原子力開発最前線 日立GEニュークリア・エナジー 「HI―ABWR」はGX戦略の要


【澤田哲生 エネルギーサイエンティスト】

「HI―ABWR」には、ABWR(改良型沸騰水型炉)建設の実績が合理的、実務的に取り入れられている。

GXが投げ掛ける課題に対する「解答」であり、日立製作所のフラッグシップとなる大型革新軽水炉だ。

ごく最近、カナダにおいて小型軽水炉BWRX―300(出力30万kW)をGE日立が4基受注すると報じられた。推定受注価格は1基当たり700〜800億円だという。

4基120万kWで3000億円程度である―。これは「お安い!否、安すぎないか」が私の最初の印象であった。これなら、3・11前の130万kW級大型炉のコストとさして変わらないではないか。もちろんカナダと比べて、地震大国のわが国では事情は異なろうが、それにしても安い。

早ければ2028年にも初号基が完成するという。実際にどの程度の工期で出来上がるのか、そして最終的にコストがどこまで積み上がるのか、今から非常に楽しみである。そんな中、日立製作所・原子力ビジネスユニットCEOの稲田康徳執行役常務に話を伺った。


カナダでの新設に関与 ビジネスの近未来を刺激

稲田氏は、紳士然としたたたずまいだった。開口一番、「まだ受注が決定した訳ではありません」。穏やかな語り口調からは、慎重ながらも確固とした自信をうかがい知ることができた。

また、1基当たりの価格の新聞報道については現時点でなんとも言えないとも。さらに、受注する本体は米国のGE日立であり、日本の日立GEは米社に常駐する社員のパイプを通じて、サプライヤーとして関与していくことになると、ここでも慎重姿勢を崩さなかった。慎重さは誠実さの証なのだろう。

なんであれ、日本の日立がこの新規の小型軽水炉建設に深く関与することには違いない。英国のホライズンプロジェクトでの苦難の経験も慮れば、実に喜ばしいことである。革新型軽水炉の新設機運のあるわが国において、〝Inspire the Next〟……原子力ビジネス界の近未来を大いに刺激することは間違いない。

GX(グリーントランスフォーメーション)に向けて、日立GEは、BWRX―300に加えて、次の3炉型を合わせた4炉型を戦略的に開発している。

①HI―ABWR(Highly Innovative ABWR)、②RBWR(Resource Renewable BWR)、③PRISM(Power Reactor In-novative Small Module)―。

「HI-ABWR」のシビアアクシデント対策

HI―ABWRは、3・11の教訓である地震・津波などの自然災害対策、シビアアクシデント対応、テロ対策などが、これまでのABWR建設の実績を踏まえて極めて合理的かつ実務的に取り入れられた大型革新軽水炉(130~150万kW級)である。

私はこれが日立GEのGX対応への「解答」であり、フラッグシップになるのだなと感じた。つまり、東芝の「iBR」、三菱の「SRZ―1200」と比肩するのがこの炉型である。私見だが、これまでの国内でのABWR建設実績に基づけば、一歩先んじているようにも思われる。

RBWRはプルトニウムを含む超ウラン元素(TRU)の燃焼を実現しようとする軽水冷却高速炉である。既存のABWRの設計をベースにし、まずは現行既設炉に適用可能な四角格子燃料で早期実現し、ゆくゆくは六角格子燃料を採用することで中性子のスペクトルを硬くし、TRUの燃焼が多数回、回せるマルチサイクルを狙うという。ABWR2基から出てくるTRUをRBWR1基で消費するのだという。

私の率直な感想は「うーん、軽水冷却高速炉でマルチサイクルかぁ」。なにか難しそうでやや眉唾ではと当初思ったが、自信に満ちた説明に耳を傾けるうちに、エンジニアリングの実態に迫っているのかもと思い始めた。実績のある軽水冷却技術でもわが国の核燃料サイクルを支えるという気概なのか。

そして、PRISMはGEの設計であり、金属燃料を用いたナトリウム冷却の小型モジュール炉である。

新型炉開発の変遷

安全面においては重力落下や熱膨張などの物理法則に根ざした固有の安全性が非常に高いとされている。そのルーツは米国で開発されたEBR―Ⅱ(1965年臨界、94年閉鎖)であり固有の安全性の高さは実証済みである。ビル・ゲイツ氏もその開発に投資している「Natrium」の原子炉はこのPRISM炉であり、その運開目標は28年だという。計画はやや遅延気味とも聞くが、いずれにしても日立GEもこの開発に関与するわけである。つまり高速増殖炉「もんじゅ」の廃止以降、国内の高速炉計画は混迷を極めているが、日立の技術と人材がPRISM/Natriumの建設現場で実力を発揮することになろう。これは極めて明るいニュースだと断言できる。

ALPS処理水を海洋放出 「科学」は「風評」に勝てるか


復興と廃炉の完遂に向け、大きな一歩を踏み出した。

東京電力は8月24日、福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出を開始した。約7800㎥を17日間かけて放出する。東電によると、今年度は4回に分け、合計約3万1200㎥を放出する計画だ。トリチウムの総放出量は約5兆ベクレルを見込む。タンクの解体・撤去が進めば、燃料デブリや使用済み燃料の一時保管施設など、廃炉作業の進展に向けた用地の確保につながる。

岸田文雄首相は放出に先立つ20日、福島第一原発を視察した。21日には首相官邸で全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長らと面会し、翌日の関係閣僚会議で海洋放出を決定。国際原子力機関(IAEA)包括報告書などで科学的な安全性を担保し、既に各国の理解を取り付けている。中国は反対しているが、「大挙してサンマを獲りに来ている」(小野寺五典元防衛相)といい、非科学的な姿勢が一層浮き彫りとなっている。

福島第一原発で小早川智明・東京電力社長から海洋放出設備の説明を受ける岸田文雄首相(提供:時事)


国と漁業者の「軟着陸」 オールジャパンで実害抑制を

海洋放出を巡っては、2015年に国・東電と福島県漁連が結んだ「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」という「約束」との整合性が焦点となった。一部メディアでは「政府は実質的に約束をほごにした」との見方もあるが、そう単純な話ではない。

坂本会長は「約束」について、岸田首相との面会後の会見で「破られてはいないが、果たされてもいない」とし、「最後の一滴を放出するまで漁業を継続できたとき、初めて100%の理解が生まれる」との見方を示した。また面会時には「全漁連として反対の立場は変わらない」と前置きしつつも、「安全性への理解は進んでいる」と歩み寄っている。その後、面会に同席した西村康稔経済産業相が記者会見で「関係者の一定の理解を得た」と表明。軟着陸に向け、経産省と全漁連の間ですり合わせが行われたとみられる。

