【石油】ミスターOPEC ヤマニ氏が逝去


【業界スクランブル/石油】

2度の石油危機を主導、「ミスターOPEC」と呼ばれた、サウジアラビアの元石油鉱物資源相アハマド・ザキ・ヤマニが2月23日、英国ロンドンで亡くなった。享年90歳。彼の最大の功績は、国際石油会社が独占する石油利権を産油国に回収し、産油国の自立を推進したことだ。

彼には「石器時代が終わったのは、石がなくなったからではない」という言葉が残っている。一般に、石油時代の終焉は石油の枯渇によるものではなく、技術開発によって、石油が代替されるからであると理解されている。確かに1986年の石油相解任、英国転居後、日本経済新聞を含むマスコミのインタビューでは、そのような説明がなされた。2050年脱炭素社会の実現が現実の課題となった今、示唆に富む箴言である。

ただ、この言葉、ヤマニが使い始めたのは70年代終わり、石油メジャーから奪ったOPECの市場支配を背景に、サウジを除くOPEC各国が恣意的に競って原油価格を引き上げた時代のことだ。彼はOPEC穏健派を代表して、価格強硬派の各国石油相たちへ、「価格が高すぎると、石油は枯渇を迎える前に、市場や顧客(消費者)を失う」という警告を発したのだ。

脱炭素社会を目指す今、化石燃料の代替技術が大きな課題であることは間違いない。同時に、市場や顧客による代替燃料の受容がなければ、脱炭素社会は実現しないことも意味する。エネルギー全体の脱炭素化には、代替技術の開発に加え、数量とコストを含めた消費者の受容が不可欠であろう。

乗用車の電動化を考えても、航続距離や充電インフラ、コストなどの問題解決が、消費者の受容には欠かせない。わが国の寒冷地の灯油暖房の電化も同様であろう。石油のエネルギーとしての利便性を考えれば、その代替は簡単ではない。

市場や顧客が石油を必要とする限り、石油の時代は終わらない。ヤマニはそれを言いたかったのかもしれない。石油の一時代を築いたアラブの偉人の冥福を祈りたい。(H)

福島でメルトダウンは起きたか 圧力容器にとどまる溶融炉心


【福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.2】石川迪夫/原子力デコミッショニング研究会 最高顧問

福島第一原子力発電所事故では炉心が溶融し、メルトダウンを起こしたといわれる。

だが、溶融炉心が圧力容器の底を溶かした事例は、軽水炉では確認されていない。

事故炉の廃炉は、一般の炉の廃炉とどこが違うのか。答えは簡単で、福島事故を伝える報道が常に伝えている。

「炉心が溶融してメルトダウンを起こし、発電所内部は爆発によって破壊された。強い放射能で汚染されている」と。一般庶民の理解はそれでよいのだが、廃炉関係者の答えとしては物足りない。

問題は「炉心が溶融してメルトダウンを起こし」のくだりだ。軽水炉では、溶融炉心が圧力容器の底を溶かしたという事例はまだ確認されていない。むしろ逆に、溶融炉心は圧力容器の中に残っている。溶融炉心がメルトダウンを起こすとは、必ずしも言えないのだ。

溶融炉心は底を突き抜けず 福島2号機も圧力容器内に

だが多くの人は、溶融炉心は高温であるから、流れ落ちて原子炉の底を突き抜け、格納容器の床も溶かして、放射能を周辺に放散すると理解している。これは大間違い、フェイクニュースの風評被害だ。事実を見てみよう。

福島第一の2号機は溶融したが、炉心は圧力容器の中に残っている。米国のTMI事故も同じで、溶融炉心の大部分は元の炉心位置にとどまっていた。以上二つの事例は、炉心溶融がメルトダウンを伴っていない明確な事実だ。

福島第一の1号機、3号機については後日述べるが、溶融貫通はまだ確かめられていない。

メルトダウンという外来語は、辞書を引くと「鋳つぶす」などとあり、コロナでおなじみのロックダウンと同類の強い意味を持つ言葉で分かり難い。

分かりやすいのは、反原発映画『チャイナシンドローム』だ。その粗筋は、炉心溶融事故によりメルトダウンが起きて格納容器の底に穴が開き、放射能が外部に放散されるというものだ。多くの人がメルトダウンを理解する原点がこの映画にある。

題名のチャイナシンドロームは、溶融炉心が地球を溶かし続けて反対側の中国に出るというブラックジョークが出所だ。

運が悪いことに、この映画の封切りの2週間後にTMI事故が起きたことから、映画は全米にセンセーションを巻き起こした。さらに、事故の発端をポンプの振動とした映画のストーリーがピタリと当たり、事故でも大きな振動がポンプに起きたことから、映画は事実として世間に受け止められた。

その影響であろう。原子力技術者の中に炉心溶融は圧力容器を溶かすと信じる人が多くいて、この「信仰」がマスコミを支配し、事故炉の廃炉を複雑にさせている。

読者には、軽水炉の炉心の溶融は必ずしもメルトダウンにつながるものではないという事実を、まずしっかりと頭に刻み込んでほしい。

炉心溶融=メルトダウンという信仰が、原子力技術者の間になぜ広まったのか。憶測だが、燃料の二酸化ウラン(UO2)の融点が2880℃と非常に高温であるところに根があろう。

