【特集1】欧州エネルギー危機で顕在化 世界の天然ガス市場を覆う暗雲


欧州のエネルギー危機を契機に、天然ガス・LNGを取り巻くさまざまな課題が浮き彫りになった。脱炭素化とエネルギー安定供給、セキュリティーの同時達成へ、日本は世界のルールメイクをリードできるか。

「プーチン大統領の一言で欧州の天然ガススポット価格が乱高下し、それにつられてLNGスポットも変動してしまう。これほどまでに世界の天然ガス・LNG市場の不確実性、不透明性が高まったことがあっただろうか」

エネルギー業界関係者がこう語る通り、世界の天然ガス・LNG市場は、需給と価格の両面で、かつてないボラティリティにさらされている。そこには、脱炭素化と再生可能エネルギーシフト、LNG需要国としての中国の台頭、欧米とロシアの関係悪化―など、さまざまな要素が複雑に絡み合っている。

海外からのLNG輸入に依存する日本の電力・ガス会社は、エネルギー自由化や再エネ拡大によって、長期・短期の需要を把握しづらくなりつつある中、こうした新たなボラティリティに直面し、調達戦略を描くための予見可能性は低下する一方。難しいマネジメントを迫られているのが実情だ。

エネルギーを巡る混乱は終息しそうにない   出典:ロシア大統領府ウェブサイト

年末年始もTTFが乱高下 一時はJKMを超える

そもそも今起きている市場の混乱は、天然ガスの最大の市場であり、脱炭素化に急進的に取り組んできた欧州に端を発している。昨冬、厳しい寒さの影響で地下貯蔵量が激減したところに、風力発電の出力低下でガスの消費がさらに進み、需要の4割を占めるロシアのパイプラインガスの供給減も相まって、十分に在庫を回復しきれないまま今冬を迎えた。2021年末の地下貯蔵量は、20年末の75%に対し56%とかなり低く、このままでは今春にも10%を切り、最悪の場合、枯渇もあり得るとさえ言われている。

LNGの大半を長期契約で調達している日本とは異なり、欧州では7~8割をスポット市場で調達している。このため、昨秋からのガスをはじめとする化石エネルギー価格の高騰は、電気やガス料金の上昇という形で企業や家庭の収支を直撃。各国とも、さまざまな対策を講じなければならなくなるほどの混乱をきたしている。

欧州の天然ガス指標価格であるオランダ「TTF」は、低い在庫状況を背景に、年末年始も市場が日々のニュースに反応。価格が乱高下を繰り返した。

12月第2週から急上昇し、寒波に見舞われたロシアが国内供給を優先したことで欧州向けのヤマルパイプラインによる供給量がゼロになった21日には、100万BTU(英国熱量単位)当たり60ドルと、過去最高値を記録。通常、北東アジアのLNG価格の指標「JKM」を上回ることはないが、この間は大幅に超えていた。

それからわずか3日後の24日には、暖冬予想が発表されたことや米国発の北東アジア向けLNG船が転売され欧州に向かったことなどから急落。ところが、1月1日にインドネシア政府が同月中の石炭輸出禁止を発表すると再び上昇し、それ以降はウクライナ情勢の緊迫化などが影響し、1月中旬時点で30ドルを超える水準を維持したままだ。

【九州電力 池辺社長】九州から脱炭素をリード ゼロカーボン社会を共創しグループの発展につなげる


政府のカーボンニュートラル政策に合わせ、グループが目指す環境目標を引き上げた。低・脱炭素のトップランナーとして、九州から日本の脱炭素をリードしていく。

【インタビュー:池辺和弘/九州電力社長】

志賀 第六次エネルギー基本計画で、2050年カーボンニュートラル(CN)の実現と、30年度の温室効果ガス(GHG)46%削減(13年度比)に向けた政策の方向性が示されました。

池辺 50年CNの実現に向け、将来の社会情勢や技術革新といった多くの不確実性が伴う中で、特定の技術に決め打ちせず、あらゆる選択肢を追求する方向性が改めて示されたものと認識しています。30年のGHG46%削減に向けては、非常に限られた時間軸の中で対応していく必要があり、目標の達成には多くの困難が予想されます。また、安全性の確保を大前提に電力の安定供給を第一とし、経済効率性と環境への適合を図る「S+3E」の同時達成に向けた取り組みを進めていくことが必要と受け止めています。 この削減目標の達成には、消費側(需要)と発電側(供給)の両面で取り組んでいく必要があり、需要面ではより一層の電化の推進に取り組むことが重要です。一方、供給面では、自社開発を含めた再生可能エネルギーの最大限の導入、安全を大前提とした原子力の最大限の活用と火力の一層の高効率化や技術開発などに取り組まなければなりません。

環境目標を上方修正 具体的な行動計画示す

志賀 九州電力としての具体的な取り組みは。

池辺 当社はGHGの排出削減に努め、九州から日本の脱炭素をリードする企業グループを目指します。低・脱炭素のトップランナーとして、社会のCN実現に大きく貢献するため、昨年11月には九電グループが目指す50年のゴール、そして30年の経営目標として位置付ける環境目標を上方修正し、これらの達成に向けたKPI(重要業績評価指標)などを含む具体的行動計画を示す「カーボンニュートラルの実現に向けたアクションプラン」を策定しました。

 その中で「電源の低・脱炭素化」については、九電グループの強みである地熱や水力に加え、バイオマスや導入ポテンシャルが大きい洋上風力の開発推進による「再エネの主力電源化」、安全最優先と地域の皆さまのご理解を前提とした将来にわたる「原子力の最大限の活用」、省エネ法で定められるベンチマーク指標の達成に向けた火力発電のさらなる高効率化や、水素・アンモニアといった新技術の適用などによる「火力発電の低炭素化」などに全力で取り組むことを明記しました。また、海外事業においても、各地域のニーズに応じた再エネ開発・火力発電の低炭素化・送配電事業などに取り組み、立地国のCNの実現に貢献していきます。

