【特集2】供給量と輸出量の拡大に注力 日本のリーダーシップに期待


バイオエタノール大国である米国は輸出拡大を推進中だ。
日本での本格導入による展望や期待について話を聞いた。

インタビュー:セス・マイヤー(米国農務省 首席エコノミスト)

―米国でのバイオエタノールの現状と取り組みについて教えてください。

マイヤー 米国はバイオエタノールの世界最大の生産国であり消費国です。ガソリンへのエタノール混合が義務化されていることで、農村地域のビジネスチャンスになっています。エタノール混合率は2024年に10.4%に達し、エタノールが15%含まれるE15ガソリンの通年販売も許可されました。CO2排出量の低減、生産効率のさらなる向上、供給量や輸出の拡大などを推進するため、米国の関係者は日々努力しています。

―世界のエネルギーを取り巻く環境において、バイオエタノールの果たす役割は。

マイヤー 温室効果ガス(GHG)排出の削減、化石燃料依存度の低減、エネルギー安全保障の促進、世界中の農村経済活性化などをもたらす重要な再生可能エネルギー源です。世界の輸送部門の脱炭素化において、農業が重要な役割を果たします。生産国また消費国にとってエネルギーの持続可能性を高め、エネルギーミックスの多様化に貢献できるウィンウィンの関係を構築し維持することができます。

―日本でバイオエタノールが普及すると、どのような効果がありますか。

マイヤー 低炭素社会実現への移行につながり、バイオ燃料インフラの需要創出が期待されます。その結果、アジアでバイオエタノール導入がさらに進む可能性もあります。GHG排出の削減において日本の環境目標達成にも貢献するでしょう。

―2月の日米首脳会談後の合同記者会見で石破茂首相からバイオエタノールについて言及したことをどう受けて止めていますか。

マイヤー 良い意味でのサプライズでした。両国政府のトップから米国産トウモロコシ由来のエタノールに対する支持表明がなされたことを大変喜ばしく思っています。米国のバイオ燃料を安定的に輸出することで、日本の消費者の皆さんにとって信頼に値するエネルギー源となることを期待しています。

―バイオエタノールの将来をどのように展望していますか。

マイヤー 将来の展望は非常に明るいです。バイオエタノールは、食糧と競合しないセルロース系エタノールやCCS(CO2の回収・貯留)技術などの発達で、さらにサステナブルに進化しています。低炭素燃料を求める世界のエネルギー転換戦略に重要な役割を果たし、日本の動向を注視するアジア諸国に、日本は強いリーダーシップを発揮できると思います。

せす・まいやー アイオワ州立大学で学士号と修士号、ミズーリ大学で農業経済学の博士号を取得。ミズーリ大学食糧農業政策研究所(FAPRI)の研究教授、副所長を歴任。

【特集2】運輸CN移行期の主役なるか 国を挙げて導入拡大に本腰


第7次エネ基で具体的な導入目標が示されたバイオエタノール。
導入拡大に向けた制度や行動計画の検討が始まっている。

カーボンニュートラル(CN)の実現には、国内のCO2排出量の2割弱を占める運輸部門での取り組みが不可欠だ。液体燃料(ガソリン)の脱炭素化に向けては合成燃料(eフューエル)に期待がかかる。だが、製造技術の開発や原料となる水素の調達などに課題を残しており、商用化までには相当の時間を要する。こうした状況下で、燃料に入れた分だけCO2を削減できる「即効性」を持つバイオエタノールの導入拡大を官民で後押しする機運が高まっている。

直接混合が世界の主力 供給インフラ整備が課題

昨年6月に資源エネルギー庁や関係企業、シンクタンクなどで構成される「合成燃料の導入促進に向けた官民協議会」による合同WGで合成燃料の導入拡大について検討されたことを皮切りに、議論が本格化した。11月に実施された審議会ではガソリンへのバイオエタノール導入拡大に向けた方針を策定。これを基に作成された第7次エネルギー基本計画では、2030年度までに最大濃度10%、40年度から同20%の低炭素ガソリンの供給を開始するとの目標が明記された。並行して30年代の早期にE20対応車の新車販売比率を100%にすることで「E20レディ」を進める方針が示されるなど、バイオエタノールを巡る状況はこの半年で大きな動きを見せている。 

エネ庁資源・燃料部燃料供給基盤整備課の永井岳彦課長は「バイオエタノールはガソリンのCN化に向けた『移行期燃料』として重要。以前からその重要性を発信していたが、エネ基に明記されたことで導入拡大の機運が高まっている」と説明。続けて「エタノールの製造技術は既に確立しており、E10までであれば燃料規格なども定まっていることから、比較的早期の導入が可能。CO2削減に即効性があることに加え、合成燃料とも併用できるため、長期間にわたってベース燃料として機能する」とそのポテンシャルを強調した。

調達先は依然としてアメリカやブラジルが有力だ。日本の自給率は0%であるため、安定的なサプライチェーンの構築にはこれら関係国との資源外交を円滑に進めることが欠かせない。昨年5月には、ブラジルの首都ブラジリアで岸田文雄前首相とルラ・ダシルバ大統領による首脳会談が行われ、主に自動車分野の脱炭素化に向けて両国が包括的に協力し合うことなどが確認された。また、2月に行われた日米首脳会談後の合同記者会見で、石破茂首相は「LNGのみならず、バイオエタノールやアンモニアといった資源を、(アメリカから)安定的にリーズナブルな価格で提供されることは日本にとっての利益になる」と述べ、安定供給先の確保に向けた連携強化を着々と進めている。

焦点となるのはガソリンへの混合方式だ。これまでは石油由来のイソブテンをバイオエタノールに混ぜたETBE(エチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)を利用してきた。水と混和しにくいことや揮発しにくい特徴を持つなど、扱いやすさで優れていたためだ。ただ、エタノールを二次加工する必要があり、原料のイソブテンはガソリン製造時などに生じる副産物であることから増産に向いていない。こうした状況下で、政府は「直接混合」を導入する方針を打ち出している。安価での量産が可能なバイオエタノールをそのまま混ぜることで、ガソリンの脱炭素化を効率的に進めていく狙いだ。  

