【特集1・液体燃料の脱石油化】新規需要開拓や炭素削減が進展 進化続ける米国の現在地

6月上旬、世界最大のバイオエタノール生産国である米国を視察する機会を得た。ガソリン混合率の向上や炭素削減、さらには船舶への需要開拓に向けた動きを報告する。

「米国ではエタノールはガソリンより安く、消費者にとって安価な燃料だ」(農務省のジェフリー・オハラ・エネルギー政策・新用途室次長)、「E15はE10より1ガロン(1ガロン=約3.8ℓ)当たり最大30セント安い」(バイオ燃料の取引組合であるグロースエナジーのクリス・ブライリー・規制担当上級副社長)――。

建国250周年を目前に控えた6月上旬、米国バイオエタノール事情を視察するために訪れた先々で、こんなコメントが聞かれた。米国内ではバイオエタノールは世界情勢に左右されず価格優位性を保ち、混合率が高いほどむしろ安いという。ホルムズ危機で多くの国のエネルギー安全保障が脅かされている足元の状況とは隔世の感があった。

イリノイ州のコーン生産者のポール・ジェシュケ氏。生産性向上に向け積極的にさまざまな農法を導入している

農家が出資するコーンなどの貯蔵施設

潤沢な原料供給で成長 船舶を新たなターゲットに

米国は、農家の所得向上と石油輸入依存からの脱却を目指し、2005年にガソリンへのバイオ燃料混合基準量を定める再生可能燃料混合基準制度(RFS)を導入して以降、産業育成に力を注いできた。現トランプ政権もこれを加速させている。

エタノール業界団体の再生可能燃料協会(RFA)や、グロースエナジーによると、24州に199のバイオ精製所があり、年間生産能力は185億ガロン。全国的に貯蔵・流通インフラが整備されている。16年には全米平均でエタノール混合率が10%に達し、E10(エタノール10%直接混合)ガソリンをほぼ全土で標準販売する。さらに01年以降製造された全ての小型車(推定2億8600万台)がE15に、2000万台以上のフレックス燃料車はE85 まで対応している。

こうした状況を支えるのが潤沢な原料供給だ。米国のトウモロコシの生産性は年々向上しており、世界平均が1エーカー(=約0.4ヘクタール)当たり60ブッシェルに対し、米国はその約3倍の同186ブッシェルに上る。

E15を巡っては大気中への揮発油成分放出といった環境面などで議論が続いていたが、最近、環境保護庁(EPA)がE15の夏季販売を解禁。現在35州・500拠点ほどで取り扱う。さらに通年販売に向けた法案が今年5月に下院を通過し、上院で議論が継続中だ。「これが実施されれば『10%の壁』を越え劇的に伸びるだろう」(RFAのエドワード・ハバード政府渉外担当副社長)と期待を寄せる。

【特集1・液体燃料の脱石油化】低炭素化とエネ安保をつなぐ選択肢 エタノールの多様なパスウェイ

陸海空とさまざまな用途でバイオエタノール活用の可能性が広がってきた。日本で具体的に導入を図る上で欠かせない視点や留意点を、専門家が解説する。

【寄稿:森山 亮エネルギー総合工学研究所「IAE」カーボンニュートラル技術センター再生可能エネルギーグループ部長】

ホルムズ危機を経て、液体燃料の低炭素化・多様化は、脱炭素だけでなくエネルギー安全保障の課題としても重要性を増している。液体燃料の安定供給を維持しながら温室効果ガス排出を抑えるには、電化だけでなく、既存の燃料インフラや内燃機関を活用し得る燃料の選択肢を増やすことが必要である。将来的には、水素とCO2を原料とした合成燃料の開発も進められている。加えて、バイオエタノールは米国やブラジルなどで既に商用規模の生産・利用実績があり、既存の燃料供給網を活用しながら段階的に導入し得る低炭素燃料として注目されている。

バイオエタノールは従来、主にガソリン混合を通じて導入が進められてきた。近年は、アルコールトゥジェット(ATJ)による持続可能な航空燃料(SAF)の製造原料としての利用に加えて、海運分野におけるアルコール系船舶燃料としての利用可能性が検討されるなど、その位置付けが広がりつつある。こうした点から、バイオエタノールはガソリン混合材にとどまらず、海運燃料やSAF製造原料にも接続し得る複数の利用パスウェイを持つ液体燃料・原料として捉えることができる。

これらのパスウェイを日本で現実の選択肢とするには、まずエタノールをどのように確保するかが課題となる。

最速の導入先は陸運 海運での検討も具体化

この点で米国と日本では前提条件が大きく異なる。米国では、トウモロコシ由来エタノールを中心に、大規模な生産、流通、混合制度が整い、近年は製造時のCO2回収などを通じた低炭素化も進んでいる。

一方、日本では、規格外農産物、食品残さ、木質・草本系バイオマス、廃パルプなどの国内資源を活用する余地はあるものの、燃料需要全体を国内生産だけで賄うことは容易ではない。国内資源の活用を進めつつ、海外からバイオエタノールを安価かつ安定的に調達できる体制の整備が重要となる。

用途別では、最も近い導入先は陸運である。政府は、2030年度までに最大濃度10%の低炭素ガソリン(E10)の供給開始を目指し、40年度から最大濃度20%の低炭素ガソリン(E20)の供給開始を追求する方針を示している。ガソリンへのエタノール混合は、既存の内燃機関車と燃料供給網を活用しながら、石油系燃料への依存度を下げる手段となる。E10、将来的なE20相当の導入では、車両適合、燃料品質、貯蔵・出荷設備、給油所対応、品質管理が重要になる。導入拡大には、燃料そのものの確保だけでなく、末端インフラまで含めた準備が必要である。

