【特集1】原子力を巡るブレーキを解除 現実路線に転換で合格点


少数与党となった中、自民党はエネ基の議論にどのような姿勢で臨んだのか。
かつて経済産業副大臣を務め、今回は党内議論をまとめた山際大志郎衆議院議員に聞いた。

【インタビュー:山際 大志郎/自民党 総合エネルギー戦略調査会幹事長】

─第7次エネルギー基本計画のポイントを教えてください。

山際 前回のエネ基の策定以降、ロシアによるウクライナ侵攻や中東での紛争激化など大きく変わったファンダメンタルズ(経済の基礎条件)を踏まえ、現実的かつ柔軟な計画にする必要がありました。脱炭素やエネルギー安全保障、トランプ政権の誕生などさまざまな要因が絡む中で複雑な連立方程式を解かなければならず、電源構成は幅を持った数値になっています。

─どう評価しますか

山際 前回のエネ基と比較すると、「現実路線に戻した計画」として合格点が与えられるのではないでしょうか。
 原子力に関しては「依存度を可能な限り低減する」という文言を削除し、次世代炉への建て替えについては「廃炉を決定した事業者のサイト内」で具体化を進める方針を示しました。今まで掛かっていたブレーキを外し、政府が再稼働や建て替えを進める姿勢を打ち出したことは評価できます。

党内意見に変化 国民一丸で計画実現を

─自民党内ではどのような議論がありましたか。

山際 党内で原子力に関してネガティブなことを言う人はいなくなりました。またカーボンニュートラルの実現に向けて、再生可能エネルギーを増やす必要があるという点でも一致しています。ただ原発なら最終処分場や避難道路の整備、再エネなら乱開発や太陽光パネルの廃棄問題、洋上風力建設の資材高騰などの課題に手当てを行っていく必要があります。計画の実現には政府や民間事業者、需要側の取り組みが不可欠で、国民が一丸となって努力するしかありません。

─昨年の衆院選では自民党内で原子力政策に力を入れていた議員の落選が目立ちました。その影響はありましたか。

山際 エネルギー政策について強い責任感とバランス感覚を持つ彼らが、エネ基の議論に参加できなかったことは大きな痛手でした。ただ、だからといってエネ基に悪い影響を与えたわけではありません。われわれを通じて彼らの意見もしっかりと取り入れられています。

─公明党は「将来的に原発に依存しない社会を目指す」との方針を掲げていますが、「可能な限り低減」の削除などを認めました。

山際 他党の話ですから詳しくは分かりませんが、将来的に電力が足りなくなり、それが経済成長を阻害してはならないという観点から現実的な判断をされたのだと思います。
─国民民主党についてはいかがですか。年末にエネ基に関する要請を政府に提出しました。
山際 要請書を読みましたが、書かれていた内容は賛同する点が多いです。多くがエネ基に反映されていると思います。

やまぎわ・だいしろう 1968年東京都生まれ。99年東大大学院農学生命科学研究科博士課程修了。2003年衆院選で初当選。経済産業副大臣などを歴任。当選7回。

【特集1】 「移行期」の難しさが随所で噴出 個別4分野の現在地を検証


1.5℃に向けた課題認識はエネ基で触れているが、実際の政策は今後の議論に委ねることになる。
洋上風力、原子力、火力、次世代燃料の4分野で、それぞれの足元の課題を探った。

検証1 洋上風力発電 採算ラインクリアなるか

前回、主力電源に躍り出た再生可能エネルギー。第7次でも、原子力と並び最大限活用すべき脱炭素電源として主力化路線を維持。需給見通しでは、再エネはさらに野心的に2040年度4~5割、発電電力量で4400億~6000億kW時もの規模となる。ただ、23年度の速報値は22・9%にとどまる。

とりわけ「切り札」とされるのが洋上風力だ。当面の目標は30年10 GW(1GW=100万kW)、40年は浮体式を含め30~45 GWだが、これらはあくまで認定ベース。以前から掲げる目標でもあり、今回引き上げはしなかった。それでも、難易度は相当高い。ENEOSリニューアブル・エナジー(ERE)の浜中淳一・経営戦略部長は、30年認定で仮に政府公募がラウンド8(R8)までとすれば、「R3までで約4・5GWであり、政府主導の海域準備が順調に進み、残り4~5回で5・5GW、1回当たり1GW超ペースで行かないと10 GW目標が達成できない」と指摘する。ただ、一部では着床式の入札は残り数回との見方も。さらに40年に向けては排他的経済水域(EEZ)の活用も含めて浮体式のスピードアップが必須となる。

