【磯崎仁彦 参議院議員】まだやり残したことがある


いそざき・よしひこ 香川県出身。1983年東京大学法学部卒、全日空入社。2010年参院議員(香川選挙区、現在2期)、14年党副幹事長。16年党環境部会長、参院環境委員長、18年経済産業副大臣兼内閣府副大臣。

「2040年問題」など、将来、日本が直面する課題に深い危機感を抱いている。

逃げることなく、合意形成に力を尽くし、難問に取り組んでいく。

 自民党香川県連が行った2010年7月の参議院選挙候補者の公募に応募し、選ばれた。縁もゆかりもなかった政界への挑戦を決めた理由は、09年9月に発足した民主党政権の政策だった。「このままでは、この国は基本的に間違った方向に進んでしまう」。全日空の管理職ポストをなげうち、家族の反対を押し切っての出馬。それだけ、民主党政権の政策は、許容できないものだった。

違う苗字を名乗ることで、家族のきずなが壊れかねない選択的夫婦別姓、財政危機を返り見ない所得制限のない子ども手当、農業経営の効率化・安定化を妨げる戸別所得補償制度――。実施していけば、日本の伝統・秩序は廃れ、国は疲弊し衰退していく。徒手空拳で挑んだ選挙戦のスローガンは、「日本を取り戻す」。対立候補に4万5000票程の差を付け、初当選を果たした。

参院では、経済産業委員会に長く所属。エネルギー問題と中小企業政策に力を入れた。

原子力については、複雑な思いがある。経済産業大臣政務官として、事故後の福島第一原発を視察。また、経済産業副大臣として福島の復興に携わった。「2度と事故は起こしてはいけない。今も2万2000人ほどの人たちが避難生活を余儀なくされている」。現場でこう実感した。

一方、50年カーボンニュートラルなど国の政策が温暖化防止に大きくかじを切る中、再生可能エネルギーへの過度の依存にも違和感がある。太陽光、風力など変動が激しい電源が大量に普及すれば、電力不足分を補う調整力が欠かせず、安定供給にも支障が出かねない。当然、コストの問題も浮上する。国民生活や産業活動を守るために、安定性を欠いた電力供給やコスト高は容認できない――。バランスの取れた電源構成を重視し、「安全性の確保を前提に、CO2を排出しない原子力発電は必要。発電電力量で20~30%は要る」と考えている。

電気事業改革にも正面から向き合った。小売り市場の全面自由化により、さまざまな業種が電力市場に参入。市場は活性化したが、最も心配したのは、並行して進めた発送配電分離で災害対応など安定供給がおざなりになること。しかし、北海道胆振東部地震(18年9月)での道内全域停電、台風15号による千葉県の大規模停電(19年9月)で、電力会社は以前と変わらない対応で復旧に取り組んだ。「改革の方向性は間違っていなかった」と胸をなで下ろした。

中小企業政策では、印象に残っていることがある。技術力、信用力がありながら、製品の販売や資金繰りに悩んでいる中小・零細企業が全国には多い。これらの企業の背中を押そうと、ものづくり補助金制度を創設した。ある日、地元・香川県の鉄鋼関連の中小企業を訪れると、経営者が話し掛けてきた。「試作品をつくって営業するなど、今までやりたいことができなかったが、補助金で一歩、前に踏み出すことができた」。今も大切にする、政治活動の励みとなる言葉になった。

「三つの鏡」と「楕円の哲学」 22年の参院選で三選目指す

「まだやり残したことがある」と、22年7月の参院選に臨む。中でも、現役の社会人1・5人が高齢者一人を支える「2040年問題」を深刻に捉えている。危機的な財政状況の中、菅義偉政権は原則1割の75歳以上の医療費の窓口負担を、年収200万円以上の人を対象に2割に引き上げた。

だが、今後、国民にさらなる負担を求めていくことは避けられない。不人気な政策になるが、「きちんと理由を説明し、不公平感をなくして、理解してもらうしかない」。新型コロナウイルス終息に向けての方策、冷え込んだ景気対策など、足元に課題は山積する。それらへの対応とともに、「将来の課題を見据えて、政策に取り組んでいきたい」と話す。

20年10月の臨時国会。菅首相の所信表明演説に対して、代表質問で本会議場の檀上に立った。冒頭、『貞観政要』の「三つの鏡」と、大平正芳元首相の唱えた「楕円の哲学」について触れた。三つの鏡は、①自分の顔を映す「銅の鏡」、②歴史に学ぶ「歴史の鏡」、③部下の諫言を受け入れる「人の鏡」―。良い意思決定をする際の心構えとされる。

楕円の哲学は、楕円に二つの中心点があることから、相対立する考えが均衡を保ち、緊張関係にあれば、立派な政治を行えるという思想。「世の中には異なる意見があるが、それを排除するのではなく、受け止めながらバランスを取り、合意形成を進めていくことが大切と教えてくれる」。代表質問で言及したことは、自ら政治家として胸に刻んでいることでもあった。

趣味の世界遺産巡りは検定を受けるほど。「将来はいろいろな遺産を見て回りたい」が、「いつになるか分からない」と苦笑する。

【石油】製品の価格革命 変化に備え不可欠


【業界スクランブル/石油】

国内製品小売市場が様変わりしている。一昔前、ガソリンなどの製品小売価格は、国内製品スポット市況などに左右される市況商品だった。それが、2017年の業界再編と20年の新型コロナウイルス禍を経て、自動車や電子機器などの工業製品並みに、メーカー優位の原料コストとしての原油価格に連動したコストマークアップの価格形成が確立した。

コロナ禍による原油価格大変動にもかかわらず、スタンド店頭は原油との連動性を確保しつつ、原油価格の上り局面では早めの小売価格への転嫁、下がり局面では遅めの値下げと、「商売の常道」ともいうべきスタイルが貫徹できている。結果的に、コロナ禍と構造的変化による販売数量減少をカバーするマージン確保にも成功しているものと思われる。

