【特集1】目先の価格変動に一喜一憂せず 石油政策の基本に立ち返る


1985年、サウジアラビアの市場連動価格方式への転換により、市場本位の体制が確立した。
シェール革命で需給安定も米国の政策に中東は反発。日本の取るべき道は何か。

小山正篤/石油市場アナリスト

1970年代の2回にわたる石油危機は、国際石油価格を中東およびOPEC産油国の支配下に置いた。しかし、高価格下に世界中で代替供給と需要の省・脱石油が強く促された結果、ついに85年末にサウジアラビアが市場連動価格方式へと転換。以後2000年代初頭まで続く価格低位安定期への道を開いた。

1980年代前半、サウジアラビアの石油生産は実に日量700万バレル減少した。人為的な固定価格維持の代価はあまりにも大きく、特に石油需要に与えた影響は衝撃的だった。輸送燃料および石油化学向けなどの原料用途を除けば、世界石油需要量は79年に天井を打ち、その成長は不可逆的に止まったのだ。

このサウジアラビアの方針転換が、今に続く市場本位の石油供給の出発点となった。しかしこれが真に体制として定着したのは、90~91年の第一次湾岸危機を経てからである。

シェール革命で需給安定も 米単独主義が政策かく乱

力による石油支配を企てたサダム・フセインはクウェートを侵略。これを退けた過程で、米国の外交・安全保障能力、サウジアラビア原油生産余力の機動的活用、および西側石油消費国の協調的備蓄放出を3本柱として、市場本位の開かれた国際石油供給を維持する体制が確立した。

かつて厳しい対抗関係にあった産油国と石油消費国とが、国際石油秩序維持の共通目的で協働する関係がここに成立した。

2000年代後半以降は、新興諸国の需要増などにより、国際原油価格は再び上昇に転じることとなった。サウジアラビアの石油生産も80年当時の水準に回復。いわゆる100ドル原油時代を迎えたが、米国での「シェール革命」による劇的増産によって、10年代半ばには終息に向かった。

実体需給のひっ迫傾向を反映して国際価格が適切に上昇し、これが画期的な技術革新を促し、安定した需給構造を新たに生み出したもので、市場本位の秩序の成果と言えるだろう。
しかし03年の対イラク戦争以降、米国の外交・軍事行動は特に中東地域において著しく単独主義に傾いた。地域秩序をかく乱し続けている。米国が産油国として台頭するにつれ、その対中東政策はむしろ粗暴化した。その反射として、サウジアラビアの外交も自立性を強める。

そして今、資源大国・ロシアのウクライナ侵略に正面から対抗する上で、日本を含む西側諸国は国際石油秩序維持を図る基本的な政策枠組みを確認・明示し、これをサウジアラビアと共有する必要がある。

半世紀前の石油危機は「油断」と呼ばれた。目先の価格変動に一喜一憂せず、石油政策を基本に戻って立て直し、備えを怠らぬよう努めるべき時である。危機の可能性から目を背けるのが最も危うい、と半世紀の経験は教える。

こやま・まさあつ 1985年東京大学文学部社会学科卒、日本石油(当時)入社。ケンブリッジ・エナジー・リサーチ社、サウジアラムコなどを経て、2017年よりウッドマッケンジー・ボストン事務所所属。タフツ大学修士(国際関係論)。

【特集2】大地震での供給力被害を想定 グループの技術力を活用し対策


【中部電力グループ】

「中部地域では過去から大規模地震発生が危惧され、昭和50年代から大地震を想定して対策を進めてきた」―。

こう語るのは、中部電力防災・危機管理グループの中司賢一副長だ。2003年に中央防災会議が公表した東海・東南海・南海の地震に対し、中部電力グループは被害想定を行い、電力供給力と保安の確保を目的とした対策工事を計画。11年の東日本大震災を契機に、計画のさらなる見直しを進めた。14年に自治体などが公表した「過去5地震最大クラスの南海トラフ地震」(レベル1)、「理論上最大クラスの南海トラフ地震」(レベル2)による地震動・津波に基づき、電力供給力に対する被害想定を再評価し、早期供給力確保、減災、被災後の復旧について方針を取りまとめた。

変圧器基礎・本体を高上げし、津波から守る

レベル1の地震の場合、伊勢湾周辺の火力発電所全ての地点で震度6弱以上が発生するため、主要施設に被害、発電にも支障が出るとの想定の下、早期供給力確保を目指し、耐震対策として海水の取放水設備などを補強した。津波の場合、一部の自治体で津波浸水を受け、沿岸部の送変電設備の一部で被害が出るとの想定の下、変電設備の高上げ工事や防水壁の設置工事などの対策を行った。

レベル2のような地震の場合は、公衆保安の確保を基本として、減災の観点で電力供給確保を目指す。

事前対策だけでなく、発生後の復旧対策でも同社グループの技術力を生かす。中部電力パワーグリッド(PG)では、ドローンを用いた山間部の設備被害状況の巡視点検を行う。中部電力PG総務部総括グループの濱口宗久課長は「地震による停電などの被害は電力設備自体の損壊よりも、倒木や土砂崩れ、建物倒壊などの外的要因に左右されることが多い」と語る。特に山間部では、被害箇所へ人員を送ることが困難な場合もあり、ドローンで周りの環境変化を調べ、断線箇所を早期に発見し、より迅速な対応が可能となった。

そのほかスマートメーターやIoTデバイスを用いた現場管理の運用・保守サポート「らくモニIoT」は冠水感知、傾斜計などにも対応。早期復旧対策としては応急送電用の発電機車や、非常用通信手段などの資材を各事業場に配備している。

1万5千人参加の防災訓練 初動対応の迅速化が狙い

中部電力グループ全社を挙げての訓練も欠かさない。東日本大震災以降、毎年実施する防災訓練には、グループ全体でおよそ1万5千人が参加。南海トラフ巨大地震に伴う大規模な停電や浜岡原子力発電所のトラブル対応などを想定した訓練を行う。今年も11月に開催を予定しており、初動対応の迅速化を狙い、訓練シナリオは非公開とし、訓練の間は何が起こるか知らされていないという。

「台風や大雨などの災害は、予報による事前予見性がある。しかし、地震はいつ襲ってくるか分からない」(中司副長)。地震に対する適切な初動は、訓練を行い培うしかない。大規模災害発生時にも安定供給が求められる中部電力グループは、その職責を果たすため、対応力の向上にこれからも努める方針だ。

