【特集2】特約店向けに新商材でサポート 環境型LPガス運搬船を導入


【ジクシス】

親会社である住友商事の知見を生かしクレジットを調達するジクシス。特約店向けには「環境住宅」普及でサポートする。

コスモエネルギーホールディングス、住友商事、出光興産の3社が出資するLPガス元売り、ジクシス。同社が低炭素・脱炭素に向けて取り組むのは「自社の事業活動における対策」や「LPガス運搬船への環境対策」を進めるのと同時に、特約店向けには「クレジット使用によるCNLPガス販売」や「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)仕様も可能な先進のLPガス住宅の販売サポート」を展開している。

住商系の知見活用 LPガス仕様の先進住宅

このうち、クレジット調達については取り組み始めたばかりだ。「親会社である住友商事グループの知見も活用しながら、クレジットの由来となるプロジェクト内容を確認し、第三者機関からの認証を得たクレジットを取り扱っています」と、企画管理本部経営企画部の田中保次長は説明する。

そんなクレジットを、まずは同社の事業活動における温室効果ガス排出分(GHGプロトコールのスコープ1・2)の相殺に活用する。同時に、全国各地の特約店へCNLPガスとして販売を順次進めている。

特約店では、ジクシスから購入したCNLPガスを、現状では「小売り商材」としてではなく、主に自らの事業所やオフィスなどで生じるCO2の相殺に利用しているケースが多いそうだ。

特約店向けには、CNLPガスの取り扱いだけでなく、新しい商材にもトライしている。『ホッと楽な家』というブランド名でLPガス式エネファームを標準搭載した先進のLPガス住宅だ。オプションとして、住宅内の年間消費エネルギーと、生み出すエネルギーを相殺するZEH仕様の住宅も展開している。同社が関わるのは、住宅販売ではなく住宅設計プログラムの提供だ。

和歌山県内につくったモデルルーム

「地域の工務店との連携が必須となっていきます。実際に和歌山県の工務店に協力してもらい、県内にモデルルームを開設しました。当社としては工務店と特約店を結び、こうした住宅が増えることで、結果としてLPガスの販売促進につなげていければいいと考えています」

大型船舶の環境対策 デュアル燃料式で運搬へ

ジクシスは、LPガスサプライチェーン全体で低炭素化に取り組んでいる。

LPガスを運搬する船舶は、従来は重油燃料で運航していたが、昨今は世界各国で船舶燃料の環境対策が求められている。こうした中、重油に加えて、環境性の高いLPガスも燃料として活用できるデュアル・フューエルタイプの船舶を来年から用船する計画だ。「水素やアンモニアなども将来的には輸送できる設計となっています」とのことだ。

サプライチェーン全域で環境対策を果たそうと、ジクシスの挑戦が始まっている。

【特集2】カーボンオフセットガスを拡販 グループで45年CN達成目指す


【サイサン】

サイサンは創業100周年となる2045年に向け、脱炭素化に取り組む。目下はカーボンオフセットLPガスの導入拡大に挑む。

サイサンは「ガスワングループカーボンニュートラルへの挑戦」というテーマを掲げ、グループ全体でカーボンオフセットLPガスの導入を促進している。2045年の創業100周年に向け、政府が目標とする50年でのCN達成より、5年前倒しで実現すべく取り組んでいる。

同社はCNLPガス(グリーンLPガス)とカーボンオフセットLPガスを区別している。前者は掘削や輸送などの過程でCO2が排出されないLPガスを指すが、現在の日本の技術では実現が難しい。現実的に可能となるのは、燃焼時に排出されるCO2をカーボンクレジットにより相殺する後者の導入だ。

サイサンは、カーボンオフセットLPガスに用いるクレジットの質も重視している。日本国内で認証を受けたJクレジットは、信頼性は高いが、値段も高額だ。同社はジャパンガスエナジーから1万t分の海外製クレジットを購入。その調達先はガスワングループが拠点を置く9カ国に限定している。価格を抑えつつも、森林や再エネ由来などの信頼性が高いとされるものを選ぶ徹底ぶりだ。

各県で最初の供給に奮闘 シンボル案件から輪を広げる

サイサンのカーボンオフセットLPガスの営業戦略は、まずアピールにつながる大型商業施設やスポーツチームに導入する。そして、関連施設や企業・団体などへと輪を広げていくというものだ。この戦略のもと、西武ライオンズのベルーナドームは、大型商業施設で日本初の導入となった。

西武ライオンズの事例に続くよう、ガスワングループの拠点がある各県での第一号を目指して、営業担当者は奮闘している。グループ会社で福島県にある常磐共同ガスは、いわきFCへ供給。サポーターなどへの社会貢献活動の際に、カーボンオフセットLPガスの使用をアピールできることは、チームにとってもメリットになるという。こうした流れが宣伝効果を高め、他社への流出を阻止することにもつながっている。

このほか、大口の工場や飲食店、自治体などへの導入も推進している。カーボンオフセットLPガスを導入した顧客に対し、年1回、ガス使用量とCO2排出量、クレジットでの削減量を記載した証明書を発行。環境に関する取り組みを集客やイメージアップにつなげたい企業・自治体の関心が集まっている。現在、グループ全体での顧客獲得件数は2100件ほどに上る。

「脱炭素化への関心の高まりを感じます」と語る鈴木課長

LPガス直売部の鈴木崇也課長は、「ゆくゆくは、ガス業界全体で研究を進めているグリーンLPガスの普及に携わりたいです。足元の取り組みとして、カーボンオフセットLPガスの導入拡大で、5年前倒しのCN実現を目指していく」と意気込みを見せた。

【特集2】業界を挙げて低・脱炭素化へ 官民連携で地域活性化に貢献も


LPガス業界ではサプライチェーン全体で脱炭素・低炭素化に取り組む。そうした施策の中には、自治体との連携などで地域活性化に貢献する動きも。

2050年カーボンニュートラル(CN)実現に向けた国のグリーン成長戦略において、LPガスはその達成の柱の一つになるとされている。政府の試算では50年時点におけるLPガス需要は現在と比較して約6割が維持される見通しで、CNに貢献する業態転換の検討が待ったなしの情勢だ。

LPガス事業者の脱炭素化に期待が高まる


現在、LPガス業界のCNに向けた取り組みには、①化石燃料由来ではない原料から合成するグリーンLPガスの実用化、②LPガスと証書を組み合わせたオフセット、③省エネ機器を導入することによる低炭素化―などがある。
グリーンLPガスの実用化では、日本LPガス協会が今年7月、「グリーンLPガス推進官民検討会」を立ち上げた。現在、国内のグリーンLPガス開発では、CO2と水素から直接合成する方法と、DME(ジメチルエーテル)に水素を添加して合成する方法が有力視されている。検討会では、こうした開発のバックアップや社会実装に向けたロードマップづくり、品質基準の統一化、移行期における燃焼機器の省エネ化など、課題を共有化して協議していく。
実用化に向けては、コストも課題と指摘した。グリーンLPガスの製造原価は、水素価格の影響を受ける。政府が掲げる50年の水素の目標価格は1m当たり20円。現在のLPガス原価と比較して約1・7倍と試算している。ただ、水素生産国の豪州から安価に調達できるため、仮にグリーンLPガスの開発に成功したとしても、国内でサプライチェーンを完結するのは難しい。
このため、グリーンLPガスの社会実装の方向性としては、一般のLPガスと混合して供給することや、グリーンLPガスを一般のLPガスと差別化して販売することなどを想定している。


多角的な戦略で低炭素化 地域活性化にも貢献

脱炭素化への移行期においては、CO2排出権が付与されたLPガスの輸入や、Jクレジット制度を活用しカーボンオフセットされたLPガスなどが今後増加する。また、エコジョーズやエネファーム、燃転の省エネ機器拡販、ガス需要を守りながらの太陽光・蓄電池、ハイブリッド給湯器の販売、また電力や都市ガスの販売事業進出など、多角的な経営戦略による低炭素化が30年までに求められる。
各事業者がそれぞれの立場でいかにCN対応を加速させられるかに注目が集まる。加えて、自治体との連携などを通じ、地域の脱炭素化や経済活性化に貢献しようとする動きも活発化。CN時代に向けた業界の最前線を追った。

