【特集1】岐路に立つ化石エネルギー調達 資源国と培った関係性を生かす


インタビュー:定光裕樹/資源エネルギー庁資源・燃料部長

脱炭素化の潮流は、日本の化石資源調達に抜本的な見直しを迫っている。今後の調達戦略はどうあるべきか。定光裕樹資源・燃料部長は、技術協力を含めたより包括的な資源外交の重要性が増していると強調する。

―さまざまな資源を巡る環境が激変する中、資源・燃料部長に就任されました。

定光 この10年の間、「S+3E」という政策の軸は変わっていませんが、この1、2年ほどでカーボンニュートラルなど脱炭素をめぐる要請が、想定を超える勢いで高まっています。これまで以上に難易度の高い目標が設定され、目標と足下の現実のギャップが格段に広がっています。これから2030年、50年に向けてこれをうまく埋めていく必要がありますし、そのためには国民や企業に、非常に強力な行動変容を促していくことになります。政策の力が試されていると強く感じます。

―資源価格が高騰を続けています。その要因についてどう見ていますか。

定光 石油、石炭、天然ガスなど資源全般の値段が上昇傾向にあり、その要因はいくつかあると考えています。一つは、低金利の中で投資先を探して資金がコモディティに流れ込んでいること。もう一つは、新型コロナウイルス禍の需要減に合わせ生産を縮小していたところ、最近になって想定を上回る需要回復が見込まれるようになり需給ギャップが生じていること。そして、脱化石の潮流の中で化石資源の生産に投資が向かなくなり、供給が細ってしまうのではないかとの懸念を持つ人が増えていることです。こうした要因が組み合わさり、資源価格高騰につながっていると見ています。

30年度も化石比率7割 適正な上流投資確保に懸念

―脱炭素の潮流は不可逆であり、中長期的にはさらにその傾向が強まりそうです。

定光 脱炭素社会の実現に向け、企業はマスメディアや資本市場から投資見直しへの過度な圧力にさらされているように思えます。その影響で、適正規模の上流投資が確保されないリスクが高まっていることを大変憂慮しています。今回のエネルギー基本計画の素案でも、一次エネルギーベースでは30年度時点で7割を化石燃料が占めるとしています。化石燃料が突然不要になるわけではないのです。IEAがネットゼロ・シナリオで上流投資が不要と言っていると誤解されている方も多いですが、四百以上の対策が成就すればという条件付きの話です。国民のみなさまに丁寧に説明し、こうした誤解を解消していかなければならないと考えています。

―上流メジャーが、化石燃料生産への投資を縮小しつつあり、日本の調達への影響が懸念されます。

定光 大変難しい問題です。消費量全体が減っていくとはいえ、資源を輸入する上でさまざまな地政学のリスクがあることに変わりありません。米国が中東への関心・関与を下げている上、東シナ海、南シナ海では中国がプレゼンスを高めています。自主開発比率を可能な限り高めることの重要性が一層増していることを踏まえ、エネ基の素案では石油・天然ガスの自主開発比率19年度の34・7%から30年度に50%以上、40年度に60%以上に引き上げることを目指すこととしています。

 そうは言っても、従来に比べ上流投資を続けるハードルが高くなっていることも事実です。上流開発会社は、メタン排出の抑制、CCS(二酸化炭素の回収・貯留)、電源として再生エネルギーの活用、オフセット・クレジット活用など、カーボンインテンシティ(炭素集約度)を下げる仕組みと組み合わせた開発が求められています。そういった意味でも、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)がしっかりと開発を支援していくことに意義があります。

―トランジションとしてLNGを活用していく上では、基地や導管などのガスインフラ整備への投資が求められます。

定光 今後も想定されるLNGの需給ひっ迫局面においても一定の需給調整能力を持つためには、継続的な上流投資に加え、尤度を持った玉の確保や、基地や導管への投資が確保される必要があります。中国や韓国は戦略的な対応を進めています。今の電力市場が、燃料の安定調達も含め中長期的に必要な投資を確保する仕組みとして十分機能しているか、所管する電力・ガス事業部とも議論していきたいと考えています。

水素やアンモニアも 脱炭素で資源国と協力

―昨年新国際資源戦略を策定しましたが、わずか1年で資源を巡る環境が激変してしまいました。最新の状況を踏まえて、改めて議論するべきではないでしょうか。

定光 そう思います。エネ基では、今後は包括的な資源外交が必要だと記述していますが、資源に関する議論に割く時間が十分だったとは言えません。これまでは、資源戦略と言えば石油と天然ガスの確保がメインでしたが、脱炭素社会を見据えればアンモニアや水素の活用、さらにカーボンリサイクル技術の活用が欠かせません。これまでの資源外交で関係を築いてきた国々の中には、日本よりもコストも含め良い条件で脱炭素燃料を生産できる国がありますので、これからもこの関係を維持し続ける必要があります。

 また、石油・天然ガスを引き取りつつ、日本で排出されたCO2を産出国側で埋めてもらうような選択肢もありますし、そのための技術協力も可能です。実際、そういった脱炭素の技術に関して日本と協力しながらプロジェクトのFS(事業可能性の検証)を進めたいという資源国は多く存在しています。

 米国、オーストラリア、中東諸国、カナダ、ロシアなど、先人が石油、天然ガス、石炭といった資源確保する上で資源国と築いてきた信頼関係は、日本にとって非常に大きなソフトパワーです。脱炭素社会に向け、そのような良い関係性をさらに発展させていかなければなりませんし、より包括的な資源外交を求められると思います。

さだみつ・ゆうき  1992年東京大学法学部卒、
通商産業省(現経済産業省)入省。
資源エネルギー庁資源・燃料部石油・天然ガス課長、
政策課長、石油天然ガス・金属鉱物資源機構理事などを経て
2021年7月から現職。

