【記者通信/11月4日】「EV元年」に相次ぎ参入 蓄電池メーカーが充電関連事業を開始


国内自動車メーカーのEV市場への参入が相次いだ2022年は「EV元年」と言われている。国際的なEVシフトの波を捉まえようとの対応だが、日本国内でEV普及が進まない理由の一つに、充電インフラの整備の遅れがある。この解決に向け、蓄電池メーカーがEV充電サービスに乗り出す動きが出始めた。

パリ協定策定以降、EVシフトの国際的な機運は高まる一方だ。欧米や中国などでは車の電動化に関する規制が進み、10月下旬には欧州連合(EU)が35年に内燃機関車の販売を事実上禁止することで合意している。

日本政府も、35年までに乗用車の新車販売で電動車100%実現といった目標を掲げる。しかし、日本での20年のEV新車販売台数は約1万5000台と、乗用車全体の約0.6%にとどまり、欧米や中国からは水をあけられている。

自社製品を活用したEV充電事業について発表するパワーエックスの伊藤社長

蓄電池ベンチャーが手掛ける充電事業 国内7000カ所目標

この状況改善のカギを握るのが、EV用の公共充電設備の拡充だ。

蓄電池製造・販売や、蓄電池を搭載した〝電気運搬船〟事業を手掛けるスタートアップのパワーエックスは、新たに再生可能エネルギー由来のEV充電ネットワーク事業を始める。

バッテリー容量が72kW時のEVを満充電するには、普通充電(出力3kW)では24時間、急速充電(50kw)では1.4時間程度かかるのに対し、超急速充電(150kW)なら30分程度で済む。その点、出力100kW以上の超急速充電所は欧州では約8700、米国では約1万3500カ所あるのに対し、日本はわずか15。日本のEVユーザーの利便性はガソリン車に比べてかなり劣っていると言える。特に都市部は、集合住宅などで長時間充電できる環境が整っていないケースが多く、公共の充電施設の普及が求められる。

こうした実態を踏まえ、同社は「チャージステーション」事業を23年から開始する。大型蓄電池(320kW時)搭載で最大出力240kWの同社製EV充電器「Hypercharger」を用いた超急速充電所を、まずは都心中心に10カ所から手掛け、30年までに全国で7000カ所を目標とする。ユーザーにとっての分かりやすさや利便性にこだわり、専用スマホアプリで予約から充電、決済まで完結する仕組みで、時間制限なしのフル充電が可能だ。

また、同サービスでは「再エネ100%」もコンセプトの一つ。再エネ電気はオフサイトPPA(電力購入契約)などでの調達を想定しており、非化石証書などを活用した「実質再エネ100%電気」は極力避ける考えだ。

同社の伊藤正裕社長は、経済産業省が示すストレージパリティ(蓄電池導入の経済的メリットがある状態)が1kW時当たり6万円(業務・産業用)であるのに対し、Hyperchargerの販売価格帯はこれを下回ると強調。蓄電池を安くつくれるイノベ―ジョンにより、「チャージステーション事業での充電料金はガソリンよりお得な価格帯を想定している」と説明した。

パナも充電設備拡充を後押し 事業者とユーザーつなぐサービス提供

パナソニックも、EV用の充電インフラ拡充に向けたシェアリングサービスの導入を進める。

同社が新たに始める「everiwa Charger Share」は、同社製などの充電設備を設置する事業者とEVユーザーをつなぐサービス。11月29日から充電設備設置者の募集を始め、来春からサービスを開始する予定だ。

EV充電器のシェアリングサービスを発表するパナソニックの大瀧副社長(央)ら

ユーザー側はアプリを使い、充電ステーションを検索して予約。地点ごとの混雑状況を把握でき、待ち時間なしでの利用が期待できる。設置者側にはアプリを通じて利用料を支払う。こうした取り組みで充電ステーションの利便性を高めて普及させ、商業施設の集客や、自宅に充電施設を持たない住民へのEV導入促進といった効果を見込んでいる。

パナソニックの大瀧清副社長は「日本では電動車の普及率が低いが、化石燃料によるCO2排出を減らす政府目標のためにもEV充電のインフラを整備し、活用しやすくすることが重要」として、このサービスをEVの普及拡大につなげたいと話した。

また、同サービスでは決済システムをみずほ銀行が担当し、トラブル発生時の保険を損害保険ジャパンが提供する。パナソニックは両社らとともに、サービス提供を希望する企業・団体などを募集するコミュニティ「everiwa」を設立し、関係者が一丸となってカーボンニュートラル実現に取り組むことも強調した。

EV関連インフラの普及拡大に向けた機運が高まる一方で、電力需給ひっ迫が懸念される中、電化の促進に耐え得る電力システムの構築も同時に模索する必要がある。その際には系統の安定化や全体最適の視点を疎かにしないことが肝要だ。

【特集1】国内随一のLIB専業メーカー 優れた安全性など総合力で勝負


インタビュー:小川哲司 エリーパワー社長

国を挙げて蓄電池ビジネスに注力する中国・韓国勢に押され、日本メーカーは劣勢気味だ。国産リチウムイオン電池(LIB)の可能性を追求するエリーパワーの小川社長に現状と展望を聞いた。


―事業の特徴を教えてください。

小川 かつて電力貯蔵用大型LIBの量産化を目指すメーカーが不在の中、原発の夜間電力活用のために国産蓄電池メーカーの必要性を鑑み、2006年に創業しました。筆頭株主の大和ハウスグループの新築住宅向け製品から始まり、他のハウスメーカーにも導入いただけるようになり、今は既築住宅向け、オフィス用、産業用製品も揃えています。

 蓄電池の開発・量産時に最もこだわるのは安全性で、これはハウスメーカーも重視する要素です。業界全体では発火事故やリコールが増加する中、当社はこれまで8万4000台以上を出荷していますが電池起因の重大事故は全く起こしていません。世界的な第三者認証機関であるドイツのテュフラインランドが独自に策定した厳格な安全性認証を大型LIBでは世界で唯一取得した電池セルで、世界一安全な製品だと自負しています。高温時の寿命劣化や低温時の放電ロスの少なさも特徴で、屋外設置でも問題ありません。蓄電池は性能が重要ですが、消費者が現状これらを知る指標が無いため、価格のみで製品を選ぶ傾向にあります。消費者が安心して最適な製品を選択できるような指標・規格作りが必要だと考えます。

―自社製品の価格競争力をどう評価していますか。

小川 蓄電システムは購入から廃棄に至るまでのライフサイクルコストで検討することが重要です。導入時価格が安く一見魅力的でも、長期間使用すると利用可能な蓄電容量が限定される製品があります。一方、当社製品は15年使用しても70%以上の容量を維持できる長寿命を実現しています。蓄電池普及に向け今後も期待される補助金を考慮すれば十分設備コストが回収でき、電力価格高騰局面ではさらなる削減効果も期待できます。

―ビジネス拡大のポイントは。

小川 当社は10年に第一号製品を投入し、ハウスメーカーとともにマーケットを創ってきました。一方ここ数年、日本市場で急速に台頭する中国・韓国のメーカーは、各国政府による資金面や需要創出面での手厚い支援を受けて成長していると想定されます。わが国においても生産効率を上げ製造コストを圧縮するために蓄電池市場の創出は重要で、政府による支援が期待されるところです。


