【特集1】脱炭素化と安定供給の両立へ 電力システム分散化の現実度


蓄電池やEVといった低圧の分散型エネルギーリソース(DER)の導入が急速に拡大している。こうしたDERを活用した分散型システムの構築で、脱炭素と安定供給両立を実現するか。

2050年のカーボンニュートラル(CN)実現に向けて、太陽光や風力といった変動型の再生可能エネルギー大量導入を見据えた電力ネットワークの次世代化が喫緊の課題となっている。

従来の電力システムを引き続き効率的・合理的に運用していくことに加えて、次世代の分散型電力システムと調和させ、安定かつ持続可能な電力システムを構築していくことがその要諦。キーワードは「脱炭素」「DX(デジタルトランスフォーメーション)」「レジリエンス(強靭性)」だ。

基幹系統側では今年3月、電力広域的運営推進機関が再エネの最大限導入による脱炭素化と電力安定供給両立の切り札として、将来の広域系統の絵姿「マスタープラン」を公表。その具現化には、再エネ適地から大消費地への大容量送電を可能にする高圧直流送電(HVDC)など、新たな技術の開発が不可欠となる。

既に再エネが多く接続されているローカル系統(電圧77 kV以下)では、既存系統の空き容量を活用しながら系統増強を待たずに新規の再エネ電源を連系する「ノンファーム型接続」が21年4月に始まった。系統の増強には時間と費用がかかる。そこで系統混雑が生じた際の出力制御を大前提に、再エネ接続量を増やす狙いだ。

そして需要側の電化が加速し、EVや蓄電池といった分散型エネルギーリソース(DER)の導入拡大が見込まれる配電系統もまた、改革が待ったなしの様相だ。

25年度次世代スマメ導入へ 配電運用の高度化に期待

これらDERにより、混雑発生や電圧維持管理の困難化といった配電の課題が一層顕在化することになれば、系統全体にも悪影響を与えかねない上、それを回避しようとすれば人口減少時代に過大な送配電投資が必要になってしまう。逆に、デジタル技術を活用して最適に制御できれば、再エネ大量導入とレジリエンス向上を実現しつつ、運用効率の向上に資する可能性がある。

20年の電気事業法改正により、アグリゲーター制度や配電ライセンス、特定計量制度といった、DERを活用するためのおぜん立てとなる制度整備はある程度なされた。そして、それ以降も、新たなビジネス機会創出につなげつつ、配電系統運用の高度化を実現するための技術面・制度面の議論が続いている。

IoTによる系統運用や設備の制御、システム全体の最適運用のためのデータ取得の精緻化―。それを実現する手段として期待されているのが、25年度以降、順次導入が始まる次世代スマートメーターによる遠隔監視・制御だ。

25年度から順次、次世代スマメが導入される

資源エネルギー庁は20年3月から2年間にわたって、「次世代スマートメーター制度検討会」を開催し、有識者や業界関係者を集めて次世代型に求められる機能などを検討してきた。その結果、使用量データを現行の30分ごとから短縮し、15分単位で計量しデータ蓄積できるようにするほか、配電レベルの再エネ需給調整(バランシング)に寄与すべく、電圧データの収集が可能になった。

【特集1】DER活用へ制度措置実施 新たなビジネス創出も後押し


【インタビュー:清水 真美子/ 資源エネルギー庁 電力産業市場室 室長補佐】

DERの活用は、電力供給の効率化、強靭化のためにも欠かせない。資源エネルギー庁電力・ガス事業部電力産業市場室の清水真美子室長補佐に、今後の展望を聞いた。

―分散型電力システムの構築を目指す理由を教えてください。

清水 カーボンニュートラル(CN)や電力供給の強靭化に対する関心の高まりを背景に、再生可能エネルギーやEV、蓄電池といった分散型エネルギーリソース(DER)の導入が拡大しています。制度面でも、卸電力市場や需給調整市場など電気の各種価値を取引する市場が整備されるとともに、2022年にはアグリゲーターや配電事業、特定計量といった制度が開始となり、次世代スマートメーターの標準仕様が策定されるなど、DERの活用拡大につながる環境整備が進んできました。

 そうした中、昨年11月に「次世代の分散型電力システムに関する検討会」における議論に着手しました。CN達成を目指しつつも、近年の電力需給ひっ迫などの課題に対処するために、DERの潜在価値を最大限活用することで電力システムの効率化、強靭化を実現することが狙いです。

―そのポイントは。

清水 DERの価値発掘とその価値評価、そして分散型システムの構築という、三つの柱で検討を進めてきました。価値発掘という点では、今後普及が見込まれるEVは電力システム側での活用が期待され、引き続き5月に立ち上げたEVグリッドワーキンググループ(WG)で議論していきます。

       しみず・まみこ 2018年早稲田大学政経学部卒、経済産業省入省。
       資源エネルギー庁資源・燃料部政策課、通商政策局北東アジア課などを経て
       21年から現職。

 価値評価という点では、機器点計測することで埋もれてしまっているDERの評価を可能にすることや、低圧DERを束ねて運用する「群管理」の概念など、26年度からの需給調整市場へのDERの参入に向けた制度面の整理を行いました。分散型電力システムの構築という観点では、系統増強以外の選択肢として、DERの活用は混雑緩和など配電系統の課題解決に寄与することが示され、実証を加速していく方向性を示せたことは一つの成果だと言えます。

