【特集2まとめ】電力インフラの次世代運用 DX戦略で安定供給支える


電力のインフラ事業者がデジタル戦略を加速させている。
多様な設備群にセンサーを設置しセンシング技術を活用。
AIも併用し設備の状態監視や予兆管理を遠隔で行う。
人の手を極力排除するDX時代の新たな手法で、
現場の運用方式は大きく変わろうとしている。
発電や系統、さらには地冷事業者の「次世代運用」を追う。

【アウトライン】待ったなしのDX戦略 運用高度化で改善進める

【レポート】より低廉・安定的な電力供給へ 電気事業のデジタル化を支援

【レポート】最新鋭火力発電をDXで運用 次世代ロールモデル構築へ

【レポート】デジタル変電所で実績重ねる データ分析の高度化で改善へ

【トピックス】地域冷暖房で進むAI活用 人手を離れた運用で改善進む

【特集2】待ったなしのDX戦略 運用高度化で改善進める


設備運用の改善や保守保全の高度化に向け、電力インフラ事業者のDX戦略が進んでいる。

巨大なインフラを支える小さなデータ群が、ビッグデータとなって次世代の運用を支える。

発電所や送電施設などの電力インフラの運用に変革の兆しが見えている。大規模なエネルギー設備を保有する事業者が今、DX戦略を進め運用の高度化にトライしているのだ。

戦略を具現化するために、事業者は発電プラントや変電設備などさまざまな設備にセンサーを設置し、主に四つのステップを踏んで高度化を進めている。①センシングによりデータを計測、②データを整理・管理、③データ分析・予測、④設備の最適制御や保安力の向上といった実運用の高度化―だ。こうしたサイクルの随所にAIを活用しながら収益性の改善につなげようとしている。

デジタル技術を駆使した南横須賀変電所の設備

遠隔で設備の状態監視 電力インフラはデータの宝庫

東京電力パワーグリッドは4年前、経年化を背景に南横須賀変電所の設備を更新。変圧器などの主要設備にデジタル技術を実装し、電圧、電流値などの細かいデータを蓄積している。データ集積には国際通信規格に準拠した通信ネットワークインフラを整備することで、特注仕様を排除してコストを抑えている。こうした運用実績をもとに、順次「デジタル変電所」の拠点数を拡大する方針だ。「設備をデジタル化し、さらに業務をデジタル化することで次世代の運用に挑戦したい」(東電PG)

東電PGがDX化に期待することは、通常の運用改善だけではない。例えば災害時での対応だ。設備は健全か不具合が生じているのか、不具合はどのような箇所でどのような規模か―。設備からのセンサーの挙動を遠隔で監視することで詳細を把握できる。わざわざ人員が現場へ出向く必要はない。

東電PGはデータ集約のプラットフォームを構築しており、今後はドローンによる空撮画像データ、集音マイクによる音声データなど、さまざまなデータを集約していく。次世代の運用につなげるために、そうしたデータをいかに加工し料理するかが、今後、事業者にとって腕の見せどころとなる。

課題もある。増え続けるデータ量を管理するためのサーバーインフラとそれに伴う電力消費の増加だ。人の手を減らすことはできても―。そんなジレンマに陥らないためにも、「データの質と量の最適解を模索している」(同)。

いずれにしても、DX戦略は緒に就いたばかりだ。今回の特集では、火力発電や電力系統、あるいは地域冷暖房のような大型設備を扱う事業者のDX戦略をレポートする。

【特集2】DX認定制度 より低廉・安定的な電力供給へ 電気事業のデジタル化を支援


電気事業の効率化に向けて、国も電力会社のDXを支援している。

社会問題の解決や新たな価値を創造する電力データの活用にも期待を寄せる。

国民生活や産業活動に欠かせない電力を、より安定的、より低廉に供給するには、DXの推進などによる電気事業の効率化も重要である。

電気事業においては既に、デジタル技術を活用した発電・送配電施設の効率的な運用や経営革新、イノベーティブな商品・サービスの提供、また、電力データの有効活用などを進めている。経済産業省も、こうした事業者の取り組みを積極的に支援している。

