火力発電所や国家石油ガス備蓄基地の被災などエネルギー関連設備も被害を受けた。
電力、ガス、石油業界は新たに得た知見を次の災害にどう生かすべきか。
【出席者】
草薙真一/兵庫県立大学副学長
荻本和彦/東京大学生産技術研究所特任教授
藤井 聡/京都大学レジリエンス実践ユニット長

―能登半島地震では配電設備の被害が大きく、停電復旧に約1カ月を要しました。
草薙 電力は被害範囲が広範で、一般送配電事業者(TSO)が送配電網協議会などを通じて連絡を取り合い、他電力が応援に入りました。また志賀原子力発電所のトラブルもあり、高い緊張感のもとで対応に当たっていた印象があります。
藤井 能登半島には七尾大田火力発電所と志賀原子力発電所という大きな発電所が二つあり、地震で七尾大田火力が稼働停止しました。発災直後には関西電力送配電から北陸電力送配電に対して最大60万kWのひっ迫融通が行われたものの、全国的なひっ迫は生じていません。ただ被害地域が広範囲となり多くの発電所が停止すると、3・11のように計画停電などの必要性が出てくる。改めて余裕を持った発電量確保の必要性を感じました。
荻本 七尾大田火力のような大きな電源は、送電線が高速道路のような役割を果たし、広い地域に電気を送り届けます。こうした供給は地域間融通で対応できましたが、今回の停電は家屋の倒壊に伴って電柱が倒れるなどが原因で、復旧へ必要な対応はさまざま。また被害を受けた家屋に電気を流すと、火災や漏電が起きかねません。個々の状態を確かめながらの復旧作業が求められた点が特徴です。
草薙 復旧作業では個々の需要家の顔を見ながら、直接対応するケースが多かったと聞きます。日本語を話せない外国人の被災者への対応などに苦労があったでしょう。
藤井 能登半島は新耐震基準に満たない建築物が約50%で、全国平均の13%と比べて格段に高い。家屋の耐震性によって災害時の停電が増えるメカニズムを再認識しました。

荻本 今回の地震では広い面的な被害があり、復旧作業には道路などほかのインフラ復旧を待つ必要がありました。さらに道路が開通しても、アクセスに非常に時間がかかり、長時間の作業が行えないこともあった。
藤井 高速道路が七尾市で止まっていて、輪島市や珠洲市まで到達していません。「日本の隅々まで高速道路が整備されていれば……」との後悔は拭えません。
草薙 一方、道路の復旧がなかなか進まなかったことで、自衛隊の輸送艦などが海から支援物資の陸揚げを行いました。海からの救援はこれまでの災害ではあまり経験がなく、新たな学びとなりました。
藤井 七尾大田火力のような長期間の稼働停止の回避は、どれくらいの耐震補強で可能なのか、という検証は行う必要がありそうです。ただ電力自由化によって、強靭性の確保のための投資が削られてしまう側面は否定できません。本来は国費の投入も含めて、強靭性向上が図られるべきです。
荻本 設備の強靭化については、限られたお金をどこに投下するのか、社会全体での選択が必要となります。人口減少の中で過疎地への配電網をどこまで維持するのか、しないのかという判断も迫られるでしょう。
分散型電源の強みと弱み 地域に見合った選択を
―能登半島地震を受け、分散型電力システムの導入を求める声が高まりそうです。
荻本 災害時は、送配電網や電源の障害で広範囲で停電が発生します。その時、供給側は地域を超えた協力で復旧に向けて努力する。しかし、需要側の工夫も必要で、停電の影響の軽減のために需要側が貢献する「安定需給」の確立が求められています。これは、需要側が電気の使用を管理して自律することに加え、回復力の強化という効果もある。例えば電気自動車(EV)の今後の活用が挙げられます。バッテリー容量は大きくないので、冷暖房などには使えませんが、スマホの充電など停電の復旧予定に合わせて利用できれば効果は大きいでしょう。
草薙 EV活用時の課題の一つが、系統強度です。回転機を使わないので、交流の電圧波形を維持する能力が落ちてしまう。電力システム全体が小さかった時代は、系統強度の不足で電圧変動や周波数変動が起き、しばしば停電が発生しました。人口減少やEVの活用などでシステムの総体が小さくなると、またそうした問題が出てきます。
荻本 分散型電力システムは近年導入が始まり、まだ移行期にあります。移行期はシステムストレングスと呼ばれる交流電圧波形維持の問題など、さまざまな脆弱性を抱えている。例えば米国の西海岸では、合計100万kW級の多数の太陽光発電が一斉脱落した事例があります。ただシステムストレングスに対応するインバーターの開発や太陽光で発電した電気を貯めるバッテリーなど、脆弱性を補うにはお金がかかる。分散型電力システムはこうした現実を直視し、優先順位をつけて適用分野を広げる必要があります。
藤井 強靭性の強化という点で、地域分散的な電力システムが役立つという考えには必ずしも賛同できません。分散型では、例えば家屋倒壊などで太陽光発電が使えなければ電力供給は停止し、一つひとつ修理が必要となり、復旧に時間がかかる。しかし大きな発電所が多くあり、他地域からの融通システムの強靭性が確保されていれば、停電を最小限に抑えられる可能性が高い。
荻本 米国では、長い配電網の先に住宅や農場がある地域があり、ハリケーンによる配電線の被害の復旧にひと月もかかる例があります。そこで電力会社は、需要側に太陽光発電とバッテリーを設置する代わりに、配電線を撤去した。豪州の乾燥地帯でも、似たような事例があります。日本は国土が広大な2国と状況は異なりますが、「自立」の考え方としては頭に入れておくべきでしょう。