【特集2】LPガス配送・保安を高度に管理 「スペース蛍」が照らす最適解


【ニチガス】

全世帯数の4割強、約2200万件で利用されているLPガス。この供給インフラの高度利用から、業界が学ぶべきポイントはあるのだろうか。LPガス大手のニチガス(日本瓦斯)は、業界に先駆けて高度化に取り組んでおり、そうしたシステム構築から見えてくるのは「スマート化」の視点だ。

ニチガスの取り組みでカギを握るのが「スペース蛍」と呼ぶ、LPガス容器の配管部に、簡単に低コストで後付け設置できる手のひらサイズの端末だ。通信機能を持ち、原則1日1回、24コマのガス消費データをサーバーに飛ばす。電力業界のスマートメーターに相当するものだ。データを飛ばす頻度が常時ではなく、「1日1回」がミソだ。もちろん、需要と供給の同時同量を常に維持する必要がある電気とは性質が異なるため、電力スマメとは一概に、単純比較はできない。ただ、この頻度によって、端末の消費電力と通信費を抑えられる。また後付け方式なので、メーターそのものを変えることは不要で、導入費は安い。

では、この端末で何が可能になるか。まずは、容器内のガス残量把握だ。従来では容器交換のタイミングは配送員の予測に頼っていたが、この方式では残量をリアルタイムで把握しているため「A地点のユーザーの容器はあと4日以内に交換が必要」といった情報が日々デジタル処理される。交換回数は極限まで減らせる。一連の配送ルートはスマホ上に最適表示される。まさに、エネルギーを日用品のように管理して配送する「アマゾン配送」のようだ。

集中監視システムとの違い 都市ガス含め140万件導入

次に保安の視点はどうか。そもそも、地震などの有事の際や多量のガス漏れ時には、マイコンメーター自体の即遮断機能によって、大きな事故を防いでいる。問題は微小漏えいだ。スペース蛍では微小漏えいなどの情報も遠隔で取得でき、その情報に基づき現地に出向して保安を担保する。ただ、似たような仕組みの「集中監視システム(NCU)」とは、異なる点がある。「NCUのように、オペレーターが即開閉栓できる機能は備えていません。スペース蛍式で開閉栓できるのは1日1回です。即遮断機能はマイコンメーターが担えばよいと考えています」(吉田恵一専務)

実は、この違いが国の制度上のインセンティブ面で一つの課題をもたらしている。現在、LPガス業界のNCUの導入割合に応じて、緊急時対応要件の緩和など事業者にインセンティブを与えているが、ニチガス式は該当しないのだ。

「そもそも、スペース蛍式はNCUと比べて導入費が安く多くの事業者に採用いただく可能性があります。かつ保安についても、未整備の場合に比べて、高まることは自明です。それなりのインセンティブがあってもいいのではと国に要望を出しています」(同)

本方式は、昨年夏までにニチガスの全LPガスユーザーに整備され、さらに今年度中には東彩、東日本、北日本ガスといったニチガスグループの都市ガス会社の全需要家に導入する計画だ。その数は140万件を優に超える。スペース蛍が実現する業務高度化の最適解は、業界関係者の関心を集めそうだ。

【特集2】組織力で防災訓練を高度化 マルヰ会が全国一斉に実施


【岩谷産業】

IoTなどの優れた技術を導入することだけが「スマート」ではない。有事の際に高い組織力を発揮できるか。そんなソフト面の高度化も求められている。

IoTやスマート機器などハード面においていかに高度な技術を導入したとしても、有事の際に最終的なエネルギー利用の安全や保安を確保するのは「人」である。LPガス業界が行う防災訓練は、災害時に人が効率的・効果的に、そして冷静に対処することができるよう、まさにソフト面の高度化に向けた取り組みである。

LP事業者唯一の取り組み 一丸で有事の際に全国応援

LPガス業界では、毎年9月から10月にかけて、防災訓練を実施している事業者が数多く存在している。中でも岩谷産業の防災訓練は、岩谷ブランドのLPガス(MaruiGas)の全国的な販売ネットワーク「マルヰ会」に所属する販売店が参加する、全国各地で一斉に行う訓練だ。

1955年に設立した長い歴史を持つマルヰ会は、単にLPガスを販売するだけの組織ではない。全国的な組織力を生かして、有事の際に、被災地へ各地から応援にあたる「災害対策組織」の側面を持っている。こうした全国応援を実施するLPガス事業者は岩谷産業だけだ。

そんな取り組みへと向かう契機になったのが、95年の阪神・淡路大震災だ。以降、マルヰ会の基本理念のひとつである相互扶助の精神で災害救援隊を結成し、有事を想定した訓練を実施するようになった。2011年の東日本大震災はもとより、16年の熊本地震、さらには近年頻発している大型台風による災害など、各地で起きた災害に対して、その都度、被災地への応援隊を派遣し、早期復旧に励んできた。これまでの出動回数は計31回、出動日数は271日、延べ出動人数は2004人の活動実績を持っている。

そんな有事の活動に備えて、今年も10月21日、全国で一斉訓練を実施した。

「生活の重要なライフラインを担っているものとして、LPガスの安全安心はもとより、いつ起こるかわからない自然災害に備えて、準備を積み重ねています。この訓練を一つの契機として、防災への一層の取り組みをお願いします」。訓練の冒頭、岩谷産業の間島寛社長はオンライン画面を通じて、全国75か所の訓練会場、1702人の参加者にこう呼び掛けた。

防災訓練はスムーズ 企業継続推進機構から表彰

関東ブロックの訓練は、茨城県那珂市のホームエネルギー東関東社・茨城LPGセンターなどで開催された。その現場を取材した。

(上)実施されたホームエネルギー東関東社・茨城LPGセンター(下)石鹸水を塗りかけて漏れている箇所を特定する

訓練の内容は①集合・点呼、通信連絡訓練、②災害救援隊マニュアル読み合わせ、③緊急防災工具のチェック、配管からのガス漏洩確認、LPガス設備復旧訓練、④非常用発電機の稼動訓練、⑤オンラインによる保安講習―など、午前中一杯、時間をかけて行った。

印象的だったのは③の訓練だ。ガス漏れチェックでは、配管に石鹸水をかけて、漏れている個所を特定。特殊なゴムバンドを使いながら、漏洩個所を塞ぐ訓練を行っていた。「石鹸水をかければ、漏洩個所から泡が膨らむので、すぐ目視でき、漏洩個所を特定できます」と現場の訓練員は説明する。

また工具箱の中から工具を取り出し、どの工具がどのような場面で活用するかを細かくチェックしていた。毎年恒例の訓練内容とはいえ、初めて参加する人もいる中、一連の確認作業は非常にスムーズで、よどみなく行われていた。まさにマルヰ会の組織力の高さを感じさせる。

訓練の最後には、オンラインによる保安講習を実施した。昨今のLPガスの保安行政や法改正の内容、最近のガス事故事例、岩谷によるスマート保安への取り組みなどを報告することで、マルヰ会会員同士の情報や意識の共有化を図った。

こうした、過去から継続してきた一連の取り組みに関して、企業継続推進機構という組織から、「優秀実践賞」と「企業防災賞」の二つの部門で表彰(21年度)を受けた。この組織は、自然災害による経済的社会的被害の低減、地域社会における災害対策の充実を図り、国と各地域の安全安心発展を寄与することを目的に活動しており、毎年、優れた取り組みに対して表彰している。 全国的な販売網を構築している岩谷産業だからこそ取り組む責任ある防災訓練。IoT利用などのハード面の取り組みも必要だが、全国的な組織力を生かすソフトウェア面のマネジメント力も、ひとつの「スマート化」といえる。

【特集2】国内初「スマート保安」のカタログ 技術利用の事業者にインセンティブ


製品評価技術基盤機構(NITE)は、電気設備の定期点検や異常有無の確認などを最新の技術を用いて効率化・高度化する新たな技術を搭載したスマート保安技術カタログを今夏からホームページ上で公開した。今後、有用なスマート保安技術を順次、カタログに取り上げていく。

今回取り上げられた技術は「高圧絶縁設備の常時監視」技術だ。特別高圧受電設備に対して各種センサーを使いながら、通信によって常時監視できる。

カタログに掲載される技術は、従来の電気設備保安技術を代替できるものかどうか、学識経験者らから構成される「スマート保安モーション委員会」での技術評価をクリアしたもの。

この技術を使用するユーザーは、これまでの停電年次点検を1年に1回から3年に1回へと延伸することができ、年間の保安点検費用の大幅な削減が可能となる。

また、従来の保安業務の代替機能だけでなく、「常時監視」による保安レベルの向上や、点検時間や頻度の削減による業務の合理化にもつながっていく。

設備の高度経年化や電気保安人材の不足などへの対応には、こうした「スマート技術」が不可欠だ。カタログ化によって、簡易的にその技術の存在を確認できる。

【特集2】知られざるエコキュートの災害対策力 有事の際には生活用水にも活用可能


2000年代中頃から本格的に普及が始まったオール電化住宅。その電化設備を構成するアイテムの一つがエコキュートだ。省エネ性能にも優れており、これまで国内で累計800万台以上が普及してきた。