全漁連側の主張は「子々孫々まで、安心して漁業を継続したい」(坂本会長)というものだ。こうした要望を受け、岸田首相は面会で「たとえ今後、数十年の長期にわたろうとも、全責任を持って対応する」と約束した。全漁連としては反対の姿勢を貫いたことで、政府から〝新たな約束〟を引き出せたともいえる。

処理水は海洋放出前に海水希釈するが、希釈後のトリチウム濃度の基準は世界保健機関(WHO)が定める飲料水基準の7分の1以下だ。また世界中の原発が同様の処理水を放出してきた。しかし、こうした「事実」を伝えることなく、消費者の不安をあおる風評「加害者」は依然として存在する。

海洋放出を受け、今後の焦点は風評被害対策の実行へと移った。既に政府は水産物の販路拡大などに約300億円、漁業の継続支援などに約500億円の基金を創設している。実際に風評被害が発生した場合は、価格下落額などを算定した上で東電が賠償する。実害を最小限に抑えるべく、オールジャパンでの努力が求められる。

【コラム/8月29日】平岩レポートから30年を考える~成長期待が経済乱調、消費者重視が消費者不安に


飯倉 穣/エコノミスト

1,規制改革に成長期待だが

構造改革として規制改革が継続している。これまでの規制緩和や規制改革は、どれほど経済成長、経済安定に寄与しただろうか。例えばエネルギー分野を見ると、安定、低廉、大量、環境的に、不安定が倍加し、消費者重視と離れた状況が続く。

報道は、政府関与を伝える。「エネ価格の補助 縮小・廃止を提案 諮問会議 民間議員ら「段階的に」」(朝日23年7月21日)、「LPガス代上乗せ禁止了承 有識者会議 早期是正求める(同25日)、「生活苦 冷房ためらう夏 酷暑・電気代高騰 高齢者ら直撃 生活保護に「夏季加算」求める声 厚労省は慎重姿勢」(同31日)。

電気は何故不安定か、現経済の不透明は何故か。構造改革頼りの経済運営失敗、失地回復期待・成長狙い等の規制緩和や規制改革が少なからず影響している。その原点は頑固な規制緩和バラ色論にある。保守分裂、連立政権細川護熙内閣の経済政策「経済的規制原則自由」(「経済改革研究会報告(平岩レポート)」93年)から30年である。同報告は、米国要求に対する日本の弁明であった。かつ現実誤解の学者主張、一部官僚の執着、世論受け狙いの政治家の願望、企業人の商売機会模索で彩られた。規制緩和・改革は、経済的に効果を挙げていない、何故か。経済社会逼塞の打開、成長願望の規制緩和・改革の流れを考える。

2,規制見直しは必要だが

国の行政は、肥大化する。世論対応の政治は、投票者に不満ある限り、吸い上げ、制度化する。国民の要望を満足させれば、福祉等歳出増大や商売関与の許認可で、官僚の役割が拡大し、官僚組織と人員は肥大化する。

規制は、経済論的には、市場の失敗の補正のためだが、同時に規制は非効率を招く。規制産業の過大投資、割高、規制当局の公益軽視・自己欲優先で、官民癒着をもたらす。故に規制改革は常に必要である。規制緩和は競争市場で効率性を回復させるとの主張もあるが、前提条件次第である。依然市場の失敗が存在すれば、改革は必要だが、競争市場回帰の効果は不明である。

3,規制緩和主張者の期待

規制緩和で期待される経済的効果の経路は、明解である。規制開放された領域に、ビジネスチャンスが生まれる、価格競争で消費者利益が増大する。つまり新規参入者は、知恵と創意工夫で財(新サービス・新製品)を提供し、同時に競争も相俟って、合理的価格(低下予想か願望)を期待でき、消費者メリットを拡大する。かつ自由競争市場に委ねれば、価格による需給調整で、消費者の効用最大で、万歳となる。

問題は、各財の規制の根拠となっている市場の失敗(自然独占、情報の非対称性等)が、経済環境の変化で吹き飛んで、消失しているかである。その手掛かりは、技術革新の有無である。例えば、電力は、コジェネとIT配電に着目して規制改革(電力システム改革)を行った。建前は、その後錯覚であったことが判明した。

又市場の失敗が継続するが、利害関係者執念の規制緩和もある。例えば、タクシー業界で、運賃規制と参入・増車規制の見直しがあった(02年)。その後競争による運転手の生活賃金問題が顕在化し一部見直しとなる。ただ一部利害関係者から常に規制の問題(不当性)が提起される。この政治化を科学的・合理的・雇用重視で対応したいが。

4,わが国の規制改革は、低成長移行と共に熱心に

高度成長時代、第一臨調(1961年~64年答申:行政簡素化とりわけ許認可の整理合理化)があった。オイルショック後低成長・財政逼迫で、第二臨調(81~83年:行政簡素化=歳出抑制、民間活力)が設置された。その後臨時行政改革推進会議(第1,2,3次行革審83~93年、第1次85年:規制緩和・市場開放、民間活力、第2次90年:公的規制半減、第3次93年10月最終答申:官主導から民自立への転換)が続いた。

そして細川内閣は、米国の批判に対する弁解もあり、「経済改革研究会中間報告「規制緩和について」(平岩レポート)」(93年11月8日)を策定した。「経済的規制は原則自由(例外規制は弾力化・必要最小限・上乗せ規制なし)、社会的規制は自己責任原則で最小限に」である。バブル崩壊の世に喝采があった。

その後規制緩和・改革は、行政改革委員会(94~95年:電気通信事業規制緩和、運輸分野需給調整規制廃止、電力事業の小売供給の自由化等)、規制緩和小員会(95年、その後規制緩和委員会)、次に規制改革委員会(99年:金融分野の抜本改革、通信分野の規制改革推進)である。

2001年小泉内閣で総合規制改革会議(~04年:医療機関、学校、農業への株式会社参入、派遣労働者の拡大、官製市場の開放)となり、次に規制改革・民間開放推進会議(04年:官製市場の開放、官直接事業の民間委託、市場化テスト打ち出し)となる。07年規制改革会議(官製市場の民間開放)。10年民主党内閣で行政刷新会議(グリーン・ライフイノベーション、農業、その他分野等規制見直し)。

13年第2次安倍内閣で規制改革会議(電力システム改革、保育分野に株式会社・NPO法人参入、裁量労働制、有料職業紹介事業等)を設置。16年規制改革推進会議に変更し、今日まで続く。毎年の恒例行事である。

5,現政権の規制改革は

「規制改革推進に関する答申~転換期におけるイノベーション・成長の起点」(23年6月1日)である。イノベーションを阻む規制改革に取り組中である。スタートアップ・イノベーション促進関連(AI等28事項)、人への投資関連(外国人材等16事項)、医療・介護・感染症対策関連(デジタルヘルス等13事項)、地域産業活性化関連(共済事業等11事項)他合計71事項を掲げる(「規制改革実施計画」閣議決定同16日)。