情報処理促進法に基づく制度として、「DX認定制度」がある。デジタル技術による社会の変革を踏まえて、経営者に求められる対応をまとめた「デジタルガバナンス・コード」の基本的な事項に対応し、DX推進の準備が整っていると認められる企業を国が認定するものだ。

税制などでも電気事業のDXを支援する

認定された事業者は、企業がデジタルによって自らのビジネスを変革するためのビジョン・戦略・体制などが整っている状態と認定される。そのことにより、自社をアピールすることができる。

大手電力では7社(北海道、東電HD、中部、北陸送配電、関西、九州、JERA)がDX認定を取得。認定をバネにしてクラウドやAIの活用などによる高度なDXの取り組みが期待されている。

ほかにも経産省はDX投資促進税制など、さまざま施策で事業者のデジタル化を支援。「電力部門でも企業がデジタルを最大限に使いこなせる姿へと生まれ変わることは大変重要。引き続き各種の施策を通じて企業のDX推進を後押ししていく」(資源エネルギー庁電力基盤整備課)との方針だ。

電力データを有効に活用 高齢者の住宅難民化を阻止

10月2日、電力データ管理協会は、スマートメーターで得た電力データを有償で提供するサービスを東京エリアで始めた。匿名化された統計データや、需要家の同意を得た個別のデータを同協会会員の企業や団体に提供する。

企業・団体はデータを利用することで、CO2排出量の見える化や居住者の安否確認など、さまざまなサービスを展開することできる。例えば中部電力ミライズコネクトは、家賃債務保証事業などを手掛ける「Casa」と連携。入居者を見守るサービス「テラシテR」に家賃債務保証プランを加えて、不動産オーナーなどを対象に「ダイレクトワイド見守りプラン」の提供を首都圏でも始めた。

近年、高齢者の世帯数が増加し、不動産のオーナーや管理会社は孤独死を懸念して、高齢者への貸し出しを敬遠する傾向がある。見守りプランにより、入居者の孤独死発生のリスクを低減でき、貸し出しを容易にすることで高齢者の住宅難民化を防ぐことができる。

また電力データは、自治体の防災システムでも重要な役割を果たす。エネ庁は「自治体や事業者はぜひ電力データの持つ強みに注目し、防災や脱炭素をはじめとする社会問題の解決、新たな価値創造に活用していただきたい」(電力産業・市場室)と話している。

【特集3まとめ】エネ会社の不動産開発最前線 脱炭素化で強みを生かす


電力・ガス会社グループが不動産事業に注力している。
従来は管理業務の側面が強かったが、ニーズの高まりを受け
近年は大都市圏にとどまらず海外でも物件開発を進めている。
現在、不動産業界では2050年カーボンニュートラル時代に向け、
ESGへの関心が高まっており、環境性能に優れた物件に投資が集中。
エネルギー各社は省エネや創エネなどの知見を生かし、
こうした需要に対応する。不動産開発開発の最前線に迫った。

【アウトライン】エネルギー会社の不動産事業 資産・知見生かし国内外で活発化

【インタビュー】電力会社ならではの物件開発 関西デベロッパー最上位目指す

【レポート】豪州2件目の分譲マンション事業 地域と住民のニーズを理解し進める

【レポート】高付加価値を意識した物件開発 ZEHなど環境配慮にも取り組む

【トピックス】環境認証で高付加価値化 物件の新規賃料上げに寄与

【特集1まとめ】10兆円の無駄遣い 検証なき価格補助延長の愚策


本来なら今年9月末で終了するはずだったエネルギー価格補助。
10月にまとまった政府の総合経済対策で何の検証もなく延長された。
燃料油高騰の激変緩和対策として昨年1月に実施されて以降、
今年からは電気・ガスが加わり、総額10兆円規模の国費を投入。
小売価格は下落したものの、その費用対効果には疑問符が付く。
足元では原油、ガス、石炭などの価格相場が落ち着きを見せる中、
事実上の円安対策と化した価格補助の出口戦略は全く見えてこない。
関係者からは「壮大な無駄使い」との声も聞こえている。

