【記者通信/2月28日】原発の「最大限活用」へ GX脱炭素電源法案がようやく閣議決定


政府は2月28日、原発の運転期間に関する規制見直しなどを盛り込んだ「GX(グリーントランスフォーメーション)脱炭素電源法案」を閣議決定した。すでに閣議決定を行っている「GX実現に向けた基本方針」に基づき、①地域と共生した再生可能エネルギーの最大限の導入促進、②安全確保を大前提とした原子力の活用――に向け、原子炉等規制法や電気事業法、再エネ特措法などの改正案を束ねたものだ。原子力に関しては、炉規法上で定めた「40年+20年」のくびきが条件付きで外れることになる。西村康稔・経済産業相は閣議後の会見で、今後の国会論戦などを念頭に「国民にしっかりと理解いただけるようていねいな説明を行う」と語った。

ようやく「GX脱炭素電源法」が閣議決定され、舞台は国会へ

規制は30年超10年ごとの新制度 電事法上「カウントストップ」も可能に

原子力の活用については、これまで炉規法で規定していた原則40年、最長20年延長という運転期間に関する規定が外れ、新たに、①運転開始から30年を超えて運転しようとする場合、10年ごとに設備の劣化に関する技術的評価を行うこと、②その結果に基づいて長期施設管理計画を作成し、原子力規制委員会の認可を受けること――を義務付ける。

それに伴い電事法では、規制政策ではなく利用政策として「40年+20年」の枠組みを改めて位置づける。規制委の安全審査を大前提に、安定供給確保やGXへの貢献、自主的安全性向上や防災対策の不断の改善といった一定の条件を満たし、経産相の認可を受けた場合に限り、20年の延長が認められるようになる。

また、新規制基準対応などの制度変更や、裁判所による仮処分命令といった「事業者が予見し難い事由」を考慮し、東日本大震災後の長期停止期間を運転期間から除外する「カウントストップ」を認める。これにより、「40年+20年+α」といった追加的な延長も可能になる。

原子力事業者にとって、今回の制度改正の意味合いは大きい。これまでは40年超運転を目指そうとしても、審査のタイムリミットから廃炉を決断せざるを得ないケースがあった。しかし今後は、40年が迫る炉についても停止させたままで即廃炉にしないという選択肢も生まれることになる。

そのほか、原子力基本法では安全を最優先とすることに加え、安定供給やGXへの貢献など原子力利用の価値や、廃炉・最終処分などのバックエンドのプロセス加速化など国・事業者の責務を明確化させる。原子力発電における使用済み燃料の再処理などの実施に関する法律(再処理法)では、使用済燃料再処理機構(NuRO)の業務追加や、事業者に対して廃炉拠出金への拠出を義務付ける。

再エネ関連では、再エネ導入に資する系統整備に向け、送電線の整備計画を経産相が認定する制度を創設し、再エネ促進に資するものは工事に着手した段階から系統交付金(再エネ賦課金)を交付する。また、電力広域的運営推進機関の業務に、整備計画に係る送電線の整備に向けた貸付業務を追加する。

乱開発が社会問題化する中、再エネの事業規律強化に関しては、関係法令などの違反事業者にFIT(固定価格買い取り制度)や市場連動型のFIPの支援を一次留保する措置などを導入する。

【特集1】昨年来の高騰局面を深掘り 石炭市場を襲う地殻変動


石炭価格は昨年史上最高値の水準まで上昇し、アジア向け価格は400ドル前後で高止まりした。石炭市場で何が起きているのか。そして今後の価格はどうなるのか。関係者に取材した。

2022年、石炭価格は前代未聞の値動きを見せた。ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始した2月下旬以降、天然ガス価格がフォーカスされる裏では、ガス以上の地殻変動が起きていた。
数年前、高品位一般炭は1t当たり100ドル前後で、200ドルともなれば高いという肌感覚だったが、昨年はこの水準を軽く突破。特にアジア向けの豪州炭価格は、多くの期間で400ドル前後で推移した。ある商社関係者は「欧州一般炭着値価格が180ドル前後に落ち着く中、豪州ニューキャッスル積み価格も落ちつくはずが独歩高となった」と振り返る。豪州炭価格は年明けからようやく下落し始め、1月23日時点で350ドル台で推移している。


世界の主な石炭貿易(2020年見込み)出典:エネルギー白書2022

21年から需要は超過気味 ロシア有事で一気に急騰


市場で何が起きたのかを、まずはアジア向け価格を中心に見ていく。コロナ禍が始まった20年の石炭価格は、需要減退で大幅に下落した。しかし21年には需要の急回復、温暖化問題での石炭権益への投資不足、天然ガス価格高騰、主要産炭国の人手不足、そして中国国内の需給ひっ迫など、価格を押し上げる複数の要因が交錯。21年10月に250ドル超となった後、一時価格は落ち着いた。

需要が超過気味の中、22年初頭からは産炭国での生産や輸送障害が重なった。豪州はたびたび豪雨の影響で供給支障が生じ、低調な輸出が続いた。またインドネシアは1月1日に石炭輸出禁止令を発出し、同月の輸出量が激減。14日に解除後、徐々に回復した。

ウクライナ情勢への懸念から価格が上昇基調となる中、ついにロシアが軍事侵攻を開始し、200ドル台半ばから400ドルへと一気に跳ねた。春にかけていったん落ち着くものの、G7(主要7カ国)の露炭禁輸表明と代替調達の動きが活発化し、9月5日には457.8ドルの史上最高値を記録。その後、秋までは400~450ドル周辺をうろついた。

翻ってEU(欧州連合)では、供給支障問題に揺れる天然ガス代替として石炭火力の閉鎖時期の延長や再稼働などが進み、一時的に石炭需要が拡大。その中でEUは8月10日以降、露炭の輸入をゼロにし、しばらくはアジア・太平洋市場と同じく高止まりが続いた。しかし秋からは露への経済制裁に加わらない中国やインドなどが、市場で値引きされた露炭を積極的に購入。その分、従来輸入されていた南アフリカやコロンビア、米国などの一般炭が欧州に振り向けられたことで、需給が緩んだ。さらに欧州石炭ハブの在庫増加や天然ガス価格の落ち着きも相まって、足元の欧州の石炭価格は200ドルを切っている。

【記者通信/1月27日】北海道電力が規制34.87%値上げ申請 泊再稼働は織り込まず


北海道電力は1月26日、経済産業省に規制料金の値上げを申請した。平均で34.87%の値上げとなる。燃料費の増加が続く中、昨年8月に燃料費調整額の上限に達し、それ以降上限を超過した分を価格に転嫁できていなかった。原子力の扱いについては、新規制基準適合性審査の最中にある泊発電所の再稼働時期が見通せないことから、原価算定期間内(2023~25年度)での再稼働は織り込まなかった。ただ、北海道電は、再稼働に至ればその後値下げを実施する考えを示している。電力・ガス取引監視等委員会の料金制度専門会合での審査と、経産省の認可を経て、6月1日の実施を目指す。

燃料費高騰に歯止めがかからず、各社が続々と値上げを申請

ここ数年の世界的な燃料価格高騰や21年頃と比べた円安、それに伴う卸電力市場価格の高止まりなどが続き、足元の2月分で規制料金では1kW時当たり7円程度、燃調の上限を上回っている。同社の収支・財務状況は急速に悪化しており、22年度は経常損失620億円程度の赤字となる見通しだ。

また、電源構成は、LNG火力の石狩湾新港発電所が加わるなど、前回14年度に料金を見直した際から大きく変わっている。21年度は石炭49%(前回算定期間13~15年度は40%)、石油14%(同34%)、水力・再エネ14%(同14%)、FIT買取・市場調達等12%(同7%)、そしてLNG11%(同0%)、原子力0%(同5%)だ。