全固体の前に液系追求を 技術改良の余地大きく

小川 政府は30年ごろに次世代全固体LIBの本格実用化を目指す方針ですが、大型全固体LIBの製造は技術的ハードルが高く、当面液系LIBが主流になると考えられ、新たな材料の開発も進んでいます。当社も新バージョンの製品を投入する計画で、不燃性電解液も開発中です。従来の電解液を用いた電池は消防法上の危険物に分類されますが、不燃性になれば適用外となり、より幅広い用途での活用が期待できます。この不燃性電解液に高容量の電極材料を組み合わせ、エネルギー密度のさらなる向上も目指しています。

おがわ・てつじ 1964年上智大学経済学部卒。同年大和ハウス工業入社。常務取締役、専務取締役、代表取締役副社長などを経て、2016年エリーパワー代表取締役副社長。19年から現職。

【特集1】汎用製品から次世代技術まで 期待高まる蓄電池の最新事情


需要家用から系統接続用、EV用など暮らしや産業のさまざまな場面で活用される蓄電池。技術ごとに、その特性や用途、最新トピックスなどを解説する。

【技術1】大容量化進むNAS電池 海外でも存在感示す

硫黄(S)とナトリウム(Na)イオンの化学反応で充放電を繰り返すNAS電池は、日本ガイシが世界で初めて実用化したMW(1MW=1000kW)級電力貯蔵システムだ。大容量、高密度、長寿命で、応答性にも優れるのが特長だ。

日本での技術開発はサンシャイン計画やムーンライト計画の一環で進み、民間では日本ガイシと東京電力が共同で着手し、2002年に事業化した。初期の10 kW級から大容量化を図り、09年には34 MW級にまで拡大している。

用途も需要家のピークカットから、非常用電源、再生可能エネルギー併設、離島・地域グリッド、送配電系統用などと広がりをみせる。海外でも導入が進み、世界250カ所以上で出力約700MW、容量4900MW時の稼働実績がある(22年2月時点)。

国内では、九州電力が豊前蓄電池変電所に50 MW、300MW時と国内最大級のコンテナ型NAS電池を導入。16年から稼働し、再エネの最大限の受け入れと需給バランス改善を図る。また今夏には、東邦ガスが系統用蓄電池として津LNGステーション跡地への設置工事を開始。自社調整力や各電力市場での取引に使うため、25年度の運用開始を目指す。これは東海3県では初の取り組みだ。

ただ、需要家側のオンサイト用ではリプレース時にリチウムイオン電池(LIB)に置換するケースも出ている。また、11年に発生した大規模な火災事故を受け、日本ガイシが安全対策を強化した。

豊前蓄電池変電所の特大容量NAS電池

【技術2】用途幅広いLIB エネマネでも活躍

エネルギー密度が高く、コンパクト化が可能で、寿命も比較的長いLIB。パソコンなどの家電用から、家庭や産業用蓄電システム、EVなどと、その用途は幅広い。

国内メーカーのLIB生産からの撤退が相次ぐ中、長年生産を続ける数少ない存在であるパナソニックエレクトリックワークス社は目下、V2H(ビークルトゥホーム)の一環でLIBとEVとの連携に注力する。日中にEVを使う場合はLIBで太陽光を充電し、夜はLIBからEVに放電する形がトレンドとして注目され始めている。電気代もガソリン代も高騰する中、EVや蓄電池の費用対効果に期待が高まる。

同社は、「EVの乗り方によって蓄電の仕方が変わる。また、当社製品には天気を予測して賢く自家消費を管理する『AIソーラーチャージ機能』などもある。ほかのエネルギーシステムも含め、海外メーカーにはない強みであるエネマネ技術を活用した付加価値の提供に力を入れており、蓄電池はその中心に位置する」(蓄電池企画課)と説明する。

ただ、電解液が可燃性のため高温下などで発火するケースがある。同社の蓄電システムで事故は発生していないが、不安全な環境下でも事故が起きる前に止めるというコンセプトで二重、三重の安全対策を講じる。また蓄電池の共通課題であるコスト面については、半導体や部材価格の高騰、さらには為替の影響も大きく、足元は厳しい状況にあるという。

パナソニックはLIBとEVの連携に注力

【技術3】最古参技術の鉛蓄電池 コスト面が圧倒的強み

蓄電池の中で最も歴史が古い鉛蓄電池は1895年、二代目・島津源蔵が国内で初めて試作に成功した。以来、自動車や軍艦の無線用電池、ラジオ、炭鉱のトロッコ電車、近年では非常時のバックアップ電源など、時代のニーズに合わせ、さまざまな用途で使われてきた。意外かもしれないが、最近ではEVにも搭載されている。EVには走行用のリチウムイオン電池だけでなく、システム起動などの補機用バッテリーとして鉛蓄電池が必要なのだ。

鉛蓄電池の長所は、何といっても低コストとパワーパフォーマンス。原料の鉛が大量に採れるため、安価に生産することができ、起電力(電流を回路に流す駆動力)が大きい。鉛は再生が比較的容易で、鉛蓄電池ではほぼ100%がリサイクルされている。一方、エネルギー密度が低いため、小型化には向かない。また電解液に希硫酸を使用しているため、破損時に薬品やけどなどの危険性を伴う。

現在、大容量で充放電性能が高いバッテリーの需要が高まっている。車などのアイドリングストップや短距離移動で短時間に何度もエンジンをかけると、バッテリーへの負荷がかかるからだ。GSユアサの福田敦広報課長は、「当面は自動車搭載用のほか、災害など非常時の産業向けバックアップ電源としての需要がメインとなる」と展望する。

島津源蔵が試作に成功してから127年。鉛蓄電池は社会の要望に応え続ける。

北海道寿都町の風力併設の鉛蓄電池

【特集1】電力高騰で好機到来の蓄電池 国内メーカーの戦略と勝算は?


従来の停電・防災対策に加え、電気料金の高騰対策として需要家側で蓄電池活用のニーズが高まっている。価格競争力や費用対効果について、国内メーカーに聞くと「勝算あり!」の手応えが返ってきた。

脱炭素化の最重要技術・蓄電池市場で日本の存在感を高めるべく、経済産業省が今夏、「蓄電池産業戦略」を策定した。日本はもともと技術開発や実用化段階では世界をリードしていたものの、いつの間にか後塵を拝すように。特に中国・韓国勢が強力な政策支援を受けて躍進し、リチウムイオン電池(LIB)ではEV搭載用も定置用も、日本はたった5年ほどでシェアを大きく奪われた。同戦略ではこれまでの展開を反省しつつ、①液系LIBの製造基盤強化のための大規模投資、②グローバルプレゼンスの確保、③全固体など次世代電池市場の獲得―を掲げる。

同時に、昨年来の電力価格高騰局面を受け、国内の需要家の蓄電池に対する意識が変化し始めた。住宅向けに蓄電池付きで太陽光発電リースサービスを展開するLooopは、「太陽光パネルも蓄電池も自社で調達し、価格面での競争力が高まっている。エンドユーザーからもハウスメーカーからも、蓄電池込みのプランで電気代を限りなくゼロに近づけたいという要望が増えている」と実感を語る。


海外製セルを国内で組み立て ストレージパリティ達成も

国内蓄電池メーカーに話を聞くと、もともと再生可能エネルギー主力化に伴い見込まれていたニーズの拡大が、現在は電力高騰の追い風で一足早く到来した状況にあるという。2021年創業のパワーエックスは、商品第一弾となるバッテリー型EV用超急速充電器と、産業向けの定置用蓄電池の予約注文が好調で、10月末時点で1GW(1GW=1000MW=100万kW)を超えた。家庭用の前に、ある程度の需要が見込める大型の産業用やEV充電用から市場投入したのが奏功した。