【アウトライン】現実を無視した補助延長の暴挙 効果感じず業界も国民も冷ややか

【インタビュー】税から形を変えた生活支援 行政デジタル化の遅れが背景に

【レポート】給付基盤なき一律補助が問題の本質 困窮世帯への集中支援を

【覆面座談会】目先の対応を一刀両断 10兆円はどこへ消えた!? 出口戦略不在の落とし穴

【インタビュー】価格補助は恩恵を実感できず 需要家への直接給付が必要

【特集2】南部幹線で都市ガス導管網を拡充 高速道路周辺の新規需要にも照応


【東邦ガス】

愛知県の三河方面への高圧導管の新設で、増える産業立地に対応する。モノづくりの拠点となる東海地区の都市ガス安定供給の要だ。

昨年、創立100周年を迎えた東邦ガス。その導管部門を担うグループ会社として、同じく昨年誕生した東邦ガスネットワークは、東邦ガスの創業時約300kmだったガス導管を100倍にあたる約3万kmまで延伸し、東海エリアのさらなる都市ガスの安定供給に努めている。

現在、愛知県三河方面の将来的な都市ガス需要に対する輸送能力増強と安定供給に加え、既設の高圧幹線の複線化を図る目的で、知多市から安城市までの約30kmを結ぶ「南部幹線プロジェクト」を進めている。

高圧と中圧の導管が並ぶ

主要ネットワークは、名古屋市を中心に構築した環状の高圧輸送導管網だ。これまで三河方面へのガス供給はこの環状幹線を経由していた。新設の南部幹線を利用することで、知多地区のLNG基地から直接供給が可能となる。

これにより「三河地域の需要対応だけでなく、環状幹線北側の岐阜方面への都市ガス輸送能力も増えるなど、結果的にネットワーク全体の輸送能力増強、供給安定性の向上につながる」と、東邦ガスネットワーク企画部の林口暢高計画グループマネジャーは話す。

既設幹線の複線整備進む 導管網全体の供給増へ

今年6月には知多半島から半田市までの約15kmを結ぶ一期工事が完了し運用開始となった。安城市までの残り約15kmの二期工事が進行中で、2025年度の完成を目指し、工事を進めている。

導管部幹線センター広域パイプライン建設課の竹内幹晋課長は、「工事を行う際の現地調査などにドローンといった先進技術を活用している。作業効率も上がった」と説明する。

狭いトンネル工事の様子

現在、建設中の南部幹線二期などの工事を確実に遂行する一方、岐阜県や三重県では東海環状自動車道が整備され、新設されるインターチェンジの周辺では新たな産業立地も進んでいる。

「お客さまのニーズや地域で将来生まれる需要をくみ取って、的確に導管網の整備を進めていきたい」。林口氏はこう強調する。

50年のカーボンニュートラル実現に向けた取り組みが進む中、トランジション期は環境負荷低減に寄与する天然ガスの需要が高まっている。東海三県は、自動車産業を中心にモノづくりが盛んな地域だ。同社は低炭素ニーズに応えながら、安定供給を実現できる都市ガスの供給にこれからもまい進していく。

【特集2まとめ】都市ガスの脱炭素移行戦略 鍵握る地域連携とe-メタン


2050年カーボンニュートラル(CN)の実現に向け、
30年目標であるCO2排出量の13年比46%削減が必須だ。
都市ガス業界では、天然ガスへの燃料転換をはじめ、
コージェネなどガス設備の拡大、CN-LNGの導入、
再エネの導入など、さまざまな省CO2対策を推進する。
こうした取り組みは、地域の脱炭素化や活性化に貢献。
一方で、e-メタン(合成メタン)の開発も加速中だ。
「脱炭素移行期」を迎えたガス事業者の戦略に迫る。