EVと系統の最適な統合へ 多様な主体が本音で議論

―WGにおける検討事項とは。

清水 関連業界が垣根を越えて、EVのグリッド統合を議論する必要があるとして、同WGを立ち上げました。自動車メーカーや充電器サービサー・メーカー、一般送配電事業者、小売事業者、アグリゲーターなど多様なプレーヤーが一堂に会し、エネルギー政策と産業政策の両方の視点で検討を進めていきます。プレーヤーごとに異なる将来シナリオを共有し、将来像を本音で議論することが最初のステップであり、その上で、目指すべき姿に向けた課題を特定、それに対する制度を措置し、将来のEVとグリッドの最適な統合の実現を目指します。

―どう制度措置していきますか。

清水 民間から26社、経済産業省側からも4部局と、これだけ多様な関係者が参画する会合は省内にもこれまでありませんでした。どのような制度が措置されるか未知数ですが、これまで出会うことのなかった業界同士が協力することで、画期的なビジネスが生まれることに大いに期待しています。

(取材は6月14日に実施)

【JERA 奥田社長】再エネとゼロエミ火力で 安定供給と脱炭素化をグローバルで実現する


火力燃料を巡る情勢が激変する中、JERAの3代目社長に就任した。LNG調達の安定性、柔軟性の確保に加え、ゼロエミ火力への段階的な移行に力を入れる。

【インタビュー:奥田久栄/JERA社長CEO兼COO】

志賀 東京電力と中部電力の火力発電部門の統合会社として2015年に発足してから8年。3代目社長に就任されました。中部電力ご出身ですが、入社の経緯からお聞かせいただけますか。

奥田 学生時代から、地域経済の発展に貢献したいという気持ちを持っていました。また、英語で時事問題をディスカッションするサークルに入っており、米ソが核軍縮に合意し、レーガン・ゴルバチョフ両首脳が握手を交わす映像には大変衝撃を受けました。戦争勃発の端緒の多くがエネルギー問題であり、世界平和の礎として非常に大きいと感じたこともきっかけとなり、最終的に中部電力を選択しました。

   おくだ・ひさひで 1988年早稲田大学政治経済学部卒、中部電力入社。グループ経営戦略本部
   アライアンス推進室長、JERA常務執行役員、取締役副社長執行役員 などを経て2023年4月から
   代表取締役社長CEO兼COO。

志賀 19年にJERAの経営企画担当常務に就任されました。その後、わずか数年でエネルギーを巡る情勢は様変わりしてしまいましたね。

奥田 どのような情勢下においても、クリーンなエネルギーを安定的に届けるための新しい基盤を作るという当社の使命が変わることはありません。ただ、19年当時は、海外との資源獲得競争が激化していく中でこれを達成していくことに重きを置いていたのに対し、20年以降、新たに脱炭素への要請が強まったことで、より多くの手段を駆使しなければこれを実現できなくなりました。ゼロエミッション火力を実現するとともに、有事にも強い供給基盤、そしてデジタルを活用したプラットフォームを作り上げていくことで、使命を果たしていく方針です。ウクライナ問題を契機に、違う次元のエネルギーセキュリティが求められるようになりましたので、より困難な挑戦になると考えています。

統合で調達規模拡大 トレーディングに強み

志賀 統合のメリットをどう見ていますか。

奥田 とてつもないメリットがあったと思います。当初は、5年間で1000億円のシナジー効果を出すと言っていたのですが、22年度末でそれ以上の効果が出ています。業務の手法や発電所の運用を標準化することでコストダウンを図ることができましたし、燃料調達規模が拡大し、本社をシンガポールに置くJERAグローバルマーケッツ(GM)は、今や世界最強の燃料トレーディング部隊です。世界中の石炭、LNGの需給に関する情報を得ながら燃料を上手に動かして、売り手・買い手双方Win―Winの関係を作りながら収益を出すことができています。

志賀 30年ごろにはLNGの契約更改期を迎えることになります。

奥田 徐々にアンモニア・水素に置き換えていくとはいえ、LNGは当面の間、魅力的な低炭素燃料であり、今後10、20年は活用していかなければなりません。LNGが普及していないアジア諸国では、これから燃料転換していくわけですから50年においても魅力的であり続けるでしょう。一方で、これまでは一定量をベース的に利用することができましたが、これだけ再生可能エネルギーが導入され日本の電力需要も成長しないという状況ですから、LNGは調整力としての役割を担うようになっています。従来からあった季節間変動のみならず、再エネ導入による短期変動も大きくなり、安定性と柔軟性を確保していくことは非常に難しくなってきています。毎月一定量の受け入れとなる長期契約だけでは、求められているLNGの役割は果たすことはできません。長期、中期、短期の契約とスポット調達―。これらをいかに上手に組み合わせたポートフォリオを作り上げるかが、大きな焦点になります。そういったポートフォリオを組んだ上でも対応しきれない変動がありますから、その時により経済的に、確実に対応するためのトレーディング力を強化していくことも重要です。

【特集1】脱炭素と電力安定供給の両立へ 50年に向けた広域送電網の絵姿


電力広域的運営推進機関は、最大7兆円規模の新設・増強工事を伴う広域送電網のマスタープランを公表した。再生可能エネルギーの最大限導入による脱炭素化と電力安定供給両立の切り札となるか。

国の政策目標である2050年カーボンニュートラル(CN)社会の実現を見据え、将来の広域連系系統のあるべき姿を具体的に示した「広域系統長期方針(広域連系系統のマスタープラン)」。太陽光や風力などの再生可能エネルギーの適地と電力の大消費地を結ぶ連系線の新設・増強や海底直流送電(HVDC)の新設、東西間で電力融通するための周波数変換所(FC)の増強などが軸で、その整備に必要な投資額として最大7兆円規模を見込む。