海外製セルを使うパワーエックスのEV用充電器

同社の伊藤正裕社長は、電力市場のボラティリティ(変動性)の大きさを背景に、同社製品の価格競争力に勝因があるとして、「定置用の場合、ピークシフトのみで6年程度での投資回収が可能だ。太陽光の自家消費まで組み合わせれば、その費用対効果は一層高まる」と説明する。

経産省は、ストレージパリティ(蓄電池を導入し経済的メリットがある状態)の試算結果から30年度目標価格として業務・産業用は1kW時当たり6万円程度、家庭用は7万円程度と設定。パワーエックスの定置用蓄電池(3MW)はパワーコンディショナー込みでこの産業用の目安を切り、スペックも犠牲にはしていない。為替レートによるが、国内同業他社の3分の1程度の価格に納まる。伊藤氏は会社設立の目的自体が、この価格帯の実現にあったと強調する。

なお、6万円というラインの根拠は電力高騰が起きる前、平時での試算結果だ。つまり足元は、これより高い価格帯でも経済的メリットが生まれる状況にある。

同社はスペック面ではエネルギー密度、フル充放電可能なサイクル数、暴走温度などの観点から、コスト面では、価格が高騰するニッケルやマンガン、コバルトなどの原料を除外した結果、リン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池を選択。海外製セルを大量購入し、それを自社で最終製品に組み立てる戦略だ。

「サイクル数を極端に高めるか、kW時6万円を切れば、蓄電池の需要は爆発的に生まれる。しかしコストが下がらなければニッチ産業のまま。国内に需要をつくることが最優先で、セルの内製にはこだわらない」(伊藤氏)  

同じセルを使っても組み立て方の工夫により、定置用にも、EV用に高出力で急速充電可能に仕上げることも可能で、これも独自の高度なノウハウだ。

電力市場のボラティリティ継続が予想される状況では、産業用蓄電池を市場価格の変動に合わせ充放電したり、調整力として売ったりすることで利益を得る、新たな「蓄電所」ビジネスモデルが広がる可能性も高まる。22年の電気事業法改正で、こうした蓄電池ビジネスに関わる環境整備も進み出した。「今後、蓄電池の費用対効果はアプリケーションで差がつくと見ており、蓄電池ユーザー向けにAIで充放電をコントロールするサービスの構想もある。そこまで見据えて製品スペックを決め、必要な人材もそろえた」(同)

【記者通信/11月1日】大手電力の規制料金 燃調上限なければ1400~3600円の値上げに


大手電力会社の低圧規制料金に設けられている燃料費調整額の上限値(基準燃料価格の1.5倍)によって、平均的な標準家庭(月使用量260kW時)の11月分料金で月額1400~3600円程度の負担が軽減されていることが、本誌の調べで分かった。今後の規制料金改定を通じて基準燃料価格が直近の実績値に見直されると、上限価格が引き上げられ、少なくとも現状軽減分の値上げが発生することになる。

大手電力の規制料金改定の表明が相次ぐ


政府の総合経済対策では、低圧料金で1kW時当たり7円(標準家庭で1820円程度)を補助することを決めたが、今年度決算で数百億~数千億円規模の大幅赤字という大手電力の予想を踏まえれば、値上げ幅はさらに拡大する可能性がある。 本誌が試算した大手電力各社の燃調上限による負担軽減額は次の通り。北海道1583円、東北2366円、東京1765円、中部1476円、北陸2046円、関西2056円、中国2904円、四国2251円、九州1479円、沖縄3640円。いずれも、低圧自由料金の燃調額(上限なし)から規制料金の燃調上限を差し引いた単価に、260kW時を掛けたもので、もし燃調上限がなければ、それだけの値上がりが発生することを意味する。逆に言えば、現状では電力会社の負担となっているわけだ。

大手電力6社が値上げの方向 料金の適正化が急務

これまでに、東北、東京、北陸、中国、四国、沖縄の電力6社が値上げの方向を表明。大幅赤字状態の他電力も追随する公算が大きい。「来年4月以降に予想される規制料金改定では、燃料費上昇分プラスアルファの値上げとなる可能性がある。国の補助や経産省の査定で実質的な上げ幅が抑えられるとしても、需要家にとってそれなりの負担増は避けられないだろう。しかし事業者側にとっては、これ以上の赤字が続けば、電気事業の運営そのものが脅かされることになる。省エネ・節電なども絡めて需要家には何とか理解をいただき、料金の適正化を図る必要がある」(市場関係者)

小売り全面自由化による規制緩和の流れを受け、今や電力・ガス事業の規制料金は大手電力10社と東邦ガスなど都市ガス数社に残るのみとなっている。電力以外の石油、LPガス、都市ガスなどエネルギー各社は、燃料・原料調達費の上昇にもかかわらず、軒並みの好業績だ。規制時代の遺物といえる燃調上限規制を今後どうするのか。健全な事業運営体制を確保していく上でも、政府部内の早急な検討が望まれる。

【特集1】最悪シナリオは回避できるか 「サハリン2」巡る日露の攻防


日本のアキレス腱「サハリン2」を巡り、ロシアが出資企業に揺さぶりをかけてきた。新たな枠組みの下では長期契約の見直しはもとより、供給途絶の可能性も否定できない。

ロシアのプーチン大統領が6月30日、サハリン2(S2)の運営主体を「サハリンエナジー」社から新たに設立するロシア企業に移管するとの大統領令に署名し、日本の関係者の間に衝撃が走った。G7(主要7カ国)が共同歩調でロシアへの経済制裁を強める中、ついにロシアが日本の弱点を狙い撃ちした格好だ。

6月末の大統領令を受け、S2の権益を引き継ぐ新事業体「サハリンスカヤ・エネルギヤ」が8月5日付で発足した。ロシアは出資企業に対し、従来比率で新会社に出資するかを9月4日までに通知するよう求めた。

日本はS2から年間約600万tのLNGを長期契約で比較的安価に調達してきた。以前のサハリンエナジー社にはもともと、ガスプロムが約50%、英シェルが約27.5%、三井物産が12.5%、三菱商事が10%出資していたが、ロシアの軍事侵攻開始直後の2月下旬にシェルが撤退を表明。一方、日本政府はこの間、S2の権益維持の方針を貫いている。従来の契約条件が維持されるとの見通しが高まる中、日本政府の意向を受け、三菱商事と三井物産は新会社に出資する方針だ(8月22日時点)。

「サハリン2」の行く末に関係者の注目が集まる

ただ、一連のロシア側の対応を巡っては不明瞭な部分が多い。ロシアでは、石油ガス上流開発に関して旧ソ連解体後に制定した地下資源法と、外資企業が参入しやすい事業環境整備を目的としたPSA(生産物分与契約)法があるが、「そもそも当初に事業出資者とロシア政府間で合意された投資条件がロシア政府の思惑で容易に覆されないためにPSA法が整えられた経緯がある。通常は大統領令よりもPSA法が優先するはずだが、現状は不透明なところもある」(日本エネルギー経済研究所の栗田抄苗主任研究員)

従来の大統領令は国内法改正や国家プログラム策定など政府への指令で使う場合が多く、今回のような使われ方自体イレギュラーだ。専門家でもどう理解すべきか悩ましいと言う。

いずれにせよ、今回のロシアの一方的通達は国際的ビジネスルールを完全に無視したものだ。「ロシアの動向は全く楽観視できないが、情報を精査して粘り強く交渉を続ける必要がある」(同)


