【多事総論】 話題:スマート保安
次世代技術を活用し、安全性と効率性を追求する「スマート保安」推進の議論が始まった。関係者の期待通り業界の課題解決につなげるには、どんな取り組みが求められるのか。
<合理的なシステム構築に期待 データ取得への理解や技術習得に課題も>
視点A:本多隆/電気保安協会全国連絡会事務局長
本年、スマート保安官民協議会の設置など、経済産業省と関係業界においてスマート保安推進の動きが始まっている。ここでは、スマート保安への期待や今後の展望などについて個人的な考えを含めて述べたい。
電気保安協会の業務の柱の一つとして、自家用電気設備の保安管理業務がある。これはビルや工場などの高圧電気設備の保安管理で、定期的な点検のほか、工事の際の監督・検査、事故時の対応・応急措置、電気設備の改修などのコンサルティング、国に対する手続きの支援などからなる。
全国の電気保安協会10法人が受託する件数は39万件に達する。自社設備ではなく、お客さま設備の保安管理を受託する業態であるが、一次産業から三次産業まであらゆる業種の民間施設のほか、公的施設やマンションまである。対象の設備は、電気を受変電・消費する、従来からある設備に加えて、太陽電池などの発電設備や電気自動車充電設備など、設備の種類もますます多様化している。また、日本社会全体の電気への依存度が高まっており、停電事故防止の要請が強くなるとともに、激甚化する災害への対応も求められているのが最近の傾向である。
一方、電気保安協会では次のような課題を抱えているが、これらは保安協会に限ったことではないと考えられる。
一つ目の課題は、保安人材確保と人材育成である。工業高校電気科卒業生の減少が止まらない。残念なことに、少子化のスピード以上に減少しており、2000年に2万2000人だった卒業生が15年には1万4000人に減少している。大学などの強電の学科も同様に減少傾向にあり、他業種を含めて電気技術者の新人採用が困難化している。一方で、従事者の高齢化が進展しており、就業支援措置を講じても、体力的な問題などで退職抑制には限界がある。また、求められる技術が多様化・高度化しており、人材育成も課題となっている。
第二の課題は、現場技術者の負担軽減と効率向上だ。夜間や酷暑での作業だけではなく、災害時対応などもあるため、高齢者の退職抑制だけではなく、若者や女性も含めて、労働環境の一層の改善が必要である。また、保守管理費の抑制は常にお客様のニーズとしてあり、業務効率向上も課題である。
グループ化や外部委託も選択肢 現行制度見直しも必要
こうした課題への対応策として、スマート保安への期待は小さくない。電気保安協会では、これまで低圧部の絶縁監視装置の設置に積極的に取り組んできたが、今後、各種センサー、ドローンやAIなどを活用したスマート技術による、監視・分析の高度化が期待できる。既にいくつかの技術開発に取り組んでいるが、本年度の経産省の技術実証事業にも参画する予定である。
技術者による点検の全てをすぐにスマート保安技術で置き換えることはできないだろうが、常時遠隔監視、AI分析といったスマート保安のメリットと技術者の優れたところの、最適な組み合わせが今後、目指していく方向だと考える。
なお、スマート保安の推進のために、取り組むべきことは少なくない。第一に、スマート保安技術の開発・実用化が必要であるが、保安協会単独のリソースには限りがあり、官民協議会の活動などを通じて、ほかの研究機関や業界などとの協力をいただければ大変ありがたい。第二に、お客さま設備であり、費用面に限らず、スマート保安の意義や装置の設置、データ取得についてもご理解いただく必要がある。第三に、スマート保安技術の実際の業務への取り込みが必要だが、技術者として習得すべき技術・技能が多様化・高度化している現状で、さらにスマート保安技術の習得が必要となる。
従来、一つのお客さま設備は一人の技術者が担当することが原則であったが、医者の世界で主治医とは別に病理などの専門医がサポートするように、スマート保安による監視・分析専門グループを作ることも選択肢になるのではと個人的に思う。このことは選任技術者の場合も同様で、現状では特別高圧の自家用設備の保守管理の外部委託は認められていないが、スマート保安を契機に、海外と同様、外部委託も選択肢になり得るかもしれない。
以上、スマート保安技術に関する期待などについて述べたが、実現のためには現行の国の制度の見直しが必要になることも考えられる。社会全体で、より合理的な保安管理システムの構築ができるよう国に期待するとともに、電気保安協会においてもしっかりとした対応が必要となる。
ほんだ・たかし 1982年大阪大学工学部卒。官公庁、関東電気保安協会などを経て、2019年から現職。本年出版された「海外における電気需要設備の保安制度」を執筆。