6兆~7兆円投資というと巨額のイメージが強いが、系統増強で毎年発生するコスト(5500億~6400億円)を年間需要で単純に割ると、1kW時当たりのコストは0・4~0・5円となり標準家庭で月百数十円の負担感。再エネ活用の最大化で電気料金やCO2対策コストを抑制できれば、これだけの投資を行ったとしても十分に便益が上回る計算になる。

豊富な再エネを大都市へ 3兆円かけ大規模HVDC

マスタープランの系統整備計画の中で政府が優先的に進めようとしているのが、今後、洋上風力の導入が見込まれる北海道、東北エリアと大消費地である東京エリアを結ぶ、日本初の大規模HVDCの敷設だ。

政府が2月に閣議決定した「GX(グリーントランスフォーメーション)に向けた基本方針」においても、再エネ主力電源化に向けて、「今後10年間程度で過去10年間と比べて8倍以上の規模で整備を加速する」と提起し、特に北海道からのHVDCについては30年度を目指して整備を進めることがうたわれている。

その規模は、最終的には北海道~東北間で600万kW、東北~東京間で800万kW程度が有力とされ、日本海と太平洋の両ルートを合わせた工事費用は2・5兆~3・4兆円と、投資総額の半分近くを占めている。これがマスタープランの「目玉」プロジェクトであることは間違いない。

このほか、HVDCの敷設に伴い、北海道で約1・1兆円、東北で6500億円、東京で約6700億円の地内系統の増強が必要となるほか、九州の再エネを関西、中部に送るための九州と中国を結ぶ関門連系線の増強(280万kW)に4200億円、東西間のFC増強(270万KW)には4300億円の投資が必要となる見通しだ。

広域系統整備の長期展望(ベースシナリオ)※広域機関の資料より作成

【特集1/覆面座談会】「無償慣行」は改善できるのか? 業界事情通が赤裸々に明かす 現行制度の限界と解決策


不透明で割高な料金と商慣行が長年問題視されながら、健全化が進まないプロパン業界。業界事情に詳しい関係者3人が、その実態と解決策について赤裸々に語り合った。

〈出席者〉 A 弁護士  B プロパン業界関係者  C プロパン業界団体関係者

―プロパンガス業界の商慣行の現状をどのように見ているか。

A 1997年の液化石油ガス法改正に伴う規制緩和により、さまざまな弊害が出てきたことは事実。2017年の改正で、需要家に貸与している設備があるのであれば、ガスとは別建てでその料金を表示する「三部料金」を採用することをガイドラインに定めたが、それ以降も多くの事業者が基本料金と従量料金の区別すらせずに請求していて三部料金どころの話ではないのが実情だ。

B プロパン市場は、需要家1軒当たりの使用量やコスト、強い影響力を持つ事業者―いわゆるチャンピオンがいるのかなど、地域の状況に応じて競争環境が全く違う。当然内包している問題も、高い料金であったり、不当廉売に近い極端に安い料金であったり、業者間で価格統制が行われていたりとまちまちだ。しかし問題の根本は同じで、不健全な市場であるということにほかならない。

C この問題は非常にやっかい。元売り事業者としても、激戦のエリアに系列の事業者がいたり、場合によっては争奪戦を繰り広げる双方に供給していたりして下手に口を挟めば大変なことになってしまう。

―17年の省令改正後も、料金は不透明なまま、取引の適正化もあまり図られなかったということか。

A 大手を含むプロパン業者の動きの鈍さから察するに、経済産業省・資源エネルギー庁も本気ではなかったのだろう。料金をきちんと説明しなければ立ち入ると警告していたにもかかわらず、結局どの業者にも立ち入ることはなかった。プロパン料金は自由であり、誰にどのような料金水準で販売しようが業者の裁量の範囲だ。料金にガスの仕入れにかかわるコストだけではなく設備費用を上乗せすることも自由であり、結局、これを制限する手段は今のところ消費者の「買わない」という判断しかない。

B とりわけ北海道がクローズアップされるのは、ほかのエリアよりもプロパン料金が高いという市場の特殊性がある。北海道の業者がよく言うのは、冬の間は雪かきをしてからボンベを交換しなければならないということ。暖房は灯油がメインだからプロパンの使用量は少ないにもかかわらず、配送にかかる時間や手間は本州とは比べ物にならないし、彼らだって冬の間は配送に行きたくないというのが本音だ。地域によってマーケットの状況が異なる中で、一律に規制をかけることは非常に難しい。

 この30年あまり、行政はとにかく規制を緩和する方向で動いてきたわけだし、逆に規制を強化することなど本気で考えるとは思えない。袋小路の感があるよね。問題を解決するには、自浄作用を働かせるしかなく、本来であれば業者側が改善するために必要な方策を提示してエネ庁に法改正を申し入れるべきだ。だけど、やはりそこには地域によってマーケットの状況が違うというプロパン市場の実態が立ちはだかってしまう。要は、法改正による自浄作用のメカニズムは働かないということだ。

北海道大学周辺の賃貸集合住宅のプロパン料金格差  北大生協調べ

C 三部料金にすれば解決するだろうということだったのかもしれないが、現場にとっては相当手間がかかって大変な作業だ。賃貸集合物件の場合、物件の償却の期限によって料金が変わってしまうから、現実問題として対応しきれないよ。首都圏の場合は、都市ガスの導管網の延長に合わせてそれに対抗するためにこうした商慣行の問題が出てきたわけで、歴史的な経過が積み重なった結果として今の状況があるわけだから、そう簡単に小手先の方法で解決できるわけがない。