【特集2】大規模地震に三つの対策 予防・緊急・復旧で安定供給


東邦ガスネットワーク

愛知、岐阜、三重の3県にまたがり都市ガスを供給する東邦ガスネットワークは、すでに導管の耐震化率は97%に達している。大規模地震の備えについて、防災管理課の安達俊彰課長は「設備の被害最小化を目指す予防対策、二次災害を防ぐ緊急対策、ガスを迅速に再開する復旧対策の三つの対策を掲げている」と話す。

予防対策については、設備の耐震化の推進とともに、風水害などの災害に対する設備対策と24時間体制の保安・防災体制が要となる。今後30年以内に発生が予想される巨大地震「南海トラフ地震」。東邦ガスグループは伊勢湾にLNG基地やガス製造工場を持ち、地震とともに津波による被害を想定した対策を実施している。

中でもガス製造設備の受配電設備は、浸水の場合、復旧に時間がかかるため、電気ケーブル貫通部、出入口扉などで止水対策を講じている。LNG基地には免震構造を持つ建物などに24時間体制の中央監視システムも設置。地震と津波に万全の備えを期している。

供給設備についても耐震性に優れたガス導管を採用し、定期的なメンテナンスを行う。また、津波対策としてガバナー(整圧器)などには防波壁や水密扉などを設置するとともに、津波発生時の緊急対応を迅速かつ確実に行うため、警報や潮位情報を集約する津波判断支援システムを導入し、対策を進めている。

ブロック単位の供給停止 二次災害を防ぎ早期復旧へ

では、実際に地震が発生した時はどのような対応を行うのか。緊急対策として行うのが、ガバナー停止によるブロック単位でのガス供給停止だ。愛知、岐阜、三重の各県の供給エリアをおよそ100のブロックに分けて、約250の地震計から情報を収集。導管や地盤などをデータベース化して、被害規模を推定する。

そうして得た情報を基に、被害が集中する地域(ブロック)が出た場合には、遠隔操作で中圧AまたはBガバナーを遮断。当該地域のみガス供給を止め、ガスによる二次災害を未然に防ぐ。

復旧対策はどうか。一度供給停止したガスの復旧には調査、修理にマンパワーが必要だ。東邦ガスグループなどの都市ガス事業者は全国のガス事業者との連携体制を構築。2016年の熊本地震では約10万戸のガス復旧のために、全国のガス事業者約4600人が応援に駆け付けている。供給防災センターの天野佳則所長は「導管事業者だけでなく、他のエネルギー事業者、小売り事業者と連携して早期復旧を目指す」と話す。

技能選手権を行い人材教育に注力

また、大規模災害に備えてBCP(事業継続計画)を策定。実効性を高めるため、8月末には総合防災訓練を行った。東邦ガスグループ全体や小売り事業者などとの訓練を継続的に実施し、連携強化を図っている。平時でも定期的な教育や技能選手権を開催し、現場力の強化や技能継承に励む。「地震はいつ起こるものか分からない。定期的な訓練で対応できるようにしたい」(安達課長)

ライフラインを守り、素早く復旧するために、日々の安定供給に取り組む考えだ。

【特集1/座談会】規制値上げで露呈した制度問題 電気料金のあるべき姿を探る


大手電力7社の規制料金は値上げ幅を圧縮して認可。財務改善につながる半面、課題も多い。
経過措置規制の在り方や安定供給との両立など構造的な問題をどう解決するか、徹底討論した。

【出席者】草薙真一/兵庫県立大学副学長、竹内純子/U3イノベーションズ共同代表、廣瀬和貞/アジアエネルギー研究所代表

左から草薙氏、竹内氏、廣瀬氏

―まずは今回の規制料金値上げに関する評価からお聞きします。

草薙 政府部内で時間をかけて何度も審議し、国民が受容できる水準に落ち着けようと努力した結果と受け止めています。都市ガスの方は、経過措置が解除されている事業者も多いですが、そうでない事業者も、上限を引き上げるための措置を受ける中で、自ら激変緩和措置を講じるなどの努力をしました。需要家への急激な影響を防ぐために、この種のことは注意深く進めていく姿勢が重要だと感じています。

竹内 メディアで、電気代高騰がたびたび報じられていますが、これまでの「値上がり」は燃料費調整制度や再エネ賦課金の上昇によるもので、料金本体に手を付けたわけではありません。こうした点が理解されていないことが、まず大きな問題だと思います。

 そもそも燃調は、化石燃料の調達価格の変動を電気料金に適切に反映する仕組みであり、上昇分を長期にわたり電力会社に強いれば、財務体質が不健全になります。燃料価格の採録期間の見直しなどで値上げ幅を圧縮しましたが、これは燃調の本来の目的から外れています。

廣瀬 私は全ての関係者にとって、それなりに望ましい結果となったと受け止めています。大手電力としては値上げの大部分が認められ、消費者にとっても当初覚悟していたほどの大幅な値上げとはなりませんでした。そして、大手電力以上に経営が苦しい新電力も、これで値上げしやすくなります。規制者である資源エネルギー庁にも当然望ましい結果だと思います。

【記者通信/4月24日】自民党が合成燃料の勉強会を開催。「次世代の“産油国”になれる」と期待感。


e-フュエル(合成燃料)の利活用を推進する自民党の「カーボンリサイクル技術推進議員連盟」(会長:牧原秀樹衆議院議員)は4月20日、都内で勉強会を開催した。開会のあいさつで牧原会長は「合成燃料で日本が世界をリードすれば次世代の“産油国”になれる。技術に対し最大限投資を行い、日本を世界一にするため全力を尽くしてほしい」と期待感を示し、合成燃料の早期商用化の実現を訴えた。

勉強会には経済産業省の担当者が出席し、4月15日~16日に行われた主要7カ国(G7)気候・エネルギー・環境大臣会合での合成燃料についての議論を紹介。羽田由美子カーボンリサイクル室長は、CCS(CO2の分離・回収)が2050年ネットゼロ排出達成の重要な要素であること、合成燃料、e-メタンなどの技術によって、既存インフラを活用しながらCO2削減ができるという認識でまとまったことなどを報告。「これまで行ってきた日本のカーボンリサイクル政策を、共同宣言に記載することができた」と成果を強調した。

