【気候危機の真相 Vol.09】有馬 純/東京大学公共政策大学院教授
「50年ネットゼロ」を宣言する国際的な「大風呂敷大会」に、日本もいよいよ参加を決めた。他国よりCO2削減で不利な状況にあることを直視し、経済合理的な選択を行うほかない。
10月26日、菅義偉首相は所信表明演説において2050年カーボンニュートラルを表明した。グレタ・トゥーンベリやグテーレス国連事務総長が各国の目標引き上げとネットゼロエミッション表明を促す中で、EU(欧州連合)は既に50年カーボンニュートラルを表明し、30年目標を40%減から55%減に引き上げている。9月の国連総会では習近平国家主席が60年ネットゼロ表明を行った。米大統領選で優勢とされるバイデン候補も50年ネットゼロ目標を公約に掲げている。
9月時点でネットゼロ目標を表明した国は120カ国以上に上った。金融セクターは長期脱炭素化への取り組みを企業の評価基準に取り込みつつあり、50年ネットゼロを掲げる企業も出てきている。自治体レベルでも東京都、京都市、横浜市などの23都道府県、91市、2特別区、41町、10村が50年CO2排出実質ゼロを表明している。
いわば国内外問わず、50年ネットゼロ表明の大風呂敷大会が行われるようなものだ。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」という阿波踊りの一節を想起させる。「バスに乗り遅れてはならない」「目標は高く掲げた方がいい」「政府が確固たる方向を示すことが民間企業にとっても望ましい」という議論もあるだろう。そうした中で菅首相が「50年カーボンニュートラル」を掲げたくなる気持ちは理解できなくはない。
削減コストは加速度的に上昇 二元論からも抜け出せず
しかし市町村や企業と異なり、国全体を預かる日本政府の表明は各段に重みが違う。例えば企業が調達電力をゼロエミ化するのと、国全体の電力供給をゼロエミ化するのでは全く意味が違う。日本は50年80%減を目指すという長期戦略を昨年6月に策定したばかりである。それからわずか1年数カ月で20ポイントも目標を上乗せできる客観的条件が整ったとは、とても思えない。
筆者が主催する研究会で日本エネルギー経済研究所と協力して再エネ、水素、CCS(CO2回収・貯留)、原子力などの脱炭素技術を総動員して、50年80%減目標を最小費用で達成するモデル分析を行ったが、全ての技術をバランスよく導入する基準ケースにおいても限界削減費用は50年時点でt―CO2当たり6万円に達するとの結果であった。
これを90%まで引き上げると限界削減費用は一気に20万円近くに上昇し、モデルで解が出せる95・3%になると同60万円に達した。もちろんモデル分析の結果はさまざまな前提条件に左右される。しかし80%を100%に引き上げれば削減コストが増大することだけは間違いない。

出所:東京大学公共政策大学院/日本エネルギー経済研究所
50年目標はさまざまな不確実性を伴うゴールであり、具体的なエネルギーミックスに裏打ちされた30年目標(ターゲット)とは性格が異なる。第5次エネルギー基本計画において野心的な50年目標に向けた道筋を「複線シナリオ」と位置付け、さまざまな脱炭素技術を追求するとしたのは、それが理由だ。従って現在と50年目標を直線で結び、その経過点として30年目標を決定するという考え方は不適切である。にもかかわらず、50年目標を100%に引き上げたことにより、早速30年目標を現状の26%減から45%減程度に上乗せせよ、という議論が生じている。
しかし足元のCO2削減においても欧州、米国、中国と比較して日本は不利な条件がある。送電線で相互に接続された欧州地域では変動性再エネを域内全体で吸収しやすい状況にあり、原子力大国フランス、スウェーデンなどもいる。米国は安価な国産シェールガスを使ったガス火力が経済論理に従って石炭火力を代替しており、脱炭素化を掲げるバイデン候補は原子力、CCS、再エネなど、全てのオプションを追求するとしている。中国は政府主導で再エネ、電気自動車に大量投資を行っているが、大規模非化石電源としての原発もどんどん新設を進める構えだ。


