温暖化将来予測はあくまで仮説 CO2の影響範囲見極めを


【気候危機の真相Vol.02】田中博/筑波大学計算科学研究センター教授

近年の温暖化は人為起源との仮定を基に「気候危機」が叫ばれているが、予測はあくまで仮説だ。不確実性があるにもかかわらず、巨額を投じて温暖化対策を実施することは、正しい選択なのか。

日本国内では、「地球温暖化は人為起源によるもので、科学的には疑いがなく、今すぐ対策を講じないと取り返しがつかなくなる」と信じている人が大勢いる。「この問題は温暖化対策に消極的な大人たちの責任であり、将来を担う子どもたちに環境破壊のつけを残してはいけない」と、一部の政治家やマスメディアが声高に主張する。とても扇情的な内容だが、果たして本当だろうか。筆者は、近年の温暖化の半分は自然変動で、科学的には疑いが残っており、その不確実性から今すぐ膨大な国費を費やして対応するには問題があると考えている。「かけがえのない地球を守る」という美しすぎる枕詞で始まる温暖化脅威論に異議を唱える者はいないだろうが、不確かな将来予測を根拠に毎年何兆円もの血税が使われることには、はなはだ疑問を抱いている。

気候変動には人為起源の温暖化のほかに、化石燃料の放出とは無関係の自然変動が必ず含まれている。従って、温暖化の将来予測では、この自然変動を差し引いて考える必要がある。この二つが正しく分離されないと、温暖化対策と称して甚大な経済的損害を被ることになる。ところが、現在の気候モデルでは、過去の長期的な自然変動を正しく表現できないことが、一般にはあまり知られていない。


人為起源はどの程度か 絶対ではないIPCC報告

図は、欧米の主要な研究機関による気候モデルを過去1000年間にわたり走らせた結果の気温変化である。長周期変動を引き起こすメカニズムが組み込まれていない(分かっていない)ので、流体の揺らぎとして発生する内部変動(これも自然変動の一部)を除けば、長周期変動は存在せず、トレンドもない。一方、近年観測された温暖化(100年で0.7℃)は、モデルの自然変動(ここでは内部変動)では説明できない温度上昇となっている。よってこの部分は人為起源のCO2の増加によるものである、との考察から、ここだけは人為起源の外力としてモデルに組み込み、モデルをチューニングすることで観測と一致させている。このモデルの結果は、かつて「ホッケースティック」と名付けられた観測結果と同じで、この温度の急勾配を将来に外挿して危機的な将来の温暖化が予測されているのである。しかし、こうした結果がおかしいことは明らかだ。

モデルによる過去1000年の温度変化(左)と、過去100年の観測による温暖化(近藤 2003)

最新のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次報告では、西暦1000年ころには中世の温暖期があり、1500~1800年ころには小氷期があったとされ、最近の200年間は100年当たり0.5℃のリニアートレンドで気温が上昇している。この1000年スケールの変動は、人為起源ではなく自然変動であることは確かである。その大振幅の自然変動を気候モデルは再現できないので、図のように真っ平らな気温変化にしかならないのだ。もし、この長周期の自然変動の原因が今後解明され、過去1000年の大きな変動とともに、近年200年間のリニアートレンドが自然変動で再現されたとすると、人為起源にその原因を求めた気候モデル予測の根拠は総崩れとなる。温暖化の半分は自然変動ということになり、100年後の温暖化はたかだか1℃程度になる。

温暖化の「科学」は決着したのか 議論を封殺する風潮に異議あり


【気候危機の真相Vol.01】杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

急進的な温暖化対策を求める声が強まるが、その前提とされる科学的議論は果たして決着したのか。大手メディアがあまり取り上げないさまざまな「事実」について、専門家のリレーで徹底検証する。

いま日本では、次の「物語」が共有されている。「地球温暖化が起きている。このままだと生態系は破壊され、災害が増大し、人間生活は大きな悪影響を受ける。温暖化の原因は化石燃料を燃やすことで発生するCO2であり、2050年までのCO2排出量実質ゼロが必要。温暖化対策は待ったなしの状態である」と。メディアは、物語がいったん出来上がると、それに沿って取材をする。つまり物語に合うエピソードだけを拾い集めてそれを強化するという「確証バイアス」がある。

さらに、行政・政治が強く関与した科学は大きくゆがむことがある。旧石器時代の遺跡が捏造された「ゴッドハンド事件」が最悪の例だ。地球温暖化の「科学」は「明らか」とする意見が声高に言われるが、本当に大丈夫なのだろうか。

本稿では、50年までのゼロエミッションなどの極端な対策が必要という意見を温暖化「脅威論」。温暖化自体は否定しないが、そこまで極端な対策は不要との意見を「懐疑論」とし、その是非を論じていく。

米国の半分が懐疑論 科学者も議会で証言

米国の世論は日本とは全く異なり、脅威論と懐疑論のバランスが拮抗している。①温暖化は党派的な問題で、共和党支持者は懐疑論であること、②既存の権威や学説に挑戦する科学的態度が尊重されること、③これらを反映してバランスが拮抗した報道がなされていること―といった理由からだ。

米国の調査機関ピューリサーチセンターが、米国の福祉にとって何が重要な脅威かを聞いた調査結果がある。注目されるのは「気候変動」について、民主党支持者の84%が重要な脅威と答える一方、共和党ではわずか27%にとどまることである。米国政治は党派で大きく分かれているにせよ、ほかの問題ではここまで開きが無い。気候変動こそが、もっとも党派間で意見が対立する問題となっている。

日本で脅威論を否定するとバカ扱いされる傾向にあるが、米国では違う。共和党支持者がここまで脅威論を否定するのは、科学に無知だからではなく、十分に知識を持った上で否定していると見る方が妥当であろう。

米国では、多くの科学者が議会で脅威論を真っ向から否定しており、特に有名なのはアラバマ大のジョン・クリスティである。彼は地球規模の気温測定の第一人者で、「UAH」の略号で知られる重要な気温データセットを40年間構築、発表し続けてきた。その彼が17年の議会証言で用いたのが次頁の図である。データはそれぞれ、①IPCC(気候変動に関する政府間パネル)で用いた気候モデルによる熱帯の空の温度上昇予測の平均(周囲の細い線はさまざまなモデルによる予測)、②気球による観測、③リモートセンシングによる衛星観測、④②③などの観測データを総合的に再分析した推計値―となっている。