直接混合は近年、フランスをはじめとするEU諸国でもETBEからシフトする動きが活発になるなど、世界的にも主流になりつつある。だが、国内での導入拡大には課題が残る。
中でも懸念事項となっているのが供給インフラの整備だ。水層と油層への層分離を起こさないための水分混入対策に加え、アルミやゴムなどの部材腐食防止策が必須となる。ほかにも、ブレンディングタンクの新設やSS(サービスステーション)内の計量器の改良など、大規模な設備投資が求められる。

ガソリンのCN化イメージ
提供:資源エネルギー庁

【特集1】制度是正を阻む既得権益保護 全体利益の観点で是非の議論を


電力システム改革で先行してきた諸国でも、見直しに向けた試行錯誤が続く。
小笠原潤一氏が英国における卸電力市場改革を例に、その問題点と課題を解説する。

小笠原 潤一(日本エネルギー 経済研究所研究理事)

英国では、卸電力市場の枠組みについて、日本と同様にLMP(地点別限界価格)導入を含めた抜本的な見直しが提案されていた。だが、事業者の反対が強く、現行制度からの大幅な見直しが難しくなっている。本稿ではそうした議論の背景について解説する。

英国の卸電力市場は単一価格制度(イングランド、ウェールズ、スコットランドを一つのゾーンとして卸価格を形成)を採用しているが、系統制約の解消はバランシング・メカニズムに参加している供給力を用いた再給電などで行っている。スコットランドに風力発電の適地が多い

一方で、電力需要はロンドンなど南部が多いため、恒常的にスコットランドからイングランドへ向かう潮流が発生し、送電混雑が多発。この系統制約解消費用の増加が課題となっている(図参照)

なお、昨年4~12月においてその費用の87%が熱容量制約、10%が電圧制約、3%が慣性対策であった。最近は系統制約解消に占める電源種別の費用を公表しなくなったが、風力発電が多いことに間違いはない。

系統制約のある箇所でゾーンを形成したり、LMP方式を導入したりすることで、系統制約費用を節約することができる。LMP方式を導入する場合、自己給電方式から中央給電方式へ移行する必要があり、送電系統運用者(TSO)であるNESO(National Energy System Operator)は、2022年3月に中央給電方式を含むLMP制度への移行を電力業界に提案し、対話を進めてきた。そして同年7月の政府の電力システム改革の提案「REMA(Review of Electricity Market Arrangements)」でも、これが選択肢として採用され、正式に議論を進めることになった。

発電事業者の反発強く LMP移行を断念

しかし、この提案は発電事業者にとって受け入れられないものであった。LMP方式を採用すると、発電事業者が受け取る金額が減少するからだ。通常、単一価格制度の下で送電混雑に対して再給電を行う場合には、余剰側で「出力減」、不足側で「出力増」の指示を出す。出力を抑制する電源は変動費の減少分をTSOに支払い、卸電力取引で得た収入を加味するとその差額が利益となる。

出力を増やす電源は入札価格に応じて収入を得ることができる。スコットランド=イングランドの送電混雑の場合、スコットランド側は火力が少ないため送電混雑の解消に風力発電の抑制を行い、イングランド側はガス火力の出力を増やす。風力発電の変動費は安価であるため、出力抑制を受け入れても相当な金額が手元に残る。

ところが、系統制約を考慮して給電が行われた場合、風力発電事業者は再給電に伴う利益をもらうことができなくなる。一方でガス火力発電にとっては単一価格であろうとLMPであろうと発電量や利益が変わらないため、積極的にLMPを支持する理由がないというわけだ。

こうした発電事業者の反対により、昨年12月に政府はLMP制度・中央給電指令方式を選択肢から外すことを表明した。ゾーン制度については事業者からの反対の多さに言及したものの、この採用にはメリットも大きいため、選択肢として残すことにした。

単一価格制度を維持する場合には引き続き系統制約の解消が課題となるため、現在も発電の余剰地と需要地で託送料金に格差を設けて発電所の立地誘導を促す送電料金制度を採用している。系統制約のある地域の発電設備の接続料を高くするなど、より系統制約を緩和する方向で電源立地を促す仕組みや、再給電を容易にするようバランシング・メカニズムに強制参加させる選択肢などが検討されることになっている。

英国におけるバランシング費用の内訳

【特集1まとめ】電力システムの崖っぷち 壮大な「社会実験」の顛末


2015年から「広域系統運用の拡大」「小売り全面自由化」「送配電の中立性の一層の確保」と、東日本大震災で顕在化した課題を教訓として段階的に進められてきた電力システム改革。
それは、大手電力会社を中核とした総括原価方式・地域独占体制と決別し、市場機能の活用による競争の促進や安定供給の確保、料金の抑制を目指すものだった。
20年の発送電分離を経て、一連の改革が完了してから5年。
突き付けられたのは、安定供給を支えるための投資が停滞するという現実だ。

さまざまな電気の価値を取り引きする「市場」が乱立。問題が顕在化するたびに新たな制度を追加したことで、まさに合成の誤謬に陥っている。
資源エネルギー庁は、壮大な“社会実験”の検証結果を踏まえ制度改正の議論に着手する。
電力システムの再構築に道筋を付け、崖っぷちからの起死回生なるか。

【アウトライン】「競争メカニズム」機能せず!供給不安を招いた市場依存の危うさ

【レポート】浮かび上がる理想と現実の乖離 発・送・販の課題と改善策は?

【座談会】安定供給より競争を選んだ10年間 努力報われる「普通の市場」へ まずは「改革」から脱却せよ!