考えてみると、わが国の精製元売りの低調な上流参入も、資本蓄積の失敗も、原因は不毛な過当競争を繰り返す販売部門での収益確保の失敗によるものだった。エネルギーセキュリティー強化の阻害要因でもあった。しかし、17年の過剰設備廃棄と元売り再編によって、過剰製品の系列外流通の激減と卸価格改定の厳格化を契機とする販売、慣行正常化が定着した。

精製マージンと流通マージンの確保の成果は、これにとどまらない。今後の脱炭素社会に向けた準備でもある。

「適正利益を確保して、明日の変化に備えよう」。スタンド業者の組合である全国石油商業組合連合会の標語である。今後、地球温暖化政策を進める中で政策的なEVの普及などによる販売量激減が予想される経営環境の下で、将来の経営基盤の転換・拡大を踏まえれば、現時点で、内部留保を充実させてゆく経営戦略は間違ってはいない。

エネルギー基本計画に示されている石油業界や流通業界の将来像の実現のためにも、マージン確保は不可欠であろう。その意味で、精製元売り業界の再編は、最後のタイミングで、時代の流れに間に合ったといえよう。(H)

黒鉛火災で放射能を大量放出 今は年10万人見学の観光名所に


【福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.7】石川迪夫/原子力デコミッショニング研究会 最高顧問

チェルノブイリ事故では大量の放射能が周囲に放出され、13万人が強制避難した。

しかし、事故から35年がたった今、現地には多くの観光客が見学に訪れている。

 前号で述べたチェルノブイリ事故の水素爆発は超特大のすごさだが、それに劣らず超の字が付くのが放射能の放出だ。今回はその状況を述べる。

表を見て欲しい。チ事故の強制避難者数は13万人で、福島の16万人より少ない。だが、避難者の受けた被ばく線量の平均値は100ミリシーベルト(mSv)で、福島の0・8mSvに比べて100倍大きい。TMI(スリーマイルアイランド)は避難者約千人、平均被爆量は0・01mSvで、さらに一桁小さい。

出展:※1「原子力の暴走」P361 ※2地震・津波・原発事故等にともなう総避難者数(2012.12.6福島県災害対策本部発表) ※3福島県第13回「県民健康管理調査」検討委員会資料(2013.11.12)

事故時に放出された放射能量も、チ炉に比較して福島は約7倍少ない。発電出力当たりに直せば15倍だ。その理由は、炉心が小さく燃料棒本数が少ない上に、火災がない事による。格納容器の存在を考えた人は、残念ながら間違いだ。2号機の放射能は、格納容器を通じて直接外界に放出されている。

量的に少ないのは、火災の有無が大きい。汚染面積になると、さらに小さくなり比較できない。ヨーロッパ対福島の面積比となる。

放射能の放出量などを主体に事故の重大さを示す目安基準(事象評価尺度)が国際原子力機関(ⅠAEA)にある。それに従えば、チ事故も福島も、共に最大のレベル7に相当する。両者の間には被ばく量や汚染の広がりに格段の違いがあるのにと思うのだが、これは身びいきだろうか。

事故原発内部を見学 高線量箇所は入構許可出ず

チ事故では放射能放出が2種類あった。第1回目は黒鉛火災による放出で、黒鉛の燃焼温度(約1200℃)以下の気体放射能が放出された。変な言い方だが、この間、炉心燃料は(融点2880℃)は黒鉛火災の炎(実体は昇華)で冷却されていたことになる。

黒鉛火災が終わり、原子炉が空っぽになった5月1日から2度目の放射能放出が始まり、突如5日に終了した。突然終わったのは燃料のUO2(二酸化ウラン)が全て溶融して温度上昇が止まったからだ。従って1日から5日まで放出された放射能は、沸点が1200℃以上の放射能がほとんどといえる。

一度目と二度目では、放出放射能の核種が全く違っている。これを利用して調査すれば、有益な研究結果出てこよう。

僕がチェルノブイリの見学に行ったのは1995年の晩秋だった。1時間ほど建屋の外を見た後、建屋に入った。裸になって長袖のシャツに着替え、その上にスキーウエアのような防寒服を着ただけだったが、建物の中での寒さ対策はこれで十分だった。ほかは、二重の手袋と簡易マスク、靴下と靴の履き替えだけと記憶している。

内部の見学は昇り降りの連続で、急ぎ足での小1時間だったが、線量の低い場所はほとんど見せてもらえた。何しろ大きな発電所だ。線量の高い場所では、急げ、などと言われながらの見学だった。雨が吹き込んだ場所には、雑巾代わりの濡れたマットが敷かれていた。前報で述べた燃料棒を地上に突き落とす突撃隊の待機場所は階段の踊り場で、遠く屋根越しに、今は廃墟となったプリピャチの町が見えた。

原子炉の下、溶融燃料が流れ落ちた地下1階から2階のエリアは線量が高く、見学は許されなかった。聞いた話を書いておく。

ウクライナにパズーヒンという名の、私と同年配の研究者がいる。熔融燃料のある場所に行ってサンプルを採取する特技の持ち主で、採取時の被ばく線量を記録するのに自分の名前を単位にして安全を図っている。今日の採取は1・5パズーヒンくらいなどと言って、正式な線量は教えない。推定だが、1回の採取は0・5Svほどらしい。第2報で述べた溶融炉心の組成測定などは、氏がいなければできなかった仕事だ。

採取された溶融燃料の中から、宝石のジルコンに似た正八面体のウランを含む結晶が見つかり、チェルノビライトと名付けられた。ジルコンは数億年かけて結晶が成長した宝石だそうだが、この結晶は数日間約1700℃で加熱すれば誕生することが実験で確かめられた。この日数と2度目の放出日数は一致しているという。