クリスティが米国議会証言で用いたデータ


この図を用いてクリスティは、熱帯の空の温度上昇は予想されたほど起きず、気候モデルはいずれも大外れだったと断じた。その主張を詳しく論じることはほかの機会に譲るが、指摘したいのは、「日本の議会・政府・大手メディアは、このような意見をきちんと聞いているか。このような図を見て、検討したことがあるか」ということである。こうした脅威論への強力な反対意見を、ほとんどの人は知らないのではなかろうか。

【記者通信/10月28日】後手に回る再エネトラブル対応 量追求の政策から卒業を


菅義偉首相の「2050年脱炭素化」宣言を受け、各省庁が再エネ主力化政策のテコ入れに着手し始めた。経済産業省や環境省の動向に加え、河野太郎行政改革相が意欲を見せる再エネ関連の規制緩和の行方が注目されている。

ただ、12年のFIT導入以降、各地で再エネトラブルの発生が後を絶たない。特に目立つのが小規模太陽光だ。法に基づく環境アセスメントの対象外であり、再エネ開発の経験がない事業者も多い。こうした事業者が、土地規制のないエリアだからと言って山を切り崩したり、近隣住民の生活に影響を与えたり、といった乱開発を引き起こしている。

一方、風力は太陽光よりもノウハウが必要で、ある程度の規模の企業が関わるケースが多い。ただ、太陽光ほど目立ちはしないものの、風力でトラブルに巻き込まれる地域も少なからず存在する。例えば山形県鶴岡市では、大規模ウインドファームの計画が立ち上がり、事業者は8月上旬から環境アセスメントの手続きを開始した。しかし地元への事前説明をおろそかにし、合意形成に失敗。すぐに反対運動が巻き起こり、アセス開始から1カ月足らずで白紙撤回する羽目になった。

実は当該エリアは、出羽三山神社などが日本遺産に認定されている山岳信仰の聖地。実際に足を運んでみると、景観のすばらしさと神聖な趣に圧倒される。市街地から離れた場所にあるが、平日でも多くの観光客が訪れていた。この地での大規模風力計画に、地域の関係者が一致団結して反対するのも頷ける。事業者は恐らく風況の良さからこの地域に白羽の矢を立てたが、住民の宝である景観や文化に対する配慮に欠けていた。

出羽三山神社の三神合祭殿(残念ながら萱屋根の修理中)
ここにお参りすれば出羽三山を構成する3つの山を参ったとみなされる
神社の麓の入り口にある随神門。ここより内側が神の領域に
麓には宿坊街が広がる

これまで何度か再エネトラブルに見舞われた人々に話を聞く機会があったが、多く聞かれたのは「再エネ拡大自体は賛成だが、むやみな開発を止める手立ては必要」という意見。これからは「再エネが増えるならなんでもよし」という訳にはいかない。きちんとした発電事業を営むという意識に欠ける事業者の退出を促すことも必要だ。再エネ業界でも、エネルギー事業者として社会的責任を果たすという意識を持った企業が集まった「再生可能エネルギー長期安定電源推進協会(REASP)」が昨年末発足するなど、現状の是正に向けた動きが出ている。規制緩和で再エネ導入量だけを追求するのではなく、望ましい形の事業が増えるよう、再エネ規制の在り方についても議論を深める必要がある。

脱「原発・石炭」政策の強行で暗雲 矛盾を隠せないドイツのエネ改革


気候危機の真相Vol.07】川口マーン惠美/作家

脱原発に続き脱石炭を強行するドイツだが、代替となるべき風力やガス開発も順調とは言い難い。国民はCO2削減の必要性を信じてやまないが、エネルギー改革の矛盾は隠せなくなりつつある。

コロナでドイツへ帰りそびれ、ようやく7月、5カ月ぶりにフランクフルト空港に降り立った。現在、国内線が飛んでいないため、ここが飛行機での終着駅だ。そこから家族の迎えの車で約5時間、旧東独のライプツィヒに向かう。

アウトバーンの両脇は、たいてい森や、牧草地や、茫々としたただの空き地だが、走っても走っても風車が目に飛び込んでくる。場所によっては地平線の彼方まで見渡すかぎりの風車の林。巨大な羽が殺風景な風景の中でグルグル回っている様は、あまりにも無機質で気味が悪い。私はいつも、第3次世界大戦で人類が死に絶えた後はこういう光景になるのではないかと、想像を逞しくする。

本来、ドイツ人というのは景観をことのほか大切にする人たちだ。森に対する愛着は半端ではないし、バルト海の洋上タービンは岸から見えないほど遠くに立てる。突拍子もないデザインや色彩の建造物は、個人の住宅でさえ許可されないことが多い。そのうえ都市計画や造園も上手で、そこには自然への愛着のみならず、遠大な哲学までが織り込まれる。だから、今でも分からないのだ。そこまで自然と景観にこだわる人たちが、なぜ、このおぞましい風車の乱立を看過しているのかということが。

近くに行けば分かるが、風車は巨大で、羽が上がった時の全体の高さが150mに達するものもまれではない。だから、支柱も、それを支える基礎もすべてコンクリート。もし、いつかこれらが不要になったとき、この巨大なコンクリートの塊が速やかに撤去されるとは思えない。基礎部分はそのまま放置されるのではないかと想像すると、風車の林は、私の目には悲しくなるほどの自然破壊に映る。ドイツ人は、取り返しのつかないことをしているのではないか。

代替電源には程遠い風力 温暖化対策拡充で国民負担増

ドイツ政府の掲げているエネルギー政策は、2022年末までに6基残っている原発を止め、さらに38年までに、現在90基余りの石炭・褐炭火力発電所をすべて止めるというものだ。これによってベースロード電源がゴッソリ減るが、その分は風力で代替する(太陽光は設備容量は大きいが、ベースロードとしては当てにされていない)。そして、50年までにCO2を、1990年比で80〜95%削減するのが目標である。