ルームエアコンと同じ空調原理を使いながら、深夜の割安な電気を活用してお湯を作る。深夜に作ったお湯をそのまま貯湯タンクで保温しながら当日のお風呂に活用する。普及当初はそんな使い方が主流だった。

昨今では昼間の太陽光発電の余剰分を活用して熱を作るなど、「再エネ共存時代」を見据えた運用のほか、VPP(バーチャル・パワー・プラント)の運用アイテムに組み込むなど、新しい機能を発揮しようとしている。

こうした変わりゆくエコキュートの機能には、実はもう一つの隠された役割がある。それは災害などの有事の際の生活用水としての「水」の利用である。

災害の大きさによっては「断水」を余儀なくされるケースも存在する。そこでエコキュートの出番だ。100ℓ単位の水(お湯)がためられている貯湯タンクには、底部から直接水(お湯)を取り出すことができる。

また、新製品では、気象情報とも連携する機能を搭載しており、例えば豪雨予報を見越してあらかじめ「焚き上げ」ることも可能だ。実際の災害によって停電を余儀なくされることはあるかもしれないが、「生活用水切れ」の心配はなさそうだ。

【特集2】インフラ部門の脱炭素技術に注力 メタネーションで産学官連携を加速


【三菱化工機】

「ブルー水素」の製造に欠かせないCO2回収技術の開発に取り組む。福岡市では、下水原料の水素を世界で初めて商用化した。

水素製造装置、気化器、熱調設備などのLNGプラントをはじめ、多様な技術で日本の産業を支えてきた三菱化工機。同社がカーボンニュートラルという社会的要請に応えるべく、さまざまな技術開発を進めている。

「全社的に取り組んでいる」(石川尚宏水素・エネルギー営業部長)というのが、CO2回収技術だ。同社の主力である水素製造装置「HyGeia―A」は都市ガスを改質して水素を製造するが、この過程でCO2を排出する。

製造過程でCO2を排出しない「ブルー水素」を作るには、CO2回収が不可欠だ。三菱化工機はこれまで、要素技術として、PSA(圧力変動吸着)装置、分離膜、アミンを吸収液とした回収設

備に取り組んできた実績があり、HyGeia―Aと同様の小型装置を目指して開発が進んでいる。

再エネから作る「グリーン水素」の製造に必要な水電解技術の開発にも取り組み、実証を行っている。

メタネーション関連の技術開発にも力を入れる。メタネーションは三菱化工機が得意とする都市ガス製造技術と技術的な親和性が高く、これまで培ってきた技術を生かせるという。

また化学メーカーなどの顧客から「工場から出るCO2を何とかしてほしい」という要望が多く聞かれるが、石川部長は「メタネーションが一つの解になり得る」と期待を寄せる。

下水原料の水素を商用化 エネルギーの地産地消へ

福岡県では、福岡市、西部ガス、豊田通商などと連携し、下水処理場で発生するバイオガスから水素を製造している。作られた水素は、水素ステーションで燃料電池自動車に供給される。下水処理の汚泥を原料とする水素の商用化は世界初だ。

金沢市では、下水消化ガスからメタンを製造し、同社の液ガス熱調設備で熱量調整を行った上で、既存のパイプラインに導管注入する実証実験を行った。これらの取り組みは、エネルギーの地産地消につながる。

また自社のCO2削減策として、2月からクレジットでオフセットしたカーボンニュートラル都市ガスを採用。川崎製作所に導入し、敷地内の水素ステーションで水素製造の原料としても活用している。年間約475tのCO2削減になるという。

脱炭素社会の実現に向け、あらゆる取り組みを行う三菱化工機だが、石川部長は「どの分野も課題が多く、まだ決め手に欠ける」と本音を散らつかせる。今はどの技術が最も脱炭素に資するか、模索しながらアプローチをかけている段階だ。

脱炭素社会は、一民間企業だけでは実現できない。三菱化工機は、自治体や企業、研究機関などとの連携を加速させ、脱炭素の実現に貢献する。

【特集2】富士宮市の行政サービスと連携 家庭向けPPAモデルで脱炭素化


【静岡ガス】

人々の生活に関わるさまざまな取り組みを通じて地域貢献を果たすことも、「公益事業者」であるエネルギー事業者の役割りの一つである。静岡ガスの取り組みからそんな姿勢が見えてくる。

静岡県富士市に拠点を持ち、富士市や富士宮市に供給する静岡ガス・富士支社。静岡ガス全32万件のユーザーのうち、約4万件にガスを供給している。供給量の多くが産業用だ。日頃の人々の生活必需品を支える紙パルプ、医薬品企業などの製造工場が集積する。

7年前に富士支社長に就任した瀧真砂人氏は「地域ナンバーワンのソリューション企業を目指してきました」と話す。ナンバーワンと大きな目標を掲げるのはほかでもない、周辺地域での同社認知度の低さだ。「周辺では都市ガスの普及率は50%以下で、LPガスユーザーも多いです。当社としては地元行政と連携し、行政サービスの一部をお手伝いしながら、認知度を高め、地域の方々の生活を支えていけたらと思っています」

矢継ぎ早に連携強化 市の課題は静岡ガスの課題

2018年には、「シェアリングエコノミーを通じた資源の有効活用及び地域活性化に関する連携協定」を富士宮市と締結。世界遺産に登録された「富士山」への観光客の増加に対応するために、駐車場の有効活用に取り組んだ。ユーザーが「SHIZGASエネリアパーキング」への会員登録を果たすことで、無駄のない駐車場予約と決済をサポートする。静岡県の観光産業を、裏方となって支えていく仕組みでもある。

また今年7月には、「地方創生の推進に向けた包括連携協定」を同じく富士宮市と締結し、地域との関わりを一層深めていく。具体的には①市民の安全・安心、②産業振興、③社会教育・スポーツ振興、④健康増進や食育、⑤エネルギーや環境保全、⑥地域の活性化や市民サービスの向上―といった内容だ。中でも「市民の安全・安心」に対しては、警察とも連携する。昨今、被害が増えている「振り込み詐欺被害」の防止のために、年に数回、富士宮市役所を使いながら市民も交えて防犯電話訓練を行う。シミュレーションしながら未然に防ぐための啓蒙活動を行う。また、従来から行っているのが、静岡ガス社員自らが地域の高齢者への見守り活動を展開することで、市民の安心や安全確認を、黒子となって支える。実際、ユーザーの「異常事態」に対応したケースもあったという。こうしたアプローチによる市民に密着した活動は、全国のエネルギー事業者の中でも、とても珍しい取り組みだ。

環境問題に対しても連携する。2月には地元の金融機関、商工会議所、農協など9者と「ゼロカーボンシティ実現に向けた包括協定」を締結し、富士宮市の脱炭素に向けて連携する。例えば農協は「バイオマス発電」に取り組むなど、各社各様で地元の低・脱炭素を支えていく。静岡ガスとしては、家庭向けにPPA(電力購入計画)モデルとして太陽光パネル導入サービスに注力する。「市が抱えている課題は静岡ガスの課題でもあり、地元の発展がなければエネルギー事業者としての発展もありません。これからも連携してしっかりと取り組んでいきたいですね」。

富士宮市と協定を結んだ静岡ガス

【特集2】CO2大量管理時代を見据えて 国内初の本格実証は第2段階へ


【CCS実証】

カーボンニュートラルの実現に向けてカギを握るのがCCSやCCUSだ。日本でも日本CCS調査が主体となり、長らくCCS実証に関わっている。

北の大地・北海道の苫小牧で長らく進めてきたCCS(二酸化炭素・回収貯留)実証。2012年から圧入準備を進めてきたこの実証は、近隣の出光興産の製油所から出る副生のCO2をアミン溶液による化学吸収の手法で高純度(濃度99%以上)に回収。それを、主に海底下1000m付近の貯留層に貯めるというものだ。

16年に本格的な圧入が始まった。1本の圧入井で1時間に最大25.3t、1日に約600tで、19年11月までの約3年8カ月で、目標値となる約30万tのCO2を計画通り貯めてきた。

「現在は、海洋の環境調査を季節ごとに、海底下貯留層の温度・圧力値などを常時、モニタリングしている状況です。現状では大きな問題は発生していません」。実証を成功裏に進めてきた日本C

CS調査の中山徹技術企画部長は説明する。18年に襲った北海道胆振東部地震でも、一連の設備に特段の問題は起きなかったそうだ。

CO2回収から貯留まで一貫したCCSに対する取り組みは日本初で、関与する企業は「日の丸勢」だ。計画通りに、そして安全に貯留を維持し続けられていることは意義がある。

貯留量は30万tだが、国内法の海洋汚染防止法に基づいて環境省より許可を得た値は、60万tとなっている。さらに、中山さんによると現状の圧入井のみを仮に利用し続けた場合でも貯留できるポテンシャルは500万t近くあることが推定されているそうだ。これは100万kWの石炭火力が年間に排出するCO2量に匹敵する規模である。

