顧客情報管理問題の深刻度 浮上する資本分離の懸念


中部、関西、中国、九州の大手電力4社によるカルテル問題で大揺れの電力業界に、さらなる激震が走った。関西、東北、九州3社で送配電子会社が持つ競合他社の顧客情報を不正に閲覧した問題が発覚。経済産業省・電力ガス取引監視等委員会が調査に乗り出す事態となった。

一部では営業部門が顧客情報を活用していた疑いも浮上。大手電力会社から送配電部門を法的分離し情報を遮断する「行為規制」が機能していなかった実態が浮かび上がっている。「小売り全面自由化後、送配電会社の情報が本社の営業部門に漏れているのではとの疑惑が出てきたため、電取委に相談を持ち掛けていた。今回の騒動はようやくかといった感じだ」。新電力関係者はこう話す。

また大手電力の幹部は「不正閲覧はある意味、電力カルテルよりも深刻だ。行為規制では不十分と結論付けられたら、抜本対策として資本分離の議論に発展しかねない」と指摘する。卸電力取引の内外無差別問題を公正取引委員会が調査する中で発覚した、送配電の中立性問題。公正競争の在り方が改めて問われそうだ。

熟議なき「原発復権」 数々の疑問に向き合え


【論説室の窓】五郎丸 健一/朝日新聞 論説委員

政権が原発の「復権」にかじを切った。だが、数々の課題が置き去りで、見切り発車の色が濃い。
政策を安定的に進めるには、解決の道筋を示し、社会の理解と合意を得る手順が欠かせない。

 昨年末、政府が「GX実現に向けた基本方針」をまとめた。原発の積極活用策が柱で、再稼働の加速に加え、60年超運転を可能にするルール変更と、新型炉の開発・建設推進が盛り込まれた。

福島第一原発事故の教訓から、エネルギー基本計画は「可能な限り原発依存度を低減」とうたってきたが、新方針は「最大限活用」を明記した。古い原発の運転延長や建て替えが実現すれば、一定の依存が固定化することになる。

安倍政権と菅政権が再稼働推進にとどめてきたことを考えれば、重大な政策転換といえる。経済産業省の幹部は「3・11以降、原発政策を前に進めようといろいろやってきたが、今回は階段を大きく上ることができた」と評する。

風向きを変えたのは、ロシアのウクライナ侵略で深まった世界的なエネルギー危機だ。新方針も原発を積極活用する理由として、気候変動に加え、足元の電力供給不安を強調する。二つの危機への対処が重要なのは当然だが、今回の政策論議では、問題のすり替えや優先順位のずれ、対応の先送りが目についた。新方針が最適解なのか、はなはだ疑問だ。

示された方策と現実の課題は、時間軸がかみ合っていない。原発の再稼働には必要な手順があり、目先の供給力の上積みや二酸化炭素の排出抑制の面で、大きな効果は見込めない。一方、60年超運転や新型炉建設は不透明な要素が多く、実現したとしても効果が表れるのは十数年以上先だ。

「原発積極活用論」は、原発の稼働が安定供給や脱炭素化に直結するとの見方を前提としているが、推進派以外の専門家からは異論も聞かれる。「ベースロード電源である原発の稼働が増えると、火力発電の稼働率が下がり、休廃止がさらに進む可能性もある」「電力会社が経営資源を原発に割けば、再生可能エネルギーへの投資は停滞する」といった指摘だ。

年末のGX実行会議で発言する岸田首相

原発に集中した議論 尽きない方策への疑問

安定供給と脱炭素化の両立は、市場制度改革や再エネ拡大、脱炭素技術の普及など、さまざまな手立てで進める必要があるが、議論は原発推進に集中した。経産省の審議会でも、橘川武郎委員(国際大副学長)が「この国はエネルギー基本計画で再エネの主力電源化を決めた。電力不足になったら、まず再エネをどうするかを話すのが普通だと思うが、ここでは少数。原子力の話から入るのは違和感がある」と指摘したが、黙殺された。

方策自体への疑問も尽きない。

運転延長は、事故の教訓を踏まえ、老朽原発のリスクを減らすために与野党の合意で導入したルールを約10年で変えることを意味する。原子力規制委員会が60年超の安全性を審査する方法の検討はこれからだ。規制委が議論を始める前から、水面下でルール変更の検討が経産省主導で進んでいたことも発覚した。「推進と規制の分離」や「安全最優先」が貫かれるのか、疑念を持たれている。

新型炉建設では、経済性や事業リスクが不安視されている。欧米では近年、建設費が膨らむ例が相次ぐ。政府は電力業界の求めに応じて経済支援策を検討中だが、ある大手電力の社外取締役は「原発支援の国民負担に理解を得るには、運営体制を公共性の高い形に再編することが必須では」と話す。

根源的な課題でも、説得力のある答えは依然示されていない。使用済み核燃料や放射性廃棄物が増え続けるが、核燃料サイクルや最終処分の問題を解決できるのか。事故時に安全に避難できるか。新方針は取り組み強化をうたうだけで、具体性に乏しい。

本来、政策を転換するのであれば、必要性や効果はもちろん、コストやリスク、課題の解決策、ほかの選択肢との比較など、多角的な検討が必要なはずだが、なおざりにされた。つまるところ、エネルギー供給への不安心理が広がる状況を原発復権の好機と考え、「結論ありき」で一気呵成に進めたというのが、実情ではないか。

黙殺された審議会での意見 目につく硬直性・無責任

実は筆者は昨年11月、経産省の審議会のヒアリングに呼ばれ、意見を述べる機会があった。原発政策への疑問を指摘し、「積極推進にかじを切るなら、諸課題を解決する具体的な道筋も示す責務がある。日程・結論ありきを排し、熟議を尽くすことが肝要だ」と訴えた。しかし、その後の質疑でほとんど言及はなかった。

その一カ月後、政府がまとめた新方針には、8月の議論開始時に経産省が検討項目として示したものが、「予定調和」のように並んだ。拙速との批判も相次いだが、西村康稔経産相は「非常に慎重な方々のヒアリングもやった」とかわす。やはり、異論に耳を傾け、丁寧に議論を進めたという形を整えるための「アリバイづくり」だった、と思わざるを得ない。

原発政策には、課題に背を向け、ひたすら推進の旗を振る硬直性や無責任が目につく。そのことは福島の惨事につながり、深刻な原発不信を広げた。多くの人にとって事故の記憶が薄れているのは確かだろうが、政策への信頼や理解が十分回復したとも思えない。

政策の質と信頼性を高める土台は、疑問に向き合い、多様な意見を吸い上げながら中身を練る姿勢だが、それにはほど遠い。昨年7月の参院選で政権は原発活用策を明示せず、選挙後になって検討を急いだ。こんな進め方では、政策は民意の支えを欠き、不安定さを抱えたままではないか。

今回の過程から見えるのは、推進官庁が審議会でお墨付きを得つつ、水面下で首相官邸や与党と調整して政策をまとめる手法の限界と弊害だ。本来なら、原発推進論者ばかりでなく、幅広い分野の識者や国民各層の代表も入る場で、熟議を重ねることが必要だった。

この先、議論の主舞台は国会に移る。野党の中には、エネルギー政策を省庁任せにせず、国会に独立機関を設け、検証や提言の機能を持たせることを目指す議員立法の動きもある。政策転換の中身はもちろん、立案や合意形成のあり方についても、将来への責任を意識した真剣な論戦が望まれる。