【関西電力 森本社長】原子力と再エネの両輪で エネルギーの安定供給と脱炭素社会に貢献する


世界が脱炭素化へ大きくかじを切る中、その鍵を握る原子力と再エネに注力する。水素など新たな火力燃料の実現を主導するべく、イノベーションにも果敢に挑戦する。

もりもと・たかし 
1979東京大学経済学部卒、関西電力入社。2015年常務執行役員総合企画本部長代理、
16年取締役副社長執行役員などを経て20年3月取締役社長に就任。
同年6月から取締役代表執行役社長。

志賀 8月2日に美浜発電所3号機、高浜発電所1、2号機、大飯発電所3、4号機について新たな運転計画の見通しを発表しました。これまでと何が変わりましたか。

森本 これまで特定重大事故等対処施設(特重施設)の早期完成に向け、関係者のご協力を得ながら努力を重ねてきました。施設の運用開始時期については「検討中」とご説明してきましたが、今般、運用開始の見通しが立ちましたので、発電所ごとの運転再開、再稼働時期と合わせて発表いたしました。美浜3号機と大飯3、4号機は2022年内、高浜1、2号機は23年の運用開始を計画しています。大飯4号機を除き、設置期限を超えることにはなりましたが、これからも気を引き締めて完成に向け工事を進めていきます。

安全安定運転積み重ね 原子力への信頼高める

志賀 6月には運転開始から40年を超えた美浜3号機が10年ぶりに再稼働しました。その意義についてはどうお考えですか。

森本 地元のご理解を得て、新規制基準施行後、40年超のプラントとして全国で初めて稼働させることができました。今夏は猛暑が続き、安定供給に大きく貢献できますし、将来のゼロカーボン社会実現に向けた意義も大変大きいと考えています。

 一方で、17年前に、美浜3号機において5名もの方が尊いお命を亡くされ、6名の方が重傷を負われるという、大変な事故を発生させてしまいました。当社は発生の8月9日を「安全の誓い」の日と定めています。今年も私を含め関係役員が、美浜発電所構内の「安全の誓い」の石碑の前で、安全の徹底を固く誓い、全員で献花・黙とうを行いました。地元のご理解があってこそ原子力事業を担えるのであり、安全はあらゆる事業活動の基本であることを心に刻み、これからも安全最優先で取り組んでいきます。

志賀 ビル・ゲイツ氏が安定的なゼロカーボン電源は原子力しかないと発言したそうです。ところが第六次エネルギー基本計画では、原子力の位置付けがあいまいになったと言わざるを得ません。

森本 エネルギー基本計画案に対して、様々な意見があると承知しています。50年に向けゼロカーボン社会をどう作っていくのか、また、30年度CO2排出量46%削減へのプロセスを考える上で、さまざまな選択肢を追求していくという観点で示されたものと受け止めています。原子力に対しては厳しい受け止めをされる方も多いですが、安定供給とゼロカーボンへの貢献に向け、安全・安定運転の実績をしっかりと積み重ねていくことで、一人でも多くの方に安心していただけるよう努めていきたいと考えています。

志賀 原子力は将来、新規開発に取り組む必要があります。敦賀3、4号機は現実的なプロジェクトかと思いますが、日本原電単独では難しい。メーカーを巻き込んだPWR(加圧水型炉)グループを作るのも有力かと思うのですが、いかがですか。

森本 原子力の新増設については、現段階でエネ基に示されていません。まず私たちは、将来に備えて既存設備である美浜、高浜の40年超運転を含め実績を確実に積み上げていくことで、原子力への信頼を高めるために地道に努力していかなければなりません。

 一方で、将来に向け、エネルギーセキュリティーなどの観点から、裾野の広い日本の原子力産業、そしてそれに支えられた高度な技術を維持していくためには、東京電力福島第一原子力発電所事故の反省を深く胸に刻み、安全について新しい試みにも果敢に挑戦し続け、たゆまず向上させていかなければなりません。

 将来にわたり、原子力発電を一定規模確保するために、日本全体でどう取り組むのかについては当然、考えていかなければなりません。当社もしっかりと役割を果たせるよう、将来への備えを万全にしていきたいと思います。

【特集1】政府審議会の有力委員が解説 エネ基見直しのポイントと課題


紆余曲折の議論を経てようやく、第六次エネルギー基本計画の全貌が見えてきた。日本のエネルギー政策はどこへ向かうのか。キーパーソン3人に期待と課題を語ってもらった。

〈出席者〉橘川武郎/国際大学副学長大学院国際経営学研究科教授、高村ゆかり/東京大学未来ビジョン研究センター教授、田辺新一/早稲田大学創造理工学部建築学科教授

左から田辺氏、高村氏、橘川氏

―第六次エネルギー基本計画のこれまでの議論について、どう評価していますか。

橘川 米国で気候サミットが開かれた、4月22日の基本政策分科会の会合が象徴的でした。午後5時の「NDC(パリ協定に基づく温暖化ガス削減の国別目標)46%」との速報を受け発言したのですが、その時には保坂伸・資源エネルギー庁長官ら幹部がいずれも席を外していました。このNDCがいかにエネ庁にとって想定外だったかを物語っています。その後、予定されていた会合のキャンセルが相次ぎました。NDCが決まった後にその帳尻合わせでエネルギーミックスを決めるという逆転現象が、議論を難航させたのです。

高村 多くの先進国が社会の高次の目標として気候変動目標を設定した上で諸政策を議論しています。今回のことは政治的に突然出てきたという印象を持つ人が多いかもしれませんが、これが本来です。そういう意味で、菅義偉首相の「カーボンニュートラル宣言」は、エネルギー政策議論の枠組みを大きく変えたと言えます。

