【エネルギービジネスのリーダー達】髙瀬憲児/TNクロス代表取締役社長
社会への貢献と課題解決がビジネスとして成り立つ革新的な事業の創造に奔走する。
通信分野で数々の新規事業に携わってきた経験を生かし、エネルギーという新たな分野に挑む。

東京電力とNTT―。日本のインフラを支える大企業2社の共同出資により、TNクロスは2018年7月に誕生した。取締役として入社し、20年4月に社長就任。世の中にある社会課題の解決につながる事業をビジネスとして成立させることを目指し、新会社のかじ取り役を担う。
ビジネス創出の先駆者に 時には思い切った行動を
同社の事業は、電力と通信それぞれが持つ設備や技術を融合することで、分散型エネルギーシステムの構築やレジリエンスの強化など、新たなエネルギーソリューションを企画すること。各事業の主な実働部隊は東電やNTT、グループ各社が担当するが、事業そのものがなければ何も始まらない。同社は新たな事業を生み出す、いわば先駆者としての役割を担う。
「パイオニアであれ。プロであれ。全ての人に寄り添い、誠実に」。社員にはこう説きつつ「時にはやんちゃも必要」とも話してきた。この言葉には、既成概念にとらわれない発想や思い切った行動も必要との思いが込められている。
この「やんちゃ」が実を結んだのが、千葉市と取り組む実証事業だ。従来であれば担当部局に提案するところ、真っ先に熊谷俊人市長のもとを訪れた。プレゼン当日には、各部署の担当者も集合。提案内容が評価され、災害時と平常時に活用できるエネルギーソリューションの検討に向け、市との協定締結がすぐさま決定した。それが、現在進めている小中学校など182カ所の避難所に太陽光発電(PV)とリチウムイオン電池を設置する事業にもつながっている。
PVなどの新たな設備を入れるには、自治体側にコスト負担が発生し、予算化には時間がかかる。だが、まずは導入しないと先に進まない。そこで選択したのが、電力購入契約(PPA)という方法だ。TNクロスが設備・施工費を負担し、PVが発電した電気を自家消費しながら電気料金として回収する。このスキームによって導入のハードルが大きく下がった。
今後、小中学校でPVと蓄電池がうまく活用されて必要性が認識されれば、将来的には予算化される可能性も出てくる。「社会的ニーズに応え、かつそれを事業として成立させる。その仕組みづくりが重要になる」
プライベートでは、社会的課題を事業により解決することを目指す社会起業家に対し支援を行う団体の理事を務める。一時的な支援や寄付で終わるのではなく、持続的な事業により社会のニーズに応えていく仕組みづくりは、TNクロスの事業でも生きている。
数々の新規事業を経験 エネルギー分野にも挑戦
技術畑出身ながら学生の頃からビジネス分野に興味があった。転機は、NTT入社の5年目に、社内制度で経験したマサチューセッツ工科大学への留学だ。目的意識の高い学生たちとともに机を並べ、仕事に対する考え方に多くの刺激を受けた。また、大学のプログラムで学生を日本に招くイベントに主催者として参加し、主体的に動く楽しさややりがいを実感する。
「このまま会社にいてもいいのか」。帰国後、自問自答を繰り返しつつも、社内のさまざまな先輩と話していく中、印象的な社員に出会う。当時、まだ公社体質が抜けきれていなかったNTTにおいて、その枠にとらわれず道を切り開こうとしている彼の姿を見て「自ら主体的に動けば可能性は広がる」と活路を見いだした。その社員が、現在のNTT社長の澤田純氏だった。
NTTでは公衆Wi-Fiの整備やデータセンターの立ち上げ、オフィスのIT化ビジネスをはじめ、10年には南アフリカの大手システム会社の買収という大型の海外案件も経験した。いずれも新規事業や既存ビジネスの再構築といったゼロから立ち上げる仕事ばかり。これらの経験を経たからこそ、分野外のエネルギー事業にも挑戦できる。
千葉市の事業は20~22年度の3カ年プロジェクト。小中学校はそれぞれ、建物の配置や電力配線の敷設箇所が全て異なる。1カ所ずつ、PV・蓄電池の設置を進める中で、今後の展開に向けた類型化を進めるなど、1年目は下地づくりに注力した。2年目となる今年、いよいよ事業が本格化する。また、今年1月には、NTT東日本の通信ビルから敷設した自営線で市内の中学校に直流送電を行う実証試験も始まった。
TNクロスの設立当初、「お手並み拝見」と冷ややかに評するメディアもあったが、この言葉が社員たちの心に火をつけ、徐々に形となってきた。千葉市の担当者とは、毎日のように電話でのやり取りが続いている。相談を受け、時には相談することもあり「今では困難を乗り越えた仲間のような存在」だという。千葉市での取り組みをきっかけに、東京都ともスマートエネルギーシティに関する勉強会を行うなど、電力、通信に自治体が加わったコラボの成果が、徐々に広がり始めている。