大変な高温であるから、接触した物体は次々と溶けていき溶融は耐え間なく続くと考え、溶融で消費された熱は溶融炉心の崩壊熱が補ってくれるとの憶測が信仰の論理的根拠だ。

この安易な憶測は、原子力関係者であるが故に生じたものであろう。憶測は、輻射熱についての理解不足によるものだが、それは後日述べる。

チェルノブイリは溶融貫通 燃料棒が原子炉底に堆積

話を混乱させて恐縮だが、チェルノブイリ事故では、鉄筋コンクリート製ではあるものの、原子炉容器の底が溶融貫通しているのでその概要を次に述べる。

チェルノブイリ事故では、炉心火災が起きて炉内のグラファイトは全て燃焼(昇華)した。この火災は、インテルサット衛星からの映像を通じて、世界中の人が見ているから、間違いはない。

グラファイトが火災でなくなれば、空っぽになった原子炉容器に残るのは燃料棒だけだ。長さが7mもある長細い燃料棒は自立できないから、折れたり曲がったりして、最終的には原子炉の底にうずたかく堆積した。

堆積した燃料は、互いに崩壊熱で熱し合って、内部から溶融し始めた。溶融した燃料棒は温度が2880℃もあるから、厚さ約2mある鉄筋コンクリート製の原子炉底を溶かして、1階下のフロアに落下して築山を築いた。

築山の頂部には、次々と溶け落ちてくる溶融燃料とコンクリートの混合物で池ができた。池は3度氾濫したという。

チェルノブイリ事故では原子炉容器の底が溶融貫通した

最初の2回の氾濫は、換気ダクトなどを溶かして、柱を伝わって流下しながら固化している。溶融ウランが混じった固化物、有名な象の足はその名残だ。

3回目の氾濫は溶液の粘度が薄かったらしく、50mも廊下を流れて床上で固化している。

ちなみに氾濫した溶液は、ウランを4~8%含んだコンクリートの多い混合溶液という。溶融燃料はコンクリートで薄まるのだ。

まとめると、溶融燃料は原子炉の底を溶かしコンクリートと混じって築山を作って固化した。池から氾濫した溶融物は、流下する過程で固化して、いずれも建屋の床を溶かしていない。

コンクリートとはいえ、原子炉の底が溶融貫通したのだから、メルトダウンが起きたといえる。だが、このメルトダウンは1度きりで、チャイナシンドロームもどきに格納容器(原子炉建屋)に穴を開けて放射能を放出していない。話が違うのである。

なお、溶融燃料がコンクリートを溶解できたのは、一つに黒鉛火災による原子炉の予熱があり、いま一つに融点2880℃という高温燃料の発する大きな輻射熱が、原子炉底の温度を1000℃程度の高温に加熱していたことが挙げられる。常温のコンクリートであれば、溶融したかどうか、疑わしい。

ここで余談を。旧ソ連は、事故直後にチャイナシンドロームの防止を真剣に考えたらしい。原子炉の下にメルトダウンの防止壁を作るために、炉心直下へ直行するトンネルの掘削を始めたことが記録されている。掘削作業が不必要と気付いて中止したのは後日のこと。相当掘り進めた後という。

この作業は映画チャイナシンドロームの妄想が作らせた、旧ソ連にとっては泣き面に蜂の無駄働きだ。現代の迷信であるメルトダウン信仰が作る妄想は、事故時の緊急作業まで狂わせた。ご注意を。

いしかわ・みちお 東京大学工学部卒。1957年日本原子力研究所入所。
北海道大学教授、日本原子力技術協会(当時)理事長・最高顧問などを歴任。

・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.1 https://energy-forum.co.jp/online-content/4693/

【火力】70年前の電力再編 最優先は企業理念


【業界スクランブル/火力】

今から70年前、1951年5月1日に全国に九つの電力会社が誕生した。戦時中に日本発送電と配電管理令に基づく9配電会社により国家統制されていた電気事業の仕組みが、民営、発送配一貫経営、地域独占という形に再編されたのである。

昨今の電力システム改革の流れの中で、旧来の仕組みについて地域独占と総括原価方式という事業者に都合の良い面ばかりが強調されているが、世の中そんなに甘いはずもない。こうした優遇措置とセットになっていたのが供給義務と認可制による料金規制だ。

戦後の電気事業再編の議論に当たり、9電力体制を強く推したのは「電力の鬼」と呼ばれた松永安左エ門翁である。松永翁は、戦時中から電力の国家統制に反対しており、「電気事業の自立なくして日本復興はあり得ない」として、分割民営化して民の活力により地域間の競争を促す一方、過当競争の弊害を排し、さらに公益事業としての責任を全うするという難題に同時に応えるための仕組みを作り上げたのである。

