処理水巡る風評払拭へ奔走 最前線のたゆまぬ努力


【電力事業の現場力】東京電力労働組合

脱炭素やデジタル化など、時代の変化に現場は何を思うのか―。

各事業者の労働組合にスポットを当てた連載で、現場の思いや課題を探る。

「ゴ、ヨン、サン……」8月24日、午後1時3分。福島第一原子力発電所のALPS(多核種除去設備)処理水放出を前に、カウントダウンの声とボタンを押す指は震えていた。放出が近づくにつれ、メディアは連日のように関連ニュースをトップで報じ、国民の関心は高まった。中国の過剰な対応により国際問題にまで発展。現場にはここまでこぎ着けたという安どより、緊張感が漂っていたようだ。

初の処理水放出の瞬間に緊張感漂う現場

放出実行の裏には、風評を生じさせないための現場の努力があった。東京電力労働組合は、昨年末から連合加盟産別組織や単組、支援する政治家などへの説明に奔走。組合としての立場で海洋放出に理解を求めるのではなく「ALPS処理水とは何か」「なぜ海洋放出が必要なのか」などといった「事実の共有」に重きを置いた。放出前後には連日、関係各所を訪問し、説明に回った組織や政治家の数は全国で500に上る。

ほとんどの組織や議員が理解を示したものの、処理水放出に反対する組織もあった。説明を聞いた担当者は「よく分かりました。でも組織としては賛成できないんです……」と苦しい様子だったという。やはり「科学的に安全」という事実には、多くの人が納得しているようだ。

放出に反対する団体や議員が、事実誤認に基づく請願書を地方議会に提出したこともしばしばある。そのような内容には、事実をベースに丁寧な解説を行った。

ALPS処理水と海水の攪拌機設置工事のミーティングを行う

今年度の東電の計画では、4回に分けての放出を予定する。既に3回の放出が終了しており、年明けには4回目を控える。事業者や自治体の懸命な周知活動もあり、風評は最小限に抑えられているが、中国による日本産水産物の全面禁輸で実害が生まれたのは周知の通りだ。


行き場を失うホタテ 新たな賠償に取り組む

特に被害が大きいのが、ホタテとナマコの関連業者だ。ホタテについては、昨年に日本が中国に輸出した水産物の半分以上を占める。殻つきでの輸出が多く、日本には加工する人手が不足。国民1人当たりがホタテを年間に5~7粒食べれば行き場を失った輸出分を相殺できるとして、9月には宮下一郎農林水産相が「ホタテを5粒食べて」と呼び掛けたほどだ。10月には東電が東京・御徒町で「ホタテ祭り」を開催した。

いま現場が苦労しているのは賠償業務だ。相談窓口では、4月から始まった国の賠償基準「中間指針」の見直しを受けて問い合わせが殺到。多くの請求者への対応を行う。5月には請求書の誤発送があり、発送先住所のチェックを念入りに行うなど人手不足の中でも質とスピードが求められている。こうした状況下で、現場は処理水の海洋放出に伴う新たな賠償にも取り組むことになる。

東電を巡っては、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働に向けた動きも目まぐるしい。安定した電源の確保は日本全体の喫緊の課題だ。「気候変動問題、燃料費の高騰、そして脆弱な電源事情など、安定供給を確保した上で解決に導くには、複雑な事情を整理し、電源構成に対する現実的かつ建設的な国民的議論が必要だ」と東電労組の金谷慶國中央書記長は言う。

再稼働が近づけば処理水放出前と同じく、メディアの報道は過熱するだろう。そんな時こそ、安定供給を全うし人の暮らしを守る社員、先が見えぬ中で訓練を重ねている運転員や作業員の努力を思い起こしたい。「電力事業は一人ひとりの強い使命感で成り立っている」(金谷氏)のだから――。

建設中のALPS 処理水の放出口を眺める作業員

電力・ガス各社が軒並み増益 安堵できぬ電力の収益改善


黒字に胸をなで下ろす余裕はない。大手電力10社の2023年度上半期決算が出そろった。純利益は北海道510億円、東北1553億円、東京3508億円、中部3115億円、北陸511億円、関西3710億円、中国1230億円、四国487億円、九州1498億円、沖縄32億円と10社全てが黒字を確保。東京、沖縄を除く8社は同期の過去最高益となった。燃料費調整の期ずれ差損が差益に転じたことや電気料金の値上げなどを反映した格好だ。関西、九州は原子力発電所の稼働増による燃料費減も寄与した。

前年同期は四国以外の9社が赤字という「総崩れ」状態だった。燃料費の高騰や円安の加速で調達コストが上昇し、料費調整条項に基づく燃調価格が全電力で上限(基準価格の1・5倍)に到達。事業者が超過分を負担して経営を圧迫していた。その後、今年6月に北海道、東北、北陸、東京、中国、四国、沖縄の7社が規制料金の値上げを一斉実施した。

好調な中間決算の会見に臨む関西電力の森望社長(10月30日)

各社の決算会見では「実質上の収支は依然として厳しい」(四国電力の長井啓介社長)などと悲観的な発言が相次いだが、電気料金や株主還元の検討を表明したのが中部だ。同社は浜岡原発が稼働していないが、期ずれ分を除いた経常損益も約980億円の増益に。昨年7月に自由料金メニューの値上げをいち早く発表し、11月には燃調上限を撤廃するなど独自の対応を進めてきたのが奏功した。中部地方は製造業が集中していることで法人向けの販売割合が高いことも、価格転嫁の余地が大きかった要因とされる。


変わらぬ自己資本の低さ 下期単独の数字に注目

東京以外の9社は23年度通期業績予想も公表した。いずれも黒字で、北海道と沖縄を除く7社は過去最高益を見通す。だが、緊迫する中東情勢など燃料費が再度上昇に転じる可能性があり、燃料費の見通しは「保守的に(高めに)見積もった」(大手電力担当者)との声も。事業変化の振れ幅に対応するには自己資本の積み増しが欠かせないが、各社の自己資本比率は低空飛行を続ける。現在、安全圏とされる30%を超えるのは中部のみで、北海道、東北、中国、九州の4社は15%以下だ。

今後の見通しについて、業界関係者は「期ずれの影響が低下する下期の数字がポイント」と語る。実際に下期単独では、7社が実質的な赤字を予測している。11月には島根県の丸山達也知事が中国電に対して電力料金の値下げを求めたが、事業者の実情への理解不足と言わざるを得ない。

大手ガス3社の純利益は東京1039億円、大阪245億円、東邦893億円といずれも前年同期を上回る黒字に。東京・東邦は減収増益、大阪は米フリーポート液化基地の運転再開もあり、増収増益となった。石油大手はENEOS1716億円、出光興産1649億円、コスモエネルギー360億円と黒字だが、いずれも減収減益に。LPガス主要各社は岩谷産業120億円、伊藤忠エネクス112億円、ニチガス35億円と全社が黒字だ。

