【特集2】脱炭素時代へ本格始動 業界一丸となり難題に挑む


カーボンニュートラルという世界的な大波が、都市ガス業界に押し寄せている。
従来の天然ガス高度化と、新技術や新商材を組み合わせて脱炭素に挑戦する。

「50年までにCO2を80%削減」「今世紀後半のできるだけ早期にネットゼロ」としていた政府目標が「50年カーボンニュートラル(CN)実現」「30年温室効果ガス削減46%減」になり、都市ガス業界の置かれる状況は一変した。移行期の対応、脱炭素化に資する各種技術の実用化が急務だ。

目標設定に科学的な根拠があるのか、経済的な負担が大きすぎるのではないか、中小企業はどうすればいいのか―。エネルギー業界で喧々諤々の議論がなされる中、日本ガス協会は昨年11月24日、他の業種に先駆けて「カーボンニュートラルチャレンジ2050」を公表。50年CNに向けた業界全体のロードマップを示している。

ビジョンではトランジッション(移行)期の取り組みについて、石油や石炭からの燃料転換、コージェネレーションや燃料電池の普及拡大、機器の効率化―など、需要側の取り組みによる徹底した天然ガスシフトと天然ガスの高度利用を進めると掲げ、省エネ・省CO2に貢献するガスシステムのさらなる利活用を推進する。

供給側でも、最終的なガス自体の脱炭素化に向けて、水素の利用や、水素とCO2を合成して都市ガスの主成分であるメタンを生成する「メタネーション」技術の開発に注力する。さらにCCUS(CO2の分離回収・利用・貯留)や、高効率機器を海外に展開することで世界のCO2排出減に貢献する、製造・利用過程で発生するCO2をオフセットしたCNLNG(CNL)の活用で、ガス全体の脱炭素化に挑戦する方針だ。

日本ガス協会が描く都市ガス供給の未来

【特集2】LNGの未利用冷熱でDAC実施 CO2分離・回収エネルギーを低減


【東邦ガス】

都市ガスのカーボンニュートラル(CN)に向けて、全国各地の事業者が研究開発を進めている中、東邦ガスは2020年10月、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「ムーンショット型研究開発事業」において、名古屋大学らとともに大気中のCO2を直接回収する「DAC(Direct Air Capture)」の研究を開始した。LNGの未利用冷熱を使った「Cryo-DAC」の研究開発は、世界でも類を見ない取り組みだ。

技術研究所環境・新エネルギー技術グループの増田宗一郎氏は、DAC研究について「燃焼すればCO2が出る都市ガスをCN化するには、大気中や排ガスからのCO2の分離・回収は重要な技術。さらにメタネーションを行う上でも重要なCO2源にもなり、原料リソースの多様化を図る上でもDACは重要だ」と話す。

圧力差で分離・回収 運用エネルギー減に効果

「Cryo-DAC」の最大の特長は、CO2の分離・回収にLNGの未利用冷熱を利用している点だ。

具体的には、まず吸収塔で取り込んだ大気を、CO2を吸収する溶液と接触させてCO2を分離し、CO2を吸収した溶液をポンプで再生塔へ圧送。再生塔と連結された昇華槽ではLNGの気化熱でCO2を昇華させてドライアイスにするが、このとき昇華槽内の圧力が低下するため、再生塔内の圧力も低下。これにより常温下でも吸収液からCO2が分離し、放出されたCO2は昇華槽に移動する。

生成したドライアイスは昇華槽を密閉して常温に復温・気化することで高圧のCO2に変換し、高圧のCO2を供給する。分離・回収から出力まで行えるプロセスだ。

一般的にCO2分離・回収技術で用いられる化学吸収法では、特殊な溶液でCO2を吸収し、蒸気などで加熱することで溶液からCO2を分離・回収する。しかしこの方式では分離時に熱源を利用するため、外部からのエネルギー投入とそれに伴うコストも掛かる欠点があった。

同研究では、化学吸収法をベースにLNGの気化熱を利用し、CO2をドライアイスとして回収することで再生塔を減圧してCO2の回収を行う。そのため分離回収にかかるエネルギー・コストを低減できるほか、気化熱によって減圧環境を作るため、真空ポンプも必要もない。

同方式は、共同で研究を進めている名古屋大学と国際特許を出願している。

Cryo-DACの仕組み

「ガス事業者が先陣を」 脱炭素のパイオニア目指す

NEDOの委託事業による研究は最長29年度まで行われる予定で、ライフサイクルアセスメントの観点からも「Cryo-DAC」が有効であることをパイロットスケール規模で確認することが最終目標に据えられている。

今後は22年度までにコア技術である溶液や昇華槽に用いる材料、センサー類の開発・選定を目指していく構え。また24年度までには年間1t―CO2規模の装置を製作し、連続運転を行う計画も立てている。