世界ではプロジェクトの中断・撤退が相次ぐ。ロシア・ウクライナ戦争以降のインフレの影響でコストが急上昇し、政治的理由で経済の分断が進み、サプライチェーンがうまく作れないといった事情からだ。JERAは、「風車は4年前と比較して1・5~1・8倍までコストが上昇。こうした中で急激に脱炭素化を進めてしまうと、欧州で見られるように一気に生産拠点の海外移転や産業空洞化につながる恐れがある」と説明する。また、欧州では電気料金が日本の倍程度高いため再エネなどのコスト上昇も一定程度受け入れられると指摘。日本とはマーケット水準の価格が全く異なってきているのだ。

国内に目を向けると、これまで政府公募を落札してきた事業者はどこも最終投資決定(FID)に至っていない。特にR2ではルール変更で「迅速性」が評価されるようになり、中でも秋田県潟上市沖でJERAが代表を務める陣営は28年6月末運開と最も早い計画を示し、トップでFIDを行うはずの案件として動向が注目される。また、秋田県八峰・能代沖を落札したEREは「現時点で大きな計画変更はないが、コスト増の影響はある。部材調達や、公募時点の想定より上昇したコストをどう工夫するかは、業界共通の課題だ」(浜中氏)と強調する。

そこで資源エネルギー庁と国土交通省は、電源投資完遂に向けた制度の在り方を昨年11月に提示した。例えば、資本費に占める割合の大きい費目について物価指数を考慮し、物価変動率40%を上限とする「価格調整スキーム」を導入。また価格点を巡り、FIP(市場連動買い取り)基準価格を1kW時3円の「ゼロプレミアム」で札入れしなかった場合でも、今までほど決定的な点差がつかないようにする方針だ。これらは基本的にR4以降のリスク緩和のため。価格調整は一定の条件を満たせばR3までの事業者にも適用される見込みだが、新制度適用後の将来の物価変動のみで、それまでに生じた部分は対象外だ。

もっとも苦しい立場なのが、R1で3海域を総取りした三菱商事の陣営だろう。R2以降はFIPとなり、ゼロプレミアムで札入れし需要家とのPPA(電力販売契約)が収益のメインだ。一方、R1はFIT(固定価格買い取り)で、商事は11・99~16・49円という衝撃価格で落札。PPAも活用するとされるが、FITの買取価格に依存するところが大きい。価格調整は先述のような条件となり、大した上乗せとはならない。

いずれにせよ事業者はFIDに向けて、公募ルールの範囲で最大限工夫し、採算ラインをクリアしなければならない。EPC(設計・調達・施工)事業者に対しては発注内容の面でコストをどれだけ下げられるか。その上で、需要家とのPPA価格について、上振れをどこまで受け入れてもらえるか、という交渉が待ち受ける。浜中氏は「どちらも大きな課題。スケジュールもタイトだが、自社での工夫に加え、各所との交渉に励み解決していく」と語る。

洋上風力はインフレの荒波をどう超えていくのか

【特集1】産業・エネ政策を一体で最適設計 「日本が勝つ」シナリオに


脱炭素社会を見据え、日本の産業はいかに国際競争力を高めていくのか。
兵頭誠之氏は、「日本が勝つ」シナリオを科学的、合理的根拠に基づき作り上げるべきだと訴える。

【インタビュー:兵頭誠之/住友商事会長・経済同友会エネルギー委員会委員長】

―第7次エネルギー基本計画とGX2040ビジョンの素案について、どう受け止めていますか。

兵頭 将来見通しに高い不確実性がある中、エネ基ではあらゆる脱炭素メニューの活用を追求し、カーボンニュートラル(CN)を実現していくこと、GX2040ビジョンではエネルギー政策と産業政策を一体的に遂行していくことが示されました。経済同友会として、この基本的な方向性に賛同します。
 

再生可能エネルギーの利用において非常に不利でありながら、産業・社会の再構築を実現しなければならないことが今、日本が抱えている本質的な課題です。産業政策と社会行動変容、そしてエネルギー政策は一体であり、パッケージで考えなければ最適な設計にはなり得ません。日本特有の事情を科学的、合理的に分析しつつ、既存の社会資本をできるだけ有効活用し、諸外国よりも効率性の高いシステムを構築するためのエネルギー転換プロセスを描けるか―。日本の知恵の出しどころです。