八丁原発電所(大分県九重町)をはじめ地熱発電は引き続きグループの強みとなる

 一方、「電化の推進」について、家庭・業務部門では、住宅のオール電化や、空調・給湯・厨房の電化を推進し、21年から30年までの合計で、家庭部門で15億kW時、業務部門で16億kW時の電力需要を創出します。産業部門では、ヒートポンプなど、熱源転換機器の技術研究を行うとともに、生産工程における幅広い温度帯の熱需要に対する電化に挑戦します。さらに運輸部門では、30年で特殊車両を除いた社有車の100%電気自動車(EV)化を目指すとともに、EVの普及拡大に向け、シェアリングサービスや充電インフラの拡大、EVを活用したエネルギーマネジメントといった事業やサービスを提供していきます。

 また、地域のCN推進やレジリエンス強化に向けた自治体などとの協業ニーズに対し、九電グループのソリューションの提供を通じて地域・社会の課題解決に貢献し、ゼロカーボン社会を共創していきます。さらに、需給両面を担う送配電事業では、再エネを最大限受け入れるため、送配電ネットワークの高度化を図りCNの実現に貢献したいと考えています。

【特集1】エネルギー初夢NEWS10選 2022年に業界を騒がせそうな「夢物語」を集約


2022年、エネルギー業界ではどんなニュースが騒がれるか。実際にあり得そうな話題から、起きてほしくない話題まで。本誌記者が見た「初夢記事」。信じるか、信じないかはあなた次第!?

NEWS 1 清水LNG火力復活か 静ガス・ENEOSが検討

静岡ガスとENEOSはこのほど、静岡県清水市で大型LNG火力発電所を共同で建設するための検討に着手した。総出力100万kW級で、2030年代前半の稼働を視野に入れている。同火力を巡っては地元の反対などを受け18年に静ガスが計画を中止していたが、原発の長期停止や大型火力の休廃止を背景に、電力供給不足が東日本地域で深刻化、事業性が見込める状況になった。両社は水素混焼によるCO2削減など環境対策に万全を期すことで、地元同意を目指す構えだ。

【解説】 電源不足は年々深刻さを増している。経産省によると、この5年間で休廃止された石油火力は約1000万kW。また20年夏に稼働していた火力発電のうち、休廃止や運転停止で21年度に供給が見込めなくなった施設は、大手電力だけで約830万にkWに達するという。今後の供給力確保のためには、大型電源の新増設が必要な状況に疑いの余地はない。

こうした中、九州電力と西部ガスは北九州・若松で約60万kWの大型LNG火力を共同建設する方向だ。早ければ25年ごろの運転開始を目指すという。東京ガスと九電も共同で、千葉・袖ケ浦に210万kW級の大型LNG火力を建設する計画を進めている。 

そもそも大型電源の少ない東海地域では、供給安定性の向上にもつながる清水LNG火力計画。関係者からは復活を求める声が聞こえているが、果たして。

電源不足で再び注目されるLNG火力

【特集1】脱炭素・資源高騰・原発問題― 岸田政権に求められる「深謀遠慮」


脱炭素社会実現を旗印に、欧米諸国は狡猾な駆け引きを展開しており、2022年もその動きは加速しそうだ。そうした中で、岸田政権は国益優先の政策を打ち出せるのか。有識者があるべき姿を展望した。
〈出席者〉  A 経営コンサルタント   B 学識者   C 資源アナリスト

2021年は、石油や石炭、天然ガスといった化石資源の世界的な需給ひっ迫や価格高騰、そしてそれに伴う電力卸価格の上昇など、エネルギーの安定供給と経済性の確保に大きな課題が突き付けられた1年となった。有識者らは、22年世界のエネルギー情勢をどう予想するのか。

A 21年のエネルギーに関わる最も大きな話題は低・脱炭素化だった。全く合理性はないが、22年はこれがどこまで加速するかがポイントになる。それから、新型コロナウイルス対策の影響も無視できない。政治家が政策面でアピールしやすいのが厄介で、結果的に行き過ぎた対策を断行しそれに右往左往させられる可能性が大いにある。実際、エネルギー需要が回復基調にあったところにオミクロン株のショックが襲い、急ブレーキがかかった。また、コロナ禍の影響が残る限り過剰流動性が残るので、需給が引き締まらずとも価格が下がりにくい状況になりかねない。ただでさえ、過度な低・脱炭素政策のために世界のエネルギー需給構造は歪んでしまっている。電力分野を中心に、一層需給がひっ迫しやすくなるのではないか。

資源価格高騰で拡大するか メジャーによる上流投資

B 数年前の上流投資不足の影響が尾を引き、新たなコロナショックでよほど需要が落ち込みでもしない限り、経済が回復し化石資源需要が高まれば価格は上昇するだろう。IMF(国際通貨基金)などの金融当局は、インフレは短期的と言っていたが、最近になってパウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長らが意外と長引くかもしれないと言い始めている。化石燃料価格の高止まりによる生産コスト押し上げの影響が長期化すると、金融緩和の出口戦略を描きづらくなるので金融政策に影響が及ぶことも懸念している。

C 欧米の石油大手5社は、石油・天然ガスの価格高騰を背景に上流投資を増やすと表明している。ただし、これまでと大きく違うのは、機関投資家や金融機関が化石燃料への投融資を止めようとしていることだ。そうなれば、産油国やオイルメジャーは手元のキャッシュフローで投資しなければならなくなる。原油や天然ガス価格が下がれば投資できなくなるわけで、価格がこれまで以上に投融資を左右することは間違いない。

A エネルギー価格を押し上げているのは、新興国・発展途上国の需要の増大によるところが大きい。先進国は既に頭打ちだが、こうした国々は人口増加と経済発展にともない、ますます化石燃料を必要とするはずだ。需給バランスだけを見れば、今年よりも来年緩むとは到底思えないが。

B そういう意味で注目しているのは、米シェールオイルの開発動向。今の生産量の低迷はバイデン政権の規制やコロナとは関係なく、シェールオイル業界に投資していた人たちのマインドが、成長よりもキャッシュフロー優先に変わってしまったことが影響している。もともと9000箇所ほどあった生産を開始していない井戸が一年で40%も減っていて、このままでは22年末にゼロになり、いよいよ新規投資しなければ生産を維持できなくなる。今はその瀬戸際にいて、そのサインが出ればマーケットが大きく反応することになるだろう。

C 20年春には、原油先物市場でネガティブプライスが付くほど燃料市況が暴落し、エクソンモービルやシェブロンは、配当資金を確保するためにキャッシュが必要で新規開発を止めざるを得なかった。今は、どちらも開発を進めると言っているし、世界最大の原油とガスの生産国であるアメリカの動向次第で供給量が増える可能性は十分あり得るよ。米エネルギー省は、22年の価格は少しだが下がると予想し、実際、欧米の天然ガス、原油価格は少し下がり始めている。米国は、自国企業が増産に踏み切ることで、21年の最高価格に達するようなことはないと見ている。

B 日米が増産を要請しても、OPEC(石油輸出国機構)プラスは5年前の投資不足が響いていて増産できる状況にない。サウジアラビアも21年7月の減産幅縮小の合意から逸脱した決断をするとは考えづらいし、OPEC側での需給調整は政治的に難しいだろう。さらなる高値に突入するかは、全てシェール次第と言えそうだ。

欧州主導の脱石炭圧力に、日本はどう対応する!?