この頃は、終戦後の復興に伴う経済活動の拡大で電力不足が大きな社会問題だった。松永翁の執念で実現した電気事業再編と料金の適正化(大幅値上げ)により経営基盤が確立した九つの電力会社は、互いに競い合いながら海外の新技術を採り入れた電源開発を積極的に行い、火主水従の電源構成へと構造転換を図った。これによりその後の四半世紀で10倍にも増大した電力需要に懸命に応え高度経済成長を支えていくことになる。供給責任を果たせなければ事業許可を取り消される電力会社にとって、供給義務を果たすことこそが最優先の企業理念として染みついていたのである。

あれから70年、電力を取り巻く状況は経済成長の鈍化やエネルギー源の多様化で様変わりしている。しかし2050年に向けた脱炭素への取り組みは、戦後の荒廃から復興を目指した70年前とある意味似ている。これからのエネルギー政策を議論するに当たり、松永翁が示した長期的ビジョンと公益事業への強い覚悟から多くの示唆が得られるのではないか。 (S)

【原子力】新型炉へリプレース 自民党に新たな議連


【業界スクランブル/原子力】

今年は3年に1回のエネルギー基本計画が改定される節目の年に当たる。経済産業省が現在検討を重ねており、5月の連休明けにも原案が取りまとめられる可能性がある。そのために自民党の国会議員170余人で組織する電力安定供給議員連盟は4月中に会合を4回開いて、中身のある基本計画にするために議論を深め、議連として提言書をまとめ、国に発信する。

テーマは、原発再稼働をはじめ、原子力技術力維持に欠かせない新増設、稼働年数の延長、立地対策、廃棄物対策、最終処分など多岐にわたる。そのため資源エネルギー庁も国会議員も、手を持て余し気味で、梶山弘志経済産業相は「原発新増設を議論するのは10年早い。今は原発再稼働に全力を傾けるべきだ」と言っており、原発のあれこれ全てに手が回らない実状を象徴するともいえる。

そうした問題意識を踏まえて、4月12日にエネルギーの安定供給とカーボンニュートラルの両立を目指すために原発リプレース推進に特化した、最新型原子力リプレース推進議連が発足した。会長は稲田朋美代議士、事務局長は滝波宏文参院議員。やる気も実力も余りある顔ぶれだ。福島事故以来、わが国では「可能な限り原発依存度を減らす」方針を是とした上で、新たな原発の建設を行わず、原子力技術・人材は衰退の危機にひんしている。1979年のTMI事故後、40年近くも1基の新規着工も行わなかった結果、米国の原子力産業は新設技術を失った。それと同じ状態にわが国が陥ることは容易に想像できる。原発立地地域にとっても、原発を衰退する技術としてただ何十年も向き合えと言われても、地元の誇りは到底維持できない。

そこで、新しい議連が目指すものは、安全性も高い、最新の技術を搭載した新型炉による原発のリプレース(新増設+廃炉)を進めることであり、立地地域にとっては安全性・安心感のアップグレードにつながるものである。議連は前例にとらわれずに、わが国の国力・技術力の維持・向上につなげ、低炭素社会の実現に大きな役割を果たしていくことを期待したい。(S)

薄れる石油火力の存在意義 維持・管理に向け必要な政策は


【多事争論】話題:石油火力発電所の維持

高いコストと環境負荷で閉鎖が相次ぐ石油火力だが、予備電源としての重要性はより増している。

脱炭素化の中で政策的に宙に浮くサプライチェーン維持に何が必要か、学識者が語った。

<石油火力のサプライチェーン 抱える三重苦とその克服策>

視点A:橘川武郎 国際大学大学院国際経営学研究科教授

今年1月に電力需給がひっ迫した際に、またもや、非常時用電源の「最後のとりで」としての石油火力発電の活躍に光が当たった。Jパワーが、設備故障で停止中だった松島石炭火力発電所(長崎県西海市)を重油を燃料にする「石油火力」として緊急稼働させ急場をしのぐ一助にしたことは、それを象徴する出来事であった。近年、自然災害の激甚化などに伴い、最後のとりでとしての石油火力の出番は増えている。しかし、ここに大きな問題がある。石油火力のサプライチェーンを維持することは、大きな困難が伴うのである。

まず、石油火力の発電コストは高い。現行の電源ミックスを決めるに当たって、発電コスト検証ワーキンググループが2015年に試算した結果によれば、政策経費込みの1kW時当たり発電コストは、原子力が10・1円以上、一般水力が11円、石炭火力が12・3円、LNG火力が13・7円、風力(陸上)が21・6円、大規模太陽光が24・2円。これに対し、石油火力は30・6~43・4円に達した。小売り全面自由化もあって厳しい市場競争にさらされている電力業界にとっては、石油火力を維持することは経営に打撃を与えかねないのである。

石油火力で使う主要な燃料はC重油であるが、その需要は急減している。これが第2の問題である。昨年7月16日付日本経済新聞の記事「C重油需要、5年で6割減 石油火力の停止響く」によれば、20年1~5月期のC重油の国内販売量は約263万㎘で、5年前の同時期より約6割減少した。

