【識者の視点】小山正篤/石油市場アナリスト
国際的に石油備蓄の重要性が増す中、西側諸国の対応は市場本位の供給体制を弱体化させてしまった。
日本の石油補助金の疑問を含めた政策課題について、前号に続き米ボストン在住のアナリストが解説する。
国際秩序が激しく動揺する中、大規模な石油供給途絶の危険性が高まり、国家石油備蓄の重要性は増した。国際石油価格はこの緊張を反映して高水準を保つべきであり、それが西側・非ロシア世界全体における自給率向上を促す。したがって供給途絶のいまだ生じぬ時点での価格抑制を目的とした政府介入は、原則として避けねばならない。この観点からすれば、西側は明らかな過ちを犯した。
備蓄取り崩しで供給過剰 西側の対応力が弱体化
昨年を通じて国際エネルギー機関(IEA)加盟国は全体として約3億バレル(日量80万バレル強)の石油備蓄を市場に放出した。そのうち2億2000万バレルを米国が占める。その異例の規模にもかかわらず、米国主導の備蓄放出が過誤である根本的な理由は、それが実体的な供給途絶を伴わぬ状況下で、強行されたことだ。
一連の備蓄放出は、ウクライナ危機勃発前の2011年11月、米国が5カ月内・計5000万バレルの放出を、石油価格抑制を目的として決めたことから始まる。ロシアによる侵略開始後、昨年3月初めにIEA加盟国が総量6000万バレルの放出で合意。同月末には米国が向こう6カ月間にわたる日量100万バレルの備蓄放出を「プーチンによるガソリン価格高騰」への対応として発表。他のIEA加盟国は直ちに総量6000万バレルを加えたが、このときも価格変動の激しさが問題の第一として挙げられた。
昨年初めにIEA加盟国が保有していた国家原油備蓄は計12億バレル弱だが、これは世界全体の原油処理量の2週間分に過ぎない。世界需給の関数である原油価格に持続的影響を与えるには、備蓄は過少であり、不適なのだ。
本来備蓄は、実体的な供給途絶に対して短期集中的に放出し、有力産油国(特にサウジアラビア)が生産余力稼働で引き継いでこそ効果がある。
しかし昨年の放出は、ロシア産石油輸出が継続したにもかかわらず、国際石油価格抑制を公然たる目的として行われた。その結果、昨年第2、第3四半期に世界の石油生産量はおおむね需要量に釣り合っていたのが、市場外から備蓄放出分が加わって供給過剰となった。昨年11月サウジアラビア主導下に行われた石油輸出国機構(OPEC)プラスの生産調整は、この超過供給を解消し市場における需給均衡の回復を図ったものと解釈できる。
IEA加盟国は昨年、国家原油備蓄の2割以上を無意味に放出し、実体的な供給途絶の危険性に対する西側全体の対応力を弱体化させてしまった。
「政府の石油大安売り」 日本の石油補助金に疑問
さらに西側の過誤として指摘せねばならないのは、日本の価格補助金だ。昨年1月末からの燃料油価格補助金は、昨年末までに総額約3兆2千億円に達した。これは昨年2月から12月までの、日本の原油輸入総額の4分の1に相当する。事実上、日本政府が自国の輸入原油の4分の1を国際価格で産油国から買い入れ、3月以降の円安がもたらした費用増分も負担、無料で国内石油企業に卸したのと同然である。政府による石油の大安売りだ。
補助金がなく、原油輸入価格の増分がそのまま反映されていれば、日本のレギュラー・ガソリン価格は昨年平均で1ℓ当たり200円弱、対前年比25%強の上昇だった。実際、欧州各国のガソリン価格は対前年比でおおむね2割から3割上昇しており、日本の燃料油価格も主要石油消費各国と同期して変動。需要側からの応答が強く促されたはずだ。
しかし補助金投入により国内燃料油価格は国際市場の現実から遊離し、一種の仮想現実と化して低位安定した。これは日本の省・脱石油に対する誘因を削ぎ、取り組みを鈍化させたと考えられる。
2022年6月のガソリン小売価格
〈図注釈〉 多くの国でガソリン価格が最高値を付けた昨年6月時点の比較。縦軸は1ドル133.8円で換算。欧州およびインドの価格データはIEA Energy Prices、ほかは各国統計による。
対照的に、例えば中国は石油の国際価格と国内価格の連動を保ち、原油高価格下に電気自動車普及を格段に加速させた。昨年、中国乗用車市場において、プラグインハイブリッド車を含む電気自動車販売が倍増して年間約650万台に達し、全販売台数の3割弱を占めた。巨額の補助金を国内石油価格の事実上の凍結につぎ込み、陸上輸送に新機軸を起こす機運の乏しかった日本と、石油消費国としてどちらが原油高価格への耐性を強化したかは、論をまたない。
価格補助金は国内石油需要を喚起して原油高価格を支え、消費国の抵抗力を自ら弱める。本来、石油需要抑制を主導すべき日本が、かかる政策の下で原油高価格自体に取り組む変革の努力を怠れば、それは西側全体の損失なのだ。
以上、西側自体の脱・ロシア産石油依存とロシア産石油の国際市場からの排除を、異なる目標として区別すること。供給途絶を伴わぬ状況下では、備蓄放出や価格補助は行わないこと。サウジアラビアが実際に果たす役割の重要性を冷静に評価すべきことを説明した。
加えて、国際市場における供給確保の観点から、米国をはじめ西側全体として、原則として自国の原油・石油製品輸出を制限しない旨を合意形成すべきだ。さらに安全保障面では、中東湾岸地域の安定およびインド・太平洋をはじめとする海洋秩序の維持が特に重要であり、ウクライナ危機が他地域の不安定化に連動せぬよう、西側の協調が不可欠だ。
いま、市場本位の開放的な石油供給体制、すなわち国際石油秩序の維持に向け、日本を含む西側が構えを立て直すべき時だ。
こやま・まさあつ 1985年東京大学文学部社会学科卒、日本石油入社。ケンブリッジ・エナジー・リサーチ社、サウジアラムコなどを経て、2017年よりウッドマッケンジー・ボストン事務所所属。石油市場アナリスト。
・危機の時代の国際石油情勢〈前編〉 西側脱露政策とOPEC減産の実情