こうした実態との乖離を踏まえて今回原価を算定したところ、燃料費や購入電力量など需給関係費が大幅に増加。他方、これまで取り組んできた経営効率化の成果と、今後のさらなる深掘りを進め、合計で年平均650億円程度の効率化を織り込んでいる。

結果、規制料金は平均34.87%の値上げを申請する。モデル料金では、従量電灯B(月間使用量230kW時、30A)が32%増の1万1700円、従量電灯C(同1300kW時、13kVA)が30.7%増の7万3279円、低圧電力(同650kW時、8kW)が30.7%増の3万3828円となる。

さらに低圧自由料金についても、規制料金の値上げ時期に合わせて6月1日から値上げする。主なメニューのモデル試算では、11.7~13.8%の値上げになる。

東電とは対照的 柏崎刈羽7号は10月稼働で織り込み

北海道電は今回、泊発電所の適合性審査が終わるめどがついていないことから、原子力の稼働は原価算定上織り込まなかった。現在1~3号機が新基準許可審査中で、同社は審査項目で残る新設防潮堤の構造成立性などに関する説明を、今秋頃までに終える予定だとしている。ただ、審査が最も進む3号機でも、重要項目である基準地震動(SS)や基準津波の策定、火山の影響評価の説明などが残っている。同社は総力を挙げて早期再稼働に取り組み、再稼働後には値下げを実施するとした。

北海道と対照的なのが、1月23日に規制料金の値上げ申請を行った東京電力だ。柏崎刈羽7号機を今年10月、6号機を25年4月稼働として原価に織り込んでいる。東電は、総原価で年間3900億円程度、規制料金の値上げ幅を1kW時当たり2.1円程度圧縮する効果があると説明する。

確かに柏崎の基準適合性審査自体は進んでおり、17年12月に6、7号機が「合格」となっている。ただし、その後発覚した核物質防護での不手際により、原子力規制委員会が21年3月、事実上の運転停止を意味する、核燃料の移動禁止措置を出した。さらに新潟県独自の「三つの検証委員会」の結論がいつ得られるのか見通せず、花角英世知事はこの検証が終わらない限り、柏崎刈羽再稼働に関する議論は行わない方針を貫いている。

東電ホールディングスの小林喜光会長と小早川智明社長は1月17日に新潟県庁で花角氏と面会したが、花角氏は東電について「信頼を失っている」と述べ、知事の同意には程遠いことが改めて浮き彫りになった。

他方、東電以外でも、原発の再稼働が見通せずとも、値上げ幅圧縮のために一定の稼働を織り込んでいる社もある。ただ、その場合は算定期間のうちわずかの間で、織り込み量は少なく、無理をしている印象は薄い。

東電は柏崎刈羽が再稼働できなかった場合、「徹底した経営合理化を行う」(小早川氏)と言うが、年4000億円弱もの値上げ抑制効果を原発稼働以外で捻出することは可能なのか。

値上げ申請での対応の違いが、各社の今後の経営状況に大きく影響しそうだ。

【特集1】気鋭の若手識者が白熱トーク 国際動向から国内事情まで 政策・業界「変革」の注目点


エネルギー業界で2022年の漢字をひとつ選ぶなら「変革」がふさわしいのではないだろうか。そこから23年の展望をどう描くべきか。若手有識者が国際動向から国内事情まで徹底対談した。

【出席者】

江田健二/RAUL社長

大場紀章/ポスト石油戦略研究所代表

江田 2022年を通して痛感したのが、日本と世界のエネルギー事情のつながりがここまで深いのかということ。私は国内の電力事情、自由化以降のイノベーションを中心に見ており、以前は天然資源の調達事情はそれほどでしたが、国内事業を考える上でもこの辺の情報が必要不可欠だと実感しました。化石燃料の国際動向と23年の展望をどう捉えていますか。

大場 石油ではEUでロシア産の90%が禁輸になります。欧州以外に露が石油を輸出する場合のタンカーへの保険を禁止する制裁も同時に発動し、免除規定として60ドルの価格上限を設ける方向です。足元で露産は概ね60ドル以下ですが、需給ひっ迫で国際価格指標が上がると、露産も60ドルを超える可能性がある。上限価格を超えると露産は無保険か、露の保険会社などを使わなければならず、安く買える国と調達できない国の二極化が一層進むでしょう。23年2月5日からは石油製品にも同様の規制がかかり、原油市場は一層荒れる見通しです。

江田 ほかの燃料については?

大場 あまり表に出ないのが石炭。まさか豪州産一般炭が1t 400ドル前後なんて時代が来るとは。石炭高は需給の問題で石油より根深く、23年もこの傾向が続くでしょう。唯一の下落要因が、欧州のリセッションです。

江田 日本は今回の危機を切り抜けられれば良しとするのではなく、資源を海外に大きく依存する構造の抜本的改善が必要です。日本でも、ウクライナでの発電所や変電所への攻撃などの事態が起きる可能性はゼロではないはず。台湾と中国の関係悪化や北朝鮮のミサイル乱発を見て、そんな思いが強まりました。単にビジネスをするのでなく、一段上のレイヤーからビジネスを考えることが22年の重要なテーマでした。


フェアな競争始まるか 23年は日本にとって好機?


大場 ただ、JKM(アジア向けLNG価格指標)よりがぜんTTF(欧州のガス価格指標)が高く、総体的に現在は欧州経済危機。翻って日本の損害は少なく、インフレもほぼなく、生産力も問題がなく、実は23年は日本のチャンスになるかもしれない。欧州の動きが鈍化する中、日本は数々のアイデアを実行できるはずです。

江田 この一年はウクライナ危機や円安、コロナリカバリーなどが一気に押し寄せ、大手電力も新電力も価格転嫁できずに赤字をため込み、フェアな競争ができない状況でした。しかし23年4月以降は規制料金改定などでこのねじれが大分解消されます。

大場 今後の展開をどう見ますか。

江田 全員でフェアな値上げをする中、エネルギー危機下でも利益を生み出す料金プランが作れるようになります。ラストリゾートへの駆け込みが殺到する状況では、良いプランがあっても選ばれませんが、今後は市場連動型などバラエティーのある商品を積極的に売っていくでしょう。再生可能エネルギーや蓄電池、EV、節電、DX(デジタルトランスフォーメーション)などを絡めた提案も拡大し、需要家が耳を傾けるようになる。危機下で生き残った強い新電力と大手電力間で正当なガチンコ勝負が始まってほしいです。

【特集1】エネルギー四者四様の裏事情 官邸主導で現場は右往左往


政府が石油に続き新たに始めるエネルギー高騰対策の中身は、業界によってまちまちとなった。それぞれ関係者は対策決定までの経緯や効果、今後の対応についてどう受け止めているのか。

岸田文雄首相が「前例のない思い切った策」を講じるとした電気料金に加え、都市ガス料金、そしてまもなく開始から1年がたつ石油高騰対策の継続も決まった。一方、LPガスに対して講じるのはあくまで「事業合理化支援」であり、電気などのような直接的な補助ではない。内容も対応も額もばらばらな政策は、真に国民の生活を助けるような効果を示せるのか。業界ごとの受け止めを紹介する。


電力は競争への影響を懸念 特高に補助なしで混乱も

契約内容によって補助が異なり不公平感も

電気料金への補助額は、低圧契約の家庭向けが1kW時当たり7円、高圧契約の企業向けは同3.5円で、9月まで維持する方針だ。しかし不思議なことに、特別高圧契約に関しては何も決めていない。特高は契約電力2000kW以上の顧客を指し、中規模以上の百貨店や商業ビル、大学病院などが含まれる。なぜ政府は特高の顧客への補助に言及しないのか。業界内では「特高契約する顧客は大企業が多いため、製品に価格転嫁できるとの理由付けで補助金は不要と決めたのだろう」とのうわさもある。

