経済産業省と国土交通省が、石油元売りや航空会社などが参加する官民協議会を発足。資源エネルギー庁によると、大規模なSAF向け製造装置への投資を促す約3000億円規模の支援策を今後5年間で推進。SAFの国内生産・販売量に応じて税額控除する措置も打ち出した。

「国家戦略としてGX(グリーントランスフォーメーション)を進める方向性は非常に重要。エネルギー供給事業者として中心的なプレーヤーであり続けたい」と意気込むのが出光興産の木藤俊一社長。エネ庁も「原料供給国と連携して国内で磨いたバイオ燃料関連の経験やノウハウを製品や輸出に生かす」可能性を視野に入れ、民間が磨く技術に期待を寄せる。官民一体でバイオ燃料分野をどこまで開拓できるか。こうした技術開発を進めつつ、世界で広く利用される農作物由来バイオエタノールのガソリン混合やSAF製造への活用を促す国内インフラの整備が重要だ。

【特集2】バイオエタノールへの期待大 さらなる活用に向けた準備を


脱炭素に向けてバイオエタノールが果たす役割とは──。自民党国産バイオ・合成燃料推進議連の甘利明会長に聞いた。

【インタビュー】甘利 明/自民党国産バイオ・合成燃料議連会長

あまり・あきら 1949年神奈川県生まれ、慶應義塾大学卒業。経済産業大臣、自民党幹事長などを歴任。

─運輸部門でバイオエタノールが果たす役割について、どうお考えですか。

甘利 現在、各国が脱炭素に向けたCO2の削減プランを提示する中で、運輸部門での削減は大きな課題となっています。

自動車分野では電気自動車(EV)の販売数が伸びていますが、全ての車がすぐにEVに置き換わることは現実的ではありません。EVは価格や充電インフラの整備状況といった課題があり、内燃機関(エンジン)車が走り続けることになります。エンジン車が排出するCO2を削減するための手段として、最終的には合成燃料(eフューエル)の普及が期待されますが、コスト面などで商用化には時間がかかります。そこでバイオエタノールは、eフューエルが普及するまでの移行期を担う有力な燃料となります。

航空機分野については、国際民間航空機関(ICAO)が「2024年以降、19年のCO2排出量の85%以下に抑える」という厳しい目標を採択しています。最終的には自動車分野と同じくeフューエルの商用化が待たれますが、持続可能な航空燃料(SAF)ではバイオエタノールの活用が見込まれます。いずれにせよ、脱炭素時代にバイオエタノールが果たす役割は大きいと考えています。

─バイオエタノール輸入の展望を教えてください。

甘利 エタノールの生成過程でのCO2排出量が重要になると考えています。具体的には、エタノール工場の稼働に化石燃料由来の電力を使用していないか、輸送時にCO2を排出していないかといった点です。生成過程で多くのCO2を排出したバイオエタノールを由来とするSAFを使用する場合、航空会社は排出量取引を行う必要が出てきます。単純な価格競争にはならず、輸出国にはクリーンにバイオエタノールを生成する努力が求められるでしょう。

─国内でのバイオエタノールの活用に向けて、どんなことが求められますか。

甘利 日本ではガソリンに10%のエタノールを混合する「E10」が導入されていませんが、米国などでは広く普及しています。日本としては将来を見据え、どのような混合率でも走行できるフレックス燃料対応車の普及が必要です。

一方、バイオエタノールからSAFを製造するには、エタノールを原料に触媒反応させるATJ(Alcohol to Jet)技術が必要です。輸入したバイオエタノールからSAFを製造する体制を構築する必要があります。

【特集2】低炭素化する米国産の最新事情 自動車・航空機での活用に期待


米国に足を運ぶと、環境適合性を高めたバイオエタノール生産の現場があった。

農業技術の進展などにより、生産時のCO2排出量は低下し続けている。

「トウモロコシ」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。夏にかぶりつく焼きトウモロコシか、冬に飲むコーンスープの粒かもしれない。