ENEOS藤山常務「一企業だけでは取り組み不可能」。合成燃料活用へ制度作り求める

説明を行うENEOS・藤山優一郎常務

そのほか、石油業界は現在の合成燃料への取り組みを発表した。説明を行ったENEOSの藤山優一郎常務は、グリーンイノベーション基金に採択された合成燃料製造技術を紹介した上で、「原料となる水素製造には電気が必要で、合成燃料の社会実装のためには、大量かつ安価なゼロエミッション電源が不可欠だ。これらの課題解決は一企業、一業界だけでは取り組みが不可能」として、大規模な投資や脱炭素商品の価値が適正に価格反映される制度作りを求めた。石油連盟の須藤幸郎事務局長も同様に、洋上風力をはじめとする再生可能エネルギーの導入拡大、安全性と地元住民の理解を前提にした原子力発電の最大限活用などを訴えた。

その後の質疑応答では、参加した議員から「合成燃料の原料である水素は輸入に頼る状況なのか。国内での資源循環は難しいのか」などの質問が飛んだ。これに対して藤山氏は、現状の国内水素供給量を増やすことは難しいとの判断を示したうえで「豪州など海外にプラントを作り、日本の権益として運用する」という考えを示した。また、同議連の宮澤博行事務局長は「合成燃料の2040年商用化を目指しているのは理解できるが、欧州の脱炭素政策、中国などのEV戦略に負けないようにして欲しい」と、商用化のさらなる前倒しを政府に求めた。

【電力中央研究所 松浦理事長】持続可能な社会の実現へ必要となる研究開発を加速 成果実装へ連携を強化


GX基本方針に関心が集まる中、日本の先頭を走る研究内容で存在感を発揮。持続可能なエネルギーシステムの実現に向け、成果を実装し、電気事業と社会に貢献する。

【インタビュー:松浦昌則/電力中央研究所理事長】

【聞き手:志賀正利/本社社長】

まつうら・まさのり 1978年京都大学工学部卒、中部電力入社。2013年取締役専務執行役員、16年代表取締役副社長執行役員、電力ネットワークカンパニー社長。18年6月から現職。

志賀 まず電力業界を取り巻く現状の課題をお聞きします。大手電力各社が業績悪化から規制料金の値上げ申請を行っていますが、どのような認識をお持ちですか。

松浦 資源価格高騰などにより、電力会社の収支が悪化し、ご指摘の規制料金の値上げ申請のほか、自由料金の燃料費調整上限額の撤廃を行った会社もあり、先行きは見通しづらい状況です。

志賀 規制料金値上げの影響はどうお考えですか。

松浦 電気はわれわれの生活や産業活動などを支えるインフラであり、必要不可欠なものです。このため、規制料金は、あらかじめ定められたルール、プロセスを経て認可されることになります。料金が今より高くなれば、影響が拡大していくことも考えられます。

当所の研究資金の多くは、研究の必要性に関する議論を踏まえた上で、電力会社から給付されています。このため、このような状況は気にはなるところですが、電気事業の課題の解決に向けた研究開発を進めるという当所の役割に変わりはありません。

志賀 続いて、政府の「GX実現に向けた基本方針」(基本方針)に関連してお聞きします。電中研では「持続可能で社会に受容されるエネルギーシステム」の実現を2050年にわが国が目指すべき姿と定め、それに必要な研究を迅速に推進し続けることなどを目的に、2021年7月に研究組織を刷新しました。この組織改編は政府によるGX基本方針を先取りした形という印象です。

松浦 当時から脱石炭の風潮もあり、化石燃料を使う火力発電への投資については市場などから厳しい視線が向けられ、必ずしも先行きが明るいわけではありませんでした。今後なすべき研究や体制について検討した結果として、カーボンニュートラル(CN)に向けた動きや、GX基本方針の内容などを先取りした形になり、タイミングとしては良かったと思います。

志賀 GX基本方針ではゼロエミッション火力、特にアンモニア分野が注目を集めています。

松浦 CN宣言以降、注目が高まったように感じます。GX基本方針にも「水素・アンモニアの導入促進」という項目が入り、今後、これらの利活用に向けた研究開発が各方面で一層進んでいくと考えられます。また、それらに対する政策議論など国の動きも活発になっています。当然、イノベーションに向けた競争も激しくなると思いますが、その中でわれわれは着実に成果を挙げていきます。

志賀 電中研の水素・アンモニアに関連した研究の事例としてはどのようなものがありますか。

松浦 微粉炭火力でのアンモニアの混焼や、高効率化かつ低コスト化が期待できるプロトン伝導セラミック燃料電池(PCFC)に関する研究などを行っています。燃料電池については、まだ小規模であり、時間はかかるかもしれませんが、より大規模なものにし、実用化できるように研究を続けていきたいと考えています。また、水素の貯蔵や輸送に焦点をあてた研究なども進めます。

志賀 この分野の研究員は多くいるのでしょうか。

松浦 電気事業の課題解決に必要な研究に柔軟に取り組んでいくために、さまざまな専門分野の研究員が連携して研究に取り組んでおり、これが当所の強みであると考えています。

志賀 アンモニア利活用に関する技術開発の進捗次第では、ゼロエミッション化による火力発電の継続活用につながるのでしょうか。

松浦 そうなると思います。今は再生可能エネルギーが声高に叫ばれていますが、再エネだけで電力の安定供給を保つのは現時点ではまだ難しく、引き続き火力や原子力などの回転機も重要です。エネルギー安全保障、電力安定供給という面では選択肢を多く確保しておくことが必要です。

志賀 ゼロエミッション火力の普及により、火力発電所という資産の有効活用につながりそうです。

松浦 既存インフラはしっかりと有効活用しながら、次を考えることが必要と思います。これは原子力も同様であり、安全策を講じた上で、できる限り活用するという視点も大切だと思います。

【記者通信/2月10日】福島第一原発を視察 処理水放出へ漁業関係者の苦悩


東京電力福島第一原子力発電所の事故から間もなく12年。廃炉に向けた取り組みを進める同原発構内を取材した。今年夏ごろを見込む「処理水」の海洋放出に対する懸念や現状について、地元漁港の苦悩を通じてレポートする。

「こんな軽装でここまで近づけるようになるとは思わなかった」――

今回の視察に参加した日本原子力文化財団の矢野伸一郎専務理事は、廃炉作業が進む福島第一原発1号機を前にしてこう漏らした。事故当時は東京電力の広報部に所属し、情報公開やメディア対応に奔走。前回福島原発を視察した際は約20㎞先のJヴィレッジ(福島県楢葉町)から防護服を着て向かっていたと話し、約8年ぶりの視察で改めて福島第一原発の復興への歩みを感じたという。