【火力】魔法の言葉 発言の覚悟と責任


【業界スクランブル/火力】

2050年のカーボンニュートラルに向け、エネルギー基本計画の議論では数字合わせに躍起になっている。そこにいつも出てくるイノベーションという言葉、皆さんは、この言葉をどのように理解されているであろうか。魔法の呪文のようなこの言葉を信じていいものか。かつてイノベーションマネジメントの大家と呼ばれる先生の講演を聴いたことがある。先生のコメントで印象的だったのは次の三点。「ビジョンに根拠はいらない」「イノベーションは技術革新だけでは無い、新しい組み合わせだ」「イノベーションに必要なのは、パラダイムシフトだ」の三つ。

理系の自分にとって「根拠はいらない」と言い切ることには、かなり抵抗感があるが、この例として1961年のケネディ大統領によるアポロ計画の演説を例にあげており、根拠を後付けしていく責任と覚悟を持つ者のみこの発言が許されるものと理解している。さて、はたしてわが国にそこまでの覚悟はあるか。

50年のカーボンニュートラルは「再エネ100%」や「脱化石燃料」といった○か×かの単純な議論で実現できるほど生易しくは無い。太陽光や風力などの限界費用ゼロの自然変動電源が増えれば、電力卸市場のkW時価格は極限まで低下する。一方、調整力を担う火力発電などの稼働率は抑えられ、予備力・調整力の単価は上昇することになる。つまり、電気の価値は従来の円/kW時という概念からkWや⊿kWへと移り、価値の軽重が逆転する“パラダイムシフト”が起きるのだということを理解しなければならない。今や電源別発電原価の試算などは、ほぼ無意味ということだ。

イノベーションのためには技術革新が必要となる。しかし、技術は少しずつしか進まないので、まずは既存の概念を大胆に組み替えていくことで大きなイノベーションを生み出す責任と覚悟を持たねばならない。

エネ基などの議論で、イノベーションを「他人任せ」という意味で使っていないだろうか。実現の目処が立たない計画を立てる前に、昨今のエネルギー政策のどこかに誤りがあるかを認める勇気が必要だ。(S)

【原子力】必要なものは活用 高温ガス炉を特出し


【業界スクランブル/原子力】

第六次エネルギー基本計画案について、政府の再エネタスクフォースが再生可能エネルギーと原子力を二項対立にして、再エネのフル活用で電力需給は満足できると確信し、河野太郎規制改革担当相などが反対している。資源エネルギー庁は10月中旬の閣議決定を目指すが、9月29日予定の自民党総裁選の結果が読めず、方向性は不透明だ。ただ、10月31日から英国でCOP26が開催されるので、それまでに決定することが望ましい。

その特徴を詳らかにしたい。これまで「3E+S」としてきたが、今後は「S+3E」に統一する。CO2は26%減だったが、経済成長が見込みよりも低水準なので電力需要が減少し、CO2削減は進んでいるが、2050年カーボンニュートラルは高い目標だ。米国バイデン政権が4月に46%減を打ち出したので、わが国も菅義偉首相が米国をにらんで46%減を打ち出した。これに対応して30年の電源構成として再エネ36~38%(太陽光14~16%)を盛り込んだ。河野氏はエネ庁の数字の二倍の再エネが存在すると主張し、「38%以上にしろ」と強引にねじ込んでいるが、32年にFITによってかさ上げされた太陽光に減少傾向が見込まれ、再エネ目標の実現性は不明だ。

原発の新増設・リプレースは、国民の原発に対する信頼が低レベルなことが災いして盛り込めなかった。特に柏崎刈羽で発生したテロ対策の不備は決定的で、「必要なものは活用する」という線で落ち着いた。電源別コスト試算(円)は30年断面で、バックアップ電源を考慮しないと、原子力11.7~、太陽光(事)8.2~11.8、太陽光(住)8.7~14.9。バックアップ電源を考慮(統合コスト)すると原子力14.4、太陽光(事)18.9、風力(陸上)18.5と試算。

ほかの特徴として、トリチウム水処理の方向明確化が挙げられる。また、水素利用推進のため、国際的に注目を集めている高温ガス炉を特出した。中露に加え、韓国で実績をあげ、英国が高い関心を示していることが背景にある。(S)

ALPS処理水放出への懸念根深く 政府の風評被害対策は十分か


【多事争論】話題:処理水放出と風評被害対策

福島第一原子力発電所内の処理水海洋放出を巡り、政府が風評被害対策を提示した。

情報発信の強化や事業者への支援・賠償などを柱としたが、この内容で十分なのか。

〈 問われるのは福島県外の向き合い方 政治がさらに前面に立ち情報発信を

視点A:開沼博 東京大学大学院情報学環准教授

このテーマについて論じる上では、まず3・11後の福島に対する人々の意識の現状を把握する必要がある。それは言うまでもなく、風評と呼ばれる現象が社会科学的問題だからだ。自然科学・工学的事実、つまり処理水の海洋放出に関するリスクの多寡についての認識、からすれば理解できない余白を埋める想像力をもたなければ解決には近づけない。

まず最も重要な点は、地元で懸念されているのは〝健康被害ではない〟ということだ。

今年5月、福島民報・福島テレビが福島県民を対象に行った調査によれば、処理水の海洋放出による懸念については、「新たな風評の発生」が40・9%で最も多く、「県民への偏見・差別」が18・1%、「県内産業の衰退」が12・1%と、7割ほどを占めている。一方、「健康被害」を懸念するのは11%に過ぎない。つまり、地元は〝処理水の危険性〟を懸念しているのではなく、処理水放出によって〝偏見・差別や経済的損失の拡大に象徴される風評の拡大〟を懸念している。その点において、自然科学・工学的事実と、福島県民の認識に相違はないと言ってよいだろう。

