【論点】電気事業制度の運用適正化/西村 陽・大阪大学大学院工学研究科招聘教授
2023年末からこの夏前にかけて、電気事業を巡るいくつかの制度が変更された。
これらは日本での電気事業にとって、どのような意味を持つのか。西村陽氏が解説する。
小売部分自由化がスタートした2000年代初頭から10数年間に渡って作られたさまざまな制度が、ここにきて相次いで変更された。これらは、電源をほぼ独占する大手電力会社の市場支配力を削ぐことを目的に、先進諸国には存在しない、もしくは禁止されているルールだ。例えば自己託送は、もともとガスや再生可能エネルギー自家発電が設置場所の需要を上回る供給力が生じた分について送配電ネットワークを使って他の顧客へ提供する利便を与え、なかなかシェアの落ちない電力会社の牙城を崩す、あるいは分散型電源の活用を図るための特例として「自己の拡張」を図るもので、ネットワーク利用ルールの運用上明らかに正統的ではない。
また、小売部分供給は、卸電力取引市場が未発達で水力発電所のような発電計画が立てにくい電源しか持たずに発電・小売市場に参入しようとするプレーヤーへの便宜を図るために、一つのユーザーに電力会社(現旧一般電気事業者小売り)の一部を埋める形で電気を送る(通告部分供給)ことによって新電力の生息領域を確保するものだが、小売電気事業がネットワークに対して果たす責任が曖昧になることを恐れて諸外国では認められていない。加えて、(旧一電の社内取引を卸電力市場を介して行う)グロス・ビディングは、もともとは英国当局が不祥事を起こした事業者へのペナルティとして考え出したもので、市場活性化策として筋は良くない。

正統的ではないルール乱用 一部で脱法行為が激増
正統的でないルールは全体の電気事業を律しているルール体系から逸脱しているので監視がききにくく、乱用されると悪い面が出てくる。代表的なのが自己託送制度で、太陽光発電の低価格化やその証書価値へのニーズが高まった2010年代後半以降、一部の事業者によって「自己の拡張」とは全く言えないような組み合わせと制度の使い方で再エネ賦課金を逃れるという、脱法的な事例が劇的に増えてしまい23年末に抜き打ちで運用が適正化された。
一方の小売部分供給は、卸市場の拡大・流動化とともに必要性が薄まったが、思わぬ日本独自の副産物として太陽光のPPA(小売事業者が自社小売供給+自社の設立した別法人から託送した太陽光発電部分を合わせて供給する形態)を産み出した。小売電気事業者と太陽光PPA事業者が同一でないケースについては、小売部分供給の廃止によって事業ができなくなるので、政策当局は別途このケースについて「一需要二供給者」の仕組みを検討することとしている。
こうした制度の適正化と同じタイミングで容量拠出金負担が開始され、事業者によっては厳しい制度変更が同時期に集中したわけだが、政策当局者は「意図したものではなく単なる偶然だ」と言う。いずれにせよ、20年の制度的「膿」がようやく出され、日本の電気事業が治療の過程にあることは確かだ。
残る課題は経過措置規制 電取委の重い宿題
大事なのは、せっかく始まった「治療」をさらにどう進め、体質の良い電気事業にするかということである。その点で小売り・託送関係制度に残った最後の「膿」が、経過措置料金であることは論を待たない。規制約款だけが燃料費調整上限を持ち、燃料高騰時の価格リスクが飛びぬけて小さいこの制度は、家庭用分野の競争をゆがめているだけでなく、昼間の余剰太陽光を活用するような給湯器・蓄電池・EV(電気事業者)最適化電気料金メニューの普及を阻害し、電力システムの脱炭素にとっても壁になっている。
電力・ガス取引監視等委員会は、規制解除の条件として旧一電以外に5%以上のシェアを持つ事業者が二つ以上という条件を設定しているが、LNGのアジアスポットマーケットで中国が圧倒的な長期契約を確保している以上、(その地域のガス会社以外の)新電力が5%のシェアまで成長する間、中国がスポット以上に余剰の安価なガスを放出し続ける可能性は極めて低く、現在の解除条件は経過措置が永続するという間違ったシグナルを出す効果を持っている。
この春始まった電力システム改革の検証の場でもこの点について学識者、新電力から見直しが必要である旨が問題提起された。一度出すと引っ込みがつかない、というのが欧米に比べて日本の電力政策の大きな欠点だが、解除後の貧困層の保護や燃料高騰ショックの吸収手法を含め、後の制度的「膿」の解消・治療のために電取委の背負った課題は極めて重い。
当初から非正統的なルール設定が行われなかったならば、日本の電気事業は今日ずいぶん違う姿になっていたと思われるし、ここ10年の悲惨な予備力縮小や電力危機もなかったかもしれない。参入する事業者は、電源の調達と顧客への価格提示、実供給までの取引調整(ポジション管理)に秀でることや、電気の価格以外の価値提供をどう図るかという世界標準の「良い事業者」を目指しただろう。
時を経て今は、再エネ大量導入、DER(分散型エネルギーリソース)の活用可能性の拡大、さらには脱炭素と、電気事業全体が新しい局面に入った。電気事業制度の適正化は、ユーザーも市場に参画しうまく電気を使うという電気事業の新しい地平、価値提案競争の土台となるものだと言える。賢く、かつ情勢変化に対して謙虚に考え続ける事業者像が求められることになる。