【中部電力 林社長】社会の持続的な発展へ 新たな価値を創出するビジネスモデルを構築


社会様式と事業環境の急速な変化を踏まえ、2021年11月に新たなグループ経営ビジョンを策定した。脱炭素化の実現と社会の持続的な発展に貢献すべく、新たなビジネスモデルの構築へ取り組みを加速させる。

志賀 11月に2050年を見据えた「中部電力経営ビジョン2・0」を発表し、従来の電力会社にはない意欲的な目標を掲げました。

 当社は18年に「中部電力グループ経営ビジョン」を策定し、電力の安定供給という変わらぬ使命を完遂するとともに、社会課題を解決する新たな価値創出を目指す方針を打ち出しました。そしてこのビジョンに基づき、20年代後半に、国内エネルギー以外の事業を国内エネルギー事業と同等規模に成長させるべく、これまで事業ポートフォリオの変革を進めてきました。

 ただそれ以降、DX(デジタルトランスフォーメーション)がより一層進展したのに加え、新型コロナウイルスの感染拡大などにより社会構造・生活様式は大きく変化しました。また、政府が50年カーボンニュートラル社会の実現を目指す方針を示し、エネルギー基本計画が改定されるなど、エネルギー事業を取り巻く環境が大きく変わりました。

 そのため、新たに「中部電力グループ経営ビジョン2・0」を策定し、脱炭素化を達成した安心安全な分散・循環型社会を50年に実現するために、当社がエネルギー事業者として何に貢献ができるのか、社会の持続的な発展のためにどのようなビジネスモデルを構築するべきかという方向性を示すことにしました。

はやし・きんご 1984年京都大学法学部卒、中部電力入社。
2015年執行役員、16年東京支社長、18年専務執行役員販売カンパニー社長などを経て
20年4月から現職。

電源の脱炭素化へ 再エネ拡大目標引上げ

志賀 脱炭素に向けた具体的な戦略をどう描いていますか。

 発電側では、再生可能エネルギーの拡大目標を従来の200万kW以上から320万kW以上に引上げました。合わせて、JERAにおいても火力発電所の脱炭素化を推進するとともに、浜岡原子力発電所の再稼働に向けた取り組みを強化していきます。原子力は、第六次エネルギー基本計画、さらにはグリーン成長戦略でも脱炭素化に向けて活用していくことが明確に位置づけられており、岸田政権としてしっかり取り組んでいくという強い決意だと受け止めています。

 現在の国内の最終エネルギー消費のうち、電力は27%となっています。電気は二次エネルギーであり、再エネや原子力、カーボンフリーの燃料を活用した火力といった一次エネルギーで発電することにより、脱炭素化に貢献することができます。

 こうした意味においても、需要側のエネルギーの電化を進めることには大きな意義があります。脱炭素社会の実現に向けては、電源の脱炭素化と需要側の電化はどちらも欠かすことはできません。

【北海道電力 藤井社長】地域資源を有効活用し オール北海道で脱炭素社会の実現目指す


多種多様な道内、道外の企業と連携を図り、再エネ資源に恵まれた北海道の地の利を生かし、水素サプライチェーン構築に向けた取り組みに着手した。オール北海道で新たな価値を創り上げる「共創」を進め、持続可能な社会の実現を目指す。

志賀 4月にカーボンニュートラル実現に向けた取り組みを発表しました。

藤井 昨年公表した「ほくでんグループ経営ビジョン2030」の取り組みを一層深化させ、2050年の北海道におけるエネルギー全体のカーボンニュートラルの実現に最大限挑戦し、地域の持続的な発展に貢献していくことが取り組みの趣旨です。経営ビジョンで掲げた通り、泊発電所の早期再稼働や経年化した火力発電所の休廃止などによって、30年の環境目標「CO2排出量を13年度比50%以上低減(1000万t以上低減)」「道外を含む再生可能エネルギー発電30万kW以上拡大」を達成するとともに、水素・アンモニアの利活用、CCUS(CO2の回収・利用・貯留)といった革新的技術の活用などあらゆる手段を総動員し、50年までに「発電部門からのCO2排出ゼロ」を目指します。

 需要側においては、日本のエネルギー起源CO2排出量の過半を占める非電力によるエネルギー消費、とりわけ北海道では暖房需要における化石燃料の直接燃焼をいかに減らしていくかが重要です。これには電化が大きな役割を担いますので、ESP(エネルギーサービスプロパイダー)やZEBコンサルなど、ほくでんグループとしてトータルエネルギーソリューションサービスによる電化の拡大を押し進めていきます。電化が困難な需要に対しては、グリーン水素などの供給に向けた検討を進め、電力以外のエネルギーのCO2排出削減にも貢献していきたいと考えています。

脱炭素はチャンス オール北海道で挑む

志賀 政府が示す「46%」を超える「50%削減」という目標に、脱炭素をチャンスと捉えたという印象を持ちました。

藤井 カーボンニュートラル社会に移行するには、コストがかかります。国民負担を増やすことなく達成するには、国や事業者が知見を持ち寄りながら、既にあるものを有効活用することが最優先です。再エネ資源が豊富な北海道にとってカーボンニュートラルは地域活性化に向けた千載一遇のチャンスであり、当社単独ではなくオール北海道で土壌を整える必要があります。

 また、再エネ資源が豊富だということは、CO2を排出しないグリーン水素製造の適地となり得るということです。水素は、火力発電の脱炭素化、余剰再エネ電力の貯蔵・利用、電化困難な産業部門への導入など、さまざまな用途が見込めるキーテクノロジーですが、一方で、コストやインフラ整備など多くの課題が山積しており、国や道、自治体、他企業などと連携し、水素サプライチェーンを構築していく必要があります。


ふじい・ゆたか
1981年宇都宮大学工学部電気工学科卒、北海道電力入社。
2015年取締役常務執行役員流通本部長、
16年取締役副社長流通本部長などを経て19年6月から現職。

【特集1】大手ガス2社の経過措置規制を解除 電力では値上げの歯止め役に!?