海運分野では、バイオエタノールを船舶燃料として利用する可能性が具体的に検討され始めている。背景には、国際海運の温室効果ガス削減圧力に加え、メタノール燃料船などアルコール系燃料の利用が先行していることがある。エタノールは重油に比べ体積当たりのエネルギー密度は低いが、メタノールよりは高く、アンモニアやメタノールに比べて毒性面の取り扱い負担も相対的に小さい。船舶燃料として用いるには、陸上燃料で蓄積された取り扱い知見を前提に、船上貯蔵、燃料供給系、バンカリング、安全規則、乗員教育などを海運用途に合わせて整備する必要がある。特に、長距離航路での燃料搭載量、港湾での供給体制、国際的な燃料規格や温室効果ガス評価にどう位置付けるかが実用化の論点となる。

【特集1・液体燃料の脱石油化】外圧受け国内でも高まる導入機運 需給両面で最適な形追求へ

中東情勢や温暖化規制などで石油からの燃料転換の必要性が多方面で高まっている。将来的な合成燃料導入の前に、足元でのバイオ燃料の普及に向けた現状はどうか。

政府は、次世代液体燃料の普及に向け、商用利用が進むバイオ燃料の取り組み強化を図る。ガソリンへのエタノール混合やSAF(持続可能な航空燃料)、そして船舶燃料としての導入拡大に向け、供給側・需要側双方でそれぞれ課題解決に向けた対応を進める。

自動車用では、2030年度までに沖縄県など一部地域でエタノール10%直接混合(E10)相当ガソリンの供給開始を目指し、昨年アクションプランを示した。さらに今年に入り中東情勢が混迷を極める中、資源エネルギー庁は「導入拡大の課題はあるものの、調達先は米国やブラジルなど中東以外であり、エネルギー供給源の多角化に資する。その価値が一層重要になった」(燃料供給基盤整備課)と強調する。一方、石油元売り関係者は「政策的には追い風ながら、実務的には安定調達や供給網多元化の設計がこれまで以上に重要になる」と指摘する。

課題の一つであるコストに関しては、エタノールは中東情勢の影響を受けにくく、足元では安定感が目立つ。他方、石油メジャーなどが積極投資し、バイオ資源の獲得競争が激化。生産国も自国での導入加速などで囲い込みを図る動きがあり、今後調達コストが増大する可能性もある。エネ庁は、「より安定的な確保のためには、輸入だけでなく海外事業への民間の参画も重要になる」と説明する。

ガソリン、E10、バイオエタノール価格推移の簡易な試算(エネ庁作成資料より)

沖縄でE10先行導入を進めている

導入拡大の試金石となるのが、沖縄県でのE10先行導入だ。28年度の実現に向け、今年度は出荷基地の実現可能性調査や基本設計、サービスステーション(SS)の実態調査を行う。また、現地で関係自治体や団体、有識者などが参加する連絡会議を設置予定だ。利用者にメリットがあり、持続可能な提供の在り方を検討し、E10の利点を示しながら着実な実施を目指す。
他の地域についても、マクロ視点でE10ガソリンのポテンシャル需要を試算した。大規模需要が見込め製油所からの直送が可能な首都圏、中京圏、近畿圏の30・35年度時点のE10消費量やエタノール必要量の目安を示した。あくまで初期検討としての試算であるものの、今後石油元売りなど関係各社がどのような判断を示すのか、行方が注目される。

【JERA 奥田社長】ミッション実現へ 歩み止めることなく さらなる成長目指す

サプライチェーンの多角化やトレーディング機能強化の重要性が、今般の中東情勢を巡り再確認された。同時に将来の電力事業の在り方を見据え、さらなる成長に向け歩みを加速させていく。

【インタビュー:奥田久栄/JERA社長CEO兼COO】



井関 中東情勢を巡っては、6月に米国とイランが停戦にむけた覚書を交わしましたが、まだ状況は不透明でエネルギー資源価格の値動きも流動的です。

奥田 多くの人の予想を超え、ホルムズ海峡封鎖が現実のものとなりましたが、改めて思うのは半世紀前の危機の教訓が生きたということです。第一次オイルショック発生当時の日本は電気の約73%を石油で発電し、その8割近くが中東産で、電力需給は不安定な環境でした。その後の努力により電源や燃料調達先の多様化を進め、今はLNG、石炭、原子力、水力を含む再生可能エネルギーを主電源としてミックスしています。電源のLNG比率は3割強で、当社のLNG調達のうちホルムズ通過分はわずか約5%。ここまで大胆に構造を作り変えた国は他になく、日本は今回、少なくとも電力の安定供給は脅かされませんでした。

 ただ、残念ながらマーケット価格はコントロールできません。電力会社は夏冬の需給安定化のためにスポットLNGを調達し、またLNGの長期契約は基本的に原油価格に連動して3~6カ月遅れで電気料金に反映されます。こうした要因で7月以降、電気料金が上昇することとなり、お客さま負担をいかに抑えていくか、知恵を絞っています。

井関 その打ち手とは。

奥田 基本的に長期契約より割高で、情勢が不安定なほど跳ね上がるスポットの数量をいかに抑制するかがポイントです。まず、普段はオープンになっていないLNGの在庫情報を緊急時に国が確認した上で、事業者間で融通し合う環境の整備が重要となります。さらに容量市場のリクワイアメントで稼働を抑制している非効率石炭火力をフル稼働することで、春秋のLNG消費量を抑制できます。こうした打ち手を3月の官民連絡会議で当社から政府に要望し、政府もすぐに動きました。