田辺 菅首相の宣言は、2050年に向けて日本の産業構造、社会構造が大きく変わっていくというメッセージです。18~19世紀の産業革命を一言で表現すれば石炭エネルギー革命です。これにより社会構造が変わり、機械工業が興り蒸気船や鉄道といった交通革命が起き、近代の住宅、建築、都市が出現しました。今後、われわれが迎えるのはこの産業革命以来の社会構造の変革でありエネルギー革命なのです。このような活動が、産業革命発祥地のイギリスから始まっていることが象徴的です。

―数値目標の実現性をどう考えますか。

橘川 一部には、達成が難しいとか目標が過大であるといった意見がありますが、むしろようやくグローバルスタンダートに戻ったと考えるべきです。現行のエネルギーミックスを策定した15年の「長期エネルギー需給見通し」の会合において、「30年に再生可能エネルギー比率を30%にするべきだ」と主張しましたが受け入れられませんでした。採用されていれば、今ごろは洋上風力発電が秋田県沖に相当数建ち、今度の30%代後半という目標もより現実性を持ったはずです。パリ協定の後にもかかわらず、18年にミックスを変えなかったことは大失策です。

高村 50年のエネルギー政策の方向性については広く了解されていますが、10年でできることは限られ、30年というのは相当に難しいタイミングです。足元でCO2排出量を最大限削減していくと同時に、中長期の脱炭素化に向けて、エネルギーインフラの寿命や投資サイクルを考慮して電源の差し替えを行っていかなければなりません。この時間軸の違う二つの取り組みをうまく実行しなければならないことが、30年の議論をより難しくしています。

【特集1】非連続改革・創造的破壊が不可欠 エネ基本法の根幹は「安定供給」


インタビュー:市村健/エナジープールジャパン代表取締役社長兼CEO

エネルギー基本計画の策定は、2002年に制定された「エネルギー政策基本法」によって規定されている。基本法制定に尽力した故加納時男参議院議員(当時)の秘書だった市村健氏に、その経緯を振り返ってもらった。

―加納氏がエネルギー政策基本法制定に尽力した背景には、何があったのでしょうか。

市村 佐藤信二通商産業相(1997年当時)の指導の下、電力自由化の議論が進む中、米エンロンなどの外資系の参入が見込まれていました。加納氏は東京電力時代に経団連地球環境部会長として97年のCOP3(地球温暖化防止京都会議)に参加していたこともあり、エネルギーの安定供給と環境適合性を大前提に据えた立法措置が必要だという強い考えをお持ちで、結果的にそれが基本法の立法化につながりました。

 98年に初当選した翌年の9月に東海村JCO臨界事故が発生し、原子力に対する強い風当たりからエネルギー政策、特にセキュリティーが脆弱化するリスクが顕在化しました。そこで、政策を個別法制で検討するのではなく、基本に返って議論しなければならないとの思いを強くしたようです。

―基本というのは。

市村 水力、火力、原子力そして再エネといった各電源の光と影を検証し、電源の長所を生かしながら短所を補完しなければならないということです。大切なことは、安定供給と地球温暖化対策を前提としつつ、日本の国是や国情に合ったエネルギー政策の根幹を法制化すること。それがエネルギー政策基本法の本質だといえます。

 わが国では電力システムとして国際連系線がなく、周波数が東西で分かれており、その上、自然災害が多く地下資源がない。こんなハンディキャップを負う国は日本だけです。ゆえに、セキュリティーを大前提に据えなければ国家体制を維持することが難しくなる。どの政策をいかなる順に遂行していくか、客観的かつ定量的に考えなければなりません。

―基本法制定までにどのような紆余曲折がありましたか。

市村 基本法は14条しかない短い法律です。しかし、与党内や野党、行政府である経済産業省などとの調整に時間を要しました。私はその調整を任されたのですが、三つの原則を守るように指示を受けました。一つ目は、基本法なのでいわゆる「数字合わせ」はしないこと、二つ目は立法趣旨に沿うのであれば要望は極力盛り込むこと、そして三つ目が一番大事なのですが、第二条の「信頼性および安定性の確保」、第四条の「安定供給と環境適合性を満たした上での市場原理の活用」については絶対に譲るなということです。

―そうした経緯を踏まえて、今のエネルギー政策議論をどう見ていますか。

市村 鋼の決意が求められます。2030年度温暖化ガス46%削減の目標は、これまでの延長線上で達成できるものではなく、非連続改革、創造的破壊がなくては実現できません。しかしながら、達成できるわけがないと厭世的な雰囲気がまん延していることが心配です。ゼロエミとエネルギー自給率を向上させるには、一次エネルギーとしての再エネを主軸に原子力を活用することです。日本の地政学的現実を見据えながら、政策を描いていくべきだと思っています。

いちむら・たけし  1987年慶応大学商学部卒、東京電力入社。
米ジョージタウン大学院MBA修了。原子燃料部、総務部マネージャー
などを歴任。15年6月から現職。

【東邦ガス 増田社長】持続可能な社会の実現と中部地区のさらなる発展に技術とサービスで貢献する


エネルギー市場競争の激化と脱炭素社会実現に向けた大きな政策転換―。事業を取り巻く環境が激変する中で社長に就任した。生き残りの鍵を握るのは、やはり「技術」。「技術畑」出身社長の手腕に期待がかかる。

ますだ・のぶゆき 名古屋大学大学院工学研究科(機械工学専攻)修了。
1986年4月東邦ガス入社。取締役常務執行役員、取締役専務執行役員などを経て
2021年6月28日社長に就任。

志賀 6月28日に社長に就任されました。まずは抱負をお聞かせください。

増田 2017年の都市ガス小売り全面自由化から4年目を迎え、業界を取り巻く環境は激変しています。電力を含めたエネルギー市場競争は激しさを増していますし、22年4月には導管部門の法的分離が控えています。