能代で洋上風力初の商業運転開始 政府は第二弾公募を開始


昨年末、洋上風力にまつわるトピックスが立て続けにあった。まずは12月22日、国内初となる大型洋上風力(秋田県能代港)の商業運転が始まった。秋田県が秋田・能代の両港湾を対象に公募し、丸紅を中心とした特別目的会社が手掛けている。

営業運転を開始した能代港の洋上風力発電設備

そして28日には、再エネ海域利用法に基づく政府の公募二弾がスタート。この制度では特例的に最大30年間の占用許可を与え、今回は長崎・新潟・秋田の4地点が対象だ。第一弾を総取りした三菱商事の出方をめぐってはさまざまな見方が飛び交うが、ある再エネ業界関係者は「現地での活動状況やリソースの問題などの状況証拠的に今回はメジャーポジションで出る可能性は低そうだ」という。

もう一つの注目点が入札価格だ。ルール改正を踏まえ、相対取引を活用して1kW時3円の水準を狙う動きが予想される。他方、こうした動きとは一線を画し、シンプルにFIP(市場連動の再エネ買取制度)のプレミアムで採算を確保しようとする考え方もある。「FIPモデルは事業リスクが低く、こちらを志向する事業者は『3円の戦い』となることを懸念している」(同)。「国民負担抑制」に資する産業に育つのか。その岐路となる可能性がある。

【覆面ホンネ座談会】全面自由化の失策を問う 政策議論の歪みを正せるか


テーマ:電力システム改革

 電力需給ひっ迫懸念やロシアによるウクライナ侵攻に伴う燃料費の高騰、料金の高止まりによる家庭や企業への深刻な影響など、電力市場を巡る課題は尽きない。安定供給体制の再構築に打つ手はあるのか。

〈出席者〉 A学識者  Bコンサルタント  C新電力関係者

―安定供給再構築に向けたさまざまな議論が進められているが、そもそも問題の根幹は何だったのか。

A 政策立案の際には、経済産業省と産業界が交渉した上で行う形式が踏襲されているが、東日本大震災以降、電気事業政策だけが原子力発電の再稼働を人質に行政主導で制度改革を行う特殊な構図になってしまった。ある意味、頭でっかちな改革が行われやすい環境が現在の状況を生み出したと言えるが、最近の混乱の最大要因は、以前に比べて経産省資源エネルギー庁の人員が増えていないのにミッションだけが増えていることにある。

B 2016年の小売り全面自由化以降は、どちらかというと自由化政策よりも安定供給の立て直しの議論ばかりがされてきたと認識している。そういう意味で、12~15年の制度設計ワーキングの議論に課題があったと言わざるを得ない。電力システム改革専門委員会の報告書に基づく制度の詳細設計を議論する中で、果たして本当に安定供給面での考慮がなされていたのだろうか。電力システム改革という政策の負の側面をきちんと評価していたとはとても思えない。

C システム改革の三つの目的は数字に照らしてもクリアできていない。電力安定供給を含め、システム改革は失敗したと総括して然るべきだ。しかし、保坂伸エネ庁長官は昨年11月の電気新聞のインタビューで、自由化によって消費者が選べるメニューが増え、全体のコストが下がったと述べていた。誤解を恐れずに言えば、戯言だね。エネ庁トップがシステム改革は成功しているという認識のままなのであれば、安定供給議論を展開する土台がない。本音を聞いてみたいよ。

供給力確保の重要性が改めて問われている(写真は北海道電力苫東厚真火力)

再エネ導入と発電競争の問題 安定電源を削る発想の改革

―老朽火力の休廃止が進み、需給がひっ迫しやすい状況は改善しそうにない。

A 電力システム改革専門委員会が想定した通りに原発が再稼働できず、FIT(固定価格買い取り)制度により再生可能エネルギーの大量導入が進み、その上で電気料金を抑制しながら競争を促進せよというのが政府サイドの要請だ。制度改革の前提が損なわれているにもかかわらず、そこに力点を置いてしまっているばかりに、今も安定供給がおざなりになってしまっている。

B 再エネ導入のスピードを確実に見誤っていたことは間違いない。大手電力会社に市場への限界費用による玉出しを事実上強制するのであれば、新電力には相対契約を50%確保させるとか、もしくは少なくとも不当率相当分の電源を持つようにさせるとか、そういった規制が必要だったんじゃないかな。経産省は利益の先取りをさせてしまうような市場を設計して、一体何がしたかったのか。

C FITで再エネを入れ、かつ優先給電させながら、発電での競争の活性化というのは無理な話。昨年12月末の再エネ大量導入・次世代電力ネットワーク小委でも、太陽光や風力といった変動再エネは限界費用が低いから先にバイオマスや地熱に抑制をかけるという議論を相変わらずしている。安定電源優先稼働のマインドがないままでは、需給不安は続くだろう。

―火力の新設投資の必要性を誰もが認識しているはずだが。

C 石炭新設はダメだと環境アセスで位置付けたのがおかしい。23年以降立ち上がるJERAの横須賀火力など数基が最後になってしまうだろう。CO2フリーを奨励したいのであれば、炭素税を導入し、燃料種の設定も含め事業者の裁量に任せておけばよかった。電源不足を予想する事業者は新設に励んで、いくつかの電源は建っていた。電力自由化、競争は供給力が潤沢にある時のみ機能する。安定電源を削るような発想でしか制度改革が進んでいないのだから、今のような状況に追い込まれるのは当然だよ。

B 政策の目的が定まってないよね。

C 変動再エネを最大限導入するという点では一貫している。手段と目的の間のバランスが全く取れておらず、ただ盲目的に再エネ、しかも風力と太陽光という自立できない電源ばかりを導入では持続可能ではない。

東ガス次期社長に笹山氏 注目される提携戦略の行方


東京ガスは昨年12月21日、副社長の笹山晋一氏(1986年入社)が4月1日付で社長に就任する人事を発表した。現社長の内田高史氏(79年)は、6月の株主総会を経て会長に就く。同社は現在、笹山氏が中心となり2023年度からの新たな中期経営計画を策定中。社長就任後は、直面するエネルギー危機やカーボンニュートラル社会への対応など「エネルギー大変革時代を迎える中で、変化に柔軟に対応できるポートフォリオ型経営」の実践を目指していく構えだ。

「グループが一丸となり、協力企業・アライアンスパートナーの皆さまとの連携を密にし、新たな時代を切り開いていく強い決意をもって尽力していく」(笹山氏)

会見した内田社長(右)と笹山副社長

振り返れば、東ガスは関西電力や九州電力、東北電力、ENEOSといった大手エネルギー企業と、事業分野に応じたアライアンスを積極的に展開してきたが、「総じて成功しているとは言い難い」(都市ガス関係者)。笹山氏が信条に掲げる「三鏡」(自分の状況を知る=銅の鏡、歴史に学ぶ=歴史の鏡、厳しい意見を受け入れる=人の鏡)の組織・リーダー論を背景に、東ガスグループの提携戦略をどう描いていくのか。新体制の経営手腕が試される。

【イニシャルニュース 】M社顧問のI氏に注目 原子力復活で存在感


M社顧問のI氏に注目 原子力復活で存在感

原子力復活、防衛費増額という岸田政権の〝安全保障強化政策〟によって、重電大手M社を巡る昨年の人事が再び注目されている。安倍政権時代に首相補佐官として力を振るった有力官僚OBのI氏が昨春に顧問に就任したことだ。「M社救済策」ともいわれる岸田政権の政策に関わり、キーマンとして再び影響力を強めてくるのだろうか。