サハリン2を「人質」に 先行きはロシアのさじ加減一つ


ロシアの日本への対応は、6月下旬のG7サミット(首脳会議)を機に変化したとの見方がある。それ以前のロシアは日本に対し、欧米とはやや異なる対応を見せていた。

ロシアの本音としては戦費がかさむ中、安価なS2の長期契約を見直したいはずだ。既に2000年代後半からロシア国内では「資源ナショナリズム」が高まっていた。石油・ガス収入が増えるにつれ、旧ソ連解体後に技術も資金もない中で外資にある程度有利な形で制定されたPSA法を見直すべきとの声が国内で出始め、プーチン大統領も同様のスタンスだ。そんな背景がありながらも、ロシアはすぐにS2の長契に手を付けようとはしなかった。

しかし、G7サミットで合意したロシア産石油の取引価格に上限を設ける新たな制裁の検討に関して、岸田文雄首相が参院選中に「今の価格の半分程度を上限とする」などと突っ込んで発言。さらに物価高はロシアのせいだと主張し、政府や日銀批判をかわそうとした。こうした動きに対しメドベージェフ前首相は7月上旬、「日本はロシアから石油もガスも買えなくなる。S2への参加もなくなる」と反応して見せた。

日本政府はG7の制裁にやむを得ず追従するという基本スタンスだったはずが、首相の発言はミスリーディングだと言える。「これで怒ったロシアが態度を変えたように見える。G7がロシア産石油への価格上限策を断行すれば、S2の長契見直しに動く可能性は十分ある。つまりS2を人質にしている」(エネルギーアナリスト)というわけだ。

また、日本側の新事業体への参加に関わる提出書類などの審査はロシア当局の判断に委ねることになる。「今回の大統領令によると、受領不可や不承認と判断された場合、4カ月以内にほかの企業に新事業主体の権益を売却し、PSA事業で生じた損害を差し引いた上でロシア国内の口座に留め置かれる」(栗田氏)。今後の展開はロシアのさじ加減一つで変わり得る。


憂慮される供給途絶の可能性 オペレーター不在のリスク大

そして最も警戒すべきは供給途絶の可能性だ。ロシアはG7の経済制裁に対し、さまざまな場面でフォースマジュール(不可抗力条項)を行使している。栗田氏は「S2からの供給途絶があるとすれば、ロシアがノルドストリーム1などの供給削減で持ち出した設備故障などの技術的理由、料金未払いなどの契約不履行、環境対策を理由にストップをかける展開があり得る」と見ている。

特に心配なのは、ロシアの思惑の外で実際にトラブルが生じることだ。日本企業が出資するLNGプロジェクトは基本的に、欧米メジャーがオペレーターとなり、日本勢は資金だけ拠出する格好だ。しかしS2ではシェルが抜け、新たなメジャーが今後参入する可能性はほぼゼロ。そんなケースは前例がなく、液化プロセスを含めオペレーターを務められるのは欧米メジャーだけだ。

オペレーター不在の新会社への出資は、今までの枠組みで出資してきたこととは意味合いが全く異なる。「LNGプラントで仮に制裁対象の部品が故障すればアウトだ。オペレーター不在で誰が交換するのか。ロシアが意図的に供給を絞るよりも憂慮すべき事態だ」(前述のエネルギーアナリスト)

実際、三井物産の安永竜夫会長は7月下旬、メディアの取材に対し、S2の権益維持について「受けられない条件なら断念する」と述べている。8月2日にはS2権益の大幅減損を行っており、資産価値が事実上なくってしまうのなら出資する意味がない。いくら政府に突き上げられようが、これが商社側の率直な本音なのだろう。

「供給途絶の場合にスポット玉で置き換えるのなら、今のS2からの調達コストの100万BTU(英熱量単位)10ドル程度から50ドル程度に跳ね上がる見込みだ。その負担は事業者か、あるいは需要家が電力・ガス料金として背負うことになる」(国際ビジネスコンサルタントの髙井裕之氏)。冬に向けたS2の供給途絶という最悪シナリオを回避することはできるのか。日本の正念場は続く。

【記者通信/8月4日】政府が節電ポイント概要公表 DR効果や公平性はなお不透明


経済産業省は8日3日、需給ひっ迫と物価高対策として節電ポイントを付与する事業の概要を明らかにした。小売り電気事業者などが今冬に実施する節電プログラム(DR・デマンドレスポンス)に参加を表明すると、「節電プログラム参加特典」として低圧契約者に2000円、高圧・特別高圧契約者に1法人あたり20万円を支援する。しかし、実際の節電量に応じて特典を与える制度についての詳細は検討中だとした。節電ポイントについて需要家の間にある効果や公平性に関する懸念を払しょくするには至っていない。

政府が実施を予定する節電ポイント事業は、二つの枠組みから成り立っている。①節電プログラム参加特典、②節電達成特典――だ。財源は新型コロナウイルス・物価対応の予備費から約1800億円を充てる。全国に存在する約9000万の契約口の半数の参加を想定しての予算額だという。

①は小売り電気事業者などが実施する今冬の節電プログラムに参加を表明した需要家に2000円、ないしは20万円のポイントを支援するものだ。8月4日~12月31日までにインターネットなどで参加を表明すると、8月4日~来年1月31日の期間にポイントを付与する。

②は、節電プログラムに沿って、実際に節電を行った家庭や企業に対して特典を与えるものだ。こちらは今冬の実施を予定しており、これまでDRのメニューを持っていなかった事業者にも取り組みを広げることを狙っている。

経産省は8月4日から、節電プログラムを実施する小売り電気事業者などからの公募を受け付ける。小売り事業者が具体的なDRメニューを確定していない場合でも申請は可能だ。経産省が10~11月頃にその詳細を確認し、条件を満たす事業者を順次採択する。その後、需要家にプログラムの内容の周知や試行実施を行う。厳しい需給状況が予想される12月~3月の4カ月間の節電を重視するためだ。

節電効果は不透明 一括受電事業者も対象に

政府が7月に節電ポイントを打ち出した際に噴出した疑問点は拭い切れていない。一体、どれほどの節電効果が見込まれるのか。また、各社のDRのベースラインもバラバラだ。「2000円」目的で節電プログラムに参加したとしても、実際に節電に参加する保証はどこにもない。

そもそも2000円支援は、 その場しのぎのバラ撒きとの批判が根強い。政府は当初、一世帯あたりが節電で獲得できるポイントは、金額換算でわずか月数十円程度としていた。すると「安すぎる」「効果がない」などと批判が殺到し、節電プログラムに“参加するだけ”で2000円を支援すると改めたのだ。

NTTコムオンライン・マーケティング・ソリューションが行ったアンケート調査によると、今夏、節電に取り組む意欲があると回答した人は83.8%に達したが、節電で報酬がもらえればモチベーションが向上すると答えた人は35.9%だった。裏を返せば、6割強の人は報酬をもらったところで節電に取り組みたくなるわけではなく、まして月数十円程度のインセンティブとなれば絵に描いた餅だろう。

ただ、一括受電事業者も対象となることは評価できる。概要の公表前、マンションなどの一括受電事業者は電気事業法で定める小売り事業者ではないため、そこに住む世帯が対象外になるのではないかと懸念する声があった。節電ポイントのすそ野が広がったことになる。

国民への「お願い」の前に 問われる政治決断の覚悟

政府による節電要請は、東日本大震災後に原子力発電所の長期稼働停止を受けて行った2015年以来、7年ぶりのことだ。今冬には、数値目標をつけた節電要請が検討されている。物価高や電気代の高騰で重くのし掛かる家計や企業への負担を軽減しながら、需給ひっ迫にも対応する。一石二鳥を狙った取り組みだろうが、政府にはそれ以上にやるべきことがあるのではないか。

