【多事争論】話題:46%減目標とカーボンプライシング
カーボンプライシングに関する経済産業省、環境省の審議会の検討結果が出そろった。
2030年度46%減目標を受けてどう考えるべきか、両審議会委員の見解を紹介する。
<目まぐるしく変化した温暖化目標 導入目的化でなく効果の精査に重点を>
視点A:工藤拓毅(日本エネルギー経済研究所理事)
日本がパリ協定に基づくNDC(国別目標)として、2030年度までに13年度比で26%削減を目指す内容の文書を気候変動枠組み条約事務局に提出したのは15年末であり、50年までに80%の削減を行うという長期戦略は19年6月に提出された。
その後、50年目標達成を目指す革新的環境イノベーション戦略が20年1月に策定され、地球温暖化対策計画の見直しと関連する第六次エネルギー基本計画の策定が始まった。ところが、同年10月の菅義偉首相によるゼロエミッション宣言により長期目標が強化され、21年4月には30年度の目標も46%まで引き上げられた。ゼロエミッション宣言を受け、政府は50年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略を20年12月に策定したが、その後強化された30年度排出削減目標への対応も視野に入れた成長戦略実行計画を21年6月に閣議決定した。このように、日本のGHG(温暖化ガス)目標を巡る政治的・政策的な取り組みは、短期間で目まぐるしく変化した。
そうした動きの中で、20年末策定のグリーン成長戦略では、カーボンプライシング(CP)などの市場メカニズムを「成長に資するものについて躊躇なく取り組む」と明記された。菅首相の指示を受けて、環境省と経済産業省はその取り組みの在り方の検討を開始し、7月末~8月初旬にそれぞれの中間報告が取りまとめられた。それぞれの検討が進む過程で、閣議決定された成長戦略実行計画では、両省におけるそれまでの検討結果を踏まえながら、①わが国における炭素削減価値が取引できる市場(クレジット市場)を活性化する措置を講じる、②まずは、J―クレジットや非化石証書などの炭素削減価値を有するクレジットに係る既存制度を見直し、自主的かつ市場ベースでのCPを促進するとともに、③炭素税や排出量取引については、負担の在り方にも考慮しつつ、プライシングと財源効果両面で投資の促進につながり、成長に資する制度設計ができるかどうかの専門的・技術的な議論を進める―という方向性が示された。今後は①②のクレジット活用促進に向けた具体的な制度設計と並行して、③で示された制度活用の可否に関してより踏み込んだ議論が行われることになる。
実行計画の原則に照らし合わせて 制度設計の検証は客観的に
今後のCPの活用の在り方は、どういった視点で考えるべきであろうか。短期間の間に中長期的な目標の強化が行われた状況では、制度の導入を目的化するのではなく、CPによる効果を精査し判断する姿勢がより一層重要になる。CPの議論は長く行われてきたが、今後は前述の実行計画に記された「成長に資すること」と「目指す目標がカーボンニュートラルであること」を原則として共有し、この原則に適合する制度設計であるか検証されなければならない。
例えば、30年目標達成に向けて高額の炭素税を課すことは、企業の国際競争力や家計への影響が懸念され、成長に資する原則にそぐわない可能性が高い。また、カーボンニュートラル達成原則に則して考えれば、多くの将来シナリオ分析が示すように、カーボンニュートラル達成には、全ての主体がゼロエミッションに到達するのではなく、ネガティブエミッション技術の開発・普及を促進するとともに、企業などのGHG排出主体がそれらの成果を活用してゼロエミッション化を目指す枠組みが必要になる。実行計画では、自主的かつ市場ベースでのCPを促進することを目指すとしているが、こうした取り組みを通じた制度的基盤整備は、将来的なネガティブエミッション技術の成果活用に不可欠であり、有効な取り組みであると考える。
このように考えると、CPを巡る主要な論点の一つは、ネガティブエミッション技術(今後の移行期を考慮すれば、水素やCO2回収・貯留のようなゼロエミッション技術を含む)の開発と普及を促進するCP制度の在り方であるが、技術開発とCPとの相互関係については多様な見方があり、単純に評価することが難しい命題である。実際には、技術開発促進への政府の関与の在り方(開発資金支援、共同開発体制の構築、将来炭素価格の明示化など)が、結果的にCPの活用の是非や制度設計の判断に結び付くと思われ、総合的な政策評価の視点が求められる。
最後に、電力市場をはじめとしてエネルギー関連市場の制度や(参加者を含めた)構造がより複雑化する中で、CP導入による効果や影響の波及経路を詳細に分析することは容易ではない。制度導入を目的化せず、制度検討の原則に則した客観的な検証・評価が、今後の専門的・技術的検討プロセスに求められる要件であろう。