 やはり燃料を貯蔵できる石炭火力は安全保障上欠かせず、設備を残していたから先述の対応が可能となりました。有事を含めた石炭火力の使い方を今一度考えるきっかけになったと思います。しかも当社の碧南火力は運用上の工夫などで200以上の炭種を焚くことが可能です。

井関 そうした取り組みでコストはどの程度抑制できますか。

奥田 一定の試算を前提にすると、国民負担全体で見て、LNG火力のみの場合と、LNG火力と石炭火力を併用させた場合とでは年間3兆円ほどの差が生じます。だからこそアンモニア転換やCCS(CO2回収・貯留)など低炭素化しつつ、石炭という焚口は残すポリシーを持ち続けるべきです。

【記者通信】熊本で震度7の巨大地震再び 停電やガス供給停止で懸命な復旧作業続く

7月 28 日 午後4 時 27 分頃、熊本県熊本地方を震源地とするマグニチュード7.1、最大震度7の地震が発生した。その後も余震が続き、翌29日午前9時までに本震を含め大小169回発生、うち15回が震度4以上だった。発災直後の最大停電戸数は4万8530戸に及び、29日午後3時時点でいまだ約3万4300戸が停電中だ。都市ガスでは九州ガス管内で約8900戸が供給停止(同日午後3時時点)している。西部ガス管内では一時481戸の供給が停止したものの、同日午前11時半までに復旧が完了した。

2016年4月14、16日の2度にわたり震度7を観測した「熊本地震」の際は、本震後に47万6000戸が停電し、都市ガスは熊本市内を中心に約10万戸で供給が停止した。被害軒数だけを比べれば前回ほどの被害規模には至っていないものの、酷暑の中での発災という厳しい環境下、一刻も早い供給再開を目指し関係者らが懸命な復旧作業に当たっている。

29日に開かれた経産省の非常災害対策本部会議で、赤沢亮生経産相はライフラインの早期復旧を指示した

地震発生直後、九州電力と九州電力送配電は本店に非常災害対策総本部を、熊本支店・支社に非常災害対策本部を設置した。熊本県内では約3万4370戸(29日午後3時点)が停電しており、約790人態勢で復旧に当たっている。復旧見込みは確認中だ。

運転中だった川内原子力発電所1・2号機、玄海原子力発電所4号機は運転を継続。定期点検中だった玄海3号機を含めいずれの設備にも異常はなく、外部への放射能の影響も確認されていない。

その他の設備に関しては、火力発電と内燃力発電は被害なし、水力発電や送電・配電設備は確認中、変電設備は一部で被害があるものの機能には問題なし、という(同日午前10時時点)。

都市ガスでは、九州ガスの供給区域である八代市の8892戸で供給を停止している。8月3日に復旧する見通しだ。

同社によると、現在400人態勢で被害状況の確認と復旧作業を進めている。製造設備やガスホルダーの被害は確認されていない。

ガス管については調査中だ。倒壊家屋で枝管が折れてむき出しになるなど、供給が難しい箇所が100以上あったという。「猛暑の中の作業だが、作業員の飲み水などを確保するのも難しい」と厳しい状況を語る。

同社の要請に応じ、西部、大分、宮崎、日本、筑紫、大阪の6ガス事業者が応援隊を派遣。順次、九州ガスの復旧隊に合流する。

一方、西部ガスでは導管被害が予測される481戸(熊本市東区秋津町秋田)で、安全のため供給を停止したが、29日午前には復旧した。ガスホルダーなどの被害はみられず、製造設備や高圧・中圧導管の被害を調査中だ。

そしてガソリンスタンド(SS)では、震度6以上および停電地域にある190カ所のうち、営業可能は71、営業不可が18、確認中が101となっている。

イオンモールで大規模爆発 LPガスに引火か

発災直後にニュースで大きく報じられたのが、嘉島町のイオンモール熊本の爆発事故だ。

地震発生後、来店客や従業員の避難を進めていた最中に爆発が発生した。建物の2階部分を中心に崩落し、複数の死者や負傷者が確認されるなど、大きな被害が出ている。

原因はまだはっきりしていないが、一部報道では施設周辺に備蓄されていたLPガスや、地震で損傷した設備から漏れたガスに引火した可能性が指摘されている。関係者によると、同店舗には福岡酸素(福岡県久留米市)がLPガスを供給していた。イオンは事故原因や被害状況について確認を進めているという。ある業界関係者は「もしLPガスが原因であれば、この数十年で最大級のLPガス爆発事故になる」と話している。

同店舗は、大規模災害発生時には避難者の受け入れや物資の供給といった機能を担う地域の防災拠点でもあっただけに、爆発事故でその機能が失われたことは手痛い。まずは事故の原因検証が待たれるが、その結果次第では、改めて防災拠点の在り方が問われる可能性がある。

【特集1・再エネ安全保障論】目前に迫るポストFIT対応 重要局面で問われる官民の本気度

脱炭素だけでなく、エネルギー自給率の向上、ひいては安全保障の文脈で再エネへの期待が高まっている。主力電源化に向けた新ビジネスや前向きな動きがある一方、まだまだ課題は山積している。

適格事業者に事業を集約する方針だが……

政府はここ数年、再生可能エネルギーの主力電源化に向けた政策強化に注力してきた。固定価格買い取り(FIT)制度の支援から自立させ電源としての質を高めるべく「主力電源化アクションプラン」を策定。長期安定電源化と、発電計画の策定や需給に応じた供給を促す市場連動買い取り(FIP)のさらなる活用が柱となる。

その実現に向け、昨春には「長期安定適格太陽光発電事業者」制度が始動。低圧件数が過半を占める構造を踏まえ、経済産業相が認定した適格事業者に事業を集約し、法令順守や地域共生の取り組みの加速を狙う。