 昨年来の新型コロナウイルス禍に伴い、業務やサービスのデジタル化が急速に進んでおり、そうした新しい技術を活用したサービスの開発競争も始まっているのに加えて、菅義偉首相が掲げる50年カーボンニュートラル実現という政府方針に、事業を適合させていかなければなりません。こうした激動期に社長を任されたことに、責任とやりがいを感じているところです。

志賀 大学院では機械工学専攻されたとのことですが、東邦ガスに入社されたきっかけは何でしたか。

増田 当時は、現在のように就職活動らしいことをするわけではなく、先輩社員に話を聞く機会があり入社を決めました。とはいえ、就職するからには世のため人のためになるような仕事がしたいと考えていたので、その希望に沿う会社であることは大きな決め手になったと思います。その時先輩に「東邦ガスは人をとても大事にする会社だからいいぞ」と言われまして、実際その通りで入社してからも本当にファミリーのような会社だと感じました。

【東北電力 樋口社長】「スマート社会実現事業」を成長事業と位置付け早期の収益化を目指す


「スマート社会実現事業」の推進に向け、その中核を担う「東北電力フロンティア」を設立。デジタル技術やイノベーションを通じて、地域の方々の未来の暮らしを支える。

              ひぐち・こうじろう
              1981年東北大学工学部卒、東北電力入社。
              18年取締役常務執行役員発電・販売カンパニー長代理、
              原子力本部副部長、19年取締役副社長副社長執行役員
              CSR担当などを経て20年4月から現職。

志賀 東日本大震災から10年を迎えました。東北の復興状況についてどう見ていますか。

樋口 震災により、地域はもとより、当社グループとしても甚大な被害を受けた中で、この10年間は被災地域によりそい、ともに歩みながら、電力設備の復旧、その後のレジリエンス強化と電力の安定供給、そして地域の復興に向けて懸命に取り組んできました。

 一方、震災10年を機に、岩手、宮城、福島県と、震災を伝える被災各地の「伝承館」を訪れましたが、道路や鉄道などのインフラを中心に一定の進捗は見られるものの、被害を受けた産業や生業の再生が、業種によっては思うように進んでいないという印象を強く持ちました。

 特に福島県双葉町の帰還困難区域については、当時の様子がそのまま残されています。いまだに避難生活を送られている方々、困難な状況を克服するために懸命に努力されている方々が大勢おられることを踏まえると、復興は道半ばと言わざるを得ません。当社としてもそうした状況であることを念頭に、これからも被災地に寄り添う経営を心掛けていきます。

志賀 政府が2050年カーボンニュートラルを掲げています。どう達成していく考えでしょうか。

樋口 技術的なブレイクスルーやイノベーションが不可欠である、極めてチャレンジングな目標であると認識しています。達成には国を挙げて技術開発に取り組む必要がありますが、積極的に挑戦することは、企業価値の向上につながりますので、当社の経営にとっても重要な課題と捉えています。

 3月には、長期的な方向性として「東北電力グループ“カーボンニュートラルチャレンジ2050”」を取りまとめました。「S+3E」の確保を大前提に、再生可能エネルギーと原子力発電の最大限の活用や火力電源の脱炭素化に加え、電化の推進や分散型エネルギーの活用とエネルギー利用の効率化によるスマート社会実現に取り組むなど、供給と需要の両面から取り組みを推進していくことで、カーボンニュートラルに挑戦していきます。

【中国電力 清水社長】成長領域での利益拡大へ エネルギービジネスの 新たな可能性を追求する


厳しい市場競争にさらされる中、中国電力にとって収益性向上は大きな課題だ。「環境」 と「成長」の両輪で、新たなエネルギービジネスに取り組み、成長領域での利益拡大を目指す。

しみず・まれしげ
1974年大阪大学基礎工学部卒、中国電力入社。2007年執行役員・電源事業本部副本部長、09年常務、11年副社長、16年4月から現職。

志賀 送配電部門の分社によりスタートした2020年度でしたが、振り返ってみていかがでしたか。

清水 昨年4月に中国地域の送配電事業を担う中国電力ネットワークが始動しました。事前にしっかり準備してきたこともあって、大きな混乱もなく新体制に移行でき、台風などの災害や年末以降の電力需給逼迫においても、両社が連携して対応することができました。引き続き、電力の安定供給に努めてまいります。

志賀 決算を踏まえた経営状況については、どう見ていますか。

清水 20年度連結決算は、競争進展に加え、新型コロナウイルス感染症の影響に伴う上期の生産活動の停滞などにより小売り販売電力量が減少したほか、電力需給逼迫に伴う燃料や電力の調達費用の増加などにより、 16年度以来4年ぶりの「減収・減益」という厳しい結果となりました。

 電力需給逼迫については、数年に一度レベルの強い寒気の影響で全国的に電力需要が急増したことに加え、発電用燃料在庫が減少したことなど、さまざまな要因が同時に重なったことによるものと考えています。当社グループの業績への影響としては、連結経常利益ベースで150億円程度の減益要因となりました。需給逼迫の経緯と原因や今後の対策については、国の審議会で検証・検討されていますが、当社としても電力の安定供給の確保に向けて最大限努力していきます。

 このように厳しい経営環境にありますが、業績の回復には電気事業の収益性の向上が不可欠であり、総販売電力量の低下に歯止めを掛けるとともに、グループを挙げてより一層の効率化を進め、利益のさらなる上積みに取り組んでまいります。

 こうした取り組みを進めるため、昨年1月に、当社グループの将来を展望した新たなグループ経営ビジョン「エネルギアチェンジ2030」を策定しました。足元の経営状況をしっかりと検証し、軌道修正を図るという一連のPDCAサイクルの中で、30年度の目標達成に向け着実に取り組みを進めていきます。