ただ、風車で石炭・褐炭火力発電所1基を代替しようとすれば、およそ850基、原発なら1330基が必要だとか。ドイツには既に2.7万基の風車があるが、もちろん足りない。しかし現在、立地の制約や、近隣住民による反対運動で工事が行き詰まっており、困ったドイツ政府は8月、建設を加速するために「投資促進法」という法案まで作った。これにより、住民訴訟は一足飛びで上級裁判所の管轄となり、これまでのように控訴で長々と建設が中断する事態が避けられるという。考えようによれば、国民の権利を縮小させる強権的な法律である。

ただ、根本的な疑問は、ドイツが風車を何万基も立てれば、世界のCO2が減るのかどうかだ。ドイツの排出分など全体からすればたかが知れている。しかも、CO2が減ったとして、それで地球温暖化が止まるのか? 本誌の読者なら、CO2と温暖化がそれほど深い相関性を持たないらしいことは既にご存知だろう。ちなみに、ドイツ人が本当に効果的にCO2を削減したいなら、CO2フリーの原発を安全に留意しながら利用する手もあるはずだが、なぜか、その議論はタブーだ。

業界の課題解決につながるか スマート保安への期待と課題


【多事総論】  話題:スマート保安

次世代技術を活用し、安全性と効率性を追求する「スマート保安」推進の議論が始まった。関係者の期待通り業界の課題解決につなげるには、どんな取り組みが求められるのか。

<合理的なシステム構築に期待 データ取得への理解や技術習得に課題も>

視点A:本多隆/電気保安協会全国連絡会事務局長

本年、スマート保安官民協議会の設置など、経済産業省と関係業界においてスマート保安推進の動きが始まっている。ここでは、スマート保安への期待や今後の展望などについて個人的な考えを含めて述べたい。

電気保安協会の業務の柱の一つとして、自家用電気設備の保安管理業務がある。これはビルや工場などの高圧電気設備の保安管理で、定期的な点検のほか、工事の際の監督・検査、事故時の対応・応急措置、電気設備の改修などのコンサルティング、国に対する手続きの支援などからなる。

全国の電気保安協会10法人が受託する件数は39万件に達する。自社設備ではなく、お客さま設備の保安管理を受託する業態であるが、一次産業から三次産業まであらゆる業種の民間施設のほか、公的施設やマンションまである。対象の設備は、電気を受変電・消費する、従来からある設備に加えて、太陽電池などの発電設備や電気自動車充電設備など、設備の種類もますます多様化している。また、日本社会全体の電気への依存度が高まっており、停電事故防止の要請が強くなるとともに、激甚化する災害への対応も求められているのが最近の傾向である。

一方、電気保安協会では次のような課題を抱えているが、これらは保安協会に限ったことではないと考えられる。

一つ目の課題は、保安人材確保と人材育成である。工業高校電気科卒業生の減少が止まらない。残念なことに、少子化のスピード以上に減少しており、2000年に2万2000人だった卒業生が15年には1万4000人に減少している。大学などの強電の学科も同様に減少傾向にあり、他業種を含めて電気技術者の新人採用が困難化している。一方で、従事者の高齢化が進展しており、就業支援措置を講じても、体力的な問題などで退職抑制には限界がある。また、求められる技術が多様化・高度化しており、人材育成も課題となっている。

第二の課題は、現場技術者の負担軽減と効率向上だ。夜間や酷暑での作業だけではなく、災害時対応などもあるため、高齢者の退職抑制だけではなく、若者や女性も含めて、労働環境の一層の改善が必要である。また、保守管理費の抑制は常にお客様のニーズとしてあり、業務効率向上も課題である。

グループ化や外部委託も選択肢 現行制度見直しも必要

こうした課題への対応策として、スマート保安への期待は小さくない。電気保安協会では、これまで低圧部の絶縁監視装置の設置に積極的に取り組んできたが、今後、各種センサー、ドローンやAIなどを活用したスマート技術による、監視・分析の高度化が期待できる。既にいくつかの技術開発に取り組んでいるが、本年度の経産省の技術実証事業にも参画する予定である。

技術者による点検の全てをすぐにスマート保安技術で置き換えることはできないだろうが、常時遠隔監視、AI分析といったスマート保安のメリットと技術者の優れたところの、最適な組み合わせが今後、目指していく方向だと考える。

なお、スマート保安の推進のために、取り組むべきことは少なくない。第一に、スマート保安技術の開発・実用化が必要であるが、保安協会単独のリソースには限りがあり、官民協議会の活動などを通じて、ほかの研究機関や業界などとの協力をいただければ大変ありがたい。第二に、お客さま設備であり、費用面に限らず、スマート保安の意義や装置の設置、データ取得についてもご理解いただく必要がある。第三に、スマート保安技術の実際の業務への取り込みが必要だが、技術者として習得すべき技術・技能が多様化・高度化している現状で、さらにスマート保安技術の習得が必要となる。

従来、一つのお客さま設備は一人の技術者が担当することが原則であったが、医者の世界で主治医とは別に病理などの専門医がサポートするように、スマート保安による監視・分析専門グループを作ることも選択肢になるのではと個人的に思う。このことは選任技術者の場合も同様で、現状では特別高圧の自家用設備の保守管理の外部委託は認められていないが、スマート保安を契機に、海外と同様、外部委託も選択肢になり得るかもしれない。

以上、スマート保安技術に関する期待などについて述べたが、実現のためには現行の国の制度の見直しが必要になることも考えられる。社会全体で、より合理的な保安管理システムの構築ができるよう国に期待するとともに、電気保安協会においてもしっかりとした対応が必要となる。

ほんだ・たかし 1982年大阪大学工学部卒。官公庁、関東電気保安協会などを経て、2019年から現職。本年出版された「海外における電気需要設備の保安制度」を執筆。

温対計画見直しが始動 NDC引き上げが焦点


地球温暖化対策計画の見直しに向け、中央環境審議会と産業構造審議会合同の初会合が9月1日にあった。国別目標(NDC)の引き上げが焦点だ。

日本政府は3月末、パリ協定およびCOP21決定に従い、NDCを国連に再提出。2030年26%削減というCO2の目標値は据え置きつつ、新たな目標については「エネルギーミックスと整合的に、さらなる野心的な削減努力を反映した意欲的な数値を目指す」と付け足した。