実証は第二のステップへ 日の丸企業が支えていく

CCUSにも期待が高まっているなか、NEDOの実証は次なるステージに駒を進めようとしている。京都府舞鶴と苫小牧との間でCO2輸送に関する実証試験が再来年に始まる計画だ。

北海道電力苫小牧発電所では、現在、日鉄パイプライン&エンジニアリングが、液化CO2貯留タンク(1000t級)を建設中だ。関西電力舞鶴発電所では、JFEエンジニアリングが同様の設備を来年建設する予定だ。日本CCS調査とコンソーシアムを組むエンジニアリング協会が、液化CO2実証船の手配および運航計画の立案を進めているほか、商船三井が、大型CO2輸送船のモデルをNEDO事業の中で検討するなどしている。

その他、三菱造船は、世界初CCUSを目的とした液化CO2船を建造するなど、数多くの日の丸企業が技術力を磨いていく。

1カ所で大量のCO2を管理できれば、CO2利用への機運が高まっていく。海底に圧入貯留したCO2を、再び地上に取り出して利用することも夢物語ではないはずだ。大量のCO2の存在は、コンクリートに利用したり、あるいは水素と合成するメタネーションへの取り組みも可能になる。貯留できた実績をもとにした、次なるステップに夢が膨らむ。

苫小牧の実証プラント(提供:日本CCS調査)

【特集2】LNGに次ぐパラダイムシフト メタネーションの潜在力と行方


業界のCN達成に向けて大手都市ガス事業者が技術開発を進める「メタネーション」に期待が集まっている。業界がこの次世代エネルギーに取り組むメリットや課題は何だろうか。RITEの秋元氏に寄稿してもらった。

秋元圭吾/地球環境産業技術研究機構システム研究グループリーダー・主席研究員

カーボンニュートラル(CN)実現の要請が強まっている。対策として、電力の脱炭素化と電化の促進が指摘され、その方向性は正しい。しかし、非電力の熱需要は、電力需要よりも多く、多様だ。電化は一つの対策だが、その他の多様な対策が必須だ。そのため、水素やアンモニアの活用も重要だが、合成燃料(e-fuel)や合成メタン(e-methane)の活用も重要だ。

合成燃料や合成メタンは、既存のインフラや既存の機器が活用できるという大きな利点がある。合成燃料であれば、ガソリンスタンドを含めて石油系のインフラの多くを活用できる可能性が高いし、内燃機関自動車も活用可能である。ガスでは、LNG貯蔵タンクや都市ガスパイプラインなどを活用できる。また、水素やアンモニアと同様、技術的には既に実現されているという点も指摘できる。ただし、水素やアンモニア同様にコスト低減が課題である。

CO2を利用する仕組み 合成メタンの潜在能力

まず合成メタンの原理を確認したい。合成メタンは水素(H2)とCO2を合成してメタン(CH4)を作る。その水素は、ブルー水素とグリーン水素が主である。ブルー水素は化石燃料を分離し、CO2は地中深くに貯蔵し、水素のみを活用する。グリーン水素は、再生可能エネルギーを活用し水電解などで水素に転換する。合成メタンはこれらの水素を活用するが、化石燃料をH2とCO2に分離したブルー水素を再び合成する意義は乏しいため、原則、グリーン水素由来ということとなる。

一方、SOEC共電解メタンなどの革新的な手法では、再エネ電気から内部プロセスを経て、直接、合成メタンを生成することもある。いずれにしても、一次エネルギー源は再エネである。

合成にCO2が利用されるが、CO2は誤解されやすい。CO2はあくまで、水素(一次エネルギーとしては再エネ)の媒体として機能する。CO2は例えば化石燃料発電所や製鉄所などの排ガスから回収したCO2を活用するため、CO2回収によってCO2排出が減るかのように思いがちだが、合成メタン燃焼時に再びCO2は放出されるため、CO2回収自体によってCO2が減るわけではない。あくまで、化石燃料である都市ガスなどが、水素、元をたどれば再エネで代替されることでCO2が減り、CN達成する。合成メタンは再エネの活用拡大手段である。

仮に合成メタンのためにCO2をわざわざ作るなら、合成メタンはCNとはならない。しかし、そのようなことはあり得ず、あくまで排出されるはずのCO2を回収して水素(再エネ)輸送のために活用するので合成メタンはCNとなる。将来的に化石燃料利用が減り、CO2が減ってCO2の利用可能性が低下したら、大気中からの直接回収(DAC)もしくはバイオマス由来のCO2を活用することとなる。ただ、大気に放出されるはずだったCO2も、大気放出されたCO2のいずれの利用でも合成メタンのCN性は同じだ。

気になる経済性 再エネコストと水素コスト

経済性はどうか。CN実現には大きな費用が必要で、合成メタンも現時点では同様だ。費用の大部分は、再エネコストで、それが大きく低下した場合に、合成メタンのコストも大きく低下し得る。一方、再エネのコストとポテンシャルの点から、合成メタンの大きな供給元は海外と見られる。

次に水素との比較としての経済性にも触れたい。合成メタンはCO2を回収して合成するため、その分、水素よりもコストは上昇し得る。一方、先述のように既存インフラを活用できるので、相対的な経済性はその得失に帰着される。例えば沿岸部の発電所などでは水素直接利用の方が経済的な場合はあると考えられるが、都市ガスインフラを活用できる利点は大きい。また、海外の合成メタンを国内利用する際、水素よりもメタンの輸送の方がコストは安価となりやすいというメリットもある。

世界モデルを用いて50年CNを分析した例が図だ。DACのコスト低減が見込まれ貯留可能量も大きい場合(メタネーションイノベケース以外のケース)は、天然ガスを利用しつつ、負排出でオフセットするのが経済合理的な可能性もあるが、この場合でも1割程度の合成メタン利用が経済合理的な結果である。SOEC共電解などの革新的メタネーション技術が進展した場合には、合成メタンの経済性はさらに大きくなる。

2050年CNのための日本の一次エネルギー供給量シナリオ例

CNへのスムーズな移行において、総合効率に優れた燃料電池コージェネなどを活用し、合成メタンに移行していくことは有益な戦略と考えられる。

最大の課題は、CO2の帰属の問題だ。CO2は水素の輸送媒体として機能するため、化石燃料排出のCO2利用の場合、CO2は元々排出されるはずだった場所から別の場所に移動して排出されることとなる。そのため、現在の温室効果ガスの国家インベントリでは、「放出場所で排出計上が原則」だから、インベントリ上は、利用国側で合成メタン利用のインセンティブが働きにくいことが課題だ。原則的には合成メタン利用時の排出をゼロと計上することでCN実現に向けて経済合理的な対策を働かし得る。技術開発とともに、国際的な制度での適切な反映の対応が必要だ。

あきもと・けいご 横浜国立大学大学院工学研究科博士課程後期修了。地球環境産業技術研究機構(RITE)入所。多くの審議会の委員をつとめる。博士(工学)。

【特集2】受け継がれる「150年」の挑戦 LNG大国の経験が未来開く


都市ガス事業は、安定供給を支えながら日本や世界の産業を発展させてきた。過去の経験や蓄積から業界は何を学び、どのように次代につなげるべきか。

【出席者】

司会=橘川武郎/国際大学大学院国際経営学研究科教授

広瀬道明/東京ガス取締役会長

柳井 準/三菱商事顧問

橘川(司会) 都市ガス事業の歴史を振り返ると、いくつかの転機を乗り越えてきたと思っています。まずは1872年に横浜の馬車道通りにガス灯がともります。しかし、ガス灯は電球に、その座を奪われます。太平洋戦争後、エネルギーの主役は石炭になりましたが、50年代の終わりごろからエネルギー流体革命が起こり、石油の時代がきます。ところが大気汚染対策という環境規制のニーズから、1969年11月、米国アラスカ州からLNGを積んだポーラアラスカ号が東京ガスの根岸工場に到着した。ここからクリーンエネルギーのLNG時代が始まります。

 制度面でも転機がありました。システム改革が進む中で、2017年には小売り全面自由化、22年には大手3社の導管の法的分離が行われました。20年10月には菅義偉元首相がカーボンニュートラル宣言を行い、CO2排出の天然ガスも逆風の時代を迎えかねません。これらは大きな課題になると思います。150年の間、困難な課題をさまざまな知恵と努力で乗り越えました。その恩恵の上に今の業界があると思います。

広瀬 いろいろなところでお話する機会がありますが、そのテーマを「歴史に学び、時代を駆ける」としています。現在まで、先人たちは何を考え、何をしてきたかを振り返ることは大切です。今、将来展望を描きながら課題に向き合っていますが、それがまた歴史になります。橘川先生が指摘されたように、都市ガス事業は挑戦と革新の歴史です。昨年の大河ドラマで渋沢栄一は若い時パリを訪れ、ガス灯が照らす街や劇場の明るさに驚き、日本でもできないものかと考え、帰国後、自ら東京府ガス局長を10年間、初代東京ガス会長を25年間勤め、都市ガス事業の「黎明期」を切り開きました。