―相当な紆余曲折をたどることになりそうです。

兵頭 世界最高水準のS+3E(安全性、経済効率性、安定性、環境適合性)、かつCNを手にする手段としてさまざまな脱炭素メニューの選択肢を持つ必要があります。イノベーションの進展によって、選択するべきメニュー、社会インフラの構築の在り方は大きく変わりますので、今決めつけることはできません。社会・エネルギー・産業システムをどのように作り上げていくのか。確かにコンセンサスの形成は困難ですが、社会、一般消費者、産業界それぞれの利益代表者と行政との間で対話を重ねることが重要だと考えています。

―産業構造は大きく変わるのでしょうか。

兵頭 海外から化石燃料以外の燃料を輸入し、既存の産業構造を維持したまま国内産業が世界に冠たるものとして生き残れる保証はありません。全体最適を考慮すれば、グリーン水素・アンモニアの製造国で産業バリューチェーンを構築することも含めて、どのような選択肢があるか検討する必要があります。産業構造は政府の指示で決まるものではなく、競争原理や個社の戦略立案の下、産業界自ら改革していくことになります。

―政策に求めることは。

兵頭 行政の役割は、画一的な方針で投資行動を促すことではありません。財政負担を伴う補助金政策などは最小限にとどめるべきです。行政の本来の役割はルールづくりにあります。国際競争力に優れる民間の脱炭素投資と、グリーン価値創造投資行動を促す評価と報酬(グリーンプレミアムまたは炭素税)のメカニズムと市場ルールの形成を早急に進めていただきたい。それでこそ、産業界は質の高い投資行動を選択し、優先順位を付けながら規律ある投資実行を継続することができます。

ひょうどう・まさゆき 1984年京都大学大学院卒、住友商事入社。2018年代表取締役社長執行役員CEO、24年4月から現職。23年4月経済同友会エネルギー委員会委員長。

【特集1】過去との対比で見える「原点回帰」GXビジョン登場で問われる役割


さまざまな着目点がある今エネ基だが、過去を総ざらいすると「原点回帰」が浮上する。
一方、GXビジョンにエネ基の内容が一部移管した面も。大場紀章氏が解説する。

大場紀章/ポスト石油戦略研究所代表

昨年5月から総合資源エネルギー調査会・基本政策分科会において14回にわたり審議・検討されてきた第7次エネルギー基本計画の素案が12月末に公開され、パブリックコメントにかけられた。改定案における最大の焦点の一つは、原子力政策に関する記述の変更である。まず、「原発依存度の低減」の文言は第5次、第6次と継続して記載されてきたが、今回の素案で削除。また、第4次以降言及がなかった新増設・リプレースに関して、「廃炉を決定した原子力発電所を有する事業者の原子力発電所のサイト内での次世代革新炉への建て替え」を具体的に進めると記載された。

原子力政策については、既に2023年2月閣議決定の「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」において、「原子力の最大限活用」および「廃炉を決定した原発の敷地内での次世代革新炉への建て替え」などの大きな方針転換が行われていたが、今回の改定でさらに踏み込んだ内容になった。特に「建て替え」については「原発の敷地内」から「事業者のサイト内」に変わっただけで自由度が大幅に拡大するという〝霞が関文学〟の真骨頂のような表現となっている。とはいえ、やはり大元の方針転換はGX基本方針で定められていたわけで、必ずしもエネ基の議論が政策転換のドライバーになったとは言えないだろう。

個別数値があいまいに ボリュームは縮小へ

他にも変更された点は多岐にわたるが、筆者が注目したのは頁数の変化である。過去6回のエネ基は、改定ごとにほぼ一直線に頁数が増加してきたが、今回の改訂案は前回の128頁に比べて36%少ない82頁と大幅にボリュームが縮小し、内容的にもすっきりしたものとなっている(図)

ポイントは何の記述が減ったのかということになるが、注目すべき点の一つは、「エネルギー需給見通し」に関する記載(約4頁)がなくなったことである。第6次では、関連資料として「2030年度におけるエネルギー需給の見通し」が同時に発表され、そこにある30年度の電源構成比やエネルギー源ごとの導入量、コストなどの「野心的な想定をおいた見通し」の数値がエネ基の本文にも盛り込まれた。結果、これが事実上の政府目標とみなされることになり、その実現可能性などについて注目が集まった。

