エネルギー業界が脱炭素に向けて動き出している。鍵の一つはヒートポンプ(HP)技術だ。家庭用から産業用まで多様な省エネルギーのニーズに、業界はどのように対応するのか。
司会=中上英俊/住環境計画研究所会長
【出席者】
佐々木正信/東京電力エナジーパートナー販売本部副部長
甲斐田武延/電力中央研究所グリッドイノベーション研究本部ENIC研究部門主任研究員
中上 日本は、再生可能エネルギーの主力電源化に向けて動き出しています。カーボンニュートラル(CN)宣言とも重なり、その動きは加速するでしょう。ただクリーンになったけど、エネルギーコストが2倍になったら話になりません。そのためには、徹底した省エネが必要です。省エネを50%達成すれば、再エネの普及率は倍になる。そういう対の関係なので、どちらかを優先するのではなく、両方とも進める必要があります。とはいえ、需給両面での取り組みを進めなくてはならないさなか、図らずもウクライナ問題でいろいろな課題が噴出しました。厳しい環境の中で佐々木さんは、省エネをどのように受け止めていますか。
佐々木 われわれエネルギー産業は、過去のオイルショックを契機に、エネルギーセキュリティーをどう確保しておくかを学び、省エネを進めてきました。しかしウクライナのような問題は本当に想定外でした。化石燃料価格の高騰で世界全体の経済が疲弊している状況の中、単に省エネや再エネを進めます、ではなく産業を活性化させながら長期的なCNにつなげる政策が求められています。
例えば、米国のインフレ抑制法。産業政策的な色合いも強いわけですが、電気自動車(EV)の補助などで、国内にEV産業や電池産業の雇用も作ろうとしています。国民経済が成立しないとCNの達成は難しいわけです。国内でもグリーントランスフォーメーションのように予算措置を伴う政策が打ち出されていますが、短期的・長期的な視点からいろいろな政策が求められています。
中上 産業政策ということですが、日本のデマンド・サイド技術は世界に誇れるものです。特にヒートポンプですね。甲斐田さん、ヒートポンプを研究していて、何か感じていることはありますか。
甲斐田 最近、海外で「ヒートポンプ・フォー・ピーシーズ(平和のためのヒートポンプ)」という言葉を見かけます。ヒートポンプがエネルギー安全保障に貢献するという考え方です。例えば、アメリカでは国防生産法の中で、ヒートポンプを対象にしましたし、ヨーロッパでも安全保障の観点から、ヒートポンプに重きを置き始めています。エネルギーの安全保障と長期的な脱炭素にも貢献するという意味合いです。
こうした考え方が生まれた背景をいろいろ考えてみたのですが、「単なる省エネに対する取り組み」では、そういう発想にはなりません。例えば、ヒートポンプのCOPが5だとします。1の消費電力に対して、5の熱を生み出すわけで、これは単なる省エネです。だけど、ヨーロッパでは、ヒートポンプの特長である「周囲の大気熱を回収している」という観点から、残りの4を再エネとして定義するようになりました。これは自分たちのエネルギー自給率を高めることにつながっており、そういった考え方が背景としてあるのかなと思ったりします。
それと、安全保障。今の時勢ですと、ガスに依存しないベストミックスという観点です。電動式であれば、いろいろなエネルギー源からも電気を作れますから。
データ活用とセンサー 省エネと行動変容
中上 ヒートポンプ熱源を再エネとして定義するかどうかは国際的に議論があり、詰めるべき議題がありますが、いずれにせよそういった概念を入れなくてもヒートポンプは圧倒的に優れた設備です。
エネルギーマネジメントについて話題を少し移したいと思います。海外の会議で「家庭用EMSは有効に活用できる」と議論するのですが、その割には進捗していません。要は、末端の家電製品までを全部つなげ、コントロールしないといけないわけです。そこの規格をどうするかが課題なわけです。規格争いが障害となって技術開発が停滞することだけは避けなくてはいけません。
家電を含めた電気設備の待機時消費電力の議論でも似たようなことがあり、昔、海外の学者と「情報機器が進むとその待機時消費電力はどうなるか。その消費量は膨大になる」と議論しました。要するにセンサーです。センサーを使うほど待機時消費電力量は増えるわけです。ただ、設備メーカー側は「センサーはわれわれの技術やテリトリーではないし、技術開発するようなものではない」というスタンスです。だけど、センサー搭載型商品はあっという間に国際商品になっていきます。だから、日本政府なりが国際基準作りを主導していかないといけないはずです。気が付いたら、デファクトスタンダードを欧州勢がさらってしまうことを危惧しています。
甲斐田 日本は苦手な分野ですよね。スタンダード作りには時間もかかりますし、国際基準となると国の票をたくさん保有している欧州に強みがありますね。
佐々木 それに関連して、センサーを使ったデータ収集の話題を少し話します。以前、家庭用EMSのデータの解析について取り組んだことがあります。ただ、データ解析は、あくまでもその居住者の行動とセットで考えないと意味がありません。例えば照明時間のデータを収集しました。でも、果たして起きていて家の中で活動しているのか、本当は照明をつけっ放しで寝てしまっているのか。そうしたデータを第三者が見たときに、本当にそれを解析して、それがソリューションにつながるか、というのは意外と難しい。
中上 私が学生時代、そうしたビッグデータを収集するシステムなんてなかったものですから、温度計測で判断していました。いつ調理をしたか、入浴したか、宅内の行動が、宅内温度によって分かるんですよ。
甲斐田 産業用について言うと、温度は低コストで計測できます。だけど、流量の計測が一番大変です。先ほどセンサーの話題がありましたけど、測るのはセンサーです。でも値段単価が高い。温水の流量を測るにしても、何個も取り付けるのは大変です。その意味で、センサーの低コスト化が必要ですし、センサーの精度をどこまで高める必要があるのか、逆にどの程度にとどめるのか、その辺の判断も重要です。
佐々木 それと、仮に分析できたとして、その分析結果をユーザーにフィードバックしたとします。でも、消費者からは「家の中で電気をどう使おうと、人の勝手だ」となることもあります。法人所有の建物と違い、家庭の分析とソリューションは本当に難しい。
中上 以前、環境省の調査で、全国の家庭用CO2排出の診断調査をしました。診断結果を住民の方々に提出したところ、クレームが来ました。そこで、診断結果の見せ方を工夫して、エネルギー消費量の多い順に並べた結果を提出した。そうしたら「なぜ、わが家の消費量は多いのか。どうすれば省エネできるか」と逆に質問されました。「他人の家との比較」によって行動が変わるケースです。いわゆるナッジです。例えば、リモコン表示。増エネ中に「泣き顔マーク」を表示したら、どうなるか。そのマークを見た家の子どもが悲しむわけです。それによって「子どもを悲しませてはいけないな。わが家も省エネしよう」となるわけです。意外なところに、人々の行動変容のヒントがあります。
さて、大口需要を話題にしたいと思います。東日本大震災後、省エネ達成のシナリオを作ろうとしました。エネ庁と「飲食店の省エネ対策」を議論した時、どうも議論がかみ合わない。すし屋、ラーメン屋、ファミレス……飲食店でもエネルギーの使い方は多様です。「平均値」で対策しようとしてもナンセンスなのです。それこそ、産業用となるとエネルギー、とりわけ熱の使い方は本当に多様です。