GX(グリーントランスフォーメーション)政策の一環としてカーボンプライシングの導入が決まった。
影が薄く見えた環境省は、実は「ステルス作戦」に徹し実を取ったとも。次なる野望も見え隠れする。
気候変動対策の国際枠組み・パリ協定が発効して7年。日本が脱炭素政策でようやくグローバルスタンダードになる時が来た。日本でも温暖化ガス排出量に課金するカーボンプライシング(CP)導入が決まったのだ。一連の政策を練り、導入までの折衝を一手に担ったのは経済産業省だ。世間では「経産省の一人勝ち」という見方が大勢だが、CP導入に向け水面下で政策の実現を後押ししたのは実は環境省だった。パリ協定の合意前後から始まった「ステルス作戦」が功を奏したといえる。
岸田文雄政権は通常国会に、目玉法案の一つのGX(グリーントランスフォーメーション)推進法案を提出する。新法はGXを推進する財源にGX経済移行債の発行や、CPとしてCO2排出量に比例して課金する炭素賦課金の導入などを盛り込んだ。具体的な課金額や方法などは、新法の施行後「2年以内」に示すとしている。2月10日前後に閣議決定し、2月中に国会に提出され審議入りするというスケジュールだ。
「経産省に主導権を握らせ、環境省は黒子に徹する。この戦略は正解だった」。永田町のある関係者は、一連のGX推進議論で環境省が存在感を発揮しなかったとする論調を打ち消すように語った。外形的には経産省が全てを取り仕切り、環境省が何もせずに事が進んだと見える。しかしこの関係者は「賦課金の配分で両省では話がついている」と述懐する。
賦課金の予算配分で合意 思惑通りの展開へ
賦課金は税金と似たような性格を持つが、国会や財務省の目に触れることなく所管する省庁の懐に入る。毎月の電気料金に上乗せされる再エネ賦課金と同じで、炭素賦課金も普通なら経産省が総取りできる財源だ。ところが、炭素賦課金の一部は環境省にも予算配分されることが合意されているというのだ。現行の地球温暖化対策税もエネルギー特別会計という形で、環境省もその恩恵に預かっており、今回の炭素賦課金も同様に予算配分されることになるという。
「要は省庁間のバランスの問題になる。経産省が独り占めするのは財務省が許さない。やるかどうかは別にして、環境省と財務省がタッグを組めば経産省にとって厄介な存在になる。そういうリスクシナリオを見越して配分するということだ」(前出の永田町関係者)
環境省にとってCP導入は悲願といえる。省内での有識者会議を立ち上げ、温室効果ガスの削減政策の切り札として理論を積み重ねてきた。本来なら先頭に立ってCP導入を推進する立場にあるはずだが、同省関係者は「実入りの問題ではないわけで、仮に全ての金が入っても執行できない問題がある。エネ特を見ても明らかだ」と言う。つまり形はどうであれ肝いり政策が実現でき、とりあえずは納得したということだ。
しかも今回の炭素賦課金はCO2排出量に応じて課金する「炭素比例」という仕組みが想定されている。環境省はかねて「炭素比例で導入しなければグローバルスタンダードにならない」と主張し、さらには上流産業に賦課金をかけるという主張も通っており、同省のある幹部は「良い制度になった」と評価する。世間的には存在感を発揮していないように見えても、実際のところは彼らの思惑通りに事が進んだということだ。
7年来の融和作戦が結実 次なる野望は官邸の中枢入り
そもそも規制官庁の環境省では産業界を説得できないという問題があった。同省が動くというだけで、産業界は警戒し反対に回る図式が出来上がってしまったからだ。小泉進次郎氏が環境相時代に先鋭的になりすぎたことも影響した。彼が「CP、CP」と声を大にするたびに、産業界が反発。環境団体の手先のような主張にアレルギー反応が出てCPの導入が遠のいていった。産業界の納得を取り付けるためには、経産省との協力が不可欠だったのだ。
2015年のパリ協定合意前後から環境省は、それまでの規制色を前面に出す戦略を転換し、水と油の関係だった経産省と融和する方向に舵を切った。これを「ステルス作戦」と呼び、環境省は前面に立つことなく、経産省との協力関係を構築していった。環境影響評価を巡る石炭火力発電所の新設計画への異議を乱発し、戦いを仕掛けた後、経産省と政策的合意を結んで軟着陸したのも、ステルス作戦の一環だ。
小泉大臣就任で一時は省内で「先祖返り」の空気が漂い、この戦略も水の泡になりかけた。だが人事配置を巧みにし、時には大臣の発言を打ち消す根回しに奔走するなど経産省との関係を何とか維持した。今回のCP導入は足掛け7年にわたるステルス作戦が凝縮した結果だ。

CP導入という悲願を達成した環境省だが、具体的な制度設計の場面でもステルス作戦により、経産省との協力関係は継続することになるだろう。環境省にはさらに別の野望があるからだ。すなわち、首相秘書官の座を射止める―。
現在、事務の首相秘書官には財務、外務、経産、防衛、警察の5省庁で構成されている。官邸主導の現在の政治状況では、首相に近く、情報の一手を握れる首相秘書官を輩出する省庁の力がおのずと強くなる。経産省が権勢を振るうのはこのポストによるところが大きい。この先も国内外ともに重要な政策の一つである脱炭素で主導的な役割を果たすなら、このポストを獲得することが重要だ。
政界関係者は「政治側の有力な応援団がいないなど環境省にはまだまだ弱いところがあり、とても今の状況では実現できない」と評する。しかし「官邸の中枢に入ることで初めて自らが思う政策が実現できる。そのためには『霞が関野党』というレッテルを払拭しなければならない。政治側の味方も増やさないといけない。これからが本当の勝負時だが、今の戦略にブレが出なければ可能性はゼロとはいえない」とも語る。
ステルス作戦の本当の意味での結実はまだ先であり、CP導入は環境省が目論む戦略のほんの序章に過ぎない。