これまでに3社が認定を受けており、その1社である大阪ガスは、「気候変動対策の観点に加え中東情勢などを踏まえると、これまで通りか、やや加速して再エネ導入を進めるとともに、これらの電源をいかに市場統合し主力電源として活用していくかが大きなテーマだ」(上地尚徳・再生可能エネルギー開発部部長)と強調する。

Daigasグループは2025年度末時点で再エネ普及貢献量(自社開発、保有、他社からの調達)が約454万kWと、中期経営計画で掲げた26年度までの目標400万kWを越えた。
「初期からデベロッパーとともに開発を進め信頼関係を積み上げ、トップランナーのポジションを獲得している」(同)だけに、同社には多数の買収案件が持ち込まれる。一方、長期にわたり運用可能かという観点で、デューデリジェンス(リスク評価のための調査・分析プロセス)の中で技術面や発電量の推移、地元との関係性などを評価し、案件を選定しているところだ。

当初から、需要家に供給する再エネを自前で確保することを目的に、電源投資を進めてきた同社。30年というマイルストーンに向け需要家側のニーズがいよいよ高まり、「当社本来の投資意義を実現するフェーズが来た」(同)と見ており、特にコーポレートPPA(電力販売契約)を意識した電源投資を継続しつつ、需要家ニーズに合わせた供給も重視している。

企業の取り組み加速 系統問題やFIP転で

系統混雑も、主力電源化のボトルネックの一つだ。日本の再エネ導入量は24年末時点で全国合計が約1億60万kWに達し、軽負荷期の最小需要相当(約6900万kW)を超過している。今年3月には東京エリアでも再エネの出力制御が行われ、全エリアで実施される状況となった。

一般送配電事業者は、出力制御の抑制を目指し、優先給電ルールに基づき最大限の策を講じる。混雑時の出力制御を条件に系統接続を認めるノンファーム型接続が広がる中、混雑管理システムの導入や、広域連系系統のマスタープランに基づく設備増強も進む。他方、今後の慣性力や同期化力不足に備え、同期調相機やインバーターに同期発電機の動きを再現させる「仮想同期発電機」などの技術開発が検討されている。

【特集1・第3次石油危機】電力・ガス・石油業界、それぞれ連携強化し供給力確保に奔走


ホルムズ封鎖を受け、電力、石油、ガスの各業界はどんな対応策を講じているか。三者三様の様相を呈す中、「安定供給のための連携強化」が共通のキーワードだ。

<電力>足元は大きな混乱なし 長期戦なら政策修正を

石炭火力は息を吹き返すか

電力業界が目下注視するのは、ホルムズ比率約6%のLNGの調達・価格動向だ。資源エネルギー庁によると、全国の発電用LNGの在庫は4月12日時点で229万tと3週間分をキープ。日量消費量を10万tとすると、何も手を打たなければ毎日6000tずつ在庫が減っていき、ゼロになるまでには1年以上猶予がある計算になる。さらに春先は需要が落ち着いていく中、足元で事業者が調達に四苦八苦している様子はない。

数年前の価格高騰時の経験を踏まえ、政府は緊急時の融通に備えた地域連携や全国連携スキームを構築。また電力広域的運営推進機関が高需要期の燃料状況を監視し2カ月先の見通しを公開する中、今回臨時で4月上旬から発表する。17日時点で6月中旬までひっ迫の恐れはない。

LNG調達量の約5%がホルムズ海峡を通過するJERAはその欠落について、「元々火力の稼働率は再エネや原子力の発電状況によって振れ、その範ちゅうに収まるインパクト。4、5月分の発電に必要な在庫は確保している。燃料サプライチェーンはさまざまな観点から分散化を図っており、ホルムズ閉鎖が即ボトルネックとなるわけではない」(中村玲子・燃料需給統括部長)と説明する。2月に発表したカタール・エナジー社との長期契約(2028年から27年間、仕向け地渡しで年約300万t購入)の内容には今のところ変更はなく、「世界最大級のLNG生産国との関係性は維持する方針だ」と強調する。

さらに政府は安定供給に万全を期すため、容量市場での非効率石炭火力の稼働抑制措置を今年度は適用せず、これによるLNG節約効果を約50万tと見込む。Jパワーの場合、「現時点の貯炭量を踏まえると対応自体は可能。ただ戦争終結時期や適切な貯炭量が見通せないことなどが課題になる」としている。

JERAは、端境期の停止計画の抑制など調整を進める。追加の燃料調達はトレーディングの商流を活用し対応できる見通しだが、苦労するのは人員確保。「関係会社含め運転・保守に関わる人員をそろえなければならない。昨今の人手不足の中、有事でも安定して人員を確保できるよう平時からのパートナーシップが重要になる」(川島創・国内マーケット戦略・企画部長)と指摘する。

長期化した場合に懸念されるのが価格面だ。早ければ6月から電気料金に反映され、夏の需要期とのダブルパンチとなる。そうした中、23年に料金改定しなかった3社のうち関西は既に燃料費調整額の上限を突破し、九州や中部も近づきつつある。「燃調上限の在り方を審議会で検討するとの話が出ており、政府にはその貫徹を望みたい」(電気事業連合会)

JKM(極東スポット指標)は22年の際ほど上昇していないが、長期契約への油価高騰の影響は今後表面化し、カタール基地の1千万t強の生産能力は数年単位で戻ってこない。足元の混乱はなくとも、ワーストシナリオも念頭に入れた政策の軌道修正が喫緊の課題だ。