岸田文雄首相は7月27日、GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議の初会合で、「足元の危機の克服が最優先」だとして、電力・ガスの安定供給に向けて「政治の決断が求められる項目を明確に示してもらいたい」と意気込んだ。

ならば、国民に節電をお願いする前にやるべき決断があるだろう。新たな原発再稼働へ向けた原子力規制委員会による審査の効率化、地元の同意を得るための政治力の発揮──その政治決断こそが、足元の危機の克服に直結する。国民にお願いを“聞く力”を求める以上、政府にも最大限の努力を求めたい。

【特集2】ライフサイクルを完結せよ 廃止措置の現場「最前線」報告


多くの原子力発電所が廃止措置を迎える中、既に廃炉工事が進んでいる発電所がある。「ふげん」と美浜発電所1、2号機―。その作業状況を報告する。

2003年に運転を終了し、廃炉作業がすすむ「ふげん」

<ふげん>プルトニウム使用炉としての実績と成果 廃止措置のトップバッターとして技術継承も

新型転換炉(ATR)「ふげん」は2003年3月、運転を終了した。運転期間は約25年。この間、約219億kW時の発電を行い、MOX(混合酸化物)燃料772体を使用するなど、プルトニウム利用技術の実証で貴重な成果を残している。

ふげんは廃止措置においても、最も作業が進展している原子炉の一つである。08年に原子力安全・保安院(当時)が完了までのフルスコープの廃止措置計画を認可。作業を開始し、まず重水・ヘリウム系などの汚染の除去を17年度までに終えている(ちなみに重水は有用資源として、系統から抜き取り海外に輸出され利用されている)。

同時に原子炉周辺設備のうち、隔離冷却系・主蒸気系・空気再循環系設備などの解体・撤去を進めている。タービン設備では、復水器・湿分分離器などの解体と撤去を終えた。今後は原子炉本体の解体撤去を本格化し、33年度の終了を目標に作業に取り組んでいる。

原子炉本体の解体撤去を進めていく


どう効率的に進めるか 地元の協力得て技術開発

日本原子力研究開発機構(JAEA)には、前身の日本原子力研究所によるJPDR廃炉の経験・実績がある。とはいえ、発電実績のある実用規模の原子炉のトップバッターとして、試行錯誤を続けている面もある。廃止措置部の水井宏之部長は「作業を効率的に進めるのに大切なのは、プロジェクトマネジメント」と話す。

そのプロジェクトマネジメントで重要な要素となるのが、作業を安全、円滑に進めるための新技術だ。ふげんでは地元福井県の自治体、企業などと積極的に連携、研究開発を進めている。
運転時に燃料体を装荷していた圧力管などが配置される原子炉中心部は、高い放射線量を持つ。今、この圧力管などをロボットアームにより水中でレーザー切断する工法に挑んでいる。国内の原子炉では例がないこの工法は、JAEAの敷地内にある「スマートデコミッショニング技術実証拠点」で実証試験が行われている。

また除染では、金属などの粒をぶつけて放射能を含む汚れを削り取る工法を確立。これには地元企業の技術が大きな役割を果たしている。

制御棒駆動機構支持プラグの撤去作業

現場で続く試行錯誤 厚さ4mの壁を貫通

いかに作業を効率的に進めるか、現場でも試行錯誤が続いている。頭を痛めたことの一つが、スペースの確保だ。限られた空間の格納容器内で設備を解体していけば、どんどん作業に必要な場所が埋まっていく。解決策は、原子炉格納容器とタービン建屋との間に貫通孔を設け、解体物をタービン建屋に運ぶことだった。コンクリートと鉄の壁は厚さ約4m。大掛かりの作業だったが、貫通したことにより作業効率は飛躍的に向上した。

水井氏は、効率化について「不要なものはやめる。大きなものは小さくする」と説明する。例えば、除熱の必要がなくなった使用済み燃料貯蔵プールでは、熱交換器による冷却をせずに貯蔵・管理する方法を申請し認可されている。またクリアランス制度の適用でも一歩先行。年間約150t規模の対象物の測定・評価を実施している。

「ふげんで得た技術やノウハウは、ここで終わりにしない」と水井氏。高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃止措置も視野に入れ、作業をより効率的にと、作業に関わる全員が知恵を絞っている。

【特集1】「規制」と「自由」の逆転現象 新電力が直面する料金戦略の難局


新電力は高圧での「ラストリゾート問題」に続き、低圧での自由料金と規制料金の「逆転現象」に直面。各社が料金戦略の練り直しやDRの取り組みを進める一方、政策の見直しを求める声が高まっている。

全エリアで大手電力会社の経過措置規制料金が残る電力の低圧部門では、自由料金の戦略練り直しが課題となっている。新電力は、料金規制の撤廃や、撤廃までしなくとも燃料費調整制度の上限値を見直さなければ、自由化の進展にブレーキがかかると懸念する。

小売り全面自由化当初から、新電力各社は規制料金を基準に、そこから安値を提示するように料金を設計。営業効率や顧客の分かりやすさを重視した結果、独自燃調などの文字通り「自由」なプランは少なく、大手電力各社の燃調上限をそのまま採用するケースが大勢だ。しかし価格高騰が終息する気配がない中、最近では燃調上限を撤廃する新電力が増えている。


3 月末に燃調上限撤廃を表明した楽天エナジー

燃調上限撤廃か維持か この局面で上限設定も

東急パワーサプライの場合、春頃までは電源の市場調達抑制といった努力で耐えようとしてきたが、同社が供給する東京エリアの平均燃料価格が上限に達したタイミングで、上限を撤廃する方向で検討を進めている。「これ以上の影響は看過できない」(同社電力企画室)との判断だ。同社はもともと安値を強く訴求するわけではなく、電気料金だけではないサービスとのバンドルでの「おトク感」をアピールしてきた。とはいえ、「上限撤廃後の新料金と、いずれはなくなる規制料金が逆転する状況はいびつだ。高圧での最終保障供給約款を巡る状況と似たような構図」(同)と訴える。

上限撤廃後は、「規制料金と比べて誰でもおトク」といった従前の説明はできなくなる。「お客さまに燃調制度を正確に理解してもらうことの難易度が高い点が、新規獲得のブレーキになると懸念する。誤認がないよう営業も守りになる」(同)と課題を挙げる。

逆に上限維持を選択した事業者も、規制料金と自由料金の「逆転現象」の解消、つまり規制料金の在り方の見直しを求めている。ソフトバンク系のSBパワーは、顧客にとっての分かりやすさ、規制料金からの移行のしやすさを追求しており、燃調上限の撤廃は熟考の構えだ。「燃調の上限があることは短期的には需要家保護につながるが、今は需要家が規制料金に逆戻りして競争が起きていない状況。それは将来の需要家の選択肢を狭めることになる」(同社事業戦略部)と指摘する。

日本全体で約半分に規制料金が残る現状を新電力から見ると、燃調上限を突破したエリアでは大手電力が本来の適正価格よりも安値で販売し顧客を獲得していることになり、一般的な商売であれば独占禁止法上の問題も出てこよう。同社は「競争環境のいびつさこそ課題。総括原価からの脱却という電力システム改革本来の目的と逆行する」として、政府に一段踏み込んだ検討を求めている。

一方で、この局面であえて上限を設定するケースもある。KDDIはこれまで、auでんきで燃調の上限を設定してこなかったが、大手電力の燃料価格が上限を突破したエリアで上限を設定し始めた。「auでんきの料金は、地域電力会社の従量電灯の料金と同等で提供してきた。その趣旨に則り、契約約款も含めて適切な改定を行った」(同社広報部)と説明する。