内容を吟味すれば、将来の技術革新期待分野で必要な規制の先取りである。次にスタートアップ促進に必要な人材確保のための制度整備等、加えて医療・介護関連のDX促進関連等を重点とする。いずれも国民の声(規制改革・行政改革ホットライン(現代版目安箱))、産業界からの要望と記述する。現内閣の政策「成長と分配の好循環実現」の支えを目指す。これらの規制改革が、経済にどの程度貢献するか。

6,規制改革で経済健全化、成長は実現したか

経済のパフォーマンスはどうか。過去30年(92~22暦年)の経済成長率は名目0.4%、実質0.7%、財政状況は30兆円前後の財政収支赤字継続、国債残高178兆円から1042兆円(28.8兆円/年増)である。国際収支、貿易収支、失業率、政策金利水準、物価状況を勘案すると、一進一退か弱体化で経済状況改善と言いにくい。赤字国債で漸く水平飛行状態であり、先行き降下で、墜落だけは回避したい。

なぜ規制緩和は、経済政策の本流となり、今日まで毎年議論を重ねているのか。当初は、米国要求を走りに、バブル後は、米国指摘、消費者重視、内外価格差、高物価構造是正となり、かつ成長の芽(ベンチャー)を模索した。そこで輸入規制、産業分野の規制着目となった。経済論的には、バブル崩壊後マクロ経済政策の行き詰まりがあった(現実逃避・知恵なし)。故に米国指摘に裏打ちされミクロ市場の改革が、国民不満解消、経済活性化、米国要求受容と一石三鳥の効果をもたらすと喧伝された。

93年以降経済政策の主流として継続する規制緩和・改革のマクロ経済効果は見えにくい。ミクロの市場では、様々な評価があろう。技術革新ありの情報通信業界は、通信価格の低下、サービス拡大で成長している。小売りは、大店法見直しで業態変化が生起している。他はどうか。「構造改革のための経済社会計画~活力ある経済・安心できるくらし(閣議決定95年12月1日)指摘の10分野中、電気通信を除く9分野(物流、エネルギー、流通、金融サービス、旅客運送サービス、農業生産、基準・認証・輸入手続等、公共工事、住宅建設)がある。

当該産業の有り様から、需給調整や価格規制を行っていた分野である。その後も技術革新なしで生産性向上に届かないような分野(内航海運、バス、タクシー等業界、ガソリン、金融サービス、農業、住宅価格・公共投資絡み建設産業)では、需給上、予想されるような様々な問題(クリームスキミング、雇用等)を抱えた状況になっている。電力も同様である。電力自由化達成(20年)後、直後(21年)から改革の失敗で価格のみならず、必要な電源投資不足となり、需給不安定である。そして電力産業の物理的経済学的性格を考慮しない自由化の欠陥補完の政府介入強化が継続している。それらが日本経済の基盤に影響を与え、経済運営を不安にさせる。

つまり過去の郵政等国営事業、電力等公益事業は、自由化で市場が混乱し、消費者にとり利便性・安定性・価格の合理性が不透明で、人心掌握の非合理的な政府介入が必要になっている。

7,30年経過し、規制緩和失敗の再改革が肝要

「経済的規制原則自由」から30年である。今日、金融・証券・保険、電力・ガス・石油等エネ産業の姿は様々である。前述の通り、通信業界のように競争的市場で発展した事例もある(現在は一段落)。小売業界は、出店競争で業態の盛衰が著しく優勝劣敗である。理美容業、バス等運輸業界等は、発展性や変化に乏しく、依然規制必要と見受ける。その中で惨憺たるものは電力市場で、需給・価格不安定が目立つ。金融業界も混乱している。エネルギー・金融は国の経済基盤と考えれば、現状経済活力低下の一因かもしれない。

そして今日、規制は朝令暮改の傾向にある。合理的根拠が不明、あるいは甲論乙駁で、不満が優先する。市場失敗補完に必要な規制の緩和・改革が、新たな政府介入を求める。技術革新と規制緩和の関係は希薄にかかわらず、規制改革すれば技術革新生起と強調する。技術革新を醸成する体制は、企業法制(投資家重視)、大学、国立研究所等の改革で弱体化している。そして規制改革で、経済成長、経済正常化はなかった。規制改革のマンネリ化を更生し、これまでの電力自由化や原子力規制も含めて規制緩和・改革の見直しこそ緊要である。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。

次代を創る学識者/北野泰樹・青山学院大学国際マネジメント研究科准教授


自動車を中心に、経済政策の評価・分析を手掛けている。

統計的な分析によってエネルギー分野でも貢献していきたいという。

産業組織論を専門とする経済学者として、貿易や環境、通信といった政策の評価・分析に関する研究に携わってきた青山学院大学国際マネジメント研究科の北野泰樹准教授。

現在、研究の柱に据えているのは自動車関連で、規制や補助金などの政策介入が、新車市場のみならず保有車両全体にどう作用し、温室効果ガスの排出量等にどう影響を与えるかなど、計量経済学の手法を用いて分析している。

大学在学中、経済学の理論をデータに乗せて、いかに定量的に分析するかに興味を抱き、東京大学大学院経済学研究科修士課程に進んだ。ちょうどそのころ、「実証産業組織論」の分野で需要関数の推定などで優れた定量分析の手法が登場し、「それらを用いることで、社会に貢献できるような研究が行えるのではないか」と考え、研究者の道に進むことを決めた。

目標は、「海外の研究者が日本の自動車市場についての分析といえば、自らの論文がまず参考文献として思い起こされるような同分野の第一人者となること」と言い、研究者としての野心を覗かせる。

2022年3月から資源エネルギー庁の水素政策小委員会委員として、7月からは電力広域的運営推進機関の需給調整市場検討小委員会委員として、エネルギー関連の有識者会合にも名を連ねている。直接エネルギー分野で論文を書いてはいないが、自らの役割について、「一般的な政策評価の観点、経済分析におけるインセンティブの作用の観点から、システムに対してコメントすることだ」と語る。


正常に機能する市場へ 経済学の知見を駆使

2050年カーボンニュートラル社会の実現を見据え、社会実装に向けた議論が進む水素。環境政策としての側面が第一だが、産業政策の観点も非常に重要だと見ている。政府が産業の成長を適切に主導できるかについては、多くの論争がある。しかし、既に政府支援による大規模な投資が決まっている海外と伍するためには、日本も技術開発や設備投資などへの政策支援が不可欠だからだ。

産業として成長するためのインセンティブを付与しつつ、いかに効率的に水素を普及させるか。これから新たな産業として立ち上がろうとしている水素関連の政策議論に関わることに、大きなやりがいを感じているという。