【アウトライン】岐路に立つ都市ガス産業 CN実現への転換期に挑む

【インタビュー】地域で増す都市ガスの存在感 脱炭素化や地方創生に期待

【インタビュー】着実なトランジションでCNに貢献 地域課題解決で幅広い役割を発揮

【レポート】供給体制から手掛けた燃料転換 点在する工場の低炭素化に貢献

【インタビュー】「地域共創カンパニー」を創設 地域課題解決へより迅速に対応

【レポート】新市庁舎にCN都市ガスを供給 連携協定で脱炭素化を加速

【レポート】町営風力をFIPへ切り替え 非化石価値を地元に還元

【レポート】森林保全活動で地域活性化 CO2吸収以外の利点も

【レポート】森林由来のJ―クレジットを活用 地域内経済循環を生み出す

【レポート】秦野市と包括連携協定 CNガスの供給で環境貢献

【トピックス】南部幹線で都市ガス導管網を拡充 高速道路周辺の新規需要にも照応

【トピックス】一丁目一番地の「燃転」に注力 ガス体エネの優位性を訴求

【トピックス】輸送プラットフォームの水平展開 スマホ制御システムでCO2を大幅減

【レポート】CNの切り札として社会実装へ 進展するe-メタンプロジェクト

【レポート】強みが生きるCCS・CCUS 脱炭素の切り札に技術開発進める

【レポート】世界最大級のメタン製造 国産と人工の二大生産へ

【トピックス】CO2を有効利用するバイオ系技術 遠心分離技術活用のSAF燃料製造

【特集1まとめ】白熱のEV論争 脱エンジン社会は実現するのか


欧米や中国を中心にEVシフトが加速する中、
日本においてEVを巡る論争が白熱している。
世界に先駆けて高性能なハイブリッド車が普及し、
車種、コスト、燃費、環境性、利便性、インフラなど、
さまざまな点でEVの優位性が目立ちにくいことが主因だ。
一方、内燃機関では「合成燃料」なる脱炭素化の救世主も。
果たして、日本で脱エンジン社会は実現するのか。
エネルギー・環境・産業的側面からEVの課題や展望を探った。

【アウトライン】日本で苦戦するEVの「優勝劣敗」 モビリティー革命が普及への起爆剤か

【インタビュー】BEV市場で日本勢の勝算は? 価格+付加価値を意識した支援に

【コラム】日本の将来の姿がそこにある!? この目で見た欧州のリアル

【インタビュー】EV・合成燃料時代にどう対応? インフラ事業者の戦略に迫る

【討論対論】EVシフトの将来展望と障壁 内燃機関の逆襲はあるか

【特集2】ウクライナ侵攻で気運高まる 欧州がヒートポンプ導入加速


脱ロシア政策が進む中、ヒートポンプ(HP)の存在感が国際的に増している。電化戦略を進める欧州事情を、ヒートポンプ・蓄熱センター(HPTCJ)の旭氏に聞いた。

【インタビュー:旭 貴弘/ヒートポンプ・蓄熱センター 国際・技術研究部課長】

あさひ・たかひろ IEAヒートポンプ技術協力プログラムの日本の副代表として運営に従事。海外のHP政策情報の収集や海外への発信などに取り組む。2020年12月から現職。

―ウクライナ侵攻など国際情勢の変化がヒートポンプ(HP)に与える影響をどう考えますか。

 脱炭素化に向けて、欧州におけるHPの政策的な位置付けはもともと高いものでしたが、ウクライナ侵攻によってエネルギーセキュリティーが差し迫った課題として顕在化したことで、HPへの機運が一気に高まりました。

 ロシアによるウクライナ侵攻開始の翌々週の2022年3月、EUはロシア産化石燃料依存からの脱却を目指す「リパワーEU」を発表しました。その中で、HPの導入ペースを2倍、向こう5年間で1千万台導入という数値目標が掲げられました。

 HPは今やクリーンな暖房技術としてだけでなく、エネルギーセキュリティー、エネルギー貧困などのコスト面の課題も含め、いわゆる「三つのE(エネルギーの安定供給・経済効率性・環境適合)」の全ての面で期待されています。侵攻をきっかけにHPのエネルギーの安定供給の価値が見直されるようになったことは個人的には悲しいですが、世界のエネルギーの実情はそうなっています。

脱炭素化実現策で注目 政策支援やハードな規制も

―昨今の欧州のHP事情をどのように受け止めていますか。

 22年11月に国際エネルギー機関(IEA)から世界規模でHPに特化したものとしては初の報告書「The Future of Heat Pumps」が発行されたことが、これまでにない盛り上がりを表しています。

