【羅針盤】三井久明/国際開発センター SDGs室長・主任研究員
SDGsの17の目標には、社会、経済、環境の持続性に向けた課題が集約される。企業の持続的成長に向けて、何がリスクなのか、どこにチャンスがあるのかを検討する上で、SDGsは格好の参考資料となる。
SDGs(持続可能な開発目標)についての関心は着実に高まっており、企業の経営戦略を考える上で看過できない存在になっている。第二回では、なぜSDGsが民間企業にとって重要なのかについて解説した。第三回では、SDGsを踏まえたサステナビリティ経営の先駆者と見なされる4社の事例を紹介する。各社ともSDGsが登場する以前から、事業活動の社会・経済・環境面のインパクトを直視し、SDGsに資する経営が自社の持続的成長につながることを理解しているように見える。
BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)は、英国に本社があり、エネルギー関連事業を展開する多国籍企業である。
脱炭素社会への転換 脱石油キャンペーンを開始
石油やガスを主力製品とするエネルギー関連企業として、脱炭素社会への転換には強い危機感を抱いている。2000年からは脱石油キャンペーンを開始し、石油などの化石燃料依存から脱却する姿勢を示した。太陽光発電企業を買収するとともに、長年使ってきた企業ロゴを、太陽をイメージするロゴへと改め、再生可能エネルギー開発に取り組んでいく決意を内外に表明している。
環境問題にいち早く対応し、温室効果ガス削減に貢献するビジネスモデルを構築することは、大きなビジネスチャンスにつながる。同社はリスク対応にとどまらず、さまざまな分野でビジネスチャンスを広げ、業界全体にも影響を与えているように見える。例えば、排出削減につながる新しい燃料や製品を開発している。同社が開発したBPバイオジェットは、従来のジェット燃料と再生食用油を混合した燃料であり、既に欧州各地の空港において提供されている。さらに再生可能プラスチックの開発や、炭素の捕捉、貯留にも率先して取り組んでいる。
ネスレは、スイスに本社を置く世界最大の食品・飲料会社である。ベビーフード、コーヒー、乳製品、アイスクリームなどさまざまな製品を取り扱っている。同社は「共有価値の創造(CSV)」経営の先駆者であると見なされている。共有価値の創造とは、日本の「三方良し(売り手良し・買い手良し・世間良し)」に通じる考え方である。企業が社会課題の解決に対応することで、経済的価値と社会的価値をともに創造するアプローチである。
同社の事業が社会と最も深く交わる分野として、「栄養と健康」「農村開発」「水と環境保全」の3分野が特定されており、各分野で持続可能な開発に向けた取り組みが進められている。例えば、「農村開発」では、製品の原材料である農産物の安定的な確保が、中長期的なリスクとして認識されている。世界各地の農業は気候変動や水不足、労働者不足などの影響を受けて疲弊しており、農業生産は低下傾向にある。こうした傾向に歯止めを掛けぬ限り、将来、安定的に原材料を調達することが困難になる。そこで、同社は世界各地の農家へ手厚い技術指導を行い、農業経営の安定化をサポートしている。
ユニリーバは、オランダと英国に本拠を置く世界有数の一般消費財メーカーである。同社は、世界に先駆けて持続可能な開発への取り組みを企業戦略の中核に位置付けている。SDGsが登場する5年前の10年に「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」を発表し、持続可能な成長を目指す新たなビジネスモデルを提唱した。「サステナビリティを暮らしの『当たり前』にすること」を自社のパーパス(存在意義)と位置付けている。
トヨタの六つの環境チャレンジ 出所:トヨタ サステナビリティ データブック 2019
このサステナビリティ経営戦略は、同社のビジネスの拡大につながっている。サステナビリティを考慮したブランドは、ほかと比べてはるかにパフォーマンスが高いことが同社調査によって判明した。その要因として、同社は「ブランドが社会・環境に与えるインパクトや、日常の消費行動を通じた自らの影響力について、消費者が強く意識するようになったこと」を挙げている。サステナビリティに配慮した製品を開発し、これを市場に提供することは、社会や環境の持続可能な開発に貢献するだけでなく、ビジネスの成功につながることが、同社の経験で示されている。
自動車業界の将来に危機感 百年に一度の大変革の時代
トヨタは、自動車業界の将来に大きな危機感を持ち、今日を「百年に一度の大変革の時代」とみなしている。自動車産業はいわゆるCASE時代に突入しており、個人が車を所有して利用するという形態が変化しつつある。そこで、同社は全ての人々にモビリティ(移動の自由)を届けることを新たな使命と位置付け、産業用ロボット技術の転用など、自社の技術とノウハウを生かしつつ、社会分野の新たな事業機会を開拓している。
地球温暖化への危惧も同社にとっては明らかなリスクである。自動車は利用時のみならず製造過程でも大量の温室効果ガスを排出する。脱炭素の流れに対応できない企業は、中長期的に持続可能ではない。そこで同社は、15年に「トヨタ環境チャレンジ2050」を公表し、クルマの環境負荷をゼロに近づけるとともに、地球・社会にプラスとなる取り組みを通じて、持続可能な社会の実現に貢献することを表明している。
SDGsの17目標の中には、社会、経済、環境の持続性に向けた課題が集約されている。企業の持続的成長に向けて、何がリスクなのか、どこにチャンスがあるのかを検討する上で、SDGsは格好の参考資料となる。拙著『SDGs経営の羅針盤』にはSDGsの経営活用のステップが解説されている。サステナビリティを踏まえた企業戦略を構築する上で活用していただければ幸いである。
みつい・ひさあき 早稲田大学政治経済学部卒、英国サセックス大学大学院開発学修士課程修了。政府開発援助に資する調査研究・技術協力業務に従事。GRIスタンダード認定講師。早稲田大学理工学術院非常勤講師。
【第1回】SDGsとは何か 持続可能な開発の意味
【第2回】民間企業にとってなぜ重要か SDGsに積極的に取り組む理由