【北海道電力 齋藤社長】「ほくでん力」を発揮し変化に応じ新価値を創出 持続可能な会社運営へ


カーボンニュートラルへの取り組みをはじめ、電力システムの制度見直しが進むなど、事業の不確実性が高まる中、社長に就任した。

環境変化に対応できるよう事業基盤を強化、地域に必要とされ続ける企業を目指す。

【インタビュー:齋藤 晋/北海道電力社長】

さいとう・すすむ 1983年北見工業大学工学部卒、北海道電力入社。2015年苫東厚真発電所長19年常務執行役員火力部長、21年取締役常務執行役員火力部・カイゼン推進室・情報通信部担当などを経て23年6月から現職。

志賀 まずは社長就任に当たっての抱負をお聞かせください。

齋藤 2050年カーボンニュートラル(CN)に向けた取り組みをはじめ、電力システムに関する各種制度の見直しが進んでおり、当社を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。一方で、責任を持って北海道の「電力の安定供給を維持する」という当社の使命が変わることはありません。こうした使命や、当社の経営理念である「人間尊重」「地域への寄与」「効率的経営」は、経営判断をしていく上での大きな拠り所ですが、私はさらに、大切にするべき三つの要素があると考えています。

一つ目は、お客さまや社会に真に必要とされる企業であることです。当社が北海道に拠点を置かせていただくことへの御恩を、企業活動を通して地域の皆さまにお返ししていきたいと考えています。二つ目は、変化スピードが速く、先を読み取ることが困難に近い事業環境でも、しっかりと立っていられる足腰の強い企業であることです。従来の延長線上の業務だけを行っていては、待ち受けるのは衰退だという強い危機感があります。発想力を豊かにし、時代の先を読んで、どのような環境変化にもしっかりと対応できるよう事業基盤を強化していきます。三つ目は、イノベーションを率先して取り入れ、時には発信し、事業環境の変化を糧として持続的に発展できる企業であることです。これまで電気事業で培ってきた技術やノウハウを「ほくでん力」として発揮していくことで、変化の時代に合った新たな価値を生み出し、社会に大きな変化をもたらすことができ、同時に持続可能な会社運営につながるものと信じています。


20日間泊まり込み 苫東厚真の復旧を指揮

志賀 いつどなたから社長就任の打診がありましたか。

齋藤 3月の初めに藤井裕社長(現会長)から話があったのですが、自分でよいのかと正直大変驚きました。自らのこれまでを振り返るとともに、経営環境を踏まえた上で私がこの重責を担うべきなのだと考えを整理するまでに1週間ほどかかりました。

志賀 1983年に北見工業大学工学部を卒業されたとのことですが、北海道電力に入社した理由は?

齋藤 北海道が大好きでこの自然を守りたいという思いから、大学では環境工学を専攻していました。その中で、実験設備に模擬のボイラーがあり、ボイラー効率や環境測定を学ぶ中で大型のエネルギー設備に興味を持ちました。こうした背景から、北海道で発電所を持つ当社を選んだので、配属が火力部門になった時はかなりうれしかったですね。

志賀 苫東厚真発電所の所長を務めていた18年9月6日、胆振東部地震に伴うブラックアウト(全域停電)を経験されました。

齋藤 発生時は発電所から20㎞離れた社宅にいたのですが、建物が潰れるのではないかと思うほど激しい揺れでした。9月は電力需要が少なく、系統に相当の影響があるだろうと即座に思いましたし、所員の安否への懸念も含めていろいろな思いが一度に駆け巡ったことを記憶しています。地震直後は発電機が1台動いていたのですが、駆け付けた時には全てが停止していました。

志賀 その時の現場のトップとしての心構えはどのようなものだったのでしょうか。

齋藤 早期復旧するため、工程会議を1日2回実施し、私自身、発電機3台が復旧するまで20日間、発電所に泊まり込みで指揮に当たりました。落ち着いて客観的に判断し、方針を決めたら次の状況が明らかになるまでそれを貫きました。ただし、やってみて駄目だった時は最初に決めたことにこだわらず、即座に変更を決断しました。客観的なデータを基に状況を把握して指示をしたことで、所員には共通認識を持った上で一生懸命復旧に向けて取り組んでもらえたと思っています。

次代を創る学識者/木村浩之 静岡大グリーン科学技術研究所 新エネルギー研究コア・教授


地層中のメタンや微生物を活用した分散型エネルギーシステムの構築を目指す。

エネルギー供給の経済性、環境性、安定供給性向上に大きな期待がかかる。

1000~1500m地下からくみ上げる温泉水が高濃度のメタンを含んでいることに着目し、それを活用した分散型エネルギーシステムの構築と、温泉微生物を用いた水素ガス生成装置の研究・開発を手掛けているのが、静岡大学グリーン科学技術研究所新エネルギー研究コアの木村浩之教授だ。

メタンが湧出する温泉の掘削井戸は、全国に4000カ所あると推定。二酸化炭素(CO2)に比べ、28倍の温室効果があることから、「現状、大気放散させてしまっている温泉に付随するメタンを有効活用することで、経済性と環境性を備えた分散型エネルギーシステムを構築できる」と、研究の意義を語る。

もともとバイオテクノロジーに興味を持ち、広島大学生物生産学部に進学し海洋微生物の研究に携わった。転機は2004年に静岡大学理学部地球科学科に助手として着任してから。有機物を分解して水素とCO2を生成する発酵細菌と、水素とCO2からメタンを生成するメタン生成菌が「付加体」と呼ばれる堆積層で共生することによって、メタンが生成されるメカニズムを突き止めたのだ。

このメカニズムを活用した分散型エネルギーシステムが、17年に静岡県島田市の川根温泉で実装された。温泉水からメタンを分離し、これを燃料にガスコージェネレーションシステムを稼働させて電気と熱を温泉施設に供給する。電気代とボイラーの灯油代の削減効果は年間1300万円、温室効果ガスの削減効果は年間5000tにのぼる。

災害時に熱、電気、湯を提供 避難時の生活支える拠点に

大規模な発電所を代替できるような設備ではないが、エネルギーの地産地消に資するほか、巨大地震など自然災害でライフラインが止まったとしても、電気と熱の供給を継続できるだけではなく入浴も可能であることから、避難施設としての展開も視野に入れている。

日ごろは温泉施設のランニングコストを下げることで経営を支え、災害時には避難者の生活を支える。社会貢献にもつながる取り組みだが、鉱業法の制約があり、なかなか事例を増やせないことが悩みの種だ。