【特集1・第3次石油危機】日本のセキュアをいかに目指すか 見落とせない三つの危機

史上最大と称されるほどの石油ショックが各国に襲いかかる。本質的なエネルギー安全保障対策を大場紀章氏が提起する。

【寄稿:大場紀章・ポスト石油戦略研究所代表】

史上最大のエネルギー危機が発生し、多くの国々が右往左往する中、日本社会は奇妙とさえ思えるほど落ち着きに満ちている。中東に9割の石油を依存している一方で、250日分という世界最大級の石油備蓄があったおかげで、結果的に石油が最も安心できるエネルギーとなった。この逆説が示すのは、エネルギー安全保障(セキュリティ)とは「安定供給」の確保ではないということである。エネルギーがセキュアな状態、すなわち不安から解放されることで、行動の自由度をいかに確保できるかこそが本質である。この視点に立てば、日本は三つの次元で自由度を失いつつあり、備蓄があったからと安心している場合ではない。

脆弱性の本質を意識 自由度失う状況から転換を

第一に、外交の自由度である。中東原油を米国産に切り替える議論が活発化しているが、これはエネルギーと防衛の双方を米国に委ねることにほかならない。今後最大の地政学的不確実性がむしろ米国そのものだとすれば、「多角化」が外交的従属の深化に帰結しかねない。

第二に、経済政策の自由度である。日本はもはや円安がプラスに働く輸出大国ではない。莫大な化石燃料輸入額による貿易赤字は、円安と輸入物価高が重なるスタグフレーション的状況を招き、金融政策の自由度を著しく狭める。問うべきは「いかに調達するか」ではなく「いかに化石燃料の輸入を減らすか」であり、再エネの拡大、輸送燃料の電化、省エネの推進こそが安保の柱となるべきだ。

にもかかわらず、国内の安定供給の議論に終始すれば、第三の、さらに深刻な自由度の喪失が待っている。産業・外交戦略の自由度である。ホルムズ危機の最大の帰結は、グローバルサウスでの石油・LNG離れの加速ではないか。自動車輸出台数の約半分はこれらの国々向けで、中国製EVにシェアを奪われれば、「安定供給」する対象の産業需要そのものが消える。各国が再エネや石炭を志向すれば、LNG火力輸出という日本の対アジア外交の重要なカードも毀損されかねない。

古い枠組み、内向きの視野、正常性バイアス。史上最大の危機にあってなお本質的な転換が議論の俎上にすら載らないとすれば、その構造こそが日本をセキュアから遠ざける最大の脆弱性ではないだろうか。

日本経済を支える自動車輸出も転換点を迎えるのか

【特集1 電力小売り全面自由化10年の教訓】成果あるも競争の質はやや期待外れ 規制料金は合理的変更が必要

これまでの競争状況の評価は。そして今後10年で目指すべき電力システムの在り方とは。審議会委員として数多の制度設計に関わってきた東大の松村教授に聞いた。

【インタビュー:松村敏弘/東京大学社会科学研究所教授】

まつむら・としひろ
1988年東京大学経済学部卒。博士(経済学、東大)。大阪大学社会経済研究所助手、東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授などを経て2008年から現職。

―全面自由化から10年経つ今の競争状況をどう見ますか。

松村 低圧分野で新電力が一定のシェアを取り、多様な事業者の知恵を生かす基盤ができたことは成果です。一方、古い常識にとらわれない革新的なモデルの登場に期待していたのですが、やや期待外れでした。例えば変動性再生可能エネルギーの大量導入や出力抑制を見越し、市場価格も踏まえて需要側のリソースを自動制御するモデルなどです。ただ、徐々に革新的な事業者のプレゼンスが高まっており、地域独占時代になかったサービスも広がり始めています。

 スポット価格の価格変動を人為的に抑えるべきとの論は賛成しかねます。価格高騰時は節電の価値が、低迷時は電気を有効活用する価値が高く、この誘因を人為的に抑制する必要はない。一方、中長期契約などで売り手と買い手が相互にリスクを軽減する契約を目指すのは合理的です。ただ、中長期取引を規律で強制するより、安定供給との関連でスポット市場への過度な依存に外部不経済の問題があるなら、その程度に応じて容量市場の拠出金を割り増しするなどの策は意義があるかもしれません。

パッチワークと決別を シンプル・効率的制度へ

―中長期市場の整備・供給力確保の義務化など、小売りや需要家の負担が増える方向です。

松村 容量市場で確保する容量を増やし、スポットのスパイクが減れば、消費者の負担は減るので、全体の負担が増えるとは必ずしも言えません。他方、中長期取引義務化のようなやり方では、安定供給上の効果が乏しいのに望ましいビジネスモデルの発展を阻害し、負担だけが増えかねません。既に述べた適切な課金なら、スポット市場利用に伴う適正なコストを負担してでもやる価値のあるモデルだけ生き残り、うまく設計すれば消費者負担も抑制されるはずです。

―料金規制についての考えは。

松村 解除基準は大手電力会社間の越境競争などが本格化すれば容易に達成できる程度の緩い基準です。この基準すら達成できない現状は残念です。一方、規制料金が残るとしても、より合理的なものに変えるべきです。燃料調整費の上限を上げるのは当然として、インフレや制度変更など事業者の責によらない費用の増加を簡易に料金に反映できる制度も検討されるべきです。

―これからの10年の電力システムと制度の在るべき姿とは。

松村 ゆがみのある制度を抜本的には変えず、別のゆがみがある制度を上乗せして補正するパッチワークを重ねた結果、複雑な制度になっています。競争的な同時市場、インバランス市場、容量市場を基軸とし、全市場をシングルプライス化し、外部性の問題には課金して内部化する基本原理が貫徹すれば、自然にシンプルで効率的な電力システムになると思います。