当初、年末に予定されていたCOP26をターゲットに温対計画見直しが進むはずだったが、コロナ禍でCOPが1年延期に。来年策定される新たなミックスの議論を横目に見ながら、NDC引き上げの検討が可能になった。小泉進次郎環境相の再任で、この流れに一層追い風が吹きそうだ。

ただ、NDCの引き上げは、結局ミックスの非化石電源比率次第。さらにコロナ禍で傷んだ経済をこれ以上悪化させないという論点も重要になる。欧州発の「グリーンリカバリー」などの論調に振り回されることなく、慎重な議論が求められる。

多様化迫られるエンジ業界 狙うは環境・デジタル分野


【業界紙の目】宗敦司/エンジニアリングビジネス編集長

海外の石油・ガス・石油化学の大規模プロジェクトを中心分野としてきたエンジニアリング産業。だが脱炭素化や新型コロナの影響で、その転換を迫られている。狙うは環境とデジタル関連分野だ。

日本機械輸出組合がまとめた、2019年度の海外プラント成約実績は、前年度比で約半減の66億ドルという結果となった。同調査開始以来の低い数字である。このような結果となった要因は、日本のエンジニアリング会社が得意とする、LNGや石油化学といった大規模プロジェクトの投資決定が遅れたことにある。

LNGプロジェクトでは、需給が緩和してきているため、もともと遅れ気味であったところに新型コロナウイルス感染拡大が加わって、全世界で燃料需要が低下したことで、さらに遅れに拍車を掛けた。既に日本のエンジニアリング会社の受注が決まっているモザンビークのLNGプロジェクトや、受注可能性の高いカタールLNGなどの巨大プロジェクトでも最終投資決定や入札プロセスが遅れた。

IHIが建設した米国のエルバLNGプラント

このような状況の中で、19年度の受注は大きく低下。ただ、今年度に関しては大型プロジェクトの動きも出始めており、受注回復が見込まれているところではある。

だが、この先については不透明だ。コロナの影響の問題に加えて、脱炭素化の進展が早まっていることが影響を及ぼしている。石炭火力からのダイベストメント(投資撤退)が世界の潮流となっているが、石油精製に関しても、米国の著名なアナリストが石油業界の会議で「グラスルーツの製油所はもう造れない」と述べて物議を醸した。LNGプロジェクトですら、当面は多数のプロジェクトが動いているが、将来的には継続できない可能性が指摘されている。

最近では米国シェール企業が同市場からの撤退を始めている。米国のLNGプロジェクトの一部では既に、出資から引き上げる企業が出始めているなど、LNGとて安泰とは言えない。

巨大案件での強みが裏目 「リスク請負業」に

また、前述の成約実績の中身を詳しく見ると、過去の受注拡大期でも、成約金額の約7割が1件当たり1億ドル以上の大型案件で占められることが多い。つまり日本のプラント輸出は、大型案件に強みがあるということ。これは海外のエネルギー企業から大きな信頼を得ていることの証明でもあるのだが、その一方で、価格競争がより重視される中小型案件では日本の競争力がないということも示している。

しかも大型案件は数が多く出てこない上、受注までに非常に時間がかかる。そのためエンジニアリング会社の業績は、大型案件を受注できるかどうかで大きく左右され、非常にボラティリティの大きな業態となっている。

その上、巨大プロジェクトでは当然ながら受注企業が抱えるリスクも大きくなる。ピーク時で1日に数千人、それも多種多様な国籍・言語のワーカーが一つのプロジェクトで働く状況も珍しくない。その中で工事を遅滞なく進めていくのは至難の業であり、遅れればそれだけで大きなコストが発生することになる。

日立基地2号タンク建設が佳境 茨城幹線整備で関東ループ化へ


【東京ガス、東京ガスエンジニアリングソリューションズ】

北関東への都市ガス供給能力拡大の拠点となる東京ガスの日立基地で、2号タンク建設工事が佳境を迎えている。同時に手掛ける茨城幹線ができた暁には、関東広域のループ化が完成し、供給安定性が一層増す見込みだ。

茨城県日立市のJR常磐線大甕駅から車を20分ほど走らせると、日立港区にある東京ガスの日立LNG基地に到着する。近づくと、地上式LNGタンクが2基そびえている。うち1基は、日立市の花である桜のペイントを施した屋根が印象的だ。

建設中の2号タンク
1号タンク屋根には桜のペイントが施されている

2016年3月に供給を開始した日立LNG基地は、東ガスが東京湾外に初めて建設した基地。その意義について、東ガスの久野泰志・日立LNG基地建設部長は「供給安定性の向上と天然ガスの需要増加に対応するためには新たな製造・供給拠点が必要だと判断し、基地建設を決定。さらに東京湾内に集中するLNG船の分散化を図る、といった意義もあります」と説明する。19年はLNG船が19隻入港し、110万tのLNGを受け入れたという。

約14万㎡と比較的コンパクトな敷地内では、現在、世界最大規模の23万㎘タンク1基が稼働している。北関東は都市ガス需要が点在しているため、ローリーでの出荷も多い。効率的に出荷できるよう、普通の基地ではLNGの重量を計る台貫をレーンと別に設置しているが、日立基地では全てのレーンに台貫を設置している。

そして、近隣でコベルコパワー真岡発電所が運開したことを機に、さらなる需要増を見込み、2基目のタンク建設に18年4月から着手した。20年度末の稼働を目指し、現在工事は佳境を迎えている。

二つの新工法を積極採用 工期を7カ月短縮

タンク建設は、東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)が担う。2号タンクは、1号タンクと同規模の容量で、国内2例目のエレベーターを本設するタンクになるという。その建設工事では、二つの最新工法を積極的に取り入れている。