I氏は昨年、政府系エネルギー企業の首脳に就任すると予想されていたが、経産省内の人事の序列などで流れてしまった。安倍政権時代には「政治的に難しい原子力問題で積極的に政権は動くべきではない」と首相に進言し、政策になったとされる。ただし経産省関係者によると、官邸から退いた後「電力会社と原子力産業がここまで苦しむとは、状況が行き過ぎた。改善の手伝いをしたい」と、周囲に漏らしていたという。

M社への入社は、I氏の意思に加えて、官邸の意向が働いているかもしれない。I氏は首相秘書官のS氏と同期入省で親しい。M社では21年から22年にかけ、火力発電事業、旅客機事業の縮小、大型客船の製造ミスなど失敗が相次いだ。しかし同社は原子力や防衛など国策を担う中核企業であり、政府・官邸はその支援と情報収集などを、I氏を通じて行う可能性がある。

昨年9月、M社は大手電力会社と共同で、革新軽水炉を開発すると発表した。この大型プロジェクトには、原子力関係者から大きな期待が寄せられている。岸田政権は原子力の復活に政策のかじを切った。I氏の人事は、原子力でも、状況を前向きに変える動きの一つだろう。今後注目する必要がありそうだ。

制度議論にも影響波及? 公取委の電力市場調査

公正取引委員会による電力会社間の競争環境に関する実態調査を巡り、新電力各社のスタンスが二極化している。 この実態調査は、競争環境確保の観点から、市場や制度が抱える課題について実態を浮き彫りにすることを狙ったもの。新電力関係者に送付された調査票には、電力調達環境から容量市場、デマンドレスポンス(DR)に至るまで43項目もの質問が羅列されていた。

業界通のX氏は、「新電力のA社とB社などが大手電力会社の不当廉売と内外無差別問題で垂れ込んだと聞く。大手電力が不当な行為によって競争を阻害しようというスタンスで非対称規制を強めたいのだろう」と見る。

高い卸電力価格で経営環境が悪化している新電力関係者Y氏は、「公取委がどこまで踏み込むかは不明だが、少しでも事業環境が良くなるのであれば」と期待を寄せる。

公取委の狙いはどこにある?

一方で、必ずしも全ての新電力が歓迎しているわけではないようだ。「新電力として求めているのは、潤沢で低廉な供給力。大手電力会社を痛めつけたところでそれが出てくるわけではない。悪くすれば共倒れだ」(Z氏)、「内外無差別というのであれば、固定費の塊である原子力の費用をどう配分するのか。安ければ内外無差別を歓迎し、高ければ拒否するのであれば道理が通らない」(Q氏)との声も聞こえてくる。

「公取委は、LNG火力で日本のほぼ半分を占めるJERAの市場支配力を問題視しているようだ。どこまで踏み込むのかは未知数だが、少なくとも資源エネルギー庁の審議会で『内外無差別ではない』と断言された相対卸入札にはメスを入れるつもりだろう」(前出のX氏)

エネ庁が主導する制度議論に大きな影響を与える可能性もあるだけに、その動きに高い関心が寄せられている。

中国警察が国内に拠点 学識者が消息不明に

昨年、中国の警察当局が日本に拠点を設置していることが明らかになった。言論・結社の自由が保障された国に住む者として信じ難いが、すでに国内には中国の「黒い手」が広がっているようだ。

T学園大学に中国籍のS氏という政治学者がいる。衛星放送の報道番組に解説者として登場し、日本でも顔が知られている。そのS氏、10年ほど前に中国に帰国した際、消息不明となった。約半年後に姿を現し日本に戻ったが、スパイ容疑で拘束されていたとされる。

今も報道番組に出演するが、話す内容について「スタジオで直前に当局と携帯電話で打ち合わせをしている」(関係者)。番組では、中国共産党の政策を援護する説を延々と述べている。 

中国当局はエネルギー分野の学者にも目を光らせている。T氏は中国から来日した研究者で、E経済研究所に籍を置いたこともある。その後、都内でコンサルタント事務所を開いていたが、中国に帰国してから消息不明に。以来、関係者と連絡が取れていないらしい。

日本には真面目に研究に励む中国人研究者が多く在住している。家族・親族を故郷に残しながら、帰国をためらう人たちも少なくないという。

太陽光開発問題を静観 奈良県知事の思惑は

「奈良県平群町のメガソーラー計画に対する県の対応は、ずさんの一言に尽きる。だからこそ、一度はNOを突きつけた荒井正吾・奈良県知事の静けさは気になる」

こう首をかしげるのは在阪テレビ局の報道記者だ。平群町では約48‌haの区域に5万枚以上の太陽光パネルを設置する工事で山林が伐採され、地元住民から反対運動が起きていた。21年6月に工事は停止したが、業者からの再申請を受けて昨年12月に県の審議会は計画を承認した。

だがこの再申請についても、河川協議書の未提出が判明するなど、「一般的にあり得ないレベルの不備」(弁護士)が続出。県の対応に批判が集まる中、最終判断を下す荒井知事はここにきてなぜか静観の構えだ。

荒井知事は昨年9月の会見で「(住民に対し)県が直接事情を説明する。積極介入をする」と説明。2月の定例会で、一定規模以上のメガソーラー建設について知事の許可制とする太陽光条例の制定を目指している。メガソーラー問題解決に向け奮闘していたように見えるのだが……。

奈良県知事の姿勢に関心が集まる

「奈良県で影響力を持つ自民党有力議員のT氏が、S省大臣時代に秘書官を務めた官僚を知事に推したいと公言した。4月の知事選は保守分裂選挙になる可能性が高い」(自民党関係者)

荒井知事の静観の裏には、メガソーラー反対派のT氏と距離を置き、「リベラル派の支持を取り込みたいとの思惑がありそう」(前出の報道記者)。9月の会見では「メガソーラーに積極的ではない」と発言した荒井知事だが、選挙の前ではむなしく響く。

新電力から人材流出 ロビー活動にも影響か

電力価格高騰下で経営危機にさらされるスタートアップ系新電力から人材流出が相次いでいる。

16年3月の電力小売り全面自由化後、新たなビジネスモデルの展開や政策提言などで存在感を見せていたA社幹部A氏とB社幹部B氏。有力関係筋によれば、それぞれ退職し、ほかのエネルギー会社に転職したり、新会社を立ち上げたりといった動きを見せている。事情通のX氏が言う。

「A氏も、B氏も、電力ビジネスに精通し、能力面でも秀でた人物という評判だった。それだけにA社、B社ともに相応の痛手があるのではないか。新電力関係者の間では、自民党の再エネ派有力議員に対するロビー活動への影響も懸念する声が聞こえている」

東北電力、東京ガスというエネルギー業界を代表する大手2社の合弁会社、シナジアパワーが昨年12月に自己破産に追い込まれたことが物語るように、新電力各社の多くが調達価格高騰による業績悪化で火の車だ。エネルギー資源価格、電力価格の高止まりは今年も続くとみられ、電力小売り業界はまさに持久戦の様相を呈している。

「沈む船から逃げ出すネズミのごとく、新電力から優秀な人材が流出していけば、業界全体の衰退を招く恐れがある。電力システム改革の軌道修正が待ったなしなのは言うまでもないが、その議論を行っている間にも事業撤退を余儀なくされる新電力が相次ぐだろう。今年が電力全面自由化の終わりの始まりになるのかもしれない」(前出X氏)