【レポート】制度是正を阻む既得権益保護 全体利益の観点で是非の議論を

【インタビュー】短期市場の限界が露呈 電源投資復活の条件とは

【特集1】短期市場の限界が露呈 電源投資復活の条件とは


電力システム改革が目指す方向性は示されたが、その実現に向けた制度議論はこれからだ。
今後の「電力市場」はどうあるべきなのか。東京大学の大橋弘副学長に話を聞いた。

インタビュー大橋 弘(東京大学副学長)

―電力システム改革における「市場」の功罪についてどう考えますか。

大橋 卸取引市場での取引割合が需要の3割を超えるまでになり、700社もの小売事業者が参入して需要家の選択肢が拡大した点は一定の評価ができるでしょう。また、市場を通じて全国大で電気を流通させることで、メリットオーダーが達成され、電源の効率的な利用が促されました。他方で、制度が議論されていた当時から懸念されていながら、顕在化することで初めてその深刻さが明らかになった問題もあります。

―具体的には。

大橋 脱炭素化の要請が強まり、火力電源の撤退が想定以上に早く進んでしまったことや、長期の相対契約が減ったことにより供給が不安定化しました。足元では、kWのみならずkW時にも不安が生じ始めています。自ら投資をせずに参入する事業者が多く、異業種から投資を呼び込めなかったばかりか、原子力規制の問題から大手電力会社の投資はkWやkW時に寄与しない安全対策投資が太宗です。つまり当初、自由化に期待されていた競争促進的な投資が起きていないのです。卸電力市場など短期市場の流動化は、発電投資を促進しませんでした。他者から買うと高いから自ら電源に投資するという判断があるので、市場価格が安ければ投資せず、市場で調達するのは当然です。
 

システム改革は、価格シグナルで電源投資を促すことを前提としてきました。ですが結局、電源投資を決めるのは価格というよりは「量」ということではないでしょうか。中長期で売り先がしっかりと決まっていてこそ、発電事業者は燃料を調達し発電することができます。卸電力市場の在り方が当面変わらないのであれば、今後検討していく中長期の市場については、短期市場の影響を受けないよう明確に切り離すべきかもしれません。一方で、政府による電源投資のファイナンス支援が検討されていますが、自由化した以上は、何から何まで支援というわけにはいかないでしょう。

創意工夫を奪う事前規制 問われる自由化の姿

―制度議論に何を求めますか。

大橋 自由化の世界は需要家がけん引するもので、事前規制によってその創意工夫を奪うようなことは望ましくありません。容量市場では、支配的な事業者への懸念から非対称規制を入れた結果、投資につながらない制度になっていないでしょうか。「電力事業における自由化とは何か」という本質的な議論がまだ煮詰まっていないように思います。全ての事業者が安定供給の担い手となるべく一定の規律を設けながら、投資する事業者が一様にはしごを外されることのないような制度を目指すための議論が求められます。

おおはし・ひろし 米国ノースウェスタン大学博士(経済学)。ブリティッシュ・コロンビア大学経営・商学部助教授、東大大学院経済学研究科教授(現職)、同大公共政策大学院院長などを経て2022年4月から現職。

【特集1/覆面座談会】安定供給より競争を選んだ10年間 努力報われる「普通の市場」へ まずは「改革」から脱却せよ!


東日本大震災を契機としたシステム改革に伴い実にさまざまな弊害が各部門で噴出している。
複雑怪奇な制度をどう再構築すればよいのか―。関係者がざっくばらんに議論した。

〈出席者〉 A新電力関係者 B大手電力関係者 Cコンサル

―10年前に始まった電力システム改革では、安定供給、価格の最大限抑制、事業機会の拡大を目的にさまざまな施策を導入した。電気事業を取り巻く現状をどう評価しているか。

A 資源エネルギー庁の検証取りまとめ案では改革の三つの目的に照らしてそれぞれ良い面も悪い面もあったとしており、これはその通りだ。例えば安定供給に関しては目標が達成されている面もあれば、火力の稼働率低下などの大きな課題もあり、一長一短の評価となっている。ただ、これを受けて具体的に政策をどうしていくかという段階においては、やや心配な気持ちもある。


B 検証の期間中に首相交代があり、エネルギー基本計画の議論と同時並行で具体論に踏み込みづらい状況であったにせよ、1年もかけて検証したのだから、目をつぶりたくなる部分も深掘りしてほしかった。特に小売価格の低減に関してはお茶を濁すようなまとめ方になっていた。明確に「下がっていない」とは言えない政府の事情も分かるが、なぜ下がらなかったのかを分析し、これから下げるためにどうするかを議論すべきところで、非常に残念だった。現状は、総括原価と地域独占をやめた中でなるべくしてなった形。安定供給より競争を優先し、それに伴うリスクが顕在化しただけということだ。

C 東日本大震災が起き、広域融通ができないといった問題意識からシステム改革が始まったが、これは2020年の発送電の法的分離で一区切りついたはず。その後、さまざまな市場が創設されたが、こちらはシステム改革とは違うフェーズに入ったものと理解している。今回の取りまとめは、20年から5年間の振り返りが中心という印象だ。市場が乱立し、それぞれの市場で価格のボラティリティが増加、野放図に参入した新電力の相次ぐ撤退―といった状況をいかに整理し、どう再構築するかが今後のメインテーマだろう。特に安定供給確保の観点で、市場原理を活用するという方針を堅持しつつ、課題を解消できる制度設計に今後入ることになる。

B 検証の中でロシア・ウクライナ戦争が大きなパートを占めているのも、そうした背景があったからか。つまり市場をリスクにさらしていた中で戦争が重なり、電力価格の高騰や新電力の撤退、そして最終保障供給への駆け込みなどが起きた。確かにとてつもない有事だったが、小売りが自由化されていなければあれほどの事態にはならなかったのではないか。そうした検証もなされるべきだった。