【特集1】「搾取」の構図に歯止め 設備無償提供の原則禁止も


賃貸物件の設備無償提供はプロパンガスの健全な競争を阻害し、消費者に不利益を与えてきた。松田世理奈弁護士は、景品表示法などの法律に照らしても禁じられるべき行為だと指摘する。

【インタビュー】松田世理奈 阿部・井窪・片山法律事務所弁護士

―プロパンガス業界の取引適正化ガイドラインは、商慣行の是正になかなかつながっていません。

松田 業界全体のリテラシーやコンプライアンス意識は確実に高まっていますが、そうしたガイドラインを守れない事業者が1社でもある限り、業界全体の問題としてみなされてしまいます。事業者の自主的な改善や呼びかけによる取引の適正化、消費者の選択だけでこうした行為を阻止できないのであれば、根絶するには液化石油ガス法の改正を含む制度的な措置が必要になります。

―どのようなルールを設けるべきでしょうか。

松田 非常に難しい問題ですが、液石法からのアプローチとして、プロパン業者に対し、建物に付随する設備を無償で提供することを原則禁止してしまうことが考えられます。これによって、現行の商慣習によってメリットを得ている人―、つまり賃貸物件のオーナーなどはそれを享受できなくなりますが、より弱い立場にある消費者保護を優先して考えることが妥当です。

まつだ・せりな 2007年東京大学法学部卒、09年東京大学大学院法学政治学研究科卒。経済産業省、公取委への出向を経て21年から電力・ガス取引監視等委員会専門委員、工業所有権審議会臨時委員。

―液石法以外での規制の在り方はいかがでしょうか。

松田 設備の無償貸与は、ある種過大な景品の提供で取引を誘引するもので、景品表示法などほかの法律の趣旨からしても禁じられるべき行為であるにもかかわらず、今のところ的確に対応できる法制度がありません。

 プロパン事業自体の競争をゆがめていること、消費者にとって料金の不透明感があること、何よりも利益を得ている人とコストを負担している人が食い違っている点で問題をはらんでいますから、何らかの形でこうした搾取の構図に歯止めをかけなければならないでしょう。自由市場だから自由に営業できるとはいえ、割りを食っている消費者がいる以上、何をしてもいいということにはなりません。

事業者への信頼担保へ 経営リスクの監視も一手

―電気の小売り営業でも数々のトラブルが報告されています。

松田 現行の電気事業の規制は、事業に参画するプレーヤーにとってもやや複雑な制度になっています。一般的な企業需要家や、ましてや家庭の需要家がそれを理解することはなおさら困難です。どの事業者と契約しているのか分からなくなるという話も耳にしますが、自らの契約状況を自ら管理することは当然とはいえ、それには限界があるということを制度は織り込まなければならないと思います。

―改善策はありますか。

松田 消費者にとって電気はあくまでも公共的サービスですので、事業者には相応の信頼性が求められていると思います。たとえ請求内容が正当な算定に基づくものであっても、消費者の事業者に対する信頼がなければどんなに説明を尽くしても納得を得ることは難しいでしょう。政策側で議論されている小売り事業者の経営リスクの監視も一案ですが、消費者の安心のために事業者の信頼を担保する仕組みの構築が求められます。

【特集1】プロパンの闇に光は差し込むか 問われる慣行是正の実効力


プロパンガスの不透明な料金体系や商慣行の放置は、業界の将来にも影を落とす。業界体質を改め、消費者に信頼されるエネルギーの担い手となることが求められている。

家庭のエネルギー供給インフラとして欠かせないプロパンガス。特に、都市ガスが行き届かない地域においては、今後もなくてはならない存在であり続けることに変わりはない。その一方で、不透明な料金体系や商慣行を長く放置してきたことが、消費者不信を招いているという一面も。あるプロパン業者の幹部は、「このままでは業界そのものが消費者に見限られてしまう」と危機感を募らせる。

それも無理はない。ただでさえ、約1万6千社あるプロパン業者の6割が小規模事業者であり、全国津々浦々までガスの供給を担っているのも彼ら。それにもかかわらず、オール電化など他のエネルギーとの競合に後継者不足も相まって、毎年300~500社が廃業、普及率も低下の一途をたどるなど業界は衰退著しい。

こうした中、プロパンの料金透明化と取引適正化について検討する総合資源エネルギー調査会(経済産業相の諮問機関)液化石油ガス流通ワーキンググループ(座長=内山隆・青山学院大学教授)が3月2日、7年ぶりに議論を再開した。7月までに計3回の会合を開き、現行の商慣行を見直すとともに、制度改正も視野に議論するという。

不透明な料金を問題視 三部料金制の効果薄く

電力、都市ガスの小売り全面自由化に触発される形で2016年に発足した液石WG。もともとプロパンは自由契約とはいえ、①戸建て住宅の消費配管やガス機器などを事業者の負担で設置し、ガス料金で利用者から回収する「貸付配管」や、②事業者が賃貸集合住宅のさまざまな設備をオーナーに無償提供し、その費用を入居者に転嫁する「無償貸与」―といった商慣行が、不透明で割高な料金と利用者の自由な選択の妨げの要因になっていることは、これまで幾度となく問題視されてきた。

17年に制定された取引適正化ガイドラインでは、事業者が利用者に貸与している設備がある場合、基本料金と従量料金とは別建てて設備使用料を算出する「三部料金」制により、料金の透明性向上を図ることを定めているほか、業者を選択する権限のない賃貸集合住宅への入居者に対して、家賃とは別にガス料金や設備代金の負担がどの程度になるかをあらかじめ提示することを求めている。