一方、需給調整市場については、議論に参画した当初から、市場がうまく機能せず、再生可能エネルギーの出力予測誤差などに対応する三次調整力①の応札不足が問題となっていた。供給が不足していれば、高い入札単価での市場への参入が起こるはずだが、電力市場に固有の価格規律が新規参入の制約となったことが、応札不足の常態化の要因の一つと見る。

「あくまでも研究対象の中心はこれからも自動車市場」と強調するが、「経済学・統計的な分析の観点から、正常に機能するエネルギー関連の制度・市場の整備にも貢献していきたい」考えだ。

きたの・たいじゅ 1979年北海道生まれ。東京大学大学院経済学研究科現代経済専攻修士課程および博士課程修了。博士(経済学)。政策研究大学大学院政策研究科助教授、一橋大学イノベーション研究センター特任准教授などを経て2016年4月から現職。

【マーケット情報/8月25日】欧米原油下落、米中経済懸念が強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、米国原油を代表するWTI先物および北海原油の指標となるブレント先物が下落。米中経済の先行き懸念から、売りが優勢となった。

中国の不動産大手・碧桂園が、デフォルトに陥る可能性が台頭。これを受け、香港株式市場は同社を、香港市場の動きを示す株価指数・ハンセン指数から除外。中国不動産業界の低迷が浮き彫りとなり、同国経済の先行き懸念が一段と強まった。

米国では、米連邦準備制度理事会(FRB)パウエル議長の発言から、9月下旬の会合での金利は据え置き、12月の会合までに金利がさらに引き上げられるとの予測が広がった。これにより、景気の冷え込みと石油需要減の見通しが強まった。

一方、米国では原油在庫が、クッシング在庫での大幅減から12月来の最低水準となった。ただ、油価への影響は限定的だった。


【8月25日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=79.83ドル(前週比1.42ドル安)、ブレント先物(ICE)=84.48ドル(前週比0.32ドル安)、オマーン先物(DME)=86.39ドル(前週比0.94ドル高)、ドバイ現物(Argus)=86.22ドル(前週比0.86ドル高)

「貯留量目標」の実現目指し選定 事業化には法整備と政府支援が必須


【論点】「先進的CCS事業」の選定/北村龍太 JOGMEC先進的CCS推進チームリーダー

エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が6月、7案件の「先進的CCS事業」を選定した。

政府の全面的支援で国内初の事業化が期待されるが、選定の基準や今後の課題とは。

CCS(CO2回収・貯留)は2050年カーボンニュートラルに向けて、必要不可欠な技術だ。特に火力発電所の脱炭素化や素材・石油精製業など電化や水素化で脱炭素が困難な分野にとっては「最後のとりで」となる。

政府は50年に1・2億~2・4億tの貯留を目指し、30年までを「ビジネスモデル構築期」、50年までを「本格展開期」としている。これまで、北海道苫小牧市での大規模実証試験や液化CO2輸送技術の研究開発・実証によりCCS技術を蓄積してきた。

こうした背景を踏まえ、JOGMECは「先進的CCS事業」として「苫小牧地域CCS(JAPEXなど)」「日本海側東北地方CCS(伊藤忠商事など)」「東新潟地域CCS(東北電力など)」「首都圏CCS(INPEXなど)「九州北部沖~西部置きCCS(ENEOSなど)」の国内貯留5件、「マレーシアマレー半島東海岸沖CCS(三井物産など)」「大洋州CCS(三菱商事など)」の海外貯留2案件、計7案件を選定した。

選定の条件は、①30年に操業開始できること(スケジュール)、②圧入可能なCO2量が年間50万t以上であること(CO2圧入量)、③分離・回収、輸送、貯留分野すべてを網羅した事業構想であり、複数の排出分野からのCO2を圧入すること(各分野の特長)―の三つだ。この三条件を満たした上で、重視する順に①実現性、②拡張性、③経済性、④波及性―の四点で評価を行った。


国内外で幅広く選定 日本の貯留ポテンシャルは

先進的CCS事業による年間貯留量は、7件で1300万t(国内900万t、海外400万t)となったが、この数字にも理由がある。先述した政府の貯留目標を達成するためには、単純計算で年600万~1200万t(昨年の日本のCO2排出量の10~20%程度)を貯留可能な事業を立ち上げなければならない。これを一つのプロジェクトに換算すると最低でも年50万tの貯留量が求められるため、この数字を選定条件の一つとした。先進的CCS事業の7案件は、最低でも年100万t、多いものでは年300万tであり、政府の目標を達成できる貯留量となっている。

国内の貯留ポテンシャルについては、JOGMECが石油・天然ガス開発を目的に行ってきた基礎物理探査などで、ある程度推定できていた。これまでの調査で11地点、計160億tの貯留層があると推定されている。この推計などから、先進的CCS事業では北海道から九州まで、幅広い地域を選定した。

先進的CCS事業として選定した7案件の位置図と提案企業
提供:JOGMEC

とはいえ、地震大国であることから想像がつくように、日本は地層が複雑で温度も高い。このため海外と比較すると貯留可能な地点が少なく、将来的には海外での貯留も視野に入れる必要がある。海外の貯留案件を選定したのは、そういった理由からだ。


待たれる「CCS事業法」 ビジネス化へは課題山積

事業化を実現する上で、最大の課題となるのが法整備だ。例えば、CCSと技術的に共通する石油・天然ガスの増産には、鉱業法や鉱山保安法を適用している。ところが、同法がCCSに適用されるのかは不明で、事業者が準拠すべきルールや国の監督体制が明確となっていないのだ。また海外搬出案件についても、法的枠組みが必要となる。現在、経済産業省のCCS事業・国内法検討ワーキンググループで「CCS事業法」の整備を議論しており、早期成立が待たれている。

法律が整備されても、CCS事業は政府の手厚い支援がなければ成立しない。このため、先進的CCS事業には国が集中的な支援を行っていく。また将来的な海外CCUS事業に目を向ければ、二国間クレジット精度(JCM)でCCS由来のクレジットに関するガイドラインの作成や、民間主体のボランタリー・クレジット市場がCCSを対象とするなど付加価値を高めることが重要となる。


きたむら・りゅうた 大学卒業後、1995年JAPEX入社。石油・ガス用の坑井掘削に従事。2007年JOGMEC入構。技術開発ロードマップの策定などを担当し、22年から現職。

【平山佐知子 参議院議員】「あらゆるエネルギー否定せず」


ひらやま・さちこ 1971年生まれ。静岡県出身。91年日本福祉大学女子短期大学部保育学科卒業後、河合楽器製作所入社。NHK静岡放送局のキャスターなどを経て2016年7月、民進党(当時)の公認を受け参議院議員初当選(静岡県)。17年民進党離党。22年7月、無所属で出馬し再選。当選2回。