【特集1 電力小売り全面自由化10年の教訓】需要家の行動を左右する制度設計 次の10年の鍵は「選ぶ力」の醸成

制度や市場環境の変化に応じて、電力需要家の行動は大きく変わる。転機となった三つの局面でこの10年を振り返り、次の10年に何が必要か展望する。

【寄稿:古川 雄太朗/ENECHANGEオンラインマーケティング部長】

ふるかわ ゆうたろう
関西学院大学国際学部卒。キーエンス勤務を経て2019年4月ENECHANGE入社。家庭向け電力切替事業において比較サイトやコールセンターを活用した切替スキームの事業開発に従事した後、25年7月から現職。

当社は2014年から電気・ガス比較サイト「エネチェンジ」を運営し、自由化とともに成長してきた。自由化から10年、需要家と供給事業者、双方のデータを通して、比較プラットフォームだからこそ見えていた景色がある。制度変化が事業者のプラン設計や競争環境を変え、需要家の行動も変容してきた。「初めて選ぶ」から「選び直す」へ―切り替えの質は、この10年で確実に変わった。一方で、大手電力のシェアは依然として約7割を占めている。切り替えの質は変わっても、すそ野の広がりはまだ道半ば―自由化10年の現在地を示す二面性だ。

この10年を振り返ると、制度や市場環境の変化を背景に需要家の行動を大きく動かした局面が三つある。

第一局面は自由化初期(16~20年)だ。経過措置料金という「基準」の存在が、新電力の価格競争を加速させた。各社は経過措置料金を下回る料金設定で顧客獲得を競い、積極的な販促活動も展開された。当社経由での新電力への申し込みも拡大し、需要家の一部が「電気を選ぶ」という行動を起こし始めた時期だった。

価格高騰で多数が撤退 受け皿となった新電力も

第二局面は21年冬から22年にかけての市場価格高騰・相次ぐ事業者撤退だ。寒波とLNG在庫のひっ迫が重なり、JEPX(日本卸電力取引所)スポット価格は一時200円/kW時を超えた。販売価格へのコスト転嫁が追いつかなかった新電力は逆ザヤ状態に陥った。市場の混乱はインバランスコストの急増をも招き、帝国データバンクによれば、登録新電力約700社のうちピーク時には約2割が撤退・倒産に至った。

当社にも22年4月だけで需要家からの電話・メール合計1万8500件の問い合わせが殺到し、約3カ月間で撤退事業者からのスイッチングを4万5000件以上支援した。新規申込を受付停止する事業者が相次ぐ中、受け皿として踏みとどまった新電力数社の存在が、この局面を支えた事実もここに記録しておきたい。

第二局面で見逃せないのが、経過措置料金の構造的な問題が表面化したことだ。市場価格の急騰により、自由料金より経過措置料金が安い逆転現象が生じた。当社でも、22年12月の経過措置料金からのスイッチング比率は前年同月比で約44%低下した。需要家が経過措置料金の水準に大きく影響を受けていることがわかる。また、電力取引報によれば、22年12月の新電力などからみなし小売電気事業者へのスイッチング数は前年同月比で約2.7倍に増加した。自由料金への切り替えを含む数字だが、経過措置料金の「戻れる選択肢」が自由化の深化にどう影響しているか―改めて問われるべき論点だ。

第三局面は24年以降の市場再起動だ。背景には、旧一般電気事業者7社による経過措置料金の値上げ、市場価格の落ち着き、そして調達コストを販売価格に転嫁するプランの設計が定着し始めたことがある。22年時点で当社サイトの掲載プランは、全て旧一般電気事業者と同じ燃料費調整計算式を用いるプラン(燃料費調整額の上限なし含む)だったのに対し、24年には各社独自の燃料費調整制度を設けた独自燃調プランや、市場連動型プランの掲載が約4割を占めるまでに拡大しており、この変化を裏付けている。プランの種類が広がるとともに、「安いプランを探す場所」から「自分に合ったプランを見極める場所」へと、比較サイトとしての役割も変化した。

【特集1 電力小売り全面自由化10年の教訓】規制のゆがみが招いた勝者なき戦い 安定供給阻害しない競争へ転換できるか

小売り全面自由化を契機に市場競争が進展し、この10年の電力業界はまさに激動の時代だった。大手電力と新電力が入り乱れての需要争奪戦は、電力ビジネスに何をもたらしたのか。

2000年以降の自由化部門の段階的拡大を経て16年4月、電力小売り事業が満を持して全面自由化された。電力10社による独壇場だった約8兆円の市場が新たに開放され、4年後の送配電部門の法的分離により、大手電力会社による地域独占体制が名実ともに崩壊。激しい競争時代の幕が開いた。

家庭向け電力市場には当初から、実に多くの新電力が参入し、百花繚乱の様相を呈した。消費者の節約意識を喚起し、電気料金が割高な多消費世帯を中心に切り崩し。特に目立ったのが、業容拡大による収益力強化を狙った、ガス、石油、通信、ケーブルテレビ、スーパー、鉄道といった一般家庭を顧客基盤に持つさまざまな異業種からの参入だ。ある都市ガス会社の幹部は、「ガス需要の頭打ちが予想されていた中で、電力事業は新たな伸びしろとして最適だった」と参入の動機を振り返る。

都市ガス小売り全面自由化を翌年に控え、ガス会社は大手電力会社や他の新電力より一足早く電気とガスのセットメニューを展開することができた。セットメニューに加え、日本市場の独自性の象徴とも呼べる「ポイント活動」との連携も当初から活発だった。楽天、PayPay、ドコモ、auなど既存の仕組みに加え、大手電力や新電力独自のポイントも新たに登場し、消費者の囲い込みに大きく貢献してきた。