 HPは元来、建築物脱炭素化の有効な技術として注目されていました。特に脱炭素化政策が盛んな欧州では、ウクライナ侵攻以前から電化を戦略の中核としていました。20年7月の「EUエネルギーシステム統合戦略」の中でもHPは、建築物の暖房や低温産業プロセスの脱炭素化、変動性再エネ生産の拡大を支えるフレキシビリティ源としての貢献など、欧州のカーボンニュートラルを実現する主要なエネルギーシステムとして認識されています。

―具体的な支援策は。

 欧州全体の動きと並んで、それぞれのEU加盟国でも補助金や研究予算をはじめとする手厚い政策支援が行われてきました。例えば、HPに関して欧州では比較的後進であった英国でも20年の「グリーン産業革命のための10項目計画」で、28年までに計画発表時の約20倍に相当する年間60万台ものHP設置という果敢な数値目標が掲げられています。

 これは翌年の「熱・建物戦略」に引き継がれました。この戦略では、HP市場の拡大や研究開発への投資などが描かれると同時に、35年以降の天然ガスボイラーの新設禁止が掲げられています。

 他にも、フランスでは所得により最大で補助率9割にも上る補助金が設けられているほか、ドイツ、イタリアを含む多くの国で手厚い支援策が設けられています。

 導入補助だけではありません。フランス、オランダ、オーストリア、ドイツなど、新築住宅に対して単体のガスボイラーを禁止、または実質的に使用できなくするような規制を設ける国が出ています。

欧州委員会の本部に掲げられた「リパワーEU」の垂れ幕(22年11月) 提供:HPTCJ

―欧州の暖房設備の成り立ちと現状はどういうものですか。

 ボイラーを熱源とする温水暖房が主流であった欧州では、HPと言うとエア・トゥ・ウォーター(ATW)を指すことが多いですが、南欧ではルームエアコンなどのエア・トゥ・エア(ATA)も暖房に多く用いられています。熱の供給先が空気か水かによらず、HPは暖房の脱炭素に貢献しますので、ATAも含めて普及が図られるべきと考えます。

 日本では、北海道など一部の寒冷地を除けば、温水を用いない暖房が主流です。そこでもやはり化石燃料が多く用いられているのが実情ですが、業務用を中心に、以前からATA(エアコン)暖房が使われており、これは化石燃料暖房と比較してCO2削減に一定程度寄与してきたはずです。今後は、家庭用も含めてエアコン暖房がもっと活用されるべきだと考えます。

―日系メーカーの展開やポテンシャル、技術力などの評価は。

 今後見込まれる欧州市場のさらなる拡大は日本には商機です。既にダイキン工業、パナソニック、三菱電機は、欧州域内で工場新設・拡張への投資計画を発表しています。日本のメーカーは圧縮機やインバーターなど基幹技術で世界をリードしてきました。各社ともここ十数年で寒冷地HPの開発で進展を見せるなど、技術的な優位性があると思われます。ただし、産業用HPやデジタル化をはじめ、欧米など海外でも研究開発が盛んで、日本が優位性を保つためには、技術革新の歩みを止めず、さらに発展させていくことが必要です。

HPの活用促進へ 産業界を巻き込み拡大

―欧州のヒートポンプの今後の成長や実用化をどう見ていますか。

 政策的な後押しを背景に、今後も成長するでしょう。ここ数年で、欧州の議論はHPを活用すべきかどうかではなく、実装に必要な生産・施工のキャパシティ、人材育成、投資など、現実的な議論へと移行した感があります。

 現在、欧州委員会は産業界の提案を受けてステークホルダーを巻き込み、導入に向けたプラットフォームの創設、コミュニケーション・人材育成、法制面の整備、融資などのアクションプランを策定中で、年内に発表予定です。産官を挙げての一大産業ムーブメントといっても過言ではないでしょう。

―日本への期待は。

 給湯、寒冷地の暖房、産業プロセスなど、日本でも化石燃料からHPに置き換える余地はまだ大きい。現在は数ある省エネ機器の一つという位置付けですが、HPが用いる大気などの熱には再エネ、国産エネルギーとしての価値もあります。

 また、エネルギー供給側も含めて考えると、政府の計画に従って電源がクリーン化すればHPの脱炭素効果は一層大きくなります。こうしたベネフィットも考慮すれば、HPへの一層明確な政策の方向付けが望まれます。