キャスターとして静岡県内を取材。人々の声を届けるために政治家を志す。

参議院では経済産業委員会に所属し、日本のエネルギー問題解決へ議論を重ねる。

 日本福祉大女子短期大学部保育学科を卒業後、静岡県浜松市の河合楽器製作所に入社。その後はモデル業、リポーター業を経て、1991年にNHK静岡局の契約キャスターとして、夕方の報道番組「たっぷり静岡」などに携わった。「地方局ではキャスターも記者と同じ。現場に向かい、取材を行い、原稿にして自分の言葉で伝えてきた」と、NHK時代の仕事を振り返る。

キャスターとして16年にわたり、県内各地を取材。子供の貧困問題や教育、経済の課題を報道し続けた。現場でさまざまな問題を目の当たりにして、メディアには世の中にうねりを与える力はあるが、問題を根本から解決するには、仕組み自体にメスを入れる必要があったと話す。「政治には制度を変える力がある。届きにくい住民の声を国に届けるために、政治の世界に飛び込んだ」

2016年7月の参議院議員選挙に民進党(当時)公認で出馬し初当選。無所属となった22年7月の参院選でも再選を果たした。当時について「無所属となり、政党政治の大切さも分かったうえで、立場に左右されない人間として国政に携わりたかった」。これからも政局に振り回されず、国民の生命財産、暮らしを守り続けたいと話す。

議員としての信念を形成したのは、自身が中学生時代に読んだ壺井栄氏の小説「二十四の瞳」だ。戦争が一般庶民にもたらした悲劇と数多くの苦難に衝撃を受け、キャスター時代も県内の戦争遺跡や当事者の思いを取材し続けてきた。平和を築くことが政治家の使命だとして、エネルギーの安定供給確保が、国の安全保障につながると主張する。「エネルギー自給率は経済協力開発機構(OECD)の中でもかなり低い(20年度自給率11・3%、38カ国中37位)。過去、エネルギー問題が戦争に結びついた面もある」。声が届きにくい立場の人々を守るためにも、エネルギー問題の解決に力を入れる考えを示した。

冷凍惣菜宅配「Bon Quish」 上質な魚料理を日々の食卓で


【エネルギー企業と食】東京電力×魚食振興

「金華サバのプレテリーヌ」「讃岐サーモンのピリ辛マヨ」「真鯛の四川家庭風炒め」―。各地で取れる四季折々の魚を生かし有名シェフの手でメニューを開発、冷凍宅配で高級感ある料理を手軽に楽しめるサービスが「Bon Quish(ボン・キッシュ)」だ。

このサービスは、東京電力ホールディングス(HD)と冷凍惣菜開発会社のファミリーネットワークシステムズ(FNS)が共同で立ち上げた。毎月6400円(税込み)で、月替わりの魚介メニューが8品届く。「気軽に全国各地の上質な魚料理が食べられるよう、魚食文化の復興に貢献したい」。東電HDで魚食ビジネスを担当する春山絵里部長はこう話す。

「Bon Quish」の由来は、フランス語で美味しいを意味する「Bon」と、英語の「Quick=早い」「Dish=料理」「Fish=魚」を組み合わせた造語だ。メニューは「クール(斬新)」「クラシカル(伝統)」「ノスタルジック(昔懐かしい)」の三つをコンセプトに、和・洋・中を取りそろえる。コロナ禍によるライフスタイルの変化もあり、「家にいながら各地の水産をレストランのクオリティで楽しめる」として人気を集めている。生み出された商品は、材料となった魚のブランド力向上にもつながり、水産業関係者からの期待は大きい。

「日本の魚文化復興に尽力したい」と話す春山絵里部長

今年6月には、今秋提供するメニューを決める試作会を大阪市で行った。シェフ自らが調理した料理は報道陣にもふるまわれ、非常に高い評価を得たという。試作会では、料理を冷凍にした場合の味の変化や、商品化した際のコストなどが議論の中心となった。事業規模的に大量生産がまだ難しく、生産数に限りがあるのは今後の課題だが、春山部長は「魚の可能性、魚食の世界を広げる料理が生まれた」と新メニューの出来に手応えを感じている。

日本人ひとり当たりの魚介消費量は、2001年をピークに減少の一途をたどっており、11年には肉食が魚食を逆転。かつて世界一の魚食国だった日本の魚離れが深刻だ。そんな中、東電が水産ビジネスに力を入れる根底には「漁業の皆さんのご理解があって、発電事業が成り立っている」(春山部長)という思いがある。発電所の多くが沿岸部に位置することから、国内漁業・水産業の振興活動は同社の社会貢献にもつながる。日々の食卓で手軽においしく、旅行気分が味わえる「Bon Quish」のサービスは、日本の魚食文化をこれからも支え続ける。

再エネ出力抑制で新方針提示へ システムをどう見直すべきか


【多事争論】話題:再エネ出力制御の低減

再エネ出力制御エリアが拡大し、6月上旬には関西エリアで初の実施に至った。

出力制御低減への対応方針を政府は年内にまとめるが、専門家の考えはどうか。


〈 火力抑制強化なら退出止まらず 定量分析ないままの議論に懸念 〉

視点A:阪本周一/公益事業学会会員

「経済性に優れた再生可能エネルギーを『捨てる』のはもったいない」との掛け声で、出力制御回避策として「オンライン化」「需要シフトの活用」「再エネ自体の上下調整能力具備」「火力抑制の強化」を具体論とするパッケージの検討に資源エネルギー庁が入った。出力抑制故に再エネ設備容量が拡大できるのに……とゴールが移動している感覚があるし、検討の性急さや着想自体にも違和感を覚える。

一点目。守備力への考察が欠けている。将来、変動再エネと蓄電池、需要シフトの組み合わせで、燃料価格高騰に影響されずに需要量との同時同量を完璧にこなし切れる時代が到来するかもしれないが、近い将来のことではない。当面は火力に調整力を依存する必要があるが、エネ庁の検討には燃料切れで需給危機に見舞われた2021年初頭への省察がみられない。海外との電力・パイプライン連系がなく国内エネルギー転送インフラも限定されるわが国では、国内にkW時の種になる燃料の一定量貯留が当面は必要。しかし、石油火力が休廃止、石炭火力も抑制され、エネルギー密度の高い炭素系燃料の国内輸送・貯留インフラも縮小する中で、火力発電所の維持・新設意欲を促したいところで、新設火力にも30%まで抑制を「要請」すれば、新設意欲は失せ、周辺インフラの退出に歯止めはかからない。火力維持のための予備電源制度も、燃料物流が追随せず、画餅と化すだろう。