 これまでガスの製造、供給、利用の全分野で変貌を遂げましたが、常に新しいものに挑戦し、また時代の変化とともに革新する。この繰り返しでした。ただ一貫して変わらなかったのは、公益的な使命と社会的責任を果たすという渋沢の理念、これはDNAとして脈々として受け継がれ、将来も変わらないと思います。

柳井 商社から考えると、やはり最大の転機はLNG輸入です。ガスは本来、地産地消で使い、周辺へはパイプライン供給が常識でした。しかし、日本ではそれができません。そこで新しい発想として、アラスカからのLNG輸入を東京ガスさんと東京電力さんが決断された。このやり方は当時、北アフリカから欧州の一部エリアで実験的に小規模に行われていました。ところが両社の決断は、長距離かつ大規模に運ぶものでした。送り出す側や受け入れ側で、液化設備、LNG基地など、設計から建設まで膨大な投資が必要だったことを踏まえると、当時の経営決断に感銘を覚えます。

 その後、台湾、韓国などパイプラインの恩恵を得られない国が、LNGを調達することとなり、今では世界規模でLNG貿易が盛んです。その先駆者の役割を果たしたのは、東京ガスさんをはじめとした日本の事業者です。三菱商事はアラスカでのLNGプロジェクトで代理人に指名していただきました。その役割を果たせたことは非常に光栄で、幸運だったと思います。

熱量変更の大事業 インフラ整備も進展

橘川 その後、世界のエネルギー産業に恩恵をもたらしました。その先駆けとなったアラスカプロジェクトは、東京ガスの安西浩社長の提案を東京電力の木川田一隆社長が受け入れて、輸入のロットを大きくし、少しでも調達費を抑えるために両社が組んだものでした。ただ、使い方はだいぶ異なります。電力会社は、気化した天然ガスを発電するだけです。しかし、都市ガスは違います。それまでの5000kcalが1万1000kcalに増えるので、その熱量変更に伴い、あらゆる家庭のガス器具、工業用のガス設備などを変えなければならない。LNG導入の一番のハイライトは、そこだと思います。

広瀬 私は74年に入社し、配属先が熱変事業所(東京・南千住)でした。当時、約1500人の社員がいて、朝一斉に現場に出て、3日間で5000件ぐらいのお客さまの器具を変更します。当時、「転換地獄」と言われるくらい大変な職場でしたね。

 LNGを導入するため、東京ガスは3大プロジェクトと言われる、気の遠くなるような計画を打ち出します。一つ目は製造設備です。神奈川・根岸や千葉・袖ヶ浦市にLNG基地を建設しました。二つ目はガス供給のために、東京湾を囲む環状の高圧幹線を建設しました。三つ目がお客さまの熱量変更です。いま考えると、当時の経営者は本当によく決断したなと思います。

橘川 熱量変更が行われ都市ガスの普及が急速に進み、日本はLNG大国になりました。

広瀬 その要因ですが、LNGプロジェクトは数兆円の投資となり、それを民の力を結集して実現させたのが商社です。供給側と消費側の間をコーディネートし、多くの業界を取り込み、結実させました。商社無しに今日のLNG大国はなかったと思います。

 電力・ガス会社が協力して進めたことも大きかったと思います。日本は資源がなく、燃料・原料の輸入までは一緒の方が安く、国益や利用者利益の面でよいわけです。その後は「オール電化がいい」「料理はやっぱりガスがいい」というのはお客さまの選択の問題です。まさに協調と競争で、その良い面が発揮されました。

 さらに忘れてはならないのは、商品開発、技術開発の努力です。都市ガス会社は日ごろからお客さまと対面でお付き合いをしてきました。新しいエネルギー、LNGをお客さまのニーズに合わせ、機器メーカーさんと一緒にカスタマイズしてきました。そんな地道な取り組みも大きかったと思います。

育ての親「アジア諸国」 三菱商事の果たした役割

橘川 一昨年、ブルネイを訪れましたが、LNGプロジェクトでの三菱商事の存在感を実感しました。ブルネイはメジャーのシェルの力が強い国で、多くの取り組みを経て、メジャーや産ガス国と関係構築してきたかと思います。

柳井 アラスカの後、ブルネイでのプロジェクト投資を決断しました。失敗したら会社がつぶれてしまうほどの投資で、当時の社長、藤野忠次郎はサインのとき、手が震えたそうです。

 三菱商事は昭和四日市石油をシェルと共同で運営していたので、シェルとは親しい関係でした。シェルがブルネイに大きなガス田を持っていて、開発に当たり「三菱商事も資本参加を」と話がありました。社内では賛否両論でしたが、結果、清水の舞台から飛び降りる覚悟で決断したわけです。この投資で三菱商事は、LNG事業のサプライヤーサイドに立つことになりました。それが結果的に良かったと思っています。

 大規模プロジェクトは、サプライヤーとバイヤーとの信頼関係が必須です。日本のガス・電力会社は、長期契約で15年間ほど引き取る保証をしてくれました。また、当時LNGのマーケットがない中、原油価格リンクの方式をつくりあげました。これらが両者の信頼関係を構築する上で、非常に大きな役割を果たしたと感じています。

 その後、LNGの需要、輸入数量は増えてビジネスは拡大し、三菱商事としてもマレーシア、オーストラリアへと投資しますが、それは常に信頼関係があったからだと思っています。そしてこのことが、結果的に日本の安定供給につながったと考えています。またシェールガス革命で、北米からのLNG輸出も幸いし、今後の安定供給源として期待されています。

広瀬 日本のLNGの歴史を見ると、アラスカが「生みの親」、アジアが「育ての親」だと思います。そのアジアの先駆けがブルネイです。私は日本ブルネイ友好協会の会長を務め、度々ブルネイを訪れています。その度に三菱商事さんがこの国・地域の発展に果たした役割の大きさを実感します。ブルネイのプロジェクトはLNGの歴史の中で大きな意味を持つと思います。

橘川 いま、西欧諸国では天然ガス価格が数倍に上がり、電気料金も上昇しています。しかし日本では値上げ幅は一定程度に抑えています。最大の理由はLNGの長期契約です。スポット市場での価格上昇に比べて、はるかに穏やかな値動きです。なかなか注目されませんが、ぜひメディアが取り上げてほしいと思っています。

ガス事業が抱える課題 メタネーションへの挑戦

橘川 当面、業界は「対需給」が課題です。中長期的には温暖化対策が大きな課題になると思います。今後の課題認識や取り組み方、加えて、次代の方々へメッセージをお願いします。

広瀬 現在、東京ガスの歴史で初めてのことが二つ起きています。一つが小売り全面自由化と導管分離です。製造、供給、利用の垂直統合モデルでしたが、導管部門は4月に別会社になりました。制度改革の趣旨に沿い、導管新社は安定供給と安全確保に万全を期し、一層の効率化に努め、小売り分野ではお客さまニーズに合わせガス、電気、サービスを一体とした営業力の強化に努めなければならないと思います。

 もう一つがカーボンニュートラルです。創業以来、原料は石炭、石油、LNGと変遷してきましたが、いずれも化石エネルギーです。これを、今後カーボンニュートラルエネルギーに変えていくという非常に厳しい取り組みですが、次代を担う若い方々にも受け継がれている挑戦と革新の精神で乗り越えられると考えています。

橘川 ガス業界はCO2と水素から合成メタンをつくるメタネーションに取り組んでいます。

広瀬 メタネーションの社会実装実現に向け、コスト面が非常に大きな課題です。しかし、50年カーボンニュートラルを目指す中、頑張らなければなりません。既に技術開発に取り組んでいますが、われわれの力だけでは限界があり、官民一体で進める中、メーカー・商社さんなどの協力が必要です。われわれとしては、まずはしっかりとパイプラインで供給できるように、またお客さまに安全に使っていただけるようにすることが使命だと思っています。

柳井 移行期のエネルギーとして引き続き重要な天然ガス以外に、メタネーションや次世代エネルギー、再エネなども加えた合わせ技で対応する必要があると思います。水素など数多くある脱炭素対策の選択肢の中で、メタネーションのメリットは、LNG船・基地、パイプライン、ガス器具・設備など、既存インフラ・設備をそのまま使えることです。従って比較的、ゴールが見えやすく、手をつけられやすい分野だと考えています。われわれとしても、LNG導入のようにサポートできたら思っています。

 また、若い方々に伝えたいのは、「日本には資源がない」という認識のもと、先人たちが大変な苦労をして、いろいろな場所でいろいろなエネルギー調達に挑んで今に至っていることです。このノウハウは、今後の取り組みにも生きてくる、ということを伝えたいですね。

橘川 業界は、今度はメタネーションでエネルギー利用の歴史を変えるかもしれない。困難かもしれませんが、やりがいがあるのではと思います。本日はありがとうございました。

きっかわ・たけお (左) 1975年東京大学経済学部卒、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。一橋大学教授、東京理科大学大学院教授を経て2021年4月から現職。

ひろせ・みちあき(中) 1974年早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。 2006年執行役員企画本部総合企画部長などを経て14年代表取締役社長、 18年取締役会長。