一方、民間企業や自治体と共同で、温泉の微生物を用いたメタネーションの研究も進めている。微生物に苛性ソーダ製造過程などで出る水素と工場などの排気ガスを加え、メタネーション反応させることでメタンを生成する仕組みで、近く実証試験に着手したい考え。

付加体は、静岡県中西部から沖縄本島までの太平洋側に広がる地層だが、実はインドネシアやニュージーランド、トルコ、ギリシャなど世界各地に存在しており、日本で確立した技術を世界に移転することも夢ではない。地球のダイナミクスと微生物代謝、そして温泉好きの日本人ならではの生活の営みが奇跡的にマッチして生まれたエネルギーシステムが、世界の脱炭素化に一石を投じるかもしれない。

きむら・ひろゆき 広島大学大学院生物圏科学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。産業技術総合研究所、静岡大学理学部助手、マサチューセッツ工科大学客員助教、静岡大学理学部地球科学科准教授などを経て2017年8月から現職。

【コラム/11月28日】原子力発電推進を考える~経済的批判の今日的意味~


飯倉 穣/エコノミスト

1,運転延長はあったが

原子力発電の再稼働で、立地地域の合意形成に揺れる中で、原子力発電の運転延長が認められた。報道は、伝える。「川内原発を巡る県民投票案否決 鹿児島県議会」(朝日23年10月27日)、「川内原発、運転延長へ 原子力規制委が議論 60年稼働可能に」(日経夕同11月1日)、「川内1・2号機規制委延長認可 原発「40年超」運転常態化 計6基60年運転可能に」(朝日同11月2日)。

原子力活用は、日本経済や地域経済に、引き続き有用と考えるが、課題は尽きぬ。現状、他の原子力発電の再稼働は先にあり、新規建設の計画は定かでない。原子力開発批判、とりわけ経済的批判の今日を考える。

2,原子力開発の理解は戻ったか

世論調査は、経済の流れ、エネ需給・価格等の状況、原子力発電事故、政争等により左右される。東日本大震災前は、原子力発電推進・維持が78%だった(内閣府「原子力に関する特別世論調査」09 年 11 月 26 日)。時の政権・党も、エネ安定供給を考え、原子力は、安全第一、着実な取組と。

東日本大震災・東京電力福島第一原発事故(以下福島事故)があった。世論は、原発再稼働について、反対58%、賛成28%だった(朝日世論調査13年6月)。政権は脱原発に。それから12年たち賛成51%、反対42%である。また原子力政策転換の一つである原子力発電新規建設は、「建て替えを進める」賛成45%、反対46%である(同23年2月)。

ウロ戦争・化石エネ供給不安・エネ価格高騰の下で、現政権は再稼働・運転延長を後押し。現下は、福島事故(11年3月)の収束過程にあり、国民の中に様々な意味で、なお原子力開発に疑問・不信がある。

3, 技術的批判の現在、止揚で

原発に対する批判は、イデオロギー的な思考や巨大開発批判の側面も根強くあるが、80年代以降技術問題が主流だった。利用物質、利用施設、放射能汚染、管理時間(人間的時間スケールとの乖離)に係る事項である。技術的に対応できるかという原子力技術水準問題から原子力技術者の能力、経営・管理能力に疑問を投げかける。また原子力利用システム技術と自然災害・シビアアクシデントへの対応能力問題も指摘する。

前者は、国際的な原発の状況から見て、現行技術で対応可能であろう。また技術者・経営管理者の能力問題は、運転・経営実績、運転・経営体制から判断せざるを得ない。自由化の影響が気懸りだが、モチベーションと規律の維持は継続している。後者は、今回の福島事故で課題の全容が見えた。規制や被災対応の検討・対策が進展している。また人智として経験を活かし、専門に走ることなく、常識(教養)も踏まえ、原子力工学からリベラルアーツを含めた原子力学に転換することで解決を見出す動きもある(岩田修一東大名誉教授講演:構想エネ21研究会21年10月26日)。

4,経済的視点からの問題提起

バブル経済崩壊後、各産業はリストラに追い込まれた。公益事業怨嗟もあり、90年代後半以降高物価構造是正で総括原価方式見直し・電力自由化論議となる。併せて原子力発電の経済的意味、経済性について疑問が提起された。そして福島事故後、経済政策視点の原発推進の論に対し、経済学的見地かつ再エネ重視の立場から非議も強くなる。勿論批判は時代環境を反映している。 

原発がなくとも経済的に問題なしという見方である。例えば、①原発停止で経済破綻はなかった。②貿易赤字は国富喪失と関係なく、原発なしでGDP、貿易収支に問題なし。③原発の経済性は優れていない。費用便益の考えを入れ、且つ発電コスト+政策費用で判断すべき。④脱原発が電力需給と電力価格に与える影響は小さい。実際電力不足起こらず。今日再エネ電源とその電力コストは低下している。またメリット・オーダー効果・卸売市場創設で電力料金は低下可能。⑤脱原発と電力改革は再エネ推進上も意味あり。⑥原発立地地域の経済と雇用は、再エネ開発で十分代替可能。⑦技術的に再処理・高速炉・高レベル放射性廃棄物は困難である。核燃料サイクルは、構想であり、非現実的である。それらを指摘し、既得権打破・電力改革、省エネ、再エネの大胆な推進による脱原発と脱温暖化を提案する。(明日香壽川・朴勝俊「脱「原発・温暖化」の経済学」18年2月等参照)。

種々熟慮した見解だが、10年代後半の政治・経済・エネ・社会状況の時流に乗った意見であった。これらの批判が今日も底流にある。

5,国際的・国内的環境変化が批判の論拠を希薄に

その後の情勢は、自由化による電力供給不安の顕在化(21年5月)、再エネ立地問題の生起(21年9月)、ウロ戦争(22年2月)によるエネ情勢の変化、エネ・電力価格高騰・輸入物価上昇・経済運営の混迷等新たな事態の生起となる。つまり批判の根拠が変幻している。

一般論(異見となろうが)を述べれば、第一に経済変動における破綻の意味である。エネ需給不安定によるマクロ経済運営への影響の理解が異なる。経済は、水準低下や先行き不安でも大関心事である。3・11はその事態であった。破綻でなくとも深刻な状況であった。第二に国際的化石エネ価格変動による貿易収支の一進一退は、経済運営の制約要因となる。赤字放置はできない。第三に今日の原発稼働電力会社の相対的料金低位の評価である。第四に脱原発等による電力供給の不安定、再エネ賦課金負担の継続による消費者不安が存する。第五に脱原発と再エネ推進の関係性不明。電力改革で供給責任の所在が不明となる。そして供給不安である(まさに市場化の姿)。その対応策が弥縫的で、屡々政府介入である。第六に原発立地地域の経済と雇用は、再エネで代替可能か否か。現実は厳しい。第七に核燃料サイクルの歴史的経過から見た実用化の現実性の過小評価となろう。