ジリ貧の新電力業界を支えるC社幹部C氏、D社幹部D氏の去就も注目される。

【マーケット情報/2月3日】原油急落、経済低迷の見通しが重荷


【アーガスメディア=週刊原油概況】

主要指標、軒並み急落。米国をはじめとする景気低迷、それにともなう石油需要後退への懸念が油価の下方圧力となった。

米国連邦準備理事会(FRB)、および欧州中央銀行、イングランド銀行が金利を引き上げた。FRBの利上げ幅は2022年3月以来の最低となったものの、その後公表された1月の米国における雇用指数は、市場の想定より上昇。失業率は下落し、1969年以来の最低を記録した。インフレの継続を示唆し、FRBが金利を一段と引き上げる可能性が台頭した。これにより、経済の減速、および石油需要の減少に対する懸念が広がった。

また、米国オクラホマ州・クッシングの週間原油在庫が増加し、2021年7月初旬以来の最高を記録。全体の在庫も輸入増で増加し、油価を一段と下押した。

一方、OPECプラスの合同閣僚監視委員会は、現行の協調減産の維持を提案。また、欧州連合の輸入規制を前に、ロシア産原油への駆け込み需要が急増するも、油価への影響は限定的となった。

【2月3日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=73.39ドル(前週比6.29ドル安)、ブレント先物(ICE)=79.94ドル(前週比6.72ドル安)、オマーン先物(DME)=79.61ドル(前週4.87ドル安)、ドバイ現物(Argus)=79.44ドル(前週比5.56ドル安)

【特別対談】深刻化する地政学的対立 危機で進む原子力開発


澤田哲生(エネルギーサイエンティスト)/小山 堅(日本エネルギー経済研究所 専務理事

ロシアのウクライナ侵攻で世界のエネルギー情勢は劇的に変貌した。

混迷が長期化する中、専門家は原子力・核燃料サイクルの重要性を強調する。

澤田 日本が今抱えるエネルギーを巡る問題を考えると、まずウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格の高騰があります。高騰が国民、経済活動を圧迫し始めている。

小山 世界で今起きていることは、半世紀に1度の大きな変化をもたらすものかもしれません。2023年は第一次オイルショックから50年です。エネルギー危機という点で、現状は当時と重要な類似点があります。まず、危機が起こる前からエネルギーの価格が高騰を始めていたこと。つまり需給ひっ迫は危機が深刻化する前から起きていた点です。それから、特定のエネルギー供給源への依存が問題となっていたこと。石油危機では中東、今回はロシアです。

 危機前の需給ひっ迫と特定地域への依存の組み合わせによって、価格高騰だけではなく、エネルギーが手に入らないかもしれないという、物理的供給不足への恐怖が欧州をはじめ世界を震撼させたことも共通です。その対応として、各国でエネルギー安全保障政策が強力に展開されたことも同じです。この政策には、ものすごくコストがかかり努力も要る。しかし恐怖感から「やるべきだ」となった。

澤田 物理的供給不足は先進国だけでなく、特にアジア、アフリカなどの途上国にとっては致命的な問題ですよ。

小山 今回、ロシアのガスに依存していた欧州は、供給をどんどんと絞られた。この冬は何とかなると思いますが、今年から来年にかけての冬は状況がより深刻で、十分な供給量が手に入らないかもしれない。

 ただ、欧州のエネルギー関係者と話すと、「私たちはプレミアムバイヤーであり、他者より高い値段を払って調達できる」と言う人がいる。LNGを高額で奪い取るように買ってでも、自分たちの供給確保を考えていることになる。

露骨な欧州のエゴイズム ダブルスタンダードが明らかに

澤田 それはものすごいエゴイズムだ。欧州諸国が日ごろ強く唱えるSDGs的な理念から大きく外れている。

小山 今、欧州の自己中心的な姿勢が浮き彫りになっているように見えます。彼らは他国が買うかもしれなかったLNGを高いお金を払って買っている。ドイツはLNGの輸入基地を造っています。その基地向けのLNGの追加調達は米国や中東など既存の供給元からです。その一方、LNG供給を増やす投資には後ろ向きです。

澤田 石油については昨年、バイデン米大統領がOPEC(石油輸出国機構)プラスに増産を要請し、増産されましたが、価格低下などで大きな効果はなかった。物理的供給不足に対抗するには、上流の開発に力を入れなければいけません。しかし、脱炭素の潮流と市場の自由化で、投資メカニズムが機能していない。

小山 ロシアから供給されていた天然ガスや石油を他から買おうとするなら、供給力拡大が無ければ限られたパイの取り合いになります。しかし、「化石燃料投資はいけない」というのが欧州の基本スタンスです。これは問題です。

澤田 おかしいですね。

小山 自分の国では補助金を付けて料金を安くする。それは「お金持ち」だからできる。他方、値段が高騰して、ガスが買えなくなった途上国は石炭をより多く焚いている。つまり、欧州による必死のガス・LNG調達は、巡りまわって途上国などの石炭消費を増やしてCO2排出拡大につながっているとも考えられます。

澤田 まさにダブルスタンダードだ。

小山 今年、日本はG7の議長国になります。G7は自国の利益だけでなく、世界の利益・地球益の議論をすべきです。

澤田 厳しい需給ひっ迫はどれくらい続くと見ていますか。

小山 相当長く続く可能性があります。ウクライナ侵攻前、国際的なエネルギー市場は市場機能を働かせて、最も効率的に資源配分ができると考えられていた。しかし侵攻後、起きたのは市場の分断です。西側に対して中国・ロシア、それ以外のブロックという構図ができ、市場が地政学的に分断されてしまった。以前のような自由な取引ができる市場に戻るのは、かなり困難な状況が続きそうです。

澤田 言われたような地政学的な対立、分断の中で、日本もエネルギーの安全保障を考えざるを得ないことになる。「国産エネルギー」として再生可能エネルギーが主力電源と位置付けられ、カーボンニュートラルの政策もあり普及が進みました。しかし急速に進めたため、国民負担の急増など、いろいろなひずみが現れてしまっている。

小山 エネルギー安全保障、地球環境問題は市場の外部性に関わる問題です。市場メカニズムだけに任せていては解決できない。政府の関与・対応が以前に増して問われています。再エネは導入量が増えますが、太陽光発電や蓄電池に必要なものとして、特定の国に偏在するレアアース、クリティカルミネラルの問題がクローズアップされると見ています。

澤田 再エネは発電コストでも不透明な点があります。

小山 発電コストは低下していますが、自然変動型の電源が増えれば、その供給間欠性に対応するための火力発電、バッテリー、送電線網の増強や水素による対応などが必要になり、追加コストも増えていく。総合的な経済分析をして、本当のコストを国民に示していかなければいけません。

澤田 お話を聞くと、やはり日本としては原子力のオプションを捨てられない。原発で使用するウラン燃料はほとんどがオーストラリア、カナダ産で、供給面でリスクが少ない。さらに、いったん燃料を入れると3年間は発電を続けられるというメリットがある。

 政府もようやく、原発再稼働、運転延長、それに次世代革新炉を開発・建設する方針を打ち出しました。

小山 今回の政府の方針は非常に意味があると思います。危機によって、西側の国々で原子力開発が大きく動き出すようになったことを実感しています。

 欧州で専門家と議論をして、「福島事故で多くの原発が止まっているが、もし安全性確保の上、再稼働したらCO2排出削減、低廉・安定的な電力供給ができる。日本はそういう非常に大きなオプションを資産として持っている」と言われました。欧州のエネルギー業界では、そういう見方をする人たちがいます。