やない・じゅん(右) 1973年早稲田大学法学部卒、三菱商事入社。2013年代表取締役副社長執行役員エネルギー事業グループCEOを経て16年から現職。

【特集2】蓄積した技術・知見を駆使 メタネーション開発で先陣切る


都市ガス原料のカーボンニュートラル化で期待がかかるメタネーション技術。大阪ガスは、過去から蓄積された知見を駆使し技術の確立を急ぐ。

桒原洋介/大阪ガス企画部カーボンニュートラル推進室長

―昨今のエネルギー危機を背景に、メタネーションなど技術革新への期待が高まっています。

桒原 需給ひっ迫や価格高騰に直面し、エネルギー政策の基本であるS(安全性)プラス3E(安定供給、経済性、環境性)のバランスが取れたエネルギー供給の重要性が改めて認識されています。大きな流れとしてカーボンニュートラル(CN)社会に向かっていくことは間違いなく、エネルギー事業者は他社と切磋琢磨しながらCNでありつつ低廉なエネルギーを安定的に供給できるよう、技術開発に挑戦していかなければなりません。企業が予見性を持って革新的な技術の研究開発に臨めるよう、脱炭素化の価値を明確にする政策、制度による後押しも不可欠です。

ガスシフトを加速 削減貢献量1000万tへ

―Daigasグループとして、脱炭素化にどのように取り組んでいますか。

桒原 2021年1月にCNビジョンを打ち出し、グループを挙げてCNに真剣に取り組んでいくことを表明しました。このビジョンでは、50年にCN達成を目指す決意とともに、その中間目標として30年に目標とする具体的な数値を掲げ、国内外で再生可能エネルギー500万kWの普及に貢献すること、国内の電力事業の再エネ比率を50%程度とすること、そしてCO2排出削減貢献量1000万tを目指すこととしています。火力燃料を石炭からガスに置き換えることで当社のガス販売に伴うCO2排出量は増えますが、社会全体のCO2排出量削減につながります。これをカウントすることで、社会全体の排出量削減に寄与していることを示すことができます。さらに今年3月には、メタネーション推進官民協議会において、30年に都市ガス販売量の1%を「e-methane(e―メタン)」(合成メタン)とする目標を打ち出しました。

―これまでの取り組みの加速と、技術革新の双方が重要だということですね。

桒原 CNと低廉性、供給安定性を兼ね備え、社会のニーズに対応したエネルギーを最適な形で供給できるよう、ガス、電気、水素、アンモニアなどさまざまな可能性について選択肢を狭めることなく追求していきます。中でもe―メタンは、都市ガス事業者として先陣を切って取り組んでいるところで、e―メタンの普及・環境価値確立を目指したCO2流通を可視化する取り組みも開始しました。

―都市ガス原料のCN化を実現するには、e―メタンを大量に製造することが必要です。

桒原 CO2と再エネ由来の水素を反応させて都市ガスの主成分であるメタンを生成する技術としてメタネーションがあります。現段階では大量に製造する技術が確立しておらず、技術革新に向け当社が取り組んでいるのは主に三つです。一つは、水素とCO2から触媒を介してe―メタンと水を生成するサバティエ反応を利用した方式。INPEXと共同で、新潟県長岡市において、24年度にも、製造能力1時間当たり400N㎥のメタネーション設備を設置し、都市ガス導管に注入するNEDOの実証実験を開始する予定で、30年1%の達成に大きく近づくための重要なプロジェクトです。当社の都市ガス販売量1%は、LNG船1隻分に相当する規模。実現に向けた、突破口にしたいと考えています。

 サバティエのさらに先を見据えた技術として開発に取り組んでいるのが、SOEC(固体酸化物形電解セル)メタネーションです。SOECのエネルギー変換効率は、サバティエの約60%に対し約90%と高く、再エネが普及しグリーン水素のコストが低減すれば、現行の天然ガスと同等価格を目指せると考えられ、e―メタンを広めるために非常に有用な技術です。この技術開発には、大阪ガスが燃料電池の分野でSOFCに取り組んできた知見が役立っています。

SOECメタネーションで合成したe―メタンの炎

 最後に、下水や生ごみを原料にe―メタンを生成するバイオメタネーションです。大阪市などと共同で、海老江下水処理場において、処理場で発生するバイオガスを活用したバイオメタネーションのフィールド試験を年度内に開始する予定です。バイオガス中には 40%のCO2が含まれ、このCO2を利用してメタンを製造しようという狙いです。既存の下水処理場の発酵槽をそのまま活用し、水素とうまく反応させることができれば大きな追加の設備がなくメタンを増産できます。ここで使われる発酵技術にも、当社が過去から取り組んできた知見を生かすことができます。

 生ごみ由来のバイオメタネーションについては、環境省の実証事業として、25年度に開催される大阪・関西万博での実証実験を計画しています。万博会場から出る生ごみを集め、メタネーション装置に投入してメタンを製造し、会場内の熱供給設備やガス厨房で利用します。その前段として、大阪市此花区のごみ焼却工場において、市内で発生する生ごみから得られるバイオガスから、1時間当たり5N㎥規模のメタンを製造する実証設備の建設を23年度に開始します。下水や生ごみで全ての都市ガス需要を代替できるわけではありませんが、地産地消でエネルギーを作ることは大きなメリットであり、今後、自治体などと連携して可能性を追求していきます。

研究開発のハブ拠点 CN軸に創造・協創を促進

―カーボンニュートラルリサーチハブは、CN化に向けどのような役割を担うことになりますか。

桒原 大阪市此花区酉島のガス製造工場の跡地に21年10月、CN技術の研究開発拠点としてカーボンニュートラルリサーチハブを開設しました。その目的は、CN化に向けて社内の意識を変えてCNを軸に部門横断的な交流を促進すること、グループの取り組みを社外に発信すること、社外とのアライアンスを推進することにあります。個社でできることには限界がありますので、ここを拠点に異業種を含めたさまざまな企業とのアライアンスの可能性を探っていかなければなりません。実際、開設から1年で産業界や行政関係者など約600組2000人が見学に訪れ、手ごたえを感じています。25年度には、より創造、協創につながるような新たな研究棟を建てる計画で、50年CN化に向け、取り組みを一層加速させていきます。

くわはら・ようすけ 2000年に大阪ガス入社。入社以来、高圧ガスパイプラインの建設など、主にガス事業の基盤インフラ整備に従事。22年4月に企画部に新設されたカーボンニュートラル推進室の室長に着任。Daigasグループのカーボンニュートラル化の方針・計画策定、推進・実行強化に向けた取り組み全般に従事。

【特集2】脱炭素時代も中核エネルギーへ 世界に先駆けた技術開発に挑戦を


これまでと変わらずエネルギー供給の中核を担うことが期待される都市ガス事業。新たな資源エネルギー技術に挑戦し世界をリードすべく国の役割も欠かせない。

松山泰浩/経済産業省資源エネルギー庁電力・ガス事業部長

―都市ガス事業が始まってから150年。この間にガス事業が果たしてきた役割について、どのように見ていますか。

松山 日本の文明開化と同時に都市ガス事業が始まり、これまで一貫して社会の発展、経済成長に大きな役割を果たし続けてきました。53年前の1969年には、生産国からのパイプライン供給が当たり前だった天然ガスを液化しLNGとして輸入する事業が始まり、日本のエネルギー供給に大きなインパクトを与えました。「液化などばかげている」とさえ言う人がいる中、真剣に取り組み、実現し商業化させ、日本を世界一のLNG輸入国としただけではなく、世界のガスマーケットを大きく変革させ供給体制の拡大をもたらしたのです。今やLNGは、パイプラインガスと並び立つエネルギー市場へと大きな成長を遂げました。業界をけん引してきた先人のご苦労と先見の明には尊敬の念に堪えませんし、これを礎に、私たちは未来を切り開いていかなければならないのだと強く認識しています。

―昨今のエネルギー危機を背景にガスの重要性が再認識される一方、将来に向けた脱炭素化の潮流が加速しています。

松山 資源とエネルギーの利用技術の非連続のバージョンアップを図ることによって、次の時代を模索しなければならない時期に差し掛かっているのだと思います。実際、現在は次の時代の先導権を握ろうと、世界の国々が脱炭素化技術でしのぎを削っています。国家間の勝ち負けというよりも、競い合うことで未来を創るのだと考えるべきでしょう。日本としても、これまで培ってきた技術や知見の延長線上に次世代の技術を作り出し、カーボンニュートラル(CN)の実現に向け世界に先駆けることに挑戦しなければなりません。この歩みは、どのようなエネルギー危機に直面しようとも止まることはありません。

 一方で、それが実現するまでの間は、現在の資源利用を継続することになります。社会をより安定的に維持・発展させていく意味でも、今ある供給システムを盤石にすることは国、そしてエネルギー供給事業者の責務です。一見、CN化と現行システムの維持は矛盾しているようですが、今ある供給システムを守ることが未来への挑戦を否定するものではなく、両立させていきます。