賃貸住宅のガス料金に批判が集まる

【特集1】消費者が納得できる料金提示を 業界の不信感払しょくに不可欠


これまで、消費者側から幾度となく是正が求められてきたプロパンガスの商慣行。抜本的な改善には何が必要なのか。全国消費生活相談員協会の林弘美氏に話を聞いた。

【インタビュー】林 弘美 全国消費生活相談員協会 エネルギー問題研究会 代表

―プロパンガス業界の料金の不透明性や商慣行が改めて問題視されています。

 2017年に料金の透明化に向けた改正液化石油ガス法省令や取引適正化ガイドラインが出されましたが、あまり変わっていないというのが実感です。店頭やホームページで公表している料金が実態と合っていなかったり、勧誘の際に公表とは全く異なる安い料金を提示し、切り替えから2、3カ月後に大幅に引き上げてしまったりといったケースが多く発生しているのが実情です。

―解決策についてどのようにお考えですか。

 1事業者に何種類もの料金メニューがあることや、公開している料金と実際の料金、そして勧誘時の料金が全て違うというのはおかしな話です。基本料金と従量料金、配送条件による割増料金なども含め、消費者が納得できるよう料金を提示するべきです。1社でもこのような悪習を続ける限り、消費者のプロパン業界への不信感を拭うことはできません。

 エネルギーの選択肢は多い方が生活の安心感につながりますし、プロパンはその大切な選択肢です。何より、地域に密着して事業を行うプロパン業者には、選ばれるというより地域に愛される存在であってほしい。安定供給への意欲を持つ事業者が、取引の透明化に努めたばかりに競争相手に攻め込まれ、廃業に追い込まれてしまうことは望ましくありません。消費者も、経済合理性だけではなく賢く事業者を選ぶ必要があります。

はやし・ひろみ 町田市消費生活センターの相談員として27年間勤務。プロパンガスの料金透明化や取引の適正化などについて、業界に対しさまざまな問題提起を行っている。

増える電気料金巡るトラブル 自由化は消費者利益なのか

―賃貸住宅において、設備の無償貸与など入居者のデメリットになる取引が行われたとしても、入居者は防ぎようがありません。

 賃貸集合住宅では、さまざまな設備費用がガス料金に含まれて入居者に請求され、その分、賃貸オーナーが入居者に提示する家賃を安く設定するという行為が横行しています。これを阻止するためには、法改正により、プロパン料金の中にガスを供給するための費用以外は入れてはいけないという規制を設けるほかに手立てはないと考えています。

―電気料金を巡るトラブルも増えているようですね。

 電気料金の高騰を受け、消費生活センターに寄せられる相談も電気関連が圧倒的に多くなっています。家賃をしのぐような高い料金を請求されたという相談もありますし、経営難による新電力撤退に伴うトラブルも散見されます。

 事業者は、電話でメリットを強調して契約を結びますが、撤退に際してはインターネット上で公表するだけだったり、消費者側から問い合わせたくても電話がつながらなかったりと、消費者に説明を尽くしているとは到底言えない状況です。高齢者の中には、自分が契約している電力会社を知らないという方もいるくらいです。自由化の制度設計そのものが、消費者に対する説明責任や納得感という観点で十分な考慮がなされていないと言わざるを得ません。

【特集1】CCSの前途は多難か洋々か 社会実装へ動き出す国内事業


研究開発や実証実験にとどまっていたCCSが、いよいよ本格的な社会実装を目指し動き出した。カーボンニュートラルに不可欠な技術と期待されるが、事業化への課題は山積している。

「CCS」は、「Carbon dioxide Capture and Storage」の略で、日本語では「二酸化炭素(CO2)の回収・貯留」と訳される。文字通り、発電所や製油所、化学プラントなどから排出されるCO2を大気に放散する前に分離・回収し、船舶やパイプラインで貯留地に輸送、地中深くに圧入し長期間に渡り安定的に貯留する一連の技術のことをいう。

CCSそのものに経済的なインセンティブがあるわけではなく、これまでは、資源開発会社によるEOR(石油増進回収)/EGR(天然ガス増進回収)に伴う油ガス田へのCO2の圧入を除けば、技術開発や実証試験レベルにとどまっていた。それが、世界的なカーボンニュートラル(CN)の潮流が加速する中で、近年、国内外で社会実装を目指す動きが急速に広がってきている。

23年秋に法案提出 事業推進へルール明確化

国内では、2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画で、水素やアンモニアと並ぶCNに向けた対応策として位置付けられ、これを受け経済産業省資源エネルギー庁は、約1年にわたり関係者による議論を重ね、今年1月末に事業化に向けた「CCS長期ロードマップ」を取りまとめた。今秋をめどに、事業者が準拠すべきルールや国の監督体制を明確にするための法整備を進める。

CCS長期ロードマップ

事業法では、「分離・回収」「輸送」事業については届出制(ただし、パイプライン輸送など地域独占を許容する場合は許可制)とする一方、石油・天然ガス事業と共通する点が多い「貯留」事業については許可制とし、鉱山法を参考にしつつ、海陸共通の制度化、貯留事業権の新設、保安体制の整備と賠償責任の明確化、(圧入後の)モニタリング責任の有限化などについて定めるほか、海外CCS推進に向けCO2輸出の法的枠組みについても措置する方針だ。

その上で、30年までに年間貯留量600万~1200万t、50年時点で約1・2億~2・4億tの貯留を可能とすることを目安に事業環境の整備を進め、30年までの事業開始を目標に、〝モデル性〟のある「先進的CCS事業」を支援する。

先進的CCS事業の要件については、複数の回収源を集約するクラスター化や、貯留地域のハブ化による事業の大規模化、そして圧倒的なコスト低減―としており、回収源、輸送方法、貯留地域の組み合わせが異なる3~5プロジェクトを選定することになる。