確かにメーカーなら価格転嫁できるかもしれないが、病院や官公庁は転嫁できず、百貨店や商業ビルの店子も同様だ。これらの業種からは政治献金が期待できず、多少の反発を招いても問題ないとでも考えているのだろうか。

混乱が生じることも予想される。同じ病院でも契約電力が2000kWに満たなければ補助が出る。A病院に補助が出ても、近くの少し規模の大きいB病院は額面通りの料金を支払うケースが生じることになる。特高契約の顧客からは間違いなく反発を食らうだろう。

高圧契約で3.5円に決めた補助額も、自由競争の観点で問題になるかもしれない。中部電力と中国電力は、特高・高圧の標準メニューを値上げすると10月末に発表しており、高圧の場合、中部電の値上げ額は約3.3円で、中国電は約4円強。政府が示した補助額を当てはめると、中部電の顧客は実質的に値上げ額がゼロになるが、中国電の顧客は0.7~1円ほどの値上げになる。両社の新料金のモデルケースで比較すると、補助金が出ることによって両社の価格差は縮まってしまう。公正な競争という観点で妥当な判断と言えるのだろうか。

電力会社の対応を考えると、補助金を差し引いた額を顧客に請求することになる。その翌月に政府から電力各社に補助金が振り込まれる形だが、その間はキャッシュがきつくなるため、各社の経理部門からは不満が大きいという。前払いを求める意見も聞こえてくるが、さすがに顧客の電気使用料を前もって正確に把握するのは不可能だ。ただ、後払い方式だと会計処理が複雑で面倒になる点も問題となる。

業界関係者からは業務量が増えることへの懸念も聞こえてくる。会計処理に加え、政府が「電気料金に補助金が出ていることを検針票に明示しろ」と求めているのだ。「料金単価から7円が割り引かれている」と一文記載するだけならよい。問題は「金額を示せ」と政府が要求した時で、電力会社は顧客ごとに計算して検針票に印字する必要が出てくる。手間がかかりすぎて業務も煩雑になるだろう。記載内容の追加に伴うシステム改修が必要となる場合も懸案事項だ。「改修費を政府が支払ってくれるならいいが、電力会社の費用になるのではないか」と不安がる業界関係者は少なくない。

電気は国民生活と経済活動の基盤であるだけに、政府が補助金を出して価格抑制に乗り出すこと自体は歓迎すべき動きだ。ただ、今回の決め方を見る限り現場に対する配慮がないと指摘するしかない。

【特集1】制度や市場の構造問題を置き去り!? 節穴だらけの電気ガス負担軽減策


エネルギー価格抑制策を柱に据えた、岸田政権肝いりの総合経済対策がまとまった。物価・景気対策を一体で行い国民の生活を守るというが、果たしてその効果は。

「もろもろの物価高騰の一番の原因となっているガソリン、灯油、電力、ガスに集中的な激変緩和措置を講じることで、欧米のように10%ものインフレ状態にならないよう皆さんの生活を守る」―。

10月28日、「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」が閣議決定されたことを受け、記者会見に臨んだ岸田文雄首相はこのように述べ、物価・景気対策を一体で行うことで国民の暮らし、雇用、事業を守るのみならず、未来に向けて経済を強くしていく決意を強調した。

ウクライナ情勢を背景とする燃料価格の高止まりと歴史的な円安が続く中、エネルギー・食料品などの価格高騰の影響で厳しい状況にある生活者や事業者への直接的な支援を行うことが、この対策の柱。財政支出39兆円、民間企業の支出も含めた事業規模を約72兆円とし、これによりGDP(国内総生産)を4.6%押し上げるという。

店頭価格で食品や日用品などの値上がりが相次ぐ

岸田首相が述べた通り、一連の対策の中で最も重点が置かれたのがエネルギー価格上昇の抑制であり、暖房などで需要が高まる2023年1月以降から9月ごろまで、燃料費の増大に伴う電気やガス代の上昇分を国が負担する。

具体的には、電気料金については、23年度初頭に家庭の支払い負担が現行よりも約2割増加することを念頭に、一般家庭向けの低圧契約には1kW時当たり7円(標準家庭で1カ月1820円程度)、企業向けの高圧契約は同3.5円を支援。都市ガスについては、家庭、企業ともに1㎥当たり30円を補助する。

さらに、1ℓ当たり35円を上限に販売価格を引き下げるガソリンの補助制度「燃料油価格激変緩和補助金」は1月以降も継続し、6月から段階的に補助額を縮小する。これらにより、平均的な一般家庭で23年度前半にかけて総額4万5000円の負担軽減につながる計算だ。

その一方で、「大企業はエネルギーコストの上昇分を製品に価格転嫁しやすい」として、電気では特別高圧契約、都市ガスでは年間契約量1000万㎥以上の大口需要家が補助の対象から外れた。それだけではない。同じ家庭用需要家であっても、LPガスや、LPガスを小規模導管で供給する簡易ガス(コミュニティーガス)の需要家への直接補助が見送られることになり、LPガスについては「配送合理化」など事業者に対する支援に振り替えられた。

原料となるプロパンが、都市ガス原料のLNGと比べて価格が安定しており、今後も大きな上昇を見込んでいないというのがその理屈のようだが、実のところ、約1万7000社あるLPガス事業者を通じた直接的な軽減対策は難しいという事情もある。

だが、もともとLPガスは都市ガスよりも構造的に高価格であり、物価高による家計負担増に苦しむのは双方の需要家とも同じだ。そういう意味で、使用するエネルギーによって不公平感が生じる対策となってしまった感は否めない。ちなみに、LPガスを原料とする都市ガス事業者の需要家は補助対象のため、供給形態が都市ガスか、そうでないかで明暗が分かれてしまった格好だ。


大手電力は記録的な赤字 生命線となった料金改定

実は、政府が当初から支援を決めていたのは電気料金のみだった。その背景にあったのは、2016年の小売り全面自由化以降も、「需要家保護」を名目に堅持されてきた大手電力会社の経過措置規制料金の水準を引き上げざるを得ないという差し迫った事情だ。

大手電力10社の22年度上期中間連結決算は、四国を除く9社が大幅な最終赤字を計上し、通期でも、「未定」としている東京と九州を除く8社が数百億~数千億円の記録的な赤字となる見通し。その主な要因となっているのが、発電原価を十分に回収することができない現行の料金制度の構造的な問題だ。

既に大手電力会社は、規制に縛られていない高圧・特別高圧契約の標準料金メニューの値上げに加え、家庭向けの低圧契約についても、自由料金メニューについては燃料費調整条項に基づく調整単価の上限廃止に踏み切るなど逆ザヤ縮小に手を打ってきた。

一方、事業者の裁量では如何ともしがたいのが規制料金メニューだ。規制料金には燃調調整単価の上限が設定されたままで、今年1月から10月までに10社全社がその上限に到達した。12月分料金でみると、一家庭当たり月額1400~3600円程度の負担が軽減されていることになるが、当然これは事業者側の持ち出しだ。

規制料金の値上げには、経済産業省の認可を受けなければならず、厳しい査定を敬遠しこれまで慎重姿勢を貫いてきた大手電力各社も、健全な事業運営体制を確保できない状況にまで追い込まれてしまっては、背に腹は代えられない。

本稿執筆(11月21日)時点ではまだ申請した事業者はないものの、東北、東京、北陸、中国、四国、沖縄の6社が料金改定の意向を表明しており、4月実施を視野に11月中に申請する公算が高い。燃料費の上昇分プラスアルファの上げ幅を約2割と想定し、これを対策によって補てんしようというのが本来の対策の目的だったわけだ。

11月18日の社長会見で値上げ改定を説明した北陸電力


【特集1】業界人が料金対策を辛口評価 根拠なき政策の矛盾が露呈 真の狙いは支持率回復か


電気・ガス料金の負担軽減策を巡っては、実際の経済効果を疑問視する声が多い。狙うは支持率回復という岸田政権の本音も垣間見える。業界関係者の本音を聞いた。

〈出席者〉 A大手電力関係者  B大手都市ガス関係者  C新電力関係者

物価対策というより統一地方選への票集め対策だとの指摘も

―岸田政権が打ち出した総合経済対策について、どう評価している?