東京ガスと大阪ガスに課せられていた経過措置料金規制が10月1日付で解除される。その一方で、大手電力会社に対する経過措置は市場支配力の問題から当面存続する見通しだ。

 2017年4月に小売りが全面自由化された都市ガス事業では、供給区域内での競争が進展していないなど一定の基準を満たさない事業者には経過措置料金規制が課せられ、当初は12社(表参照)が対象となっていた。18年3月に3社の指定が解除され、残りは9社に。そして今春の専門委員会の場で東京、大阪、東邦の大手3社について解除基準を満たすことが確認された。


ガス経過措置規制の状況

 具体的には、①当該事業者の都市ガス利用率が50%以下、②直近3年間のフロー競争状況、③他のガス小売り事業者の販売量シェアが10%以上、④小口料金平均単価の3年連続下落および自由料金件数が経過措置料金件数を上回ること―という4指標のうち、3社は②③をクリア。議論の末、「最終的に解除しても差し支えない」と判断された。ただ東邦に関しては、4月13日に公正取引委員会の立ち入り調査が行われ、電力・ガス取引条件を巡る検証が続いているため、「調査結果などが明らかになった後に解除の可否を判断する」として、今回は見送られた格好だ。

 これにより、大手2社のエリアでは料金規制が完全撤廃され、「自由料金メニュー」と「最終供給保障約款」の世界に移行する。とはいえ、エリア内のガス利用率は依然として50%を超えているため、解除後3年間は「特別な事後監視」の対象になる。

「経過措置規制が解除されることは基本的に歓迎したい」。大手都市ガス会社幹部はこう話す。「料金戦略の自由度が広がることは、全面自由化市場で大きな意味を持つ。消費者団体などの中には、不当な値上げにつながるのではと懸念する向きもあるが、電力・ガス市場でこれだけ競争が浸透していれば需要離脱を招き自爆するだけだ。むしろ、昔から自由化されているはずのプロパンガスの方で競争原理が働かず、全国的には相変わらず高値安定を続けている。競争規制改革の次のターゲットは、プロパン業界だな」

規制解除は時期尚早か 公取委の調査も足かせに

 プロパンはともかく、次なる課題は電気料金の経過措置規制をどうするかだ。経産省関係者によると、電力市場では大手電力会社の市場支配力がいまだに強く、適正な競争環境にはないといった判断から「規制解除は時期尚早」との見方だ。加えて、前述した東邦ガスとほぼ同時期に、中部、関西、中国、九州の4社が公取委の立ち入り調査を受けている。 「経産省はそもそも電気料金規制を完全撤廃することには消極的。電力の経過措置が解除されることは当分ないだろう」(エネルギー関係者)。脱炭素化を背景にした発電コストの上昇などで全国的な電力値上げ時代が予想される中、経過措置規制は需要家保護の観点から一定の歯止め役になるのか。

【特集1】料金・安定供給リスクに戦々恐々 需要家の切実な声は届くか


脱炭素重視の企業が注目を集めるが、その裏では電気料金高騰に苦しむ企業も多い。電気料金が企業経営を直撃する実情を踏まえた政策が求められている。

脱炭素化対応の要請が高まり続けている昨今、電力調達に関する需要家の本音はどこにあるのか。

まず、ここ数年でCO2フリー電気が必須と判断する企業が増えているのは事実だ。再生可能エネルギーの活用に積極的な大手流通チェーングループでは、従来は親会社がエリアごとに旧一般電気事業者との間で個別契約してきたが、最近はPPA(電力販売契約)事業者からの調達を進め、敷地内のオンサイト太陽光発電の活用を拡大。今後はオフサイトでの調達も進めていく。調達しきれない部分については、非化石価値証書を補足的に利用する方向だ。

判断の背景には、やはり世界基準の脱炭素の動きを無視できないとの考えがある。「脱炭素化はCSR(企業の社会的責任)ではなく、企業の存続のために真剣に事業として進めるべきものと考えている。今後電気料金が高騰すると言われているが、料金の構成要素に加え、環境価値の価格動向、炭素税導入の行方など不確実要素があまりにも多い。それでも脱炭素化は着実に進めなければならない」(同グループ社員)

ただ、電力の消費実態や企業体力によって考え方は全く異なる。電力多消費産業では電気料金上昇に伴う実害が既に発生。さらなる価格上昇への懸念が高まっている。

電力は「総合無責任体制」 どうなる日本の工業力

東日本大震災以降の電気料金高騰のあおりで、電力多消費産業の一部では倒産や廃業に追い込まれている。同産業の電気消費原単位は、最大で売上高1000円当たり約20 kW時と、製造業平均の約29倍にもなる。この水準ではROE(自己資本利益率)10%とした場合、電気代がkW時5円上がると利益が飛んでしまう。

工業用を襲う脱炭素化の荒波

さらに料金を押し上げる要素の一つとして懸念されるのがFIT賦課金だ。例えば鉄鋼業界の場合、特殊鋼電炉業界などは減免対象外で、業界全体では年間400億円ほどの賦課金を支払っている。「賦課金だけでなく、再エネの統合コストも含めた電気料金全体はどうなるのか、第六次エネルギー基本計画の素案では見通しが全く示されていない。さらに化石燃料価格の動向も不透明で、戦々恐々としている」(鉄鋼業界関係者)

加えて安定供給リスクへの不安も大きい。1000℃以上の高温プロセスの準備には1日ほどかかり、稼働中に停電すれば製造中の鉄が固まり処分せざるを得なくなる。また自家発の老朽化が進むが、石炭利用への逆風が強まる中で数百億円かかる設備更新の投資判断はしにくく、ぎりぎりまで使った後で順次止めていくことに。