今後の展望について、増田氏は「社会実装はガス事業者が先陣を切ってやり抜いていく部分だと考えている。実用化に向けてLNG基地に組み合わせた形での設計や運用面での連携も必要。回収したCO2をメタネーション利用することをビジネスとして考えていく必要もある。前例のない挑戦で課題も多いが、ガス事業者が脱炭素化のパイオニアになるよう取り組んでいきたい」と、DACを組み込んだカーボンリサイクルのサプライチェーン構築に向けて意欲を示している。

LNGの未利用冷熱という都市ガス事業者ならではの独自性を生かした研究は、大きな注目を集めそうだ。

【特集2】天然ガスシフトと再エネ開発を両立 グループ一丸でCN実現に挑む


【広島ガス・松藤研介社長】

―産業全体で、CN実現に向けた経営が求められ始めています。CNをどう捉えていますか。

松藤 当社グループでは、政府のCN宣言以前から地方のエネルギー供給を担う企業として、環境負荷低減に向けた取り組みとエネルギーを可能な限り安価に提供すべく努力を重ねてきました。

 日本ガス協会でも「カーボンニュートラルチャレンジ2050」を公表しており、まさに新たな転換期を迎えています。協会のビジョンは全てのガス事業者の道標になっており、当社も政府目標である13年度比温室効果ガス46%減に向けて、徹底した天然ガスシフトと天然ガスの高度利用で貢献します。大変高い山ではありますが、チャレンジしていきます。

―環境負荷低減に向け、どう事業を展開していきますか。

松藤 これまでバイオマス発電所の建設検討など再生可能エネルギー獲得に努めてきました。19年には「このまち思い 広島ガスの森」を開設するなど、実質的なCO2吸収による環境貢献に向けて、森林保全・里山再生事業を行っています。昨年10月には「このまち思い SDGs実行宣言」を策定して、今年4月からは社内に環境・社会貢献部を新設しました。「環境・社会性」と「経済性」を両立させたサステナブルなESG(環境・社会・統治)関連事業を推進します。

松藤社長

バイオマスを有効活用 小水力復興で地域に貢献

―具体的にどんな内容ですか。

松藤 19年に新規事業戦略室(現イノベーション推進室)を新設して、さまざまな事業に取り組んでいます。

 中でも海田バイオマス混焼発電事業や里山再生事業、小水力発電事業は、ガス事業以外の事業分野での取り組みであり、環境負荷低減および収益力向上につながる事業です。SDGsの達成にも幅広く貢献できると考えます。

―海田バイオマス混焼発電事業はどんな取り組みですか。

松藤 海田発電所は中国電力とともに今年4月から操業する日本最大級のバイオマス混焼発電所で、当社グループにとってCNに向けた大きな強みです。現在、石炭の混焼率は20%と計画値から既に5%低減させており、今後もさらなる石炭混焼率の低下を目指し、CNに貢献したいと考えています。また同発電所の燃料として、広島県内の未利用木材などを使用しています。

 里山再生事業では、近隣の森林組合と協力しながら、成熟した木の伐採と並行して植林などを行うことで、実質的なCO2吸収を図ります。

―小水力発電事業はどんな取り組みですか。

松藤 当社は今年6月に、志和堀発電所(出力95 kW)の営業運転を開始しました。いわゆる小水力発電所ですが、エネルギー取扱量の少ない地方ガス会社からすると貴重な電源であり、CNに資する重要な設備です。まずはこの電力に由来する環境価値を当社事業所で活用することにより、自社の脱炭素化に役立てる計画です。

 また広島県内にはさまざまな理由で稼働できない小水力が複数あります。地域に貢献すべく、地元と連携して再生活用できないか検討しています。

天然ガスシフトでCO2低減 一丸となって未来を拓く

―CN実現に向け、どのように事業展開を行っていきますか。

松藤 CN社会実現に至る移行期は、天然ガス・LPガスシフトや高効率利用などを中心に、当社・お客さま先双方で累積CO2排出量の低減を着実に進めます。また前述の事業に加え、将来的にはカーボンニュートラルメタンや水素などの次世代エネルギーの利用による「ガス自体の脱炭素化」に挑戦していく考えです。

―今後の意気込みを。

松藤 当社グループは一丸となってCN実現へ果敢に取り組みたいと考えています。これは新たなチャレンジであり、従来とは違う思考・発想が必要です。  私自身もワクワクした気持ちを持ち続け、未来を切り拓いていきたいですね。

里山再生事業にも取り組む

【特集2まとめ】ガス業界の脱炭素戦略 「熱変」以来の大波に挑む


菅義偉前首相が「2050年カーボンニュートラル」を宣言して早1年。
都市ガス業界では大手を中心にビジョンが相次いで示された。
実質的に炭素を出さないエネルギー社会の創造は、
かつての業界挙げての国家プロジェクト「熱量変更」をしのぐ。
脱炭素に向けて必要なことは何か―。事業者やメーカーの動きを追った。

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【レポート】脱炭素時代へ本格始動 業界一丸となり難題に挑む

