矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻により、EUは、化石燃料のロシア依存からの脱却が求められた。とくに天然ガスについては、2021年初の時点で消費量の約9割を輸入しており、そのうちロシア産が、全体の約4割を占めていたことから、供給の多様化が重要な課題となった。このため、EUは同年3月8日に提案した欧州の共同アクションREPowerEUで、天然ガスのロシア以外の供給者からの輸入を増やし、ロシアへの依存度を1年以内に3分の2に減らすことになった。実際、EUにおけるパイプラインによる天然ガスのロシアからの輸入比率は2023年には8%にまで劇的に低下し、脱ロシアは着実に進展している。本コラムでは、天然ガスの脱ロシアを含む供給源・ルートの多様化についてのEUの取り組みを紹介する。
供給源・ルートの多様化についての具体的な取り組みは、まず、南回廊の拡張である。南回廊は、カスピ海海域から欧州に天然ガスを供給するパイプラインである。2020年末に運転を開始した南回廊は、2021年に81億立方メートル、2022年には114億立方メートルの天然ガスを欧州に供給し、それぞれEUの天然ガス輸入総量の2.4%と3.4%を占めた。また2023年には、120億立方メートルの天然ガスをEUに輸送したと推定される。
さらに、地中海にガスハブを創設することも、EUの天然ガス供給源・ルートの多様化につながると考えられている。この目的のために、EUは北アフリカおよび東地中海のパートナーとの活発なエネルギー対話を行っている。アルジェリアは、在来型および非在来型天然ガス資源の巨大なポテンシャルを有している。また、東地中海のイスラエル、エジプト、キプロスも膨大な海底ガス埋蔵量があるため、EUにとって東地中海地域も戦略的パートナーである。この地域からEUや世界市場へ天然ガスを供給するには、パイプライン、LNGいずれの選択肢も考えられる。
また、液化天然ガス(LNG)基地を通じてEUに輸入されるLNGは、天然ガスの安定供給に資する重要な輸送手段である。ロシアからのパイプラインによる天然ガス供給に代わって、大きく増大したのがLNG供給である。2021年において、EUの天然ガス輸入の内訳をみると、ロシアからのパイプラインによるもの41%、ロシア以外からのパプラインによるもの39%、またLNGによるもの 20%であったが、2023年においては、それぞれ、8%、50%、42%となっている。ロシア以外のパイプラインによる供給では、ノルウェーが大きな役割を果たしているが、LNGによる供給では米国の貢献が大きい。同国は、2023年におけるEUのLNG輸入量の46%を占めている。
今後も、EUの天然ガス輸入において、米国はますます重要な役割を果たすと考えられている。 2022年3月末、EUは米国とLNG取引の拡大に関する共通宣言を採択し、2022年に米国からのLNG輸入量を前年よりも150億立方メートル増加させるとしたが、この目標は計画より4か月早く2022年8月末に達成されている。また、共同宣言では、米国は2030年までに少なくとも年間500億立方メートルのLNGをEUに供給することで合意している。さらに、世界の LNG の供給量は、輸出国の生産量と液化能力の増加により、2024 年も引き続き増加すると見られている。これに伴い、EUのLNGによる輸入も引き続き増大すると予想される。
ただし、EUではLNGインフラの制約は依然として存在しており、いくつかの国は、LNG基地の拡大を急いでおり、LNGによる天然ガスの輸入能力は、2023年に400億立方メートル、2024年にはさらに300億立方メートル増大すると予測されている。LNGの場合、共同調達や浮体式貯蔵・再ガス化装置 (FSRU)の利用を通じて、低コストでフレキシブルな調達が可能となっている。このように、EUでは天然ガスの域外からの調達において、LNGの存在感が増すとともに、天然ガス調達におけるフレキシビリティを可能にするその重要性が再認識されている。わが国が、ロシアからの天然ガスの調達手段としてパイプラインではなく、LNGを選択したのは賢明な判断だったといえるだろう。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。