一つ目は、IHIが開発した「JCMⓇ(ジャッキ・クライミング・メソッド)」だ。東ガスの基地で初めて採用する工法で、国内でもまだ5例目だという。

従来の工法では、外側の防液堤の土木工事が終わらなければ、その次の内槽の機械工事に進めなかった。これに対してJCMⓇのコンセプトは、防液堤の構築と内槽工事を完全に分離し、同時並行の作業を可能にするというもの。工期の大幅短縮だけでなく、タンク内外の工事が互いに干渉しなくなることで、上下での作業時の危険を回避できるようになった。

機械工事は、工事が終わったブロックをジャッキで引き上げ、次のブロックの作業へ、といった流れで進める。そのため、作業位置は地上5m程度の比較的低所に固定。工事が進むほど作業場所が上昇し、高所での作業が発生していた従来に比べて、安全性や作業効率が格段に向上したという。

屋根の設置の仕方も従来とは異なる。工事終盤に空気圧で押し上げるのではなく、内槽工事の進捗に合わせて徐々に引き上げていくのだ。近隣住民が工事を見守っていたら、まるでタンクがにょきにょき育っているように映るそうだ。

電力と通信の連携強化へ 「SRN」の狙いに迫る


脱炭素化やレジリエンス強化を目指すスマートレジリエンスネットワーク。特に注目されるのが電力と通信の連携だ。3人のキーマンに狙いを聞いた。

【座談会】山地憲治/地球環境産業技術研究機構副理事長・研究所長、森川博之/東京大学大学院工学系研究科教授、岡本浩/東京電力パワーグリッド取締役副社長

左から岡本氏、山地氏、森川氏

ーー8月上旬、スマートレジリエンスネットワーク(SRN)が設立されました。脱炭素化やレジリエンス強化を目的に、多様な分散型リソースを利活用するための社会共創の場とする狙いですが、まずは設立の背景を教えてください。

山地 DER(分散型エネルギー資源)の活用に向けた流れが出来ていますが、期待先行のように見えます。VPP(仮想発電所)実証やERAB(エネルギーリソースアグリゲーションビジネス)など政府の支援はあるものの、ビジネス展開の面では十分とは言えない。そのテコ入れのためのSRN設立と理解しています。
 DERを使いこなすためのインフラとしては、電力ネットワークと同等かそれ以上に情報通信ネットワークが重要になります。産業界を幅広く巻き込んで、DERを利用したシステムのビジネス化を考えていきたい。①DERの利用、②防災、安全保障という文脈でのレジリエンス強化、③具体的なビジネス展開――の三つについて、ワーキンググループでそれぞれ検討を深めていきます。

岡本 山地先生のお話を補足するならば、当社として大きいのは、昨年の房総半島台風の教訓をどう生かすかという点です。レジリエンスの強化に向けて、電力会社間の協力強化、あるいは自治体や自衛隊との連携強化などを進めていますが、加えて、DERの利活用にもさらに力を入れたい。その上では、電力ネットワーク会社自らが努力すべきことと、むしろDERの所有者が主役となって、ネットワーク会社はその手助けをすることがあると思います。房総半島台風の経験から、これらをうまく組み合わせれば、より良い形でレジリエンスの強化を図れるのではないか、と考えました。

ーー通信の専門家としてはどう捉えましたか。

森川 通信業界からみると、エネルギー業界は通信インフラを使うお客さんです。そのお客さんの業界で今、ゲームチェンジの可能性が出てきた。集中型から分散型へ、という流れが生まれていることを、興味深く見ていました。
 ただ、ゲームチェンジが起こり得るのはエネルギー業界に限った話ではありません。5G(第5世代移動通信システム)サービス開始は、あらゆる分野にインパクトを与えます。しかし、これだけでゲームチェンジが起きるかというと、そうとも言えない。私は多様性がなければ次のステージに進めないと思います。従来どおり身内の間で同じような話をするだけでは、気付きがありません。気付きの場を持つことは、ICT側にとっても切実な課題です。

岡本 現在、電力では北海道から九州までの9送配電会社が加入し、通信関連ではKDDIと楽天モバイル、NTTグループのNTTアノードエナジーにも参加いただいています。商社や金融機関、シンクタンク、気象協会、防災科学技術研究所なども既に名を連ねています。

【KDDI】大手電力との連携土台に小売り拡大 エナリスのノウハウで競争力向上へ


顧客との接点としてエネルギー事業を重視。大手電力との連携を土台に、小売り事業の拡大を図る。さらに、グループ傘下に入ったエナリスのノウハウを生かして、競争力を高めていく方針だ。

【インタビュー】中桐功一朗/KDDI理事サービス統括本部副統括本部長

ーー自由化当初から電力小売り事業に積極的に乗り出しましたが、その方針に変わりはありませんか。

中桐 コンシューマーとの接点としてエネルギー事業の訴求力を重視しており、通信とエネルギー事業の相乗効果に期待しています。電力・ガス小売りを軸とする当社の方針に変わりはありません。
 電気については全国で「auでんき」を販売。関東、中部、関西、北陸、中国では大手電力小売り部門と連携し、代理販売を行っています。「auでんき」の契約件数は、昨年200万件を突破し、さらにUQ、ビッグローブ、じぶん銀行といったグループ企業も「auでんき」をリブランドして取り扱い、グループ全体で電力小売り事業の拡大を目指しています。また、都市ガスについては大手電力中三社の代理販売という形で取り扱っています。約2400万IDのauユーザーに対し、引き続き当社のエネルギーサービスをアピールしていきます。

ーー通信大手他社は小売り以外重視のようですが。

中桐 今の方針を変えるつもりはありません。当社は発電設備を有しておらず、電力調達の原価削減が切実な課題でしたが、そのための環境整備として、Jパワーと連携し、エナリスをグループ傘下に収めました。電源調達、および需給管理を委託しています。Jパワーのノウハウも活用して、小売り事業の競争力向上につながると期待しています。

ーー配電事業への異業種参入も可能になりますが。

中桐 その考えも今のところありません。他方、当社のエネルギー事業がコンシューマー向けであるのに対し、エナリスでは法人向けにさまざまなサービスを展開しています。電力小売りのほか、新電力事業者への卸販売や需給管理受託、さらにVPP(仮想発電所)関連ではアグリゲーターへのプラットフォーム提供なども手掛けています。脱炭素化や再エネ主力化など、これから期待できる事業領域については、エナリスを軸に考えていきたい。