新電力シェアの推移のイメージ(「電力取引報」を基に作成)

参入促進へさまざまな措置 大口分野にも波及

一方で、電力小売りを専業とする独立系事業者も台頭し、規制料金よりも格段に安い料金メニューを展開する新電力や、再生可能エネルギーを活用し環境志向を訴求する「再エネ系新電力」が存在感を見せた。

こうした勢力の進出を後押ししたのが、全面自由化後に取引量が飛躍的に拡大したJEPX(日本卸電力取引所)のスポット市場の存在だ。小売り事業者には便宜上「供給力確保義務」が課されてはいたが、100%市場調達が許容されたことが参入を容易にした。再エネ系新電力と言っても、実態は市場調達した電気と非化石証書の組み合わせだ。

資源エネルギー庁は、新電力が大手電力と同じ土俵で戦えるよう、さまざまな競争促進策を講じてきた。例えば17年度には、大手電力に自社の発電部門と小売り部門の取引をJEPXのスポット市場を経由して行うことを求める「グロスビディング」を開始(23年10月廃止)。大手電力の社内取引の一部を市場を通じて行うことで、市場の流動性向上と価格の透明性確保や変動の抑制を図った。この効果か、翌18年10月には、全面自由化した当時は2%に過ぎなかった電力総需要に占める市場取引の比率が30%を超え、登録事業者数も当初の300社程度から500社超に増えた。

大手電力には、限界費用による余剰電力の市場への供出が求められたため、自前の発電所を持たず発電事業者と相対契約を結ばずとも調達でき、かつ大手よりも競争力のある料金メニューを提示できたことは新電力の競争力の源泉となった。さらに、19年度以降の「間接送電権」(市場分断時のエリア間値差をヘッジする仕組み)の導入により、送電容量を確保せずに安価なエリアから電気を調達することができるようになったことも、新電力に優位に働いた。
市場調達による安価な電気は、全面自由化以前からPPS(特定規模電気事業者)と呼ばれる新電力が参入していたものの、競争が限定的だった特別高圧・高圧部門の世界にも劇的な変化をもたらした。膨大な電力を消費する大口需要家ほど、わずかな単価の差であったとしても大幅なコスト削減につながる。そこに目を付けた新電力が多数参入し、家庭用以上に激しい切り替え営業を展開。ピークの21年8月には、高圧部門の新電力シェアは30%近くに達した。

このように当初、自由化は順調に進展しているように見えた。だがその裏で指摘されていたのは、過度な市場への依存が安定供給を毀損するリスクへの懸念だ。大手電力による限界費用での玉出しは、短期的には広域メリットオーダーを実現する効果が期待できるが、電源投資や燃料調達の予見性を失わせ、中長期的には供給力の過小投資を招きかねない。その懸念は、20~22年に断続的に発生した、市場の混乱とエネルギー危機で現実のリスクとしてあらわになった。

【特集1 電力小売り全面自由化10年の教訓】新規参入促進から規律重視に 「責任ある事業者」へ転換必要

資源エネルギー庁は、これまでの参入促進から規律重視へと政策を転換させた。これからの小売り事業者に求めることとは。小柳聡志氏に話を聞いた。

【インタビュー:小柳聡志/資源エネルギー庁電力産業・市場室長】

こやなぎ・さとし
京都大学経済学部卒。2005年経済産業省入省。東日本大震災後の11年3月から15年8月に電力システム改革を担当。原子力損害対応室長、内閣府国務大臣秘書官などを経て24年10月から現職。

―小売り全面自由化の成果についてどう評価していますか。

小柳 東日本大震災前までは、大手電力会社による地域独占、一貫体制の下、エリアごとの安定供給確保が重視されていました。震災をきっかけに、エリアを超えた安定供給確保が強く意識されるようになり、小売り全面自由化を含めたシステム改革の一環の中で、全国大で電力融通できるよう設備形成が進んだことは大きな成果だと考えています。また、東京電力と中部電力の火力事業を統合しJERAが誕生するといったダイナミックな動きも、自由化がなければ起きなかったでしょう。

―JERAを除けば業界構造はあまり変わっていません。

小柳 統廃合や再編は必ずしもシステム改革の目的ではありません。とはいえ、登録ベースで800、実稼働でも550もの新電力が参入し、まだまだ参入してくる新規事業者がいることは予想外でした。規模の大小問わず、多様な特徴を打ち出しビジネスを展開することは望ましいことですが、一方で、もう少しダイナミックな動きがあってもよいかもしれません。

顕在化した自由化の課題 費用負担の在り方にメス

―その半面、電源投資不足が深刻化しています。

小柳 今後、データセンターの新設などに伴う電力需要増が予想され、それに対応するための供給力を脱炭素電源で確保していかなければなりませんし、送電インフラの整備も欠かせません。小売り事業者が利益を追求することは当然のことですが、過去には、スポット市場に依存し過ぎたばかりに、価格が高騰した際に多くの事業者が供給停止や撤退を余儀なくされる事態に陥りました。公益的な役割の担い手である以上、利益を追求するだけではなく安定供給への責任を果たすべきであり、政府としても、そのような方向で制度議論を進めています。

―小売り事業者の供給力(kW時)確保義務や中長期取引市場の検討ですね。

小柳 今般の中東情勢を踏まえても、供給力確保義務の履行を通じて発電投資や燃料調達の予見性を担保することは、どのような状況下でも小売り事業者が安定的に電気を調達し需要家への供給を継続するために意味のある措置です。確かに、自由化当初は、参入者を増やすことが政策目的の一つとなっていました。ですが10年が経過し課題が見えてきた中で、小売り、発電、送配電、そして需要家を含めた皆が、安定供給に寄与するよう負担のリバランスを図っていかなければなりません。一方で、電気料金が高く振れると国民生活や経済活動に大きな影響があることは紛れもない事実です。そのため、価格変動が一定の幅で収まるような制度を目指す必要があると考えています。