同じ時期にガソリン需要も約2割、軽油需要も約1割減ったが、減少率はC重油が図抜けて大きかった。これに伴い発電用C重油価格も低落傾向をたどっており、石油業界は製油所の操業において、販路確保が難しく利幅が少ないC重油の産出高を可能な限り抑制するよう努めている。さらに09年に施行されたエネルギー供給構造高度化法によって重質油分解の促進が義務付けられたことは、石油業界がC重油を「やっかいもの」扱いする傾向を加速させた。

三つ目の問題は、製油所から発電所へC重油を運ぶ内航船の減少だ。通常時に「白物」と呼ばれる軽質油を運搬している内航船を非常時に「黒物」と呼ばれる重油の輸送に充てると洗浄が困難なため、再び白物運搬に復帰させることは不可能に近いといわれている。内航船業界が船舶を需要が多い白物用に回し、黒物用に使うことを忌避するのは経済的に見て当然の行為だといえる。

ここまで述べてきたように、石油火力のサプライチェーンには、①発電コストの高さによる電力業界の石油火力離れ、②需要減や価格低下による石油業界のC重油離れ、③需要減と扱いにくさによる内航船業界の「黒物」輸送離れ―という三重苦が存在する。この三重苦を克服することは容易ではない。

先送りされたままの具体策 カーボンニュートラルでさらに逆風

電力広域的運営推進機関は、16年10月31日の「調整力及び需給バランス評価等に関する委員会」の会合で、石油火力のサプライチェーンについて掘り下げた検討を行った。その際事務局が配布した「大規模自然災害対応としての石油火力維持の必要性について」と題する文書は、「まとめ」の中で「広域機関において、今回の内容にあるような稀頻度リスク対応のための供給力について、その量や性質のあり方などを引き続き検討するとともに、本課題の重要性に鑑み、国においてもその必要性について検討が行われることが望ましいのではないか」「足下では、石油火力が有効であることも念頭に置きつつ、災害対応用電源の確保の必要性を検討する必要があるのではないか」、と書いている。

ここでは、石油火力のサプライチェーン維持の重要性は指摘されたものの、具体策の導入については将来の課題として先送りされたのである。

残念ながら、現在でもこの先送りは続いている。例えば経済産業省は、確保すべき石油備蓄の規模を算定するため、毎年、向こう5年間の石油製品需要見通しを策定しているが、そこでは「電力用C重油の需要見通しについては、一部電源の供給が見通せないことから策定せず」という方針が取られている。

石油火力のサプライチェーンが抱える三重苦は、最近になってカーボンニュートラルへの動きが強まる中で一層厳しさを増している。石油火力を含む火力発電所や石油製品を生産する製油所に対して、逆風が吹き始めているからである。三重苦を市場メカニズムで解消することは困難であろう。政府が前面に立ち、三重苦の克服策を打ち出す時が来たと考える。

きっかわ・たけお 1975年東京大学経済学部卒、東大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。一橋大学商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て20年4月から現職。

脱炭素社会でも欠かせない火力発電 「水素・アンモニア」の役割高まる


【羅針盤】戸田直樹/東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所 チーフエコノミスト

カーボンニュートラル実行戦略〈第1回〉

脱炭素社会を実現するには需要側の電化と、非化石燃料による発電側の脱炭素化が欠かせない。

『カーボンニュートラル実行戦略』(エネルギーフォーラム社刊)に基づき、この欄で詳論を述べていく。

今般、『カーボンニュートラル実行戦略:電化と水素、アンモニア』を住友化学主幹(発刊当時)の塩沢文朗氏、同僚の矢田部隆志氏との共著でエネルギーフォーラム社より刊行した。本書の構想は2020年夏、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」でサブPD(プログラムディレクター)を務めた塩沢氏から脱炭素化に大きな役割を担う電化と水素エネルギーの全体像を、その研究成果とともに書籍化してはとの相談を受けたところから始まる。

筆者としても国際環境経済研究所のウェブにおける塩沢氏の記事を通じて、とりわけ燃料アンモニアが有望という認識はかねてから持っており、その成果を書籍化することは大賛成であった。

加えて、筆者が17年に上梓した『エネルギー産業の2050年 Utility 3.0へのゲームチェンジ』(日本経済新聞出版刊)で打ち出した「発電の脱炭素化×需要の電化=脱炭素化」を浸透させるべく、エネルギー需要の電化についての詳しい解説も盛り込んで、この夏にも改定が行われるであろう第6次エネルギー基本計画を意識した内容とした。

おりしも、本書執筆中の昨年10月、菅義偉首相が臨時国会冒頭の所信表明で50年カーボンニュートラルを宣言。これを受けて公表された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、「発電の脱炭素化×需要の電化・水素化=脱炭素社会」が基本コンセプトとして打ち出されており、結果的に良いタイミングで刊行できたと思っている。以下、筆者が担当した第1章および第4章の簡単な紹介を記す。