エネルギー構造改革は地域の産業やインフラと一体で進む

変わらないガスの有用性 エネルギー供給の中核担う

―安定供給を維持しながらCNを目指すためにも、ガスは欠かせないということですね。

松山 ガスは、社会生活におけるエネルギー利用の可能性を広げ、底堅い社会の成長や豊かさを生み出してきました。現在も、再生可能エネルギーが主力になった欧州の一部では否定的な見方があるのは事実ですが、大宗を占めるのは、ガスを含む化石資源の有用性を評価し、燃料転換は引き続き大きなツールであるという考えです。CO2削減に電化は大きな効果を持ちますが、一方で、ガス体エネルギーは効率が高い。もっと脚光を浴びるべきだと思いますし、政策としてもそこに力点を置いていきたいと考えています。そして、引き続きエネルギー供給の中核を担うからこそ、ガス体エネルギー、熱エネルギーのセクターは、未来に向けてのトランジションに真剣に取り組まなければなりません。

―都市ガス業界は、業界一丸となって低・脱炭素化に取り組もうとしています。

松山 2020年10月の政府の「2050年CN宣言」を受けて、いち早く未来ビジョンやロードマップ策定の検討に乗り出したのが都市ガス業界でした。エネルギー供給主体としての責任や役割を強く意識した未来を描くよう、動かれたことは素晴らしいことだと評価しています。今後、こうしたビジョンの具体化に向けて、官民を挙げて取り組んでいきます。

―都市ガス原料のCN達成のカギを握るのがメタネーション(合成メタン)です。

松山 メタネーション技術には、排出量全体を減らす上で現実的、有効なアプローチになると期待しています。炭素利用、排出元での処理では、合成燃料(e-Fuel)の議論が進んでいますが、中でもメタンの議論が先行していると認識しています。

 メタンのみで議論が完結しないよう、炭素利用と処理という大きなくくりの中で、社会全体でどう取り組むのか。21年に「メタネーション推進官民協議会」を立ち上げ、製造、利用、設備メーカーが一緒になって具体化するための課題を検討しているところですが、国内外で議論を深め、世界をリードしていけるような新しいシステムを作っていきたいと思います。

メタネーションが実現する 地域社会のCN化

―メタネーションの社会実装は大きな課題です。

松山 そのために大事な概念が「地域」だと考えています。これまで、産業構成に合わせてエネルギーや輸送のインフラが構築され地域は成り立ってきました。今後は、このように成り立ってきた地域社会や産業が、エネルギー構造改革を念頭に既存インフラを活用、革新しながら次を模索してくことになります。産業界の炭素処理のニーズに対し、メタネーションを含むe-Fuel、CCUS(CO2回収・利用・貯留)など多様なアプローチが考えられますし、供給される水素が、メタネーションに利用されたり都市ガス導管を介して直接供給されたり、ガス火力に混焼されたりといった可能性があり、地域の産業構造など特性に合わせた選択が求められます。

―地域経済の衰退が言われていますが、それが地域の競争力、活力につながる可能性がありますね。

松山 エネルギー供給のトランジションを考える上では、地域の産業やインフラと一体で未来を描くことは欠かせません。今ある社会基盤を活用しながら大きな意味でのトランスフォーメーションを果たしていくために、メタネーション技術の確立は大きな意義があります。そして、それに付随するさまざまな産業界、地域、そこで働く人々がさまざまな可能性を模索しながらタイアップしていくことで、地域をベースにした取り組みとして拡がるのです。ガス業界は、既にこうした課題を認識し、その課題解決に貢献していこうと強い意欲を感じます。政府としてもこれを後押しし、官民が一体となってCN社会に向けた地域の革新を進めていきます。

まつやま・やすひろ  1992年東京大学法学部卒、通商産業省(現経済産業省入省)入省。ジェトロ・ロンドン産業調査員、石油・天然ガス課長、経産相秘書官、省エネルギー・新エネルギー部長などを経て2020年7月から現職。

【特集2】持続可能な社会を実現へ 次世代ガス事業の在り方とは


日本ガス協会は4月、「Go! ガステナブル」をコンセプトワードに掲げた。ガスによる持続可能な社会実現に向け、どう取り組もうとしているのか。

本荘武宏/日本ガス協会会長

―脱炭素社会という新時代に向けた、都市ガス業界を取り巻く課題とは何でしょうか。

本荘 10月31日、都市ガス事業は1872年に横浜でガス灯が点灯し事業を開始してから150年を迎えました。これまで、社会や暮らしの変化に適応して成長を続けてきましたが、ここにきて大きな転換期に差し掛かっていると認識しており、脱炭素に向けた取り組みの加速と、エネルギーセキュリティの確保が課題となっています。こうした中、事業のさらなる発展に向け、日本ガス協会として、①カーボンニュートラル(CN)化の実現、②安定供給と保安の確保、③地域活性化への貢献―の三つを主要課題として取り組もうとしています。

安定供給と保安を堅持 低・脱炭素化にも役割果たす

―ガスのCN化には、どのように取り組んでいますか。

本荘 2021年6月に発表した「カーボンニュートラルチャレンジ2050アクションプラン」は、①30年NDC(温室効果化ガス削減目標)達成への貢献、②メタネーション実装への挑戦、③水素直接供給への挑戦―の三つの具体的なアクションで構成しています。わが国の産業・民生部門のエネルギー消費量の約6割は熱需要であり、ガス体エネルギーは熱需要の低・脱炭素化に大きな役割を果たすことができます。まずは、即効性があり確実なCO2排出削減が見込める他の化石燃料からの天然ガスシフト、コージェネレーションシステムや燃料電池といった分散型エネルギーシステムの普及拡大によるガスの高度利用、クレジットでオフセットしたCNLNGの導入を進めることなどで、NDC達成に貢献していきます。

―昨今、世界の天然ガス・LNGの需給ひっ迫や価格高騰が大きな問題になっています。

本荘 安定供給と保安の確保は、どのような局面においても、都市ガス業界の永遠の使命であることに変わりありません。産業界では、相対的なコストや省エネルギー性などを中長期的に見据え、他の化石燃料から天然ガスへのシフトが進んでいます。こうした取り組みを通じてCO2排出量を大きく削減できることは間違いなく、LNGの安定調達に向け国や事業者との連携強化を図るとともに、保安対策や激甚化する災害への対策を一層向上させることで、こうした産業界の要請に応えていきます。―脱炭素化には、メタネーションの実現が欠かせません。

本荘 「e-methane(e―メタン)」(合成メタン)の国際的な認知度を高めるべく、協会として取り組んでいるところです。50年までのトランジション期においては、社会全体のCO2排出量を削減していき、さらに将来的にはガス自体を脱炭素化したこのe―メタンに置き換えることで、シームレスなCN化が可能です。30年には都市ガス導管への注入1%以上、50年には90%以上を目指しており、残る10%のうち5%程度は水素を直接利用することで脱炭素化を達成したいと考えています。

 e―メタンは、熱需要の脱炭素化の有効な手段であることに加え、何よりも天然ガスと成分がおおむね同じであることから、ガス導管などの既存インフラをそのまま活用することで社会コストを抑制することができます。国内のエネルギー自給率向上に寄与し、海外のLNGサプライチェーンの脱炭素化への貢献に期待できる点でも、導入には合理性があります。コストは大きな課題ですが、原料となる水素コストの低減に資するサプライチェーンを構築し、50年には1㎥当たり40~50円を実現し、既存の都市ガス料金とそん色のない水準にしていきたいですね。

―新たな制度の整備も必要です。

本荘 CO2カウントルールの整備や、国際的な環境価値取引の仕組みの構築が必要となりますので、協会の企画部内に「国際基準認証グループ」を4月に設置し検討を加速させています。また、30年時点ではどうしてもLNGよりも高コストですから、政府に対しても、FITや直接補助などコスト差を埋める仕組みを検討していただきたいと思います。

「第3の創業」へ 業界一丸で課題を克服

―メタネーションを機に、ガス業界はさらに大きな変革期を迎えることになりそうです。

本荘 ガス協会として、この4月に「Go! ガステナブル」をコンセプトワードとして掲げました。「ガスで実現するサステナブル(持続可能)な未来へ」という意味を込めています。その実現には、ガス事業のCN化と中長期的なエネルギーセキュリティの確保の両立が不可欠であり、その手段がメタネーションの社会実装なのです。半世紀前の天然ガス導入は「第二の創業」と言えますが、メタネーションの実現は、言わば「第三の創業」と呼べるでしょう。決して容易なことではありませんが、幾度となく困難を乗り越えてきた過去の経験を最大限に生かし、業界一丸となって乗り越えていきます。

―脱炭素化や安定供給に向け、地域に根差す事業者の役割も重要です。

本荘 地域に密着した活動を通じ、地域経済の中心的役割を果たしているガス事業者が、人口減少や地域経済の停滞、脱炭素化といった課題に貢献できるポテンシャルは大きいと思います。既に、再生可能エネルギーを中心にエネルギーの地産地消事業の取り組みが一部で始まっており、