いずれにせよ、自由料金の設計当時には想像し難かったこの異常事態を乗り切ろうと、それぞれ苦渋の決断を下している。

【記者通信/8月1日】GX会議初会合で首相が指示 原子力政策立て直しにどこまで踏み込むか


政府は7月27日、GX(グリーン・トランスフォーメーション)実行会議の初会合を開き、今後の論点を確認した。初会合で強調されたのは、足元のエネルギー危機への対応を意識した上でのGX戦略の必要性だ。特に目下最大の懸念事項である今冬以降の電力やガスの安定供給に向けて、岸田文雄首相は、原子力政策で政治決断が求められる項目を具体的に示すよう要請した。岸田政権が参院選後に着手すると見られてきた原子力政策の再構築にどこまで踏み込むのかが注目される。

原子力再稼働への追い風となるのか(写真は島根原発)

会議では、エネルギーの安定供給の再構築に必要な方策を整理した上で、脱炭素に向けた経済、社会、産業構造変革への今後10年のロードマップを策定する。会議の議長は岸田首相、副議長は同日付でGX実行推進担当相に就任した萩生田光一・経済産業相と、松野博一・内閣官房長官が務め、環境相や財務相、外務相も参加。有識者としては、勝野哲・中部電力会長、杉森務・ENEOSホールディングス会長、十倉雅和・日本経済団体連合会会長、岡藤裕治・三菱商事エナジーソリューションズ社長、竹内純子・国際環境経済研究所理事・主席研究員らが議論に加わる。

初会合で岸田首相は、足元のロシア問題やエネルギー価格高騰を踏まえ、「国内における電力やガスの需給ひっ迫の懸念など、1973年の石油危機以来のエネルギー危機が危惧される極めて緊迫した状況」と強調。足元の危機への対応と、30年、50年に向けたGXの実行を一体的に捉えた議論を行うよう指示した。そして、再生可能エネルギーや蓄電池、省エネの最大限の導入を図りつつ、「原発の再稼働とその先の展開策など具体的な方策について、政治の決断が求められる項目を明確に示してほしい」と言及した。

岸田首相は14 日の会見でも、今冬に原発9基を稼働させる方針を表明しており、それに続いて原子力政策のてこ入れに意欲を示した格好だ。

複数の委員からも原子力政策に関する要望する意見が相次ぎ、「再稼働に向けた立て直しが大事」「9基再稼働の表明に加え、既存原発の稼働延長やバックエンド、新増設・リプレース、革新炉の開発も重要」「早期再稼働と、新増設・リプレースに向けた事業環境の整備を進めるべき」といった意見が挙がった。

首相指示の「原子力で政治決断が求められる項目」について、事務局は中身の検討はこれからだと説明する。特に状況が危機的な東日本の需給ひっ迫の改善につながる柏崎刈羽原発などの再稼働、原子力規制委員会による新規制基準適合性審査の効率化、新増設・リプレースの方針明示などは、まさに政治決断なくしては動かない問題だ。ただ、「クリーンエネルギー戦略」(CE戦略)の議論でも、昨年末のスタート当初は「第六次エネルギー基本計画で踏み込めなかった原子力の課題に着手するのでは」などと期待が高まったものの、結局政権は今年7月の参院選まで荒波を立てないことを選択した。此度こそ正念場となるのか、そして岸田政権はどのような決断を示すのか。

GX移行債の償還財源 CP政策も踏まえた議論の行方は

もう一つ注目の論点は、岸田首相が5月下旬のCE戦略に関する有識者懇談会で表明した「GX経済移行債」だ。こちらの制度設計も次回以降本格化することになる。6月7日閣議決定の「新しい資本主義のグランドデザインおよび実行計画」の中では、「成長志向型カーボンプライシング(CP)構想」を具体化し、最大限活用すると言及。同時に、150兆円超の官民投資を先導するための政府資金を、〝将来の財源の裏付け〟を持った「GX移行債」で先行して調達する政策と一体的に検討するとしている。

ポイントは、この「将来の財源」をどう手当てするのかだ。2023年度から始まるGXリーグでのカーボンクレジット取引を政府主導で有償化してその収入を充てる案、または炭素税を導入してその税収を充てる案などが浮上している。ただ、例えば一口に炭素税といっても、商品段階で消費税的に課税して一般財源化するのか、電力や燃料段階で課税するのか、などその手法はさまざま。さらに既存のエネルギー諸税の整理も必要だろう。なにより、国民が足元の物価高や円安に苦しむ中、どの程度の負担を課すのかは大きな関心事になる。GX移行債を巡る政治決断の行方も焦点となっている。

【特集2】神戸市とセミMグリッド実証 3電池で電力地産地消に挑戦


【大阪ガス】

大阪ガスが神戸市と連携し、既設の配電網を活用した「セミマイクログリッド」の実証を開始した。エネファーム、太陽電池、蓄電池の3種類を制御し、地域での電力地産地消を目指す。

脱炭素化の潮流に加え、世界的なエネルギー資源の供給不安、国内の電力需給ひっ迫リスクが拡大する中、エネルギーの地産地消のニーズは増すばかりだ。こうした社会課題に合致する実証が今春、神戸市で始動した。

大阪ガスと神戸市は今年度、再生可能エネルギーの最大限の活用を目指す「セミマイクログリッド」実証に取り組む。目的の一つに環境性と経済性の両立を掲げていることから、コストがかさむ自営線を敷設せず、既存の配電線を活用。あえて〝セミ〟マイクログリッドとした。

「セミマイクログリッド」実証のイメージ

蓄電池+燃料電池の可能性 系統電力への依存低減

これまでも分散型リソースを遠隔制御する同様の実証はさまざまあり、大阪ガスもVPP(仮想発電所)構築実証に取り組んだ経験がある。一方今回は、家庭用燃料電池・エネファーム、住宅用太陽電池、蓄電池の3種類のリソースを組み合わせる点が特徴的だ。一般販売されている3電池を活用する実証は日本初になる。変動する太陽光の発電量に対し、調整力として一般的に組み合わせる蓄電池に加え、エネファームも活用することで、100世帯規模で系統電力への依存を低減し電力の地産地消を目指す。

実証を担当する大阪ガスマーケティングでは、「周波数レベルでの需給バランスは難しいにせよ、今回は30分同時同量レベルで系統電力を購入せずに済む状況を実現させたい。分散型リソースを最適に制御した上で、CO2排出量などの環境性にもどのような影響があるのか検証していく」(商品技術開発部)方針だ。

約100世帯を仮想街区とし、神戸市民で3電池のいずれか、または複数を保有する顧客に参加を募り、新たに設備を希望する場合については顧客負担で設置する。具体的には、①各家庭の需要や機器の稼働状況をリアルタイムで把握、②収集データから街区全体の需要をAIなどで予測、③需要予測に基づく制御計画を設定、④リアルタイムの状況も踏まえたエネファームや蓄電池の最適制御―に取り組む。

4月上旬から参加者の募集を開始したところ、顧客からの問い合わせは当初の予想以上に順調という。遠隔制御は夏以降に開始し、2023年3月まで実証を行う。

以前のVPP実証の知見などを踏まえ、この規模の電力需要を自家消費ベースでコントロールするために十分な分散型リソースのボリュームとして、3電池それぞれの導入数を想定しているという。運用面では、街区全体の需要や太陽光の発電状況に合わせて、各家庭のエネファームの出力や蓄電池の充放電を制御していく。同社は「VPPでは親アグリゲーターからの指示に合わせた制御だったが、今回は自ら需要を予測して長期間の制御計画の策定に挑戦する」(同)と強調する。