脱炭素化で何が起きるか 電気は一次エネルギー化へ

第1章では、エネルギーシステムを脱炭素化することで何が起こるかを展望している。一つにはエネルギー需要の電化である。電気は供給サイドのCO2フリー技術が商業化しているが、全てをCO2フリー電源としなくても、現在30%以下にとどまっている需要の電化を進めれば、現在商業化している電気利用技術を前提としても、エネルギー起源のCO2排出量を70%程度削減することが可能である。80%を超えて脱炭素化まで目指すのであれば、需要の電化に加えて、需給調整力としての役割が残る火力発電燃料や需要サイドで電化が難しい分野で利用する燃料の脱炭素化まで踏み込んだ対応が必要になる。

脱炭素化した燃料として有力なのは本書で詳説している水素およびアンモニアをはじめとする水素キャリアである。そして、その水素は、最終的にはCO2フリーの電気を活用して作られるグリーン水素に帰結する。つまり、最終需要端で活用されているエネルギーの大本は電気という世界になる。

【LPガス】強靱性は太鼓判も 縮減進むLPG車


【業界スクランブル/LPガス】

コロナ禍の影響に伴い、2020年度のLPガス需要実績見込みが前年度比9.5%減の1252万tまで落ち込むことが分かった。今後の備蓄目標の基礎データとするため、総合資源エネルギー調査会石油市場動向調査ワーキンググループ(WG)が向こう5年間の需要見通しを推計したものだ。部門別に20年度実績見込みを見ると、自動車用が41%減と大幅に減少したほか、工業用8.5%減、都市ガス増熱用5.9%減、化学原料用14.6%減。緊急事態宣言などでテレワークや巣ごもり需要があったとはいえ、飲食業の休業などの影響もあり家庭業務用も4.3%減と総じて減少する。

特にLPG車用は18年度実績86万9000tから20年度45万6000tと減少幅は大きい。これは観光や宴会の自粛などが要因と思われるが、肝心のLPG車登録台数の推移を見ると、05年度約29万台から19年度は約19万台まで減少。車の減少に併せてLPGスタンドの廃業も続き、1800カ所から1396カ所まで減少。SS(サービスステーション)過疎地ではないが、LPガス車が使えない地域も出てきているようだ。

一方、トヨタが17年に市場投入したLPGハイブリッド車の「JPNタクシー」は、既存タクシーとの乗り替わりなどにより2月末現在で2万4092台導入されている。その燃費性能からLPガス需要の減少傾向は続くものと思われる。50年カーボンニュートラルを背景に、国は「35年乗用車新車100%電動化を実現し、EV(電気自動車)導入を強力に進める」方針を示しており、LPG車業界にも大きな影響を与えそうだ。

10年前の東日本大震災で、LPG車は燃料の供給が相対的に安定していたことから、タクシーや配送車などにも支障なく供給を継続し活躍した。特定の輸送用燃料だけに依存することは、災害時のセキュリティーにとって大きな不安定要因となることは学んだはずだ。これは家庭用などのエネルギーもしかり。岐路に立たされているLPG車だが、その環境性能、災害強靭性を踏まえ、引き続き重要な車両として将来ビジョンを明確にしていくことが重要だ。 (F)

【都市ガス】脱炭素化の一手 5年後に大差


【業界スクランブル/都市ガス】

脱炭素化時代を迎え、電力業界はアンモニア専焼や小型原子炉など、目指すべき方向が見え始めている。それに比べて、都市ガス業界は目指すべき方向性がまだ見えていない状況と言っていいだろう。もちろん、資源エネルギー庁主催の「2050年に向けたガス事業の在り方研究会」でも議論はされているが、解決策の主軸となるメタネーション(合成メタン)や水素などは技術的なブレークスルーが必須である。したがって、業界を超えた産官学の協力体制を築いて検討していかなければ、実現は難しい。しかも、時間がかかるであろうし、実現の保証もない。

個々の都市ガス事業者にとって、「先が見えていない状況下で、何をやるべきなのか」が、今課せられた大きな課題となっている。不確実性の高い状況ではあるものの、世界的に脱炭素の流れが止まることがない以上、電化の蓋然性は高いというトレンドの見極めが重要になってくる。そして、そこには企業規模や地域特性による違いはないのだ。

2050年を見据えると、ガス事業に安住し電力を静観しているだけではいられない。どうしたら電力事業を展開できるのか、発電所を持つことが難しければ、必要な電力を市場などから調達することも検討する。取り扱っているLNGもコモディティー化している。デリバティブ取引なども勉強しながら、市場の不安定さをヘッジする策を習得する必要もある。

都市ガス業界は上流から下流までを一気通貫と考え、そこに強みがあると考えがちだ。上流と下流を別々のものとして捉え、ガス事業者の得意とする下流分野で需要家目線から戦略を構築する方向性を検討する必要がある。今後、脱炭素化の手段である再生可能エネルギーの導入は最大限に行われることになる。FIP(市場連動価格買い取り制度)導入後を見越して、いかにクリーンパワーをアグリゲートして商品化していくかも検討していくべきだろう。これからやるべきことはごまんとある。次の一手で5年後、10年後に業界内に大きな差が生ずることになる。(C)