2月上旬に行われた今回の視察では、東京電力廃炉資料館で説明を受けたのち、福島第一原発の新事務本館へ移動。ブリーフィングの後、1号機~4号機を見渡す高台を見学。バスに乗りながら多核種除去設備(ALPS)や海側設備などを見て回った。現在も作業員は3000~4000人程度が詰める。この日も新事務本館には多くの職員が集まり、ミーティングを行う様子がうかがえた。構内では個人線量計を着用し、およそ2時間の滞在での被ばく量は0.02ミリシーベルトと、胸のX線検診の被ばく量(0.05ミリシーベルト)にも満たない放射線量だ。同行した記者の中には「ここ数年で見違えるほど作業が進んだ」と話す声も聞かれた。

中でも多くの報道陣の興味を引いたのは、施設内の海洋生物飼育試験施設だ。処理水の海洋放出に向けた影響調査のため、9月末から試験を開始した。この施設では、ヒラメやアワビなどの海産物を海洋放出時の基準となるトリチウム(三重水素)濃度、1ℓあたり1500ベクレルに希釈した水槽の中で飼育。発電所周辺の海水で同じく飼育したヒラメ・アワビと比較し、健康状態の確認や生存率の変化、トリチウムの体内濃縮の有無などを調べる。海水からの処理水放出後を想定した30ベクレル程度の希釈でも実験し、WEB中継などで情報を発信する。12月時点で、ヒラメのトリチウム濃度は「生育環境以上の濃度にならないこと」「濃度は一定期間で平衡状態になること」「平衡状態のトリチウム濃度のヒラメを通常の海水に戻すと経過とともに排出され、濃度が下がること」が確認されたという。

施設内の海洋生物飼育試験施設(東京電力撮影)

東電が処理水の海洋放出に向けた取り組みを進める背景には、切迫する処理水の保管設備の現状がある。そもそも、原子炉建屋やタービン建屋に流れる雨水や地下水が原子炉内の燃料デブリに触れることで、放射性物質を含んだ水が汚染水と呼ばれる。これらは地下や海側からの侵入を防ぐ遮水壁、サブドレン(井戸)などで隔離を徹底。多核種除去設備(ALPS)で浄化処理を行うことで、一日で130㎥ほどの処理水が、施設内約1000基のタンクに保管されている。福島第一原発の廃炉を担当する東京電力ホールディングス(HD)の松尾桂介氏は「貯蔵量約137万㎥のうち、すでに90%以上の約132万㎥が使用されており、今夏にも容量の限界に達する」と処理水の海洋放出に理解を求めた。

海洋放出にあたっては、タンク内の処理水を二次処理設備に通したうえで、再度確認を行い、トリチウム濃度を1ℓあたり1500ベクレルまで海水と希釈。取水・放水設備を経由して、およそ福島第一原発から1㎞先の海底トンネル出口から放出する予定だ。今年春にも設備が完成し、程度の違いはあるが一日500㎥の処理水を放出。廃炉完了を目指す30年後にはすべての水を処理できると見込んでいる。

処理水を保管する溶接型タンク(東京電力撮影)

【特集1/覆面座談会】「石炭争奪戦」の裏事情 世界各国が石炭回帰の現実 500ドル時代は到来するのか


世界のエネルギーを支え、安価で入手しやすかったはずの一般炭に異変が起きている。高騰の原因は何か。脱炭素や各国の生産消費事情など、有識者に本音を聞いた。

〈出席者〉  A有識者 B電力業界関係者 C商社OB

―石炭価格が高騰した背景について、どう見ているか。

A EUは2022年8月10日からロシア炭の輸入を禁止したが、21年にロシアから買った数量は6000万t前後と言われている。その穴埋めにEUが頼ったのが米国だった。米国炭は天然ガスとの競争に敗れて、生産数量が落ち込んでしまい余力はないのだが、そんな中でも22年前半のEU向け輸出は約400万tも増加した。EUはほかにもコロンビアや南アフリカからも購入した。彼らはEU向け輸出の値段が高くなったから、これまで他国に輸出していた分を、EUに振り分けた形だ。

 こうしてEUは当面の一般炭を確保できたが、実は全世界の生産量は増えていない。23年もロシアからの輸入がゼロなら、他国からまた6000万t分を買わないといけない。米国とコロンビア、南アフリカだけではとても足りない。結局、残りはアジアの需要家と競合する高値の豪州炭に手を出さざるを得ない。供給が増えない以上、23年も高値推移は間違いない。

B EUは、ロシア炭を22年8月までの間に駆け込み輸入して今の水準だ。来年はロシア炭なしで冬を越さなければならない。来年の価格上昇要因として、中国の問題もある。22年は輸入国としての中国が静かだったが、ゼロコロナ政策の転換もあり、23年は経済活動の活発化とともに石炭の需要が急拡大する可能性がある。

C 仮にロシア炭をEUが輸入せず、その分がインドや中国に輸出されたとしても、結局ほかの生産国が仕向け先をEUに振り替えるだけであり、生産量そのものが増えるわけではない。実際には調達に関わる輸送などのコストが増える結果となり、当面高値圏で推移すると予想される。マーケットそのものが落ち着くのは、当分先の話ではないか。

需要増の一方で投資はストップ 消費国はリソース確保に四苦八苦

豪州炭は23年も高値推移か
出典:AFP=時事

―世界の石炭生産量・供給量を増やすことは難しいのか。

B アジアで建設中の石炭火力が200カ所ほどと需要は増え続けている一方、資源開発投資は完全に止まっている。石炭資源大手のグレンコアも23年5月の株主総会に向け、機関投資家から脱炭素化に向けた厳しい質問状を受けており、その対応に注目が集まっている。日本人が思っている以上に、環境にうるさい機関投資家は多く、その圧力は強い。

 日本が主要供給元とする豪州では、大手資源会社や日本の商社などが軒並み一般炭の上流から手を引いている。日本の電力経営者は深刻に受け止めるべきだ。自ら上流の担い手になる覚悟もなく、30年代まで石炭火力を維持しようというなら、あまりに世界を知らなすぎる。

A 供給量の問題は、機関投資家や金融機関が責めを負うべきだ。石炭関連の投融資をやめてしまったわけだからね。原料炭より一般炭の価格が高い史上初の現象が起こっても、誰も新規投資しない。一回投資すると、20年、25年単位の事業にしなければいけないが、この高値ブームがあと20年続くとは思えない。供給量は増えず需要ばかりが爆発的に増えてしまった。