【特集1】事業法制定と行動計画策定 CCS事業化へ環境整備


国はCCS事業の将来をどう見据えているのか。資源エネルギー庁石油天然ガス課の佐伯徳彦企画官に課題と展望を聞いた。

【インタビュー】佐伯徳彦/資源エネルギー庁 石油・天然ガス課 企画官

―国として、CCSの事業化を目指す背景とは。

佐伯 2050年カーボンニュートラル(CN)の達成には、CCSが必要です。電力分野では、再生可能エネルギーの最大限導入により脱炭素化を目指しますが、調整力として火力システムの維持は欠かせません。製造業も、省エネと、電化や水素などの燃料の脱炭素化を最大限に進めても、最終的にはCCSを活用しなければなりません。このような事情を背景に、21年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」や「GX実現に向けた基本方針」において、CCSの環境整備を推進することが方向付けられました。各国もこの2年間でがらりと政策が変わりました。

 これまで、北海道・苫小牧におけるNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の大規模実証試験をはじめ、長きに渡って研究開発が行われてきましたが、結局、事業法がないため参入意向を示す事業者はありませんでした。事業法を整備しマーケットのルールを明確化することで、CO2の回収から輸送、貯留までのバリューチェーンの構築を目指します。

           さえき・のりひこ 2001年東京大学大学院総合文化研究科修士課程中退、
           経済産業省入省。ジェトロ・ロサンゼルス事務所次長などを経て、
           22年7月、新設されたCCUS政策担当企画官に就任。

24年前半にも行動計画 貯留量目標などを精緻化

―今後のスケジュールを教えてください。

佐伯 今はまだ、長期ロードマップの策定議論を通じて事業化を巡る課題を特定した段階です。できるだけ早期に事業法の制定を目指すとともに、今秋には、各産業の意見を積み上げて50年時点で達成すべき年間貯留量の目標を精緻化する作業にも着手する予定です。コスト目標や技術開発指針、適地調査計画についてもより詳細な検討を行い、24年前半までに行動計画を策定します。

―投資を呼び込むためには、採算性の見通しが欠かせません。

佐伯 現在、30年までに貯留を開始でき先進性のある事業について国が補助することを基本的な方針としています。海外事例を見ても、多くが国による補助金や税控除で成り立っているのが現状ですし、CCSが採算が取れる事業になるにはさまざまな条件がそろう必要があり英国などの先進地域でも結論が出ていません。現段階ではいつごろ国による関与が不要になるかを見通すことはできません。

―国内の貯留量のポテンシャルをどう見ていますか。

佐伯 22年3月末までに11地点で調査を行い、約160億tのC

O2を貯留可能であると推定しています。推定年間貯留量(1・2億~2・4億t)を貯留し続けた場合、100年ほど継続できる計算です。とはいえ、現在データを得られているのは石油・天然ガスの掘削により地質のポテンシャルが分かっている地点のみ。こうしたポテンシャルを最大限に活用するとともに、輸送コストをなるべく圧縮するためにも、排出源に近いエリアで地元のご協力を得られる地域において、地質調査を進めていきたいと考えています。

【特集1】効率的なCO2分離・回収技術を確立 石炭火力ゼロエミ化へ実証終了


中国電力とJパワーが大崎クールジェンで取り組んできた酸素吹きIGCC+CO2分離・回収技術。究極のクリーンコールテクノロジーとして脱炭素実現へのゲームチェンジャーになるか。

中国電力とJパワーが共同出資する大崎クールジェンでは2019年、石炭からガスを精製しそのガスから製造した水素で発電する「酸素吹きIGCC(石炭ガス化複合発電)」に、CO2分離・回収設備を付設し、石炭利用のゼロエミッション化に向けた技術実証を進めてきた。 

これは、ガス精製後の石炭ガス化ガスをCO2分離・回収設備へ送り、シフト反応により一酸化炭素(CO)と水蒸気(H2O)からCO2と水素(H2)に変換し、CO2吸収塔でCO2のみを分離・回収する仕組み。燃焼前の燃料ガスから分離するため、燃焼後の排ガスからに比べ、濃度が高く、エネルギーロスが少ない効率的なCO2の回収が可能になるという。CO2を分離した後の石炭ガス化ガスは、H2濃度が高いH2リッチなガスとなり、ガスタービンへ送られて火力燃料として発電に利用される。

16年度から3段階で進められてきたこの大崎クールジェンプロジェクトは、22年度で全ての実証スケジュールを完了。今後の計画については今のところ未定だ。

次に期待されるのは、ここで確立された技術が社会実装されることにより、石炭火力発電が新たな付加価値を持った発電インフラへと生まれ変わることだ。脱炭素の要請から、世界中で石炭火力の廃止が進んでいるが、他の化石燃料よりも安価で安定した調達が期待される石炭をカーボンフリーな形で利用し続けることができれば、資源の乏しい日本において、安定供給と環境性を兼ね備えた電源の一つとなり得る。

Jパワーは21年4月、「GENESIS松島計画」として、松島火力(長崎県松島市)2号機の酸素吹きIGCCへの転換を進め、CO2フリーの水素発電に向けた第一歩を踏み出すことを発表した。これにより、発電効率は約1割上昇し、CO2排出量は約1割削減できるという。

将来のゼロエミッション化に向けて、CCUS(CO2の回収・利用・貯留)設備を追設するための用地を確保することとしており、26年度には、30年度のCCS開始を見据えた「CCUSレディ」の発電所として再出発することになる公算だ。