【新電力】脱炭素への取り組み 実態に即した評価を


【業界スクランブル/新電力】

菅義偉首相所信表明演説における2050年温室効果ガス実質排出量ゼロ目標に向け、金融機関や海外に展開しているメーカーを中心に、再生可能エネルギーの投資が過熱している。セカンダリと呼ばれる建設済みFIT(固定価格買い取り制度)再エネ発電所の売却マーケットでは、IRR法(内部収益率法)では説明がつかないほどの高値で売買が行われ、一部関係者からは「金融緩和と、投資環境の悪化に伴い投資先が限定的であることに起因した再エネバブル」との声が聞かれる。電力業界では、一部旧一般電気事業者や石油会社、通信会社がセカンダリマーケットに参加しているようだが、さすがに昨今の取引価格では手が出ないようだ。

ここで懸念されるのは、初期FITにおける高値買い取り価格案件ばかりが収益を生む状況となって、発電投資に結び付いていないのではないか、との疑問である。新電力においても再エネ電力をブロックチェーンでトラッキングし、P2Pなどで需要家に直接販売する取り組みが注目を浴びたが、このような取り組みも建設済みのFIT発電事業者に追加収益をもたらすものであり、必ずしも再投資に結び付かない恐れがある。

先行者利益が大きいのは世の常であるものの、50年実質排出量ゼロといった脱炭素目標が存在し、再エネ適地が減少し、建設費コストの圧縮が困難になりつつある中、再エネの新設投資に結び付かない取り組みをもてはやすのはいかがなものであろうか。実質排出量ゼロ目標に向け、「ESG投資」「脱炭素」「再エネ価値」といった言葉ばかりが先行し、必ずしも目標に結び付かない取り組み、「手段」と「目的」をはき違えた取り組みが横行しているのではないだろうか。

新電力には、機動力と発想力で再エネ導入拡大に資するような新たな取り組みを期待したい。また、政策当局、特に環境省には、そのような取り組みを支援し、他方で再エネ新設投資に結び付かない取り組みに対する線引きを強く期待したい。実質排出量ゼロ目標に資する取り組みなのか、各種取り組みの評価が必要になろう。(M)

【電力】自然エネ財団が提示 再エネ100%の世界


【業界スクランブル/電力】

3月に自然エネルギー財団が公表した報告書「日本の気候中立への自然エネルギーによる経路 2050年までにエネルギーシステムにおける排出ゼロの達成を目指す」を興味深く読んだ。フィンランドのラッペンランタ工科大学などとの共同研究であり、慣性力の扱いなど課題もあるものの、きちんと需給シミュレーションがされていると理解した。

2050年断面の自然変動電源の導入量は、産業用の高温熱需要の脱炭素化などに必要なグリーン水素を半分輸入に依存するメインシナリオでも、太陽光5億kW以上、風力は陸上と洋上合わせて1.5億kWと膨大だ。それでも1kW時当たりの発電コストが太陽光、陸上風力は5円以下で石炭火力の燃料費並み以下、洋上風力も7円以下という前提なので、北海道・本州間に1700万kWの直流ケーブルを新設しても、電力供給コストは現状よりも安くなる。原子力は20円以上で、モデルを回しても選択されない。

調整力は、水素製造のために設置される7000万kWの水電解装置が、恒常的に余剰となる再エネ発電に合わせて稼働するので、膨大な蓄電池が必要となるわけではないようだ。水電解装置の稼働率は報告書に記載はなかったが、挿入図から想像するに、冬場は相当の高稼働となっていそうだ。

このほか興味深かったこと。数字の記載はないが、挿入図から見るに、50年断面の電気事業は固定費の塊だ。可変費はせいぜい1割に見える。現在のような短期限界費用で価格が形成されるkW時市場では、大半の時間で価格はゼロに張り付いてしまい、費用回収はおぼつかないだろう。

財団が目指すカーボンニュートラルの世界では、市場はkW時中心からkW中心に移行していくのが、少なくとも自然だろう。財団関係者が4人中2人を占める内閣府の再エネタスクフォースが容量市場に反対し、エネルギーオンリーマーケットを対案に掲げているのは、筆者には奇妙に思える。目指す世界にあるべき市場とはどんなものか、聞いてみたいと思った。(T)

英プレミアリーグで繰り広げられるもう一つの戦い


【ワールドワイド/コラム】

サッカーの母国としても知られるイングランド(イギリス)のプロサッカーリーグ・プレミアリーグ。2020-22シーズンが佳境に入る中、各クラブはサッカーだけではなく「気候変動対策にどれだけ力を入れているのか」も順位付けされている。

英BBCは1月25日、「プレミアリーグのクラブはどれだけ環境に優しい?」と題したニュースを報道。これはBBCと国連が支援するSports Positive Summitが共同で、プレミアリーグに所属する20クラブが「再生可能エネルギー」「エネルギー効率」「廃棄物管理」「使い捨てプラスチックの削減」など8項目と「クラブがファンに対して環境に配慮した生活に変容するよう行動しているか」などを調査し、採点するというもの。