C 機関投資家の目だけでなく、生産国政府の反応も敏感だ。グレンコアの石炭担当者によると、現在は新規投資を検討するにしても、地元当局や連邦政府そのものが探鉱開発や拡張の許認可をためらっていたり、時間がかかっていたりするという。消費国側が権益確保に乗り出そうという気運も萎んでいる。例えば日本商社の場合、新たな権益を確保しようにも、すでに社内稟議を通すことが困難な状況だ。原料炭はともかく、一般炭の新規権益取得はまず無理だろう。生産国が石炭開発のペースをスローダウンしようとする動きは、南アフリカや豪州などで出てきており、消費国側は新たなソース確保が非常に苦しくなっている。

―投資家が敬遠する石炭開発のリスクについては、どう考えるか。

C 環境問題に対するリスクが最も大きいだろう。それ故に新規投資が難しくなっているからね。新規鉱山を開発するにしても、長期にわたっての開発・運営になるため、資金の回収見通しを立てるのが難しい。金融機関は投資回収にどれくらいの期間が必要かを厳しくチェックする。今までは鉱山寿命が長く、長期に運営することで、価格変動があってもマーケット価格が高くなった際に投資資金を回収する形で長期投資が可能だったが、今は50年までのCO2ネットゼロを見据え、短期的に資金回収するという思考にならざるを得ない事情がある。

 供給事業者側にしても、環境問題への対応の必要性からプレイヤーの数が減ってきており、新規鉱山開発自体に関心はあるものの、ハードルは高くなっている。グレンコアはコロンビアの鉱山権益を一昨年に買い増したが、あれがぎりぎりのタイミングだったのだろう。

B そもそも石炭が安かった理由は、上流の開発コストが圧倒的に安く、開発期間が非常に短いエネルギー源だったからだ。10年がかりの開発事業になる石油やガスと違い、認可が下りれば2~3年で操業できた。価格が100ドルに近づいても、増産ですぐに半値程度まで下落した。しかし今は上流が締め付けられている影響で、この「安値の方程式」が崩れ、他の発電用燃料との競合で価格が決まるようになった。

【九州電力 池辺社長】原子力の安全・安定運転と徹底した経営効率化で財務体質の改善に努める


ウクライナ情勢の悪化で燃料価格が高騰。苦しい経営の中でも徹底した効率化に努めるとともに、再エネ導入拡大や玄海原子力発電所3、4号機の定期検査前倒しなど電力の安定供給と財務体質の改善に向けた対策を急ぐ。

【インタビュー:池辺和弘/九州電力社長】

【聞き手:志賀正利/本社社長】

いけべ・かずひろ 1981年東京大学法学部卒、九州電力入社。2017年取締役常務執行役員コーポレート戦略部門長、18年6月から代表取締役社長執行役員。20年3月から電気事業連合会会長を兼務。

志賀 2022年度中間連結決算について、どのように評価していますか。

池辺 22年度上期は、燃料費調整の期ずれ差損の拡大に加え、卸電力取引市場価格の上昇に伴う購入電力料の増加といった外的要因が重なり、グループ一体となって費用削減などの収支改善に取り組みましたが、14年度上期以来8期ぶりの最終赤字となったことは大変残念です。とはいえ、上期を通して特定重大事故等対処施設の対応や定期検査が重なり、原子力設備利用率が低い状況ではあったものの、燃料費調整の期ずれ影響を除いた業績は242億円の黒字です。ロシア・ウクライナ情勢などによる燃料価格の上昇や、急速な円安の進行など、事業者としてはいかんともしがたい要因による影響が非常に大きいと認識しています。

志賀 通期業績見通しを「未定」としていますが。

池辺 通期業績については、ロシア・ウクライナ情勢による燃料価格の動向や急速な為替変動など極めて不透明な状況が継続しており、業績予想値を合理的に算定することが困難なことや、冬季の需給動向を見極める必要もあることから、未定としています。下期は、今年度当初に計画した玄海原子力発電所の定期検査期間が短縮されるなど、原子力の稼働向上による火力燃料費の抑制が見込まれます。引き続き原子力の安全・安定運転をはじめとした電力の安定供給に努めるとともに、徹底した経営効率化に取り組んでいきます。

志賀 大手電力各社が経過措置料金の値上げを相次いで発表しています。九州電力としての検討状況を教えてください。

池辺 規制料金の見直しに当たっては、まずは燃料価格の動向および当社の収支、財務に及ぼす影響を慎重に見極める必要があると考えています。また、原子力の稼働状況も考慮しなければなりません。当社は来年度、4基体制に復帰し燃料価格高騰の影響を受けにくい体質となることから、こうした影響や経営効率化の取り組み状況も踏まえて判断する方針です。各社値上げに踏み切っている高圧・特別高圧契約の標準メニューにつきましても、ロシア・ウクライナ情勢悪化による燃料価格の高騰など厳しい経営環境下ではありますが、燃料価格の動向および収支・財務の状況、経営効率化の取り組み状況などを総合的に勘案し判断していきます。

【記者通信/11月9日】八甲田山周辺の風力事業 反対の声も地元は足並みそろわず…


青森県東部にある小川原(おがわら)湖。多種多様な生物体系とシジミなどの豊かな水産資源を持ち、その源は八甲田山系の八幡岳(標高1020m)に発している。しかし、源流が位置する場所に4000㎾級の風力発電機が設置されていることは、地元でもあまり知られていない。

ジャパン・リニューアブル・エナジー(JRE)が手掛ける七戸十和田風力発電所は、2019年8月に着工。21年12月に運転を開始し、4000㎾級風力発電8基(出力規模3万500㎾)を運用する。JREによると、この発電所の年間総発電量で一般家庭2万5700世帯の年間消費量を賄うことができ、年間約5万tのCO2削減効果が期待できるという。この8基は民間牧草地などに設置されているが、うち1基が高瀬川源流付近にある。対象区域の地質は主に火山性岩石ということもあり、掘削した土から酸性水が発生する可能性を指摘。高瀬川源流の水質に影響を与える恐れがあると意見が出されている。

八甲田山のガイドと自然環境保護活動を行う「Project Hakkoda」の川崎恭子さんは、「現時点でまず景観面に影響が出ている。観光客から『自然を見たかったのに風車が見えてがっかりした』と苦情が届くようになった」と話す。八甲田山周辺は風況が良いと言われ、付近に住民も少ないことから、数少ない風力発電の適地とされているが、川崎さんは「八甲田山は夏季と冬季で吹く風が異なる。自然環境を軽く見ているのではないか」と異論を唱える。

八甲田山系の八幡岳に源を発する高瀬川源流

議論も着地点見いだせず 今後は八甲田山周辺の開発進むか

住民による反対運動の声はまばらなのが現状だ。川崎さんは「青森はこれまで日本のエネルギー事情を支えてきた歴史がある」と、再生可能エネルギーの活用に理解を示す半面、「強硬派の中には『風力発電は絶対にゼロにしなければならない』と主張する人もおり、住民で団結した運動ができていない」と話す。青森市議会でも議論は着地点を見いだせていない。