A そもそもシステム改革は三つの目的のためというより、東日本大震災が起き、東京電力を中心とした電気事業連合会の牙城が崩れたことで、エネ庁主導で電力システムの社会実験を行ったという側面が強い。本来はそれが奏功したのか否かを検証するべきだ。いずれにせよ、社会実験をするには環境が悪すぎた。そもそも最悪の事態も想定して始めるべきだったとは思うが……。

乱立する市場・制度 発電・小売りにさまざまな弊害

―短期市場への偏り、限界費用玉出しの要請、供給力確保義務の有名無実化などさまざまな問題点が指摘されているが、発電、小売りにそれぞれ何をもたらしたのか。

C 大手電力目線で考えると、非対称規制の問題は大きい。新規参入者は大きな責任を負わず、問題が起これば大手電力の負担で吸収する。他国のケースを見ても自由化当初にこのような制度になることはある程度仕方がないにせよ、どう出口に向かうのかが難しい。例えば経過措置料金解除の条件はなかなか実現しない。新電力の責任もあいまいなままで細切れの改革に終始し、皆が不幸な状況だ。
 

何より問題なのは、発電所の廃止が最適解になってしまったこと。発電事業者が前向きなアクションを起こせないのは、何を見て投資を判断したらよいのか分からないからだ。結果として、以前は各社それなりにあった予備力が徐々に減少し、たびたび需給ひっ迫を起こすようになった。さらに今後は需要が伸び、より厳しい状況となる。

B 短期市場への偏りなどは、需要が下がる前提の世界ならば大きな不具合は起きなかったかもしれないが、需要増が前提となると、ここ数年電源投資されなかったことが大きなマイナスとなってくる。だから電力関係者は安定供給と口酸っぱく言っている。
 

小売り施策としては、役所の思惑通り、競争の活性化にはつながった。ただ、燃料高騰時にさまざまな問題が噴出した中で、大手電力のお行儀の良さで耐えたことは、施策としてうまくいったとは言えない。
 

供給力確保義務の有名無実化もまさにその通り。容量市場の創設で一歩前進とは思うが、電源が足りないと認識されても4年で電源はできない。長期脱炭素電源オークションの電源が運開するまでの数年間は耐えるしかない。

A そもそも、日本で競争を起こすために根本的に何をすべきかという議論が欠けていたのではないか。PJM(米国北東部の地域送電機関)はもともと市場支配力のある事業者が存在しない中で機能しているし、英国では自由化の際に国有電力会社を分割・民営化するなど、競争が働く仕組みを入れている。しかし日本は大手電力を残したままどころか、逆にJERAのような支配力を強める会社を生み出した。これはシステム改革の目的に照らせば逆行している。初期からもっと深く議論しておけば、パッチワークにならずに済んだのではないか。
 

もう一点、安定供給を大上段に構えながら、脱炭素という軸も出てきたことで、何を重視するのかが分かりにくくなった。代表例が長期脱炭素オークションだ。もともとは容量市場の補完が目的だったのに、結局脱炭素の視点を入れざるを得なくなった。だが、システム改革と脱炭素政策は切り分けるべきだ。

GXなどで電気料金のさらなる値上げは不可避だ

【特集1】浮かび上がる理想と現実の乖離 発・送・販の課題と改善策は?


競争促進を掲げた電力システム改革は発電・送配電・小売りの現場に何をもたらしたのか。
再エネ導入拡大と需要増が重なる中、安定供給と市場活性化の両立が急務だ。

大型火力を保有・運用する発電事業者は、再生可能エネルギーの大量導入に伴う稼働率の低下と、脱炭素化の社会的な要請により、収益性を確保するための厳しい選択を迫られてきた。

加速する火力撤退 試行錯誤続く需給調整市場

発電事業者は卸電力市場と小売り事業者との相対契約を組み合わせることで、収益を確保しなければならない。だが、限界費用ベースで余剰電力をスポット市場に供出することが求められ、限界費用が安い再エネの押し下げ効果もあり市場での収益化は難しいのが実情だ。一方、相対契約も、市場価格を基準とした価格交渉が一般的になっている。2〜3年程度の契約を結ぶ場合、固定費の回収を織り込んだ価格を提示するため、市場価格を上回る。当然、より安価に調達したい小売り事業者との契約交渉は難航しがちだ。その結果として、起動費や運用コスト、設備の維持に必要な固定費を十分に回収できていないのが実状だ。

エネ庁は「スポット価格が高騰すれば収益は確保できる」との立場を取るが、市場価格がもし一時的に吹いたとしても、取り漏れた費用を全て回収できるわけでもない。事業者としては、安定供給上、必要な電源だとしても、収益性が悪化してしまえば長期計画停止や廃止に踏み切らざるを得ないのだ。

容量市場や需給調整市場など、収益確保の機会が増えたことは間違いない。だが、4年後の供給力(kW)を確保する容量市場は、単年の収入を得る仕組みで、高値が付いたかと思えば翌年度には大幅下落するなど不確実性が高い。

発電事業者のある幹部は、「本当にkW確保の手段として機能しているのか、議論の余地がある」と見る。昨年度に始まった長期脱炭素電源オークションにしても、新規投資に不可欠であるとはいえ、当初からさまざまな懸念点が指摘されている。
火力の撤退は加速している。2024年度にはJパワーやJERAが石炭火力の休廃止を発表。政府が収益性確保に手を打たなければ、今後伸長する需要に対応どころか、安定供給を損ないかねない。

一方、送配電分野では既存設備の更新や系統の増強が求められている。避けて通れないのが、巨額投資に対する資金調達環境の整備だ。工事費用は運用開始以降、長期間をかけて託送料金で減価償却するが、一時的に送配電事業者のキャッシュフローが悪化する可能性がある。「工事開始前後のキャッシュフローの増強が必要だ」(送配電網協議会の担当者)。また広域連系系統のマスタープランの費用便益評価を適切に行うことや、需要地の立地誘導などで増強費用を抑える施策も重要だ。「地方公共団体が産業を誘致しやすくなるように、自治体への系統情報の提供なども考えていく必要がある」