20年の順位はトッテナムが21ポイントで優勝。アーセナル、マンチェスターU、ブライトンが20ポイントで同率2位、マンチェスターCが19ポイントで3位という結果に終わった。

気候変動対策に向けては、スポーツにかかる期待は大きい。国連はパリ協定の目標達成に向け「スポーツを通じた気候行動枠組み」を18年に立ち上げている。同枠組みにサッカー界からは国際サッカー連盟(FIFA)を筆頭に、英トッテナム、ドイツのヴォルフスブルク、フランスのPSGといった名だたるクラブが参加。Jリーグのヴァンフォーレ甲府や福島ユナイテッドなども加わっている。

こうした脱炭素社会に向けた取り組みが進められる一方、欧州の環境団体からは「かつてのタバコ広告のように、化石燃料産業の広告をスポーツ界から排除すべきだ」と、さらなるアクションを促す声もある。世界で巻き起こる脱炭素シフトは、スポーツ産業の在り方を一変させるかもしれない。

【マーケット情報/5月14日】欧米原油上昇、供給不安が支え


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、北海原油の指標となるブレント先物と、米国原油を代表するWTI先物が前週から上昇。供給不安が価格に上方圧力を加えた。

サイバー攻撃を受けて操業停止した米国Colonial Pipelineの石油パイプラインは、13日に復旧。ただ、同社のパイプラインが走っている東南部ではパニック買いが発生し、ガソリンや軽油などの供給が逼迫した。他方、中東では、イスラエルがガザ地区を空爆し、情勢が緊迫化。中東産原油の供給不安が台頭し、欧米原油の強材料となった。

一方、中東原油を代表するドバイ現物の価格は下落。燃料需要が一段と後退するとの見込みが、供給不安を上回った。中東の治安悪化を受け、欧州諸国の航空会社はイスラエルへの国際便を一時停止。また、アジアでは引き続き、新型コロナウイルスの感染者数が増加しており、シンガポールやマレーシアなど複数の国が移動と経済活動の規制を強化。UAEとクウェイトは、バングラデシュやパキスタンなどの南アジア諸国からの入国を停止した。

【5月14日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=65.37ドル(前週比0.47ドル高)、ブレント先物(ICE)=68.71ドル(前週比0.43ドル高)、オマーン先物(DME)=65.39ドル(前週比0.64ドル安)、ドバイ現物(Argus)=64.90ドル(前週比0.92ドル安)

信頼と実績の通信技術を活用 遠隔検針でEV社会の課題を解決


【NTTテレコン】

今年1月、菅義偉首相は2035年までに新車の乗用車を全て電動車(EV・PHV・FCV)にすると表明した。

EVがなかなか普及しない理由の一つに、充電への不安がある。そのため、普及には充電スタンドの整備が欠かせない。現在は、販社ディーラーや高速道路のパーキングエリア、自治体などが充電できる環境を提供しているが、本格的なEVの普及に呼応して、充電スタンドの整備も急務となる。

社用車や社用バイクをEV化する際、課題となるのは充電の電力使用料金の支払い方だ。ビルや建物のオーナーに、充電スタンドの運営会社が利用料金を支払う場合、その検針作業が必要になる。

そこで活用できるのが、NTTテレコンの無線端末「グッとびくん」だ。充電スタンドの使用電力量を計測する電力量計から出力するパルスを、パルス電文変換器を通じ、グッとびくんでNTTテレコンの集中監視センターに送信する。運営会社はインターネット経由で検針データを確認し、数値に基づき電気料金を支払う。通常は売電側であるビルや建物のオーナーが検針を行うが、このモデルでは充電スタンドを設置した運営会社も検針値を確認できるため、電力料金支払いへの信用度が高まる。

EV充電器の電力使用量遠隔自動検針の流れ

グッとびくんと集中監視センター間の通信には、全国最多の基地局を持ち、電波の安定性にも信頼が高いNTTドコモのLPWAを利用する。グッとびくんは、メーターに直結して利用するタイプのほか、複数のメーターに子機を接続し、1台の親機に最大256台の子機を集約する「集約タイプ」もある。子機の中継機能や最大4段のマルチホップ機能を利用すれば1㎞以上の接続も可能だ。1親機配下のエリア内で充電サービスの提供数が増えるほど、トータルコストの削減につながる。

ガス事業のノウハウを生かす EVの普及に大きく貢献

NTTテレコンは、LPガスの集中監視市場で業界一のシェアを誇る。NTTグループである強みを生かし、1988年から電話回線を使った遠隔検針・保安を開始。現在はLPWAを使って検針業務の効率化・省力化や保安の高度化に貢献している。

検針データを管理する集中監視センターは110万件を超えるデータを守る。LPガス使用時のトラブルに対処する保安センターはライフライン監視という重要な役割の中で培ったノウハウで24時間365日稼働し、盤石の体制だ。

原田充新規ビジネス開発部長は「安定した遠隔検針とデータセンターの信頼性で、30年以上の支持を得てきました。培った技術がEV普及の一助になれたらと思います」と事業への意気込みを語る。