これはどちらも食用の「スイートコーン」と呼ばれる種類で、世界で流通するトウモロコシのほんの一部。例えば2020年度の財務省の統計によると、日本のトウモロコシの輸入に占めるスイートコーンの割合は、わずか1・4%に過ぎない。世界のトウモロコシのほとんどは、飼料用やコーンスターチなどの食品用として使われる「デントコーン」。ふだん私たちが目にする以上に、トウモロコシはあらゆる場面で活躍しているのだ。

近年、食用と飼料用以外にトウモロコシの需要を底上げする利用方法がある。バイオエタノールだ。

エタノールはトウモロコシのでんぷん質やサトウキビの糖質を発酵させて製造する。原油や天然ガスに含まれるエチレンからも作られるが、植物由来の原料で生成されたエタノールを「バイオエタノール」と呼ぶ。自動車や航空機の燃料の一つで、脱炭素時代の〝現実解〟として注目を集める。

マークィス・エナジーのエタノール工場

エタノールは燃焼時にCO2を排出するが、原料のトウモロコシやサトウキビは植物で、光合成によって大気中のCO2を吸収している。燃焼時の排出は自ら吸収したCO2の再放出として、排出量は相殺されるのだ。

日本でのトウモロコシやサトウキビの大量生産は地理的要因などから不可能で、バイオエタノールの多くは海外からの輸入となる。主要輸入先の一つとみられる米国は、生産・輸出に本気モードだ。現地で取り組みを取材した。


生産量は右肩上がり 価格よりも炭素強度

シカゴからイリノイ州を車でしばらく南下すると、一面にトウモロコシ畑が広がっている。米国は世界一のトウモロコシ生産国だが、そのほとんどが「コーンベルト」と呼ばれる中西部のアイオワ州、イリノイ州、ネブラスカ州、ミネソタ州で生産されている。一軒の農家の作付面積が数百ヘクタールというのも珍しくなく、日本とはスケールが違う。

近年、米国のトウモロコシの生産性は向上している。収穫面積は2006年ごろから現在にかけて横ばいだが、同時期に生産量は1・5倍に伸びているのだ。右肩上がりの傾向は今後も続くとみられる。

生産性向上の要因は農業技術の進展だ。例えば、種まき前の休閑期や栽培時に農地に植えるカバークロップ(被覆植物)の導入が挙げられる。イネ科やマメ科の植物を植えることで、雑草抑制や土壌改良、病害虫抑制効果があるという。またデジタル化によって、土壌の状態や作物の成長状況をリアルタイムでモニタリングできるようになった。無駄な肥料の使用を抑えつつ、作物の生育を最大限に引き出すことができる。

生産性の向上により、米国はより多くのトウモロコシを生産、バイオエタノールに加工し、低価格で国際市場を席巻する―。かつてはこうした価格競争力での勝負が常道だったが、脱炭素時代の競争力は「価格」だけにとどまらない。

競争力の鍵となるのは、トウモロコシの生産からバイオエタノールの加工までに排出されるCO2量、「炭素強度」(CI値)だ。イリノイ州トウモロコシ委員会のコリン・ワターズさんは「農家はCI値の低いコーンを作るために努力している」として、さまざまな取り組みを教えてくれた。

イリノイ州トウモロコシ委員会の事務所

トウモロコシ生産では、あらゆる場面でCO2を排出する。農地を耕すための耕うん機の使用、土壌がかき回されることによる有機物分解、収穫されたトウモロコシの運搬……。さらには、窒素肥料の製造段階でのCO2排出量でさえ、CI値には影響を与える。

生産段階でのCI値低減のための取り組みの一つが、土壌を耕すことなく作物を栽培する不耕起栽培だ。耕うん機などを使わないので燃料使用量の削減につながり、土壌中の炭素保持能力を高める効果がある。ほかにも先述したカバークロップは土壌の炭素固定を促進するし、デジタル化による施肥や水管理の最適化もCI値の削減に貢献する。一方、副産物として生じる殻や胚芽などを再利用すれば、CO2排出量は相殺される。