調整力の確保も課題だ。20年度以前はエリアの調整力を公募調達していたが、21年度にエリアの枠を超えた需給調整市場での調達が一部商品で始まり、24年度には全商品が市場取引に移行した。市場原理によるコストの低減を図る目的があったが、果たされたとは言い難い。
調整力の多くは前週の火曜日に土曜日~翌週金曜日分を取引(週間取引)するが、当初想定していたほど市場への応札がなく、調達未達を招いた。

発電事業者は、顧客への供給力の確保が最優先だ。再エネなどの変動電源が多く導入された中で、1週間後に必要な供給力を予測するのは容易ではない。余力を持って供給力を確保するのは当然だ。この結果、調整力が需給調整市場に回りにくくなってしまった。ただ市場で確保できなかった調整力は容量市場の余力活用契約などで対応しており、安定供給に支障が生じているわけではない。26年度には週間取引が前日取引へと移行するほか、「全てを市場で賄おうとするのではなく、市場、余力活用契約など最適な組み合わせを模索していく」

                 中長期的な視点での制度設計を

【特集1】「競争メカニズム」機能せず!供給不安を招いた市場依存の危うさ


電力システム改革後、価格高騰など紆余曲折を経ながらも700を超える新電力が参入し活況を呈す小売り市場。
その裏では新規電源投資の停滞が続く。短期の卸電力市場のテコ入れとともに、中長期の市場形成が不可欠だ。

資源エネルギー庁は1月、電力・ガス基本政策小委員会(委員長=山内弘隆・武蔵野大学経営学部特任教授)において、約1年をかけて進めてきた電力システム改革の検証結果と、それを踏まえた「今後の方向性」の案を示した。

その評価は、「広域融通の仕組みの構築や小売全面自由化によるメニューの多様化、事業機会の創出といった点については一定の進捗があり目指していた方向性に沿った成果が確認できるものの、供給力の維持・確保や国際燃料価格の急騰への対応等については課題が残った」というものだ。

成果とともに、顕在化した問題にも触れ是正の必要性に言及している。とはいえ、電力業界の実務者の中には「エネ庁が主導した電力システム改革という壮大な〝社会実験〟は失敗した」―と言ってはばからない人も多く、その間にかなりの温度差があることは否めない。
社会実験とは、大手電力会社中心の地域独占と総括原価方式に基づく安定供給体制にメスを入れ、競争の促進や安定供給の確保、料金の抑制を達成するために市場機能を活用する方向へと大きく舵を切ったことを指す。その結果どうなったか。

原子力発電所の再稼働が想定通りに進まず、供給の主力を担ってきた火力は、再生可能エネルギーの導入拡大による稼働率低下や老朽化に伴い休廃止が加速。これが2020年以降、災害や厳気象による需給ひっ迫が断続的に起きるなど供給の不安定化につながった。さらに、国際情勢や紛争などによって燃料価格が高騰すると、それが電力価格にダイレクトに影響するように。需要家が低廉、かつ安定的に電力の供給を受けられる保証は、もはやなくなったのだ。

自由化と規制のはざまで 短期市場偏重の罠

こうした事態に陥った要因は、電力取引が短期市場である卸電力市場に極度に集中してしまったことにある。大手電力会社による市場支配力の行使を懸念するあまりに、「競争的であるならば限界費用で入れるはずだ」との理屈で限界費用による市場への供出を実質的に強制。FIT(固定価格買い取り)制度に支援された再エネが入ってきたことで価格が一層低迷し、大型電源は市場での固定費回収が困難になった。

自社電源を持たずとも安く電気を調達できる「官製市場」の存在は、「調達先未定」―つまり、本来電源投資を支えるはずの長期の相対契約を結ばずに小売事業を営む新電力を大量に生み出した。短期市場がいくら流動化したところで、電源投資の予見性は下がるのみ。それが、新規投資の停滞と休廃止に拍車をかけた。

学識者の一人は、「市場価格は生き物。価格が上がることが問題なのではなく、その要因が何であるかを知る能力を高めることで、業界内の変調が見えてくる。その機能を失わせてしまった」と、限界費用を強いることの不合理を指摘する。
その上、自由化の名の下に、本来の趣旨とは逆行するようなさまざまな非対称規制が措置された。その最たるものが20年度以降も継続している料金の経過措置規制であり、卸取引の内外無差別の徹底だ。

電源アクセスへの公平性の担保は新電力側からの強い要請であったことは事実。しかし、それにより誰が買っても同じ標準商品化したことは、デマンド・レスポンス(DR)や分散型機器の導入を阻害し、新電力の創意工夫の余地すら奪うことになった。

「マーケットで長期の電源が建つ、という理論がそもそも幻想だった」「重要なのは電源そのものよりも、自由自在に調達できる燃料が手元にあること。それがなければ自由化も価格シグナルもない。そもそも燃料の全てを輸入に依存する日本でうまくいくわけがなかった」エネルギー業界関係者はこう口をそろえるが、覆水盆に返らずだ。

全ては3.11から始まった(被災直後の広野火力)

【特集2まとめ】水素利活用の転換点 新技術で国内需要拡大へ


使用時にCO2を排出しない次世代クリーンエネルギーの水素。
多様な資源から製造できる上、用途も産業から船舶燃料までと幅広い。
これらは脱炭素とエネルギー安定供給、経済成長につながる利点だ。
日本はその「一石三鳥」を狙い、水素産業の育成に力を入れてきた。
そこで培った技術を生かせる需要地を開拓し、身近な存在にできるか。
社会実装を促す転換点に直面する官民の最新戦略に迫った。