6,エネ需給の安定では、意味曖昧な電力自由化市場は機能しないようである

必要なことは、需給一致や逼迫でなく、やや供給余力(予備力)の存在が望ましい。また50年カーボンニュートラル(CN)に向けて、再エネで現発電量1兆kW時を市場ベースで達成可能か否か。経済的視点から見れば、原子力発電も同時に拡大していくことが得策である。

従来の批判は、経済の見方で、中長期視点の経済変動、経済成長、経済運営、国際的なエネ需給・価格の動向全体の姿とその理解を念頭に置いていたか疑問が残る。再エネも重要だが、前回述べたように経済・エネで原子力開発の歴史的理解も重要である。

7,原子力発電成立の政治・経済・社会条件を念頭に

原子力開発を展開するうえで人々の受容が肝要である。その鍵は、政治の安定、経済の安定、そして科学的精神であろう。

第一に政治的安定は大切である。政争の具になれば、政策の朝令暮改で、事業主体等関係者が様子見か躊躇する。第二に経済の安定は、大規模かつ建設に長期を要する投資の前提となる。インフレとなれば投資の前提が揺らぎ事業性の見通し難となる。1980年代米国の原子力発電建設、近時の米国の風力発電開発の例や1990年前後のブラジルのインフレによる民間投資の中断も記憶に残る。国内経済運営では、エネルギー変動による負の経済変動を最小化する姿を願望したい。第三に科学的精神も重要である。開発サイド、受け入れサイドでリベラルアーツが求められる。原子力発電は、原子物理学の延長にある。原子力エネルギーの原理や利用技術について理解を深めながら建設的に意見交換することが望ましい。いずれも当たり前のことである。

そして鍵は立地である。国民経済論を踏まえて、利害関係が強く働く立地地域の人々が、原子力開発の意味を一住民としてのみならず、一国民として理解していただけることを引き続き期待・模索せざるを得ない。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。

急速充電器の高出力化 系統への影響と対策は


【どうするEV】高木雅昭/電力中央研究所 上席研究員

急速充電といえば、充電出力がセールスポイントになるだろう。一方で、急速充電器の高出力化が進むと、系統側が持たないのでは、といった懸念が生じてくる。このような系統側の問題について、私は「系統全体の問題」と「局所的な問題」の二つに分けて考えるようにしている。

ご存じのように、電力系統では電気の消費量(需要)と発電機の出力量(供給)のバランスを取らなければならない。「系統全体の問題」とは、電気自動車(EV)の充電によって、需要が供給能力(発電機の設備容量)を上回ってしまう問題であり、この場合、発電機を新規に建設するなどの対策が必要となる。

一方で、「局所的な問題」とは、配電系統のような局所的な範囲で、EVの充電によって配電線などの容量を超過してしまう問題であり、この場合、容量の大きい電線に張り替えるなどの対策が必要となる。

なお、配電線の長さとしては市街地や住宅地で2~5km程度、農山村地域で10~20km程度となる。

まずは「系統全体の問題」について考えてみよう。図は、急速充電器の出力を50kWから100kWに増加させた時のEV全体としての充電カーブの変化を示す。一つの四角形がEV1台分の充電を示しており、ここでは、説明のため28台のEVで系統全体のEVを再現している。1台当たりの充電電力量(四角形の面積)は同じなので、充電器の出力を50kWから100kWにすると、充電負荷(四角形の縦の長さ)は2倍になり、充電時間(四角形の横の長さ)は半分になる。しかしながら、それらを足し合わせたEV全体としての充電カーブの形状はほとんど変化していない。これは、多数台のEVによる充電需要が平滑化されるためである。

急速充電器の出力を50kWから100kWに増加させた時の充電カーブ

つまり、充電器の出力が大きくなると、充電時間が短くなるので、同時に充電するEVの台数としては少なくなる。その結果、充電器の出力が増加することによる影響と、同時に充電するEVの台数が減少することによる影響が相殺されるのである。

続いて、「局所的な問題」について考えてみる。前述した平滑化効果は、EVの台数が多いから期待できるのであり、台数が少なければ平滑化効果は小さくなる。従って、配電系統レベルでは、系統全体のEVのような平滑化効果は期待できず、急速充電器を高出力化した際には、配電線の容量超過に対して注意が必要となる。

これら急速充電器による系統影響を明らかにした後は、具体的対策を考えなければならない。配電系統におけるピークに対しては、電線の張り替えや蓄電池の設置、急速充電器の設置場所変更など、費用や効果が異なる複数の対策が考えられる。このような長所短所の異なる複数の対策の中から、社会的に最適な対策を選択するのも、充電インフラ研究の面白いところである。

たかぎ・まさあき 千葉県出身。東京大学大学院卒。エネルギーシステムを環境や経済性、持続可能性などの多面的に評価し、代表的な将来シナリオの検証と電力システムの有効性分析を行う。

【マーケット情報/11月24日】欧米下落、追加減産の先行き不透明


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油市場は前半上昇基調となるものの、後半に大きく下落。中東原油の指標となるドバイ現物は上昇となった一方で、米国原油の指標となるWTI先物価格および北海原油の指標となるブレント先物価格は前週比小幅下落となった。

石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟国で構成するOPECプラスが週末に予定していた会合で更なる減産に踏み込むとの見通しが強まり、週前半全ての指標に上方修正が加わった。しかし、OPECプラスは会合を26日から30日に延期すると発表。追加減産の合意形成が難航しているとの見方が強まり、WTIブレント先物を中心に下落した。

また、米国エネルギー省(EIA)が発表した週間在庫統計で先週、原油が増加を示した。米国の原油在庫が増加するのは4週連続。世界最大の石油消費国である米国の需給が緩んでいるとの見方が強まり、相場に下方圧力を加えた。

中国の需要回復には時間を要するとの見方が強いことも、引き続き上値が重い一因となっている。


【11月24日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=75.54ドル(前週比0.35ドル安)、ブレント先物(ICE)=80.58ドル(前週比0.03ドル安)、オマーン先物(DME)=82.79ドル(前週比3.61ドル高)、ドバイ現物(Argus)=82.94ドル(前週比3.98ドル高)