バッファー、ストックの定量目標を設定しないままの各論進捗に懸念がある。東日本大震災後の原子力一斉停止を下支えした石油電源のバッファー力は、前後の発電電力量差から年間約800億kW時(エネ庁の原子力・エネルギー図面集より)と試算できる。この程度の弾力性があれば安心感もあるが、蓄電池、需要シフトはいつ頃この水準になるだろうか。蓄電池の長期脱炭素オークションでの募集枠は揚水と合わせて25%、対象電源は10‌MW(1‌MW=1000kW)以上と大型に限定しており、蓄電池全般をどこまで守備力として頼みにするのか判然としない。

需要側の短期的な増加についても楽観できない。足元の節電プログラムは総需要の95%を担う小売事業者が参加したと宣伝されたが、私の知る小売事業者複数社の顧客参加率は低圧件数で10~15%と低調だった。「参加だけで2000円を受け取れるにもかかわらず」である。

残された守備力を先に剥がし、次世代の守備力熟成を待たないのは、ノーガードで日々の需給運用を行うに等しい。将来、水素、アンモニアが調整力の一部を担うかもしれないが、低稼働率が予想される現行制度であれば、変動費用の回収リスクが残り、事業者の意欲を喚起しにくいことも指摘したい。火力稼働により追加的に発電費用がかかる点について、国民経済の観点から損失との指摘をよく耳にするが、合理的な安全保証費用ではいか。


再エネのみ急進的に優遇 政策転換の負担は事業者へ転嫁

二点目。私自身が再エネ開発案件探索・組成を業とするが、最近のシステム価格の上昇には驚く。太陽光は込み込み1kW当たり14万円程度から、部材単価、人件費の上昇もあり同19万円とも。立地制約、施工力制約も顕著だ。再エネ大量導入小委で委員たちが「需要地近くの立地誘導に資する制度設計うんぬん」と語っていたが、実情をご存知ないのではないか。事情は風力も同様で、各方面が言うほど「再エネ原価低減」を実感していない。先述単価を前提にすると、統合費用抜きでも発電原価は太陽光が1kW時当たり16円、風力が同25円以上と、最終消費者に喜ばれる単価にならない。頑張って運開にこぎつけても、再エネのみが密集するエリアでは共食いが発生し、収益を上げきれない。

三点目。「特定の方法により生み出された商材、サービスが、需要を越えた供給量を調整もせず需要側の対応を強い、不足時の代替は他者に依存する」事例を、私は再エネ以外に知らないし、自由競争には合わないと感じる。電化製品でも農水産物でも労働市場でも、需要側や競合者に受忍を求める発想はなく、なぜ再エネだけここまで急いで優遇するのか、と思う。適法に運転する火力に抑制を求める場合、法人税などの減税措置があればまだしも、日本ではこの種の誘導措置はほとんどない。行政指導の建付け自体どうかと思う。政策転換の都度、事業者に費用負担を強いているだけではないか。

安定供給維持、火力・再エネ双方の事業者の予見可能性、個別のエネルギー政策を越えた自由経済の本来の在りよう、いずれの観点に照らしても、過激な政策が性急に進捗していて、安定供給や自由経済の基盤を崩しかねない、と思う私は悲観が過ぎるのだろうか。

さかもと・しゅういち 東京大学法学部卒。東京電力を経て、複数新電力で火力・再エネ発電所建設、制度対応、分散電源アグリ、電力調達・卸などの実務を広く経験。



【需要家】CNへの需要家不安 e―メタンはリスクゼロか


【業界スクランブル/需要家】

4月に改正省エネ法が施行されて以降、ひと段落の感がある中で、経産省は4月24日と5月24日に省エネ小委を開催した。今後の省エネ施策に向けた業界ヒアリングが中心だが、そういう時こそ地に足の着いた議論ができると踏んでいるのだろう。4月の事務局資料で目に留まったのは「電化」や「化石燃料による熱システムのフェーズアウト」といった言葉だ。当日の論点にも記されてはいるが、参考で添付されていたG7気候エネルギー環境相会合閣僚声明に明確に記載されている。

日本の最終エネルギー消費に占める化石燃料直接消費の比率は7割を超える。声明文はこの7割を超える化石燃料からフェーズアウトするというのだから、菅義偉元首相のカーボンニュートラル宣言で何となく理解しつつも、穏やかな話ではない。

石油依存を低下させるための政策として天然ガスへの熱転に巨額の資金が投じられ、今や化石燃料熱利用は都市ガスなくして語れない。知り合いの工場のエネルギー管理者は、カーボンニュートラルに向けてこのまま都市ガスを使い続けていいのだろうか、と不安を口にした。

その助け舟となるのが6月13日のガス事業制度検討WGで示された「都市ガスのカーボンニュートラル化について中間整理(案)」だ。供給側でe-メタンを手立てするので需要側では特段の対策は不要だという。需要家にとってはうれしい限りだが、委員からは「e-メタンがネットゼロエミッションのピースだという誤認を振りまくとすると、この報告書の罪はとても重い」との指摘もあった。欧州などで炭素国境調整が始まると製造業にとってスコープ3は価格競争力に大きな影響を及ぼす。耳当たりの良さには取り返しのつかないリスクも含まれているということか。(O)

仮想通貨マイニングに着目 再エネ抑制低減や混雑解消へ


【エネルギービジネスのリーダー達】立岩健二/アジャイルエナジーX社長

新たなDERとして仮想通貨マイニングを活用するビジネスモデルが動き始めた。

再エネ大量導入時代の系統安定化を支える新たな切り札となる可能性を秘める。

たていわ・けんじ 1996年京都大学大学院エネルギー応用工学専攻修了。スタンフォード大学MBA取得。96年東京電力入社後、新型原子炉の安全設計などに従事。2011年以降、福島原発事故関連業務や日本原子力発電出向、東電パワーグリッド経営企画室などを経て22年から現職。

東京電力パワーグリッド(PG)傘下に2022年、ユニークなエネルギーベンチャーが誕生した。

GX(グリーントランスフォーメーション)、DX(デジタルトランスフォーメーション)、そして金融手法も掛け合わせて「アンチ・フラジャイル(反脆弱)なエネルギー基盤構築」を目指すアジャイルエナジーXだ。社名には「エネルギーの変革を俊敏・柔軟・果敢に推進する」との想いを込めている。ビジネスモデルは、分散型エネルギーリソース(DER)としてはなじみが薄い分散コンピューティングを用い、再生可能エネルギー大量導入と系統最適化を目指すもの。社長の立岩健二氏が、東電社員として4年間温め続けた構想だ。