 将来ロックインを起こさぬよう「いいストック」を築くには、早期普及が大事です。私共もスピード感を持って取り組みたいと思います。

※報告書の日本語版はヒートポンプ・蓄熱センターのウェブページから閲覧可能。

【特集2まとめ】再エネ化するヒートポンプ 欧州に見る新たな価値の展開


欧州ではヒートポンプで活用する空気熱を再エネと定義し、
独自の政策によってヒートポンプ技術の普及を進めている。
一方、ロシア・ウクライナ戦争で新たな事態が生まれている。
西側諸国を中心にエネルギー安全保障が問われる中、
「脱ロシア産ガス」の流れで、再エネをさらに普及させ、
電化・ヒートポンプ化でエネルギー自給率を高める動きも。
国内メーカーは欧州市場への本格展開に力を入れ始めている。

【アウトライン】日系が仕掛ける欧州地殻変動 本格実装へ技術力で勝負

【対談】エネルギー危機で再評価進む 再エネとの親和性が後押し

【インタビュー】ウクライナ侵攻で気運高まる 欧州がヒートポンプ導入加速

【インタビュー】産官学連携でヒートポンプ普及 設計・製造に新しい発想必要

【トピックス】自家消費率の最大化を目指した実証 日本企業の蓄電池やHP技術を活用

【特集1まとめ】オイルショック 50年の教訓 脱炭素時代の「エネ安全保障」を考える


1973年10月の第一次オイルショックから今年で50年を迎える。
この間、わが国のエネルギー業界を取り巻く情勢は激変したが、
いま再び「安全保障・安定供給」が重要な政策課題に浮上してきた。
要因の一つは、ロシア産資源の供給を巡る「ウクライナショック」。
もう一つは、世界的な脱炭素化の進展による「カーボンショック」だ。
いずれも、エネルギーの安定調達・供給に大きな影を落としている。
オイルショック50年の教訓を、政官学の有力者はどう考えるのか。
原子力、再エネ、火力を軸に新たな時代のエネルギーミックスが問われる。

【アウトライン】半世紀の歩みを検証しGXに生かせるか いま再び問われる安全保障の強化

【座談会】 エネルギー政策の往古来今 安定供給こそ国益の源泉

【インタビュー】新エネ開発で先行した日本 欠けていた産業を育てる意識

【レポート】火力燃料購買の50年を振り返る 新たな課題にどう向き合うか

【インタビュー】「原発回帰」は必然の展開 新増設に時間的猶予なし

【レポート】西日本が電力不足・高騰回避のワケ 原子力稼働の波及効果を分析

【コラム】目先の価格変動に一喜一憂せず 石油政策の基本に立ち返る

【特集2】 東京都心部の熱供給を維持 直下型地震など災害に備える


日本経済の中心と言われる大手町・丸の内・有楽町地域へのエネルギー安定供給は欠かせない。同地域で地域冷暖房を担う丸の内熱供給はこの維持のためさまざまな施策を講じてきた。

【丸の内熱供給】

東京大手町・丸の内・有楽町は日本を代表する企業が本社拠点を構える日本経済の中枢とも言える地域だ。点在する巨大なビル群はエネルギー供給において万全な体制がとられている。同地域をはじめ内幸町や青山で熱供給事業を展開する丸の内熱供給は23のプラントを運営し、供給地域面積122・3ha、供給延床面積721㎡(2023年6月現在)に温熱や冷熱を供給する。

丸熱の本社機能が入る常盤橋タワー

七つのプラントを連携 さらなる強靭化を図る

この広大な面積に対し、安定的に熱エネルギーを供給するためには、レジリエンス対策を行うことが不可欠であり、丸熱ではさまざまな施策を行っている。その一つが、プラントの強靭化だ。大手町地域にある七つの冷水プラントを再開発に合わせて新設・連携することで、相互にバックアップできる体制を構築している。丸の内仲通りには、地下に洞道「SUPER TUBE」を新設。冷温熱配管や電力線を集約し、これまで分断していた地域間を蒸気連携でつなぐことで、供給における信頼性の向上、エネルギー効率化を図ると同時に、供給を継続しながら再開発を行うことを可能にした。