【特集2】LPガスグリーン化への挑戦 官民一体の取り組みに意義


ようやく本格化の兆しを見せ始めた「LPガスグリーン化」。その意義と課題について、橘川武郎・国際大学副学長に聞いた。

【インタビュー】橘川武郎/国際大学副学長


―LPガスのグリーン化にはどのような課題がありますか。
橘川 二つの大きな課題があります。その一つがCO2と水素を合成してメタンをつくるメタネーションや合成燃料「e-fuel」などと比べ、技術の確立が非常に難しいということです。国のグリーンイノベーション(GI)基金には、古河電気工業と北海道大学、静岡大学が連携し、金属触媒の技術を転用して、家畜の糞尿由来のバイオガスからグリーンLPガスを合成する技術の確立を目指すプロジェクトが採択されています。
 一方で、元売りの業界団体である日本LPガス協会の幹事五社は昨年、プロパン・ブタンガスのグリーン化事業を共同で進めていくための「日本LPガス推進協議会」を設立し、藤元薫・北九州私立大学名誉教授の多段LPガス直接合成技術や、LPガスと類似した特性を持つDME(ジメチルエーテル)からLPガスを製造する技術の開発を進めています。
 政府が支援する技術と業界団体が進める技術が違う例はほかにはほとんどなく、それだけLPガスのグリーン化へ決定打となる技術が定まっていないということを意味しています。もう一つの課題は担い手の不在です。ENEOSグローブもアストモスエネルギーも石油元売り会社の子会社で、元売りの優先順位はe-fuelである可能性が高く、プロパネーション、ブタネーションまで手が回るとは考えにくいのです。
―「グリーンLPガス推進官民検討会」にはどのような役割を期待していますか。
橘川 政府、業界団体、開発会社、研究機関など官民が一体となって、LPガスグリーン化へ、今考えられるあらゆる技術を網羅し互いに切磋琢磨しながら活路を見出そうという点で、非常に意義のある取り組みだと評価しています。検討会には、ユーザーとしても全国ハイヤー・タクシー連合会がオブザーバー参加していて、今後はLPガスを燃料とする産業用需要家にも参加を呼び掛けていくことになると思います。
―2050年の脱炭素社会においてLPガスが一定の役割を果たしていくということですね。
橘川 電力は電化が進み現在より30~50%需要が増え、都市ガスは使用量が維持されると推計されています。LPガスは消費量が減るとはいえ60%は残ると考えられます。業界は生き残りへの覚悟を持っていて、こうした動きはその表れだと思っています。
 もう一つ重要なことは、アジアでLPガスの需要が増えていることです。人類がLPガスを使い続けるためには、脱炭素化の技術開発を日本が担うしかありません。本業ではなくとも、サウジアラムコやエンタープライズはLPガスで相当収益を上げているでしょうから、そうした上流企業に出資してもらい、日本の技術をマッチングして開発するような仕掛けがあってもよいと考えています。

きっかわ・たけお 1975年東京大学経済学部卒、東大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学教授、東京理科大学大学院教授を経て2021年4月から現職。

【特集2】LPガス事業者がなすべきこと 今こそ求められる「原点回帰」


かねてから地域のエネルギー供給を支え、地域と共に発展してきたLPガス業界。脱炭素時代に事業者が取り組むべき施策を、コンサルタントの角田憲司氏が解説する。

角田憲司/エネルギー事業コンサルタント

LPガス事業はいろいろな意味で地域の発展に貢献できる事業である。クリーンな化石燃料であるLPガスは地域の低炭素化に貢献し、自立稼働が可能な分散型の供給形態は災害に強く、地域のレジリエンスに貢献する。これはLPガスの原料特性・供給特性に由来する貢献である。ただし脱炭素時代にあっては、グリーンLPガスへの置き換えや、LPガス非常用発電機の地域マイクログリッド組み込みなど、時代にふさわしい貢献が求められる。
LPガス事業者は大規模企業系から小規模個人経営系まで多様だが、地場系事業者が大半であり、その多くは今もLPガス以外の燃料(ガソリン、灯油など)も取り扱うことで、地域のエネルギー企業として貢献している。また、LPガス事業者が地域を支える代表的な企業であることも多い。
では、LPガス事業者は、地域が直面する脱炭素化と人口減少・過疎化の潮流の中でどういう役割を果たせるのか。ちなみに二つの潮流は、エネルギー(ガス)を減らす、市場(地域経済)を縮退させるという点で、LPガス事業者の持続可能性にも大きく影響するので、期待される役割は「自社の持続可能性のために何をすべきか」と実質的に同義になる。
日本の脱炭素政策は、地域では「地域脱炭素」として進められる。これは、地域(地方自治体)が主役となり、支援する関係省庁が縦割りを排し水平連携して、個々の地域での脱炭素を進める政策だと解せる。だが国との実力差が大きい自治体だけで進められる地域脱炭素には限界があり、おのずと民間からの援軍(脱炭素パートナー)が必要となる。ゼロカーボンシティ宣言自治体を中心に、脱炭素に関する連携協定や、コーポレートPPAを求める公募プロポーザルが増えているのはそのためである。
ただ当面、自治体が支援を求めるのは、自治体庁舎や施設・遊休地などへの太陽光導入、再エネ電力調達、公用車の電動車化といった電力分野の取り組みである。電力会社にとっては本業領域だが、ガス事業者にとっては、大手・中堅の都市ガスのように一定レベル以上の電力事業(再エネ発電、電力小売など)を営んでいなければ、直接的な連携が難しい領域である。


地域脱炭素化のカギ LPG事業者が中核に


しかし、地域に根ざすLPガス事業者は地域脱炭素に全く関与できないわけではない。あえて尖った提案をする。
結論を言えば、地域のLPガス事業者には、地域貢献と脱炭素化の交点としての「地域脱炭素化推進事業体」の中核的な推進者になってもらいたい。地域脱炭素は、今は自治体回りの脱炭素化が中心だが、いずれこうした事業体の必要性が理解され、設立を検討する自治体が増えてくる。一般的に「地域新電力・自治体新電力」と呼ばれるが、それは事業体の一側面しか表していないので、あえてこの聞きなれない環境省用語を使う。筆者は事業体の本質を、地域に賦存するエネルギーや資源を地域内で産出し、地域内で有効に利活用することでエネルギーの地産地消や資源の地域内循環に資するとともに、地域のステークホルダーの「サステナブル・マインドセット」を醸成するプラットフォームとなることだと理解している。資源循環まで視野に入れるのは、それがエネルギーにも資源にも恵まれないわが国の「地域」が進むべき方向であり、結果として地域が自立し地方創生にもつながると確信するからである(その意味では「カーボンニュートラル」ではなく「サステナブル」の形容になる)。


地産再エネをブランド化 自治体とタッグが必須


この事業体は、出だしはエネルギーの地産地消を担う地域新電力とみなされるが、今の地域新電力は「公共施設から始めて企業、家庭へ」としているものの、現実に地域住民まで巻き込めていない。地産地消は地域ぐるみで行うからこそ価値があり、その推進者は極めて重要である。LPガス事業者によっては、電力ビジネスゆえ腰引けになるかもしれないが、これは「電力小売事業ではなく、地域の宝である地産再エネ電力を地域ブランド化し、それを地域の脱炭素化と地域経済貢献のために最大限普及させる地域事業」だと考えてほしい(図参照)。電力ビジネスの難しい部分は専門家と連携すればよい。地域事業案件として参画意義を見出してもらいたい。

「地域脱炭素化推進事業体」の当面のイメージ


こうした事業体を地域脱炭素の中核に据えることで他のメリットも期待される。一つ目は、地域脱炭素施策の究極課題を解決しやすくなることである。その課題とは、住民や中小規模事業者(以下、住民など)といった、脱炭素ビジネス目線からでは動かない人たちの態度変容・行動変容をどう図るか、である。事業体の事業を通じて住民などと密接な関わりを持つことで、それが醸成される。
二つ目は、地域脱炭素ビジネスと地域貢献ビジネスのつなぎができることである。地方創生に資する地域脱炭素を志向していれば当然の帰結ともいえ、そこに関わっていればLPガス事業者にも新たなビジネスチャンスが見えてくるはずである。これらにより「地域脱炭素化推進事業体」は「地域サステナブル公社」に昇華できる。そのためにも、LPガス事業者をはじめ地域企業や団体が自治体のパートナーとなることが必要不可欠である。
おわりに、時代とともに柔軟な業態転換を果たしてきたLPガス事業者の「原点回帰」を強く望みたい。