しかし、今改定案ではバイオ燃料など一部を除き、そのような数値の記載がほとんどない。関連資料として「2040年度におけるエネルギー需給の見通し」が公表されてはいるが、エネ基本文では全く言及がない。また今回の需給見通しでは、複数のシナリオによる幅のある数値となっているため、前回のようなエネルギー源ごとの個別目標とみなされるような数値はよりあいまいになっている。

第6次の印象が強いため、エネ基とは政府の数値目標を定めるものであるというイメージを持つ人が多いが、元々のエネ基は、エネルギー政策における諸課題を確認した上で政府が果たすべき役割の基本姿勢を示すものであり、初期の頃の計画では具体的な数値目標はほとんど示されていない。従って、今回の改定で頁数も内容も昔のエネ基に原点回帰したと言える。

また、「エネルギー需給見通し」とは、そもそも政府目標ではなく、実勢や政策を踏まえたなりゆきの値を示すことで、エネルギー安定供給へ向けた取り組みを促すという目的で作られてきたものである。エネ基と同時に発表する必要は必ずしもなく、前回や今回のような同時発表はむしろ例外的である。

                過去エネ基の頁数と内容の変遷

第4次以降に顕著 財政支援の記載が膨張

削減された項目は他にもあるが、頁数の減少に最も大きく寄与しているのは、第6次にあった「グリーン成長戦略」に関する記述(約17頁)がごっそりなくなったことである。「グリーン成長戦略」とは、2兆円のグリーンイノベーション(GI)基金を「成長が期待される14分野」に配分するというもので、第6次ではそれら14分野に対し年限付きの目標値を含む実行計画が詳細に述べられていた。

過去の第4次から第6次にかけてのエネ基ボリュームの増大要因の一つは、このような政府の財政支援を必要とする項目に関する記載が膨らんでいったからである。それを定量的に示しているのが、水素やアンモニアといった政府支援を必要とする項目に関する単語の出現頻度が、第4次から第6次にかけて急増大してきたことである(図)。そして、今改定案では頁数だけでなく、それらの単語の出現頻度も大幅に縮小した。「水素社会実現」や「水素ステーション」といった従来必ず盛り込まれた単語も姿を消した。

GI基金の事業は現在も継続しており、グリーン成長戦略がなくなったわけではないが、現在ではより包括的な産業政策であるGXに事実上統合され、支援項目や数値目標の多くは第7次エネ基素案と同時に策定された「GX2040ビジョン(案)」に盛り込まれている。同ビジョン案は47頁あるので、従来エネ基に盛り込まれていた内容の一部がこちらに移管されたと考えれば、単純にエネ基のボリュームが小さくなったというより、合わせるとむしろ増えたとさえ言える。

こうしてみると、今回の改定でエネ基は原点回帰した一方で、拡大し続けてきた役割がリセットされたとも言え、結果的にエネ基自体の役割は大きく後退したように思える。これからのエネ基のあるべき姿とは何なのだろうか。

おおば・のりあき 京都大学大学院理学研究科博士後期課程を単位取得退学。環境やエネルギー、交通、先端技術分野の調査研究を行う民間シンクタンクを経て2015年にフリーに転身。21年にポスト石油戦略研究所を設立。

【特集1まとめ】新生「第7次エネ基」の是非 亡国から興国への脱皮なるか


第6次エネルギー基本計画策定以降、地政学リスクやグリーン政策の弊害の顕在化、
さらにGX・DXに伴い電力需要は減少から急増傾向へ―と情勢は様変わりしている。
難しい連立方程式をどう解くのか。第7次議論に需要・供給両サイドの注目が集まる中、
政府案が示した答えはこれまでのアプローチの刷新、そして単一シナリオからの脱却だった。
第6次と比べバランスの取れた「現実路線」と、エネルギー業界の評価はおおむね前向きだが、エネルギー転換の難しさに直面する現場からはさまざまな声が挙がる。
果たして今回のエネ基は興国へとつながる道しるべとなるのか―。

【特集1】アプローチ刷新で議論百出 複数シナリオ化をどう読むか

【特集1】原子力を巡るブレーキを解除 現実路線に転換で合格点

【特集1】 「移行期」の難しさが随所で噴出 個別4分野の現在地を検証

【特集1】過去との対比で見える「原点回帰」GXビジョン登場で問われる役割

【特集1】産業・エネ政策を一体で最適設計 「日本が勝つ」シナリオに

【特集2】充放電用途が家庭から産業へ拡大 社会課題解決の切り札として有望視


電力を必要なタイミングで充放電する蓄電池の役割が増している。
用途別に最新の活用状況を整理し、普及拡大の可能性を探った。

【レポート】竹内大助(PwCコンサルティング合同会社エネルギー・素材事業部ディレクター)