NTTテレコンは、LPガス業界での実績と信頼を、EV社会の課題解決に生かしていく。

中国「脱炭素化」計画の矛盾 波紋呼ぶ石炭火力維持路線


【ワールドワイド/環境】

中国の習近平国家主席は、昨年9月の国連総会において「中国は2060年までにカーボンニュートラルを目指す」と表明して環境関係者の賞賛を受けた。他方、コロナ禍からいち早く経済回復を達成し、20年上半期に全世界で計画された新設石炭火力発電容量の90%を占める51.2GWを計画し、11.4GWを完工している。

要するに60年カーボンニュートラルという長期目標と足元の行動が整合していない。このため、環境団体は本年3月の全国人民代表大会においてカーボンニュートラル目標と整合的な方針、すなわち30年ピークアウトの前倒し、石炭火力フェードアウトの方向性などが出ることを強く期待していた。

しかし彼らの期待は裏切られたと言っていい。3月5日から開催された全人代で発表された第14次5カ年計画(21~25年)では温室効果ガス排出の30年ピークアウトを目指し、期間中にエネルギー原単位を13.5%、炭素原単位を18%削減するとの目標が盛り込まれたが、これまでの5カ年計画にあったエネルギー消費量の数値目標は設定されていない。30年ピークアウトの前倒しや石炭火力建設利用制限についての方針は書き込まれておらず、むしろ「石炭のクリーンで効率的な利用促進を続ける」とされている。このためグリーンピースなどの環境団体は「内容が不十分であり、60年カーボンニュートラルを実現させるものではない」と批判している。

4月22~23日の米国バイデン大統領が主催する気候サミット、G20、さらにはCOP26に向けて中国は60年カーボンニュートラルに整合的な行動強化を求められることになるだろう。しかし中国はそんなことは先刻承知のはずであり、今回打ち出された方針はさらなる深掘りを見越してあえて保守的なものを出したと考えられる。

ウイグル人権弾圧を巡る制裁など、欧米諸国の中国を見る目は厳しさを増している。こうした中で気候変動は中国が欧米との協力をプレーアップできる数少ない分野であり、気候変動分野での対応深掘りの代償として欧米の圧力を緩和したいところだ。米国のケリー気候変動特使は温暖化分野での協力とそのほかのイシュー(人権、安全保障、知的財産権、貿易など)を交渉材料にするつもりはないとしているが、中国はこれらの相互関係を明言している。神経戦は始まったばかりである。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院教授)

韓国が電力需給新計画を発表 脱炭素化へ再エネシフト加速


【ワールドワイド/経営】

昨年12月末、韓国政府は当初の予定から大幅に遅れて「第9次電力需給基本計画(2020~34年)」(新計画)を発表した。同国では電気事業法に基づき2年ごとに中長期計画を策定している。本稿では発表に至る経緯とその概要を紹介する。

韓国の新型コロナ感染者数は欧米と比較して少ないものの、断続的拡大に見舞われた。経済活動の制約が続き、同国の20年の電力需要は前年比2.2%減となった。感染拡大防止と経済復興を優先させたため、年初に予定されていた新計画の発表は先送りとなり、その過程では各国の脱炭素化を巡る動向を観察していたとみられる。

中長期的政策方針の皮切りとなったのが、20年7月に発表された「韓国版ニューディール」である。これは経済の構造転換を目指した総合的対策であるが、経済の低炭素化を眼目とした「グリーン・ニューディール」が、デジタル化、雇用確保とともに3本柱の一つとされた。この中では25年断面の太陽光・風力の電源目標が4270万kWとされ、「第8次計画(17~31年)」から実に51%も上方修正された。さらに、文在寅大統領は10月に国会で「2050年カーボンニュートラル」を宣言。それを受けて政府は12月初めに再エネ、EV、水素などを含む「カーボンニュートラル推進戦略」を決定したほか、パリ協定に基づく「国家温室効果ガス削減目標」の改訂作業を行った。

これら一連の流れに沿って発表された新計画では、最終年次(34年)における発電設備容量の目標が1億9301万kWに設定された。構成は、再エネ40.3%、LNG火力30.6%、原子力10.1%、石炭火力15.0%、その他4.0%となっている。特に再エネは、34年の設備容量7776万kW(20年比3.7倍)と野心的目標が掲げられた。水素利用重視の観点から、燃料電池発電も20年比で5.5倍の320万kWまで引き上げられ、新エネルギーの拡大も積極的に進める方針が示されている。

一方、原子力と石炭火力については段階的に縮小される。石炭火力は、第8次計画から20基が追加され計30基が廃止(うち24基はLNG転換)されることとなった。

このように再エネ重視に傾斜した政府の方針に対して、現地では需要家負担増加への危惧、目標の実現可能性への疑問、原子力縮小と脱炭素化の矛盾を突く論調も出ている。今後、同国の電気事業者がどのように気候変動対応と電力の安定供給を実現していくのか注目していきたい。

(工藤歩惟/海外電力調査会調査第一部)