系統電力への依存度が高まる上、電化推進は既定路線だが、「今後停電や周波数変動が増加すれば、日本の製造業の競争力が落ちる可能性がある。だが総括原価時代と違い、今は誰も電気の品質の責任を負わない『総合無責任体制』だ。これで日本の工業力を保てるのか。天災である東日本大震災からの10年より、電気事業を取り巻く今後の人為的影響への危機感の方が強い」(同)と訴える。

【特集1】脱炭素時代の料金問題を斬る 自由化の値下げ効果は限定的増大するコスト負担の行方は


〈出席者〉 A低圧系新電力、B大手エネルギー系新電力、C独立系新電力

2016年の全面自由化を機に激しいシェア争いを繰り広げてきた電力市場。今後、調達原価の上昇は免れず、小売り事業各社は戦略の見直しに迫られている。

―電力自由化後の料金水準をどう見るか。

A 日本の電力自由化が、電気料金の低廉化を前提にスタートしたことに違和感がある。競争圧力で下がることもあれば、外部環境によって上がることもあるわけで、上がったから自由化が進んでいないとは言えないし、逆に下がったからといってそれを自由化の効果だとも言い切れないはずだ。実際、1990年代以降、2010年まで電気料金は低下傾向をたどったが、それ以降は上昇している。それは主に、原子力停止後の火力発電の焚き増しによる燃料費の増大と、再生可能エネルギーの賦課金という外部要因に起因している。

B 欧州の電力自由化は、国営の電力事業を民営化することで効率化を図り、値下げにつなげる狙いがあった。一方、日本の場合、既に民間企業が事業を運営しており、総括原価の下で重複性を回避するような設備形成をしていた。自由化で効率化するといっても、それほど値下げの余地がないのは分かり切っていたことだ。

C 自由化して非対称規制を入れれば新規参入者は一定のシェアを取ることができるが、いずれ緩和されれば既存事業者がシェアを取り返し寡占化が進むと考えるのが一般的だ。発電設備が余っている状態で自由化し、余剰電力を限界費用でマーケットに投入するのを強制したことで、新規参入者の調達コストが下がりシェア競争が進んだ。ところが、自然変動型の再エネが大量導入され、最近は大手電力会社が火力電源の最適化を進めており、供給力がタイトになりつつある。自由化の効能の産業組織論的なサイクルと電気事業の設備量のサイクルで価格は上下するので、自由化に一定の効果は望めるのかもしれないが、下がり続けることを期待できるわけではない。

今後も電気料金は上昇傾向 再エネと燃料費が押し上げ

―2030年に向け、料金水準はどうなっていくだろうか。

A これまでの料金単価の推移を見れば、今後も上昇していくだろう。FITを卒業しない限り再エネ賦課金は当面高止まったままだし、とりわけ今は化石燃料への依存度が高いので、燃料価格上昇の影響は今後の料金に色濃く反映されていくのではないか。

B 再エネ賦課金はもちろん、変動再エネ大量導入に見合ったバックアップ用の電源を抱える必要があり、制度が過剰設備保有を促している状況で下がる余地はない。既に料金に反映されない回収不能投資のために泣いている事業者もいるわけで、これを加えたら今も相当な電気料金になるはずだ。電気料金として表面化していなくても、電気事業のためのコストは確かに生じている。自由化は小売り分野に偏重しているが、小売り事業者がいくら頑張って販管費を圧縮したところで、最終支払単価に占める割合の小さい小売りが捻出できる値下げ分は限定的だ。


再エネ導入が国民負担を押し上げている

【特集1】再エネ賦課金増大に燃料費上昇も どうなる!? 2030年度の電気料金


低廉な電気料金は、わが国の産業競争力を支え、国民生活を豊かにするために欠かせない要素だ。2030年度の電源構成目標を実現した際、電気料金は果たしてどんな水準になっているのだろうか。

菅義偉首相が昨年10月に掲げた「2050年カーボンニュートラル宣言」は、日本のエネルギー政策の枠組みを大きく変えた。4月には30年度の温暖化ガス削減の国別目標(NDC)46%(従来目標は26%)を打ち出し、これを踏まえ策定された第六次エネルギー基本計画案では、再生可能エネルギー比率を現状の18%程度から36~38%(従来目標は22~24%)へと大幅に引き上げるなど、「非常に野心的」(資源エネルギー庁幹部)な電源ミックス目標が示された。

しかし、輝かしい目標が社会をにぎわす一方、その達成に向けた具体的な道筋が示されないばかりか、国民負担など影の部分が語られる機会もほとんどない。産業界からは、「電力多消費産業にとって、料金単価が1円でも上がることは死活問題につながる。脱炭素社会を目指すことに異論はないが、予見性が伴わないまま負担だけが増え、いずれ事業を継続できなくなるのではないか」(製造業関係者)と、再エネ最優先の状況を不安視する声が聞こえてくる。

単価は自由化前と同水準 燃料費と再エネが押し上げ

一つの証左は、11年の福島第一原発事故を転機に、電気料金が上昇し続けてきたことだ。原発の稼働停止に伴う火力の焚き増しで化石燃料コストが増加。さらに、固定価格買い取り制度(FIT)のスタートで上乗せされることになった「再エネ賦課金」の拡大が拍車をかける。

料金単価の推移を見ると、燃料費と賦課金を除けば、20年度の大手電力会社の家庭用・産業用全体の平均単価は、段階的な小売り自由化が始まる以前の1994年度と比べ約37%低下。燃料費と賦課金を加味し震災前の10年度と比較すると、家庭向けで約14%、産業向けでは約15%上昇していることが分かる。


大手電力の電気料金平均単価の推移 出典:資源エネルギー庁

【特集1】化石燃料を巡る世界の駆け引き激化 求められる戦略的な政策展開


〈出席者〉大場紀章/ポスト石油戦略研究所代表、三田真己/アーガス・メディア・ジャパン相談役、中村 直/JERA常務執行役員最適化本部長

脱炭素を背景に盛り上がる化石燃料悪玉論だが、世界的に重要な資源であることに変わりはない。日本が目指すべき方向性とは。専門家3人が国益の観点から求められる戦略を語り合った。

左から中村氏、三田氏、大場氏

―昨年来、化石資源価格が上昇しています。

大場 資源価格が全体的に上昇したことは間違いありませんが、その要因はそれぞれ違うので一概には評価できません。ただ、IEA(国際エネルギー機関)が5月に発表したカーボンニュートラル達成へのロードマップで描かれているように、脱炭素では化石資源の需要を減少させて価格が下がることを想定しています。そうした「想定」と「現実」のギャップが一層広がっているという印象です。