コロナ禍で戦略練り直しも リモート需要を事業機会に

―auショップ来店客に電気の切りかえを訴求する戦略に、コロナ禍の影響が出ているのでは。

中桐 主軸はショップですが、オンラインでの接点強化にも取り組んできました。ただ、電気の切りかえが来店目的でないユーザーにショップ店員がアピールすること自体難しかったのですが、さらにウェブでどうプロモートしていくかは課題となっています。その点、楽天市場などはウェブマーケットに電力小売り事業をうまく絡めており、参考にしたい。当社もエネルギー小売りや物販、金融、オンラインサービスなどで構成する「au経済圏」の拡大を目指し、EC(電子商取引)サービスを拡充しており、この仕組みをうまく生かしたいですね。

ーー一方、コロナ禍で通信とエネルギー事業の重要性が一層高まっています。

中桐 在宅率が上がり電気代が増えるほど、au経済圏内で使えるポイントがたまりやすくなります。さらに、テレワーク需要を見据えたサービスとして、家庭の通信環境の強化に加え、例えば重要な会議中の停電を回避できるようなサービスもニーズがあると思います。まだ具体的に検討している訳ではありませんが、家庭用のバッテリーや、卒FIT電源を活用したビジネスの可能性は探っていきたい。再エネ拡大、エネルギーマネジメント、家庭の電力・通信環境の強靭化。このあたりにビジネスチャンスを見出していきたいと考えています。

再エネ拡大や発送電分離で課題鮮明に 新国家戦略を問う3火力の実像


石炭・ガス・石油火力それぞれの課題が、再エネ拡大や発送電分離で一層顕在化している。しかし今後の火力の役割を見据えた政策議論はなく、火力政策は漂流しているように映る。

なぜ日本は欧州のように脱石炭に踏み切れないのか―。そんな批判は、今や多くのメディアの常套句になりつつある。欧州では石炭はもとより、天然ガスでさえ「持続可能ではない」といった声が拡大中だ。非効率石炭火力フェードアウトに関する検討開始が発表されても、ドイツや英国のスタンスを引き合いに「日本はまだ不十分」との不満が渦巻いている。

欧州の脱石炭は、深刻な老朽化(図1参照)など地球温暖化対策だけが理由ではないのだが、そんな不都合な実情は棚上げ。そもそも日本には経済性やエネルギーセキュリティ、レジリエンスなどもろもろの観点から、欧州の主張を鵜呑みにできない事情がある。東日本大震災後など、原発が長期停止した時期を支えた電源は火力であり、今は変動性再エネの受け皿としての役割が増している。

図1 日英の石炭火力運開年の比較
出典:日英の主要発電事業者のウェブサイトなどより作成

資源を海外に依存する日本では、複数の燃料をベストミックスで活用しなければリスクヘッジできず、バーゲニングパワーも持つことができない状況は変わっていない。そして災害などに伴う大規模停電からの早期復旧には、やはり火力は欠かせない。しかし、脱炭素化や電力の全面自由化により火力事業を巡る厳しさが一層増しているにもかかわらず、今後の方針については縮小する方向以外、議論は深まっていないのが現状だ。

石炭・ガス・石油火力は、それぞれどんな課題を抱えているのか、実像に迫ってみた。

石油火力の退出加速 発送電分離が決断後押し

21世紀に入り、急速に役目を終えつつあるのが石油火力だ。オイルショックを契機に日本は脱石油政策に舵を切り、石油専焼の新設が原則禁止された中、段階的に電力自由化が始まった2000年以降に休廃止が加速した。ただ、2000年代の原子力発電を巡る不祥事、あるいは11年の東日本大震災後の原発ゼロという非常時には老朽石油火力が活躍。その役割が見直される機会もあった。

しかしここ数年、再び休廃止の動きが加速している。JERAの石油火力は今年4月以降、全基が長期計画停止に入った。老朽化が進む中で、ガス火力が石油の替わりにピークを担うようになり、需給上、コストが高い石油(図2参照)を焚く必要性がなくなってきたためで、「廃止まで踏み切るかは容量市場や卸販売の状況次第」(大関忍・JERA事業開発本部副本部長)。さらに「非常時にすぐ燃料調達できるという利点は、ある程度年間調達量を持っていることが前提。その意味でも、バッファーが大きいLNGに役割がシフトしつつある」(同)と続ける。

とはいえ、LNGは実質13日分程度しか民間備蓄がない点がネックだ。国が備蓄に責任を持つのか、あるいは35日程度備蓄できる石炭がその役割を引き継ぐのか、戦略を練り直す必要がある。

図2 火力電源の発電原価の推移
絶滅寸前の石油火力(写真は武豊火力の廃止設備)

そして4月に実施された発送電分離が、石油火力の休廃止にさらなる追い打ちをかけそうだ。「これからは自社エリアの需給バランスに問題さえなければよく、100%自社設備にする必要もない。余裕を持って設備を保有するという志向ではなくなってきた。地元との関係で閉められない地点以外は、容量市場の約定価格が維持費を下回れば廃止することになる」(大手電力関係者)。ごく少数を除き、日本の石油火力が姿を消す日は迫りつつある。

欧州「脱石炭」の最新事情 国内事情に基づく英独の政策


脱石炭が加速する欧州の中でも、特に英国とドイツでは長年石炭火力が供給上重要な役割を果たした。両国ともCO2対策で使用停止を決めたが、国内事情を反映し、政策決定の歩みは大きく異なっている。

平野学/海外電力調査会調査第一部欧州グループ上席研究員

【英国】CO2排出価格の下支え制度 容量市場で火力の収益改善へ

英国において石炭はエネルギー供給源として基幹的な役割を担い、電力供給でも1990年に構成比65.3%と太宗を占めていた。しかし90年以降は北海のガス田開発が活発化しガス火力への転換が進み、2000年代に入ってガス生産量が減少する中、エネルギー供給の安全保障を確保するため、電力部門で大きな制度改変が進められることになった。