蓄電池の普及拡大が本格化している。その背景にあるのが再生可能エネルギーの大量導入に伴う課題で、「季節や天候による出力の自然変動を原因とする系統接続の制限」「電圧や周波数の不安定化」「出力と電力需要のアンバランス」といった問題が指摘されている。これらの解決で重要な役割を担うのが必要なタイミングで電力を充放電する蓄電池で、用途別に導入状況や運用方法を整理した。

再エネ併設型蓄電池は、FIP(市場連動価格買い取り)を用いる太陽光発電(PV)に併設する形で導入が始まっている。この蓄電池は天候が良く日射量が多い時間帯に充電し、夕方など市場価格が高いタイミングで売電することで、再エネ売電の収益性を向上。需給調整市場に参加することで、さらなる収益性アップも期待される。

将来は、メガソーラーの卒FIT(固定価格買い取り)電源に蓄電池が併設されることも想定され、再エネ併設型蓄電池が拡大すると考えられる。
系統用蓄電池は長期脱炭素電源オークションや資源エネルギー庁などの補助金により導入が加速。卸電力取引市場などに参加して収益を上げることが基本だ。事業計画の策定時には、需給調整市場ガイドラインの価格規律に従い合理的な価格設定で入札することが求められる。

エネルギーリソースが市場統合した電力流通システム

【特集2まとめ】 拡大する蓄電池ビジネス 再エネ有効利用の切り札へ


再生可能エネルギーの大量導入に必要不可欠な調整力―。
そんな役割を担う蓄電池を生かす舞台が家庭と産業分野で拡大中だ。
太陽光発電などの再エネ設備と連携し自家消費を促す展開が加速。
電力コスト削減やピーク時の電力消費を抑え込む効果に注目が集まる。
EVに蓄えた電力を暮らしや災害時に融通する技術も進歩する。
革新的電池ビジネスの育成を目指すエネ業界の最新動向に迫った。

【レポート】充放電用途が家庭から産業へ拡大 社会課題解決の切り札として有望視

【レポート】九州エリアで相次ぎ本格運転へ 最適運用で利益獲得を目指す

【レポート】関西と九州で25年上期に始動 電力取引の実績と知見を生かす

【レポート】創業の地にマイクログリッド構築 有事の際もエネ安定供給を実現

【レポート】太陽光発電とリチウムイオン連携 オンサイトで電力無駄なく活用

【レポート】工場内で革新的エネ利用を促進 ガス関連子会社と強力タッグ

【レポート】新たな通勤スタイルを検証 CO2量削減にもつなげる

【インタビュー】都がカーボン半減へ施策推進 住宅向け対策のサポートに力

【トピックス】新商材で高付加価値ニーズに対応 顧客メリットの最大化を目指す

【特集2】日本の事情を踏まえた製品を拡販 海外市場の開拓も見据えて挑む


創業4年目を機に蓄電池事業に弾みをつけている。
輸送のしやすさやコストの優位性が大きな武器だ。

【パワーX】

「自然エネルギーの爆発的普及を実現する」をミッションに掲げるパワーエックス(パワーX)は、創業4年目を迎えた。2023年10月に産業用蓄電池の量産を開始し、第1号製品をセンコーグループの物流倉庫(宮崎県都城市)に設置してから1年が過ぎた。

25年に販売を始めるのが「メガパワーJP」だ。「JP」は日本のことで、国内の系統用特高蓄電所がターゲット。系統用蓄電池はグローバル製品が大半で、広い道路を通って広大なスペースに設置する前提で製造していることが多い。そうした製品を道が狭く入り組み、用地が限られた日本に設置することは難しい。そこで、多くの日本企業からの相談を踏まえて開発した同製品は、10フィートコンテナで重量も25tと軽量だ。水冷モジュールを搭載し、従来品の1.8倍のエネルギー密度を実現した。