中村 以前と比べ、世界の市場間の相関が高まっており、価格上昇の要因として一つを挙げることが難しくなりました。昨年夏に50~60ドルだった石炭価格が1年で3倍に引き上がった背景に、コロナ禍後の経済回復で世界的にエネルギー資源の需要が高まっていることがあるのは間違いありません。他方、悪天候で生産不調が起きていたり、設備トラブルが一定期間に集中して発生したりしたことも、価格押し上げ要因になっています。

三田 コロナ禍で世界各国が貨幣供給量を増やし、あらゆる金融商品に投資マネーが流れています。それによって金融商品である先物市場の価格が上がり、連動して現物の価格も上昇しています。資源価格上昇の発端は石炭だとみていて、温暖化対策として先進国における需要が減少しこれに合わせて生産事業者が供給調整しました。LNGは先進国で需要が増えている上に、中国やベトナムといった国々でも温暖化対策として石炭からLNGへの転換が進んでいることが価格を押し上げていますし、石油価格上昇の影響も受けています。石油は完全に需給調整に入りました。OPEC(石油輸出国機構)は発表と実際が違うことを念頭に置く必要があります。彼らが目指すのは自国の原油販売益の最大化。足元の60~70ドルは収益バランスがとても良い水準で、増産して値段を下げるようなことは考えにくい。需給と価格のバランスを取る調整がうまくできていると言えます。

石炭の需要は堅調に推移 価格高騰の裏に供給側トラブル

―特に石炭の供給量の先細りが顕著です。

大場 石油と違い石炭や天然ガスは比較的ローカルな商品なので、地域ごとに事情や影響が異なります。例えば米国の石炭価格は少し上がっていますが、アジア輸入炭に比べると穏やかです。昨年はヘンリーハブ(米国の天然ガス指標価格)が1・6ドルまで落ち込みましたが、今は4ドル近くを付けています。通常であれば石炭が安く、ガスが高ければ石炭への揺り戻しがあるはずですが、石炭の設備が縮小されていることもあり、ガスと石炭の価格でバランスを取る現象が起きづらくなっているようです。日本が輸入している石炭マーケットの価格は、中国に大きく影響されています。天然ガス転換はアジア市場全体の課題ですが、東アジアだけで石炭火力の建設計画が500基ほどあると言われていて、新設がなくなったわけではありません。一方で、投資マネーが石炭の採掘投資を絞っているので、トレーダーからすると需給がタイトになっているように見えているのでしょう。

中村 石炭の需要は堅調であるにもかかわらず、インドネシアでの供給トラブルや南アフリカでの天候不順、北米西海岸での山火事の影響などがあり、供給側の手当てが間に合っていないと聞きます。こうした供給側の問題で需給バランスは若干タイトですが、これらが戻ってくれば落ち着くのではないでしょうか。ただ、いつそうなるかを見通すことは現状では難しいです。

中国は大型石炭火力を今後も使い続けるのか.

【特集1】エネルギー調達戦線に地殻変動 今こそ必要な「国家戦略」議論


世界的な脱炭素化の加速によって、化石エネルギーの調達戦線に地殻変動が起きている。価格におけるボラティリティの高まりは、わが国にどんな対策を突き付けるのか。

昨年末、化石燃料価格の高値傾向が続いている。複数の関係筋の話を総合すると、要因の一つは、新型コロナウイルス禍よる経済悪化や金融市場の混乱に対し、日米欧の中央銀行が大規模な金融緩和を実施したことだ。投資マネーの流入が、化石燃料のみならず金属や穀物といったコモディティ価格を押し上げている。

もう一つの要因は、コロナ禍で落ち込んでいた世界経済が急速な回復基調にあることだ。石炭、LNG、石油ともに需要が急増しているにもかかわらず、上流における設備トラブルやこれまでの開発投資の停滞が裏目に。供給が追い付いていない状況だ。世界は「脱炭素」の御旗を掲げつつ、化石燃料争奪戦の様相を見せている。

2050年に脱炭素社会実現を目指すとはいえ、引き続き化石燃料の活用は欠かせない。だが国際エネルギー機関(IEA)によると、世界の上流投資は14年の約8000億ドルをピークに減少に転じ、コロナ禍の20年には約3000億ドル台まで落ち込んだ。21年は若干回復する(約3500億ドル)とはいえ、再生可能エネルギー事業の投資額(約3670億ドル)が逆転する。

これまでは、需給がひっ迫し価格が上昇すると開発投資が進み供給量が増えた。ところが英BPや仏トタル、英蘭シェルといった上流メジャーが、脱炭素化に向け経営戦略を大転換。「上流で儲けた資金を再エネ開発に投じており、メジャーによる新規開発は今後も減っていく」(メジャー関係者)見通しだ。それをしり目に上流投資を強化しているのが、ロシア、中東などの国営石油会社や、中国・インドといった新興勢力だ。

様変わりする需給構造 現実味欠くエネ基案

化石燃料のほぼ全量を輸入に頼る日本。先進国と中東資源国という二元論で語られた需給構造が様変わりしている今、情勢変化を踏まえた化石燃料政策の重要性は一段と高まっている。だが、今般示された第六次エネルギー基本計画の素案を見ても、現実感を伴う議論の深掘りがなされたとは言い難い。エネルギー業界関係者からは「エネ基は日本の化石燃料活用の方針について間違ったメッセージを発信しかねない」と懸念する声が聞こえてくる。

石炭、LNG、石油―。いずれも価格上昇局面にあることに変わりはないが、置かれた状況は大きく異なる。日本の資源調達は今後どうあるべきか。取材から浮かび上がったのは、基本政策分科会でなおざりにされた「化石燃料ごとの国家戦略」議論の必要性だ。

石炭火力利用を続けるポーランド

【特集1】岐路に立つ化石エネルギー調達 資源国と培った関係性を生かす


インタビュー:定光裕樹/資源エネルギー庁資源・燃料部長

脱炭素化の潮流は、日本の化石資源調達に抜本的な見直しを迫っている。今後の調達戦略はどうあるべきか。定光裕樹資源・燃料部長は、技術協力を含めたより包括的な資源外交の重要性が増していると強調する。