 地域の低・脱炭素化と経済循環による地域活性化を両立させる取り組みとして注目されています。地域の発展、ひいては地域のガス事業者の持続的な成長につながる取り組みですから、協会としても自治体への提案支援や国などステークホルダーに働きかけるとともに、協会として技術的な面でも事業者をサポートしていきます。

ほんじょう・たけひろ 1978年京都大学経済学部卒、大阪ガス入社。2009年取締役常務執行役員、13年副社長執行役員を経て15年社長。21年1月から同社会長、4月から日本ガス協会会長。

【特集2】CN達成に向けた電化機器普及 CO2削減の潜在量は2.5億t


ヒートポンプ・蓄熱センターは電化普及見通しを公表した。CNに向けたヒートポンプ導入の潜在力がまだまだありそうだ。

カーボンニュートラル(CN)に向け期待される電化機器。中でも家庭用エアコンに代表されるヒートポンプ設備は、1の投入エネルギーから何倍もの熱エネルギーを生み出し、その効率は年々、向上中だ。家庭用から産業用に至るさまざまな電化機器が普及し、既存の燃焼機器から置き換わることで、果たして脱炭素へどれくらいの貢献度があるのか―。

脱炭素への「解」 工業炉電化設備を追加

そんな「解」を探ろうと、ヒートポンプ・蓄熱センター(HPTCJ)と日本エレクトロヒートセンター(JEHC)がヒートポンプなどの電化機器の普及見通しや、それに伴うCO2削減量を調べ上げ、その調査結果を発表した。

前回発表した「2020年度版」をベースに、試算元となる機器の出荷状況や、世帯数などの統計データを更新した。さらに技術開発動向の見通しやヒートポンプの適用分野などを踏まえ、定量的に分析した。調査結果では三つのシナリオを想定した。50年までにCNを達成する「CN達成シナリオ」、電化が現状よりもさらに進むと想定した「電化推進シナリオ」、現状の政策的な努力を継続する「政策努力継続シナリオ」だ。

政策努力継続・電化推進シナリオでは対象機器をヒートポンプのみに設定しているが、今回新たに、CN達成シナリオではヒートポンプ以外の電化機器への更新も加味した。ヒートポンプだけではCN達成は不可能だとの認識からだ。具体的には、産業用加熱といった高温度帯の熱利用分野も新たに加え、工業電化炉などの設備も設定した。ヒートポンプでは対応の難しい高温度領域を加えたことも、今回の特徴だ。

対象分野は、民生・産業・農業。その他融雪分野としている。

最大のポテンシャル値へ 「熱ロス」を突き止める

今回の調査結果では、CN達成シナリオ(20年度比)で、温室効果ガスの削減量が30年度には5846万t、50年度には2億5079万tの試算値をはじき出すこととなった(図1)。

図1 用途別CO2削減量

これらの数値は、21年10月に地球温暖化対策計画で改訂された30年度削減目標値の約9%、50年度の約18%に相当する大変大きなボリュームだ。もちろん、これはCN達成シナリオであり、いわば「最大限のポテンシャル値」だ。ただ、その値を、主に電化機器の普及によって示したことには大きな意義を持つ。

「例えば100℃程度の熱を必要とする産業用の工場の生産現場では、依然として燃焼系ボイラーが活用されていることが多い。しかも、工場の生産ラインでは、その熱が必要とされている地点と、ボイラーが設置されている地点が、離れているケースもあり、そうなればおのずと大量の熱ロスを生じてしまう。こういったエネルギーの無駄が、とりわけ数多くの中小の工場現場で依然として生じている」(エネルギー業界関係者)

ヒートポンプが導入されていないケース。熱そのものが無駄になっているケース。そんな課題を解決することで、CO2削減の余地はまだまだ存在するわけだ。

加えて、冷媒や熱交換機の改良などにより、昨今では160℃程度の熱を生産できるまでにヒートポンプ技術が進み商用化されている。また、普及するかどうかは分からないが技術的には「200℃の熱を作れるようになるまでそれほど時間はかからないだろう」との声がもっぱらだ。

ヒートポンプ設備を生産現場に組み込むエンジニアリング力も向上しており、ヒートポンプの熱利用先は拡大傾向だ。エアコンのような空調以外にも、給湯、乾燥、洗浄など多様で、多くの生産工程で使われるユーティリティー設備としてヒートポンプが活用されれば、ポテンシャル値への道が近づく。

図2 産業用ヒートポンプの適用領域

ユーザーと連携して脱炭素 設備導入の手法は多種多様

一方で課題もある。熱エネルギーの無駄を診断し、ヒートポンプを導入するにしても、現場のエネルギー設備の構成をくまなく理解しておく必要がある。そうでないと、最適なエネルギー設備を構築できない。そうした人材は、おのずと工場現場の施設管理者に限られているが、現場の人たちが必ずしもヒートポンプを理解しているわけではない。

電力会社の営業担当者は自戒を込めて次のように話す。「これまでは電力価格の『単価勝負』の営業手法に注力していて、工場の生産現場の人たちへヒートポンプの魅力を伝え切れていなかった。電力会社としても脱炭素社会の実現に向けて、ヒートポンプの意義をしっかりと伝え、ユーザーと一緒になって脱炭素への難局を乗り切っていきたいと感じている」

ヒートポンプを売るのは何も電力会社だけの仕事ではない。ガス会社でも、ターボ冷凍機のような大型ヒートポンプ設備を導入するケースは珍しくない。また、ユーザーの導入負担を減らすような「エネルギーサービス」の形態で導入するケースだって存在する。

いずれにせよエネルギー事業者は、ユーザーの理解を得ながら、最適なエネルギー設備導入の在り方を模索していく必要がある。

【特集2】多様な需要に対応する産業電化 200℃目前のヒートポンプ技術


産業電化への関心が日ごと高まっているエレクトロヒート技術。日本エレクトロヒートセンターの内山洋司会長に今後の展望を聞いた。

【インタビュー】内山洋司/日本エレクトロヒートセンター会長

―脱炭素の流れの中で、日本エレクトロヒートセンター(JEHC)の役割を教えてください。

内山 JEHCは、電気加熱やヒートポンプの最新情報、導入に必要なノウハウを、産業界はもとより電力各社に普及啓発していく役割を持つとともに、ユーザー、メーカー、電気事業の橋渡し役になる役割を担っています。エレクトロヒートの技術については後ほど説明しますが、この技術を通して電力産業にイノベーションを興すために、中立的な立場から必要な情報をいかに発信していくかに注力しています。近年ではカーボンニュートラル(CN)に向けた支援セミナーを開催しており、とりわけ「工場の廃熱活用」には多くの企業が強い関心を示しています。

―毎年秋に開催するエレクトロヒートシンポジウムが好評です。

内山 コロナ禍によってウェブ開催にしたところ、来場者が急増し、昨年は全国から3600人が参加しました。CNに向け、産業分野の電化対策が欠かせません。来場者の増加傾向は喜ばしい限りです。

エネルギー事業者の役割 既存インフラの活用が適策

―エネルギー事業者の役割や供給側の対策をどう考えていますか。

内山 事業者には、メーカーやエンジニアリング会社が持つ情報をユーザーとマッチングさせる役割が高まってきています。エネルギー料金の徴収だけでなく、エレクトロヒート技術の普及によって電化を推進し、さらには産業のイノベーションを興す役割もあります。

供給側で早期の脱炭素となると、既にインフラ設備が整備されている電力施設を有効に活用するのが現実的でしょう。現在、日本にある発電所や送配変電設備は、第二次世界大戦以前から数百兆円以上にも及ぶ投資によって整備されてきました。これらの既存インフラを活用し、再生可能エネルギーや原子力といったCO2フリーの電源を普及すること。一方で電力以外に消費されている化石燃料を電気エネルギーに転換する電化システムは、脱炭素への有効手段です。

大切な需要側の対策 燃焼伴わないヒート技術

―需要側の対策も大切です。日本には需要側の電気技術や機械技術には優れた技術力があります。

内山 例えば工場現場の電力化は、ロボットやAIを駆使することで多品種少量生産やリサイクルを可能にし、見込み生産で無駄が多かった大量生産システムを転換してきました。ライフサイエンス分野でも電気を使う医療機器やAIによる新薬の製造が進んでいます。加熱、暖房、給湯、調理など熱利用分野にもヒートポンプ(HP)や赤外線、誘導加熱技術が普及していますね。

―全電化住宅に代表されるように民生部門で電化が進みました。

内山 IH調理器やエコキュートのほか、LED照明、電気機器の直接制御、電子レンジ、赤外線暖房機器などが普及しました。輸送面でも、リニアモーター、プラグインハイブリッド、電気自動車などが普及し始めています。今後も需要側の電力技術は進化するでしょう。

―特殊な熱を必要とする産業分野の電化はどうでしょうか。

内山 鉄鋼業では電気炉、非鉄金属では誘導加熱による溶解炉が普及しつつあります。一方、鉄や石油化学製品などの原料生産に必要な高温熱源に化石燃料が消費され、また素材産業の多くで製品製造時に必要となる直接加熱やボイラーによる自家用蒸気の生産にも化石燃料が使われています。