【特集1】異常な市場高騰で二極化が加速 減益決算に見る新電力の試練


2021年初頭の市場価格高騰が経営に打撃を与えたまま、現在も環境が回復する兆しはない。最新の経営実態について緊急アンケートを実施したところ、各社の直面する現状が見えてきた。

2021年度の全国の倒産件数は、57年ぶりに6000件を割る低水準に収まった。これは実質無利子・無担保融資など政府の新型コロナウイルス関連の資金繰り支援策の効果だといわれている。

しかし新電力業界は数少ない例外だった。JEPX(日本卸電力取引所)スポット価格の振り幅が大きかった21年、新電力の倒産件数は過去最多の14件に上った。これらのほとんどが新電力専業組だ。

2021年以降撤退・経営破綻を発表した主な新電力(本誌調べ)

新電力専業は赤字大幅上昇 転売ビジネスの限界表面化

同年は、1月に電力需給ひっ迫に伴う卸市場のスポット価格高騰が発生し、その一服後も、世界的なエネルギー高騰やJEPXへの電気の供出量減少などで秋以降、価格が再び上昇。現在まで逆ざや状態が続き、ロシア有事の勃発も相まって、収束の気配はない。

他方、新電力向けの情報サイトを運営するエネルギー情報センター理事の江田健二氏は、21年初頭の価格高騰前にも注目すべき局面があったと指摘する。コロナ禍の入り口の20年3月ごろは一段と市場価格が安くなっていた時期で、新電力は年間の相対契約を結ぶかどうか悩むケースが多かったという。20年末までは相対を結ばない社の方がもうかったのだが、一転、21年に入った途端、形勢が逆転したのだ。

新電力専業組のうち21年中に業績が判明した212社に関する東京商工リサーチの調査によると、赤字会社が56.3%と、前期(24.1%)から大幅に増加した。最新期決算で3期連続の比較が可能な137社の動向を見ると、21年の売上高の合計は1兆8699億円と増収だった。しかし損益の合計は593億円の赤字で、326億円の黒字だった前期から大きく落ち込んでいる。

新電力の市場自体は拡大を続けるものの、業界全体で見ると利益が大きく下がっていることが分かる。参入者が多い介護業界も同様に利益が下がる傾向にあるが、それでも新電力ほど極端な状況ではないという。同社情報部は「ここまで調達価格に左右される業界も珍しい。今は電力以外の品目は概ね価格転嫁できている。しかし新電力が値上げをしても大手電力より高い値段であれば差別化が難しい。差額ビジネスの厳しい状況に陥っている」(増田和史課長)と分析する。

ただし、倒産した14件のうち7社は新電力ベンチャー・パネイルの子会社だった。しかも、政府のコロナ対策で借り入れをしやすい状況にあることから、「思ったよりも倒産は少なくて済んだイメージ」(同)。例えば21年初頭の高騰局面で発生したインバランス料金の支払いなどで借り入れを抱えた状態で、今後さらなる調達価格高騰を迎えるようであれば、経営状況はかなり苦しくなる。

【特集2】国内の大手電力向けアセスを実施 業界全体のレベルアップが重要


【インタビュー:下村貴裕/資源エネルギー庁電力産業・市場室長】

政府は電力のサイバー対策について、業界構造の現状を踏まえ検討してきた。この間の議論のポイントなどについて、経済産業省の担当者に聞いた。

資源エネルギー庁電力産業・市場室の下村貴裕室


―産業サイバーセキュリティ研究会では2018年度から電力サブワーキンググループ(電力SWG)を13回開催しています。この間、どのような議題について検討を重ねてきたのでしょうか。

下村 経済産業省では産業界全体でサイバーセキュリティー対策を強化していくため、事業者や学識者らを交えた研究会で検討を進めています。この研究会の電力SWGでは、事業者の取り組みの現状や課題を取り上げてきました。
 主な議題は、大手電力の対策、電力自由化以降の新規参入者の対策、サプライチェーンの対策などです。重要インフラへの脅威に対し、どのようにリスクを特定するか、攻撃を防ぐか、あるいは攻撃をいかに早期に検知するか、検知した際にどう対応するか、そしてどういった手順で復旧すべきかといった点について、世界的によく知られたフレームワークがあります。これを参考に、日本の大手電力に向けてアセスメントを実施してきました。

―電力の対策としては特にどのような点が重要になりますか。

下村 詳しい内容を公表すること自体が脆弱性につながるので詳細な紹介は差し控えますが、大事なことは共通フレームによるアセスメントを行うことにより、各社が足りない点に気づき、学び、全体として対策の底上げにつなげること、そして継続的に改善する姿勢の醸成が重要と考えています。
 また電力自由化の下、多くのプレイヤーが電力システムに参加するようになったことも重要な視点です。このため、小売り電気事業者に対するガイドラインを昨年策定したほか、再生可能エネルギー事業などの発電事業者を対象として、グリッドコードでのサイバー対策の位置付けを明確化しました。大手電力だけでなく、自由化以降の新規参入者も含めて取り組みを深め、全体としてのレベルアップを図っていきます。

トップマネジメントが重要 継続的な対策高度化に努める

―21年の東京五輪・パラリンピックにはどう対応しましたか。

下村 これも重要な議題の一つでした。実際に供給支障を伴うサイバーインシデントは確認されませんでしたが、常時とは違うどのようなリスクがあり得るかを議論し、対策を講じました。大会本番に際しては、大手電力社長が参加する電力サイバーセキュリティー対策会議を開催しました。サイバー対策はトップマネジメントレベルでの理解が重要との考えからです。

―国内外に、どのような攻撃事例があるのでしょうか。

下村 電力関係における攻撃事例としては、15年のウクライナの変電所へのサイバー攻撃があります。また、最近では電力以外の国内メーカーがサイバー攻撃を受けた事案が発生しました。 

―そして現在のウクライナ有事を受け、サイバー攻撃の潜在的なリスクが高まっていると、政府が注意勧告を行いました。

下村 一般論として、昨年と比べてサイバーリスクが高まっていると認識しており、産業界全体に注意するよう呼び掛けました。米国バイデン政権も国内インフラへの攻撃に備え、対策強化を呼び掛けています。重要インフラ対策の必要性が高まる中、日本の電力会社も日々情報収集のアンテナを張り、電力業界全体で情報共有を図りながら、対策の高度化に継続的に努めることが重要になります。

【特集1】資源「持たざる国」の選択とは 全方位外交の産消対話が王道


インタビュー:今井尚哉/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

本誌1月号では、内閣官房参与を務める今井尚哉氏に、急進的な脱炭素政策のリスクについて聞いた。そこに重ねてのロシア軍事侵攻という難局を、日本はいかにして乗り越えるべきか。再度直撃した。

いまい・たかや 1982年東京大学法学部卒、通商産業省入省。2006年に首相秘書官(第一次安倍内閣)、11年に資源エネルギー庁次長、12年に首相秘書官(第二次・三次・四次安倍内閣)。21年から現職。

―ロシアが軍事侵攻を開始して以降、エネルギー問題がフォーカスされ続けています。

今井 2014年のクリミア侵攻前後から、ロシアと西側諸国との間でさまざまな経緯があったにせよ、今回の軍事侵攻はまったく正当化できません。しかしわれわれが感情的にライフラインを止めることは、自らの首を絞めることになります。自民党内にもサハリンプロジェクト自体が間違いだったとの声があることは残念です。