また、これまでビル内のプラントは地下に設けることが多かったが、2021年に竣工した常磐橋タワーサブプラントは、浸水対策として地上階プラントになっており、事業継続に寄与する仕組みになっている。今後、建設するビルも地上階にプラントを設けるビルが増えていくとのことだ。

安定供給において、設備のメンテナンスも重要だ。同社の設備にも40年を超えるものが出てきている。そうした設備は専門業者が診断し、老朽化している箇所があれば、その都度修繕している。中でも、「配管の管理には気を配っている。流す水質が重要で、高度な管理を行っている。鉄製の配管が錆びるなど影響が出るためだ。実際に建て替えになるビルの配管を切って調査した。配管の肉厚が薄くなるケースはほとんどない」。秋元正二郎開発技術部長はこう強調する。

近年では、冷熱供給先のビル側でもレジリエンス対策を実施している。ビルの自立分散性を高めるため、単独で発電機やコージェネを所有し運用できる仕組みを構築しているのだ。大丸有地域で停電が発生した場合、ビルの発電機から電気を丸熱のプラントに送電し、冷凍機やヒートポンプを稼働させ、冷水と温水を供給しビル側で空調に利用するといった非常時の連携スキームも想定している。

丸熱では防災訓練にも取り組む。年1回、首都直下型地震や河川氾濫などのシナリオに沿って、総合対策本部を立ち上げ、各エリアとの連絡や本社から救援派遣などの訓練を実施する。こうした訓練もコロナ禍が過ぎて、様変わりした。オフィスやエネルギーセンターに通勤する社員もいれば、テレワークを行う社員もいるなど、勤務が多様化している。これにより、連絡体制の徹底が従来にも増して重要となった。

「震度が社内基準を上回る地震が発生した場合は、緊急招集がかかる。モバイルの専用アプリで安否確認を行い、出社可能か回答することになっている。プラントは24時間365日稼働しているため、勤務体制の維持が必須となる。連絡に関する訓練は年数回実施している」(秋元部長)

同社は昨年9月、常盤橋タワーに本社機能を移した。同ビルには非常用電源が設置されており、非常時の総合対策本部を迅速に設けることが可能となった。また、新たな本社には各プラントを監視できるシステムを設置し、総合対策本部の機能の強化も同時に図った。

時代のニーズつかみ50年 都市部でも脱炭素化を目指す

丸熱は今年で50周年を迎える。設立当初の1970年代、地域熱供給は大気汚染の解決策として全国で導入が進んだ。オイルショック後は省エネの推進、90年代は地球温暖化問題が顕在化し環境負荷低減が課題となった。その後、ヒートアイランド問題など街づくりの在り方を問われた時代などを経てきた︒東日本大震災以降︑前述の防災対策で注目され、都市の強靭化に寄与している︒そして現代では、脱炭素化や省エネに資する仕組みとして評価されている。常に時代をキャッチアップして存在感を示してきた。

大手町センターのボイラー
大手町センターの冷凍機

その中で、丸熱では独自の脱炭素化への取り組みを展開する。21年11月には使用する都市ガスを全量カーボンニュートラルガスに切り替えた。年間消費量となる3400万㎥規模を切り替えることで、年間約9万7000tCO2排出量をオフセットした。これは国内最⼤規模だ。再生可能エネルギーを敷設するなどの取り組みが困難な都市部の脱炭素施策として好例だと言える。

設備運用では、AIを活用し省エネを図る。冷凍機をはじめとした設備が、現在の負荷に対してどのような運用状態なら、最も環境性能を発揮するか―。そうした課題解決を人手で計算しながら行うのは難しい。AIを使用すると、温度や湿度、需要などの過去データから瞬間的に算出し最適な運用が実現するという。現在、AIを活用するのは2カ所のプラントのみだが、4%程度の省エネ効果があった。「今年度中に3カ所増やして、さらに効率を上げていきたい」と秋元部長。

大丸有地域は28年オープン予定の常盤橋街区のトーチタワーをはじめ、今後も複数の再開発プロジェクトがある。こうしたビル建設においても、レジリエンス性、脱炭素化、省エネに向けて丸熱はまい進していく構えだ。