この事業を皮切りに、八甲田山周辺での風力発電事業が加速するとみられている。川崎さんは「十和田八幡平国立公園など数百年の原生林が残る地域で、風力発電事業による開発が行われようとしている」と危惧する。JREの風力事業では、風車用ブレードを運搬する林道の拡張工が行われた。「現在事業計画されている『みちのく風力発電事業(仮称)』でも、JREと同様に林道の拡張工事が予定されている。しかしこちらは車幅確保のために国立公園内の原生林を大幅に伐採しなければならない」と警鐘を鳴らす。同事業を行うユーラスエナジーは12月中旬にも環境アセスメントの方法書を関係各所へ送付し、具体的な事業計画を説明する見通しだ。同事業の現状や課題については、エネルギーフォーラム12月号でレポートする。

【特集1】蓄電池が直面する二つの環境問題 「循環経済」の実現が解決の鍵に


上流の資源開発、中流の精錬、下流の廃棄処分で、環境問題に直面する蓄電池。解決には資源循環を前提とした「循環経済」による経済政策が重要となる。

「カーボンニュートラルの実現には(蓄電池などの)技術の開発だけでなく、社会システムの見直しも必要だ」―。リチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏は10月10日、名城大のオンライン・シンポジウムで講演を行った。蓄電池やEVバッテリーを活用した、社会全体での環境問題の解決を提言した。


脱炭素社会に寄与すると言われる蓄電池。しかしそのライフサイクルに目を向けると、大きく二つの環境問題を抱える実情が浮かび上がってくる。一つは、電池の素材であるレアメタル開発に伴う採掘・精錬問題。もう一つは、寿命を迎えた電池の廃棄処理問題だ。

蓄電池の開発に欠かせないレアメタルには、電池セル製造を支える鉱物資源・材料分野で、中国・ロシアといった特定国への「依存リスク」が問題視されている。ニッケル、コバルト、リチウム、黒鉛などの天然資源が、発掘・精錬時に「環境・人権等に配慮した調達」がなされていないとの指摘がある。環境リスク度外視で供給する特定国に、先進国は太刀打ちできず対応を迫られている。

特定国への依存リスク 廃蓄電池の受け入れも課題

こうした問題に対し、経済産業省は7月に「蓄電池のサステナビリティに関する研究会・中間整理案」を公表。蓄電池の持続可能性向上への対応として、温室効果ガス排出量の表示方法であるカーボンフットプリントの導入を検討することや、車載用蓄電池の「人権・環境デュー・ディリジェンス(DD)」を試行的に実施することを打ち出した。


人権・環境DDとは鉱物採掘・加工における人権・環境リスクに対し継続的な評価を行う仕組みだ。まずはリスクの高いサプライヤーを把握できるか確認する。駆動用リチウムイオン電池の流通経路の把握やカーボンフットプリント、人権・環境DDの実施に伴う事業者同士のデータ連携といったシステム構築も行う予定だ。

また石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)などの支援スキームも強化する。8月に経産省が発表した「蓄電池産業戦略」によると、JOGMECの出資比率上限を75%まで引き上げ、資源確保企業の支援拡充を図る構えだ。サプライチェ―ン強靭化へ精錬工程の国内外整備も目指す。


これらは欧州委員会が2020年12月に発表したバッテリー規則案を参考にしている。経産省電池産業室の武尾伸隆室長は「今後、レアメタル開発や蓄電池製造に取り組まない脱炭素電源のメーカーや事業者は、世界中の市場から締め出される」と予測。競争力確保のため、蓄電池の環境問題における国際議論を日本が主導する考えを示した。

一方の廃棄処理問題はどうか。まずは現状の体制が整っていない点が指摘される。環境省環境再生・資源循環局の第四次循環基本計画の工程表作成に関する報告書では、金属の資源回収はこの20年で倍増(01年42万8千t→20年89万t)したものの、廃蓄電池の回収は減少傾向(01年14万t→20年13・3万t)にある。


また20年度に排出した廃小型家電、廃蓄電池、廃電子基板60万t以上のうち、リサイクル用として国内精錬所で受け入れたのは3分の1の約21万t。最終処分には16万t以上が流れると計算されており、政府は30年度までに、国内精錬所の受け入れを倍増(約42万t)させることを目指している。

資源循環前提の製品が必要 「循環経済」の重要性説く

現場からは「太陽光パネルと違い、そもそも定置用、車載用蓄電池はまだ廃棄回収フェーズに至っていない」(蓄電池メーカー)という声も聞こえてくるが、この10年で受け入れ態勢を整備できるかが、廃棄回収問題の課題だ。


資源問題に詳しい早稲田大学・創造理工学部の所千晴教授は、これらの課題解決に「循環経済(サーキュラー・エコノミー、図参照)」の重要性を説く。「モノを作ることで経済を活性化するのではなく、モノを循環させることで経済価値を活性化させる」と、資源循環を前提とした製品に付加価値を付ける経済政策が必要だと話した。一般的なリサイクルは循環経済の最終地点である外周部分で、より内側のシェアやメンテナンス、リユース、リペアの機能から使うことが重要だという。「蓄電池もシェアやメンテナンスで長寿命化を図り、車載用・定置用で多様なリユース先の確保を進めることが必要」と、所教授は指摘する。

サーキュラー・エコノミーの概念図


しかし現状の資源循環では、生産コストより分離回収コストの方が大きく採算が成り立たない。循環経済のためには、蓄電池が寿命を迎えた後、資源回収の環境負荷をいかに低く抑えるかが課題となる。所教授の研究室では、リチウムイオン電池の正極材に使われるアルミ箔と正極活物質(コバルト・ニッケルなど)を、電気パルスで分離する実験に成功。一般的な破砕・粉砕や薬剤での分離よりも省エネ・低コストでの利活用が可能になった。「この実験はダイレクトリサイクルという概念で、循環経済ではリサイクルの内側のループにあたる」(所教授)。課題はあるが成立すれば資源循環達成へ大きく前進する。


環境問題の行方は、蓄電池産業の未来を左右しよう。蓄電池の推進にはさまざまな環境負荷があり、上流での開発、中流の精錬工程、下流の廃棄回収それぞれに適した対策が必要だ。温室効果ガス削減対策だけでは資源消費は止まらない。カーボンニュートラル実現と資源循環経済の確立を同時達成するためには、国主導で解決策を提案する必要がある。