柔軟な需要装置 他のDERと異なる特性

着目したのは仮想通貨(ビットコイン=BTC)マイニング装置。マイニングとは、暗号計算でBTC取引の検証・承認を行うこと。取引に関わらない第三者のマイニング事業者が、世界中の数千万台もの装置で同時計算して改ざんを防ぎ、取引の正当性を担保する。装置のスイッチを入れると自動で計算作業に入り、データを送信。最速で正解を回答した装置に対してBTCで報酬が支払われる。電気代の高い日本では現在マイニング事業者は皆無に近いが、電気代が安い国では事業者が常時装置を稼働させるような状況だという。

マイニング装置は「既存技術で最も柔軟性に富む電力需要装置」(立岩氏)でもあり、再エネ余剰発生時には上げDR(デマンドレスポンス)として活用できる。つまり電気を消費するだけで報酬が得られ、かつ再エネ大量導入を支えるという社会的意義も持つ、「前例のないビジネスになり得る」(同)。DERとしては、運用柔軟性や設置の容易さ、相対契約が不要など、制約の少なさが強みだ。蓄電池や水素製造、データセンタ―などほかのDERと特徴が異なり、補完関係にある。

日本ではBTCマイニングは怪しげに捉えられがちだが、マイニングが盛んな米国などではエネルギーと掛け合わせた事業が既に登場している。例えば再エネが豊富なテキサス州では、マイニング事業者が再エネ電気を購入し、GW(100万kW)級の装置を稼働させて報酬を得ながら、系統運用者にも歓迎されている。

ただ、当然日本とは事情が異なる。日本では安い再エネ電気を潤沢に使えるわけではなく、マイニング報酬獲得を主眼においた常時稼働は非現実的。他方、急速な再エネ拡大が今後も続く中、系統混雑の解消や再エネ出力制御への対応は急務だ。親会社の東電PGからすれば、マイニングがプラスにならなくとも、系統安定化に貢献してくれれば御の字なのだ。

現在、PG木更津支社エリアで装置約1300台での実証が進行中だ。また、埼玉県美里町とは、地域の多様な資源と組み合わせた事業化の検討に向け協定を締結。ほかの地点での計画も続く予定だ。

「50年再エネ5~6割を見据えれば、今もうからなくても時代に乗り遅れないよう、まず始めることが重要。関係各所との調整やマネタイズなどの課題は走りながら『アジャイルに』考える」と立岩氏。とはいえアジャイルエナジーX単体でなるべく早く利益を出せるよう、幅広いDERの価値を取引する新たな市場の整備に期待している。さらにエネ庁や環境省はもとより金融庁まで、同社に興味を示す官僚は少なくないという。


稼ぎ頭創出は福島への責任 さらなる可能性模索へ

立岩氏は「日本のエネルギー問題解決に貢献したい」との思いで原子核工学を専攻し、東電に入社した。さらに技術者もMBA(経営学修士)を取得すべきだと認識し、取得後は社内から変革を起こそうと積極的に新規事業を提案。ことに福島原発事故後は、福島への責任完遂のためにも東電が稼ぐ重要性を強く意識してきた。

そんな中で18年、二つのニュースが目にとまる。BTCバブルがはじけ「マイニングは電気の無駄使い」といった批判の高まり、そして九州で初めて実施された再エネ出力制御だ。「この二つを組み合わせれば環境に良い電気の使い方になる」とひらめいた。幹部にプレゼンしたところ事業化は即決されなかったが、「面白いからプランをもっと練ってみて」との反応があった。自腹で海外に赴くなどし、プランを深化させ、4年後にようやくゴーサインが出た。

マイニング事業を軌道に乗せることが当面のミッションだが、将来的にはDAC(大気中CO2直接回収)や、ダイヤモンド合成の可能性も秘める溶融塩電解など、さまざまな既存技術と組み合わせる私案がある。さらには「洋上・離島発電基地の再エネや小型炉で水素・アンモニアを製造し、マイニングで地産地消する構想、あるいは『バンカブルな原子力』の追求など、各所がウィン・ウィンで夢のあるシステムを模索したい」と志は大きい。

【再エネ】カーボンネガで注目 バイオマスの貢献


【業界スクランブル/再エネ】

オーステッド(デンマーク)と言えば業界人は洋上風力が頭に浮かぶと思う。しかし今回の話題はバイオマスだ。

世界で1000万kW超の洋上風力を手掛ける同社だが、実は火力発電も300万kW超を保有し、うち200万kW超がバイオマス燃料を使用する発電所。今年5月、その同社がバイオマス発電所で発生したCO2を除去した価値を米マイクロソフトに販売する契約を締結した。「BECCS」と呼ばれる取り組みで、11年間にわたり276万t分の炭素除去価値を取引する。BECCSはカーボンネガティブ技術の一つで、IEAも2050年ネットゼロ実現には、1・5億kW超のBECCSを導入し、年間13億t超(日本の年間排出量相当)のCO2除去が必要と試算している。

オーステッドの取り組みで扱うCO2は年間約43万tで、5万kW級のバイオマス専焼発電所の排出量に相当する。日本では計300万kW超の大型バイオマス専焼発電所(5万kW超級)が導入される見込みで、BECCSによる削減ポテンシャルは年間2000万tを超える。

バイオマス発電では、木質ガス化発電の残さである「炭」も炭素除去手段となる。「バイオ炭」と呼ばれ、農地などへの施用で炭素の除去・貯留価値を生む。Jクレジットの認証事例や大手商社による関連分野の展開も急進しつつある注目領域だ。

脱炭素化の資源制約がある日本において、バイオマスの炭素除去ポテンシャルは貴重であり、脱炭素手段の多様化にも貢献する。他方、こうした価値に関心を寄せるのは海外企業が中心で、プロジェクトが実現しても生み出された価値は海外に流れてしまう可能性が高い。ビジネスが成立し始めている海外に後れを取らぬよう、制度面を含む積極的な環境整備が望まれる。(C)

内燃機関の活用を 世界がEVシフトに待った!


【どうするEV】加藤康子/産業遺産情報センター長

時代の潮流の先に電気自動車(EV)社会があると決めるのはまだ早い。モビリティの選択を決めるのはユーザーであり、政治ではない。現に米国や欧州連合(EU)で政府はEVを支援しているが、売上は頭打ちで、自動車メーカーの多くが市場のニーズに応えるため内燃機関への投資を増やしている。

先進国では独自にEVの普及目標を設定しているが、これは事実上G7広島サミットの共同声明で覆されたといっていい。共同声明は、「35年までにCO2排出量を00年比で50%削減する」とうたい、目標を達成するために各国がとる「多様な道筋を認識する」とした。つまり、EVやハイブリッド車(HV)、eフュエル(水素と二酸化炭素の合成燃料)やバイオ燃料など、各国がさまざまなやり方で目標を達成しようというわけだ。G7に先立ち、3月にはEUで35年以降に新車販売をEVに一本化する法案が、ドイツやイタリアなどの反対で廃案となった。