【特集1/覆面座談会】業界関係者がホンネで討論 「自由化」は何をもたらしたのか ガスシステム改革の光と影


新規参入は限定的だったものの、実に多種多様な課題に向き合う都市ガス業界。

業界関係者と専門家が、システム改革後のガス業界の実態を赤裸々に語り合った。

【出席者】A大手都市ガス関係者  B地方都市ガス関係者  Cコンサルタント

―2017年に都市ガス小売事業が全面自由化され7年が経過した。この間、都市ガス業界を巡る環境は様変わりした。

A 大手都市ガス会社から見ると、全面自由化スタート直後は大手電力会社を相手に過度な価格競争による顧客争奪戦に陥ったが、今は競争状態が変化し次のステージに移ったと感じている。ポジティブに言えば、取り扱う商材のバリエーションが広がりビジネス機会が増えたということ。電力小売りは主力商品になり、太陽光のPPA(電力販売契約)、エネルギーサービスプロバイダ(ESP)といったガス以外の商材を提供するようになったし、当初は収益度外視の低価格一辺倒だった電力側も、度重なる不祥事を経て収益性を真面目に考え始めたのではないか。

当初の過剰な競争で経営体力が削がれた痛手は大きいが、一方で、海外、電気、ガス周辺事業と、ガス一本足だった収益構造が大きく変わったという点でメリットは感じている。とはいえ、もはやガス小売事業では儲からない。かといって電気事業も小売りだけでは儲からないというのが実情。電気にしろガスにしろ、小売りが儲からない仕組みを作ったのが自由化の「罪」の面だろう。

過疎化が都市ガス事業の経営基盤を揺るがしている

B 地方においても、事業規模は違うが置かれた状況は大手と同じ。自由化直後は、自分たちのエリアにも新規参入があり競争が起きることを前提に、見守りや水回りなどガス供給以外のサービスを拡大し価格の見直しも行うことで防衛しようとしていた。大手と大きく違うのは、結果的に地方ではあまり競争が起きていないことだ。だからと言って自由化に意味がないということではなく、地方都市では人口減少など他の要因でガスの販売量が著しく目減りしていて、ガス供給の一本足打法ではやっていけないのは明らかだ。

自由化当初に防衛策としていろいろな手を打ってきたことが、縮小していく市場の中で功を奏している。当初意図していたのとは違う形ではあるが、都市の経済圏が小さくなっていく中、いろいろな手を打つことができるようになったという意味で自由化が功を奏しているんじゃないかな。ただタイミングが良かっただけなのかもしれないけど、規制されたままでは社員の士気は上がっていなかったと思うよ。

C 大手のみならず、地方ガス関係者が、自由化の「功」の面を評価していることに驚いている。システム改革の理念に立ち返ると、経済産業省は電気とガスの相互参入のみならず、異業種も参入させながら大手は国内事業にしがみついていないで海外事業を含めいろいろ手掛けるよう求めていたし、それに手ごたえを感じているということであれば良いことだと思う。実はガス事業者にとっての自由化は前年の電力小売り全面自由化から始まっていて、1年の猶予の間に都市ガスは規制に守られつつ、先行して電気とガスのセットで契約を取ることができるようになった。

一需要家に対して、ガスと電気の両方のアカウントを持つことができるようになることにメリットを感じ、電力小売りを手掛けるガス会社が増えていった。自由化よりも前にカーボンニュートラルが来ていたら、また違った状況になっていたかもしれない。

B 当事者のマインドとしては、あくまでも自衛策であって外に打って出るという感覚ではなかったんだけどね。

A 実際のデータからも、ガスだけでつながっているお客さまよりも電気や他商材などを通じて接点が多ければ多いほど切り替えられるリスクが低い。防衛という意味では正しい戦略だった。

C もう一つ興味深いことがあって、電力・ガス基本政策小委員会で資源エネルギー庁が電気・ガスそれぞれの自由化の進捗状況を報告しているが、18年ごろまで「ガス事業者のサービス向上に向けた新たな取組み」を紹介していた。需要家件数ベースで9割のお客さまが居住するエリアの都市ガス事業者が何らかの新しいサービスや料金メニューを提供しているということがエネ庁の売りだった。ガスは限定的な市場で相互参入がない。新規参入が起こらないエリアであっても、新しいサービスが始まったりして需要家サービスを向上させていると。エネ庁が音頭を取ったことでサービス多角化の流れができたと言っても過言ではない。