【記者通信/9月1日】小澤エネ庁次長、原発再稼働の前倒しに期待感


資源エネルギー庁の小澤典明次長は8月26日、資源記者クラブで会見し、今冬に予想される電力需給ひっ迫への懸念を示すとともに、8月24日の第2回GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議で岸田首相が表明した来年夏以降の原発7基の再稼働について、「工事が終われば、という状態の高浜1号機、2号機、女川2号機と島根2号機の4基には、効率的に進めて(再稼働して)もらえるよう、なるべく前倒しで動いてほしいとお願いしている」と述べ、再稼働時期の前倒しに期待感を示した。

今冬までに稼働予定の再稼働済み原発10基については「工事や安全管理を調整し、目処を付けようとする形はできつつある」と、政府が示した最大9基の稼働を進めると表明した。また、小型モジュール炉(SMR)や高速炉、高温ガス炉など次世代革新炉の開発については、「革新型の軽水炉が一番手前にあるだろう」として、2030年代の商用運転を目指す次世代軽水炉に期待を寄せた。

電力自由化「一定の成果」と評価も問題点を指摘

電力自由化に関しては、サービスの向上や環境整備などで一定程度の成果が出たと評価する。大手電力会社の経営改革にも成果があったと話す一方で、電力自由化に伴う問題点を2点挙げる。1つ目は、自由化によるサービス競争がエネルギー価格の低位安定が前提だったことを踏まえ「現在の燃料価格では、新電力を含めた企業経営が難しくなる」と指摘。2つ目は、経営の合理化などで老朽化した火力発電の休廃止が増え、大手電力会社がこれまで支えていた調整力、供給力が低下したことを憂慮。「災害や突発的トラブルの前にリスクとして現れた」と分析した。

エネ庁はこの問題に対し、電力ガス料金高騰対策として節電ポイントの策定や特別交付金でのサポートを自治体に要請し、需要家の光熱費負担を軽減できるよう対応。火力発電稼働率低下によるリスク顕現には、容量市場の整備や300万㎾以上の供給力公募を講じるなど、今冬の電力危機を乗り越えるための対策に最大限努力を行うとしている。

【サイサン 川本社長】総合エネルギー企業として地域や海外に注力 グループの理念を追求


2003年策定の「ガスワン憲章」に記載する「お客さまにとって最も身近なホーム・エネルギーパートナー」。そんなガスワングループの理念を追求するため、アジア太平洋地域で総合エネルギーリーディング企業を目指す。

【インタビュー:川本武彦/サイサン社長】

井関 まずはLPガス事業の現況からお聞きします。このところの燃料価格の高騰でサウジアラビアでの船積み価格(CP)は5月に850ドルを付けました。その後は6月750ドル、7月725ドルと下落に転じましたが、円安もあり足元の収支は厳しいのではないかと推測します。

川本 CPそのものは2012年3月に1230ドルの値を付けたことがあります。しかし当時は1ドル80円を切っていました。7月分は725ドルまでは落ちましたが、円相場で見ると1ドル130円を超えています。円安が進み高値で推移しているので、厳しい環境にあるのは間違いありません。LPガス業界は依然として競争も激しいため、1000社近くある卸先の販売店さまには状況を説明し卸価格の改定にご理解をいただいているところです。

井関 末端価格も上がっています。

川本 調達価格の高騰だけでなく、物流費や燃料費も高騰しています。社内的には業務効率化、経費削減を並行して進めています。一方で、需要も減退しています。人口の減少が大きな要因ですが、お客さまには都市ガスやオール電化という選択肢もあります。LPガス需要は都心部より郊外周辺部にあり、そうした周辺部ほど人口減が激しい。需要減退の中での事業の維持は年々厳しさを増しています。

井関 販売事業者の集約化などが進みつつあるようですね。

川本 見方を変えれば、ガスワングループに入って一緒にやっていこうという事業者が増えており、そこはある意味ビジネスチャンスと捉えています。グループに入ることでコールセンターなどわれわれのインフラを活用して、コストダウンのほか、電気や水の販売も手掛けることで業績を向上してもらいたいと考えています。

井関 加入する事業者はどのくらいのペースで増えていますか。

川本 毎年10社ほどの販売事業者がグループに加入しています。この5年で11府県に進出して、現在は北海道から九州まで32都道府県で事業を行っています。ガスワングループは現在、80社あり、そのLPガス顧客総数はおよそ40万件になります。このほか、都市ガス事業としては、常磐共同ガス(福島県いわき市)、鬼怒川ガス(栃木県日光市)、栃木ガス(栃木県栃木市)、伊奈都市ガス(埼玉県伊奈町)、熱海ガス(静岡県熱海市)の5社を運営しています。

かわもと・たけひこ
1964年埼玉県出身、88年玉川大学工学部卒、矢崎総業入社。95年サイサン入社。会長室、経営企画室勤務を経て98年取締役副社長。2001年1月から現職。

【特集2】火力進化の一翼を担う拠点 高効率発電所に生まれ変わる


【JERA・姉崎火力発電所】

2023年の運開を目指す姉崎火力発電所の建設が大詰めを迎える。最高水準の熱効率を誇るユニットとパイプラインで安定供給に貢献する。

1960年代の日本の火力発電技術に関して、それまで主流だった石炭火力から、重油が火力発電の中心となり、後のLNG発電につながった。この火力発電の進化の一翼を担ったのが千葉県の姉崎火力発電所だ。

67年12月には1号機が運転を開始。1号機には臨界圧力、臨界温度まで高めた蒸気で発電を行う超臨界圧ユニット(60万kW)を日本で初めて導入した。当時の最先端技術で、燃料は重油・原油を使用。後にLPガス、天然ガスを導入し燃料を多様化したが、時代が進むにつれて、経年劣化による設備不具合の発生および発電コストの増加、環境面への配慮などさまざまな課題が発生。リプレース計画が急務となった。

一方で大規模停電危機といった急な電力ひっ迫への備えとして、火力発電の価値が改めて注目を浴びており、電力の安定供給を支える上でも、姉崎火力発電所のリプレース計画は重要なミッションとなっている。2021年12月、JERAは姉崎火力発電所1~4号機の廃止を発表した。現在は燃料油タンク跡地に天然ガスを燃料とした新1~3号機のリプレース計画(65万kW×3基)を進めている。23年中の運開に向けて、発電所建設も大詰めの段階だ。