【アウトライン】クリーンエネ市場の開拓へ先手 広がりを見せる日本勢の挑戦

【東京ガス】東京五輪のレガシーを受け継ぐ 選手村跡地で先駆的なエネ事業

【北九州市】大規模サプライチェーン構築へ 環境と経済の好循環を目指す

【川崎市】地の利を生かして大転換を図る 発電・熱・原料を先駆的に利用

【東京都】将来の水素の可能性と課題を議論 体験型プログラムで理解を深める

【岩谷産業】国内初の旅客輸送する水素船 大阪中心部と万博会場を結ぶ計画

【関西電力】ゼロカーボン電力を万博会場に供給 エネルギーの未来像を映し出す

【東邦ガス】CNニーズに応える事業を拡大 供給基盤構築と需要創出を推進

【大阪ガス】製造装置の信頼性が顧客に好評 e‐メタン利用も武器に市場開拓

【三菱化工機】トータルソリューションに注力 高純度水素製造からCO2回収まで

【三國機械工業】既存技術の利点を集めた製造装置 再エネの出力変動への追従が可能

【タツノ】独自技術による製品を展開 新たな市場対応への動き進展

【三菱重工エンジン&ターボチャージャ】既存エンジンを応用して開発 500kW級専焼エンジンの実証開始

【川重冷熱工業】燃焼と蒸気供給技術を融合 専焼・混焼の両モードを実現

【特集2】独自技術による製品を展開 新たな市場対応への動き進展


【タツノ】

タツノが水素の利用・拡大に向けた動きを加速させている。
独自の製品展開や新たな市場開拓で、多様な利活用に対応する構えだ。

水素ディスペンサーで水素供給インフラ業界をリードしているタツノ。2002年に日本初、燃料電池車向け商用水素ディスペンサーを設置して以来、独自技術による製品展開を進め、水素充填インフラの整備に貢献してきた。

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が福島県浪江町に整備した「福島水素充填技術研究センター」には、22年12月から同社の超高圧ディスペンサー「LUMINOUSH2」が設置されている。同機はMF(ミドルフロー)に対応した2ノズル同時充填ができ、燃料電池を搭載した大型の商用モビリティへ大流量水素充填が可能。同センターに隣接する水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」で製造した水素を主に利用し大流量の水素充填や計量に関する技術開発や検証を実施している。

コンポーネントの拡販にも注力 大型車向け市場への展開を強化

現在、国内では水素ステーションの数が伸び悩んでいる。そうした中、同社はディスペンサー本体だけではなく、その心臓部と言われるコリオリ流量計や、充填ノズル、緊急離脱カップリングといったディスペンサーを構成するコンポーネントの販売にも注力している。水素ステーション以外での利用を増やしていく構えだ。

また、国や自治体は、大型で走行距離が長い商用車両での水素活用こそ、運輸部門の脱炭素化と水素利用拡大のために重要であるという考えから、大型商用車両の支援に舵を切った。今後、トラックやバスなどに対する水素供給インフラの需要が高まることが想定される。同社では大型商用車両向けの高圧充填に対応したMF・HF(ハイフロー)モデルを開発済みで、市場への展開を強化していく。

同社は、脱炭素化を推進する社会の中で、水素を取り巻く環境変化も注視している。「水素の多様な利活用に柔軟に対応していくことが重要だ。他社とも協力し全方位で活躍できる企業を目指している」と、エネルギーソリューション事業部次長・水素グループリーダーの田中智久氏は語る。

脱炭素化社会の実現に欠かせない企業として、今後の新たな取り組みに注目だ。

右手前が超高圧水素ディスペンサー「LuminousH2」

【特集2】大規模サプライチェーン構築へ 環境と経済の好循環を目指す


【北九州市】

産業の集積地であり、水素の持つ可能性に早くから注目してきた北九州市。同市は2050年カーボンニュートラル実現に向けて、「北九州市グリーン成長戦略」を策定。環境と経済の好循環を目指し、産業の創出や企業の競争力強化につながる新たな成長を志向している。

この一環として、八幡東区東田地区の水素実証では、市道に敷設した約1・2kmの水素パイプラインにより、工場から水素実証住宅への安定的な水素供給を実現している。具体的には、日本製鉄(旧新日鉄住金)八幡製鉄所の副生水素を集合住宅や公共施設などに設置した純水素型燃料電池に供給し、得られた電力や熱を利用した。

水素をパイプラインで供給する場合、ガス事業法が適用される。北九州市の取り組みは実証実験のため適用対象外になったが、将来の実用化に備えて、ガス事業法の基準にのっとった形で運用した。実証中に、漏えいなどの事故は全く発生せず、都市ガスに準じた方法で水素のパイプライン供給が安全に行われることが証明された。

臨海部でプロジェクト始動 30年の本格稼働を予定

さらに、響灘臨海部で水素の大規模な供給・利活用拠点を構築するプロジェクトが昨年6月に始動した。この水素サプライチェーンは30年本格稼働を予定し、同年に年間9万tの水素需要が見込まれている。

このプロジェクトを推進するのは、23年5月に設立された福岡県水素拠点化推進協議会で、県や北九州市のほか、水素の利活用を目指す企業で構成されている。全体の取りまとめ役は伊藤忠商事で、供給側として日本コークス工業(アンモニア貯蔵・クラッキングなど)や日鉄エンジニアリング(パイプライン敷設など)、需要家として九州電力(発電所での水素混焼)やジャパンウェイスト(燃料電池フォークリフトでの利用)などが参画する。九州電力は、双日や日本郵船と連携しインドから年間20万tのグリーンアンモニアを調達。日本コークス工業のタンクに貯蔵し、そこからパイプラインで近隣の需要家に供給するほか、クラッキングで水素を製造し供給する予定だ。