大崎クールジェンで培われた究極のクリーンコールテクノロジーともいえる酸素吹きIGCC+CO2分離・回収技術。脱炭素実現に向け、ゲームチェンジャーになることが期待される。

実証を終えたCO2分離・回収設備(2020年本誌撮影)

【特集2】世界各地でCNビジネスを探索 e-メタンで海外連携を強化


【大阪ガス】

2050年カーボンニュートラル(CN)実現に向け、都市ガスの脱炭素化の鍵を握る技術として期待されるメタネーション。Daigasグループは30年度に、都市ガスの1%にメタネーションによって生成される「e-methane(e-メタン、合成メタン)」を導入するほか、LNG火力発電の代替や、ローカル水素ネットワークの構築によるコンビナートなどへの供給といった水素直接利用を見据え、取り組みを加速させている。

水素を直接利用するには、今あるLNG基地やガス導管、ガス機器といったインフラの改修や新設が必要となるケースが考えられるが、水素とCO2から合成するe-メタンは現在の都市ガスとほぼ同じ成分であり、既存インフラを活用できるのが大きな利点だ。

とはいえ、e-メタンや水素を社会実装するためには、技術を確立することはもちろんのこと、クリーンな水素を安価に大量に調達できるかどうかが重要な鍵となる。国内のみでは限界があり、海外の事業者との協力関係が欠かせない。

e-メタンの製造に必要なクリーンな水素、CO2の調達を含め、海外におけるCN事業推進の中心的役割を担っているのが、資源・海外事業部の「資源・CN事業開発部」だ。同部は、上流液化事業部に各部署が手掛けていた脱炭素の取り組みを集約し、22年4月に発足。米国、豪州、シンガポール、英国の海外4拠点とも連携しながら、「e-メタン」「新エネルギー(水素、アンモニア・バイオガス)」「CCS(CO2の回収・貯留)・カーボンクレジット」の三つのカテゴリーを重点分野に、世界中でさまざまなビジネスチャンスを模索している。

e-メタン事業化へ 25年のFID目指す

e-メタン事業成立の鍵は、既存のLNG出荷基地へのアクセス・活用、安価な再エネや原料となる水、CO2の調達・確保ができること。そこで同社は現在、米国、豪州、ペルーなどにおいて事業化調査(FS)を実施しており、FSを通じて、再エネやCO2の調達、水素や合成メタンの製造、液化・輸送までのサプライチェーン構築に向けた検討を進めており、25年の初号案件の最終投資決定(FID)を目指している。

日本では都市ガスの脱炭素化を目指し社会実装に向けた議論が始まっているが、海外ではまだまだこれから。資源・CN事業開発部CN事業推進チームの川崎浩司・ゼネラルマネジャーは、「生産国でも脱炭素化に向けた有望なソリューションとして認めてもらえるよう、パートナー企業と各国政府への働きかけを始めている」として、国際的な制度化を目指した活動にも注力していると明かす。同チームの中島崇副課長も、「LNG生産国では、日本向けには輸送の観点でe-メタンに強みがあるという認識が広がりつつある。今後は、アジアの他のLNG輸入国にも働きかけていきたい」と語る。

地産地消ビジネスで知見獲得 世界のCO2削減に貢献

一方、新エネルギー分野については、まずは海外での普及促進を目指し、水素、アンモニア、バイオガスの地産地消型ビジネスモデルの実現性を探っている段階だ。

例えば豪州では、現地の総合エネルギー事業最大手のAGL社がニューサウスウェールズ州などで検討を進めているグリーン水素ハブ構想のFSに参画中だ。同事業は、AGL社が保有している石炭・ガス火力発電の敷地内で、再エネ由来のグリーン水素を製造し、地域の工業地帯に供給するもので、中長期的には輸出も視野に入れる。

AGL社がニューサウスウェールズ州ハンターバレーに保有する火力発電設備
提供:Antony Evans, AGL Energy employee.

【特集1】地下350~500mの地質環境を研究 幌延町で進む安全性確認


高レベル放射性廃棄物(HLW)の地層処分はどのように行われるのか。実際の地層処分を想定した試験研究を行っている地下施設がある北海道幌延町を訪れた。

幌延町は稚内空港から南へ車で1時間ほどの日本海に面する酪農の町。この風光明媚な場所に、日本で唯一の深地層の研究施設である日本原子力研究開発機構(JAEA)「幌延深地層研究センター」がある。

同センターは、地上施設の研究管理棟や試験棟、来訪者に地下深部での研究内容を紹介する「ゆめ地創館」と、地下の研究施設とで構成される。地下へは西立坑のエレベーターで350mの地下へ降りる。そこでは、稚内層と呼ばれる約500~400万年前に海底に堆積した珪質泥岩の地層を掘削した、全長約750mの水平坑道が眼前に現れる。

訪れたのは1月中旬。断続的に雪が降り地上は氷点下の寒さだったが、坑道内は温かく感じる。地下に100m進むごとに温度は3度上がるため、換気のために外気を入れていても坑道内は10℃程度に保たれているという。

高レベル放射性廃棄物(HLW)を地層処分するのは、地下深くの岩盤が持つ物質を閉じ込める力を利用するためだ。地下深部は自然災害や戦争といった外的要因による影響を受けにくい上に、酸素がないため金属の腐食が起こりにくく地下水の動きが極めて遅い。案内してくれた佐藤稔紀副所長によると、稚内層の深部では500万年前の海水がほとんど動かずにとどまっていることが分かっているという。