08年に「気候変動法」を定めるなど、英国は気候変動問題に対して世界に先駆けて取り組みを始めた。しかし電力供給構造を見ると、石炭火力を中心に老朽化した発電設備が供給力の多数を占め、その多くが10年以内の閉鎖が想定されるなど脆弱性は否めず、送電運用事業者は、09年に20%あった供給予備力が14年には2〜3%まで低下すると報告していた。

この事態を打開するため英国政府が提案したのが「電力市場改革」(EMR)である。低炭素電源の固定価格買い取り制度を導入する一方、石炭火力の多くが建て替え時期を迎え、石炭のほとんどを輸入に依存していたことから、英国政府が石炭の活用を検討することはなかった。このためEMRではCO2排出量の多い石炭火力の運転抑制を目的に、CO2排出価格の下支え制度(CPS)が導入された。13〜17年にかけてユーロ危機による経済低迷、それに伴うエネルギー需要の伸び悩みなどを背景にEU排出量取引制度(EU‐ETS)の価格がCO21t当たり5ユーロ前後と低迷し、CO2排出削減が思うように進まなかった。13年度から始まったCPSは、英国政府が設定するCO2排出価格の下限値にEU‐ETSの市場価格が届かない場合、その差額を発電用の燃料に課税する仕組みだ。CPS導入により石炭火力の停止が加速することになった。

石炭からバイオマスに燃料転換した英国の発電所
提供:Draxウェブサイト

またEMRでは需給調整に優れたガス火力の収益を確保し、投資を促す仕組みとして容量市場が創設された。14年以降4回の入札が行われ、いずれも目標調達容量を上回る入札容量が集まり、容量確保の役割を果たしている。落札した電源はCCGT(43.1〜47%)、石炭・バイオマス(6〜18.7%)、ガスタービン(4.3〜7.2%)などで、火力発電の収益改善に一定程度寄与すると考えられる。

英国の電力供給に占める石炭火力の割合は19年に2.1%まで減少し、さらに20年4月10日から67日間、石炭火力の発電量がゼロを記録するなど政府が目指す停止期限(24年)を前倒しで達成する情勢である。ガス火力の稼働率も低下し火力発電の事業環境も厳しくなっているが、現時点で電力供給全体として大きな問題とは認識されておらず、現行の政策が継続することになりそうだ。

「数合わせ」の議論から脱却を 火力の将来像を どう描くか


再エネ主力化や石炭火力縮減がフォーカスされる一方、石油火力やガス火力に関する議論は深まっていない。電力事業の市場化や新型コロナ禍の経済悪化、そして将来の脱炭素化を見据え、火力が担う役割とは。

【座談会】荻本和彦/東京大学生産技術研究所特任教授、杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)研究主幹、中澤治久/火力原子力発電技術協会専務理事、山岸尚之/WWFジャパン気候エネルギー・海洋水産室長

右上から時計回りに荻本氏、杉山氏、山岸氏、中澤氏

――非効率石炭火力のフェードアウトばかりが注目を集めていますが、火力政策全体を通じて、どんな課題があるとの認識でしょうか。

杉山 コロナ禍により、3Eの中で安全保障と経済性の重要度が増したと思います。経済性のある石炭火力の重要性が高まりましたし、複合リスク、つまりパンデミックの最中の災害発生時にインフラのオペレーションをどう継続するのか、といった視点も重要です。さらに、国際関係の悪化も大きな要素。中国の一層の強硬姿勢で、日本に対する軍事的攻撃だけでなく、テロやサイバーによるインフラへの攻撃リスクが高まっています。

 これらを鑑みて、電力インフラの強靭化へのテコ入れで、供給源の多様化を進めるべきですが、真剣に検討されていません。能動的に出力制御できる電源の中で特に火力が果たす役割は大きく、東日本大震災でも北海道ブラックアウトでも、復興過程で火力が活躍しました。ただ、LNGは長期間備蓄できないので、やはり石炭に頼る面は大きく、フェードアウトの対象である亜臨界や超臨界も有事の際に役立ちます。今の議論にはそうした視点が欠けています。

荻本 中長期の視点では、将来の電力システムの大きな変化の中で、3E+Sを満たす状態をどう定義すべきか、また、利害を主張する前に「社会コストミニマム」の視点に立つなど、常に基本に立ち返って議論することが重要です。変動性再エネが大量に導入されると、天気次第で発電量が欠乏状態となる時間帯が確実に発生します。現在は変動性再エネを遠隔制御できないので、今後10年ほどは需給を安定化しつつ何でその欠乏を補完するか、よく考えなければなりません。
 

 さらに長期的な視点では、先ほど指摘があったように燃料の輸入が滞った際や電源の想定外停止にどう備えるのか。石油火力の休廃止が加速すれば備蓄石油は使えなくなり、LNGは1カ月分も貯められませんが、石炭は貯炭場の容量に応じ長期に貯蔵できます。火力電源がそれぞれのミッションを果たす中で、再エネを最大限活用することができます。

――環境面から世界的に火力への風当たりが強まっていますが、再エネ拡大を火力が支えるという面についてはどう捉えていますか。

山岸 これからの火力は、再エネのしわ取りにマッチする電源であるかどうかが評価の軸になると思います。特にLNG火力の調整力には期待していますが、例えば汽力発電は調整が不得手な設備もあるといった課題など、LNG火力が一概に良いというわけではありません。また、脱炭素化を考える上で、やはり今から建設する火力設備が40年ほどロックインされるという状態は避けるべきです。

 一方、石炭火力については、新しい高効率のものは全て認めるという方針は受け入れ難い。3E+Sについても、環境だけを考えれば良いとは思いませんが、結局はどこを強調するのかで意見が分かれます。それぞれ都合良く解釈しているようにも感じます。

中澤 いずれにせよ3E+Sが重要であるということは、どの立場でも共有できていますね。ただ、これからの火力が果たす役割を考えるべきところ、石炭の議論だけに偏っていることには違和感があります。本来は石炭だけでなく、非効率火力のフェードアウトについて考えるべきです。特に石油火力は40〜50年選手が大半で、非効率かつ老朽化が著しい。燃料備蓄の点では使える面もありますが、早急な退出を促すべきです。そしてLNG火力も老朽プラントが結構残っています。最新鋭のコンバインドサイクルと比べると効率の差は1.5倍ほどの開きがあります。LNG火力の設備更新についても忘れずに取り上げてほしい。

