【多事争論】話題:G7サミットの評価
燃料調達を巡る世界的混乱が落ち着きを見せる中で開催されたG7広島サミット。
さまざまに報じられたエネルギー・環境分野のコミットを専門家はどう評したのか。
〈 合意文書に日本の努力の跡 エネルギー問題は現実的な着地点に 〉
視点A:有馬純/東京大学公共政策大学院特任教授
今回のG7サミット(主要7カ国首脳会議)共同声明を読むと、エネルギー分野については、産業革命前からの温度上昇を1・5℃未満、2050年カーボンニュートラル(CN)という非現実的な目標のくびきの下で可能な限り現実的なメッセージを出すべく、議長国日本が非常に頑張ったことが分かる。欧州諸国は30年までに排出削減対策を講じていない石炭火力の段階的廃止や、35年までに電力部門の完全な脱炭素化を強く主張していたが、石炭火力の廃止年限は設けられず、電力部門については「完全もしくは大宗の脱炭素化」との表現で決着した。安価で安定的なエネルギー供給は不可欠であり、天然ガス価格の動向や原発再稼働の進捗が不透明な中で、エネルギー安全保障リスクの相対的に低い石炭火力を放棄する合理的理由はない。また石炭火力もアンモニアとの混焼などによりカーボンフットプリントを下げることができる。
天然ガス投資の重要性が盛り込まれたことは特筆に値する。昨年来、日本はガスの需給ひっ迫が途上国に経済的苦境をもたらしているなどの理由で、ガス部門全体の投資の重要性を指摘してきた。欧州諸国は自らの天然ガス調達のためにLNG受け入れターミナルを建設しながら、ガス全体の投資の重要性について否定的であったが、これを抑え込んだ形だ。新聞は「石炭のみならず天然ガスについても段階的廃止」と強調したが、共同声明では「遅くとも50年までにエネルギーシステムにおけるネット・ゼロを達成するために、排出削減対策が講じられていない化石燃料のフェーズアウトを加速させる」とし、G7諸国が50年CNを目指すことを言い換えたにすぎない。天然ガス投資の重要性が認識されたことこそ、見出しにすべきであった。
道路部門については、米国がZEV(ゼロエミッション車)の比率を30年までに50%にするとの数値目標を主張したが、G7全体で35年までに道路部門のCO2排出を半減するという技術中立的な文言で決着した。
原子力に関しては、「原子力エネルギーの使用を選択した国々は」という形で主語を限定しつつ、エネルギー安全保障、脱炭素化、ベースロード電源、系統の柔軟性の源泉としての原子力の重要性についてしっかり書き込み、既存炉の最大限の活用、革新的原子炉の開発、建設の重要性が指摘された。
再生可能エネルギーでは、G7全体で洋上風力150GW、太陽光1TW(1TW=1000GW=10億kW)という数値目標を掲げたが、クリーンエネルギーのサプライチェーンにおける人権、労働基準遵守の確保、(特定国・地域への)過度の依存の問題点、再エネやEVに不可欠な重要鉱物の脆弱なサプライチェーン、独占、サプライヤーの多様性欠如による経済・安全保障上のリスクも指摘された。ウイグルの強制労働や石炭火力を使う中国製パネルに市場が支えられているが、先述の課題に取り組めばコストアップ要因になる。再エネ拡大を図る上で大きな課題となろう。
水素ではグリーン、ブルーといった区分ではなく、炭素集約度に基づく取引可能性や国際標準・認証の必要性が指摘され、エネルギー転換期のトランジション・ファイナンスの重要性が指摘されたことも特筆したい。
とはいえ、1・5℃、50年CNという呪縛により、温暖化については昨年のエルマウサミット以上に非現実的な数字が並ぶことになった。「25年全球ピークアウト」や「新興国に対して1・5℃目標と整合性を保つべく、30年目標を見直し、50年CNをコミットすることを求める」などが盛り込まれた。
温暖化目標の非現実性は拡大 途上国との溝は深まる一方
温暖化はグローバルな問題であり、世界の排出量の4分の1程度でしかないG7がいくら野心的なメッセージを打ち出したとしても、60年、70年のCNを標榜する中国やインドが同様の行動を取らない限り、意味がない。彼らが参加するG20サミットにこうしたメッセージが盛り込まれる可能性は皆無である。
本年5月に来日したマレーシア元首相のマハティール氏が核兵器問題を念頭に「同じような考えを持つ国々が集まって会議をするのは、独り言を言っているようなものだ」などと批判したが、これは温暖化問題にも当てはまる。ウクライナ戦争に伴うエネルギー危機、経済苦境などを背景に世界中で自国第一主義が台頭する中、温暖化防止に対する先進国の優先順位が新興国、途上国でシェアされていないことは明らかである。しかも先進国は彼らの行動変容を促す有効なレバレッジを有していない。1・5℃、50年CN目標は事実上破綻しており、これに捉われる限り、先進国と途上国の溝は深まるだけであろう。