【大岡敏孝 自民党 衆議院議員】 「原子力、真正面から議論」


おおおか・としたか 1972年生まれ。滋賀県甲賀市出身。95年早稲田大学卒、スズキ入社。スズキ退社後、99年4月に浜松市議会議員初当選。静岡県議会議員2期を経て、2012年の衆議院総選挙で初当選(滋賀1区)。財務大臣政務官、環境副大臣を歴任し現在、情報通信戦略調査会事務局長。当選4回。

政治改革への思いを胸に浜松市議、静岡県議を経て、ようやく国政に到達。

産業界出身として日本の国力・財政・産業力の立て直しに全力を尽くす。

滋賀県甲賀市で生まれ、中学受験で名門ラ・サール高校に進む。理系クラスで学んでいたが、政治と経済について強く関心を抱き、文転。早稲田大学政治経済部に進学した。企業経営者を目指し、日本屈指のカリスマ経営者、鈴木修氏の門をたたく形でスズキに入社。国内外で営業を経験し各地を飛び回った。

社会人として仕事に励み、政治の理不尽な政策や不透明な国家戦略、日本の国際競争力の低下を目の当たりにしてきた。そんな中、地元政治家と交渉する場面が増えると、かつて志した政治への思いがよみがえった。「普通の人間では政治に携われないと思ったが、縁とタイミングが合った」。浜松市に転勤したタイミングでスズキを退社し、浜松市議に立候補し初当選を果たす。その後、浜松市長選挙に立候補するも落選。浪人中に中小企業診断士の資格を得た。静岡県議会議員2期を経て、国政を目指し滋賀県での自民党の公募に応募するが2回落選。3度目の公募で候補者となり、2012年の衆議院総選挙で初当選を果たした。

産業界出身の議員として、産業政策、国力・財政力の立て直しに全力を尽くす。「本来なら倒産してもおかしくない財政状況。国力そのものである財政力を立て直すのが国会議員になってからの目標」と意気込む。そのほか、予算の効率的な執行、税制の見直しなどにも切り込んできた。経済産業省が今年8月末に示したGX(グリーントランスフォーメーション)推進対策費などを含めた概算要求については、目先の分野にばらまいているだけだと批判する。「業界団体とだけ話し合い、個々の企業やその新技術を見ていない。国民を巻き込んだ市場づくりも進まず、このままでは世界に遅れを取る」と、硬直した縦割り行政の問題点を指摘。GX予算の使い方については、各産業分野にGX自体を浸透させる視点から見直しを訴える。

中小企業診断士として政策を提案 企業の脱炭素政策の重要性を指摘

エネルギーについては、21年の環境副大臣時代に、脱炭素先行地域の策定や、脱炭素化支援機構の設立を行ってきた。当時はエネルギー政策の転換が叫ばれていた時期で、「多くの政治家は、脱原発ではエネルギー政策が立ち行かないと気付いていたが、国民にどう伝えるか難しい時期だった」と振り返る。初当選から現在に至るまで原子力発電所の再稼働と建て替えの必要性を訴え続け、問題解決には国民との対話が重要だと語る。

電気自動車(EV)と内燃機関の将来については「二者択一ではなく、それぞれの特徴、強み弱みをどう国民に伝え、選択、購買につなげるかが重要だ」と話す。日本の自動車産業は、世界に対し新エネルギー車両と内燃機関両方の供給責任を負っている立場という認識を示す。「日本の車産業は、あらゆる国のニーズに応える必要がある。EVの普及が難しい寒冷地域には、クリーンな内燃機関や脱炭素燃料技術を輸出する必要がある」と、国家として全方位での自動車政策を行う必要性を挙げた。

また、9月末に終了予定だった燃料油の激変緩和事業の延長・拡充に対しても、グリーンイノベーションの観点から補助金に反対の姿勢を示す。ガソリン価格高騰の対策は国民の行動変化しかないと断言。ばらまくカネがあればそれはバイオ燃料、合成燃料、水素技術に投資すべきだとする。そのために①市場の整備、②バイオ燃料用の作物育成のための農家支援、③合成燃料の水素確保のため、原子力のもう一つの価値について真正面からの議論を行うこと―を挙げた。「革新型の原子力とバイオ燃料、合成燃料の技術効率を上げていくことで、わが国も『産油国』になれる」として、政府の行動変化と各企業の奮闘を呼びかける。

ライフワークの中小企業支援では、脱炭素戦略の課題を指摘する。「大企業はエネルギー改革に真剣に取り組む必要があると分かっているが、経営陣の腰が重い。一方の中小企業は経営者が危機感を感じていないのが現状だ」。今後、脱炭素の取り組みができない企業は淘汰されるとの見方を示し「それを伝えられていないのは政治の責任」と分析する。

これまでの政治人生はチャレンジの連続だったという。「その原点を忘れず、保身を考えず、政治家として言うべきことを言い続けたい」。政治家は政策立案とともに、現状を正しく国民に説明することが使命だと話し、正面から国民と相対する重要性を訴える。「財政、原子力、防衛予算などは、きちんと説明できれば納得してくれる国民は多いが、耳の痛い話をしたがらない政治家は多い」。これまで国民にとって厳しく感じる内容を、時流に流されず、持論を曲げずに訴え続けた。今後も大衆に迎合せず、自身の信念を持ち、国民に政策を訴えかけていく。

21年から養殖事業を開始 「武州うなぎ」で地域貢献


【エネルギー企業と食】武州ガス × ウナギ養殖

埼玉県はかつてウナギの産地だった。江戸時代からタンパク源として庶民に愛され、現在も川越市ではウナギ料理を提供する店が多く並ぶ。

同市に本社を置く武州ガスでは、県内唯一となるウナギ養殖事業を2021年から開始。県内でウナギ養殖システムを開発していたサイエンス・イノベーションと連携し、22年6月には東松山市に養殖施設「武州瓦斯水産研究所」を設立した。養殖事業を立ち上げた原爽也取締役は「育てたウナギは『武州うなぎ』として販売し、地産地消による地域貢献を果たしたい」と展望を語る。

武州うなぎは、ウナギの飼育からブランドの文字デザインまで武州ガス社員がすべて手掛ける。ウナギの専門家がいるわけではなく、原氏自身も水産事業を手掛けるのは初めてだと話す。野心的なチャレンジの背景には「地域の問題を解決できる事業、地域を誇れるものにする事業、地域の皆さんが喜ぶ事業、この三つがわが社の事業の軸」(原氏)という理念がある。

1926年の創業以来、武州ガスには地域に根差した経営を進めてきた実績がある。ガス供給以外にも、持続可能な地域社会づくりへ太陽光発電の普及に尽力し、農業分野にも進出。休耕田の活用や地元小学生の稲刈り体験など、地域貢献を積極的に行ってきた。今回のウナギ養殖事業も「地域の人が喜ぶことを第一に企画した」(原氏)と胸を張る。