加えて視野に入れるべき変化がある。それは、正確な事実が共有され続けることが引き起こした変化でもある。

朝日新聞・福島放送が福島県民を対象に例年2月に行ってきた調査では、〝処理水の海洋放出の賛否〟を問うてきた。それによれば、2018年が賛成19%、反対67%。19年が賛成19%、反対65%。20年が賛成31%、反対57%。21年が賛成35%、反対53%。明らかにここ数年でその賛否の趨勢に変化があった。その理由はいまだ詳細に検討されてはいないものの、ここ数年で処理水を取り巻く状況は大きく変化した。ALPS小委員会(多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会)の報告書がまとまり、タンクを設置する敷地のひっ迫が顕在化し、韓国など海外諸国・地域との外交問題になっていった。問題が問題として焦点化していった。その中で報道量が増え、これまで処理水問題に関心・知識を持たずに来た人の中でも、この問題に触れる人が増え、ことの本質を把握する人々が一定割合生まれたことも明らかだ。まっとうな情報流通の絶対量が確保されたことが、この意識変化の要因の一つとしてあるだろう。

県内と県外での温度差 政府方針はまっとうだが不足点も

他方、福島県外での風評はいまだ根深い。三菱総合研究所が昨年7月に実施した調査によれば、友人、知人に福島産の食べ物を勧めるのを放射線が気になるのでためらうと答えるのが、23・5%。同じく福島への旅行を勧められないと答えるのが24%。さらに、被ばくによる健康被害が現世代や子や孫の世代に起こると考え続けている人も4割程度いることが分かっている。無論、被ばくによる健康被害はこれまでも出ていないし、今後も出る見通しがないことは多くの研究が指摘しているところで、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)など複数の国際機関が共通し示し続ける見解だ。

つまり、処理水についての風評被害対策とは、福島の外がいかにこの問題に向き合いきれるのかを問われている問題だといえる。

今回示された対策はいずれも真っ当なものだが、不足点を3点挙げる。一つ目が、風評対策の達成度合いの検証がない。これまでも風評対策は打ってきたが、10年経っても解決していない。それは、やりっ放しで達成率を問わずに来たからだ。基本的な知識がどれだけ浸透しているか、継続的な理解度調査をしながら対策を進めるべきだ。二つ目が、風評加害メカニズムの検証がない。韓国によるこの問題の外交問題化で浮き彫りになった通り、この風評被害には必ずそれを起こす主体や要因、つまり風評加害の原因がある。しかし、これまでは被害を見ることはあっても加害は看過されてきた。その点を凝視することなしに固定化した風評被害は再生産され続ける。三つ目が、政治がさらに前面に立つ具体策だ。例えば、新型コロナであれば首相も官房長官も担当大臣も、繰り返しコロナがいかなる問題でいかに向き合うべきか情報発信に努める中で、国民に一定のリテラシーが生まれた。しかし、処理水について首相・官房長官・経済産業大臣が、自分の言葉でいかなる問題でいかに向き合うべきか、説明したことがあったか。本気ならば、「福島風評対策担当大臣」を置いたってよいだろう。この風評被害を情報災害と呼ぶ人もいる。福島の風評は情報社会における災害の一つであり、これを乗り越える経験は他の問題にも役に立つ知見を与えてくれるだろう。

まだまだしなければならないことはある。

かいぬま・ひろし 1984年福島県出身。東大大学院学際情報学府博士課程単位取得満期退学。福島大客員研究員、立命館大衣笠総合研究機構准教授などを経て、2021年から現職。

【LPガス】容器の配送最適化 AIやIoTを活用


【業界スクランブル/LPガス】

ソフトバンクと九州大学が9月20日から、AIやIoTを活用したLPガス容器の配送最適化に関するフィールドテストを開始した。共同開発したシステムを実際の配送現場で使い、LPガス販売事業者の「アイエスジー」がテストを実施。来春をめどに配送最適化サービスの実用化を目指す方針だ。スマートメーターから収集した検針データを元に、LPガスの残量を予測。予測結果を元にLPガス事業者の人員・車両情報など、効率的な配送計画を立て、最適な配送ルートを自動で策定する。これまでLPガス業界が進めてきた集中監視システムをベースとした発展型のシステムだ。

同様の機能を持つLPガスのプラットフォーム事業には、NTTグループのNTTテレコンをはじめ、KDDI、NECなどの通信系先進企業がスマートメーターを活用したサービスに参画してきた。また、ニチガスが開発した「スペース蛍」や、岩谷産業が情報ネットワーク機能付きのガス警報器を活用した「イワタニゲートウェイ」など、LPガス事業者も独自の取り組みを進めている。

脱炭素社会の実現が世の潮流となる中、LPガス自体のグリーン化は主に元売り企業の役割であり、グリーンLPガスの調達や、LPG燃料船の傭船など、今出来ることを着実に進めている。一方で、LPガス販売事業者が当面取り組むべき課題は、エネファームや高効率機器の普及拡大とともに、長年業界の課題とされてきた交錯配送の解消もその一つだ。

配送合理化については、十数年前に国が補助金などを出して充てん所の統廃合、共同配送を進めてきたが、あまり成果は上がっていない。郊外に行くといまだに向こう三軒両隣にそれぞれ違う販売店のLPガス容器が立ち、配送も別々の会社という光景はよく見る。

AIやIoTの活用でLPガス配送の在り方も大きく変わり、宅配便業者やはたまたアマゾンなどがLPガスを宅配する時代が来るかもれない(保安の問題はあるが)。自社ボンベというプライドを捨て、真剣に効率化、共同配送を考える時期に来ている。(F)

「非化石価値」を取引する新市場 需要家・小売事業者に与える影響


【羅針盤】木山二郎(弁護士)/日髙稔基(弁護士)