【特集1】供給力減少が誘発する停電危機 システム改革で責任主体不在の死角


今年度夏・冬季の電力需給ひっ迫懸念を機に、必要な供給力を確保するための仕組みづくりが進んでいる。同時に、あいまいになっている発電、送配電、小売り各事業者の責任の明確化も求められている。

「こんな直前で危機が顕在化するとは。ある程度予測できていたこととはいえ、火力電源の不採算化がそれだけ急速に進んでしまっているのだと実感している」

今年度夏・冬の電力需給ひっ迫懸念について、電力業界関係者の一人はこう話し、発電事業を取り巻く厳しい事業環境が安定供給に黄信号を灯している現状に憂いを募らせる。

電力広域的運営推進機関が4月にまとめた「電力需給検証報告書」によると、夏は万全とは言えないがかろうじて必要な供給力を確保している。より深刻なのは冬で、2022年2月には、中部、北陸、関西、中国、九州で「厳寒H1需要(10年に1度の厳寒を前提とした最大電力)」に対する予備率が最低限必要とされる3%ギリギリ。東京に至っては、このまま何の手立ても講じなかった場合、1月にマイナス0・2%、2月にマイナス0・3%と、供給力が最大電力需要を下回ってしまう。

これは、例年通りの気候であれば問題ないが、万が一、厳しい寒さが到来したり大規模電源の計画外停止などがあったりした場合、電源不足により停電しかねない状況にあることを意味している。

前年度の冬に、火力燃料のLNG不足に伴う全国的な停電危機を乗り越えたばかりなだけに、エネルギー行政を所管する経済産業省の危機感は強い。梶山弘志経産相が5月の記者会見で、「ここ数年でもっとも厳しい見通しとなっている」と電力需給に関する異例の言及を行ったことからも、切迫した様子がうかがえる。

不採算火力の整理加速 コスト回収の仕組みが課題

需給ひっ迫懸念の背景にあるのは、採算性悪化に伴う火力発電所の休廃止が相次いでいることだ。確かに、20年度と21年度の夏と冬の高需要期の供給力を比較してみると、7月に300万kW、1月に400万kW、2月に550万kWと、供給力が大きく減少していることが分かる。

2020/2021年度供給計画における供給力比較  出典:広域機関

【特集1】新設市場の創設は意義ある対策 大改革につながることを期待


インタビュー:松村敏弘/東京大学社会科学研究所教授

短期的な需給懸念への対応に加え、長期的な対策が求められている。松村敏弘・東京大学教授は、効率的な市場設計の重要性を強調する。

―昨今の電力需給懸念の要因をどのように見ていますか。

松村 将来の安定供給確保に向け、容量市場創設などの対策をこれまでも講じてきました。容量市場の受け渡しが始まる2024年度時点の容量が確保されれば、その電源が21~23年度も休止されるわけではないので大丈夫だという楽観論が一部にあったのは確かです。しかし電源のリプレースが24年には間に合うが、その前に休廃止する電源が多くあれば過渡期的に容量が足りなくなることはあり得ます。その意味で、24年度以降とそれ以前とでは問題の構造が少し違います。

 今回の事態は、JERAが総括原価と地域独占と公益事業者特権に守られていた時代に建設した老朽火力を、安直に休止したことが要因だと強く疑っています。老朽火力を廃止すれば、将来の容量価格やスポット、調整力市場価格をつり上げられるので、支配的事業者にとって経済合理的な行動ではあるものの、それを安易に許してもよいのか疑問です。将来は、市場支配力を行使しなくても、容量・スポット・調整力などの市場からの収入で、適切な電源が維持される制度を整備する必要があります。

―供給力の不足分については、調整力の追加公募で調達されることになりました。

松村 文字通り調整力公募であれば、デマンドレスポンス(DR)をはじめ多様な電源が参加できます。しかし、今回手を挙げられるのは、現時点で供給力として見込めない電源だけです。休止中で、かつ今回の調整力公募に手を挙げなければ動かない電源に限定されますので、候補は限定的です。今回の懸念を招いたJERAの姉崎火力の名前が挙がっており、ほぼここに決め打ちにならないか懸念しています。安易に火力を休止し、危機をあおって利益を得る先例とならないよう、仮に競争的な調達ができなくとも、高い調達価格にならないよう運用には慎重を期す必要があります。

―新規投資の促進のため、長期間固定収入を確保する仕組みの導入も提案されています。

松村 容量市場に加え、新設の市場を設け長期に価格を固定することは意義のある対策で、大きな改革につながると期待しています。新設の誘因が適切に与えられることで、現行の容量市場は既設の維持の目的が明確になり、新設電源をベースにNet―CONE(指標価格)を算定する必要がなくなり、約定価格を下げることができるかもしれません。

 消費者負担を増やすだけで安定供給につながらないとの懸念から、内閣府の再生可能エネルギータスクフォース(TF)は容量市場の凍結を求めています。さらに仕組みが複雑化すると、この考えにも肯定的ではないかもしれません。しかし、二つの市場を作ることで仕組みがシンプルになり安定供給上の信頼性向上につなげることは可能です。政策形成、市場への信頼性が揺らがないよう、TFにも納得してもらえる効率的な市場を設計するためにも、これからが制度議論の正念場となります。

まつむら・としひろ  1988年東京大学経済学部卒。
博士(経済学、東京大学)。大阪大学社会経済研究所助手、
東京工業大学社会理工学研究科助教授を経て現職。
専門は産業組織、公共経済。

【特集1】発電と小売りのニーズをマッチング 火力電源の過剰退出に歯止め


インタビュー:小川 要/資源エネルギー庁電力基盤整備課長

事業環境の悪化に伴い、CO2を排出する火力電源の退出が急速に進んでいる。どのような対策を講じるべきか。電力基盤整備課の小川要課長に今後の議論の方向性を聞いた。

―今年度に入り、突如夏・冬季の電力需給への懸念が顕在化しました。その要因は何でしょうか。

小川 小売り全面自由化と送配電分離を経て、電気事業を取り巻く環境は大きく変わりました。採算性が悪化し、維持することが困難になった電源の休廃止は発電事業者にとって当然の選択肢です。市場競争が進展すれば、構造的にいずれこうした問題が起きることは当然予想されてはいましたが、その予想を上回るスピードで電源の休廃止が進んでいるのは確かです。それだけ急速に、火力電源が経済性を失っているということでしょう。