つのだ・けんじ 1978年東京ガスに入社。家庭用部門、熱量変更部門、卸営業部門などに従事。2016年日本ガス協会地方支援担当理事。現在、業界向けに個社コンサルティングなどを行っている。

【特集2】自治体の脱炭素化をサポート 新たな地域貢献の形を提示


群馬県下仁田町で都市ガス事業を展開する東海ガス。これまでの事業ハウハウを生かし自治体の脱炭素化を支援する。

【東海ガス】


下仁田町と東海ガスの協定締結式の模様

群馬県南西部に位置する下仁田町は、下仁田ねぎやこんにゃくの産地として知られている。町の北部から西部の長野県との境にかけては、「妙義荒船佐久高原国定公園」が広がり、急峻に切り立つ妙義山があるなど自然豊かな地域だ。
そんな下仁田町は今年7月、「ゼロカーボンシティ宣言」を表明。これに合わせて、TOKAIホールディングスの子会社である東海ガスと、ゼロカーボンシティ実現に向け、相互協力する連携協定書を締結した。
両者の関係は、下仁田町の公営ガス事業を東海ガスが2019年に譲り受けたことに始まる。以来、同社はこの3年余りの活動で、町内にある工場の生産・製造設備の燃料を重油などの石油系燃料から都市ガスに転換するなど、大口需要の開拓を進めてきた。その結果、ガス販売量を事業譲受の時点から3・3倍に増加、CO2排出量も1551t削減するなど、事業拡大と低炭素化の両立を実現してきた。
ガス供給以外でも、TOKAIグループで標榜するTLC(トータルライフコンシェルジュ)によって、電力販売やリフォームなどのサービスを展開したり、近隣の店舗とコラボレーションしてガス展を開催するなど、地域住民に寄り添った活動を行ってきた。


町が実績を評価 ゼロカーボンで連携


下仁田町保健課の岩井収課長は「20年に環境省が『地方公共団体における50年二酸化炭素排出実質ゼロ』、19年に群馬県が『5つのゼロ宣言』を表明しました。5つのゼロ宣言には温室効果ガスゼロが含まれており、町としても取り組みを強化する必要があると考えていました。東海ガスは公営ガス事業を引き継ぎ、低炭素化に資する事業活動で下仁田町に貢献してきました。ゼロカーボンに向けた取り組みでもその中心を担ってもらえたらと考え、連携協定を結ぶに至りました」と背景を語る。
一方、東海ガスはゼロカーボンに関して実績となる案件があった。本部のある静岡県藤枝市で進めている脱炭素モデルだ。今回、そのモデルを踏襲して下仁田町にゼロカーボンの仕組みを形成していく。
具体的には、まずJクレジットを活用し、CN都市ガスを役場や公民館、学校、保健センターなどに導入していく。導入開始した直後は既に静岡県で実施するゼロカーボンの活動で得たCO2クレジットを活用し、将来的には下仁田町の公共施設や町内企業から創出したCO2クレジットを調達し都市ガスに付与して、CO2クレジットの地産地消サイクルの形成を目指すとのことだ。
CO2クレジットの創出では、地域特性を生かした取り組みも行う。下仁田町特産のこんにゃく工場は重油設備を使っている企業がいまだ多い。これらの企業に都市ガス設備への転換を依頼し、それに伴う温室効果ガス削減によるクレジット創出を促す。また、町の面積のうち8割を占める森林管理を促進して森林経営活動由来のクレジットにも期待する。このほか、再生可能エネルギーの導入なども進めていく方針だ。


下仁田町とのJクレジットの地産地消モデルフロー


地元でエネルギー教育も検討 他地域への展開も目指す


連携協定には環境に関する情報発信なども含まれる。町内の小中学校で東海ガスの社員が環境やエネルギーに関する授業の1コマを担当することなども検討されている。中山貴幸下仁田支店長は「町営ガスを譲り受けて以来、進めてきたことが地域貢献として一つの形になりました。これからも一層、都市ガス事業を軸に地域に還元できる取り組みを推進していきたい」と語る。東海ガスではこうした取り組みを他の地域でも推進していく構えだ。

【特集2まとめ】LNG火力の正念場 電力危機に挑む新設・運用・調達事情


今年3月、政府は東京電力・東北電力管内に電力需給ひっ迫警報を発令した。
引き続き電力不足は深刻で、7月1日から7年ぶりに節電を要請する。
一方、ウクライナ戦争によって国際資源情勢が大きく変化してきた。
ロシア産の禁輸リスクの高まりで、安定・安価のLNG調達に黄信号が灯る。
そんな中、LNG火力の新規運開や燃料確保に奔走する大手電力会社。
差し迫るエネルギー危機をどう乗り切るのか。正念場のLNG火力事情に迫る。

【アウトライン】電力不足打開の切り札に LNG火力が供給力確保に貢献

【レポート】次世代GTで低炭素時代へ対応 12月運開で安定供給に貢献

【レポート】火力進化の一翼を担う拠点 高効率発電所に生まれ変わる

【レポート】震度6被災後18時間での復旧 過去の経験による対応が奏功

【インタビュー】調達価格のボラティリティ低減へ LNG先物取引を試験上場

【レポート】歴史的なLNG不足と高騰 大手電力経営への影響を占う

【特集2】震度6被災後18時間での復旧 過去の経験による対応が奏功


【石油資源開発(JAPEX)・福島ガス発電】

石油資源開発・相馬LNG基地と福島ガス発電・福島天然ガス発電所は、2年連続で地震に見舞われた。

今年3月の地震発生時の迅速な復旧のカギとなった、対応や安定供給への思いを聞いた。

仙台駅から在来線で南へ約1時間―のどかな田園風景を抜けた先に開発が進む新地駅がある。そこから車で15分程度の相馬港4号埠頭に、大規模なLNG基地とガス火力発電所がある。

LNG基地は、石油資源開発(JAPEX)相馬事業所が運営する相馬LNG基地だ。広大な敷地内には、LNGタンクや外航船・内航船のバース、ローリーの出荷施設などのガス関連設備があり、二つあるタンクは現在、1号タンクはガス事業用、2号タンクは発電事業用として運用されている。LNG外航船の受け入れと、導管への気化ガス送出、ローリーによる都市ガス事業者などへのLNGサテライト輸送、北海道・勇払への内航船輸送を行っている。

隣接地にあるのは、福島ガス発電が運営する福島天然ガス発電所だ。この発電所の最大の特徴は、燃料調達と発電の仕組みにある。燃料調達はJAPEXを含む事業パートナー5社が行う。それぞれが必要な電力に応じたLNGを調達し、福島ガス発電はそのLNGを発電所で電力に変換し、事業パートナー各社に引き渡すという「トーリング方式」を採用。各社が持ち込む発電燃料LNGの貯蔵や気化、発電所への送出に関する業務は、福島ガス発電から相馬LNG基地へ業務委託している。

国内で他に例のない連携を行う相馬LNG基地と福島天然ガス発電所を、震度6強の地震が襲った。

相馬LNG基地

2年連続震度6の被災 密な連携による早期復旧

福島県沖で地震が発生したのは、3月16日の午後11時36分ごろだった。地震により、相馬LNG基地の操業と福島天然ガス発電所の運転は一時停止した。基地・発電所の地震の被害は、地盤が緩んだことによるアスファルトのひび割れや配電盤の傾き、配管の支柱の沈下などだった。基地では工業用水タンクの溶接部からの水漏れ、発電所では海水を冷却水として取り入れる取水口の破損なども発生。しかし、幸いにも、基地のガス製造設備、発電所の発電設備など、主要設備への影響はほぼなかった。