「再エネ価値取引市場」の創設により、電気の「非化石価値」を取引する制度が大きく変わる。

新たな制度がもたらす影響とは―。電力小売り事業者、需要家の視点で解説してもらった。

 非化石価値取引市場は、小売り電気事業者によるエネルギー供給構造高度化法の目標達成の後押しなどを目的に、2018年5月に創設された。しかしこれまで、需要家の直接の市場参加は認められず、制度見直しの声が大きかった。

このような情勢を踏まえて、今般、高度化法の目標達成のための「高度化法義務達成市場」と需要家が参加可能な「再エネ価値取引市場」に区別されることとなった。本稿では、今後の環境価値取引において重要な役割を果たすことが期待される非化石価値に関する新たな市場制度について解説したい。

高度化法義務達成市場は、小売り電気事業者の高度化法の目標達成のための市場である。その制度設計の詳細については、本年8月26日、制度検討作業部会が公表した第5次中間取りまとめにおいて整理され、同月より取引を開始している。

同市場においては、取引対象は非FIT非化石証書に限定されることとなった。その結果、小売り電気事業者は、FIT非化石証書を高度化法の目標達成には使用できなくなった。そこで、30年度の高度化法の目標達成に向けての21年度中間目標値の再検討が行われ、非化石証書の外部調達比率が11%から5%に引き下げられることとなったが、現時点において高度化法の目標自体の見直しは行われていない。

また、同市場の取引価格については、事業者の予見可能性を担保する観点などから最低価格と最高価格が設定されており、最低価格は時限的にkW時当たり0・6円、最高価格は現状の4円から1・3円に引き下げられている。

需要家も取引参加可能に 再エネ価値市場の真価

さらに、非FIT非化石証書の供給源を有するのは基本的に旧一般電気事業者であり、売り手の入札行動が価格形成に強い影響を与える可能性があることから、これらの事業者の取引行動については電力・ガス取引監視等委員会による監視対象とされた。

また、非FIT非化石証書の売却収入の使途については「非化石電源kW/kW時の維持および拡大に資するものかどうか」との基準が設けられ、証書を販売した発電事業者は、その使途について、資源エネルギー庁への報告が求められることとなった。

一方、需要家が環境価値を調達する市場として再エネ価値取引市場が新設される予定であり、本年11月のオークション開始が目指されている。同市場については、FIT非化石証書を対象とし、9月中に中間取りまとめが行われる予定である。

本稿脱稿時点においては、その制度設計の詳細は公表されていないが、現時点の最新の議論によれば、同市場に参加できる需要家については、日本卸電力取引所の取引資格の取得要件を満たすことが最低限の条件として示されている。また、同市場を利用した仲介事業も想定されており、その取引の範囲や取引参加要件などについては今後の検討課題とされている。

また、再エネ価値取引市場で取り扱われるFIT非化石証書については、最低価格をkW時当たり0・3~0・4円とすることが提案されており、大幅な引き下げが想定されていることは、特に注目されよう。

なお、再エネ価値取引市場には小売り電気事業者も買い手として参加できるものの、高度化法の目標達成にFIT非化石証書を用いることはできないことは前記の通りである。

資源エネルギー庁資料より

環境価値へのアクセス容易に 「追加性なし」で懸念も

新市場制度への移行は環境価値の属性に応じた取引の活性化を企図した制度変更である。しかし、小売り電気事業者と需要家においては検討すべき論点も少なくない。

まず、小売り電気事業者においては、前記の通りFIT非化石証書が高度化法の目標達成のために使用できない状況下で、いかにして高度化法の目標を達成するかは今後の検討課題である。

また、需要家が直接参加できる再エネ価値取引市場の最低価格の引き下げが見込まれるところ、小売り電気事業者としては、非FIT非化石証書の調達費用を電気料金に上乗せして回収することが難しくなると予想される。

費用回収の在り方については本部会における今後の検討課題とされているものの、小売り電気事業者としては、電力の小売り営業に関する指針にのっとりつつ、再エネ電源の投資促進効果を示す「追加性」を意識した環境価値の訴求や再エネ価値取引市場に参入できない需要家のニーズに即したメニューを開発するなどの営業努力も必要になると思われる。

次に、需要家にとっては、再エネ価値取引市場の創設により環境価値へのアクセスは容易になる。ただし、その取引対象となるFIT非化石証書は現状、「RE100」の基準を満たすためのトラッキング付きではない証書が大半である。本部会においては、FIT非化石証書につき21年度中の全量のトラッキング実施を目指すとの方向性が示されているが、各需要家は、トラッキング付き非化石証書の拡充状況も踏まえつつ、自身のニーズに沿った環境価値の調達方法を検討する必要がある。

また近年、海外を中心に、環境価値を導入する企業においては、「追加性」を求める動きが高まっていると言われているところ、一部においては、FIT非化石証書が有する環境価値は「追加性」を有しないと指摘されている点にも留意が必要であろう。

本稿においては、新市場制度について解説し、新市場制度における論点を概括したが、今後、新市場制度の導入により、より一層、環境価値取引は活性化することが予想される。環境価値の導入を検討する需要家としても、自身のニーズ・目的に応じて、新市場の利用を検討していく必要がある。各企業の環境問題に対する意識はますます高まることが予想され、今後の環境価値の取引の動向からは目が離せない。

きやま・じろう 2010年森・濱田松本法律事務所に入所、21年パートナーに就任。14年に電力広域的運営推進機関に出向。エネルギーのほか、危機管理・事業再生といった分野で専門的知見を有する。

ひたか・としき 2020年森・濱田松本法律事務所に入所。電力・ガス事業における諸制度に関する各種相談対応、再エネ発電事業向けプロジェクトファイナンスなどの業務に携わる。

【都市ガス】中国が最大輸入国に 薄れる日本の存在感


【業界スクランブル/都市ガス】

今年、日本のLNG50余年の歴史で初めての現象が起きようとしている。LNGの年間輸入量で中国が日本を追い抜き、世界最大のLNG輸入国になる見通しとなったのだ。

1969年のアラスカからの輸入開始以来、日本は一貫してLNG事業発展の牽引車であり続けた。日本のエネルギー企業がLNG生産者側とタッグを組み、20年間前後の長期契約を締結し、輸入を滞りなく進めることで、1兆円以上の巨額な初期投資が必要なLNGプロジェクトの立ち上げを促進してきたのだ。