澤田 確かにヨーロッパから見ると、「なんで使えるものを使わずに、天然ガスに依存しているんだ」と思うかもしれない。原発再稼働で天然ガスの使用量が減れば、それを途上国などに回して世界のエネルギー安定供給に貢献できる。そう考えると、日本もまたエゴイストですよ。

 ただ、再稼働は進むかもしれませんが、新増設は疑問です。政府は推進を打ち出しましたが、膨大な費用がかかる事業に電力会社などが投資するかは分からない。

新設に総括原価主義を採用へ 自由化「模範国」を参考に

小山 英国は原発の新設を促すために規制資産ベース(RAB)モデルという、総括原価主義に近い制度を導入する考えです。英国は電力市場自由化の模範とよく言われますが、実際には、「原子力発電はこれだけ要る、再エネはこれだけ要る」と投資目標を政府が決めている。しかも、それを実現するために総括原価主義的な制度も入れていく。

 もちろん市場メカニズムには重要な効用があり、その効用は活用すべきです。しかし、市場原理の「陰の部分」は、政府が政策や制度できちんと対応しなければいけない。そうすることで初めて投資が行われ、それが実際の供給につながっていく。自由化のお手本の国が実際に行っていることを、よく参照していく必要があると思います。

澤田 英国は大陸側と送電網などがつながっていますから、他国からのエネルギー供給に依存することができる。それでも、原発新設に総括原価主義まで導入しようとしている。 近隣国からの供給が期待できない日本は、より原発の新増設、さらにウラン燃料をリサイクルする核燃料サイクルに本腰を入れなければいけない。当然じゃないでしょうか。

小山 日本にとって原子力は本当に重要ですから、政府も産業界も共に真剣に取り組まなければいけません。さらに再稼働などだけでなく、澤田さんが言われたように核燃料サイクルもトータルとして考えていく。まさに今がそれを行うべき時だと思います。  今年、恐らく次のエネルギー基本計画の議論が始まります。前回の改定ではいわばカーボンニュートラル一色で議論が進む側面がありました。今回はウクライナ危機を踏まえて、エネルギー安全保障がいかに重要であるか、また市場原理の効用と限界をどう考えるのかをしっかり検討して、改定に向けた議論をしてもらいたいと思っています。

さわだ てつお
1980年京都大学理学部物理学科卒。ドイツ・カールスルーエ研究所客員研究員、東京工業大学助教などを経て2022年から現職。専門は原子核工学。

こやま けん
1986年早稲田大学大学院経済学修士修了、日本エネルギー経済研究所入所。2020年から専務理事・首席研究員。専門は国際エネルギー情勢など。

釧路湿原周辺で太陽光乱立 「行政に打つ手なし」の現実


北海道の中でも平野が広がり年間の日照時間も長いため、太陽光発電の導入に可能性を秘める釧路市。1000kW以上のメガソーラーの導入件数は昨年6月時点で22件と、2016年6月の7件から急増中だ。が、自然豊かな生態系を維持する国立公園周辺での建設が相次いでおり、住民から不安の声が聞こえているのだ。

国立公園周縁部の広大な原野は、釧路市が「無秩序な市街化を防止し、計画的な市街化を図るため」に区分けした市街化調整区域と呼ばれる地域だ。氷河期の遺存種として知られるキタサンショウウオの生息地にも重なる。市の都市計画課によれば「市街化調整区域では原則、建築物の建築は認めていない」と過度な開発を抑制してきたが、こと太陽光発電については「建築物ではなく電気工作物と定義されている。建築物ではないので許可申請も必要ない」(太陽光事業者)というのだ。

となれば、大規模な自然破壊を防ぐ環境影響評価(環境アセス)の出番だが、この区域には北海道環境アセス条例の対象にならない出力2万kW未満の事業が多い。先に挙げた22件のうち、実に20件が2万kW未満なのだ。

地元の環境団体などはメガソーラー建設反対を叫んでいるが、「行政側も打つ手なし」(釧路市関係者)なのが現状。メガソーラー開発の適地が年々減少する中で、規制の網をかいくぐる事業者は後を絶たない。「日本古来の美しい里山の風景が、無機質な太陽光パネルによってどんどん破壊されている。山梨県などのように、地元自治体が太陽光条例を制定するしか乱開発を防ぐ方法はないだろう」(環境NPO関係者)

どうする釧路市!

急務のエネ政策立て直し GX実行会議の舞台裏〈前編〉


【識者の視点】竹内 純子/国際環境経済研究所理事・主席研究員

昨年、岸田文雄首相が主催したGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議が注目を集めた。

エネルギー政策を左右する幅広い議題が論じられた舞台裏を、委員を務めた竹内純子氏が振り返る。

GX(グリーントランスフォーメーション)とは、化石燃料からクリーンエネルギーへの転換を核として、経済・社会、産業構造全体の変革を目指すものだ。その推進策を議論する場として2022年7月末に設立されたのが「GX実行会議」だ。半年で5回と、首相と関係閣僚が毎回出席する会議にしては相当インテンシブに開催されたといえるだろう。同会議の議論は多岐にわたるが、大きく言えば現下のエネルギー危機への対応が議論された前半と、将来的な投資の確保とその財源としてのカーボンプライシングが議論された後半の二部構成だったといえるだろう。2回に分けて同会議での議論を紹介するに当たって、今回は前半での議論に注目したい。

第一回会合では、各構成員が自由に問題意識を述べる機会が与えられた。GXの必要性や、これを成長戦略とすることの重要性について、意見の相違はほぼ無かったと認識している。一方で多くの構成員から示されたのは、現下のエネルギー供給に関する強い危機感であった。端的に言えば、エネルギー供給構造があまりに脆弱になっており、将来を考えられる状況に無い、電力需給ひっ迫や価格高騰にあえぐ現状の立て直しを急ぐべきという発言が相次いだのだ。

これを受けて岸田文雄首相からは、GXと整合的な形で立て直しを図るという方針に加えて、「政治が決断すべきことについて全て指摘してほしい」という要望が示された。第二回で筆者も含めて多くの構成員が指摘したのは、電力自由化の修正と原子力事業立て直しの必要性であり、そこに政治の決断を求める意見であった。

昨年末の会議で議論を取りまとめる岸田首相

電力システム改革を検証  移行期に重視すべき施策共有

電力自由化は、競争原理の導入によって効率化を促し、エネルギーコストの低減を期待する施策である。経済成長の停滞で設備が余剰傾向になったタイミングなどに自由化を行えば、電力コスト抑制の効果が期待されるが、効率化は余裕を削ることにつながる。域内のエネルギー融通や備蓄において有利な欧州諸国と比べて、あらゆる点でバッファーが薄いわが国では相当慎重に行われる必要があった。しかし、これまでの全面自由化の制度設計では、適切な余裕を維持することへの配慮は十分ではなかったと言わざるを得ない。

そもそも、CO2削減やエネルギー安全保障の価値は、市場ではまだ十分評価されない。脱炭素やエネルギー安全保障を実現するには政策の関与が求められる。カーボンニュートラルの実現は、18世紀の産業革命を上回る社会変革であり、長期の移行期間を必要とする。自由化を修正し移行期間に必要な投資を確保せねば、改革半ばでとん挫するだろう。

東日本大震災以降、再生可能エネルギーや省エネの拡大は進んだが、原子力および火力発電所の廃止が進展し、わが国の供給力は大幅に低下した。発電設備(kW)の減少だけでなく、電力自由化の進展と再エネ導入拡大により、電力各社が燃料調達における長期契約を減少させており、第三次オイルショックというべき資源価格高騰が長期化すれば、kW時の確保も危機に直面する。移行期間に求められる発電設備への投資インセンティブや、燃料長期契約に向けた予見性の確保、それらの投資の資金調達コストを引き下げることの重要性が共有されたと認識している。