ウナギ養殖施設には直径7.5mの水槽を6基設置し、地下水を循環利用する独自のろ過システムを採用。施設の約3割のエネルギーを賄う太陽光発電も設置し、環境負荷も減らしている。22年8月から養殖を開始すると、1年間で約5万匹のウナギの稚魚を育成。23年3月に初めてとなる出荷を行った。

約5万匹のウナギを飼育する

現状のサイクルについて新事業開発部の大河原宏真氏は「2カ月に1回出荷して、先日には5回目を行った。200gを超えるウナギを年間3万匹ほど出荷する予定」と話す。ウナギの稚魚は静岡・浜名湖から仕入れており、かば焼きにした際のふっくらとした身と臭みのなさが特長だ。

現在は通販サイト「楽天市場」で販売し、今後は自社サイトでの販売を目指すという。「より多くの人に食べてもらうため、将来的には自社でウナギ料理を提供する店を出し、武州うなぎを認めていただけるよう、ステップを踏んでいきたい」(原氏)。地域と武州ガスの未来に向けて、新しい挑戦はこれからも続く。

地政学リスク高まる原油市場 「100ドル時代」は再来するか


【多事争論】話題:中東情勢と原油市場

イスラエルとイスラム組織ハマスの対立で、原油市場が緊迫している。

今後のシナリオと原油価格の行方を専門家が読み解く。(10月23日現在)

〈 「2019年の悪夢」を想起 最悪シナリオで150ドル超えも 〉

視点A:藤 和彦/経済産業研究所 コンサルティングフェロー

WTI原油先物価格は今年の第3四半期に「世界の原油市場の供給不足」が不安視されて約30%上昇した。9月28日に95ドル台まで上昇し、「100ドル超えは時間の問題だ」との観測が出ていたが、10月に入り、下落に転じた。4日の原油価格は米国のガソリン在庫の積み上がりが市場予想を大きく上回ったことに嫌気され、前日比5.01%減の84.22ドルに急落した。

筆者はこの時点で「今年の原油価格の上昇は終わった」と判断していたが、その矢先に中東地域の地政学リスクが急浮上した。パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが7日、イスラエルへの大規模攻撃を開始し、これに対してイスラエル軍はガザに激しい空爆を実施する事態となった。トルコ政府が双方の間を仲介する意欲を示しているものの、多くの犠牲者が出たイスラエルは「ハマスを根絶やしにする」と宣言、終わりの見えない戦いになりつつある。

原油価格は9日、前週末比3.59ドル高の86.38ドルまで上昇した。前週までの下落トレンドが一転、中東地域の地政学リスクを意識する「買い」が入った。市場は中東地域で一朝事があれば敏感に反応するのが常だが、原油価格が「うなぎ上り」で上昇することはなかった。「紛争地域に油田は存在せず、中東地域から世界への原油供給に支障が生じていない」と市場が判断したからだ。だがその後、中東情勢の一段の悪化が懸念されて「買い」が優勢となり、原油価格は徐々に上昇、19日現在、90ドル近くに達している。原油価格の高騰はひとまず回避されたが、世界の原油供給の3割を占める中東地域の情勢は「一寸先は闇」であることを改めて認識させられた形だ。

中東地域では対立と分断が当たり前だったが、このところ奇妙な安定が続いていた。2020年に米国の仲介でイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が関係を正常化し、今年3月には中国の仲介でサウジアラビアとイランが関係正常化に合意した。最後の仕上げがサウジとイスラエルの正常化だったが、その直前に中東地域で再び激しい暴力が吹き荒れ始めた格好だ。米国の影響力が低下している中、中東地域全体に混乱を引き起こしかねない紛争が生じており、今後の原油市場は波乱含みだと言わざるを得ない。

ホルムズ海峡封鎖は非現実的 フーシ派の動きに要警戒

関係者が注目しているのはイランの原油供給が減少する可能性である。イランの原油生産はこのところ好調だ。9月の原油生産量は日量314万バレルとなり、18年以来の高水準となっている。イランとの関係悪化を望まない米国政府が同国の制裁破りの行動を黙認しているとの見方があるが、今回の紛争を契機に米国が制裁強化にかじを切れば、イランの原油生産にとって足かせになる。イランからの原油供給が減少すれば、世界の原油市場がひっ迫する可能性があるだろう。

イランを巡る懸念はさらにある。イランは10月15日、「イスラエルがガザ地区への地上侵攻に踏み切った場合、中東の他地域に紛争が飛び火する恐れがある」と警告した。市場関係者の間では「イランによるホルムズ海峡封鎖」が警戒され始めているが、その可能性は低いだろう。なぜなら、ホルムズ海峡が封鎖されればイランの原油輸出にも支障が出るからだ。

筆者は「サウジの石油施設の安全性の問題が再び浮上する」こと危惧している。19年9月、イエメンのシーア派反政府武装組織フーシ派が、イエメン内戦に介入するサウジアラビア東部の石油施設にイラン製無人機(ドローン)による大規模攻撃を行い、同国の生産能力の約半分に相当する日量570万バレルの原油生産を一時停止させた事案が念頭にあるからだ。当時の原油価格は一時、急騰したものの、「早期の復旧が可能」との理由で原油価格はすぐに下落した。

フーシ派のサウジアラビアに対する攻撃はサウジとイランの関係正常化以降、停止されていたが、10月に入り、フーシ派はサウジとの国境沿いに駐留していたバーレーン軍兵士を4人殺害するなど攻撃を再開している。フーシ派は13日、「パレスチナ人と共に戦う用意がある」と宣言したが、攻撃対象は遠距離のイスラエルではなく、以前と同様、国境を接するサウジの方が可能性は高いのではないだろうか。イラン製ドローンはウクライナ戦争に投入され格段に進化したと言われており、「フーシ派は4年前以上に甚大な被害を発生させるのではないか」との不安が頭をよぎる。19年の悪夢の再現となれば、原油価格は150ドル以上にまで高騰してしまうのではないだろうか。

ふじ・かずひこ 1984年早稲田大学法学部卒、通商産業省(現経済産業省)入省。エネルギー分野で多数経験を重ねる。2003~11年まで内閣官房に出向(内閣情報分析官)。21年1月から現職。

【需要家】既築住宅の省エネ改修 「自分ごと化」がカギ


【業界スクランブル/需要家】

脱炭素社会実現のためには、新築のみならず既築建築物の省エネ推進が重要であることは周知のとおりだ。筆者はちょうどマンションリフォームを検討しているところでもあり、既存住宅における省エネ改修の可能性について改めて考えてみたい。