そうした安定した環境に、使用済み燃料を再処理した後、再利用できない廃液だけをガラス原料と混ぜて金属製のキャニスターと呼ばれる容器に注入し固化、炭素鋼などでつくられたオーバーパックで包み、さらに粘土を主成分とする緩衝材で覆った上で埋設する。つまり、天然と人工による多重のバリアによって放射性物質による影響が人間の生活圏に及ばないようにするのが、地層処分システムの考え方だ。

坑道をしばらく歩くと、この人工バリアの性能確認試験を行っているエリアに着く。コンクリート製の壁で閉鎖されているため実際に見ることはできないが、ガラス固化体の代わりにヒーター(95℃で加熱)を内蔵した模擬オーバーパックと緩衝材が埋設されており、そこに地下水を注入しながら、熱、水、力、化学の影響で人工バリアや周辺の岩盤にどのような変化が起きるのか、現象やメカニズムを解析しているという。人工バリアは2026年に解体し、オーバーパックの材料である炭素鋼の腐食の状況などを確認する計画だ。

埋設した人工バリアは2026年に解体予定だ

【北陸電力】持続的な成長へ 財務基盤を立て直し 成長領域に挑戦する


燃料価格の高騰で収支が悪化、2022年度は過去最大の最終赤字を見込む。持続可能な成長軌道に乗せるべく、財務基盤の立て直しと事業領域の拡大が急務だ。

【インタビュー:松田光司/北陸電力社長】

志賀 昨年11月、43年ぶりとなる低圧・規制料金の値上げ改定を申請しました。

松田 当社は東日本大震災以降、志賀原子力発電所の停止が長期化し、電力小売り全面自由化により競争が激化する中においても、全社を挙げて徹底した経営効率化を進め、電力の安定供給に努めるとともに規制料金については現行料金を維持してきました。

 しかし、ウクライナ紛争などに伴い、燃料価格がこれまで経験したことがないほど高い水準で推移し、現行規制料金の燃料調整額は2022年2月から上限に達しました。これは全国で当社が最初に到達しており、その後も上限価格と燃料価格の差がさらに拡大している状況にあります。

 この結果、22年度の収支見通しは、1970年代のオイルショックや震災直後の収支悪化をはるかに上回る1000億円という過去最大の赤字となる見込みです。緊急経営対策本部を立ち上げるなど、これまでコストダウンをはじめ聖域なき経営効率化を進めてきましたが、その効率化を大幅に上回るコスト増となっており、このままでは燃料の安定調達や電力設備の保全など電力の安定供給に万全を期すことに影響を及ぼしかねず、苦渋の決断ではありましたが、23年4月から規制料金を含む全ての電気料金の値上げをお願いさせていただくことにしました。

    まつだ・こうじ 1985年金沢大学経済学部卒、北陸電力入社。営業推進部長、エネルギー営業部長、
    石川支店長などを経て、2019年取締役常務執行役員。21年6月から現職。

志賀 料金の原価算定に当たっては、26年1月の志賀2号機の再稼働を織り込んでいます。3年間の算定期間のうち3カ月にすぎないとはいえ、131億円の抑制効果は大きいですね。

松田 燃料価格高騰下においては、原子力の発電計画をどれだけ織り込むことができるかが値上げ幅を大きく左右します。志賀2号機は審査の第一歩目である敷地内審査も通過していないため、運転計画を織り込まないことも一つの考え方ではありますが、これから先の審査行程を最短で通過し、さらなる効率化・迅速化を実現することができれば、ハードルは高いですが絶対に不可能というわけでもありません。

 そうであれば、3カ月だけでもその抑制効果を料金に反映するとともに、しっかりと稼働を進めていくのだという意思を内外に示すべきだろうと判断しました。

【特集1】新技術実現と事業環境整備が不可欠 実効性高めるポイントを解説


小笠原潤一/日本エネルギー経済研究所研究理事

広域系統整備計画を具体化する上では、技術革新などさまざまな不確定要素が存在している。実効性を高めるために何が必要か。日本エネルギー経済研究所の小笠原潤一研究理事が解説する。

電力広域的運営推進機関が策定した「広域系統長期方針(広域連系系統のマスタープラン)」では、2050年を視野に入れた「ベースシナリオ」「需要立地自然体シナリオ」「需要立地誘導シナリオ」の三つの将来シナリオを基に費用便益分析を行い、広域系統増強の方針が示された。

電源構成については「再生可能エネルギーの最大限の導入に取り組む」との政府方針を受け、いずれのシナリオでも、太陽光約2億6000万kW、陸上風力約4100万kW、洋上風力約4500万kW―と同一条件とする一方、再エネ発電の出力変動や出力抑制回避に貢献する電解槽による水素製造、DAC(大気からのCO2直接回収)、蓄電池、EV自動車やヒートポンプといった再エネ余剰活用による電力需要シフトの制御可能性に差を設け、評価が行われている。

すなわち、ベースシナリオでは再エネ余剰活用需要の2割が制御可能、需要立地誘導シナリオではそれら需要の8割が制御可能、そして需要立地自然体シナリオではそれら需要の全量が一定負荷と設定され、これらの対策により、電力需要が従来比55%程度増加することになる。

欧州送電系統運用者ネットワーク「ENTSO―E」が「10カ年ネットワーク発展計画」で、電源構成について三つのシナリオを作成し、その上で広域的な系統増強の必要性について評価を行っているように、不確実性のある電源投資については複数シナリオを設定するのが通常の姿だ。

しかし、日本では、現段階で政府が示しているのは30年の電源構成見通しであり、50年についてはまだ何ら提示されていない。このため、広域機関は現状で考えられる最大限の再エネ導入を見込んだ上で、それを支える需要側設備の活用をシナリオとして振らせざるを得なかったものと考えられる。

今後の広域系統増強の行方は……