北九州市環境局グリーン成長推進部グリーン成長推進課の香月勇磨主任は「価格面、インフラ面での課題が解決すれば、水素は非常に魅力的な資源。水素の持つ力で脱炭素化を進め、北九州市の国際競争力を向上させたい」と意気込む。水素拠点の本格稼働が今から待ち遠しい。

水素サプライチェ―ンのイメージ図

【特集2】将来の水素の可能性と課題を議論 体験型プログラムで理解を深める


【東京都】

空港臨海エリアは、水素の潜在的な需要が高く見込まれている。
東京都はこのほど、羽田エリアで体験・交流イベントを行った。

東京都は、「羽田みんなのみらい 水素エネルギー展」を1月31日~2月2日に開催した。初日には事業者向けの企画を羽田イノベーションシティで行い、29事業者が出展し、来場者数は255人に上った。講演やパネル展示のほか、水素船や水素バスで水素利用の現場を見学するツアーも実施した。

開会式では、東京大学先端科学研究所センターの河野龍興教授が基調講演に登壇。カーボンニュートラルとエネルギーセキュリティについて「世界情勢も見据えて、中長期的にどのように国際連携ができるかを意識している」と述べた。
ステージでは旭化成、川崎重工業、NEDO、東京都の事例の紹介のほか、大田区、川崎市などのブースやパネル出展があった。

別室では水素バイクなどの展示のほか、パネルディスカッションと名刺交換会も実施。各社が水素モビリティ、水素エネルギーの需要拡大や利活用推進に向けた取り組みなどを発表し、活発な意見交換を行った。中でも、H2&DX社会研究所が行う「水素燃料電池コンサート」や「水素コンロ」を導入した箱根の温泉旅館の事例は多くの聴衆の関心を引いた。その後の名刺交換会では、パネリストと参加者たちが交流を深めた。

屋外には、水素発電機、小型トラック、水素を用いたジェットヒーターを展示。水素焙煎コーヒーの試飲や水素コンロによる東京シャモの試食もあり、参加者はひと味違うコーヒーと焼き鳥を楽しんだ。

ペダルを漕いで発電に挑戦 楽しみながら学べる展示が充実

2月1~2日には、一般向けのイベントを羽田イノベーションシティと羽田空港第2ターミナルで開催。24事業者が出展し、3368人が来場した。子どもを対象にしたクイズショーやサイエンスライブ、実験教室、ゲーム大会などが行われた。ゲーム大会は、水素遊具のペダルをこぎ、決められた時間内に指定された量の発電ができればゲームクリアというもの。親子やきょうだいで参加した子どもたちで盛り上がりを見せた。

第2ターミナルのスカイデッキには、水素について学べるパネルも展示されており、来場者は興味深そうに眺めていた。

水素を楽しく学ぶ機会を設けた

【特集1】原子力「最大限活用」に向けて 規制のあるべき姿とは


適切な審査を実現するために、規制委はどう変わるべきなのか。
原子力政策に詳しい浅野哲衆議院議員と森川久範弁護士に聞いた。

【インタビュー:浅野 哲/国民民主党 衆議院議員】

「効率性」を無視した規制 将来的な国益まで喪失

─国民民主党は先の衆院選の公約で、原子力発電所の再稼働に加えて適合性審査の長期化解消を打ち出しました。実現に向けた具体策を教えてください。

浅野 長期化している要因の一つは、地質関係の審査です。まずは予算の拡充を含めて、審査する人員の増員や外部リソースの活用が求められます。また規制側と事業者の密なコミュニケーションも不可欠です。事業者は審査の際に、膨大な書類を準備しなければなりません。日本原子力発電の敦賀発電所2号機の審査では、追加調査のデータを示す時にデータを差し替えるのか、それとも新旧のデータを両方添付するのかという点で事業者と規制委の見解に相違が生まれ、2年10カ月も審査が止まってしまいました。引き続き、審査会合前のヒアリングの充実を図ってもらいたいと思います。
 アメリカの原子力規制委員会(NRC)の基本原則には「効率性」という概念があります。ただ日本の規制委にはありません。2011年の東日本大震災の反省から作られた組織なので、当初その概念が盛り込まれなかったのは仕方ないかもしれません。しかし当時よりも原子力の重要性が高まり、政府が政策の方針を転換した今、規制委の行動原則にも取り入れるべきでしょう。

─審査開始から10年近く経過している発電所や関連施設が存在します。審査の長期化が日本経済に与えた影響をどう考えていますか。

浅野 原子力発電所が運転を停止している間も、国民生活には安定したエネルギーが必要です。現在、発電量の7割を火力が占めており、そのために化石燃料の購入量が増え、貿易収支の大きなマイナス要因になっています。特に21年から23年頃にかけてはロシアによるウクライナ侵攻に端を発して化石燃料価格が高騰し、わずか2年で日本の化石燃料の購入価格は約3倍に膨れ上がり、莫大な国富が海外へ流れました。

納得できぬ敦賀2号機の「不許可」 首長判断を後押しする機関が必要

―原子力産業への影響も大きいのでは。

浅野 日本が享受するはずだった将来的な国益も失われたのではないでしょうか。原子力の将来が見通せない中で、人材が減少し、技術継承の機会損失が生じています。技術革新が生まれにくい環境にもなってしまいました。日本はフランスと並んでサプライチェーンが自国でほぼ完結する数少ない国です。世界を見渡すと、民主主義陣営では韓国が頑張っていますが、ロシアや中国が市場を席巻しています。今後は原子力発電所の建設を外交カードとして利用してくるでしょう。東日本大震災後の14年間が及ぼす影響は非常に大きいです。