―さまざまな資源を巡る環境が激変する中、資源・燃料部長に就任されました。

定光 この10年の間、「S+3E」という政策の軸は変わっていませんが、この1、2年ほどでカーボンニュートラルなど脱炭素をめぐる要請が、想定を超える勢いで高まっています。これまで以上に難易度の高い目標が設定され、目標と足下の現実のギャップが格段に広がっています。これから2030年、50年に向けてこれをうまく埋めていく必要がありますし、そのためには国民や企業に、非常に強力な行動変容を促していくことになります。政策の力が試されていると強く感じます。

―資源価格が高騰を続けています。その要因についてどう見ていますか。

定光 石油、石炭、天然ガスなど資源全般の値段が上昇傾向にあり、その要因はいくつかあると考えています。一つは、低金利の中で投資先を探して資金がコモディティに流れ込んでいること。もう一つは、新型コロナウイルス禍の需要減に合わせ生産を縮小していたところ、最近になって想定を上回る需要回復が見込まれるようになり需給ギャップが生じていること。そして、脱化石の潮流の中で化石資源の生産に投資が向かなくなり、供給が細ってしまうのではないかとの懸念を持つ人が増えていることです。こうした要因が組み合わさり、資源価格高騰につながっていると見ています。

30年度も化石比率7割 適正な上流投資確保に懸念

―脱炭素の潮流は不可逆であり、中長期的にはさらにその傾向が強まりそうです。

定光 脱炭素社会の実現に向け、企業はマスメディアや資本市場から投資見直しへの過度な圧力にさらされているように思えます。その影響で、適正規模の上流投資が確保されないリスクが高まっていることを大変憂慮しています。今回のエネルギー基本計画の素案でも、一次エネルギーベースでは30年度時点で7割を化石燃料が占めるとしています。化石燃料が突然不要になるわけではないのです。IEAがネットゼロ・シナリオで上流投資が不要と言っていると誤解されている方も多いですが、四百以上の対策が成就すればという条件付きの話です。国民のみなさまに丁寧に説明し、こうした誤解を解消していかなければならないと考えています。

―上流メジャーが、化石燃料生産への投資を縮小しつつあり、日本の調達への影響が懸念されます。

定光 大変難しい問題です。消費量全体が減っていくとはいえ、資源を輸入する上でさまざまな地政学のリスクがあることに変わりありません。米国が中東への関心・関与を下げている上、東シナ海、南シナ海では中国がプレゼンスを高めています。自主開発比率を可能な限り高めることの重要性が一層増していることを踏まえ、エネ基の素案では石油・天然ガスの自主開発比率19年度の34・7%から30年度に50%以上、40年度に60%以上に引き上げることを目指すこととしています。

 そうは言っても、従来に比べ上流投資を続けるハードルが高くなっていることも事実です。上流開発会社は、メタン排出の抑制、CCS(二酸化炭素の回収・貯留)、電源として再生エネルギーの活用、オフセット・クレジット活用など、カーボンインテンシティ(炭素集約度)を下げる仕組みと組み合わせた開発が求められています。そういった意味でも、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)がしっかりと開発を支援していくことに意義があります。

―トランジションとしてLNGを活用していく上では、基地や導管などのガスインフラ整備への投資が求められます。

定光 今後も想定されるLNGの需給ひっ迫局面においても一定の需給調整能力を持つためには、継続的な上流投資に加え、尤度を持った玉の確保や、基地や導管への投資が確保される必要があります。中国や韓国は戦略的な対応を進めています。今の電力市場が、燃料の安定調達も含め中長期的に必要な投資を確保する仕組みとして十分機能しているか、所管する電力・ガス事業部とも議論していきたいと考えています。

水素やアンモニアも 脱炭素で資源国と協力

―昨年新国際資源戦略を策定しましたが、わずか1年で資源を巡る環境が激変してしまいました。最新の状況を踏まえて、改めて議論するべきではないでしょうか。

定光 そう思います。エネ基では、今後は包括的な資源外交が必要だと記述していますが、資源に関する議論に割く時間が十分だったとは言えません。これまでは、資源戦略と言えば石油と天然ガスの確保がメインでしたが、脱炭素社会を見据えればアンモニアや水素の活用、さらにカーボンリサイクル技術の活用が欠かせません。これまでの資源外交で関係を築いてきた国々の中には、日本よりもコストも含め良い条件で脱炭素燃料を生産できる国がありますので、これからもこの関係を維持し続ける必要があります。

 また、石油・天然ガスを引き取りつつ、日本で排出されたCO2を産出国側で埋めてもらうような選択肢もありますし、そのための技術協力も可能です。実際、そういった脱炭素の技術に関して日本と協力しながらプロジェクトのFS(事業可能性の検証)を進めたいという資源国は多く存在しています。

 米国、オーストラリア、中東諸国、カナダ、ロシアなど、先人が石油、天然ガス、石炭といった資源確保する上で資源国と築いてきた信頼関係は、日本にとって非常に大きなソフトパワーです。脱炭素社会に向け、そのような良い関係性をさらに発展させていかなければなりませんし、より包括的な資源外交を求められると思います。

さだみつ・ゆうき  1992年東京大学法学部卒、
通商産業省(現経済産業省)入省。
資源エネルギー庁資源・燃料部石油・天然ガス課長、
政策課長、石油天然ガス・金属鉱物資源機構理事などを経て
2021年7月から現職。

【関西電力 森本社長】原子力と再エネの両輪で エネルギーの安定供給と脱炭素社会に貢献する


世界が脱炭素化へ大きくかじを切る中、その鍵を握る原子力と再エネに注力する。水素など新たな火力燃料の実現を主導するべく、イノベーションにも果敢に挑戦する。

もりもと・たかし 
1979東京大学経済学部卒、関西電力入社。2015年常務執行役員総合企画本部長代理、
16年取締役副社長執行役員などを経て20年3月取締役社長に就任。
同年6月から取締役代表執行役社長。

志賀 8月2日に美浜発電所3号機、高浜発電所1、2号機、大飯発電所3、4号機について新たな運転計画の見通しを発表しました。これまでと何が変わりましたか。

森本 これまで特定重大事故等対処施設(特重施設)の早期完成に向け、関係者のご協力を得ながら努力を重ねてきました。施設の運用開始時期については「検討中」とご説明してきましたが、今般、運用開始の見通しが立ちましたので、発電所ごとの運転再開、再稼働時期と合わせて発表いたしました。美浜3号機と大飯3、4号機は2022年内、高浜1、2号機は23年の運用開始を計画しています。大飯4号機を除き、設置期限を超えることにはなりましたが、これからも気を引き締めて完成に向け工事を進めていきます。