利用者目線で小型・軽量化 設置場所の選択肢が増える

メリットは、第1にコンテナを置く面積が従来品の最大40%にまで削減でき、より小さな土地で蓄電所を運開できること。その結果、設置可能な場所の選択肢が増える。第2が、蓄電池を小型・軽量化して輸送できるエリアを大幅に拡大したことだ。従来品は大型のため、けん引には長い三軸トレーラーを使う必要があり、カーブを曲がりきれないなどの問題があった。また重量の関係で、坂道を登れない、あるいは渡れない橋もあった。また、そのような特別車両の通行には道路管理者の通行許可が必要であり、手配に1カ月以上かかるため、すぐには蓄電池を設置できないというデメリットもあった。メガパワーJPであれば、日本の地方に多い幅6mの道路のカーブや交差点、高速道路も通行可能で、通行申請が必要な場合でも従来より短期間で許可が下りるなど、輸送スピードやコストの面で大幅に改良された。

事業企画推進部の春日章治シニアマネージャーは「今年はいよいよ飛躍の年。国外初出荷も実現させ、当社の蓄電池で、最近元気がないと言われる日本の製造業を元気にするきっかけにしたい」と意気込む。日本での展開の先には海外進出を見据えている。今後も同社の動向から目が離せない。

直流電圧に対応する「メガパワーJP」
提供:パワーX

【特集2】新商材で高付加価値ニーズに対応 顧客メリットの最大化を目指す


ソリューションブランド「イグニチャー」で事業拡大を狙う。
蓄電池の枠を越えたサービスで家庭市場を深耕している。

「東京ガス」

東京ガスは脱炭素、エネルギー利用の最適化、レジリエンス―という観点から、一般家庭を対象に太陽光発電(PV)や蓄電池の普及を目指している。主な取り組みの一つが、PVを導入していない需要家向け事業。価格が下がったとはいえ、PVは高級商材。購入負担を抑えるために「イグニチャーソーラー」ブランドでPV導入を支援する。

用意している「フラットプラン」では、10年間などの長期利用を前提に、イニシャルコストがゼロ(または工事費のみ)で月間の定額料金のみで導入できる。24年11月からは住宅メーカーのタマホームとも連携し、全国の新築戸建ての注文住宅で採用し、30年までに累計2万棟への展開を目指す。

また、PVの利用状況に応じて料金を支払う「PPAプラン」も用意している。自家消費分の電力は固定単価で東ガスに支払い、余剰電力は東ガスが利用する。

家庭向けイグニチャー蓄電池

分散型のリソースを駆使 DRに組み込み高度に運用

二つ目が、PV導入済みユーザー向け蓄電池販売と制御サービスだ。単純な蓄電池販売ではなく、分散型リソースである蓄電池を東ガスが遠隔制御してデマンドレスポンス(DR)を行う。電力の需給バランスを確認しながら、電力が余りそうな場合に蓄電池に充電。逆にひっ迫時には放電することで、電力系統全体の運用に貢献する。一連の運用で得た利益は、事業者と需要家がシェアするイメージだ。PVを家庭用で自家消費できないケースでは、蓄電池に充電し、家庭用の脱炭素や電気代の削減を支える。こうした制御で、蓄電池導入のメリットを最大化していく。

運用面で課題もある。「分散型リソースを電力系統網と逆潮するための準備期間や需要家のDRに対する認知度の低さ、さらにはDRが電力市場で経済的にしっかりと運用できるような制度設計などが課題だ。ただ、一部の自治体によるPV設置の義務化や国が主導するZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)化の動きを考えると、家庭用の蓄電池導入のポテンシャルは大きい」と本橋裕之・BTMソリューションプロジェクト部長は話す。今回の新たなビジネスモデルは、エネルギー事業者からも注目を集めそうだ。

【特集2】都がカーボン半減へ施策推進 住宅向け対策のサポートに力


脱炭素支援の一環で蓄電池の導入を後押ししている。
電気代の節約や防災にもつながる都の支援策に迫った。

【インタビュー】東條 左絵子(東京都環境局気候変動対策部家庭エネルギー対策課長)

―都は2050年にCO2排出実質ゼロに貢献すると宣言し、「カーボンハーフ」という目標を掲げました。その一環で、家庭向けの施策を強化しています。

東條 カーボンハーフは、2030年までに温暖化ガス排出量を50%削減(2000年比)することを目指す取り組みです。その実現に向けて喫緊の課題となっているのが、都内全体のCO2排出量の約3割を占める家庭部門の排出量の削減です。産業部門や運輸部門のCO2排出量が減少傾向にあるのに対して、家庭部門では22年度の排出量が2000年度比で2割以上増加していました。こうした中、家庭における太陽光発電由来の電気の自家消費量の増大や非常時のエネルギー自立性の向上を目的として、家庭における蓄電池導入促進事業を実施しています。