メインとなる設備への被害が少なかったことを差し引いても、復旧の速さは驚くべきものだった。

相馬LNG基地では、気化ガス送出は被災翌日の17日午後6時に、ローリーでの出荷は18日午後1時までに再開。地震などでガス製造が止まった場合、24時間以内に再稼働できないと、ガス事業法上の製造支障事故として処理される。今回、相馬LNG基地は災害発生から約18時間で復旧。迅速な復旧ができたのは、安定供給への強い思いがあったからだ。

また、こうした速やかな復旧には、過去の経験が生かされている。昨年2月13日にも福島県沖を震源とする震度6の地震が発生した。その際、地盤沈下によってできた配管と支柱の隙間に詰め物をしたことなど、応急処置を係員が体に覚え込んでいたという。

加えて、深夜に地震が発生した場合、相馬LNG基地ではどの程度の地震があったのかを当番者が宿直者に知らせ、ガスの製造に支障がないかを中央監視センターで確認する。異常がある場合には、宿直者からその上位の者にメールで連絡を行う仕組みになっている。今回の地震発生時にもこの仕組みがすぐに立ち上がった。

福島天然ガス発電所の発電設備2機は夜間のためミドル運用となっていたが、すぐさま安全装置が作動し緊急停止。福島ガス発電は災害本部を立ち上げ、関係官庁との連絡や、安全確認をした上での被災状況の確認などを行った。地震直後は津波注意報が発令されていたため、注意報が解除された翌朝5時以降に発電設備の被災状況の確認を順次行っていったという。地震発生後は相馬LNG基地からの発電燃料の供給も一時的に止まっていたが、日頃から連携を深めていたこともあり、供給再開までの確認もスムーズに進んだ。

福島天然ガス発電所では、2号機は19日午後6時7分に、1号機は20日1時14分に運転を再開。福島天然ガス発電所の阿河恵所長は「東日本大震災を踏まえた設計や、昨年の地震の際に事業パートナー各社を含めた取り組みが実を結び、迅速な復旧に至ることができた。今回の地震発生時には、寒波による電力需給ひっ迫の想定もあったので、早期復旧により電力の安定供給に寄与することができたと考えている。出力規模が100万kWを超える発電所として、電力供給に対する社会的責任の大きさを改めて認識しました」と語る。

一方、発電所は再エネの導入が進んだことによる、電力需給バランス制御のための火力発電の出力抑制を受け、発電量の一時的な制御などにも対応している。

福島ガス発電

安定供給が重大な使命 脱炭素社会にも貢献

相馬LNG基地がインフラとして果たす役割は大きい。顧客や隣接する発電所以外に、地域活性化のために稼働した駅前の「新地エネルギーセンター」へもガスを供給している。「引き続きエネルギー安定供給の継続という使命を果たすため、2年連続で震度6を超える地震に見舞われたこの経験を、訓練や教育を通じて後世にしっかりと伝えていきたい。そして、基地の設備面では、今回の教訓を生かすべく、対策工事を行っていきます」と、JAPEX相馬事業所の中野正則所長は話す。

また、JAPEXはエネルギーの安定供給を事業ミッションの一つとしつつ、脱炭素社会をも見据えている。LNG自体、低炭素な燃料であるが、再生可能エネルギーの拡大に貢献することや、三菱ガス化学との新潟県でのCCUSの可能性共同検討など、脱炭素社会への貢献にも取り組む方針だ。

【特集2】電力不足打開の切り札に LNG火力が供給力確保に貢献


国内の電力需給環境は火力発電所の休止・撤退やウクライナ情勢などで厳しい状況が続いている。この状況を打開するため、発電事業者はLNG火力の新設や再稼働など供給力確保にまい進している。

今年3月22日に東日本を襲った電力の需給ひっ迫―。原因は16日に発生した福島県沖地震で東京・東北エリアの発電所が停止したこと、真冬並みの寒さによる需要増加、悪天候による太陽光発電の出力低下など、複数の要因が絡み合って起こった。

加えて、脱炭素化の促進によって再生可能エネルギーの導入が拡大し、火力発電所の稼働率が低下、採算性が悪化して休廃止に追い込まれる発電所が増加した。予備率が低下し、夏や冬のピーク時に需給ひっ迫が発生しやすい環境にあったと言われている。

こうした事態を受け、経済産業省は5月、電力・ガス基本政策小委員会などを通じて検証を行い、「2022年夏冬の電力需給は厳しい」との予想を示した。具体的には、今夏の予備率が東北、東京、中部エリアで3・1%、北陸、関西以西のエリアで3・8%と、安定供給に最低限必要な3%台で推移するというぎりぎりの状況だ(下図参照)。

2022年度猛暑・厳寒時の需要に対する予備率

今冬はさらに厳しく、東京エリアの厳気象「H1需要」(10年に1度の厳気象を想定した最大需要)に対する予備率は23年1月がマイナス0・6%、2月がマイナス0・5%となる見込みで、供給力が約200万kW不足となる見通し。他の6エリアでも3%を下回るとのことだ。

供給力確保の施策打つ 国際競争に立ち向かう

危機的状況に対し、政府は6月、5年振りに「電力需給に関する検討会合」を開催。供給面では、主に次のような対策をまとめた。

①追加供給力の拡大を図るため、休止中の電源などの立ち上げに対価を支払うkW公募を実施し、需給が厳しくなる際に休止電源を稼働させ、供給力を確保する仕組みを構築。夏に向けて、一般送配電事業者が計120万kWを公募する。

②追加の燃料調達などに対価を支払うkW時公募により、予備的な燃料などを新たに確保する仕組みを構築する。夏に向けて一般送配電事業者が計10億kW時を公募する。

③電力広域的運営推進機関がkW、kW時モニタリングを実施し、供給力や余力率の変化を継続的に確認する。

④22年度冬の燃料調達リスクが顕在化し、電力需給に大きな影響が生じる恐れがある場合、電気事業法に基づく、発電事業者への供給命令を発出する。

国内の電力需給における課題が顕在化する一方で、ウクライナ情勢の影響が燃料調達に暗い影を落としている。欧州を中心とした各国がロシア産エネルギー資源への依存度低減を進めたため、LNGのスポット価格が高騰。ロシア以外の地域からエネルギーを調達するための資源獲得競争が激化している。日本でも燃料を安定的に確保できないリスクが高まっており、予断を許さない状況だ。

経産省が3月に開いた「戦略物資・エネルギーサプライチェーン対策本部」では、ロシア依存度の高い7品目を特定し、安定供給確保に向けた緊急対策を取りまとめた。日本のエネルギー関連品目におけるロシア依存度は、石油が3・6%、LNGが9%、一般炭が13%程度。

特にLNGは国内の備蓄能力に限界があるため、仮にロシア産の輸入が止まると、電力・ガスの安定供給に支障が生じる恐れがある。このため、政府は産ガス国への働きかけや、LNG需給状況の把握に努めるとともに、事業者間の燃料融通の枠組み、LNG調達への関与強化などを検討すると提起している。

LNG火力が新設・復旧 国を挙げて燃料確保へ

厳しい電力需給の中にあって、期待されているのが供給力の増加につながる取り組みだ。

福島県沖地震において、石油資源開発(JAPEX)の相馬LNG基地と福島ガス発電の福島天然ガス発電所は震度6強の地震に遭った。21年2月に発生した震度6の地震に続く被災で、その経験を生かした取り組みによって、早期復旧を果たしている。

JERAは6月、前述の①kW公募で長期計画停止中の姉崎火力発電所5号機(60万kW)と知多火力発電所5号機(70万kW)の供給力を応札し落札した。また、②kW時公募に対して8億kW時の供給電力量を応札し落札。これにより、運転を再開すると、東北、東京、中部の3エリアの需給は1ポイント以上改善する見通しだ。

再稼働する姉崎5号機

今冬に向けては、東北電力の上越火力発電所1号機が12月の営業運転開始に向けて試運転中だ。同設備は三菱重工業と共同開発した最先端の「強制空冷燃焼器システム採用次世代ガスタービン」を採用。タービン翼の冷却構造を最適化し、タービンの入り口温度を1650℃まで引き上げた。蒸気冷却燃焼器を使用した従来型のガスタービンと比べ、熱効率が2%向上した。