会議では、再エネの導入スピードを上げるべきという意見も聞かれたが、わが国のFIT(固定価格買い取り制度)導入後の太陽光発電の増加率は世界に例を見ないスピードであった。FIT賦課金や地域住民からの反発が急増する現状を踏まえ、どの程度の増加スピードが妥当かとのクライテリア(判断基準)が示されることはなく、情念的な再エネ推進論の域を出なかったのは残念なことだ。

自由化と相性悪い原子力  政治はどこまで切り込めるか

原子力政策の立て直しについては、電力安定供給やコスト低減、技術・人材の維持といった多様な観点からその必要性が指摘された。余談だが、会議では時間制約から各委員の発言時間が厳しく制限された。しかし構成員の一人が、事務方が差し入れる時間超過を知らせるメモを無視して、技術や人材確保の観点から各国の原子力技術開発競争に日本が遅れを取ってはならない、という問題意識を語り切ったことは印象的であった。

筆者が指摘したのは、脱炭素を掲げた以上、原子力の必要性については議論の余地はなく、事業の健全な発展に向けてさまざまな制度改正を行わねばならない点だ。どんな技術も同様であろうが、原子力は特に「今必要だから稼働させる」といった短期的な利用が許される技術ではない。安全規制の合理化・実効化、発電事業者が無限責任を負う原子力損害賠償制度の改正、原子力防災における国の関与の強化など、一つひとつ改善を図らねば原子力の活用は絵に描いた餅になる。

新規建設を期待するのであれば、加えて英国が導入したRAB(規制資産ベース)モデルや米国の債務保証など、資金調達コスト抑制に資する施策を導入しない限り、プロジェクトは成立しない。電力自由化という投資回収を不確実にする施策と、最も相性が悪いのが原子力発電事業であり、わが国はこの問題に何ら手をつけずに自由化を進めてしまったのである。

しかし、原子力はしんどい。政治的にはできるだけ触れずに済ませたいテーマであろう。長期安定を誇った安倍政権でも、50年カーボンニュートラルを看板政策に掲げた菅政権でも原子力政策が停滞したのは、いざというタイミングで不祥事を起こした事業者側にも大きな責任があるが、政策を前に進めることの政治的なハードルの高さを物語っているともいえる。

こうした中で、岸田政権が原子力の立て直しを進めると明言したことは大きな一歩であったと評価する。しかし、その一歩の先には茨の道が続く。実行会議で示した方針に基づき、今年の通常国会でどのような議論が行われるかに注目したい。

たけうち・すみこ 東京大学大学院工学系研究科にて博士(工学)。慶応大学法学部卒業後、東京電力入社。独立後、複数のシンクタンク研究員や東北大学特任教授を務める。2022年12月末『電力崩壊―戦略なき国家のエネルギー敗戦』上梓。

CP導入を巡る環境省の深謀遠慮 黒子役の「ステルス作戦」が奏功


GX(グリーントランスフォーメーション)政策の一環としてカーボンプライシングの導入が決まった。

影が薄く見えた環境省は、実は「ステルス作戦」に徹し実を取ったとも。次なる野望も見え隠れする。

気候変動対策の国際枠組み・パリ協定が発効して7年。日本が脱炭素政策でようやくグローバルスタンダードになる時が来た。日本でも温暖化ガス排出量に課金するカーボンプライシング(CP)導入が決まったのだ。一連の政策を練り、導入までの折衝を一手に担ったのは経済産業省だ。世間では「経産省の一人勝ち」という見方が大勢だが、CP導入に向け水面下で政策の実現を後押ししたのは実は環境省だった。パリ協定の合意前後から始まった「ステルス作戦」が功を奏したといえる。

岸田文雄政権は通常国会に、目玉法案の一つのGX(グリーントランスフォーメーション)推進法案を提出する。新法はGXを推進する財源にGX経済移行債の発行や、CPとしてCO2排出量に比例して課金する炭素賦課金の導入などを盛り込んだ。具体的な課金額や方法などは、新法の施行後「2年以内」に示すとしている。2月10日前後に閣議決定し、2月中に国会に提出され審議入りするというスケジュールだ。

「経産省に主導権を握らせ、環境省は黒子に徹する。この戦略は正解だった」。永田町のある関係者は、一連のGX推進議論で環境省が存在感を発揮しなかったとする論調を打ち消すように語った。外形的には経産省が全てを取り仕切り、環境省が何もせずに事が進んだと見える。しかしこの関係者は「賦課金の配分で両省では話がついている」と述懐する。

賦課金の予算配分で合意  思惑通りの展開へ

賦課金は税金と似たような性格を持つが、国会や財務省の目に触れることなく所管する省庁の懐に入る。毎月の電気料金に上乗せされる再エネ賦課金と同じで、炭素賦課金も普通なら経産省が総取りできる財源だ。ところが、炭素賦課金の一部は環境省にも予算配分されることが合意されているというのだ。現行の地球温暖化対策税もエネルギー特別会計という形で、環境省もその恩恵に預かっており、今回の炭素賦課金も同様に予算配分されることになるという。

「要は省庁間のバランスの問題になる。経産省が独り占めするのは財務省が許さない。やるかどうかは別にして、環境省と財務省がタッグを組めば経産省にとって厄介な存在になる。そういうリスクシナリオを見越して配分するということだ」(前出の永田町関係者)

環境省にとってCP導入は悲願といえる。省内での有識者会議を立ち上げ、温室効果ガスの削減政策の切り札として理論を積み重ねてきた。本来なら先頭に立ってCP導入を推進する立場にあるはずだが、同省関係者は「実入りの問題ではないわけで、仮に全ての金が入っても執行できない問題がある。エネ特を見ても明らかだ」と言う。つまり形はどうであれ肝いり政策が実現でき、とりあえずは納得したということだ。

しかも今回の炭素賦課金はCO2排出量に応じて課金する「炭素比例」という仕組みが想定されている。環境省はかねて「炭素比例で導入しなければグローバルスタンダードにならない」と主張し、さらには上流産業に賦課金をかけるという主張も通っており、同省のある幹部は「良い制度になった」と評価する。世間的には存在感を発揮していないように見えても、実際のところは彼らの思惑通りに事が進んだということだ。

7年来の融和作戦が結実  次なる野望は官邸の中枢入り

そもそも規制官庁の環境省では産業界を説得できないという問題があった。同省が動くというだけで、産業界は警戒し反対に回る図式が出来上がってしまったからだ。小泉進次郎氏が環境相時代に先鋭的になりすぎたことも影響した。彼が「CP、CP」と声を大にするたびに、産業界が反発。環境団体の手先のような主張にアレルギー反応が出てCPの導入が遠のいていった。産業界の納得を取り付けるためには、経産省との協力が不可欠だったのだ。

2015年のパリ協定合意前後から環境省は、それまでの規制色を前面に出す戦略を転換し、水と油の関係だった経産省と融和する方向に舵を切った。これを「ステルス作戦」と呼び、環境省は前面に立つことなく、経産省との協力関係を構築していった。環境影響評価を巡る石炭火力発電所の新設計画への異議を乱発し、戦いを仕掛けた後、経産省と政策的合意を結んで軟着陸したのも、ステルス作戦の一環だ。