直接加熱と自家用蒸気の消費量は、原油換算でそれぞれ6530万㎘と2040万㎘(計8600万㎘)です。2030年度までの政府の省エネ目標6200万㎘を大きく超えています。エレクトロヒート技術には、直接加熱と自家用蒸気に現在使われている燃焼技術を代替することで、化石燃料を大幅に削減する可能性があります。

―エレクトロヒート技術について詳しく教えてください。

内山 燃焼を伴わない電気による加熱は熱伝達による間接的な加熱ではなく、利用場所で必要な部分のみを直接加熱して高い省エネ性を発揮する技術です。また、制御性にも優れ急速かつコンパクトに加熱できることから、製品製造の生産効率を向上できます。

加熱技術には、誘導加熱、赤外線加熱、マイクロ波加熱、ヒートポンプなどさまざまな方法があり、加熱方法は顧客のニーズに合わせて選択できます。用途は、溶解、溶着、熱処理、乾燥、合成、調理、殺菌、解凍などです。一方、ボイラーによる自家用蒸気熱は、生産ラインで使われた後は廃棄されています。その廃熱はHPによりリサイクル(昇温)でき、生産ラインにて熱を再利用します。


脱炭素を支えるエレクトロヒート技術

進化する電化技術  CO2濃度高い石炭の活用策

―産業用技術は進化してますか。

内山 HPの性能を表す成績係数は、圧縮機や熱交換器などの進歩によって、最近は4以上にまで向上しています。また、適用温度もマイナス数十℃から100℃以上まで幅広い温度域に広がり、用途も家庭、業務、産業などの分野で空調用、プロセス冷却、加温・乾燥など利用が進んでいます。産業用では自家用蒸気の熱需要が大きく温度帯は150~200℃です。HPの技術進歩は著しく、現在は200℃まで適用できる開発が進んでいます。将来は最も多い熱需要にHPが適用できるでしょう。

―今後のエネルギー政策の方向性についてどう考えていますか。

内山 安定供給、エネルギー安全保障、CN、経済回復の四重苦を乗り切るリスク管理が必要です。再エネは、安全保障とCN面で期待されていますが、日本では電力供給の不安定さと高いコストが課題です。まずは既存インフラである石炭火力や原子力発電を有効活用することでしょう。

石炭は最も豊富で、人口が世界一多いアジアでは必要な資源です。CO2を多く放出しますが、裏を返せば、排ガス中のCO2濃度が高く、CO2を回収しやすい。将来はCCSやCCU技術で有効活用する必要があるでしょう。原子力は、安全性が確認された発電所の早期再稼働が望まれます。原子力規制担当者を増強し効率的な規制を実施すべきです。いずれにせよ既存設備である原子力の再稼働は、電気料金の上昇を抑え、経済の好循環につながります。

うちやま・ようじ 1981年に東京工業大学博士課程修了(工学博士)、電力中央研究所を経て、2000年から筑波大学に勤務。専門はエネルギーシステムの技術・リスク評価。筑波大学名誉教授。

【特集2】需要家側の役割が重要 省エネの余地ある中小企業


「乾いたぞうきんを絞った」と言われる日本の省エネ事情。しかし、需要実態を探ると省エネの余地はまだまだ存在している。

【インタビュー】稲邑拓馬/経産省資源エネルギー庁省エネルギー課長

―国は2050年カーボンニュートラル(CN)の実現を目指しています。電化の推進はCO2排出削減に貢献します。電化をどう位置付けていますか。

稲邑 国際エネルギー機関(IEA)が指摘しているように、電化は脱炭素化の中で非常に重要な分野の一つだと思っています。電化でCO2排出を削減するには、再生可能エネルギーや原子力発電などゼロエミッション電源の比率を上げることも欠かせません。

ただ、脱炭素化で重要な分野は電化に限りません。水素とCO2を反応させて人工的にメタンを作るメタネーションや、水素、バイオ燃料などの利用を拡大していくことも、同じように大切です。

供給側の脱炭素化に注目が高まっていますが、需要家の役割も大切だと考えています。今年、省エネ法(エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律)が改正されました。改正省エネ法では、需要家側が積極的に非化石のエネルギーを選択してもらい、そのことを報告してもらう仕組みを盛り込んでいます。

需要家が省エネ意識を 電力の使い方を評価

―需要家側の対応がより大切になりますね。

稲邑 電気分野での非化石エネルギーへの転換の取り組みとして、需要家は、自ら太陽光発電施設を設置することもできますし、非化石電源を選択することもできます。

日本では、これから太陽光や風力のような自然変動再エネの比率が高まっていきます。すると、電力利用の最適化は重要度が増していきます。今回の省エネ法改正は、需要家による電力利用の最適化を日本の電力系統全体の柔軟性向上につなげていくステップの第一歩だと思っています。

―改正省エネ法の電力利用では、ほかにどういった点がポイントになりますか。

稲邑 13年の省エネ法改正では、電力利用の負荷平準化を図る観点からピーク時の需要を減らすことを主眼にしました。

今回の改正では、ピークカットだけではなく、上げDR(デマンドレスポンス)も含めて、電力の需給状況を踏まえた上で、需要家にも系統全体の柔軟性向上につながるような電力消費を考えてもらうようにしています。

もちろん、こうした需要側の取り組みだけでDRが進んでいくとは考えていません。需給調整市場など新たな市場を整備していくことなどと合わせて、DRを促進していくことが必要です。

太陽光発電とエコキュートを使った取り組みも進む

ヒートポンプ技術を海外へ 産業用は研究開発を支援

―ヒートポンプをどう評価しますか。VPPシステムに組み込むなど、メーカーや事業者によりさまざまな技術やシステムの開発が行われています。

稲邑 ヒートポンプはエネルギー効率が高く、業務や家庭分野の省エネに大きな役割を果たしています。日本はエアコン、エコキュートなど高効率のヒートポンプが家庭に最も普及している国です。日本の技術を海外に発信して、関係産業の国際展開を後押ししていきたいと思っています。

―太陽光発電が普及しました。余剰電気を活用するといったように、エコキュートはユニークな使われ方をされ始めています。

稲邑 以前はエコキュートで安い夜間電力でお湯を作っていたのですが、最近は自宅の屋根の太陽光発電の電気をFIT(固定価格買い取り制度)で売らずに、使い切ることを重視する家庭が増えています。FIT価格が下がり、系統からの電気料金が高くなると、こうした取り組みのコストメリットが高まります。

家庭での高効率給湯器の普及は重要で、国土交通省や環境省とも連携し、エコキュートやエネファームなどと太陽光発電をセットにしたネットゼロエネルギーハウスの次世代型の実証事業などを進めています。

―産業用はどうでしょうか。

稲邑 エアコンなどで使う比較的低い温度帯ならば問題はありませんが、数百℃の温度が必要になる工場など産業用では、まだ技術的な課題があります。

経済産業省はNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)を通じて研究開発を支援し、メーカーが200℃までの熱を効率的に作れる技術を開発しているところです。

産業用HPの重要性 多様なエネルギー競争

―世界的に電化が進む中、産業用ヒートポンプは今後、重要な技術になりそうです。

稲邑 各国がとても重要な分野だと考えています。中でも、ヨーロッパの脱炭素化が進んでいる国々では、ヒートポンプの技術を重視しています。

日本でも各分野の脱炭素化の中で、都市ガスの効率利用や水素利用、メタネーションなどとともに、重要な選択肢の一つになります。それら多様なエネルギーが互いに競争して、切磋琢磨しながら脱炭素化を目指してほしいと考えています。

―脱炭素化のための設備などを新たに導入するには相当なコストがかかります。もちろん、新しい設備の導入によって製品の品質が棄損されてはいけません。企業には負担になりそうです。

稲邑 オイルショック以降、日本の産業は、乾いたぞうきんを絞ったと言われるくらい省エネを進めてきました。製造業のGDP(国内総生産)比でのエネルギー効率は世界的に高い水準にあります。しかし、企業ごとにみると、資本力のある上場企業と違い、中小企業ではエネルギーを効率的に利用することが十分に進んでいないのではないかと思います。

先日、省エネ補助金で設備投資を行ったアルミ鋳造の会社を視察する機会がありました。そこでは、高効率のガス炉を導入したことで溶解炉のエネルギー効率が50%以上改善したそうです。設備投資だけでなく、ちょっとした工夫でも省エネができるという話も伺いました。熱処理槽に安価な保温シートを使うことで、ボイラーの灯油の使用量を半減できたとのことでした。経産省は予算事業で、中小企業向けに省エネ診断を行っています。

診断士が中小企業の現場を訪れて、具体的な省エネアドバイスをすることで、大規模な設備投資をしなくても、まだまだ省エネを行う余地があるようです。

いなむら・たくま 1998年に通商産業省(当時)に入省。主にエネルギー、通商、製造業などの分野での政策立案に従事。2020年7月に現職に着任。直前はヘルスケア産業課長。また、外務省OECD日本政府代表部や財務省主計局への他省庁出向も経験。