【特集1 電力小売り全面自由化10年の教訓】先駆者たちが語る新電力の現在地 直面する問題と政策への注文

数年前の燃料価格高騰時の大混乱を経て、また新規参入が増える局面となっている。荒波を乗り越えてきた大手新電力関係者が今の小売り市場を巡る問題を語り合った。

【座談会出席者】

中野明彦/ソフトバンク特任役員GX推進本部本部長兼SBパワー取締役)

都築実宏/auエネルギーホールディングス社長

犬養 淳/東急パワーサプライ副社長


左から犬養氏、都築氏、中野氏

―イラン有事を受け、2021~22年の燃料価格高騰局面と似た状況になりつつあります。当時講じた制度がどこまで機能し、小売り市場にどう影響すると見ていますか。

犬養 今はまだ動向を注視している状況です。いずれにしろ平時でも小売りが厳しい状況であることは変わりませんが、それでも小売りの旗を降ろすつもりはありません。スマート領域やカーボンニュートラル(CN)領域などの価値をいかに訴求していくか、という方が、社内的には重く長期的な課題です。

都築 21~22年度のウクライナ戦争前後の高騰は燃料高から始まり、今の市況は当時に似た状況が見て取れます。一方、20年度の冬はLNGがまさに日本に来なくなり、取り合いの構造となりました。今回も長期化すると20年度のような状態に陥ってしまうのでは、という懸念はあります。かつて講じたさまざまな政策が今回機能し、価格抑制できるのかという点には正直疑問です。

中野 需給ひっ迫時のインバランス料金の上限(暫定措置の1kW時当たり200円が26年10月から300円)は予備率の低下や燃料不足に対しての措置であり、今回のような燃料価格高騰を直接補てんするようなものではありません。今後、燃料価格がさらに高騰し、高止まりする状況が続いた場合には、小売り事業者は料金の問題に直面することになり、各事業者が事前にどんな手を打ってきたかが、再度試されることになります。一番深刻なケースは、やはり中期的な燃料不足に陥ることで、万が一そうなれば一事業者の話ではなく、国全体の問題となります。

都築 前回高騰後の変化として、政府が小売り事業者のリスクマネジメントのガイドラインを示しました。顧客のリスクヘッジとしてサービス・料金メニューの工夫などを求める内容です。それ以降、電源調達の多様化や先物の活用などが広がっており、小売りが今回どこまで耐えられるのかという点では、前回とは違う状況になると思います。

【特集1 電力小売り全面自由化10年の教訓】高まるリスクマネジメントへのニーズ 中長期市場は先物取引にシナジーもたらす

【インタビュー:石崎 隆/東京商品取引所(TOCOM)社長】

―ホルムズ海峡が事実上封鎖され、LNG価格が上昇しています。改めて電力先物取引の重要性が認識されそうです。

石崎 電力先物市場は2019年のスタート時は参加企業が13社でしたが、ウクライナ危機などでリスクヘッジの重要性が認識され、現在は200社まで増えました。一昨年に三菱UFJ銀行が参入して以降、信用力が向上し、取引量も昨年は前年比5倍と急拡大しました。今回のイラン危機で大きな価格変動に直面し、リスクマネジメントの手段として先物を活用する機運はさらに高まるでしょう。

―ご自身も経済産業省時代に制度設計に携わっていました。自由化の意義をどう考えますか。

石崎 登録ベースで800社を超える事業者が参入し独自プランを提供するようになり、消費者の選択肢が広がったことは大きな成果です。一方、ベースロード電源が失われ、供給の脆弱性が顕在化しました。小売りの自由化と安定供給の両立をどう担保できるかが今後の課題です。

―小売り事業者への量的な供給力確保義務を課すとともに、中長期市場導入が検討されています。

石崎 先物取引と相乗効果のある制度だと認識しており、電力先物と現物取引の連携サービス「JJ-Link」を供給力確保義務の充足手段として認めていただきたい。約定から決済までの期間が長くなりますから、信用リスクへの対応がこれまで以上に重要になります。先物市場で培った知見を生かし、信用リスクへの対応も含めた中長期市場の構築や運営にも貢献したいと考えています。

【特集1まとめ】全面自由化10年の教訓 電力小売りを巡る変遷と課題

2016年4月に電力小売り全面自由化がスタートしてから10年が経過した。
この間、新旧電力による「百花繚乱」の顧客争奪戦が展開された。
その一方で、異常気象やLNG不足、国際エネルギー価格高騰に伴う市場の混乱など、
さまざまなリスクに直面した10年間でもあった。
これらの教訓を踏まえて今、小売り事業者の在り方が見直される局面を迎えている。
産官学の関係者への取材を通じて、小売り事業が抱える課題と将来像を浮き彫りにする。

【アウトライン】規制のゆがみが招いた勝者なき戦い 安定供給阻害しない競争へ転換できるか

【インタビュー】高まるリスクマネジメントへのニーズ 中長期市場は先物取引にシナジーもたらす

【インタビュー】成果あるも競争の質はやや期待外れ 規制料金は合理的変更が必要

座談会】先駆者たちが語る新電力の現在地 直面する問題と政策への注文

【寄稿】需要家の行動を左右する制度設計 次の10年の鍵は「選ぶ力」の醸成

【インタビュー】新規参入促進から規律重視に 「責任ある事業者」へ転換必要