 2024年度に容量市場が始まれば、落札電源は卸電力市場での売電収入とは別に一定の収入を得ることができるようになります。ですが、21~23年度は容量市場の収入がありません。今後も退出が進むことが考えられるため、過剰な退出を止める手立てを講じる必要があります。

―大手電力会社の小売り部門がシェアを落とし、市場調達依存の新電力がシェアを伸ばしていることが影響しているようです。

小川 トータルの需要が減っていいないにもかかわらず、電源の過剰な退出により供給力が減ってしまうような事態は何としても避けなければなりません。発電側が売り先に困っており、新電力は電源確保に苦労しているにもかかわらず、お互いの条件が合わずになかなか相対契約に至らないケースがあると聞きます。双方のニーズをマッチングさせ、需給をバランスさせるための仕組みを検討していきます。

―今年度冬の東京エリアの予備率不足の解消のため、送配電事業者による調整力公募のスキームを活用し追加の供給力を確保することになりました。

小川 供給力を十分に確保しきれていない小売り事業者に代わり、送配電事業者が調整力公募の形で供給力を調達することになりました。その費用については、託送料金として小売り事業者が負担することになります。

 東京エリアでは年度当初、22年1、2月の厳寒H1需要に対し予備率を3%確保するには、約150万kWの供給力が不足する見込みでした。それが今回、発電事業者に補修点検時期の調整などで協力いただいた結果、約100万kWの供給力を追加確保できました。調整力公募で調達するのは、残りの約50万kWとなります。

―老朽火力の退出を抑止しても、長期的な安定供給確保の対策にはなりません。

小川 現行の容量市場では、新設投資の促進には必ずしも十分でないことから、新規電源投資について長期間安定的に収入を確保できる仕組みの導入に向けた検討を進めており、その検討を加速化する必要があります。

―それは脱炭素に資する電源が対象になるのでしょうか。

小川 対象をどうするかは今後の議論ですが、カーボンニュートラルを目指す中で、何ら対策を講じない従来型の火力が対象になるのは難しいのではないでしょうか。

おがわ・かなめ  1997年東京大学法学部卒、
通商産業省(現経済産業省)入省。
経済産業政策局政策企画官、
電力市場整備室長などを経て2020年6月から現職。

【特集1】需給ひっ迫は繰り返されるのか 脱炭素偏重のエネルギー政策を斬る


需給ひっ迫懸念の背景には、安定供給を担ってきた火力電源の退出加速がある。発電、小売り双方の立場から、制度や事業者の在るべき姿を語ってもらった。

〈出席者〉 A発電事業関係者  B大手電力関係者  C大手エネルギー関係者  D新電力関係者 

―梶山弘志経済産業相が、今年度夏・冬季の電力需給ひっ迫懸念に言及した。

A 電力小売り自由化や脱炭素化に向けた動きなどさまざまな背景がある中で、発電事業者は火力発電所を減らす方向にかじを切りつつある。この状況下で、供給力確保の対策を取ってこなかった影響が出てきたということだろう。これを機に、真剣に対応していただきたい。供給力を掘り起こそうと、資源エネルギー庁は4月に1カ月かけて発電事業者に契約の見直しなどを働きかけたが、結局何も出てこなかった。自家発も含め、打てる手は既に打っているから当然のことだ。梶山大臣の発言には、打開策があまり残されていないことへの焦りが見えた。

B 確かに、通常は冬の供給力不足については秋ごろに手当てするので、警告が早めにきた印象だ。秋には容量市場のオークションが控えているし、約定価格が高いなどと不満が出る前に、ノンヘッジの新電力は供給力を確保しておくようにとの警告と受け止めたよ。一方で、調子に乗って石油火力を閉めるなという大手電力会社へのメッセージでもあるんじゃないかな。

C 次の夏冬と、この1月の電源・需給状況はほぼ同じなのに、1月にはここまでのことは言わなかった。でも今回は言うんだよなと思った。4月にJERAの姉崎火力5、6号機が長期計画停止に入ったことが、東京エリアでの次の冬の需給ひっ迫懸念の引き金を引いたわけだけど、その姉崎が調整力(電源Ⅰ)の追加公募で再稼働するというのはなかなかひどい話。だけど、kW収入を受け取らないと立ちいかないところまで不採算化が進んでしまったのだろう。

D 梶山大臣の発言は、日本全体の需給を考えると必要だったのかもしれないが、新電力にとってはタイミングも含めて正直痛かった。冬の市場価格高騰で打撃を受けて、夏に向けてどういう調達を固めていこうか、まさに検討していたところだったからね。売り手が強気になる材料になったし、実際、調達しようとしていたポジションの中で条件が厳しくなった。長期のヘッジニーズは今後も継続するだろう。

梶山経産相の発言を契機に、さまざまな対策が講じられている

【特集1】日米欧の電力需給状況を検証 供給信頼度の評価と対策


小笠原潤一/日本エネルギー経済研究所研究理事

日本のみならず欧米でも、短期評価の段階で需給ひっ迫リスクが顕在化することが多い。日本エネルギー経済研究所の小笠原潤一研究理事は、長期的な電源廃止リスク評価の難しさをその理由に挙げる。

電力広域的運営推進機関による2021年度供給計画の策定に当たっての短期信頼度評価において、今年度夏・冬の需給ひっ迫リスクが明らかになった。需給ひっ迫リスクは設備的な対応が必要となることから、本来であれば中期ないし長期の信頼度評価において明らかになることが望ましい。ところが、供給計画に休廃止が反映されるのが直前であることから今回、短期評価の段階で顕在化することになった。