23年中の運開を目指す姉崎火力発電所新1~3号機

最新鋭設備で高効率実現 ベースロード電源運用へ

リプレース計画においては、最新鋭の燃焼温度1650℃級ガスタービンを用いたコンバインドサイクル発電設備を導入する。JERA国内事業運営・開発統括部、国内事業開発部の赤澤雄介国内電源開発ユニット長が「最も価格競争力のある発電設備を選定しました」と話すように、同発電設備は天然ガスを燃料として世界最高水準の熱効率で発電できる。燃焼ガスによるガスタービン回転に加え、それにより生まれた高温排ガスの排熱を回収して蒸気を発生させ、蒸気タービンを回すことで、高効率の発電を実現した。

「今回採用したガスタービンは、JERA川崎火力発電所2号系列のもの(1600℃級)を改良した。ガスタービンの燃焼温度が50℃上昇したことで、熱効率が61%から63%と2ポイント向上しました」(赤澤氏)。そのほか、ガスタービン翼の冷却技術も高度化した。強制空冷燃焼器システムを装備して冷却構造を最適化。これまでの蒸気冷却方式に比べて、起動時間の短縮と運用性の改善につながっている。

23年2月から順次運開する予定の新1~3号機完成によって、電力の安定供給への期待が高まる。「熱効率が高いので基本的にベースロード電源としての運用を計画しています」(赤澤氏)。高効率ユニットを最高効率・高稼働率で運転できるようにすることを目指すという。今冬の需給ひっ迫問題については、運転開始後の電力の安定供給を大前提とした上で、時期的に新1号機、新2号機は試運転を行う予定ということもあり、需給ひっ迫に対して「協力できる部分はあるのでは」と柔軟な姿勢も見せている。

赤澤氏は「これからの火力発電は再生可能エネルギーと共存する時代。再エネ推進と合わせて姉崎火力発電所のような最新設備導入を進めています」と話す。JERAは再エネと低炭素火力を両輪として、電力の安定供給に貢献していく考えだ。当面は無事故無災害での建設工事遂行と地元住民への環境配慮、工程通りの完工を目標にするとしている。

世界最高水準の熱効率を誇る発電設備(提供:三菱重工業)

新たなパイプライン敷設 安定的なLNG供給行う

高効率コンバインドサイクルの導入で運用の効率化が進む一方、燃料調達の問題は世界的な情勢を見ても、各社厳しい状況に置かれている。ロシアによるウクライナ侵攻に伴い、LNG調達に懸念が生じる中で、安定的な供給に貢献するのが「なのはなパイプライン」の運用だ。

このパイプラインは、JERA富津LNG基地から姉崎火力発電所をつなぐ口径600㎜、距離約31㎞、最大使用圧力は10MPaの高圧幹線だ。18年5月に京葉ガスと大多喜ガスが共同で出資、建設運営を行う会社を設立した。高圧パイプラインの敷設工事は、エネルギーパイプラインの豊富な施工技術が評価されて、日鉄パイプライン&エンジニアリングが受け持つ。同年6月に着工するとほぼ工期通りに進み、今年5月20日の完工に合わせて、完成式を行った。

運用開始後は、なのはなパイプラインの運営事業をJERAが引き継ぎ、JERA所有の発電用パイプラインと一体的に運用する。姉崎火力発電所に新設する3機195万kWの燃料を安定的に調達するには、パイプラインの増強は必須だ。JERAは「当社火力発電所のリプレースや、地域のガス事業者によるガス需要が増大していく中で、既存のパイプラインだけで十分なのかという議論があり、なのはなパイプラインの建設につながりました」と話す。

高効率火力発電所の建設工事を着実に進め、電力の安定供給に貢献することが期待されており、首都圏の需要家における姉崎火力発電所の重要性は高まるばかりだ。赤澤氏は「運転保守のフェーズに入った際、いかに不具合を予兆して計画外停止を避けるか、供給力が足りない状況下でいかにkW、およびkW時を供給できるかどうかが重要なミッションとなります」とこれからを見据える。激変するエネルギー事情の中でも、JERAの火力発電所は縁の下の力持ちとして需要家を支え続けていく。

【沖縄電力 本永社長】総合エネルギー事業で新しい価値の創造目指しグループ全体の成長へ


沖縄本土復帰とともに 50周年を迎えた沖縄電力。「おきでんグループ中期経営計画2025」で総合エネルギーをコアに事業領域を拡大し、グループの持続的な成長を目指す。

【インタビュー:本永浩之/沖縄電力社長】

志賀 新社屋を拝見しました。沖縄の本土復帰とともに設立され、今年で50周年を迎える沖縄電力にふさわしい建物だと思います。

本永 ありがとうございます。2022年5月15日は、創立50周年ということもあり、記念事業の目玉として、間に合うように建て替えを計画していました。

志賀 本永さんが社長に就任する前からですか。

本永 計画自体は當眞嗣吉社長(03~07)の時代からありましたが、資機材高騰の問題もあり、計画を温める状態が続いていました。一方で旧社屋の老朽化が進み耐震性にも問題があったため、50周年の節目に合わせた形です。

志賀 趣向を凝らしたデザインで、職場環境の良さを感じました。

本永 デザイン設計は地元の設計会社と当社グループの沖縄エネテックと共同で「オフィスの開放感」をコンセプトに作ってもらいました。入り口には「ヒンプン」と呼ばれる門構えを作り、随所に沖縄らしさを取り入れています。7階のカフェテリアには約200人が利用できるスペースがあり、打ち合わせでも活用できます。オフィス内は固定席を設けないフリーアドレスを導入し、社員同士の活発なコミュニケーションが生まれることを期待しています。

志賀 電力会社ならではの特長はありますか。

本永 敷地内にエネルギーセンターを併設しました。グループで展開する総合エネルギーサービスの事業モデルを直に見ることができる施設です。非常用発電機やガスコージェネレーション設備も完備し、BCP(事業継続計画)機能に優れた施設となっています。

4月に完成した新本店社屋

志賀 エネルギーサービスプロバイダ(ESP)を具現化したような本社です。総合エネルギー事業を展開する沖電グループの象徴だと言えます。

本永 エネルギーサービスは説明を聞くだけでは理解がしにくいです。しかし直接当社に来てもらい、施設を見てもらえれば、設備がどのような役割、機能を持っているか分かりやすいと思います。ESP事業を展開するグループ会社・リライアンスエナジー沖縄のショーケースのようになっています。

もとなが・ひろゆき  1988年慶応大学経済学部卒業、沖縄電力入社。2013年取締役総務部長を経て、15年副社長就任。お客さま本部長、企画本部長を担当。19年4月から現職。