脱炭素実現の観点では躯体の断熱化、省エネ設備の導入、設備の電化などが重要となるが、今回、リフォーム事業者からこれらに関する積極的な提案はほぼなかった。特に給湯器に関しては省エネ型でない従来型を勧める事業者もあることに驚いた。その理由を問うと、国土交通省が実施する「こどもエコすまい支援事業」の受付が締め切られたから、との回答があった。改めて補助金の効果を実感するとともに、カーボンニュートラルの中間目標である2030年を目前に、補助金なしでは省エネ型給湯器の普及が進まない現状にやや暗い気持ちになった。

電力中央研究所のレポート「家庭用給湯分野の省エネルギー・温暖化対策のバリア」によると、省エネ型給湯器が普及しない要因として、「カーボンニュートラルの認知:自分ごと化されていない現状」が挙げられている。社会的な脱炭素の必要性が自分ごと化されていない状況においては、省エネは当然後回しになる。このため、販売側・消費者双方の認知度を高める工夫が必要である。

一方で消費者の立場に立って考えると、限られた予算の中で省エネ性よりも利便性や見栄えを優先する気持ちもよく理解できる。こうした実態を踏まえると、省エネ型製品の普及のためには省エネ型製品以外の選択肢がない状況が望ましいのかもしれないが、規制的手法に頼らず、機器販売側が自ら省エネ型製品を標準化する取り組みに期待したい。(K)

AIで計画業務を自動・最適化 社会インフラのデジタル化を推進


【エネルギービジネスのリーダー達】曽我部 完/グリッド代表取締役

計画業務を自動・最適化するAIシステムの開発を手掛け、社会インフラのデジタル化に貢献する。

常に一歩先の社会を見据えた技術を蓄積するべく、研究開発にも注力している。

そがべ・まさる 大学卒業後、日比谷花壇に入社。業界に先駆けたeコマースを導入し新規ネットワーク事業に従事。物流アウトソーシングサービス会社を経て、2009年にグリッドを創業。

人工知能(AI)を活用した、計画業務の最適化支援システムの開発・販売と運用保守を手掛けるGRID(グリッド)。「電力・エネルギー」「物流・サプライチェーン」「都市交通・スマートシティ」の3分野で、計画業務を自動化・最適化するAIエンジンを開発し、これを搭載したプラットフォームを提供し、社会インフラのデジタル化に貢献している。

電力・エネルギー分野では、2019年から出光興産、三井物産と共同で燃料油の国内海上輸送の効率化に取り組むほか、昨年7月には四国電力と電力需給計画立案システムを開発、運用を始めた。需要想定から複数の発電計画を作成し、期待収益を分析・評価を踏まえて最も経済的な計画を採用することで、複雑化する電力需給計画の最適化を図るものだ。


再エネからAI事業に転換 グロース市場への上場果たす

創業したのは2009年のこと。今でこそ、国内外の優秀なエンジニアを多数擁し、独自開発のAIエンジンを駆使して社会インフラのデジタル化を推進することで社会課題の解決を使命としている同社だが、当初は、太陽光発電を中心とする再生可能エネルギービジネスを主力事業としていた。

そもそも代表取締役の曽我部完氏が同社を立ち上げたのは、エネルギービジネスを手掛けるのが目的だった。義兄である曽我部東馬・電気通信大学准教授の「欧州では再エネはベンチャー企業が手掛けている」との言葉をきっかけに、「ベンチャーが新しいエネルギービジネスの活路を開くのかもしれない」と、代表取締役を務めていた物流会社の経営と並行して起業に至ったという。

「事業が軌道に乗ると新しいビジネスを立ち上げたいと考える性分なのかもしれない」という曽我部氏。気象データを解析してメガソーラーが3日後にどれだけ電気を逆潮するか予測することを手はじめに、14年ごろから再エネ事業からAI事業に徐々にシフトしていき、19年には完全にビジネスモデルを転換させた。

【再エネ】各国で再エネ雇用拡大 産業戦略で国益意識


【業界スクランブル/再エネ】

今年9月、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、国際労働機関(ILO)と共同で「再生可能エネルギーと雇用:第10 版」を公表した。報告書によれば、近年再エネは多くの国々で産業戦略の中に組み込まれており、拡大の動機は、従来の自然災害や貿易紛争、地政学的対立への懸念に向けた対処だけでなく、サプライチェーンの国産率を高めて自国に利益を還元し、雇用を増やすことが目的となっている。

再エネの拡大に伴って、雇用も2012年の730万人から22年の1370万人へと、過去10年で約2倍に増加している。特に再エネ拡大が加速した21年から22年にかけては、雇用が100万件増加した。

技術別では、太陽光関連が全体の3分の1を占め、12年の140万人から500万人へと増加した。過去10年で唯一減ったのは太陽冷熱分野で、約1割減少している。その他の技術については、風力関連が約2倍増、バイオエネルギーや水力関連も増加している。

国別での最大は、全体の40%を占める中国で、550万人の雇用がある。その他の国も、欧州160万人、ブラジル140万人、米国約100万人と、大きな再エネ雇用がある。

一方で、日本における再エネの雇用数は他国に比べ控えめで、導入量世界第三位の太陽光関連の雇用は、約13万人と見積もられている。拡大が期待されている洋上風力については、30年までに7GWを達成すれば、発電所建設で5・4万人(うち直接雇用2万人、間接雇用3・4万人)の雇用が創出され、40年までに36‌GWを達成すれば約7万人の雇用が創出されるという。ただし、必要な技術スキルを身につけた人材を国内で育成するためには、政府による適切な対策が必要だとしている。(R)

「24年問題」リミット迫る 環境改善の絶好機にできるか


【業界紙の目】田中信也/物流ニッポン新聞社 東京支局記者

運送業界などの時間外労働規制を巡る「2024年問題」の期限が迫る中、政府は危機感を強める。

現場は規制強化への対応に追われており、政策パッケージをいかにうまく活用できるかが問われている。

2018年12月に成立した働き方改革関連法では、時間外労働の上限規制が設けられ、19年4月から順次適用してきた。このうち規制強化の影響が大きい建設業、トラック、バス、タクシーの自動車運送業などは24年4月から適用することとし、5年間の猶予が与えられた。かつ、年720時間を上限とする一般則に対し、自動車運送は年960時間の特例が適用されている。

こうした「特別扱い」が行われたにもかかわらず、現時点でトラック業界では、長時間労働の是正、労働条件の改善といった働き方改革が実現しているとは言えない。単に「24年問題」と称する場合、物流の諸問題を想起させることが、そのことを裏付ける。