―蓄電池導入促進事業の内容について教えてください。

東條 蓄電池設置に係る費用の4分の3を補助しています。以前の事業では費用の2分の1を補助する形でしたが、23年1月末から現行の補助率に引き上げました。国や区市町村の補助金との併用が可能で、DR(デマンドレスポンス)の実証に参加した場合には10万円の上乗せ補助を受け取ることができるため、さらなる自己負担の低減が見込めます。また、補助の申込みから蓄電池の設置までが複数年度にわたる場合でも、支援が可能となっています。補助の対象となるのは、「SII」(環境共創イニシアチブ)に登録された未使用の蓄電池を都内住宅に新規に設置する場合です。また、補助金の申込みから1年以内に機器設置に係る報告書を提出する必要があるほか、6年間の処分制限期間内に機器の取り外しや目的外使用などを行った場合は、補助金の返還が必要となります。

―住宅部門との連携も重視しています。

東條 既存住宅への機器設置に際して必要となる住宅診断や改装前の点検などは、住宅関連分野における政策管理を担う住宅政策本部の調査データを基に行います。ほかにも、承認機種の選定を共同で行うなど、住宅の脱炭素化に向けた連携体制も整えています。

―都民に対して、どのような啓発活動を進めていきたいと考えていますか。

東條 蓄電池設置によるメリットをより多くの都民に認識してもらえるよう、太陽光発電装置と併せて設置することで、日々の光熱費の削減につながることや災害時にも電気が使用できることなどを継続してPRしていきたいと考えています。

とうじょう・さえこ(東京都環境局気候変動対策部家庭エネルギー対策課長)

【特集2】新たな通勤スタイルを検証 CO2量削減にもつなげる


【テス・エンジニアリング】

テス・エンジニアリングはコージェネレーションや天然ガスへの燃料転換の促進にとどまらず、再生可能エネルギー電源の導入からコスト対策の提案まで手掛ける総合的なソリューションを提供している。そんな同社が、培った技術や経験を土台に追求する分野が「EVの蓄電池化」だ。

そうした取り組みの一環で、椿本チエインと共同で「通勤用EVを活用したエネルギーマネジメントシステム(EMS)の実証実験」を開始。同社は埼玉工場(埼玉県飯能市)に自社製V2X(ビークル・ツー・エックス)対応の充放電装置「eLINK」を4台設置し、従業員の通勤用EVに充放電を行う試みに着手した。

テス・エンジニアリング電力需給本部電力需給グループEVプロジェクトチームの武智貴信チーム長は「EVが蓄電池として機能するようになれば、余剰電力の有効活用や出力制御率の低減を実現することができる」と強調。得意のEMS(エネルギーマネジメントシステム)を生かすことにも意欲を示した。

「eLINK」を用いて充電する

【特集2】工場内で革新的エネ利用を促進 ガス関連子会社と強力タッグ


【伊藤忠エネクス】

産業用・医療用などのガス販売に加え、ガス容器の点検・検査業務を担う伊藤忠工業ガス。同社の埼玉・東松山の事業所では2024年9月から、親会社である伊藤忠エネクスと一体となって、EVのバッテリーを蓄電池として活用する実証をスタートしている。

目的は、2年前に工場の屋根に全量自家消費向けとして設置した180kWの太陽光発電(PV)の余剰電力を最大限に活用すること。

PVは工場全体の電力使用量の約20%を賄っているが、工場が停止する休日の余剰電力の活用に課題があった。蓄電池の新設にはコストがかさむことから、エネクスはEVの活用に目を付けた。

共同開発した充放電設備

【特集2】太陽光発電とリチウムイオン連携 オンサイトで電力無駄なく活用


【東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)】

東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)は、ホンダの熊本製作所(熊本県大津町)に、国内の工場向けでは最大規模となるリチウムイオン蓄電池を導入し、すでに稼働済みの太陽光発電設備と連携運用を開始した。

TGESは、ホンダ熊本製作所内に、屋根置き型の太陽光発電3800kWを2021年に導入して以来、増設を行ってきた。現在の容量は、屋根置き型で5000kW、カーポート型のソーラーで2100kW。25年4月には、さらに2200kWのカーポートソーラーが稼働する予定で、合計9300kWに達する。