―改めて、当時の政権がこのプロジェクトを進めた理由は。

今井 目的は二つの多極化です。一つは地域的多極化。今サハリンから手を引けば、石油は100%中東に依存することになります。天然ガスはある程度多極化できているものの、やはり隣国からの調達は価格的に有利です。そもそもサハリンの話を最初に持ち掛けたのは米国のエクソンモービルで、話に乗らない選択肢はありませんでした。エクソンは自社の利益を考えてパイプライン化を提案してきましたが、日本はLNGなら乗ると返しました。なぜか。不測の事態に備え、ロシアにガス元を完全に握られたくなかったからです。
 もう一つは電源の多極化で、これは脱炭素化でも重要です。再生可能エネルギーの拡大は待ったなしですが、産業用需要を賄うには原子力比率を高め、火力は低炭素化しつつ活用する。その意味でも、サハリンはCCS(CO2回収・貯留)や水素製造の有力候補地であり、命脈は保っておきたい。

―日本の国益を踏まえ、対露政策は慎重に判断すべきですね。

今井 本気でロシアの国力を削ぐなら、中国も含めて全量ロシアからの資源輸出を止めなければならず、世界がその覚悟を持つなら日本も付き合わざるを得ないでしょう。しかし必要なのは輸出の停止で、権益からの撤退は意味を成さない。日本のロシア産ガス比率は1割弱ですが、サハリン2のガスが全て止まれば電力換算で原発5基停止に匹敵すると思います。
 今回、早急な脱炭素のリスクが改めて認識されたことでしょう。ひとたび緊急事態となれば安定供給が一気に脅かされるというリスクも肝に銘じた上で、エネルギーの安全保障を考えるべきです。


エネルギー緊急事態と認識 電気料金への転嫁容認を

―緊急時として原発再稼働を急ぐべきではないでしょうか。

今井 そのために安全審査をスキップすることへの国民的合意は得られないでしょう。既に合格した原発の稼働を急いでもらうよう、事業者に言うことしかできません。

―ロシアがウクライナ国内の原発を掌握したことで、原発防衛を強化すべきとの声もあります。

今井 サイバー攻撃やテロ対策、海岸警備の強化などはすべきですが、ミサイルにも耐え得る設備は技術的に不可能です。これはそもそも安保政策全体の問題であり、原発固有の問題ではありません。

―あらゆるエネルギー資源価格が上がり、一部で供給不安の話も出ている中、政府が「エネルギー緊急事態宣言」を発出してもよいのではないでしょうか。

今井 そう思います。しかし具体的に何をすべきかは難しい。4月以降、大手電力のうち5社が燃料費調整条項の上限を超える見通しであり、資源エネルギー庁などには上限の引き上げを認めるよう提言しています。国民には受け入れ難いでしょうが、このままでは新電力だけでなく大手電力の経営も厳しい。エネルギー産出国に経済制裁を仕掛けたのだから、本来は電気料金に転嫁させるべきです。

【特集1】世界を襲う未曽有のエネルギー危機 有事対応へ急務の安保戦略


これまで指摘されていたエネルギー安全保障上の課題が、ロシア・ウクライナ有事で噴出した。欧州では政策の根底を揺るがす大問題に。間もなく波及する日本でも政策の立て直しが急務だ。

「1970年代のオイルショックと同等の危機。エネルギー行政の枠組みを変えた当時のように政策の総点検をすべきだ」(橘川武郎・国際大学副学長)。大方の事前予想を裏切るロシアのウクライナ侵略、これに伴って本格化する国際エネルギー市場の大波乱を見据え、エネルギーの専門家からは警鐘を鳴らす声が相次いでいる。

2月24日の軍事侵攻開始以降、戦争の長期化と、ロシアへの経済制裁の強化に翻弄され、化石燃料資源価格は乱高下を続ける。今後、実際に供給途絶が起きれば市場の大荒れは間違いない。日本エネルギー経済研究所の小山堅専務理事は、①経済制裁でロシアのエネルギー取引が制約を受け供給が減少する、②ウクライナ国内の戦闘行為でパイプライン損傷などの事態が発生、供給が減少・停止する、③欧米などへの対抗措置でロシアがエネルギー輸出を削減・停止する―といった可能性があり得るとし、「石油は2008年の最高値である147ドルが一つの目安になる。しかし、実際に供給途絶が起きればこれ以上になってもおかしくはないし、欧州の天然ガス価格がさらに最高値を超えていくこともあり得る」と指摘する。


欧州の脱ロシアは可能か 来冬の在庫水準極めて厳しく

欧州では昨年から、複層的な要因による天然ガス価格と電気料金の高騰で、経済や国民生活に多大な影響が発生。そしてついに戦火が現実のものとなり、エネルギー政策の根底が揺らぐ事態となった。

欧州の化石燃料需要に対するロシア産比率は天然ガスが4割、石油が3分の1、石炭が4分の1となっている。「ウクライナ侵攻の前、欧州委員会(EC)内ではロシアからの天然ガス供給が今冬万が一途絶えても乗り切れるとの楽観論があったが、それが崩れた」(山本隆三・常葉大学名誉教授)。欧州におけるガスプロムとの長期契約比率は2割程度とされ、これが徐々に期限を迎えていく。さらに、ECは今年末までにガスのロシア依存度を3分の1にまで減らし、27年には化石燃料全体でロシア依存ゼロを目指す構えだ。

昨年来の欧州エネルギー危機の概要(提供:エネルギー経済社会研究所)

国際エネルギー機関(IEA)も、欧州のロシアガス依存度を下げるための10の計画を公表。ロシア以外からのパイプラインによる輸入やLNG輸入、省エネ、再生可能エネルギーの導入加速などを掲げた。10の案以外にも、石炭火力の利用や、ガス火力での石油利用で一層依存度を低減できると指摘。安定供給と脱炭素化を両立させる難しさが浮かび上がる。

しかし実情は脱ロシアには程遠い。山本氏は、EU諸国はいまだに毎日10億ユーロ(約1300億円)をロシア産ガスと原油に支払っていると指摘し、「ロシアの収入は昨年来のガス、原油価格の上昇を受け、今までの数倍に増えており、この状況はまったく痛くない」と分析する。

欧州のガス貯蔵在庫レベルの推移を見ると、脱ロシアの難しさがよく分かる。ECは次の需要期前の10月初旬には在庫レベルを9割まで高めようとしている。3月末の水準は少し持ち直しているものの、過去最低に近い状況だ。

JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)のシミュレーションによると、ロシアからのパイプラインガス輸出量が例年通りであれば、在庫は過去最低並みで推移。なんとか来春まで持ちこたえそうだ。しかし、昨年はLNG価格が高騰したため各国が目いっぱい増産し、液化設備能力的にこれ以上の増産余地はない。欧州がLNGの追加手当てや省エネなどに努めても、ECの目標水準までロシア産ガスを減らせば、来年1月頃までに在庫が尽きてしまう可能性が高いのだ。

特に苦況に立たされるのがドイツだ。政権幹部が「ロシアから化石燃料輸入が止まると社会不安を招く」(ハーベック副首相)といった懸念を示す中、ロシア産ガスをドイツに送る新設導管・ノルドストリーム2の行方が注目される。

ドイツ政府は2月22日、使用前検査に必要な安全保障のレポートを撤回し、稼働にストップをかけた。ただし、レポートを再提出すれば検査は再開され、ドイツ、EUの検査が終了すれば使用可能になり、山本氏は「ドイツが永遠にこの事業を止めようとするかは疑問」だと見る。ドイツ政府の支援を背景に、1兆円超の建設費の約半分は、独ユニパーや英シェルなどの欧州勢5社が拠出したといわれる。巨額投資を無に帰す決断は簡単には下せないだろう。