なぜ、これほどのインセンティブがありながら改善が一向に進まず、これを後押しする有効な政策も打ち出せなかったのか。

その背景には、1990年の貨物自動車運送事業法と貨物運送取扱事業法のいわゆる「物流2法」の施行から進んだ、トラック事業の規制緩和の影響があると考えられる。規制緩和に伴い事業者間で過当競争が起こり、運賃水準が低下する「負のスパイラル」に陥った。この対応にトラック業界や行政当局があまりに長い時間を要したことで、ドライバーの働き方改革の具体的な対策にまで手が回らなかったものと考えられる。

企業間物流の課題強調を 荷主の行動変容要求は画期的

24年4月まで1年を切った中、政府が打ち出した政策パッケージには、所管する国土交通省のみならず、農林水産省、経済産業省、厚生労働省、警察庁、消費者庁、公正取引委員会など、省庁をまたいだ多種多様な政策が盛り込まれ、大手全国紙、テレビキー局など多くのメディアで報じられた。

ただ、「再配達率半減」「送料無料表示の見直し」といった、宅配便など消費者物流での取り組みや政策をクローズアップするメディアが少なくなかった。こうした見出しならば一般消費者の目に触れやすく、世間の関心を集めやすいのは確かだ。それでも24年問題の本筋は、長距離トラック輸送をはじめとする企業間物流である。店舗や工場向けの物流がストップすれば、「スーパーやコンビニエンスストアの棚から商品が消える」「ありとあらゆる製品を製造できなくなる」といった側面を、物流業界や行政当局はもっとアピールすべきだ。

一方、荷主・元請事業者を対象とする物流負荷軽減に関する規制的措置や、荷主の役員クラスに物流の統括管理者、いわゆる欧米企業でのチーフ・ロジスティクス・オフィサー(CLO)の配置義務付けについて、「24年の通常国会での法制化も視野に整備する」ことが明記されたのは画期的なことだ。国交省物流・自動車局などとともに物流対策の検討をけん引してきた、経産省商務・サービスグループの中野剛志物流企画室長は「物流負荷の軽減に向け、荷主の行動変容を求めたことは世界的にも例がない」と強調する。

法整備は、省エネ法のエネルギー使用の改善に向けた計画の策定・公表、管理者選任の規定を参考にしていく方針だ。しかし、CO2排出量など指標が明確な省エネ法での規制と異なり、重量や輸送距離を指標とする場合、業界・分野の特性や着荷主のデータの把握が困難なことから、定量・単一的な目標設定が一筋縄ではいかないため、紆余曲折も予想される。

「24年4月がゴールではなくスタート」とは、物流の課題解決に関してもよく言われるフレーズだ。しかし、時間外労働の上限規制適用のリミットは刻一刻と迫っている。法制度が整備され、荷主に対する規制強化の措置が施行されるまで最低2年程度の期間を要するとみられている。そうした中、ドライバーの拘束時間、休息期間などを定める改正改善基準告示の順守が求められる。

政策パッケージ機能するか 政権の人気取りで終わらせず

さらに政策パッケージでは、何も対策を講じなければ「24年度に14%、30年度には34%の輸送力不足」という試算結果が突き付けられており、ドライバーなどの賃金水準向上に向けた適正な運賃収受や価格転嫁のための取り組みが不可欠だ。

しかし、働き方改革関連法に基づく規制強化は段階的に適用されており、19年4月に有給休暇の年5日取得が義務化され、今年4月には「23年問題」とも称される月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率引き上げが、中小企業にも適用された。

ほとんどの事業者は、相次ぐ規制強化に着実に対応している。だが、荷主との値上げ交渉がままならず、効率化できるほどの人員や施設・設備のない事業者には、労働時間の短縮や、割り増し分の原資の確保は厳しい。

有休の年5日取得では、ドライバーの「日給月給制」の給与形態がネックとなり、対応に苦慮しているケースもあるようだ。時間外労働上限規制に伴う対応も迫られる中、パッケージに盛りこまれた対策が有効に機能しなければ、規制強化の「三重苦」に押しつぶされる事業者が続出しかねない。

9月下旬には岸田首相がトラック事業者を視察した

こうした中、岸田文雄首相は9月28日、東京都大田区の中小トラック事業者を視察し、業界団体の首脳、経営者、ドライバーと意見を交わした。この場で、24年問題に伴う諸課題への対応に向けて「物流革新緊急パッケージ」を取りまとめることを明言し、10月6日に閣議決定した。

荷役作業の自動化・機械化、電気トラック導入などのための予算措置を、経済対策に盛り込む。さらに、ドライバーの賃上げを実現するための適正運賃収受に向け、荷主・元請事業者への規制措置を「次期通常国会で法制化」する方向性も示した。

新たなパッケージを打ち出したのは、政権側の「支持率向上に向けた人気取り」という狙いも透けて見える。ただトラック業界・事業者は、またとない絶好機を逃してはならない。荷主側とも連携し、取り組みを推進していくことが求められる。

〈物流ニッポン〉○1968年創刊〇発行部数:15.8万部〇読者構成:陸上貨物運送業、貨物利用運送業、倉庫業、海運業、港湾運送業、官公庁・団体、荷主など

【火力】発電所⇔中給の昔話 予測と実運用の難しさ


【業界スクランブル/火力】

今回は、発電所の運転員時代の思い出話である。世の中はバブル景気に向かう頃で、エアコンの普及に伴い電力需要の昼夜間格差が増大し、それに対応するため火力設備ではDSS(毎深夜起動停止)の運用が増えつつあった。その日も朝6時の並列に向けてユニットを起動し、定格回転数まで昇速したので給電指令所に連絡した。

発「〇〇発電所××号機並列準備できました」

給「えーと、並列不要です」

発「はぁ?」

給「本日は、予想より需要が低い見込みとなったのでこれ以上の供給力は不要です。××号機は停めてください」

発「はぁ、了解です……」

当時は、こんなやり取りで済んでいたが、自由化された今日ではどうなるのだろうか。

技術の進歩で予測精度が上がっていると言いたいところだが、自然変動電源の大量導入により需要予測の誤差はむしろ以前より大きくなっている状況だ。市場制度の面から言えば、約定のタイミングをリアルに近づければ誤差は生じないということのようだが、ちょっと待ってくれと言いたい。火力発電は、起動にそれなりの時間がかかる上に停止起動に伴う温度変化が設備に与えるダメージを最小にするため、停止中も最新の注意を払う必要があるのだ。

運転員の労力はDX化により軽減されてきているものの、燃料費や健全性確保のためのコスト、それが空振りとなるリスクを発電側に片寄せするような制度になってしまったら対応は困難となってしまう。

調整力について公募から市場へ移行する議論がたけなわだが、経年火力の退出が懸念材料となっている。しかし、このような事情が正しく理解されず、あげくに「売り惜しみ」などと揶揄されるのは大変心外だ。(N)