ところが、最近LNG生産者からは「日本」という国の名前は聞こえてこないという。日本では新規の需要増加が望めないだけでなく、エネルギー基本計画では大幅なLNG輸入量削減が明示されている。それに比べて、アジア地域では中国はLNG需要の伸び率が毎年10%以上と著しく、インドや東南アジア諸国も輸入量を増加させる傾向にある。

当然ながら、今後生産者側にとって最重要顧客は中国・インドへと移っていく。特に、中国では上海地域で石炭から天然ガスへの転換が進み、熱需要中心にLNG輸入量が増加している。したがって、厳冬になると冬場のピーク期にスポットLNGの輸入が急増するため、昨冬は中国のエネルギー企業中心にスポットLNGの買い漁りが発生して、日本でLNG不足を引き起こし、電力市場価格の異常高騰を招く一因となったことは記憶に新しい。今後、ますますこうした現象は起こりやすくなっていこう。

国際的な脱炭素化が進む中で、日本では天然ガスはCO2を排出する化石燃料のレッテルが張られ、削減対象とされているが、世界的には過渡期の主力エネルギーとして需要を拡大していく傾向にある。第6次エネルギー基本計画案で2030年目標のLNG使用量を減少させたように、今後、国家としてLNG調達を軽視する傾向が強まっていくと、今までLNGビジネスを支えてきた日本が困った時に助けを得られない状況に直面することになりかねない。(G)

分析・制御で電力システムを変革 エコシステムの創造に挑戦する


【エネルギービジネスのリーダー達】只野太郎/インフォメティス社長

早くからエネルギーデータに着目し、その分析・制御技術を培ってきたインフォメティス。

エネルギーの領域のみならず、社会全体の価値につながるデータの活用を目指す。

ただの・たろう 1991年東京都立大学卒、ソニー入社。技術者としてディスプレイのシステム設計などを手掛けた後、2010年からR&D部門ホームエネルギーネットワーク事業開発部で事業企画に携わる。13年4月にインフォメティスを設立、社長に就任。

 脱炭素社会の実現に向け、太陽光など自然変動型の再生可能エネルギーが拡大するのに伴い、よりきめ細やかに消費電力情報を制御・管理することの重要性が高まっている。こうした中、高精度の分析・制御技術によりエネルギーデータから生活に係るさまざまな情報を抽出し、それを社会全体の価値として転換させる取り組みを進めているのが、2013年に発足したエネルギーITベンチャーのインフォメティスだ。

只野太郎社長は、「電力の需給バランスを高度化することで、系統の効率化、需要家の経済性の最適化という双方にメリットをもたらすエコシステム創造に挑戦している。電力供給システムに良い変革を起こすことで、持続可能な社会づくりに貢献していきたい」と、同社の目指す姿を語る。

エネルギー情報を高度分析 暮らしの利便を創出

同社のコア技術は、電流波形の時系列データを基に、多面的な情報を引き出す独自の「NILM(ニルム)」だ。通常、家で消費する電力を機器ごとに把握するにはそれぞれに計測器を付ける必要がある。だが「NILM」は、電流の特徴をAIで分析することでどの家電がどれほどの電力を消費しているか判断する。このため、分電盤にセンサーを一つ設置するだけで各家電の使用状況をリアルタイムに把握できる。

そしてそこから読み取れるのは、単に電力の使用状況だけではない。住む人の生活スタイルなどさまざまな情報を抽出し、将来の電力需要や住む人の活動を予測することを可能にする。こうした情報をデータマイニングすることにより、いずれは、健康・医療、物流、マーケティングといったエネルギー以外の領域での価値創造にもつながると考えている。

同社では、エネルギーデータから生活に関するさまざまな情報を得ることを、生物学と情報学を融合した「バイオインフォマティクス」にちなみ、「エナジーインフォマティクス」と名付けた。只野社長は、「まだまだ一般的な言葉ではないが、将来はエナジーインフォマティクスといえばインフォメティスだと言われるようになりたい」と意気込む。

只野社長は大学卒業後、エンジニアとしてソニーに入社し映像関連の技術開発などに携わっていたが、10年に転機が訪れた。環境・エネルギー分野の新規事業創造のために新設された「ホームエネルギーネットワーク事業開発部」の社内公募に手を挙げ、初めてエネルギービジネスに携わることになったのだ。

翌11年には、事業開発の責任者に就いた。当時、日本ではVPP(仮想発電所)やDR(デマンドレスポンス)などはまだまだ実証の域を超えていなかったが、先行する欧米でスマートグリッドの実証に取り組むなど、事業化に向けた準備を着実に進めた。

ところが12年にソニーの業績が悪化。事業環境の変化などから、経営判断により新規事業が継続できなくなってしまう。それでも、培ってきた技術を将来につなげたいとの思いは強く、経営陣と交渉し、NILMの技術移転を受けるとともに、外部からの資本出資を受けることで同社の設立にこぎ着けられた。「エネルギーデータを社会全体に役立てることで、エネルギーインフラを社会インフラに創り変えていく」というソニー時代に掲げたミッションは、今も引き継がれている。

脱炭素が後押し 幅広い領域でビジネス展開

ソニー時代を含め、新たなエネルギービジネスを模索しはじめて10年が経過した。16年の小売り全面自由化後も、期待するほど電力分野の新規ビジネスが活性化することはなかったが、脱炭素の後押しでVPPやDRなどが本格的に動き出し、ようやくビジネスチャンスが到来したと実感している。