JERAの姉崎発電所新1〜3号機は今年8月から順次試運転を開始する計画。最新鋭の燃焼温度1650℃級強制空冷式M701JAC形ガスタービンを用いた天然ガスたき次世代ガスタービン・コンバインドサイクルで、熱効率を61%から63%へと引き上げている。

こうした大型火力の新設やリプレースが電力ひっ迫局面を打開する切り札になるのは間違いない。

【特集2】歴史的なLNG不足と高騰 大手電力経営への影響を占う


水上裕康/ヒロ・ミズカミ代表

LNG需給は、ロシアのウクライナ侵攻によってさらに危機的な状況を迎えている。燃料の不足は即停電につながる。電力ビジネスの今後について専門家に聞いた。

大手電力のLNG調達担当にとって2022年度は忘れられない年になりそうだ。昨秋から既にタイトになっていたLNG需給は、ロシアのウクライナ侵攻によってさらに危機的な状況を迎えている。

EUの脱ロシアエネルギー計画「REPowerEU」は、今年末までにLNG調達を3600万t増やすと謳う。わずか年3・5億tのLNG市場の1割にも相当する数字だ。ガスの不需要期に入って、いったんは落ち着いた市場も、冬場の需要期になれば不足する供給の奪い合いになりそうなのだ。

折しも、わが国の今冬の電力需給は東京エリアなどで予備率がマイナスと想定される極めて厳しい状況だ。燃料の不足は即、停電のリスクを招く。いまや一隻150億円もする購買に、社内からは量的な確保に加え、コストダウンのプレッシャーものしかかる。

思えばLNGの購買も変わったものである。ほんの10年ほど前までは、特定の生産者との20年にも及ぶ長期契約に基づき、年間の配船計画を粛々と実行するのが燃料担当の仕事であった。

いまやLNG取引は一隻150億円に上る

劇的に変化したLNG市場 スポット取引が全体の約40%

この10年ほどの間に、長期契約の仕向け地制約の見直しが進むとともに、供給側では米国、需要側では中国や欧州など、従来の商慣行に縛られないプレーヤーが増えたことで、LNGは一気に世界的なコモディティとなった。いまや世界のLNG取引のうち、約40%がスポットである。欧州のパイプラインガス市場とも一体化が進み、双方の需給が大きく影響し合うようになった。LNGを欧州の需要家と取り合うなどということは、ほんの5年前でも想像しづらいことであった。生産者と需要家に加えて、欧州の大手資源商社トラフィギュラや石油商社ヴィトールなどのトレーダーも市場の重要な担い手となっている。こうして購買担当のひのき舞台は、年単位に及ぶ厳しい長期契約交渉から、多様な相手との間で瞬時に取引を決断していく短期決戦の場に移りつつある。

日本において燃料が使用される環境も大きく変わった。例えば、電力自由化によって燃料費の高い石油火力の退場が進んだこと、太陽光を中心に変動再エネが大幅に増えたこと、そしてベースロードである原子力の多くが依然として休止していることなど、電源構成が変化した。LNG火力はミドルに加え、ベースやピークも一部担うようになった。

LNG火力はベースもピークも担うようになった

電力市場は様変わり 冬の陣をどう戦うか

ガスタービンが多いLNG火力は、再エネの出力変動に対する出力調整となる⊿(デルタ)kWは得意分野だが、従来石油火力が担ってきたような季節や景気変動による需要の変化に対応した発電量の増減(⊿kW時)はタンクの容量が小さいため苦手である。スポット取引が増えたのが救いだが、これとて需要が集中する冬季には思うに任せないことも多い。いったん調達難で発電が止まれば、原子力不在のベースロードも手薄になり、揚水の稼働すら厳しくなるのだ。

勇ましい表題をつけてはみたものの、短期的にできることは限られている。有事には、ロープ際に追い込まれる前に手を打っていくのが鉄則である。ここでは「モノの確保」「価格よりマージン」「総力戦」の三点をキーワードとしたい。

まずは「モノの確保」である。お客さまへの供給義務が存在する電気事業ではモノ(燃料)がないのは最悪だ。ロープ際ではkW時当たり200円の電気も買わざるを得ない。早め早めの手当が肝要だ。

二つ目は「価格よりマージン」である。現在のような高値相場になると、つい「上がりすぎ」と思い込み、調達や値決めをためらうものだ。ところが、ひっ迫した市場では何が起きても不思議はない。大事なのは価格そのものより、小売りや卸売りに対するマージンの確保だ。時にはロスを固定する判断も必要になる。市場の変動に晒される状況をいかに避けるかが大切だ。

三つ目は「総力戦」だ。実はコトはLNGでは完結しない。求められるのは需給運用全体の最適化だ。供給責任を満たしつつ、少しでも収支を改善するために、LNGに加え、石炭・石油などの燃料取引、火力の補修計画や貯水池・揚水など水力の運用、さらに卸・小売販売など、社内の需給対応機能をフル回転しつつ、緊密に連携させるということである。

20年代は「資源インフレの10年」になる可能性が高いように思う。ガスにおいては、LNG換算で年1億tを超える欧州向けのロシア産の相当量をLNG市場が受け止めねばならない。ところが、25年までは新規運開予定の大型LNG基地案件もなく供給増はわずかだ。LNG以上に新規投資がない石炭市場も緩和の見通しは暗い。こうした中、時代に適応する電力経営について考えてみた。

25年まで大型LNG基地案件はなく供給増はわずかだ

先に「総力戦」という言葉を使ったが、需給回りの各機能こそが電力事業のバリューチェーンだ。特にその上流(燃料)と中流(電力卸)の市場リスクはロシアのウクライナ侵攻以前から大きくなっていた。そのことを念頭に、LNG取引の在り方は無論、それを含めたバリューチェーン全体の再点検を提案したい。キーワードは「リスク管理」「組織」「上流」である。

まずは「リスク管理」である。大手電力のビジネスは、自由化とともに卸電力取引の発達や「域外」販売の増加などにより、仕入れと販売の在り方が複雑になってきた。そうした中で燃料や卸電力の市場価格変動が大きな経営リスクとして顕在化している。自社の発電所から「域内」販売というシンプルなモデルに適応した燃料費調整だけでは需給収支のリスクをカバーすることが困難になってきたのだ。今後は仕入れから販売の過程において、各市場の騰落の影響(感度)を洗い出し、ヘッジなどでリスクを最小化していく手順を整理し、それを遂行していく必要がある。

関連部門の全体最適と早い意思決定が求められてくる

資源インフレ時代へ 電力経営の進化に期待

二つ目の「組織」については2点指摘したい。まずは、燃料市場や卸電力市場の劇的変化に対応できるプロ集団を組織できているか、ということだ。価格の動きが激しくなった市場にあっては、機動的に高額の売買(購買だけではない)の判断をしながら、マージンを確定するヘッジ取引なども併せて実行する体制が必要だ。

もう一点は先ほどの「総力戦」を遂行する体制の構築である。市場の動きが格段に早くなっている中では、関連部門の「全体最適」の姿をいち早く描いて意思決定することが重要だ。例えば、市場をにらみながら需給最適に資すると判断すれば、一隻200億円のLNGの購買も、抑制してきた石油火力の補修費の大幅増による稼働増も、安売りで拡販してきた大口営業の単価の大幅引き上げも、ためらわず行わねばならない。「スピード感を持て」と言う前に、「仕組み」レベルで考えるときではないか。

最後のキーワードの「上流」は権益の話だ。危機的な状況になるほど、資源は持てるものが強いという現実が実感される。豪州や北米に権益を保有する会社は、その有り難みをかみしめているのではないか。燃料の安定確保には長契という手段も大切だが、燃料に対する長期的な権利、価格のヘッジ両面において権益には及ばない。ESGの流行で上流投資はすっかり「禁句」になったが、現在、日本の電力の7割は化石燃料で発電され、当面は一定量の使用を続けねばならないのも現実だ。