実は欧米でも、実際の需給の直前である夏季・冬季信頼度評価でこうした需給への懸念が指摘されることが多い。21年夏は、米国でも西部系統を中心に猛暑時の需給ひっ迫懸念が指摘されており、設備的な対応が間に合わないためカリフォルニアISO(独立送電機関)は輸入の確保に努めている。

こうした現象が生じるのは、休廃止容量の予測が著しく難しいためだ。例えばNERC(北米電力信頼度協議会)の長期信頼度評価では、22年におけるニューヨーク州の石炭火力を18年時点では101万kWと想定していたが、20年評価ではゼロに。18年評価でストレステストとして想定した70万kWよりも厳しい結果だ。

実際には時間の経過とともに廃止容量が追加的に積み上がることが多いが、中長期信頼度評価では発電所ごとの廃止計画に基づいて供給力を評価するためそうしたリスクが反映されていない。NERCは、地域の信頼度評価を行う組織に対し既設発電所の廃止リスクを踏まえた感度分析を推奨しているが、シナリオの想定方法に確立した手法が存在していないことから、実際の評価は困難だ。

一方欧州では、確率論的信頼度評価を行うことが規制で決まっており、ACER(欧州エネルギー規制協力庁)が廃止確率の経済的評価のモデル化の手法を定めてはいる。しかしそれも、具体的な手法と呼べるものではない。欧州の送電協会であるENTSO―Eは、アンケート調査に基づき追加的電源廃止を評価しようと試みたことがあったが、信頼的な評価手法ではないため至近の評価では使用されていない。

ENTSO―Eにおける各電源の設備容量の前年比較

【特集1】今冬の電力危機はなぜ起きたのか 脱炭素と安定供給の両立策を提起


1月の電力需給のひっ迫は、安定供給のための燃料確保策と市場機能の問題点を浮き彫りにした。有識者らは、現行制度の延長ではさらに深刻な危機に陥りかねないと警鐘を鳴らす。

【寄稿①】大規模停電を回避する施策 インフラ整備と卸市場改革が急務

山田 光/スプリント・キャピタル・ジャパン代表取締役

1月の電力の需給ひっ迫は、燃料供給の滞り、そして適切な価格シグナルの発信によって自家発電機やデマンド・レスポンス(DR)といった需要側の迅速な参加が得られなかったという、日本の電力供給システムの構造上の問題を浮き彫りにした。本稿では、それぞれの問題点について取り上げ、解決策を提示したい。

日本の主な発電燃料であるLNGには、国内にもアジアにも卸市場がなく、市場プレーヤーによる需給調整機能がない。LNG基地が(ほかのアジア諸国を含め)開放されておらず、貯蔵設備を使ったタイム・スワップやロケーション・スワップが実質不可能なのだ。

その結果、供給国との相対契約に基づく調達は、買い手企業の需要予測ミスにより在庫ショートとなるか、逆に極端にロング・ポジションとなってしまう。さらに、本来は調整弁であるスポットの取引価格は、暴騰・暴落するだけで量の調整ができていない。実際、北東アジアのLNGスポット価格の指標となるJKM(日本・韓国への持ち届け価格)は、2~32ドルとボラティリティーが高い。

有効な対策は、日中韓と台湾とで貯蔵設備の利用ルールを策定し、市場取引を拡大させることだ。LNG貯蔵インフラの整備と第三者利用の促進は、今回のような需給ひっ迫時における「民間備蓄」に加えて有用である。

ただ、45日分のLNGを備蓄しようとすれば、既存の貯蔵設備だけでは不足する。さらに地点間の融通という点からは、パイプラインに制約がある日本ではリロード設備が重要な役割を果たすが、ほとんど整備されていない。

政府はアジアでのLNG利用を後押ししており、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)はアジアでの貯蔵設備のファイナンスを支援しているのだから、国内の設備投資を支援する制度があればよいと考える。

LNGの需給調整機能にはリロード設備も欠かせない

燃料は国際財であり、LNGの需要予測についてはアジア大で実施する必要がある。今回の需給ひっ迫では、4割をスポット調達している中国勢による奪い合いがあったと聞く。日本に寒波が来るということは、中国大陸北部に大寒波が到来することを意味する。LNG調達においては中国の気候の中長期予測が非常に重要なのだ。

【特集1】大停電回避へあの手この手 極限の危機対応の最前線


全国同時に電力需給がひっ迫するという、日本の電力史上初めてといえる事象が発生した。最前線で対応した関係者の話からは、いかに瀬戸際の大規模停電回避だったかが見えてきた。

電力広域的運営推進機関
全国の送配電をとりまとめ 先手の対策で安定供給を確保

日本全国で同時に電力供給が危機に陥るというかつてない事態。大規模停電の回避に向け、対応の中心的役割を担っていたのが電力広域的運営推進機関だ。

広域機関による電力融通指示は、局地的に需給が厳しくなり始めた昨年12月半ば頃から、単発的に何度か出されていたが、あくまでも需給がひっ迫する一エリアに対し、ほかの余裕のあるエリアから融通するという通常の対応だった。

ところが年明け1月5日ごろになると、対応の局面が一変する。ひっ迫エリアに融通する側だったエリアも厳しい状況になり、それが日を追うごとに全国に広がったのだ。6日0時には、金本良嗣理事長を本部長とする「非常災害対応本部」を初めて設置し、組織を挙げて対応に当たることになった。

「まさに異例尽くしの対応に追われた」と振り返るのは、宮本賢一渉外・国際室長。他エリアに融通すれば自エリアの供給に支障が出かねない―。そのような状況下で融通指示するに当たっては、時間帯によって最も厳しいエリアが融通を受けられるよう腐心した。