A 経済対策としては、短期的には多少効くのかもしれないが大きくは期待できないだろう。とはいえ、物価高騰で痛む家計の負担軽減につながるという意味では評価できる。エネルギー価格高騰の要因は、燃料市況の高止まりもあるが円安がそれを増幅していることも大きく、根本的には円安を是正しない限りどうにもならない。円買い介入など一時しのぎで効果は限定的。金融政策を大きく転換できるかどうかが問われる。円安対策と言いながら、円安を活用したインバウンドの活性化といったわけの分からないことを言っていて国の政策が定まっているとは思えない。

 円安対策と合わせて、エネルギーの構造的な問題を解決する必要もある。燃料市況そのものをコントロールできない以上、LNGへの依存を低減させるしかない。今回の経済対策の中では、原発の再稼働について明示的には触れられていないが、西村康稔経産相が原子力発電所1基が稼働すればLNG100万tの消費削減に寄与すると言及したように、政府は再稼働を進めていかなければならないという方針を明確にしている。再稼働に向けた環境整備に向け国がどうかじ取りをするのか見届けたい。

B 経済対策は、電気・ガス料金の値下げという形で対策がまとまったが、実は4月に「電力・ガス・食料品等価格高騰重点支援地方交付金」を創設し地方自治体を通じて6000億円をかけた対策が講じられている。だから、今回の狙いは本当の意味での値下げ対策ではなく、統一地方選挙に向けた票集めなのだろう。とはいえ、都市ガス事業者としては、当初は補助の対象外だったにもかかわらずよくぞ加えてくれたとも思う。家計に与える影響はほとんどないと思うが、産業用はガス代が大きく上昇し原材料費の高騰に苦しめられているので、1㎥当たり30円負担が圧縮されることで需要家は助かるし、ガス事業者側も値上げによる需要家からのクレームをある程度抑えられるのではないかと期待している。

 エネルギーを巡る混乱の一番大きな要因は自由化にあると考えている。規制時代は長期契約を多く抱え一部の学識者から批判を受けたが、今となってはより多く長期契約で押さえろと真逆のことを言っている。電力業界が、自由化で需要が不安定になって電力が電源投資できなくなったのと同様に、いつ離脱するか分からない需要のために長期契約はできない。そうは言っても自由化の針を戻すわけにはいかないので、どうするべきなのか答えがなくて悩ましい。先般、ガス事業法の改正案が成立し、JOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)にLNG調達の機能を持たせることや、需給ひっ迫時にガス使用制限令を発令できるようになった。今より状況が改善することを期待していている。

C 経済対策としては、消費者に直接還元するよりも、電力市場安定化を目指す方がよいと考える。例えば、化石燃料の値上がり分に直接補助金を出して発電コストを安定させるとか。燃料費調整制度の基準価格の上限を撤廃し、その上昇分を一時的に補填するようなことに意味があるとはとても思えないし、これは選挙対策であってエネルギー政策ではないという意見には同感だ。

 今、複数の大手電力会社が低圧の経過措置規制料金の見直しを進めているが、燃調の上限を撤廃するだけなのか、約款料金を抜本的に値上げするのか見えていなかったにもかかわらず、4月に家庭用の電気代が2~3割上がることが既定路線であるかのように吹聴されていることは不思議な感じがした。東京電力エナジーパートナーの場合、燃調を廃止しただけで2割上昇すると言われているが、政府と大手電力会社が(燃調上限撤廃のみの実施で)「握った」ということなのかと勘繰りたくなる。

 それに、政府としてGX(グリーントランスフォーメーション)推進を強く打ち出しているのに、電気、ガス、ガソリンに補助金を出すことにも違和感を覚える。緊急事態なのでGXという錦の御旗はとりあえず脇に置き、経済対策最優先で行くというメッセージを明確に打ち出すべきではないか。消費者の化石燃料使用が抑制的になっているのだから、脱炭素に資する設備導入に補助金を付けるなど一気にGXに向けた展開を進める好機だったはずなんだけど。

総合経済対策では、円安を生かした“稼ぐ力”回復もうたうが……

【北海道電力 藤井社長】再エネポテンシャルを 最大限に活用し 地域活性化に貢献する


過去に類を見ない燃料価格高騰に見舞われる中、火力発電への依存度低減を目指し、泊発電所の再稼働と再エネ電源開発に注力するとともに、将来の水素利用に向けた取り組みを加速させる。

【インタビュー:藤井裕/北海道電力社長】

聞き手:志賀正利/本社社長】

ふじい・ゆたか 1981年宇都宮大学工学部電気工学科卒、北海道電力入社。2015年取締役常務執行役員流通本部長、16年取締役副社長流通本部長などを経て19年6月から現職。

志賀 燃料価格の高騰で、電力各社において経営を取り巻く環境がこれまでになく厳しい状況です。今後の収支見通しはいかがでしょうか。

藤井 2022年度通期の連結業績見通しについて、710億円程度と史上3番目の経常赤字額になる見込みです。背景には過去に経験したことのない急激な燃料価格や電力市場価格の上昇による調達費用の増加があります。これまでも最大限の効率化を図ってきましたが、今後さらに、燃料調達の創意工夫や経済性のある火力発電所の焚き増しなど燃料費や電力購入費用の抑制に最大限努め、収支改善を図っていきます。

志賀 低圧規制料金の値上げについては、どのように検討していますか。

藤井 規制料金の値上げを含め、経営の健全化に向けたあらゆる対策について、いかなる選択肢も排除せずに幅広に検討していますが、現時点で規制料金の値上げについて決めたものはありません。

高圧契約の受付再開へ 標準約款を見直し

志賀 高圧・特別高圧については、契約の受付を停止しています。再開の見通しは。

藤井 燃料価格が高水準で推移する中、5月下旬より、高圧以上の新規契約の受付を停止させていただきました。依然として、燃料の調達環境や電力市場価格の先行きを見通すことは難しいですが、本来安定して電力をお届けするべき電気事業者として、このまま受付停止を継続している状況は本意ではありません。そのため、標準約款を見直した上で、12月末から来年1月上旬をめどにお申込みの受付を再開し、4月からの電気のお届け開始を目指して準備を進めています。

志賀 低圧自由料金プランの燃料費調整額については、12月分から上限を廃止しました。

藤井 8月分電気料金から、燃料費調整制度における平均燃料価格が上限に到達しました。燃料価格の高騰が長期化した場合、料金に反映されない上限超過分が増大するため、スピード感をもって燃料情勢の変化に対応していかなければ健全な経営が困難となるとの観点から、低圧自由料金プランについて12月分より上限を廃止させていただきました。お客さまにご負担をおかけすることになりますが、影響額試算のご要望や負担軽減に関するご相談など個別に丁寧に対応させていただいています。

志賀 現在の状況を踏まえ、低圧小売り分野のお客さまにどのようなサービスを展開していきますか。

藤井 お客さまのご負担の軽減を図る観点で、高効率で省エネ性に優れるヒートポンプ機器を用いた「スマート電化」をおすすめしています。既に電気温水器や蓄熱暖房器などの従来型のオール電化機器をお使いのお客さまに、ヒートポンプ機器へお取り替えいただく「エコ替え」を提案しています。また、11月からは、このヒートポンプ機器をより多くのお客さまにお手軽にお使いいただけるよう、お求めやすい定額料金で機器をリースするサービスをご用意しました。多くの皆さまにヒートポンプ機器の省エネ性を実感していただけるよう取り組んでいきます。

【記者通信/12月1日】5社の電気料金値上げ申請出揃い 横並びでばらつきどう判断?


