
防災・災害対応を専門に新潟県中越沖地震や東日本大震災など、現場の最前線を走り続けた。
経産大臣政務官として電事法改正に携わり、災害とエネルギー安定供給で存在感を示している。
東京大学卒業後の2001年、中央省庁再編で誕生した国土交通省に1期生として入省した。「国交省は生活に身近なインフラや街づくり、地域に密着した政策が多く、魅力を感じた」と入省の決め手を話す。省内のチームワークや省庁再編後の風通しの良さも後押しし、国交省でインフラ政策のほか防災、災害対応で活躍。世界初の地震予報「緊急地震速報」の導入などに携わった。
政治家を志すようになったきっかけは、国交省在籍時代に国交相を務めていた冬柴鉄三氏との出会いだ。「東日本大震災後の政治の混乱を役所の中で感じていた。そのタイミングで縁があり、冬柴先生に声をかけていただいた」。冬柴氏の後継として出馬し、12年に34歳の若さで初当選を果たした。以来、専門分野の防災、災害対応だけでなく大学生などへの給付型奨学金創設など、若者を対象にした政策も進めている。自身も大学時代に肉体労働のアルバイトと勉学との両立に苦労した過去があり「教育や若い世代向けの政策は、日本の未来のために必要だ」と語る。
地域活性化の活動にも尽力し、選挙区のある兵庫県尼崎市では中小企業の支援、商店街の空き店舗対策などに奔走。尼崎市内の各種団体と意見交換を行い、地域との共生に取り組んできた。「政治家として、応援をしていただいた皆さんのためになる仕事をしたい」。経済安全保障や税制度改革など、与党内で意見が分かれ、決断力が問われる政策にもしっかりと声を上げる。
電力自由化に伴う旧火力発電廃止 大手電力会社の予備率低下を危惧
現在は衆議院の経済産業委員会や原子力問題調査特別委員会の理事を務める。エネルギー分野に関しては「脱炭素社会の構築と日本の経済成長、エネルギーの安定供給を両立させるのは政治家の仕事」と話す。東日本大震災ではガソリンなど燃料を輸送、被災地に届けるなど、防災の専門家としてエネルギー安定供給の重要性を熟知。電力自由化で、大手電力会社が経営合理化を図り、古い火力発電などを休廃止し、それに伴う予備率低下を危惧する。岸田文雄首相による今冬までの最大9基の原発再稼働については、「エネルギーの安定供給という意味では、当面の手として(再稼働を)しっかりやるしかないと思う」と理解を示している。
エネルギーの安定供給と自身の専門である防災との関わりについて、18年9月に襲来した台風21号による大規模停電が印象深いと話す。関西電力によると、当時は管内で延べ約220万件が停電。自身も被災した中で「実際に停電や被災しなければ分からないことがあった」という。電力会社の停電情報システムでは、高圧線が復旧し停電解消と表示されても、高圧線から個別需要家をつなぐ低圧線や引込線が破損した場合、認識できず隠れ停電が発生することを目の当たりにした。解決にはスマートメーター導入など個人情報を含むデータの活用が必要だが、当時の電気事業法では「情報の目的外利用の禁止」が定められていた。経産大臣政務官として電気事業法改正に携わり、20年6月にデータを有効活用する制度を整備する改正案が成立。「エネルギーの安定供給は災害時でも重要。有効な対策のブラッシュアップをしなければならない」と話す。
再生可能エネルギー導入については「太陽光発電は国土の狭さから、既に面積当たりで世界1位になっている」と無秩序な再エネ乱開発に警鐘を鳴らす。地域と再エネの付き合い方についても、当初はうまくいっていたが、現在は事業者と開発に反対する地元との軋轢が生まれていると指摘。環境省とも協力して「いかに地域で再エネを受け入れてもらうか、新しいフェーズに入っている」と、再エネ促進のためには地域社会との共生が不可欠との認識を示した。また、燃料価格高騰を原因とする電力のスポット価格の高値推移により、新電力の経営が圧迫されていることにも触れ「エネルギー価格は非常事態だ。電力自由化の在り方も含めて、今の状況を変えていくのは政治の力だ」と訴える。
電力ひっ迫問題に対しても、まず今冬の電力危機を乗り切るために、火力発電の重要性を改めて提唱。追加供給公募による火力発電稼働と予備率の確保、ロシア産石油・天然ガス輸入の対策を臨時国会で議論を進めるとしている。一方で中長期的な視点では「革新炉の開発、原発新増設・リプレースなど、原子力政策の在り方は非常に大事になる。エネルギー政策全体の議論として、経済産業委員会でも話し合っていく」とエネルギー問題の解決に意気込む。
座右の銘は「基本は力、持続は力」。災害現場の最前線で、国民の幸せに尽くす信念を貫き通してきた。これからも国民の安心安全、国土を守るため走り続ける。