資源会社や商社などが上流から逃げ、市況高騰下においても各燃料の増産投資の動きは鈍い。自ら需要を持つ電力会社は、彼らよりもリスクは小さく、今後考えられる数少ない投資の担い手だ。容易ではないことを承知で、あえて提言する。

スーパーサイクルと言えるほどの燃料資源高騰期を迎えた電力経営であるが、こういう時代なればこその進化を期待したい。

みずかみ・ひろやす 一橋大学商学部卒、米ジョージタウン大学MBA取得。1983年北陸電力に入社し、2011年から燃料部長を務める。20年同社執行役員を退任し同年7月から現職。

【特集2】調達価格のボラティリティ低減へ LNG先物取引を試験上場


石崎隆/東京商品取引所社長

東京商品取引所(TOCOM)は今年4月、LNG先物取引を試験上場させた。化石資源を巡る国際情勢が激変する中、同市場が果たす役割とは。石崎隆社長に話を聞いた。

―東京商品取引所(TOCOM)の社長に就任されてからの2年の間に、エネルギー情勢は様変わりしました。
石崎 WTI原油先物は2020年4月20日に、史上初のマイナス価格を付けました。その当時、TOCOMが取り扱うドバイ原油の先物価格も1万円程度でしたが、今は9万円近くまで高騰。1kW時当たり6円程度だった電力先物価格も、現在は20~30円で推移しています。
 価格が安ければ現物市場での取引のみで済みますが、ここまでボラティリティが高まってしまうと、事業者はリスクヘッジの手段を講じざるを得ません。19年9月に試験上場した電力先物市場は当初、取引参加者が13社でした。しかし、昨年1月のスポット価格高騰を契機に参加者が増え、今年5月には146社に達しました。今は、価格変動が激しく証拠金の額が上がっていて、参加者にとっては相当な負担になっていますが、エネルギー市場がこれまでになく注目されているという意味でも、時代は大きく変わったと見ています。


JPXグループに統合 先物市場の三つの役割果たす

―TOCOMが日本取引所グループ(JPX)に統合されて2年半、4月にはLNGの先物も上場されました。改めて、エネルギー激動の時代におけるTOCOMの役割とは。
石崎 大阪取引所が取り扱うCME原油等指数先物を除き、TOCOMは総合エネルギー市場として、電力、原油、石油製品、LNG先物市場を運営しています。先物市場の主な機能は、現物市場における価格変動に対するリスクヘッジです。実際、電力先物は新電力の経営安定化に貢献しており、JEPX(日本卸電力取引所)のスポット市場から撤退する事業者が相次ぐ中、TOCOMで撤退したのは1社だけです。
 また、価格発見機能の役割も果たしています。例えば、ベースロード市場の約定価格は電力先物価格を参照していますし、事業者間の相対による現物取引でも先物価格が指標にされていて、先物取引に参加していない事業者にも使っていただいています。さらには、信用リスクヘッジの機能も重要な役割です。信用力の高いクリアリングサービスの提供を通じて、取引相手が破綻した際のリスクを遮断することができます。
―エネルギー価格のボラティリティの高まりとともに、先物市場も存在感を増しているというわけですね。
石崎 経済産業省も、エネルギー先物市場を政策的に高く位置付けています。第六次エネルギー基本計画では、先物市場の活用という項目が盛り込まれましたが、先物市場の活用が閣議決定されたのは初めてのことです。ただ言えるのは、エネルギーの安定供給があってこそのマーケットだということです。先物市場だけで現在起きている問題を解決できるわけではなく、しっかりとした供給力の裏付けが前提になります。
―4月に本上場を果たした電力先物市場は、4、5月と取引高や取組高の記録を更新しました。
石崎 今年4月は取引高が3億kW時、5月は取組高が4億kW時超と、取引量は対前年比2倍に拡大しました。ですが、取引されているのは総発電電力量の1%以下にすぎません。欧米では発電電力量の数倍の取引量があるわけですから、成長しつつあるとはいえ、まだまだ初期段階であることに変わりはありません。大手電力会社も、子会社を含め半数近くがトライアル的に参加していますし、売り買い双方に実需家に入っていただくことが、市場育成のために非常に重要なことだと考えています。
―4月に試験上場したLNG先物市場の意義とは。
石崎 LNGは国際貿易において、原油、金、鉄鉱石に次いでコモディティとして4番目に大きな市場規模があります。低炭素化にも資する重要な資源ということで、世界的にも取引が拡大してきた中で先物市場を開設することになりました。電力と同様にLNGも、この数年間は、価格のボラティリティが高まり価格リスクのヘッジニーズは増していると考えています。

TOCOMが扱うエネルギー先物市場

LNG先物厳しい時期の船出 取引活性化へ着実に努力


―とはいえ、滑り出しは低調なようです。
石崎 確かに4月の試験上場後、取引が成立しない日が多い状況です。その背景には、ロシアによるウクライナ侵攻であまりに供給が不安になり、価格動向が不透明になったことがあります。欧州のインターコンチネンタル取引所(ICE)のLNG先物においても、今年3月までと4月以降で1日平均の取引量が半減しており、非常に厳しいタイミングでの船出となってしまいました。ただ、長期的に見れば、間違いなく価格リスクのヘッジニーズは高まっていますから、先物市場の必要性は十分にあると考えています。
 実は、昨年5月にLNG先物の制度を検討していた際には、証拠金の額を10万円程度と想定していました。証拠金は価格水準とボラティリティで決まるため、その後200万円程度まで上昇し、現在は100万円近い水準で推移しています。価格が落ち着くか、市場参加者がこの水準に慣れてくれば、取引は増えていくと思います。
―取引活性化に向けた課題はありますか。
石崎 原子力発電の再稼働が見通し通り進むのか不透明な中、LNGは今後10年、20年と必要とされるエネルギーであることに変わりはありません。世界的な需要は減るどころか増えるものとみています。そうした中で、先物市場を活性化させるには、取引量と取引参加者を拡大することが不可欠です。
現在のLNG取引資格取得者は商社など12社ですが、複数社が資格取得を準備しているところですので、参加者は拡大する見込みです。今後は、海外のエネルギー市場で活発に立会外取引の仲介を行っているインターディーラーブローカー(IDB)などにも積極的な参加を促していく計画です。流動性を拡大することで実需家に活用していただける市場になるよう、時間をかけながら着実に成長させるよう努めていきます。

いしざき・たかし 1990年東京大学法学部卒、通商産業省(現経済産業省)入省。資源エネルギー庁電力基盤整備課長、内閣府規制改革推進室参事官などを経て、2020年6月から現職。

【特集1】主要政党のエネルギー政策


自民

・代替先を確保しながら露へのエネ依存を低減。サハリン1・2やアークティック2などは引き続き権益を維持する。
・石油高騰対策による価格抑制効果は出ており、高騰がどの程度長期化するか見極め今後の対応を検討。家庭向け電気料金は燃料価格調整上限で値上げに一定の歯止め。また「原油価格物価高騰等総合緊急対策」に対応を盛り込んでいる。
・成長志向型カーボンプライシング(CP)構想を投資支援策と一体で検討。排出量取引を含むGXリーグの発展等、さまざまな手法を検討。
・石炭火力比率は安定供給を大前提に低減。脱炭素型火力への置換を促進。燃料確保については在庫モニタリングの継続や代替調達先確保へ。
・安全性確保を大前提、地元理解を得ながら再稼働を進める。新増設・リプレースは現時点で想定しないが、将来を見据え小型原子炉や安全性向上への研究開発、人材育成に取り組む。厳正かつ効率的な規制の実現を求め、運転期間制度の在り方を含めた長期運転の方策を検討、必要な措置を講じる。最終処分実現に向け、地域の理解を得ながら着実に進めることが重要。核燃サイクル推進の基本方針は堅持する。
・再エネは国民負担抑制と地域共生を大前提に最大限導入。太陽光の廃棄費用外部積み立てや、適正な設置管理、低コスト化の技術開発を進める。