北陸電力が11月30日、規制料金の改定を経済産業省に申請した。平均で約45.84%の値上げとなり、11月下旬までに料金改定を申請した5社の中で値上げ率としては最大となる。東日本大震災後の原発停止に伴う燃料費の負担増以来となる今回の料金改定。来年4月の改定実施に向けた申請〝第一弾〟が出揃ったことになるが、各社の申請内容にばらつきが見られる中、12月7日にも始まる電力・ガス取引監視等委員会の料金制度専門会合でどのように審査されるのか、注目が集まっている。

11月末までに値上げ申請した5社の内容が出揃った

北陸電の料金改定は2008年以来、値上げは1980年に実施して以来となる。同社では今年2月に燃料費調整額の調整上限に到達し、費用の持ち出し状態が続いていた。今年度の連結経常損益は1000億円の損失となる見通しで、過去最大の赤字を見込んでいる。

今回の申請に伴い、規制料金のモデル料金は、従量電灯B(月間使用電力量230kW時、30A)で42%増の9098円、従量電灯C(同710kW時、10kVA)で43%増の3万1094円、低圧電力(同480kW時、8kW)で39%増の2万3468円となる。

原価算定期間は2023~25年度の3年間。自社発電の電源構成は、08年に改定した現行原価から大きく変わり、石炭が64%(14%増)、LNGが初めて加わり8%、石油が4%(8%減)、そして原子力は3%(16%減)とした。原子力については、志賀原発2号機の具体的な再稼働時期が見通せない状況にあるものの、原価算定上で燃料費の抑制を図るため、稼働時期を26年1月として織り込んだ。これにより原価全体で年平均約120億円の抑制効果が生じ、規制料金の値上げ率を約2%抑えられる計算になる。

原価のうち、燃料費などの可変費は3020億円の増加となる。一方、震災以降366億円の経営効率化に取り組んでおり、さらなる施策として132億円の効率化も織り込んだ。結果、申請原価は5737億円と、現行から2904億円の大幅増となった。前提諸元のうち、事業報酬率は0.5%減の2.8%としている。また、同社は値上げ申請に伴い、11月以降の役員報酬を10%自主返納する方針も表明した。

なお、低圧や高圧以上の自由料金メニューに関しても検討中で、今後発表する。

原発利用率や値上げ水準にばらつき 燃料費や人件費の評価は

11月下旬までに値上げを申請した5社の内容を比べると、各社の事情の違いが見えてくる。まず、原子力利用率が今回の原価算定期間の中でどこまで織り込めるか。具体的な再稼働時期が見通せる東北電の女川2号(24年2月)や、中国電の島根2号(24年1月末)については利用率がある程度見込め、値上げ幅の抑制につながる。また、前回の改定時期が近いかかどうかも、今回の値上げ幅の大小に影響する要素だ。さらに、申請した新料金の水準が、現行の燃調上限を撤廃した水準を超えるケースと、それ以下に納まるケースの両者がある。

各社とも申請では人件費を削減しているが、今後の査定においては、震災後の改定時と同様、申請原価の燃料費や人件費について特に厳しく見られる可能性がある。ただ、料金制度に詳しい関係者は「物価高騰局面で政府が経済界に3%の賃上げを要請している中、原価で人件費を織り込む時点から電力会社が遠慮するような姿勢があるとするならば、それはどうなのか。結果認められなかったとしても、申請時点では正当な原価の水準をきちんと盛り込むべき地合いになっている」と強調する。

【記者通信/11月4日】「EV元年」に相次ぎ参入 蓄電池メーカーが充電関連事業を開始


国内自動車メーカーのEV市場への参入が相次いだ2022年は「EV元年」と言われている。国際的なEVシフトの波を捉まえようとの対応だが、日本国内でEV普及が進まない理由の一つに、充電インフラの整備の遅れがある。この解決に向け、蓄電池メーカーがEV充電サービスに乗り出す動きが出始めた。

パリ協定策定以降、EVシフトの国際的な機運は高まる一方だ。欧米や中国などでは車の電動化に関する規制が進み、10月下旬には欧州連合(EU)が35年に内燃機関車の販売を事実上禁止することで合意している。

日本政府も、35年までに乗用車の新車販売で電動車100%実現といった目標を掲げる。しかし、日本での20年のEV新車販売台数は約1万5000台と、乗用車全体の約0.6%にとどまり、欧米や中国からは水をあけられている。

自社製品を活用したEV充電事業について発表するパワーエックスの伊藤社長

蓄電池ベンチャーが手掛ける充電事業 国内7000カ所目標

この状況改善のカギを握るのが、EV用の公共充電設備の拡充だ。

蓄電池製造・販売や、蓄電池を搭載した〝電気運搬船〟事業を手掛けるスタートアップのパワーエックスは、新たに再生可能エネルギー由来のEV充電ネットワーク事業を始める。

バッテリー容量が72kW時のEVを満充電するには、普通充電(出力3kW)では24時間、急速充電(50kw)では1.4時間程度かかるのに対し、超急速充電(150kW)なら30分程度で済む。その点、出力100kW以上の超急速充電所は欧州では約8700、米国では約1万3500カ所あるのに対し、日本はわずか15。日本のEVユーザーの利便性はガソリン車に比べてかなり劣っていると言える。特に都市部は、集合住宅などで長時間充電できる環境が整っていないケースが多く、公共の充電施設の普及が求められる。

こうした実態を踏まえ、同社は「チャージステーション」事業を23年から開始する。大型蓄電池(320kW時)搭載で最大出力240kWの同社製EV充電器「Hypercharger」を用いた超急速充電所を、まずは都心中心に10カ所から手掛け、30年までに全国で7000カ所を目標とする。ユーザーにとっての分かりやすさや利便性にこだわり、専用スマホアプリで予約から充電、決済まで完結する仕組みで、時間制限なしのフル充電が可能だ。

また、同サービスでは「再エネ100%」もコンセプトの一つ。再エネ電気はオフサイトPPA(電力購入契約)などでの調達を想定しており、非化石証書などを活用した「実質再エネ100%電気」は極力避ける考えだ。

同社の伊藤正裕社長は、経済産業省が示すストレージパリティ(蓄電池導入の経済的メリットがある状態)が1kW時当たり6万円(業務・産業用)であるのに対し、Hyperchargerの販売価格帯はこれを下回ると強調。蓄電池を安くつくれるイノベ―ジョンにより、「チャージステーション事業での充電料金はガソリンよりお得な価格帯を想定している」と説明した。

パナも充電設備拡充を後押し 事業者とユーザーつなぐサービス提供

パナソニックも、EV用の充電インフラ拡充に向けたシェアリングサービスの導入を進める。

同社が新たに始める「everiwa Charger Share」は、同社製などの充電設備を設置する事業者とEVユーザーをつなぐサービス。11月29日から充電設備設置者の募集を始め、来春からサービスを開始する予定だ。