G7気候・エネ・環境相会合で「EV1本化」への流れが変わった

似たような動きは、日本メーカーが「お得意様」とする米国でも顕著にみられる。国土の広い米国では、急速充電器の普及という高い壁を乗り越える必要がある。バイデン政権はEV化を強力に推進するが、日本とほぼ同じ面積のワイオミング州には、充電ステーションが81カ所しかない。アラスカ州は50カ所、ノースダコタ州は71カ所、サウスダコタ州は73カ所だ。電池の性能や適合する充電器を巡る技術の進化もこれからである。リチウムの供給量を考えても、資源制約という物理的問題がある中で、EVの値段は下がらず普及の道のりは長い。こうした「現実」から、ゼネラルモータース(GM)は6月、次世代の内燃エンジン生産を支援するために総額32億ドル強(約4500億円)もの投資を発表した。GMは35年に新車販売の全車EV化を表明していたが、本年度の投資先の大半が内燃機関となっている。米国市場でも、EV支持者は少数派だ。今年に入り、EVベンチャーはローズウオーターが破綻、リビアンも厳しい経営を強いられるなど失速した。

こうしたニュースは日本では目にしない。日本のメディアは時代の潮流をEVと決め付けて記事を書いているため、不都合な真実は取り上げない傾向にあるのだ。現在、公用車やバスなどEVには巨額の補助金が投下されている。25年の大阪・関西万博には、100台のEVバスが中国から輸入されるそうだ。安全性や耐久性など性能以前にEVであれば先進的とみなすこの風潮は、グローバルエリートを自認する少数の役人が進めている。

だが、EV推進政策は世紀の愚策にならないだろうか? 自動車産業は550万人の雇用を支える日本の基幹産業だ。全世界の新車販売約8000万台のうち、日本メーカーの車は4分の1以上を占める。部品も含む強い日本の自動車産業こそ、わが国の国力である。待たれるのは、安価な水素とカーボンニュートラル燃料の早期開発ではないか。

かとう・こうこ 慶大卒。ハーバードケネディスクール大学院修士課程修了。産業遺産国民会議専務理事、都市経済評論家、元内閣官房参与。鉱工業などの産業遺産を研究。父は自民党の故加藤六月氏。

【火力】これで大丈夫? 「対策パッケージ」への不安


【業界スクランブル/火力】

再エネの普及拡大に伴い、発電量が余剰になった時に行われる再エネの出力制御を実施するエリアが全国に広がっいることが話題だ。

報道では何かとんでもないことが起きているかのような論調だが、需要の変動に連動せず発電する自然変動電源が増えてくれば、このような状況になるのはむしろ当たり前のことだと理解する必要がある。しかし、せっかくの再エネなのだから、なるべく無駄なく使い切れないかと考えるのもまた当然のことだ。

電力系統においては、常時、同時同量を維持する必要があることから、供給力が過剰になるのであれば、需要を増やすか再エネ以外の供給力を減らせばよいということになるが、それは供給力過剰となっている断面のみを切り取った対応でしかない。

電力の安定供給を維持しながら再エネを増やすためには、時間の経過に伴い再エネの発電量が減少した時も供給力を確保し続けられる仕組みが不可欠だ。

国の委員会において、秋までにまとめる対策パッケージの案が示された内容を見ると出力制御を行う断面の対応のみに偏っていて、このままでは安定供給が毀損されてしまう。特に火力は最低出力の引き下げのみで、夕方の点灯ピークへの対応に効く起動停止の迅速化や、不意の天候変動に対応するための負荷変化率向上やLFC(負荷周波数制御)幅の拡大といった現実的に必要となる対策については全く言及されていない。

委員会の中では、再エネ側からも「現在調整力の多くは火力に依存しており、規制の強化により調整力が不足するようなことがあると本末転倒ではないか」とのコメントが出ている。

再エネは支援、火力は抑制、系統は増強という固定観念が、電気事業の未来を狭めているように思えてならない。(N)

環境を意識した材料調達へ モノづくりの現場も変化


【リレーコラム】山田泰也/パナソニックオペレーショナルエクセレンスグローバル調達本部非鉄部部長

材料調達において、これまで重要視してきた視点は「QCD(=品質・コスト・納期)」の3点であったが、最近、急速に「環境」を重視する声が強まりつつある。恥ずかしながら、当初、個人的には、環境対応というものは、欧州の政治家中心に考えられた競争軸の転換だと、斜に構える見方をしていたが、昨年8月に米国でインフレ抑制法が成立し、グリーンプロジェクトに対する巨額の補助金が相次ぐとともに、EU加盟国が本年4月に国境炭素税の導入を承認し、環境を無視したモノづくりや調達は難しい状況に、世の中が大きく変わりつつあることを痛感している。

かかる状況下、非鉄材料の調達において、極力コスト負担の少ないCO2削減取り組みから着手し始めている。一例として、水力発電由来のアルミ地金の調達と加工メーカーへの支給である。パナソニックではグローバルでアルミ材料を年5万t調達している。アルミは「電気の缶詰」といわれる通り、製造工程で電力を大量に消費するため、1tのアルミを作るのに、世界平均で約11tものCO2を排出する。一方、水力発電を使って製造したアルミ地金であれば、CO2排出量が約4tに減るため、仮に全てのアルミ材料を水力発電由来の調達に切り替えることができれば、年35万tのCO2削減が可能となるため、積極的に取り組んでいる。また、私共が、低CO2のアルミ地金を調達し、非鉄加工メーカーに支給することで、トレーサビリティー面でも見える化が実現できる。これとは別に、当社の工場、ならびに家電リサイクル工場で発生した非鉄屑を循環する取り組み(=サーキュラーエコノミー)も、複数の素材メーカーのご協力のもと、推進している。

当社は、自社の事業に伴うCO2排出量の削減と、社会におけるCO2排出量の削減をPANASONIC GREEN INPACTと名付け、より良い暮らしと持続可能な地球環境の両立に向けて、独自の目標を掲げて取り組んでいる。それは、2050年に向けて、現在の世界のCO2排出量の約1%(≒3億t)の削減インパクトを目指すというものである。


より多くのCO2削減を目指す

自社のバリューチェーンにおけるCO2排出量はスコープ1~3合計で1・1億tのため、その3倍のCO2削減を目指すという壮大な計画であり、私は調達責任者のひとりとして、調達面で発生するCO2排出量(スコープ3カテゴリー1)が年間約2000万tあるうち、非鉄材料で100万tの削減を目標に掲げ、コツコツと実現に向け推進していきたいと思う。

やまだ・やすなり 1992年、東京理科大学基礎工学部卒業。松下電器産業、ゴールドマン・サックス証券を経て、2011年4月にパナソニック株式会社に復職し、非鉄材料の調達に従事。

※次回はアサヒセイレンの谷山佳史社長です。