安倍晋三元首相が2022年7月8日に暗殺されてから1年以上が過ぎた。心からご冥福を申し上げる。

安倍氏の政治家としての業績を讃える声が、世間に満ちる。もちろん筆者も、それに賛成する。外交面・安全保障問題では、首相主導による成果はすばらしかった。頻繁に政権が変わったことが、日本の政治の問題だったが、安倍氏は08年に加えて、12年から19年まで長期政権を担った。
ところが、エネルギー関係者、特に電力・原子力産業に関わる産業人、技術者・研究者は、安倍政権の行動をあまり評価していないだろう。エネルギーを巡る多くの課題を放置したからだ。
11年3月の東京電力福島第一原発事故の後で、電力・エネルギー分野は民主党政権と経産省・資源エネルギー庁が主導した改革で大混乱した。民主党政権が崩壊して自民党・公明党の連立政権に変わったときに、エネルギー政策も変わると期待された。ところが、安倍氏とその政権は、政権が後退しても、一度決まったエネルギー政策の方向を変えなかった。
エネルギー・原子力問題は在職中放置状態
「安倍晋三回想録」(中央公論新社)が22年末に発表された。読売新聞の政治記者2人が安倍氏に聞き書きし、元内閣情報官で元警察官僚の北村滋氏が監修している。安倍氏も聞き手も、経済問題に関心が少なく、さらにその中のエネルギー・原子力問題にはほとんど言及がなかった。外交については首相主導で、対策や戦略が練られていたが、内政ではそれがほとんどなかった。安倍氏は「財務省との戦い」に関心を向けていた。
安倍政権下では経済政策が「アベノミクス」と名付けられ、何かをやっているように見えた。確かに安倍政権の間は、株価は上昇し、失業率は低かった。しかし実質は大きな改革をせずに、日本の経済・社会の課題の解決を先送りしてしまった。高支持率と選挙の勝利という政治資産を、外交、安全保障法令の改正、また彼の持論であった憲法改正の準備に使ってしまったように見える。そしてエネルギー・原子力は後回しにされてしまった。
自民党議員によると、安倍氏は首相の退任理由となった病の癒えた後に、自民党のエネルギーを巡る議員会合、議員連盟に出席し、エネルギー問題について、政権中に「やり残した」という感想を述べたという。また原子力や電力システムの安定を訴えた。もしそれが事実ならば、なんで在職中に取り組まなかったのか、悔やまれる。
政治主導で修正する必要がった四つの政策課題
エネルギー産業は、どの国でも政治が企業活動に影響を与える。日本ではそのマイナスの影響が最近大きい。そして安倍政権は懸案が山積したのに動かなかった。それは今でも悪影響を与えている。安倍氏だけに責任はないが、一連の政策には大きな問題があった。
民主党政権で、エネルギーでは政治主導によって、以下の4点が大きく変わった。それを安倍政権は、政治主導で修正しなければならなかった。
・原子力の過剰規制による原発の長期停止。その見直しと原発活用、再稼働。
・エネルギーシステム改革、電力自由化の検証。負の部分の是正。
・再エネへの過剰支援を抑制し、適正な形に着陸させること。
・東京電力福島第一原発の事故処理の検証、補償の線引き。
23年になって、その弊害は明らかだ。特に①の原子力問題は大きなつめ跡を残している。
原発の停止で、代替の天然ガスなどの燃料費はこの10年で約50兆円に達したとの試算がある。日本のGDPは名目で500兆円程度だ。毎年数兆円の天然ガス、石炭などの電力のエネルギー源の余分な購入を海外からしたら、その成長を0.5〜1%程度押し下げただろう。
ここ数年、需要の高まる夏冬に電力が不足し、停電の危機さえ発生している。原発を使えないまま、自由化したことで、既存電力会社の供給能力が抑制気味であるからだ。またウクライナ戦争の後の国際エネルギー価格の高騰の影響で、日本の電力・エネルギー価格も急騰した。原発の利用が見通せないために、再エネを原発と調整しながら増やすことも、東電の経営に原子力発電を役立てることもできない。
14年ごろ、シェールガス革命の影響で国際的な原油やガスの価格が下落した。それがなければ安倍政権と日本経済は、エネルギーの面から失速していたかもしれない。
安倍政権は、原発ゼロという政策は採用しなかった。しかし「安全性の確認された原発は再稼働」と繰り返すだけで、原子力規制の見直しに踏み込まなかった。
時の政権の一挙手一投足に振り回されぬように
安倍氏はイメージだけで「タカ派」のレッテルを貼られ、批判が先行した。一方で、ファンも多かった。賛美でも中傷でもなく、その活動を冷静に評価するべきだ。
その上で、私は自分の知るエネルギーと経済政策では、安倍政権は、「問題先送り」という評価できない政策を行ったと思う。とても残念だ。外交、安全保障面の偉大な実績と比べると、それは見劣りする。
また安倍氏は、エネルギー・原子力問題に政治家の中では理解と関心があった。それでも、その問題には手をつけられなかった。彼にとっては、エネルギー・原子力は多くの論点の一つに過ぎなかった。そして選挙に連勝した強い政治基盤を持つ安倍政権でさえ、日本の諸問題の改革を大きく成し遂げられなかった。エネルギー・原子力問題は後回しにされた。
興味深いのは、現在の岸田文雄政権が誕生して以降、停滞していたエネルギー・原子力問題が前進し始めたことだ。何よりも、先の通常国会で成立した脱炭素電源法により、運転開始から40年を超える原発の稼働期間延長に道筋が開けた。また福島第一原発から出る処理水の海洋放出も、いよいよ今月下旬に実施される見通しとなっている。国の原子力規制委員会による原発の安全審査も少しずつではあるが歩みを進め、北陸電力の志賀原発では長年の活断層疑惑が払しょくされ、再稼働に向けてようやくスタート地点に立った。一方、普及拡大の一途をたどってきた再生可能エネルギーを巡っては、メガソーラーなどの乱開発規制の強化が重要な政策課題に浮上している。
いずれも、エネルギー・原子力を取り巻く内外情勢の変化が少なからず影響しており、必ずしも岸田首相の政治力のおかげというわけではないものの、現政権に対するエネルギー関係者の評価は意外なほど高い。だからといって、業界が必要以上に政治に頼るのは、やはり危険だ。時の政権の一挙手一投足に振り回されるような業界は、国民の目からみると「斜陽産業」に映るものだ。
「永田町にも霞が関にも頼り過ぎず、まずは自らの努力で未来を切り開く」。このように幻想を捨て、彼らがどのように動いても生き残れる、そんなビジネスの自立心が業界関係者に求められている。






