立憲民主党

・日本が有する露権益について、国益上の観点を考慮しても、国際社会と共同歩調を取り(輸入規制も含めた)厳しい措置を求める。
・燃料価格高騰に対しては、5%への時限的消費減税とともに、トリガー条項発動やガソリン以外への購入費補助など、家計に直接届く総合対策をガソリン価格がℓ150円以下で安定するまで続けるべき。その結果、電気料金も抑制できる。そもそも政府が省エネへの努力を怠ってきたことも問題。
・全体の税負担軽減を図りつつ、CP、炭素税の在り方は税制全体の見直しの中で検討する。
移行期はLNG火力を中心に、既存設備を有効活用し、国が必要な設備投資、運転コストを支援。石油火力、石炭火力は緊急時のバックアップ用途が基本。将来的にアンモニア専焼やCCUSなどの可能性を探る。容量市場は、その効力の発揮前に電力不足が生じているとすれば政府の判断ミス。
・実効性ある避難計画や地元合意がないままの原発再稼働と、新増設は認めず。廃炉作業は国の管理下で実施。福島事故を教訓にした新規制基準、原則40年運転制限を遵守すべき。核燃サイクル中止を目指し、使用済燃料は直接処分。電力会社が有する使用済燃料は速やかに乾式貯蔵で一時保存を。
・まずは省エネを徹底。環境調和型再エネ事業を集中的に推進し、送電網整備、蓄電システム導入、技術開発などで安定した低コストの再エネ100%を実現。さらに「農山漁村ベーシックインカム」創設で、農林漁業者を支えるエネルギー兼業を推進。

公明

・現時点では露権益維持が望ましく、海外依存度の高いエネ構造の転換と調達先多角化の一層の推進が必要。省エネや再エネの徹底、自給率向上を通し、エネ安全保障強化とCNの両立目指す。
・石油元売りへの補助金は公明党の強い主張で9月末まで延長、拡充し、負担軽減に一定の効果。高騰がどの程度長期化するかを見極め、トリガー条項凍結解除も含め引き続き検討。電気料金については政府の供給面や需要面の対策がある中、公明党の主張で拡充された「地方創生臨時交付金」を公共料金引き下げなどに活用する。
・産業競争力強化と環境投資拡大を両立し得るCPの在り方を検討。安定的な移行過程の道筋を明確化。
・火力の高効率化やカーボンリサイクル、CO2貯留、直接回収等の研究開発と事業環境整備を推進。アンモニア混焼の促進と東南アジアへの技術輸出図る。
・原発再稼働は安全基準を満たした上で、自治体の理解と協力を得て判断。新増設・リプレースは認めず、将来的に原発に依存しない社会をつくる。40年超の再稼働はさらなる安全性確保のハードルが高く、国民の理解が重要。使用済燃料の貯蔵や高レベル廃棄物最終処分の課題解決の取り組みを進める中で、核燃サイクルも着実に進めることが必要。
・再エネ主力化には法令順守と地域の理解が必要。パネルや蓄電池のリサイクル、長寿命化を図る。FIPや入札制で電気料金(再エネ賦課金)低減へ。

共産

・露が侵攻を続ければエネ輸入を削減、停止せざるを得ず。輸入先の振り替え、省エネの徹底や再エネ拡大でエネ需要の削減へ。
・エネ価格高騰には「異次元の金融緩和」の見直し、消費税率5%への引き下げを。再エネ最優先の電力システム構築が急務。大手電力の市場支配力が圧倒的な中、公正な市場ルールの確立が必要。
・G7の議論や地震リスクを踏まえ、大型石炭火力新設を続ける施策はやめるべき。政府はアンモニア混焼を強調するが、計画的撤退の検討が必要。
・原発の再稼働、新増設・リプレースに反対。審査の「効率化」は安全軽視で、40年運転延長もすべきでない。使用済み燃料の地層処分にこだわらず、廃棄物量を増やさないためにも原発停止を。再処理もすべきでなく、高速増殖炉の見通しが立たない核燃サイクルの断念を。
・政財界が再エネ乱開発やFIT負担等の問題をなおざりにしてきたツケが再エネ導入遅れの最大要因。30年度までに発電の再エネ比率50%以上を目指す。

国民民主

・サハリン1・2の権益は維持すべきだが、露依存度は低下させることが必要。
・与党との3党協議で石油高騰対策の拡充延長を実現したが、トリガー条項凍結解除も必要。電気ガス料金には上限を設け、超過の場合は補助金等の価格抑制策が必要。特に電気料金抑制と需給ひっ迫回避には原子力活用を。
・短期的な需給調節機能の高い火力は一定量を確保。CCUS、アンモニア混焼、水素利用等の実現に向け政府が積極支援を。
・原発新増設は行わないが、基準を満たした原発再稼働と安定運転を図る。40年運転制限は厳格適用する一方、次世代軽水炉やSMR、高速炉等へのリプレースを実施。審査の効率化を進める。再処理は使用済み燃料の減容化等を進めつつ、可逆的な直施処分や暫定保管の方策も検討し、全量再処理政策の再検証を含め今後の在り方を検討。
・FITの支援対象重点化や賦課金減免の拡充等で再エネコストを低減。自家消費型の普及を前提とした託送料金改革を進め、再エネの早期自立を促す。

維新

・露権益からの日本撤退は露側に不利に働くとは限らず、慎重に判断すべき。調達先多様化を進める。
・現下の石油高騰には、消費税の軽減税率を8%から段階的に3%に引き下げ。その後は消費税本体を2年で5%に引き下げ、経済の長期低迷とコロナ禍打破へ。電気やガス料金は料金設定のあり方を見直し、激変緩和措置を講じる。いずれも法案提出済。
・火力の燃料費上昇や廃止に伴い電力市場価格高騰や新電力破綻が相次いだことから、電力市場改革について一層の見直しを行う。
・価格高騰や安全保障の観点から、安全性が確認できた原発は速やかに再稼働、長期では老朽原発フェードアウトへ。運転期間の20年延長などについて直ちに議論すべき。最終処分施設の確実な整備のための手続き法制整備を柱とする「原発改革推進法案」制定を。
・グリーンエネ推進の規制改革や投資促進制度を導入。再エネ導入の障害となる規制の見直しとともに、地域社会がうるおう仕組みづくりを構築。

れいわ

・停戦効果のない露への経済制裁には反対で、日本の国益を考え権益は維持すべき。中長期では化石資源に依存したエネシステムから脱却を。・石油高騰には、ガソリン税撤廃、消費税の撤廃か最低でも5%への引き下げが必要。電力は足りている時期の市場高騰の増加が問題で、市場の不備を独立中立的専門家集団がチェックし改善すべき。高い電気料金を押し付けられた国民には季節ごとの現金給付を提案。
・最終的には再エネ実質100%を目指すが、つなぎとして高効率ガス発電の利用と、天然ガスの安定調達が必要。
・原発が軍事侵攻の対象となる事実を踏まえ、また核燃料のこれ以上の増加につながる再稼働、新増設・リプレースには反対。40年超運転も認めるべきでない。破綻した核燃サイクルは即刻中止。廃炉加速に向け国家戦略として稼働時と同様の財政支援を。
・洋上風力や屋根上太陽光等、大規模な土地造成なしに再エネを拡大するポテンシャルはまだまだ大きい。パネルリサイクルや処理を輸出向けビジネスとして育てる政策が必要。

【特集2】温泉とともに湧出するメタンガス 自社エリアで地産地消活用


【東海ガス】

TOKAIホールディングス傘下で都市ガス会社の東海ガスは静岡県焼津市に都市ガス製造拠点を新設する。地下1500mから湧出するメタンガスから都市ガスをつくり自社エリア向けに供給していく構えだ。

静岡県中部に位置する焼津市。国内有数の遠洋漁業の基地である焼津港はカツオやマグロの水揚げ金額が国内トップであるほか、周辺漁港で取れる近海のサバやアジ、桜えびやシラスなど新鮮な魚介類も人気がある。また、地下から湧き出る温泉は貴重な観光資源として地域振興に寄与している。現在、温泉は焼津市が8カ所のホテルや温浴施設に供給している。

この温泉とともに地下から湧出することで注目を集めているのがメタンガスだ。焼津市ではガス田が80年以上前から確認されており、1941年から本格的に開発が始まった。最盛期の57年には14の井戸から日量3116mの生産量があった。現在は東海ガスが所有する4本の井戸がある。このうち2本が休止中で、1本が稼働中。もう1本が今回新たに掘削した「焼津港1号井」だ。