電気料金高騰が招く産業疲弊 調達面の予見性向上にも意識を


再エネの拡大や石炭火力縮減が、さらなる電気料金高騰の呼び水となることは避けねばならない。産業競争力をこれ以上低下させないよう、大口需要家は慎重な議論を求めている。

【インタビュー】小野 透/日本経団連 資源・エネルギー対策委員会企画部会長代行

――非効率石炭火力の縮減に向けた政策検討が始まりましたが、今後の火力の役割をどう考えますか。


小野 現行のエネルギー基本計画の実現に向けた制度検討が始まったという理解です。石炭火力はベースロードとして重要な役割を担っていますが、自然変動電源中心の再エネによる代替は難しく、原子力の再稼働が進まない中では、安定供給に支障が出かねません。加えて石炭火力技術の次世代化を促すことも必要です。


――共同火力や自家発電については、どうですか。


小野 ほとんどの自家発は生産活動と一体的に運用されており、大手電力と同様の規制は、国内の生産活動のフェードアウトを求めることと同義です。自家発も停止せよとなると、まず電気の調達コスト増という問題に直面します。さらに、自家発は事業者のレジリエンス上不可欠で、北海道ブラックアウトの際、自家発を有する工場では停電を回避できました。もし自家発がなければ、大きな被害が生じていた可能性があります。共同火力は特定供給と卸供給を同一設備で担っているため、卸供給分だけ設備を廃止するということはできません。また、IPP(独立系発電事業者)では地域のバイオマス資源の受け入れや、近隣への熱供給を担うなど、地域経済との関係も深く、そうした実情も念頭に入れた判断が必要です。


――基幹送電線の利用ルール見直しも同時並行で進んでいます。


小野 既存設備を最大限使う方向性は良いと思いますが、FIT電気を優先的に流すことはメリットオーダーと言えないのではないでしょうか。コスト負担者の視点からは、40円の太陽光よりも5〜6円の火力が流れる方が経済合理的ということになります。またドイツでは、FITで買い取られた再エネ電気が限界コストゼロで流れ込んだ影響で市場価格が下落してしまい、ガス火力に次いで石炭火力も維持できない水準になりました。ドイツと同じ轍を踏まぬよう、経団連は再エネの市場統合を主張してきましたが、これが実行されないのなら、必要な電源を確保する新たな策を用意すべきです。


――電力多消費産業は、これ以上の電気料金高騰は受け入れ難いと思います。


小野
 震災前から日本の産業用電力価格は国際的に高い水準にありましたが、さらに原発再稼働が進まず、石炭はフェードアウト、FITを巡っても未稼働案件などの課題があります。製造業にとって、国際競争力の低下に直結する電気料金の高騰は深刻な問題。コロナ禍が企業経営を直撃する中、さらなる足かせは許容できません。


 さらに日本企業が国内に生産拠点を残すには、安定供給の予見性も重要になります。すでに日本企業のサプライチェーンもマーケットもグローバル化しており、将来的に安価な電力を安定的に調達できる見込みがなければ、今後国内への投資は躊躇せざるを得ず、エネ基見直しでは、こうした産業界の実情も意識した議論を望みます。

おの・とおる 1958年生まれ。慶応大工学部卒。ペンシルベニア州立大セラミック科学修了。81年新日本製鉄入社。同社技術総括部部長、日鉄住金総研取締役などを経て、現在、日鉄総研常務取締役。日本鉄鋼連盟特別顧問。

コロナ禍が突き付けたこと 排出削減に向けた経済抑制の現実


【気候危機の真相Vol.05】山形浩生/評論家

コロナ禍は、脱炭素化のための経済活動の変革がどの程度の痛みを伴うのか、私たちに突き付けた。「グリーン回復」ではなく、むしろ温暖化対策の現実論を議論する下地ができたと捉えるべきだ。

温暖化防止のための排出削減と経済活動の両立は昔から難問とされていたものの、2005年のスターン報告などを期に、現在の経済活動を完全に変えても温暖化対策を行うことが費用便益面で正当化される、といった論調がますます強まっている。そして費用を少なめに見せかけて被害を膨大に見せるいろいろな議論が積み上がった結果、世間的には壮絶な炭素排出削減が楽に実現できるかのようなイメージすら振りまかれている。

それなりに有力な経済学者たちですら、いまやそうした論調の尻馬に乗っているのは嘆かわしいことだ。ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンの最新エッセイ集でも、いまや再生可能エネルギーの価格は化石燃料を圧倒的に下回っているから、温暖化対策で発電をすべて再エネにしろ、それに反対する連中はみんな共和党と石油ロビーの走狗、というひどい主張が展開されている。

だが個人的には、このコロナ騒動がこうした論調にかなりの冷水を浴びせるのではと考えるようになっている。

当初は、その逆の不安があった。コロナに乗じて排出削減が乱暴に促進されるのではという懸念だ。コロナ当初の20年初頭、中国は今にして思えば実に素早く重慶のロックダウンに乗り出し、中国国内の工場も物流も激減し、CO2排出も大幅に下がった。

排出削減を訴える人々は、それを歓迎した。炭素排出が大幅に下がった、やればできるじゃないか、というわけだ。コロナは、経済にかまけてグローバル化に邁進し、環境破壊と温暖化促進を続ける人類に対する地球からのメッセージなのです、といったポエム(文字通り)まで出回った。ジョルダーノ著「コロナの時代の僕ら」にそれは典型的に見られる。まだコロナ禍が本格化していなかった欧米では、中国の状況など他人事でしかなく、自分がちょっと我慢しただけでこれだけの削減が実現できたと自画自賛した。そしてリバウンドがないようにグリーン回復すべきだ、と言って欧州議会はグリーンリカバリー・アライアンスなるものを立ち上げてみせた。

ところがその後、中国はそれなりにコロナ抑制に成功し、経済活動は急激に復活し……当然ながら排出量はリバウンドし、5月には昨年実績を超えた。工場は再稼働し、物流は戻り、景気刺激のため公共事業などが積まれたおかげだ。