【論説室の窓】井伊重之/産経新聞論説委員
政府が2050年の温室効果ガス排出の実質ゼロに向けた「グリーン成長戦略」をまとめた。高い目標に挑戦するのは大事だが、エネルギー転換に伴う負担増の説明も必要だ。
菅義偉首相が「2050年に温室ガスの排出の実質ゼロを目指す」と表明した。これを受けて政府が昨年末に策定したグリーン成長戦略では、洋上風力発電や水素、自動車の電動化など14の重点分野に対する数値目標や政府の支援策を盛り込んだ。
政府が高い目標を掲げ、それに対する公的な支援を呼び水に民間企業の積極的な投資を促すのが狙いだ。菅首相はこの成長戦略について「50年実質ゼロの実現は成長の制約ではなく、成長戦略として経済の好循環を生み出す方向に進めたい」と意欲を示した。
日本のエネルギーは今、化石燃料に大きく依存している。太陽光発電を中心に再生可能エネルギーが大きく伸び、19年度には水力を含めて18%の電源比率を達成した。その一方で同じ非化石電源の原子力発電は7%にとどまり、再エネと合わせた非化石電源比率は25%にすぎない。残る75%はLNG(液化天然ガス)や石炭火力を中心とした化石電源が占めている。
この高い化石電源比率を50年までに実質ゼロに低減するのがグリーン成長戦略の役割となる。CO2排出量の約4割を占める電力部門では、50年時点の再エネ比率を参考値ながら50~60%にまで高めると想定。そして30~40%を原発とCO2の回収をセットにした化石燃料とし、残る10%を水素やアンモニア発電とした。
発電コスト低減が不可欠 「市場の力」による政策に
既に世界各国が「50年実質ゼロ」を目指しており、日本もこの目標達成に参加する必要がある。だが、問題は今回の成長戦略には過程が描かれておらず、新たな技術革新(イノベーション)に依存していることだ。50年までの途中段階でどのような姿が想定されるかは誰も分からない。
そして何より多額の投資を費やせば、それだけエネルギーコストが高くなるのは避けられない。コストがきちんと分析できなければ、そのエネルギーが実際にどれだけ普及するかは判断できない。そこではカーボンプライシングも有効だろうが、エネルギーである以上、そのコストによって普及の度合いは大きく異なる。
エネルギーに関するコストは、最終的に国民負担となって跳ね返るが、今回の成長戦略にはそうした負担増は詳しく触れられてはいない。
成長戦略という産業政策なのだから致し方ない面もある。ただ、投資を促してグリーンエネルギーという新たな産業を興す産業政策として目標価を示すのは理解できるが、安定供給を前提に暮らしや産業を支えるためのエネルギー政策としては疑問も残る。
グリーン成長戦略がこれから30年近くにわたる長期戦略である以上、民間の継続的な取り組みが欠かせないが、そのためには「市場の力」を通じたエネルギー政策でなければならない。
固定価格買い取り(FIT)制度で太陽光発電の普及を進めた日本では、既に家庭用電気料金の1割超を賦課金が占めるようになり、電気料金は欧米よりもかなり高い。東日本大震災前の10年度と比べて18年度は家庭用で16%、産業用では20%も値上がりしている。
再エネを主力電源として広く活用していくには、その発電コストを引き下げることが不可欠である。現在のような高コストのままで再エネ比率を50%まで高めれば、電気料金の負担も重くなり、国民生活の負担だけでなく、わが国産業の国際競争力の低下も招くことになる。
電力自由化が進んだ米カリフォルニア州では再エネの電源比率が4割以上に達しているが、それは発電コストが他の電源よりも安いという「市場の力」が機能していることが最大の理由だ。
原発再稼働の遅れ あいまいな政府方針が影響
温室ガスの排出ゼロに向けて水素やアンモニア発電などの技術革新はもちろん重要だが、エネルギー政策としてはまず、再エネを主力電源化するための具体的な方策を検討するべきだろう。グリーン成長戦略では今後の再エネとして、日本ではまだ導入されていない洋上風力を有力な候補として位置付けている。
日本で中心となる浮体式はコスト高が懸念される
だが、洋上風力が普及している欧州では遠浅の海が多く、風車の土台を海底に取り付ける固定式が主力となっている。これに対し、遠浅の海が少ない日本では風車を洋上に浮かべる浮体式が中心になるとみられ、それだけコストも高くなってしまう。洋上風力の普及を図っていくには、太陽光のような割高な価格設定にしないことが肝要だ。
そして再エネを円滑に大量導入するには、大手電力会社が主導するべきだろう。老朽化した石炭やLNG火力を段階的に休廃止する一方、それを代替する形で再エネの導入を進める方が効率的だからだ。大手電力が再エネのための地域子会社を設立するなどの取り組みも進めたい。
温室ガスの排出ゼロを実現するためには、原子力発電の活用も重要である。ただ、今回のグリーン成長戦略でも原発の必要性についてはあいまいなままだ。原発をめぐってはSMR(小型モジュール炉)を30年までに日本で実用化するとしているが、果たして可能なのか。国内では足下で原子力規制委員会が安全性を認めた原発でも再稼働が遅れており、そうした中でSMRの急速な実用化が進むとは思えないからだ。
国内で原発の再稼働が遅れているのは、規制委による安全審査の停滞に加え、地元同意を獲得する難しさや高まる司法リスクなどの問題が挙げられる。
これは、いずれにおいても政府が原発に対する姿勢を明確にしていないことが影響している。今回の成長戦略でも原発については「できる限り依存度を引き下げる」と従来の政府方針を示しながら、一方で積極的な活用を図るとも記している。
こうした政府のあいまいな姿勢が裁判官の独自解釈による原発の運転差し止めなどの司法判断を招いていることを厳しく受け止めてもらいたい。