18年には、東京電力パワーグリッドと共同で新会社「エナジーゲートウェイ」を立ち上げ、家庭向けにIoTプラットフォームサービスの提供を開始した。日立製作所や関西電力系のK4ベンチャーズなどとも連携し、今後は産業分野も含め幅広い領域でのビジネス展開を視野に入れている。

只野社長は、「系統フレキシビリティ(調整力)の解決策として蓄電池に大きな期待が寄せられており我々もその一翼を担うが、蓄電池自体もゼロカーボンではない。制約のある再エネと共存し続ける上で、人々がエネルギーを全く気にせず、大量の調整機器によって電力システムが自動最適化されている世界が本当に理想なのか」と疑問を投げ掛ける。

「情報技術によって自動最適化も進化し、かつ、情報によって人々がエネルギーの使い方を自然に意識するイデオロギーが浸透し、行動が変容することも合わせて電力需給全体の最適化が図られる―。そのような世界を実現する技術やソリューションの提供を目指していきたい」と語り、理想実現へ着実に歩を進めようとしている。

【新電力】迷走続ける各社 閉塞感の打開策は


【業界スクランブル/新電力】

 新電力各社の戦略が迷走している。契約口数は増加しているものの、販売電力量の増加スピードが鈍っている。また、今年初頭の需給逼迫時に盛んに論じられた撤退事業者も増えておらず、小売り電気事業者の間では閉塞感が漂っている。

原因は販売単価の低迷による採算性の低下である。今後、容量市場受け渡し開始や再エネ賦課金増加などにより、電気料金が上昇すれば、自家消費太陽光や蓄電池、DRなど付加価値となりうる商材の開発につなげることができるが、現在は残念ながらこれら新たなサービスの収益性確保は極めて難しい。当然、差別化も非常に難しい状況となっている。

本稿では言及を避けてきたが、小売り電気事業者の間における閉塞感は、河野太郎規制改革担当相が主導する「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(TF)」によるものも大きい。

容量市場凍結など、これまでの行政プロセスを否定するかのような過激な議論を主導してきたが、容量市場の停止や新電力の救済など、再エネTFの主張をそのまま実行したとしても再エネは増えず、新電力は救われない。前述の通り、新電力苦境の原因は行き過ぎた競争による販売単価の低下、それに伴う採算性の低下であるからである。

容量拠出金の支払い開始により、小売り電気事業者の負担は増えるが、中長期的には事業環境は好転する。また、経営体力のない事業者の市場からの退場が促される。論理的な議論がなされず、耳触りの良い議論ばかり行われている現状は、新電力にとっても大変な不幸である。

残念ながら、同様の中長期的な事業者の環境を顧みない主張は経済産業省の審議会でも一部有識者や事業者の間でも主張されており、大変に憂慮されるところである。制度検討作業部会が開始されて以来、このような短期的な事業インパクトを避ける議論や事業者の戦略により、今日の小売電気事業者の苦境が生まれてしまっているのではないだろうか。(M)

【マーケット情報/10月15日】原油上昇、需給逼迫観さらに強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み上昇。需給が一段と引き締まり、米国原油の指標となるWTI先物は、2014年10月末以降初めて80ドル台となった。

天然ガス価格は依然高騰しており、アジアと欧州で、燃料の石油への切り替えがさらに進む見通し。また、アジア太平洋地域では、新型コロナウイルス感染防止対策の規制が一段と緩和。米国も、冬期休暇を前に、ワクチン接種者を対象に入国規制の撤廃を決定。経済と石油需要回復が加速するとの予想が広がった。

需要増加の観測が強まるなか、OPEC+は、増産ペースを引き上げて、原油価格に下方圧力をかける方針を否定。さらに、米国の原油在庫は前週比で増加するも、前年を13%下回った。米エネルギー情報局は、今年の国内産油量予測を下方修正。8月末のハリケーン「アイダ」発生にともなう生産の一時停止が要因となっている。供給不足への懸念が一層強まり、価格を支えた。

【10月15日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=82.28ドル(前週比2.93ドル高)、ブレント先物(ICE)=84.86ドル(前週比2.47ドル)、オマーン先物(DME)=83.10ドル(前週比1.96ドル高)、ドバイ現物(Argus)=82.92ドル(前週比1.88ドル高)

【コラム/10月18日】電気事業とセクターコンバージェンス


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

国内外で、電力市場における競争の激化により、電気事業者の電力販売による利益は減少している。そのような中で、新たな価値創造のために事業分野の拡大とイノベーションの開発が重視されている。イノベーションを促進するためには、他企業との協調、とくに異分野の企業との協調が重要性を増す。異業種との協調は、お互いの強みを持ちより、弱みを補いあうことを目的としているが、そのためは、自己のコアコンピタンスを冷静に見極める必要がある。

最近、セクターコンバージェンスという言葉を耳にするようになったが、これは、異業種との協調と同義で、以前は別々であった産業セクターが一つの価値創造単位に統合されることを意味する。デジタル技術の発展が産業の垣根を取り払い、セクターコンバージェンスの原動力となっている。セクターコンバージェンスは単なる協力からジョイントベンチャーまで様々な形態をとりうる。それでは、電気事業者にとって、セクターコンバージェンスはどの分野が有望で、どのようなパートナーと協調することが大きな利益をもたらすであろうか。これについては、ドイツでは、シュタットヴェルケの新規事業との関連で、盛んに議論されており、本コラムでは、その状況について紹介したい。

セクターコンバージェンスに関する業界団体BDEWの調査によれば、電気事業者は、コアビジネスに近い分野でのコンバージェンスに最大のポテンシャルを見出してしている。同調査では、企業の約7割は、蓄電池を含む分散型電源、スマートメータリング、エレクトロモビリティの事業分野での他産業との連携が最も強く発展していくと考えている。これらの事業分野では、基本的に技術的なハードルは克服されており、事業リスクの定量化も可能であることも連携を促進させている要因である。また、電気通信分野(5割台半ば)、スマートホーム(5割弱)、スマートシティ(3割台半ば)の分野も電力産業のコアビジネスからは遠いものの、コンバージェンスのポテンシャルが存在している(カッコ内は、調査対象全体占める企業の割合)。