広大な敷地を生かして太陽光発電の整備が進む中、GSユアサ製のリチウムイオン蓄電池、容量2万kW時(2000kW時×10基)を設置した。

太陽光発電による発電量が需要を上回る休日などにリチウムイオン蓄電池の充電を行い、発電量が電力需要を下回る夜間などに同蓄電池から電力を供給する。こうした仕組みで、オンサイトの再生可能エネルギー電力を無駄なく使える自家消費を行うことが可能になる。

導入したコンテナ型リチウムイオン蓄電池

【特集2】創業の地にマイクログリッド構築 有事の際もエネ安定供給を実現


【鈴与商事】

静岡市は2022年4月、環境省の脱炭素先行地域に選定された。同市が手掛ける3カ所のカーボンニュートラル(CN)の取り組みのうち、日の出エリアを担当するのが鈴与商事だ。同エリアの現在の電力消費量は年間200万kW時、CO2排出量は同842tに上る。太陽光発電と蓄電池の導入などによって、30年にCNを達成するという目標を掲げている。

具体的には、一期目で従来のシリコン型太陽光パネルを施設の屋根に設置し、エリア内で再エネ電力を、年間100万kW時分を創出。エネルギーマネジメントシステム(EMS)を活用した需給管理により再エネの余剰電力を蓄電池に充電し、夜間や悪天候時に放電して電気の自家消費量を向上する。また、太陽光発電を設置できない施設にも電気を供給して再エネの電力消費量を向上していく。

2期目では、ペロブスカイトなど軽量の次世代太陽電池パネルを採用し、耐荷重や面積が不十分で搭載できなかった施設にも設置して再エネ電力導入量の拡大を図っていく方針だ。

さらに、鈴与商事と静岡県、静岡市、中部電力パワーグリッド、電源開発、鈴与電力は24年11月11日、「地域マイクログリッドの運用に係るコンソーシアム基本協定書」を締結した。

CN達成を目指す同エリアに地域マイクログリッドの構築・運用することで、災害などによる長期停電時にも電力供給を実施し、レジリエンスの向上を図ると同時に、同地区内で太陽光発電設備を活用することを目指す。

日の出エリアのイメージ図

【特集2】関西と九州で25年上期に始動 電力取引の実績と知見を生かす


【大阪ガス】

エネルギー業界で系統用蓄電池事業への関心が高まる中、大阪ガスも同事業を加速させている。2030年度までに再生可能エネルギー普及貢献量を500万kWに拡大することが目標。一方で多くの再エネが導入されると、出力変動により電力の需給バランスに影響を与えることが懸念される。電力系統の安定化に資する系統用蓄電池事業を手掛け、再エネのさらなる導入拡大に貢献したい考えだ。

現在、蓄電所の開発と蓄電池の技術実証に取り組む。蓄電所の開発では、二つのプロジェクトが進行中だ。一つが、伊藤忠商事と東京センチュリーと合弁で「千里蓄電所」を設立し、大阪ガスネットワークが所有する千里供給所(大阪府吹田市)の空き地に蓄電池(定格出力1・1万kW、定格容量2・3万kW時)を設置する取り組み。さらに、みずほリースの100%子会社、JFEエンジニアリング、九州製鋼の3社と合弁で「武雄蓄電所」を設立し、九州製鋼の敷地(佐賀県武雄市)に蓄電池(同0・2万kW、同0・8万kW時)を設置する。両案件とも、25年度上期の運転開始を目指す。

大ガスは電力トレーディングの実績と知見を生かし、卸電力市場、需給調整市場、容量市場での取引を通じて、電力系統の安定化に貢献する方針だ。電力事業推進部電力ソリューションチームの福井浩二副課長は「同事業を手掛けることで市場取引や運用方法、制度、蓄電池の性能や安全性など、さまざまな課題に気づくことができる。早期に事業化を図るには実際に携わるのが近道」と説明する。

同事業で重視するのが安全面。安全性の高い蓄電池システムの選定と安全な運用に資する技術の活用が不可欠と考えている。国内外で発生する蓄電池の火災事故を踏まえ、安全規格に適合した蓄電池であることに加えて、安全上重要な蓄電池の性能やシステムの機能に関する情報を集めるなど、対策の強化に取り組んでいる。

長年蓄電池の受託研究を手掛ける子会社KRIとの連携も深めている。「KRIの知見を生かし、蓄電池の劣化診断などの技術開発や実証を行っている。これらの技術も活用し、蓄電池の安全な運用を実現したい」(岩崎慎太郎副課長)という。

千里蓄電所のイメージ