【インタビュー/本荘武宏・日本ガス協会】脱炭素社会への円滑な移行に貢献 メタネーションで他業界と連携

【インタビュー/柏木孝夫・東京工業大学】まずは即効性の高い省エネに注力 将来の水素インフラ構築も視野に

 

【レポート】「CN都市ガス」の採用進む 熱需要の低炭素化に期待

 【丸の内熱供給】高まる需要家のニーズに対応 将来の脱炭素時代に備える

 【ヤクルト本社】飲料業界では初めての採用 人も地球も健康な社会の実現へ

 

【レポート】都市ガスの脱炭素化「最前線」 メタネーションで進む技術革新

 【大阪ガス】メタン合成の高効率化を実現 施設整備で研究体制を拡充

 【東邦ガス】LNGの未利用冷熱でDAC実施 CO2分離・回収エネルギーを低減

 

【インタビュー/大下英和・日本商工会議所】電気料金負担が重荷の中小企業 「S+3E」前提の脱炭素に期待

 

 

【インタビュー】都市ガス会社2050年への戦略 地域特性を生かしたCN対策

 【岸田裕之・静岡ガス】地域特性に合った脱炭素・低炭素化 エネルギーと経済が循環する仕組み

 【松藤研介・広島ガス】天然ガスシフトと再エネ開発を両立 グループ一丸でCN実現に挑む

 

【レポート】北海道ならではの低炭素化策 森林・畜産資源を有効活用

  【北海道ガス】南富良野町と連携協定締結 森林取得で低炭素化を目指す

  【エア・ウォーター】家畜の糞尿がLNG代替に 液化バイオメタン実証を開始

 

【レポート】動き出した関東エリアの事業者 大手に続く地方ガス「脱炭素」への挑戦

【トピックス/西部ガス】ガス事業からCNに取り組む 響灘エネルギー拠点の青写真

【トピックス/三菱化工機】CO2回収設備のニーズ急増 自治体連携で脱炭素時の地産地消を支える

【トピックス/理研計器】脱炭素化関連の技術開発を加速 鍵握る複合センサーシステム

 

 

【特集1まとめ】資源高騰の深層「脱炭素」に踊らされる日本


石炭、LNG、石油といったエネルギー資源価格が軒並み高値を付けている。
昨年から上昇傾向を強め、LNG、石油については一服感が漂うものの、
石炭は米ニューヨーク市場の先物価格が一時トン170ドルを突破し独歩高の様相だ。
背景には世界的な経済回復に加え、中国などアジア諸国の旺盛な需要がある。
脱炭素・脱化石が叫ばれる陰で、各国は「国益重視」の戦略を展開する。
資源高騰の深層に何があるのか。官学民関係者への取材をもとに明らかにする。

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【レポート】エネルギー調達戦線に地殻変動 今こそ必要な「国家戦略」議論

【座談会】化石燃料を巡る世界の駆け引き激化 求められる戦略的な政策展開

【インタビュー:定光裕樹/資源エネルギー庁】岐路に立つ化石エネルギー調達 資源国と培った関係性を生かす

【特集2まとめ】電力ガス強靭化の「佳境」 全国で加速するインフラ整備


電力・都市ガスの大型インフラが全国各地で完成時期を迎えている。
電力では、東日本大震災以降のレジリエンスの向上や、
再エネ大量導入時代を見据えた系統インフラの能力増強が進展。
都市ガスでは、東京ガスの日立LNG基地やパイプライン網の完成など、
天然ガスの供給力を強化するインフラ整備が各地で進んでいる。
盤石な安定供給網へ―。最新の取り組みを追う。

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【プロローグ】全国で進むネットワーク強靭化 実現の陰にある知恵と工夫

【レポート/東京電力・中部電力】日本の電力支える直流幹線 東西間の融通能力が向上

【コラム/東京電力パワーグリッド】再エネ電気を有効活用 新時代の系統運用が可能に

【インタビュー/洞浩幸・中部電力パワーグリッド】エリアを越える電力融通のために 皆の強い使命感で計画を達成

【レポート/九州電力送配電】災害対策・省力化に注力 九州一円を守る日向幹線整備

【コラム/九州電力】建設から点検まで大活躍 電力で活用が進むドローン

【インタビュー/大山力電力広域的運営推進機関】安定供給に資する制度設計 長期的視点で電力システム構築

【寄稿/金田武司・ユニバーサルエネルギー研究所】自由化時代のエネルギーインフラ考 日米電力危機に学ぶ安定供給対策

【レポート/東京ガス】ガスネットワークの集大成 着実に歩んだ究極への道

【レポート/大阪ガス】「尼崎・久御山ライン」を新設 関西圏の供給安定性を強化

【レポート/西部ガス】難工事を乗り越えた九北幹線 福岡の暮らしを支える導管網

【トピックス/日鉄パイプライン&エンジニアリング】パイプライン敷設工事を効率化 検査時間を従来から半減

【トピックス/理研計器】ガス検知器が高性能かつ多機能へ スマート保安でニーズ有り