電気事業者がイノベーションを創出していくためには、デジタル技術が欠かせないが、大部分の企業は、デジタルプロダクトの開発にはパートナーとの連携が必要と考えている(ウィンウィン関係の構築)。これは、複雑な革新的プロダクトの開発が求められることや開発のスピードが速くなってきていることによる。パートナーとして、シナジー効果が期待できると企業が回答したのは、住宅産業が7割弱、テクノロジー・IT産業が6割台半ば、電気通信インフラ・サービス・ブロードバンド産業が5割台半ばとなっている。これに対して、自動車産業は5割弱となっている。

地域に根差すユーティリティ企業、とくにシュタットヴェルケは、有望なパートナーを選定する上で有利な立場にある。とくに、住宅産業との連携は、分散型発電、スマートメータリング、エレクトロモビリティの事業分野で大きなシナジーが見込める。現在のシュタットヴェルケのポジションは、コアの段階的な拡大に重点を置いているが、コア事業から遠い事業分野は、資金調達、シナジー効果、専門知識などの観点でリスクが高いという特徴があるものの、長期的な収益源を生み出す機会を提供している。

また、あるプロダクトの開発のために形成されるパートナーシップは、他の企業グループのパートナーシップと競合する可能性がある。また、自己のパートナーシップ内の企業は、他のプロダクトの開発に際しては他のパートナーシップに属することもあるだろう。この意味で、セクターコンバージェンスにより、電力企業と異業種分野の他企業との協調関係がますます複雑化することを認識しておく必要がある。わが国の電気事業においても、市場競争の激化により、電力分野での利益が長期的に減少する中で、セクターコンバージェンスを新たな価値創造のための重要な経営戦略をして位置づける必要があるだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

【電力】パワハラ音声流出 見逃せない矛盾


【業界スクランブル/電力】

 この号が発刊される頃には結果が出ているが、自民党の総裁選において、河野太郎規制改革担当相が有力候補に。その河野大臣と経産官僚とのエネルギー基本計画を巡るやり取りが「パワハラ音声」と題して週刊文春にリークされた。池田信夫氏によると、「問題はパワハラではなく、閣議決定で拒否権を行使するという脅しだ」とのことである。とはいえ、動画が公開されている「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(TF)」でも大臣は同じような調子であるし、閣議決定に反対するという発言もしているので、わざわざリスクを取ってこんな音声をリークする必要はないだろう。

それよりも筆者は、担当省庁の官僚と民間のTF構成員の中に政治家である大臣が一人お山の大将然と陣取り好きなことを言うという、TFの会合のスタイルに以前から違和感があった。あの民主党政権の事業仕分けでさえ、仕分け対象の担当省庁側に副大臣・政務官クラスの政治家が同席していたはずだ。

あえて似たものを探すと、安倍晋三政権の時に盛んに開催されていた(今も開催されているようだが)野党合同ヒアリングだろうか。マスコミ報道を見るに、あれこそ官僚へのパワハラにしか見えない。国会の調査権の一環らしいから断るわけにもいかないようだが(筆者は権利の濫用と思っているが)、付き合わされる官僚の皆さんには同情するしかない。このようなことを続けていれば、野党が再び政権についたとしても官僚の協力は得られないだろうに、野党が近い将来政権を取る気がないことの意思表示だと捉えかねない。

今回は、政権与党の大臣にこれと同じことをやられているのだから、官僚としてはたまったものではないだろう。政治家が持論にこだわるのはよいが、このような折衝は梶山弘志経済産業相をはじめ政治家間でやるべきことだ。これで霞が関に働き方改革を推進する立場にあるというのだから矛盾している。

とは言ったものの、総裁選の結果によっては、ごまめの歯ぎしりにしかならないかもしれない。(T)

石炭火力の“撤退戦”は大丈夫か


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

アフガニスタンの顛末を見るにつけ、撤退戦というのはつくづく難しいものだと思う。新しい戦線への展開には人もカネも投入され、おのずと味方が集まってくる。撤退戦では真逆なことが起こるわけだ。アフガンの混乱ぶりはご承知の通りである。

さて、わが国を含め先進各国は、おしなべて2050年までの炭素中立を宣言した。事実上、化石燃料からの撤退宣言である。政策担当者は、火力発電の縮小を待って供給も緩やかに減少と思っているかもしれないがアフガン同様、容易ではない。

最初に撤退が求められる戦場は石炭である。金融はESG(環境・社会・統治)と称して真っ先に離脱。資源大手もリオティントは既に撤退し、至近ではアングロとBHPがコロンビアの炭鉱の権益をグレンコアに安値で売却。BHPは豪州の炭鉱も売却の方針だ。また、日本の商社も海外の一般炭権益から手を引いた。市民(消費者)の遠くにいるお金持ちはさっさと逃げられる。炭鉱は、投資減少に加え開発許可の取得もますます困難になろう。鉄道や港にもお金が回るだろうか。供給の包囲網は予想以上に早く狭まる気がする。

殿を務めるのは石炭火力部隊だ。この老兵部隊には早期の退役を求める声が強まる一方、再エネに蓄電池などの援軍が十分そろうまでは勝手に戦線を離れることは許されず、先の見えない戦いが続く。変動再エネの増加でより散発的になる戦闘(稼働)に備えて、装備(設備)を整え兵站(燃料確保)を維持するのは相当厳しい任務になろう。

万一この撤退戦が混乱し、電力の供給支障や価格高騰が生じれば困るのは消費者、なかでも弱い人たちだ。参謀本部には、現地事情を正確に把握するインテリジェンスと注意深い作戦計画が求められる。