─先ほども触れられた敦賀2号機の「不許可」判断についてどう考えますか。

浅野 規制委の審査や調査の経緯には大いに疑問があります。断層の評価は規制庁の内部の人材だけで行われましたが、地質学に詳しい外部の有識者や国内外の研究者など客観的な意見を仰ぐべきではなかったでしょうか。そうすれば、より科学的な検証ができたかもしれません。「活断層である可能性を否定できない」という論法で不許可という判断になったのは理解に苦しみます。
 この問題については出発点から問題がありました。東日本大震災後の12年4月に旧原子力安全・保安院は、2号機の直下を通るD―1破砕帯について、活断層である可能性を指摘しました。その後、規制委の有識者会合が「活断層でないとは言い切れない」と結論づけます。そして当時の田中俊一委員長による「活断層に相当する」という認識につながりました。本来、結論を出すのは規制委で、有識者会合は判断のための論点や判断指標の提示などにとどめるべきだったのです。

─原子力の最大限活用に向けて政治が果たすべき役割は。

浅野 「意思決定」とそのための「仕組み」を作ることです。国民民主党は第7次エネルギー基本計画の策定に当たって、昨年11月に石破茂首相に提言書を提出しました。その内容のいくつかは反映され、意思決定という点では前進できたと考えています。残るは既存原子力発電所の再稼働を加速させる円滑な審査の実現に取り組みます。

─柏崎刈羽原子力発電所など地元合意のプロセスで足踏みしているサイトもあります。

浅野 再稼働の容認や、最終処分に関する調査の受入れなどに関する判断は首長が行いますが、推進派と慎重派の板挟みになり、政治生命を賭けるほどの大きな負担になっています。これも時間がかかっている一つの要因ではないでしょうか。そこで再稼働だけでなく、最終処分に向けた調査の妥当性などを科学的知見から検討し、一定の結論を首長に助言する独立調査委員会の設立を提案しています。福島第一原子力発電所事故の国会事故調査員会の提言の一つで、政府にはこの提言を着実に検討し、実行してもらいたいと思います。

あさの・さとし 1982年生まれ。東京都出身。青山学院大学大学院修了後、日立製作所のに入社。労働組合役員、衆議院議員秘書を経て2017年に初当選。現在3期目。

【特集1まとめ】原子力規制委の治外法権 国益を無視した独善と不合理


政府は第7次エネルギー基本計画で「原子力の最大限活用」を掲げたが、
東日本大震災後に再稼働を果たした原子力発電所は14基にとどまる。
適合性審査への申請から10年以上が経過したにもかかわらず、
いまだに多くのサイトが原子力規制委員会の審査中だ。
審査の合理性や進め方を巡っては見直しを求める声が根強い一方で、
規制委は「三条委員会」を盾に事実上〝聖域化〟しており、
政府側からは問題に触れにくいという弊害が生じている。
常識から逸脱した超長期審査の解消へ、規制の適正化は避けて通れない。
規制委の「治外法権」を巡る問題点と改善策を探った。

【アウトライン】規制委の“聖域化”はなぜ起きた? 審査体制の見直しが急務

【インタビュー】原子力再稼働は「極めて重要」知見の共有や人材の相互支援を

【レポート】「三条委員会」の弊害あらわ 審査効率化は政府の重要課題

【インタビュー】原子力「最大限活用」に向けて 規制のあるべき姿とは

【レポート】規制が厳しければ安全なのか 米国の検査制度から学ぶこと

【レポート】国民との意思疎通が肝要に 規制委の業務改善策を提起

【特集1】国民との意思疎通が肝要に 規制委の業務改善策を提起


日本が今後も原子力を活用するために規制委の存在は欠かせない。
より良い審査を実現するため、どのような変革が求められるのか。

巽 直樹アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部マネジング・ディレクター

第7次エネルギー基本計画では、「原子力依存度を可能な限り低減する」という従来の文言が外れ、次世代炉建て替えについては「廃炉を決定した事業者の敷地内建設」の道が開けた。インフラ整備には百年の計が必要だ。今世紀後半を見据え、核融合炉開発などへの理解も欠かせない。原子力の最大限活用に向け、国民とのコミュニケーション深化は、今すぐ始めても早過ぎはしない。

この点で原子力規制委員会が果たす役割は重要だ。高度な独立性を持つ三条委員会として再編され、孤高の存在となった感があるが、今後は国民の付託に応える必要性がより高まるのではないか。政府が原子力推進を後押しするにあたり、安全・安心に対する責任の前面に立てるのは、規制委をおいて他にはない。推進・反対の両派と距離を保ちつつ、政治が手を出しにくい領域に切り込める唯一無二の存在だからだ。

率先してデジタル化を 監視機関の設置を視野に

この期待に応えるには、人的・組織的リソースの強化が課題となる。新規制基準への適合性審査で待ち行列ができたことを考えると、申請ピーク時に柔軟な対応ができる体制構築も必要だ。

審査のスピードアップが度々望まれてきたため、処理能力拡大や効率性向上は最優先のテーマだ。産官学挙げて生成AIの活用が加速する中、新技術への取り組みも課題となる。米原子力規制委員会(NRC)は、AI活用について慎重姿勢を崩してはいない。国家機密につながる情報を取り扱うために当然であるが、規制委がモデルとした本家よりも先んじて導入することを制止するいわれはない。また、事業者に新技術活用を促すため、規制委が範を示すことも重要だ。膨大な時間を割く書類仕事などの業務量を減らすためには、官民協働によるデジタル技術導入の推進も一案だ。

行政手続法の標準処理期間(2年)が努力目標に過ぎなければ、安全サイドに立つ判断が審査を長引かせることは必然だ。しかし、この状況における国民への説明責任も問われる。こうした視点からは、NRCのように独立組織を監視する別の独立組織が必要ではないか。NRCには外部専門家の技術集団である原子炉安全諮問委員会や行政審判制度のための原子力安全許認可協議パネルなどがある。

これらの取り組みにより透明性を増すことで、国民とのコミュニケーションの質を高めることにつながると考える。

たつみ・なおき 信託銀行、電力会社、監査法人などを経て、現職。博士(経営学)。国際公共経済学会理事。4月から立命館大学ビジネススクール客員教授も兼務。