安全安定運転積み重ね 原子力への信頼高める

志賀 6月には運転開始から40年を超えた美浜3号機が10年ぶりに再稼働しました。その意義についてはどうお考えですか。

森本 地元のご理解を得て、新規制基準施行後、40年超のプラントとして全国で初めて稼働させることができました。今夏は猛暑が続き、安定供給に大きく貢献できますし、将来のゼロカーボン社会実現に向けた意義も大変大きいと考えています。

 一方で、17年前に、美浜3号機において5名もの方が尊いお命を亡くされ、6名の方が重傷を負われるという、大変な事故を発生させてしまいました。当社は発生の8月9日を「安全の誓い」の日と定めています。今年も私を含め関係役員が、美浜発電所構内の「安全の誓い」の石碑の前で、安全の徹底を固く誓い、全員で献花・黙とうを行いました。地元のご理解があってこそ原子力事業を担えるのであり、安全はあらゆる事業活動の基本であることを心に刻み、これからも安全最優先で取り組んでいきます。

志賀 ビル・ゲイツ氏が安定的なゼロカーボン電源は原子力しかないと発言したそうです。ところが第六次エネルギー基本計画では、原子力の位置付けがあいまいになったと言わざるを得ません。

森本 エネルギー基本計画案に対して、様々な意見があると承知しています。50年に向けゼロカーボン社会をどう作っていくのか、また、30年度CO2排出量46%削減へのプロセスを考える上で、さまざまな選択肢を追求していくという観点で示されたものと受け止めています。原子力に対しては厳しい受け止めをされる方も多いですが、安定供給とゼロカーボンへの貢献に向け、安全・安定運転の実績をしっかりと積み重ねていくことで、一人でも多くの方に安心していただけるよう努めていきたいと考えています。

志賀 原子力は将来、新規開発に取り組む必要があります。敦賀3、4号機は現実的なプロジェクトかと思いますが、日本原電単独では難しい。メーカーを巻き込んだPWR(加圧水型炉)グループを作るのも有力かと思うのですが、いかがですか。

森本 原子力の新増設については、現段階でエネ基に示されていません。まず私たちは、将来に備えて既存設備である美浜、高浜の40年超運転を含め実績を確実に積み上げていくことで、原子力への信頼を高めるために地道に努力していかなければなりません。

 一方で、将来に向け、エネルギーセキュリティーなどの観点から、裾野の広い日本の原子力産業、そしてそれに支えられた高度な技術を維持していくためには、東京電力福島第一原子力発電所事故の反省を深く胸に刻み、安全について新しい試みにも果敢に挑戦し続け、たゆまず向上させていかなければなりません。

 将来にわたり、原子力発電を一定規模確保するために、日本全体でどう取り組むのかについては当然、考えていかなければなりません。当社もしっかりと役割を果たせるよう、将来への備えを万全にしていきたいと思います。

【特集1】政府審議会の有力委員が解説 エネ基見直しのポイントと課題


紆余曲折の議論を経てようやく、第六次エネルギー基本計画の全貌が見えてきた。日本のエネルギー政策はどこへ向かうのか。キーパーソン3人に期待と課題を語ってもらった。

〈出席者〉橘川武郎/国際大学副学長大学院国際経営学研究科教授、高村ゆかり/東京大学未来ビジョン研究センター教授、田辺新一/早稲田大学創造理工学部建築学科教授

左から田辺氏、高村氏、橘川氏

―第六次エネルギー基本計画のこれまでの議論について、どう評価していますか。

橘川 米国で気候サミットが開かれた、4月22日の基本政策分科会の会合が象徴的でした。午後5時の「NDC(パリ協定に基づく温暖化ガス削減の国別目標)46%」との速報を受け発言したのですが、その時には保坂伸・資源エネルギー庁長官ら幹部がいずれも席を外していました。このNDCがいかにエネ庁にとって想定外だったかを物語っています。その後、予定されていた会合のキャンセルが相次ぎました。NDCが決まった後にその帳尻合わせでエネルギーミックスを決めるという逆転現象が、議論を難航させたのです。

高村 多くの先進国が社会の高次の目標として気候変動目標を設定した上で諸政策を議論しています。今回のことは政治的に突然出てきたという印象を持つ人が多いかもしれませんが、これが本来です。そういう意味で、菅義偉首相の「カーボンニュートラル宣言」は、エネルギー政策議論の枠組みを大きく変えたと言えます。

田辺 菅首相の宣言は、2050年に向けて日本の産業構造、社会構造が大きく変わっていくというメッセージです。18~19世紀の産業革命を一言で表現すれば石炭エネルギー革命です。これにより社会構造が変わり、機械工業が興り蒸気船や鉄道といった交通革命が起き、近代の住宅、建築、都市が出現しました。今後、われわれが迎えるのはこの産業革命以来の社会構造の変革でありエネルギー革命なのです。このような活動が、産業革命発祥地のイギリスから始まっていることが象徴的です。

―数値目標の実現性をどう考えますか。

橘川 一部には、達成が難しいとか目標が過大であるといった意見がありますが、むしろようやくグローバルスタンダートに戻ったと考えるべきです。現行のエネルギーミックスを策定した15年の「長期エネルギー需給見通し」の会合において、「30年に再生可能エネルギー比率を30%にするべきだ」と主張しましたが受け入れられませんでした。採用されていれば、今ごろは洋上風力発電が秋田県沖に相当数建ち、今度の30%代後半という目標もより現実性を持ったはずです。パリ協定の後にもかかわらず、18年にミックスを変えなかったことは大失策です。

高村 50年のエネルギー政策の方向性については広く了解されていますが、10年でできることは限られ、30年というのは相当に難しいタイミングです。足元でCO2排出量を最大限削減していくと同時に、中長期の脱炭素化に向けて、エネルギーインフラの寿命や投資サイクルを考慮して電源の差し替えを行っていかなければなりません。この時間軸の違う二つの取り組みをうまく実行しなければならないことが、30年の議論をより難しくしています。