小泉大臣就任で一時は省内で「先祖返り」の空気が漂い、この戦略も水の泡になりかけた。だが人事配置を巧みにし、時には大臣の発言を打ち消す根回しに奔走するなど経産省との関係を何とか維持した。今回のCP導入は足掛け7年にわたるステルス作戦が凝縮した結果だ。

脱炭素政策を主導すべく長年根回しを続けた

CP導入という悲願を達成した環境省だが、具体的な制度設計の場面でもステルス作戦により、経産省との協力関係は継続することになるだろう。環境省にはさらに別の野望があるからだ。すなわち、首相秘書官の座を射止める―。

現在、事務の首相秘書官には財務、外務、経産、防衛、警察の5省庁で構成されている。官邸主導の現在の政治状況では、首相に近く、情報の一手を握れる首相秘書官を輩出する省庁の力がおのずと強くなる。経産省が権勢を振るうのはこのポストによるところが大きい。この先も国内外ともに重要な政策の一つである脱炭素で主導的な役割を果たすなら、このポストを獲得することが重要だ。

政界関係者は「政治側の有力な応援団がいないなど環境省にはまだまだ弱いところがあり、とても今の状況では実現できない」と評する。しかし「官邸の中枢に入ることで初めて自らが思う政策が実現できる。そのためには『霞が関野党』というレッテルを払拭しなければならない。政治側の味方も増やさないといけない。これからが本当の勝負時だが、今の戦略にブレが出なければ可能性はゼロとはいえない」とも語る。

ステルス作戦の本当の意味での結実はまだ先であり、CP導入は環境省が目論む戦略のほんの序章に過ぎない。

海底直流送電の実現なるか 電力系統増強へ制度整備


再生可能エネルギーの導入拡大に向けた電力系統増強の政策展開が本格化してきた。

内閣官房と経済産業省は1月23日召集の通常国会に、2本のエネルギー関連法案を共同提出する予定だ。一つは、GX経済移行債を柱とする新法案「脱炭素経済成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案(GX推進法案)」。もう一つは、①原発の運転期間延長などを目的とした原子力基本法・原子炉等規制法・電気事業法・使用済み燃料再処理法の改正案、②再エネの導入拡大支援と規律強化のための電事法・再エネ特別措置法の改正案―によるエネルギー束ね法案だ。

このうち②で系統増強への制度環境を整備する。具体的には、電力安定供給の観点から重要性の高い送電線について経産相が整備計画を認定する制度を創設する。認定を受けた計画のうち再エネの広域利用に資するものに関しては再エネ特措法に基づき着工段階から系統交付金を支給。また電力広域的運営推進機関が窓口となり、認定事業への貸付を行う方向だ。

シナリオ別のHDVC構成案(広域機関のマスタープラン検討会の資料から) 

系統増強を巡っては、広域機関の検討会が昨年12月、広域系統整備に関するマスタープラン案を提示した。最大の焦点は北海道、東北、東京の各エリアをHVDC(高圧直流送電)の海底ケーブルで結ぶ構想だ。日本海側と太平洋側の両ルートを合わせ、ベースシナリオで2兆5000億円~3兆4400億円の工事費を想定している。

「費用対効果は? 事業主体は?漁業補償は? など、課題は山積み。構想倒れに終わった『日本~サハリン天然ガスパイプライン』の二の舞にならなければいいが」。大手電力関係者の間には、冷ややかな空気が漂っている。

原発「40年」の足かせ見直しへ 高経年炉の新規制体系を探る


運転期間原則40年、最長60年までとした高経年原子炉の安全規制の在り方が変わる。

原子炉等規制法上でこのくびきをなくすが、新たな規制枠組みは原子力事業の今後にどう作用するのか。

「これまで40年超運転を目指そうとしても、審査のタイムリミットから廃炉を決断せざるを得ないケースがあった。今回の見直しで、長期停止中の炉についてこの期限を気にする必要がなくなった意味は大きい」。ある原子力業界関係者は、政府が昨年末までに示した原子力の高経年炉の新たな規制方針をこう評価する。この見直しについて、事業者からはおおむね好意的な受け止めが挙がっている。

高経年炉の安全規制としては、①福島原発事故以前からの仕組みである、運転開始30年以降10年ごとの技術評価制度(プラントライフマネジメント=PLM)、②福島事故後に設けた原則40年、最大20年の運転期間延長認可制度―の二つの枠組みが存在していた。②の導入に際して、政府は2012年に原子炉等規制法を改正した。ただ原子力規制委員会は20年7月末、運転期間の判断は「原子力の利用の在り方に関する政策判断にほかならず、規制委が意見を述べる事柄ではない」との見解を提示。さらに自民党の「原子力規制に関する特別委員会」などでも運転期間に関する制度の見直しに向けた議論が進んでいた。

そして昨夏、岸田文雄首相がGX(グリーントランスフォーメーション)の一環で原子力政策を巡る課題解決を検討するよう号令をかけた。次世代革新炉へのリプレース方針なども示されたが、中でも短期の原発比率に影響する運転期間見直しのインパクトは大きい。経済産業省は利用政策、規制庁は安全規制の観点から、それぞれ制度改正する。

タイムアウトでの廃炉回避へ  円滑な制度移行を重視

経産省サイドでは、40年+20年の制限は残し、40年超運転については一定の要件を踏まえて経産相が認可する新制度を設ける方針で、電気事業法を改正する。他方、東日本大震災後の長期停止期間を運転期間から除外する「カウントストップ」を認め、「40+20+α」といった追加的な延長も可能になる。具体的には、新規制基準対応などの制度変更や、裁判所による仮処分命令といった事業者が予見しがたい事柄などに伴う停止期間を考慮する。

一方、規制側ではPLMと延長認可制度を統合した新たな枠組みを炉規法上に定め、事業者に義務付ける。今後は運転開始30年以降、10年以内ごとに、劣化状態の点検や、将来の経年劣化に関する技術的な評価などを踏まえた「長期施設管理計画」を事業者がつくり、規制委の認可を受けていく。認可はより詳細になり、頻度が増える一方、規制制度としては運転期間の上限は設けない。「純粋に技術的評価のみに基づき延長していく規制庁の方式がより論理的だ」(冒頭の関係者)

政府は、1月下旬に招集した通常国会に、改正電事法や炉規法などの束ね法案を提出する予定だ。では、これらの変更は原子力事業の今後にどう効いてくるのか。

従前は40年超運転を目指す場合、そのリミットの1年前までに申請しないと延長の権利を失い、廃炉せざるを得なかった。福島事故の後、事業者はまず比較的運転期間が短く出力が大きい炉の再稼働に向けた審査対応を優先させ、古い炉の運転延長の申請まで手が回らないケースもあった。

しかし新制度では、40年が迫っても即廃炉にせず、停止させたまま40年を迎えるという選択肢も取れるようになる。「特に新規制基準適合性審査や運転延長が未申請の設備にとっては大きな意味を持つ。例えば柏崎刈羽1号は運転開始から37年経つが、6・7号機などの再稼働後、審査対応をこなせる余裕が出てくれば、そこからさらに10年ごとの延長を目指すことも可能になる」(同)

なお、一般論として政府が制度改正を行う際、旧制度下で得た認可は失効しないが、今回は大幅な変更となることから、旧制度で40年超の認可を得た設備も、新たに認可を取り直す必要がある。この手続きが今後の稼働状況に影響を与えるかどうかも、事業者は注視する。