資源エネルギー庁と一体で、各エリアの一般送配電事業者と常にオンラインによる情報共有・協議を重ね、エリアごとの需給や燃料在庫などの情報を共有しながら3時間ごとの指示の方針を決定。同じ日でも時間帯によって、融通する側と融通を受ける側が入れ替わっていたのはこのためだ。指示は16日までに218回を数えた。

需要が少しでも上振れたり、天候の悪化で太陽光発電や風力発電の出力が予想よりも低下したり、トラブルで火力発電所が停止したりすれば、即需給バランスが崩れ大規模停電に至る恐れがある。

「実需給の2時間前に不足することが分かっても、打てる手は限られ間に合わないかもしれない。そうならないよう、あらゆる手立てを先んじて打った」(宮本室長)

具体的には、発電事業者などに、フル出力で発電所を稼働させるとともに余剰電力を市場に投入することを指示。また、地域間連系線の制約で融通できないということがないよう、運用容量拡大に踏み切った。連系線の運用容量は、供給信頼度で決まるが、今回は融通できないことによる停電リスクの方が高いと判断した。

さらには、一般送配電事業者に対し電気の使用者に影響しない範囲内で供給電圧調整を実施することも依頼、需給バランスの改善を図った。こうしたこれまでの常識からは考えられないような対応からも、まさに綱渡りの安定供給だったことが分かる。

全国的に需給が厳しく、いつ緩和されるのかさえ見通せない中で、広域機関の職員らは24時間体制で誰も経験したことのない手立てを試行錯誤・改善しながら繰り出していった。広域的な需給運用が必要な状況下で、複数事業者の情報を集約し迅速な調整を図る上で広域機関が果たした役割は大きい。

【特集1】世界各地で模索続く電力需給対策 制度設計の教訓にどう生かすか


テキサス州で発生した大寒波に伴う大停電は、危機を想定した電力システムの在り方に課題を投げかけた。1月の電力不足を何とか乗り越えた日本は、これらを制度設計の教訓としてどう生かすべきか。

2月中旬、北米の広い範囲を記録的な大寒波が襲った。氷点下の厳しい寒さで暖房需要が増大する一方、風力発電所のブレードやタービンの凍結、燃料制約によるガス火力発電所の計画外停止により電力需給がひっ迫。南部のテキサス州やルイジアナ州では停電が発生した。

中でも深刻だったのはテキサスだ。同州の系統・市場運営機関であるERCOT(州電気信頼性評議会)は、14日午後7時ごろに冬季の過去最大電力6922万kWを記録した後、15日午前1時半ごろに計画停電を開始した。複数の発電機が計画外停止し、周波数が59・302Hzまで低下(低周波数負荷遮断は59・3Hzで設定)したためで、周波数を回復することでブラックアウト(全域停電)の回避を図った。

これについて日本エネルギー経済研究所電力・新エネルギーユニットの小笠原潤一研究理事は、「計画停電開始後の午前5時半ごろ、原子力発電(約130万kW)が計画外停止しており、実施に踏み切っていなければブラックアウトに至っていた可能性がある。それを回避できるギリギリのタイミングだった」と話す。

大寒波に見舞われた米テキサス州は冬の最大電力を記録した

17日に計4600万kWが系統から脱落するなど苦しい需給の下、計画停電は18日まで続き、500万軒が影響を受けることになった。これを反映する形で、リアルタイム市場価格は15~18日の4日間にわたり上限の1MW時当たり9000ドルに達した。3月に入り同州最大の電力小売事業者ブラゾス・エレクトリック社が、日本の民事再生法に当たる連邦破産法11条の適用を申請するなど、その余波はいまだに続いている。

石炭火力が大量退出 ガスへの依存進む

停電被害の責任を取る形でERCOTの幹部は退任に追い込まれた。猛暑・寒波時に同州で需給ひっ迫する危険性が高まっていることは、既に2018年ごろから指摘されてきたことだ。にもかかわらず、なぜ対策が取られてこなかったのか。前出の小笠原氏は、「同州では11年2月と14年1月に寒波による需給ひっ迫が起きたのを機に、州公益事業委員会が冬季に高い信頼度を維持するのに不可欠な設備への凍結対策を指示し一定の効果を上げていた。だが、ガスの生産・供給設備については規制が異なるため、対策が進まなかった」との見方だ。

ただ、14年当時と比べると電源構成は大きく変化している。風力が大量に入ったことでガス余りを招き、価格が大幅に低下。それに対抗できなくなった石炭火力の大量退出が続き、ベースロード電源におけるガス火力依存が急速に進んでいるのだ。そんな電源構成でありながら、ガス火力が十分な機能を果たせるよう、生産設備の凍結対策がなされてこなかったという点では批判は免れない。

小笠原氏は、「テキサスの需給ひっ迫は、ベース電源である石炭火力の廃止と、燃料制約によるガスの供給不足が主因であり、日本の1月の需給ひっ迫と類似性が高い」と指摘した上で、「需給が厳しくなりやすい状況は、日本とテキサスに限ったことではない」とも明かす。

この冬は、世界的な低気温で英国やベルギーなど欧州各国でも、1kW時当たり400~500円を付け、厳しい需給状況が卸市場価格から見て取れた。英国では、1月8日に供給力の不足から容量拠出指示が出されている。実際の容量拠出はなかったとはいえ、ここからも需給がひっ迫しやすい状況がうかがえる。

これらの国・地域で共通しているのは、再エネ大量導入と自由化による競争促進で、不採算の電源に投資が起こりにくいという点だ。政策として再エネを導入する一方、石炭・天然ガス火力と原子力発電設備の閉鎖を進めている米カリフォルニア州でも、昨年8月に2日間にわたって計画停電が実施されたことは記憶に新しい。