「焼津港1号井」。高さ10m近くまで湧き上がる

「稼働中の井戸はメタンガスと温泉の供給量が減少傾向にあります。特に温泉は周辺施設への供給が滞る恐れがありました。そこで、焼津市との協議により新たな井戸として、焼津港1号井を掘削することになりました」。担当する竹村昌徳供給保安部長はこう話す。

リスクが付きまとう開発 事前調査で狙いを定める

井戸は掘り当てられないリスクが常に付きまとう。このため、コスト抑制を踏まえた事前調査からの判断がとても大切になる。

焼津港1号井の場合、①掘削する敷地を焼津市、隣接地を東海ガスが所有しており、用地買収をすることなく、掘削と温泉・都市ガス製造設備の建設に十分な広さを確保している、②稼働中の既設井戸が近傍にあり、温泉・ガス脈が眠っている可能性が高い、③同社都市ガスエリア内にあり、ガスを輸送するための導管敷設費を最小限に抑えることができる―といったメリットを備えていた。

焼津港1号井では、深さ1500mまで掘削した。「周辺が住宅地のため掘削速度を落とすなど、近隣へ最大限配慮して工事を進めなければなりませんでした」と竹村部長は苦労を明かす。そうして焼津港1号井を掘り当てた。

通常、温泉はポンプを使用してくみ上げるが、同井戸では、メタンガスと温泉がパイプを伝って同時に湧き上がってくる。メタンガスの比重が水よりも軽い上に、水に溶けやすい性質のため、温泉を運ぶ役割を果たしているのだ。

右の写真のように、くみ上げるパイプは高さ10m近くまで伸びており、湧き上がってきた温泉が天板にぶつかることで、温水は重力に従って下へ、比重の軽いガスは上へと分離される。一度の衝突では温水とガスを完全に分離できないため、落下先にハチの巣状の板を何層か設置し、衝突を繰り返す構造となっている。ガスは天井に設けられたパイプから冷却装置を通ってタンクへ、温水は一時的な貯水槽へ送られる。

温水とともに採取されたガスは50℃ほどで温度が高く、水分を多く含んだ状態であるため、タンクに貯蔵する前に冷却し、水分を取り除く必要がある。温水はいったん泥などの不純物を取り除いてから焼津市の貯水槽へ送り、そこからホテルや温浴施設へと供給する仕組みとなっている。

メタンガスタンク。この奥に都市ガス製造施設を建設する計画
温泉の貯蔵タンク。ホテルなどに供給する

高純度のメタンガス 都市ガス供給に貢献

メタンガスは、静岡大学の木村浩之教授の協力の下、掘削したガス成分の分析などを実施した。「湧出したガスに硫黄分が含まれていたら脱硫装置を付ける必要があり、その分コストが上乗せされます。今回のガスは約99%メタンガスと非常に純度が高いことが分かりました。都市ガス用途向けのカロリー調整が最小限で済むなど大きなメリットがあります」と竹村部長。

焼津港1号井の1日当たりの産ガス量は、一般家庭が1年間で使用する都市ガスの5世帯分に相当する。年間産ガス量では約1800世帯分になる計算だ。

「当社が扱うガス量全体から見たら微量ですが、今回都市ガスに活用することで低炭素化や地産地消につながります。当社としてもアピールしていきたい」と後藤芳彦供給保安事業部長は語る。

焼津港1号井の隣接地には、都市ガス製造施設「中港製造所」を現在建設中。都市ガスの供給開始は今年秋口ごろになる予定だ。

脱炭素やSDGsへの取り組みが世界的に加速する中、こうした地産地消できる分散型エネルギーの取り組みはさまざまな地域で大きなヒントになるだろう。

建設を担当した後藤事業部長(右)と竹村部長(左)

【特集2】燃料電池と太陽光発電を活用 自社工場でRE100実証


【パナソニック】

パナソニックはRE100工場の実現に向けて実証施設を開所した。純水素型燃料電池を組み合わせることで、太陽光発電の不安定さを解消する。

純水素型燃料電池、太陽光発電、蓄電池が並ぶ実証施設

パナソニックは4月、純水素型燃料電池と太陽光発電を組み合わせた自家発電設備によって、同社草津工場内にある燃料電池工場で使用する電気を100%再生可能エネルギーで賄うための実証施設「H2 KIBOU FIELD」の稼働を開始した。実証施設は同社の5kWクラス純水素型燃料電池「KIBOU」を99台(495kW)、太陽光発電(約570kW)を組み合わせた自家発電設備と余剰電力をためるリチウムイオン電池(約1100kW時)で構成される。純水素型燃料電池に使用する水素は敷地内の液体水素タンク(7万8000ℓ)に貯蔵する。

99台の燃料電池は全数が常時フル稼働するわけではなく、半数を稼働させて、残り半数を休めるといった運用を行い、燃料電池への負荷を平準化しながらベースロード稼働させる。燃料電池工場の電力需要は、昼間が約600kW時、夜間が約300kW時。ピーク電力は約680kW。昼間は燃料電池と太陽電池、夜間は純水素型燃料電池が稼働する。これらにより、年間電力需要の約80%を燃料電池で賄う計画で、タンクにある液体水素は8日前後で使い切る。水素は岩谷産業が供給し、年間水素消費量は約120tに上る。

エネ設備の設置面積に制約 工場屋根への導入を想定

同実証では、発電設備の設置面積にもこだわった。太陽光発電の設置面積を同社の燃料電池工場の屋根と同等にしたのだ。実証後、普及を図るときには、制約のある敷地にもエネルギー設備を設置しなければならない。それでもRE100が実現できるかを試すのが狙いだ。太陽光発電は発電量を確保するのに一定の敷地面積が必要となる。また、天候に左右される不安定電源でもある。同社の水素型燃料電池は連結して使用するため、屋上の敷地面積や形状に合わせて設置できるほか、太陽光発電との立体設置なども対応可能だ。

このほか、独自のエネマネシステムを導入。電力需要に追随し、太陽光の発電量から燃料電池の発電パターンを計画。電力の余剰や不足に対し蓄電池を活用する。こうして「系統からの電力を購入せずに運用できるか、挑戦していきたい」。同社スマートエネルギーシステム事業部の加藤正雄燃料電池/水素事業統括は意気込む。

水素を用いたRE100実現には再エネ由来のグリーン水素が不可欠となる。そうした水素サプライチェーン構築と同時に利活用に関する取り組みも重要だ。今回の取り組みがその大きな一歩を担うことは間違いない。

【特集2】分散型エネ増加で強み発揮 AIで計画値提出業務を自動化


【デジタルグリッド】

太陽光など分散型電源の導入が進んでいる。デジタルグリッドはAIを駆使し、その需給管理業務を支える。

デジタルグリッドは、需要家と発電事業者が電力取引と環境価値取引を自動で行える「デジタルグリッドプラットフォーム(DGP)」を展開する。需要家にはソニーや日立製作所、住友林業、発電事業者にはLooopなどが名を連ね、2021年4月時点で合計40社以上、約9万kW規模を取り扱う。

太陽光発電を中心とした再生可能エネルギーを取り巻く事業環境は年々厳しくなっている。発電事業者は固定価格買い取り制度(FIT)に頼らず、PPA(電力販売契約)をはじめとした新たな販売スキームを手掛け、電気の売り先や需要家にどう送り届けるのかなどを検討するようになった。

また太陽光が急速に増えた結果、日中時間帯の市場価格とそれ以外を比較すると中部エリアでは1kW時当たり平均10円の価格差があり、売電ノウハウが従来にも増して重要になってきている。

DGPはそうした電力事業者の需給管理業務をAIによって自動化する。前日に広域機関に提出する計画値業務を、人手を介さずに合理化できる。直近では、FD社が手掛けるソニーグループの太陽光発電の自己託送の取り組みにDGPが採用された。 今後も再エネを中心に分散型電源が多く建設される見通しで、需給管理業務を自動化できるDGPはより強みを発揮するだろう。

豊田祐介社長