その点、当面新制度で審査される技術評価などの項目は従前と同様であり、事業者はこれまでのPLMの知見を活用することができる。さらに規制庁は、制度変更を理由に既に認可を得ている設備が停止する事態を避けるため、1~3年程度の「移行準備期間」を設ける方針だ。規制庁が1月11日に行った事業者との意見交換では、原子力エネルギー協議会(ATENA)が今後想定される申請や審査のスケジュールを示しており、当面、最大23基の審査が行われる見通しとなっている。

要求青天井の懸念も  60年以降の審査がカギに

ただし、規制委の山中伸介委員長は昨年12月21日の会見で「劣化の点検や予測評価手法などに新たな知見が得られた場合には、事業者に対して長期施設管理計画の変更や追加点検の実施などを求めることができるようになる」とも述べている。

山中氏は最新の知見を踏まえ新制度を運用していく考えだ

原子力技術開発に長年携わった元法政大学客員教授の宮野廣氏は、「そもそも高経年化炉の評価は、事業者が10年先を予見して技術評価を行い、その是非を規制側が判断する。本来は、規制側が技術評価で求める安全水準をガイドラインなどで示すべきだが、新制度ではそうはなっておらず、あいまいさがある。審査の過程で要求する対策レベルを上げていくようなことがあれば、審査の遅れにつながりかねない」と指摘する。

特に今回、炉規法での上限がなくなったことを踏まえれば、50年の段階で60年を、あるいは60年の段階で70年を見据えた経年劣化に関する技術評価がどう審査されるのか。その際、最大60年+αという上限を残す経産省側の新制度がどう効いてくるのかが、ポイントになりそうだ。

政府がGX戦略として持続的に原子力を活用する方針を改めて掲げた以上、高経年炉の新規制でブレーキが掛かることがないよう、丁寧な目配りが求められる。さらには、米国などのような80年運転に向けた仕組みづくりへの検討にも着手していく必要がある。

電気料金高騰に需要家悲鳴 値上げ査定への影響は


電気料金の請求額が前の月から一気に3倍に上がった。前の年の同じ月と比べると2倍。電気の使用量は減っているはずなのに」―。1月分の電気料金の請求明細を手に、困惑した表情を浮かべながらこう語るのは、東京都内在住の40代の男性だ。

規制料金値上げで記者会見する小早川社長ら東電幹部

暖房需要で光熱費が上がる冬に入り、あまりに高額な電気代の請求に家庭の需要家からは悲鳴が上がっている。規制料金であれば、燃料費調整額の上限によってある程度守られているが、上限が廃止されたオール電化住宅の家庭の場合、10万円超の請求もざらだ。

ただ、大手電力会社としても規制部門の赤字供給状態を放置したままでは財務基盤の悪化を招きかねない。昨年末の東北、北陸、中国、四国、沖縄の5社に続き、東京電力エナジーパートナー(東電EP)も1月23日、6月の家庭向け経過措置料金値上げへ経済産業省に料金改定を申請した。

同社の料金改定は、2012年9月に実施して以来。22年9月以降、燃料費調整単価が上限に達し、このままでは23年度は約2500億円の持ち出しになるという。平均値上げ率は29・31%。標準家庭(使用量260kW時)の月額料金は、28・6%値上がりの1万1737円となる。

原価算定に当たっては、柏崎刈羽原発7号機を今年10月、6号機を25年4月に再稼働する運転計画を織り込み、1kW時当たりの値上げ幅を2・1円程度圧縮した。会見した東電ホールディングス(HD)の小早川智明社長は、「国難とも言える状況だからこそ、グループ一丸となってお客さまや地域社会とともにより良い解決策を創造していきたい」と語った。

また、燃料費や卸電力市場価格が引き続き高水準で推移し、23年3月期の東電EPの収支が約5050億円の経常赤字となる見通しであることから、昨年実施した2000億円に続き、3000億円の追加増資をHDが引き受けることを合わせて発表した。これにより、収支の著しい悪化で棄損した、東電EPの財務基盤の立て直しを図る狙いだ。

値上げに世間の厳しい目 迷走する賃上げの扱い

値上げの主な要因が燃料価格高騰と円安とあっては、事業者の努力で圧縮できる余地は少ない。そんな中、既に始まっている先の5社の料金査定で一つの焦点となっているのが賃上げを原価に織り込むかどうかだ。

実を言えば、料金改定で用いられる「審査要領」では、消費者物価や雇用者所得の変動見込み(エスカレーション)の原価参入を認めていない。一方で、河野太郎消費者担当相が昨年8月、「公共料金の改定では、企業の賃上げが適正に見込まれているか検証する」と明言している。

査定を担う専門委員の間でも、政府方針に則り一定の賃上げを容認するか否かで意見が真っ二つに分かれている。物価上昇を受けて経済界全体に賃上げの機運が高まる中、これからのエネルギー業界を担う優秀な人材を確保し続けるためには、「適切な給与水準の維持は欠かせない」(学識者)。

SAF国内供給へ新会社を設立 サプライチェーン構築の基盤担う


【コスモ石油】

 従来燃料と比較し、ライフサイクルでのCO2排出量を大幅に削減できる「持続可能な航空燃料(SAF)」。コスモ石油は日揮ホールディングス(HD)、レボインターナショナルと共に、2022年11月に廃食用油を原料とした国産SAF製造供給を行う新会社「SAFFAIRE SKY ENERGY」の設立を発表した。商用規模で国内初となる年間約3万klの生産・供給を予定し、24年度下期の運転開始を目指す。

コスモ石油は20年9月から同事業に参画。翌月には菅政権(当時)によるカーボンニュートラル宣言があり、これを契機として国内でもSAFへの注目とニーズが急速に高まっていった。21年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業に当事業が採択され、また22年には国産SAF普及を目指す民間企業16社が有志団体「ACT FOR SKY」を設立するなど、業界を横断した取り組みも加速した。コスモ石油企画部の山本哲・次世代事業推進グループ長は「当社は燃料製造・供給者の立場として、燃料油精製のノウハウや安全・品質管理、製造・輸送インフラをSAFに活用できる」と話す。

「SAFの国内認知を上げたい」と話す山本哲氏

課題はSAF原料の確保 サプライチェーンを構築

課題は需要に対する供給の圧倒的な不足だ。その理由にはSAF原料確保の難しさがある。「日本国内の廃食用油は40~50万klほどしか存在せず、うち約10万klは海外に輸出されている」(山本氏)。世界中でSAF原料の争奪戦が始まっている中、「SAFFAIRE SKY ENERGY」は、国内での資源循環を重要視し、コスモ石油堺製油所内でSAF製造設備の建設に着手。レボインターナショナルと日揮HDが原料調達を担い、製造と販売をコスモ石油が担当する。

廃食用油の収集から製造したSAFを航空会社へ供給するまでの「燃料サプライチェーン」を一貫して構築していく。「コスモ石油、日揮HD、レボインターナショナルの3社が業界の垣根を越え、各社の強みを結集して取り組むことで実現した事業」と、山本氏は強調する。

コスモ石油は30年の達成目標として、現在の自社JET燃料販売シェアを上回る「年間30万klのSAF国内供給」を打ち出している。目標達成に向け、廃食用油原料のSAFだけでなく、三井物産と協業しバイオエタノールを原料としたSAF製造の事業化も検討している。山本氏は「今後はSAFの国内認知を通して『廃食用油が飛行機の燃料を作る資源になり得る』という事実を広く知ってもらい、各企業や個人の行動変容につなげていきたい」と展望を語る。今後ますます需要が高まるSAF。その国内基盤の構築をコスモ石油が担っていく。