EV充電器のシェアリングサービスを発表するパナソニックの大瀧副社長(央)ら

ユーザー側はアプリを使い、充電ステーションを検索して予約。地点ごとの混雑状況を把握でき、待ち時間なしでの利用が期待できる。設置者側にはアプリを通じて利用料を支払う。こうした取り組みで充電ステーションの利便性を高めて普及させ、商業施設の集客や、自宅に充電施設を持たない住民へのEV導入促進といった効果を見込んでいる。

パナソニックの大瀧清副社長は「日本では電動車の普及率が低いが、化石燃料によるCO2排出を減らす政府目標のためにもEV充電のインフラを整備し、活用しやすくすることが重要」として、このサービスをEVの普及拡大につなげたいと話した。

また、同サービスでは決済システムをみずほ銀行が担当し、トラブル発生時の保険を損害保険ジャパンが提供する。パナソニックは両社らとともに、サービス提供を希望する企業・団体などを募集するコミュニティ「everiwa」を設立し、関係者が一丸となってカーボンニュートラル実現に取り組むことも強調した。

EV関連インフラの普及拡大に向けた機運が高まる一方で、電力需給ひっ迫が懸念される中、電化の促進に耐え得る電力システムの構築も同時に模索する必要がある。その際には系統の安定化や全体最適の視点を疎かにしないことが肝要だ。

【特集1】電力高騰で好機到来の蓄電池 国内メーカーの戦略と勝算は?


従来の停電・防災対策に加え、電気料金の高騰対策として需要家側で蓄電池活用のニーズが高まっている。価格競争力や費用対効果について、国内メーカーに聞くと「勝算あり!」の手応えが返ってきた。

脱炭素化の最重要技術・蓄電池市場で日本の存在感を高めるべく、経済産業省が今夏、「蓄電池産業戦略」を策定した。日本はもともと技術開発や実用化段階では世界をリードしていたものの、いつの間にか後塵を拝すように。特に中国・韓国勢が強力な政策支援を受けて躍進し、リチウムイオン電池(LIB)ではEV搭載用も定置用も、日本はたった5年ほどでシェアを大きく奪われた。同戦略ではこれまでの展開を反省しつつ、①液系LIBの製造基盤強化のための大規模投資、②グローバルプレゼンスの確保、③全固体など次世代電池市場の獲得―を掲げる。

同時に、昨年来の電力価格高騰局面を受け、国内の需要家の蓄電池に対する意識が変化し始めた。住宅向けに蓄電池付きで太陽光発電リースサービスを展開するLooopは、「太陽光パネルも蓄電池も自社で調達し、価格面での競争力が高まっている。エンドユーザーからもハウスメーカーからも、蓄電池込みのプランで電気代を限りなくゼロに近づけたいという要望が増えている」と実感を語る。


海外製セルを国内で組み立て ストレージパリティ達成も

国内蓄電池メーカーに話を聞くと、もともと再生可能エネルギー主力化に伴い見込まれていたニーズの拡大が、現在は電力高騰の追い風で一足早く到来した状況にあるという。2021年創業のパワーエックスは、商品第一弾となるバッテリー型EV用超急速充電器と、産業向けの定置用蓄電池の予約注文が好調で、10月末時点で1GW(1GW=1000MW=100万kW)を超えた。家庭用の前に、ある程度の需要が見込める大型の産業用やEV充電用から市場投入したのが奏功した。

海外製セルを使うパワーエックスのEV用充電器

同社の伊藤正裕社長は、電力市場のボラティリティ(変動性)の大きさを背景に、同社製品の価格競争力に勝因があるとして、「定置用の場合、ピークシフトのみで6年程度での投資回収が可能だ。太陽光の自家消費まで組み合わせれば、その費用対効果は一層高まる」と説明する。

経産省は、ストレージパリティ(蓄電池を導入し経済的メリットがある状態)の試算結果から30年度目標価格として業務・産業用は1kW時当たり6万円程度、家庭用は7万円程度と設定。パワーエックスの定置用蓄電池(3MW)はパワーコンディショナー込みでこの産業用の目安を切り、スペックも犠牲にはしていない。為替レートによるが、国内同業他社の3分の1程度の価格に納まる。伊藤氏は会社設立の目的自体が、この価格帯の実現にあったと強調する。

なお、6万円というラインの根拠は電力高騰が起きる前、平時での試算結果だ。つまり足元は、これより高い価格帯でも経済的メリットが生まれる状況にある。

同社はスペック面ではエネルギー密度、フル充放電可能なサイクル数、暴走温度などの観点から、コスト面では、価格が高騰するニッケルやマンガン、コバルトなどの原料を除外した結果、リン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池を選択。海外製セルを大量購入し、それを自社で最終製品に組み立てる戦略だ。

「サイクル数を極端に高めるか、kW時6万円を切れば、蓄電池の需要は爆発的に生まれる。しかしコストが下がらなければニッチ産業のまま。国内に需要をつくることが最優先で、セルの内製にはこだわらない」(伊藤氏)  

同じセルを使っても組み立て方の工夫により、定置用にも、EV用に高出力で急速充電可能に仕上げることも可能で、これも独自の高度なノウハウだ。

電力市場のボラティリティ継続が予想される状況では、産業用蓄電池を市場価格の変動に合わせ充放電したり、調整力として売ったりすることで利益を得る、新たな「蓄電所」ビジネスモデルが広がる可能性も高まる。22年の電気事業法改正で、こうした蓄電池ビジネスに関わる環境整備も進み出した。「今後、蓄電池の費用対効果はアプリケーションで差がつくと見ており、蓄電池ユーザー向けにAIで充放電をコントロールするサービスの構想もある。そこまで見据えて製品スペックを決め、必要な人材もそろえた」(同)

【特集1】国内随一のLIB専業メーカー 優れた安全性など総合力で勝負


インタビュー:小川哲司 エリーパワー社長

国を挙げて蓄電池ビジネスに注力する中国・韓国勢に押され、日本メーカーは劣勢気味だ。国産リチウムイオン電池(LIB)の可能性を追求するエリーパワーの小川社長に現状と展望を聞いた。


―事業の特徴を教えてください。

小川 かつて電力貯蔵用大型LIBの量産化を目指すメーカーが不在の中、原発の夜間電力活用のために国産蓄電池メーカーの必要性を鑑み、2006年に創業しました。筆頭株主の大和ハウスグループの新築住宅向け製品から始まり、他のハウスメーカーにも導入いただけるようになり、今は既築住宅向け、オフィス用、産業用製品も揃えています。

 蓄電池の開発・量産時に最もこだわるのは安全性で、これはハウスメーカーも重視する要素です。業界全体では発火事故やリコールが増加する中、当社はこれまで8万4000台以上を出荷していますが電池起因の重大事故は全く起こしていません。世界的な第三者認証機関であるドイツのテュフラインランドが独自に策定した厳格な安全性認証を大型LIBでは世界で唯一取得した電池セルで、世界一安全な製品だと自負しています。高温時の寿命劣化や低温時の放電ロスの少なさも特徴で、屋外設置でも問題ありません。蓄電池は性能が重要ですが、消費者が現状これらを知る指標が無いため、価格のみで製品を選ぶ傾向にあります。消費者が安心して最適な製品を選択できるような指標・規格作りが必要だと考えます。

―自社製品の価格競争力をどう評価していますか。

小川 蓄電システムは購入から廃棄に至るまでのライフサイクルコストで検討することが重要です。導入時価格が安く一見魅力的でも、長期間使用すると利用可能な蓄電容量が限定される製品があります。一方、当社製品は15年使用しても70%以上の容量を維持できる長寿命を実現しています。蓄電池普及に向け今後も期待される補助金を考慮すれば十分設備コストが回収でき、電力価格高騰局面ではさらなる削減効果も期待できます。

―ビジネス拡大のポイントは。

小川 当社は10年に第一号製品を投入し、ハウスメーカーとともにマーケットを創ってきました。一方ここ数年、日本市場で急速に台頭する中国・韓国のメーカーは、各国政府による資金面や需要創出面での手厚い支援を受けて成長していると想定されます。わが国においても生産効率を上げ製造コストを圧縮するために蓄電池市場の創出は重要で、政府による支援が期待されるところです。


全固体の前に液系追求を 技術改良の余地大きく

小川 政府は30年ごろに次世代全固体LIBの本格実用化を目指す方針ですが、大型全固体LIBの製造は技術的ハードルが高く、当面液系LIBが主流になると考えられ、新たな材料の開発も進んでいます。当社も新バージョンの製品を投入する計画で、不燃性電解液も開発中です。従来の電解液を用いた電池は消防法上の危険物に分類されますが、不燃性になれば適用外となり、より幅広い用途での活用が期待できます。この不燃性電解液に高容量の電極材料を組み合わせ、エネルギー密度のさらなる向上も目指しています。

おがわ・てつじ 1964年上智大学経済学部卒。同年大和ハウス工業入社。常務取締役、専務取締役、代表取締役副社長などを経て、2016年エリーパワー代表取締役副社長。19年から現職。

【特集1】汎用製品から次世代技術まで 期待高まる蓄電池の最新事情


需要家用から系統接続用、EV用など暮らしや産業のさまざまな場面で活用される蓄電池。技術ごとに、その特性や用途、最新トピックスなどを解説する。

【技術1】大容量化進むNAS電池 海外でも存在感示す

硫黄(S)とナトリウム(Na)イオンの化学反応で充放電を繰り返すNAS電池は、日本ガイシが世界で初めて実用化したMW(1MW=1000kW)級電力貯蔵システムだ。大容量、高密度、長寿命で、応答性にも優れるのが特長だ。

日本での技術開発はサンシャイン計画やムーンライト計画の一環で進み、民間では日本ガイシと東京電力が共同で着手し、2002年に事業化した。初期の10 kW級から大容量化を図り、09年には34 MW級にまで拡大している。

用途も需要家のピークカットから、非常用電源、再生可能エネルギー併設、離島・地域グリッド、送配電系統用などと広がりをみせる。海外でも導入が進み、世界250カ所以上で出力約700MW、容量4900MW時の稼働実績がある(22年2月時点)。

国内では、九州電力が豊前蓄電池変電所に50 MW、300MW時と国内最大級のコンテナ型NAS電池を導入。16年から稼働し、再エネの最大限の受け入れと需給バランス改善を図る。また今夏には、東邦ガスが系統用蓄電池として津LNGステーション跡地への設置工事を開始。自社調整力や各電力市場での取引に使うため、25年度の運用開始を目指す。これは東海3県では初の取り組みだ。

ただ、需要家側のオンサイト用ではリプレース時にリチウムイオン電池(LIB)に置換するケースも出ている。また、11年に発生した大規模な火災事故を受け、日本ガイシが安全対策を強化した。

豊前蓄電池変電所の特大容量NAS電池

【技術2】用途幅広いLIB エネマネでも活躍

エネルギー密度が高く、コンパクト化が可能で、寿命も比較的長いLIB。パソコンなどの家電用から、家庭や産業用蓄電システム、EVなどと、その用途は幅広い。

国内メーカーのLIB生産からの撤退が相次ぐ中、長年生産を続ける数少ない存在であるパナソニックエレクトリックワークス社は目下、V2H(ビークルトゥホーム)の一環でLIBとEVとの連携に注力する。日中にEVを使う場合はLIBで太陽光を充電し、夜はLIBからEVに放電する形がトレンドとして注目され始めている。電気代もガソリン代も高騰する中、EVや蓄電池の費用対効果に期待が高まる。

同社は、「EVの乗り方によって蓄電の仕方が変わる。また、当社製品には天気を予測して賢く自家消費を管理する『AIソーラーチャージ機能』などもある。ほかのエネルギーシステムも含め、海外メーカーにはない強みであるエネマネ技術を活用した付加価値の提供に力を入れており、蓄電池はその中心に位置する」(蓄電池企画課)と説明する。

ただ、電解液が可燃性のため高温下などで発火するケースがある。同社の蓄電システムで事故は発生していないが、不安全な環境下でも事故が起きる前に止めるというコンセプトで二重、三重の安全対策を講じる。また蓄電池の共通課題であるコスト面については、半導体や部材価格の高騰、さらには為替の影響も大きく、足元は厳しい状況にあるという。

パナソニックはLIBとEVの連携に注力

【技術3】最古参技術の鉛蓄電池 コスト面が圧倒的強み

蓄電池の中で最も歴史が古い鉛蓄電池は1895年、二代目・島津源蔵が国内で初めて試作に成功した。以来、自動車や軍艦の無線用電池、ラジオ、炭鉱のトロッコ電車、近年では非常時のバックアップ電源など、時代のニーズに合わせ、さまざまな用途で使われてきた。意外かもしれないが、最近ではEVにも搭載されている。EVには走行用のリチウムイオン電池だけでなく、システム起動などの補機用バッテリーとして鉛蓄電池が必要なのだ。

鉛蓄電池の長所は、何といっても低コストとパワーパフォーマンス。原料の鉛が大量に採れるため、安価に生産することができ、起電力(電流を回路に流す駆動力)が大きい。鉛は再生が比較的容易で、鉛蓄電池ではほぼ100%がリサイクルされている。一方、エネルギー密度が低いため、小型化には向かない。また電解液に希硫酸を使用しているため、破損時に薬品やけどなどの危険性を伴う。

現在、大容量で充放電性能が高いバッテリーの需要が高まっている。車などのアイドリングストップや短距離移動で短時間に何度もエンジンをかけると、バッテリーへの負荷がかかるからだ。GSユアサの福田敦広報課長は、「当面は自動車搭載用のほか、災害など非常時の産業向けバックアップ電源としての需要がメインとなる」と展望する。

島津源蔵が試作に成功してから127年。鉛蓄電池は社会の要望に応え続ける。

北海道寿都町の風力併設の鉛蓄電池

【記者通信/11月1日】大手電力の規制料金 燃調上限なければ1400~3600円の値上げに


大手電力会社の低圧規制料金に設けられている燃料費調整額の上限値(基準燃料価格の1.5倍)によって、平均的な標準家庭(月使用量260kW時)の11月分料金で月額1400~3600円程度の負担が軽減されていることが、本誌の調べで分かった。今後の規制料金改定を通じて基準燃料価格が直近の実績値に見直されると、上限価格が引き上げられ、少なくとも現状軽減分の値上げが発生することになる。

大手電力の規制料金改定の表明が相次ぐ


政府の総合経済対策では、低圧料金で1kW時当たり7円(標準家庭で1820円程度)を補助することを決めたが、今年度決算で数百億~数千億円規模の大幅赤字という大手電力の予想を踏まえれば、値上げ幅はさらに拡大する可能性がある。 本誌が試算した大手電力各社の燃調上限による負担軽減額は次の通り。北海道1583円、東北2366円、東京1765円、中部1476円、北陸2046円、関西2056円、中国2904円、四国2251円、九州1479円、沖縄3640円。いずれも、低圧自由料金の燃調額(上限なし)から規制料金の燃調上限を差し引いた単価に、260kW時を掛けたもので、もし燃調上限がなければ、それだけの値上がりが発生することを意味する。逆に言えば、現状では電力会社の負担となっているわけだ。

大手電力6社が値上げの方向 料金の適正化が急務

これまでに、東北、東京、北陸、中国、四国、沖縄の電力6社が値上げの方向を表明。大幅赤字状態の他電力も追随する公算が大きい。「来年4月以降に予想される規制料金改定では、燃料費上昇分プラスアルファの値上げとなる可能性がある。国の補助や経産省の査定で実質的な上げ幅が抑えられるとしても、需要家にとってそれなりの負担増は避けられないだろう。しかし事業者側にとっては、これ以上の赤字が続けば、電気事業の運営そのものが脅かされることになる。省エネ・節電なども絡めて需要家には何とか理解をいただき、料金の適正化を図る必要がある」(市場関係者)

小売り全面自由化による規制緩和の流れを受け、今や電力・ガス事業の規制料金は大手電力10社と東邦ガスなど都市ガス数社に残るのみとなっている。電力以外の石油、LPガス、都市ガスなどエネルギー各社は、燃料・原料調達費の上昇にもかかわらず、軒並みの好業績だ。規制時代の遺物といえる燃調上限規制を今後どうするのか。健全な事業運営体制を確保していく上でも、政府部内の早急な検討が望まれる。

【特集1】最悪シナリオは回避できるか 「サハリン2」巡る日露の攻防


日本のアキレス腱「サハリン2」を巡り、ロシアが出資企業に揺さぶりをかけてきた。新たな枠組みの下では長期契約の見直しはもとより、供給途絶の可能性も否定できない。

ロシアのプーチン大統領が6月30日、サハリン2(S2)の運営主体を「サハリンエナジー」社から新たに設立するロシア企業に移管するとの大統領令に署名し、日本の関係者の間に衝撃が走った。G7(主要7カ国)が共同歩調でロシアへの経済制裁を強める中、ついにロシアが日本の弱点を狙い撃ちした格好だ。

6月末の大統領令を受け、S2の権益を引き継ぐ新事業体「サハリンスカヤ・エネルギヤ」が8月5日付で発足した。ロシアは出資企業に対し、従来比率で新会社に出資するかを9月4日までに通知するよう求めた。

日本はS2から年間約600万tのLNGを長期契約で比較的安価に調達してきた。以前のサハリンエナジー社にはもともと、ガスプロムが約50%、英シェルが約27.5%、三井物産が12.5%、三菱商事が10%出資していたが、ロシアの軍事侵攻開始直後の2月下旬にシェルが撤退を表明。一方、日本政府はこの間、S2の権益維持の方針を貫いている。従来の契約条件が維持されるとの見通しが高まる中、日本政府の意向を受け、三菱商事と三井物産は新会社に出資する方針だ(8月22日時点)。

「サハリン2」の行く末に関係者の注目が集まる

ただ、一連のロシア側の対応を巡っては不明瞭な部分が多い。ロシアでは、石油ガス上流開発に関して旧ソ連解体後に制定した地下資源法と、外資企業が参入しやすい事業環境整備を目的としたPSA(生産物分与契約)法があるが、「そもそも当初に事業出資者とロシア政府間で合意された投資条件がロシア政府の思惑で容易に覆されないためにPSA法が整えられた経緯がある。通常は大統領令よりもPSA法が優先するはずだが、現状は不透明なところもある」(日本エネルギー経済研究所の栗田抄苗主任研究員)

従来の大統領令は国内法改正や国家プログラム策定など政府への指令で使う場合が多く、今回のような使われ方自体イレギュラーだ。専門家でもどう理解すべきか悩ましいと言う。

いずれにせよ、今回のロシアの一方的通達は国際的ビジネスルールを完全に無視したものだ。「ロシアの動向は全く楽観視できないが、情報を精査して粘り強く交渉を続ける必要がある」(同)


サハリン2を「人質」に 先行きはロシアのさじ加減一つ


ロシアの日本への対応は、6月下旬のG7サミット(首脳会議)を機に変化したとの見方がある。それ以前のロシアは日本に対し、欧米とはやや異なる対応を見せていた。

ロシアの本音としては戦費がかさむ中、安価なS2の長期契約を見直したいはずだ。既に2000年代後半からロシア国内では「資源ナショナリズム」が高まっていた。石油・ガス収入が増えるにつれ、旧ソ連解体後に技術も資金もない中で外資にある程度有利な形で制定されたPSA法を見直すべきとの声が国内で出始め、プーチン大統領も同様のスタンスだ。そんな背景がありながらも、ロシアはすぐにS2の長契に手を付けようとはしなかった。

しかし、G7サミットで合意したロシア産石油の取引価格に上限を設ける新たな制裁の検討に関して、岸田文雄首相が参院選中に「今の価格の半分程度を上限とする」などと突っ込んで発言。さらに物価高はロシアのせいだと主張し、政府や日銀批判をかわそうとした。こうした動きに対しメドベージェフ前首相は7月上旬、「日本はロシアから石油もガスも買えなくなる。S2への参加もなくなる」と反応して見せた。

日本政府はG7の制裁にやむを得ず追従するという基本スタンスだったはずが、首相の発言はミスリーディングだと言える。「これで怒ったロシアが態度を変えたように見える。G7がロシア産石油への価格上限策を断行すれば、S2の長契見直しに動く可能性は十分ある。つまりS2を人質にしている」(エネルギーアナリスト)というわけだ。

また、日本側の新事業体への参加に関わる提出書類などの審査はロシア当局の判断に委ねることになる。「今回の大統領令によると、受領不可や不承認と判断された場合、4カ月以内にほかの企業に新事業主体の権益を売却し、PSA事業で生じた損害を差し引いた上でロシア国内の口座に留め置かれる」(栗田氏)。今後の展開はロシアのさじ加減一つで変わり得る。


憂慮される供給途絶の可能性 オペレーター不在のリスク大

そして最も警戒すべきは供給途絶の可能性だ。ロシアはG7の経済制裁に対し、さまざまな場面でフォースマジュール(不可抗力条項)を行使している。栗田氏は「S2からの供給途絶があるとすれば、ロシアがノルドストリーム1などの供給削減で持ち出した設備故障などの技術的理由、料金未払いなどの契約不履行、環境対策を理由にストップをかける展開があり得る」と見ている。

特に心配なのは、ロシアの思惑の外で実際にトラブルが生じることだ。日本企業が出資するLNGプロジェクトは基本的に、欧米メジャーがオペレーターとなり、日本勢は資金だけ拠出する格好だ。しかしS2ではシェルが抜け、新たなメジャーが今後参入する可能性はほぼゼロ。そんなケースは前例がなく、液化プロセスを含めオペレーターを務められるのは欧米メジャーだけだ。

オペレーター不在の新会社への出資は、今までの枠組みで出資してきたこととは意味合いが全く異なる。「LNGプラントで仮に制裁対象の部品が故障すればアウトだ。オペレーター不在で誰が交換するのか。ロシアが意図的に供給を絞るよりも憂慮すべき事態だ」(前述のエネルギーアナリスト)

実際、三井物産の安永竜夫会長は7月下旬、メディアの取材に対し、S2の権益維持について「受けられない条件なら断念する」と述べている。8月2日にはS2権益の大幅減損を行っており、資産価値が事実上なくってしまうのなら出資する意味がない。いくら政府に突き上げられようが、これが商社側の率直な本音なのだろう。

「供給途絶の場合にスポット玉で置き換えるのなら、今のS2からの調達コストの100万BTU(英熱量単位)10ドル程度から50ドル程度に跳ね上がる見込みだ。その負担は事業者か、あるいは需要家が電力・ガス料金として背負うことになる」(国際ビジネスコンサルタントの髙井裕之氏)。冬に向けたS2の供給途絶という最悪シナリオを回避することはできるのか。日本の正念場は続く。