
「人のためになる仕事を」と政治を志し、環境副大臣、経産副大臣などを歴任。
エネルギー問題解決のため、環境対策と経済合理性の両立に奔走する。
徳島県で生まれ育ち、「人のためになる仕事がしたい」と政治を志した。関西学院大学在学中、松下政経塾に合格。卒業後は政治の世界に飛び込もうとしたが、そんな自身を諭したのは、魚市場で長年働き続けた父の言葉だった。「『政治家になりたいのなら、汗を流して働く人の苦しみや涙が分かる人間になってからだ』とカミナリを落とされた」。住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、融資・外回り業務などを経験した。
「銀行に勤めた理由は、経済を一番知ることができる業界だったから。世界経済のひずみから戦争は始まる。経済を安定させる政治家になりたいと思っていた」。企業と対話を重ね、彼らが融資を求めて何をしたいのか、金融的流通の側面から経済の在り方を学んだという。「問題解決のためには、システムの整合性が重要。いかに論理的に競争に勝ち抜く体制を作り上げていくか、それを考えるのが好きだった」と銀行員時代を振り返る。その後は、住友銀行とさくら銀行の合併対応にも奔走。17年間にわたるサラリーマン生活を送ったのち、2005年9月の衆議院選挙に兵庫3区から出馬、初当選を果たした。
13年には自民党副幹事長に就任。以降は経済産業副大臣や環境副大臣などを歴任し、22年10月に衆議院経済産業委員会の筆頭理事に就いた。経済の立て直しや経済安全保障対策で存在感を示し、特にエネルギー問題には「原発の再稼働について、1期生の時から長く力を入れて取り組んできた」と話す。22年12月には、岸田文雄首相がGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議で、東日本大震災以降停滞していた原発の建て替えや稼働延長について言及した。これを踏まえて、エネルギー全体における原子力の電源比率を、第六次エネルギー基本計画にある目標数値の20~22%まで進める必要があると説く。福島第一原発の事故対応や高レベル放射性廃棄物の最終処分など問題は山積しているが、「原子力発電は、われわれにとって正面から真剣に取り組まなければいけない課題」と解決に全力を尽くす姿勢を示している。
世界各国と日本のエネルギー事情の違いについては、元銀行勤務の視点から「エネルギー問題に関して、日本ほどオブリゲーションのある国家はない」と指摘。他国へのエネルギー依存度が高い日本の現状を危惧している。他方、欧州のような安定した風力、遠浅の海岸がなく、広大な太陽光適地もない日本が、過度な再生可能エネルギーにかじを切る政策はすでに限界にきていると警鐘を鳴らす。「日本には再エネを生かす環境があまり残っていない。水素や合成メタン技術に目を向けたいが現状は割高で、今後はエネルギー単価をいかに下げていくかが重要だ」。環境問題解決と経済合理性の両立を目指すことで、世界と競争の舞台に立てると主張する。
エネルギーミックスの重要性を実感 原子力活用で踏み込んだ提案を
エネルギー確保の重要性については「日本と資源国が、政治的に親密ではない場合もある」と分析。資源国自身が政情不安定な場合の問題もあり、自国にエネルギー資源がない日本は、電力の安定供給には再エネと火力、原子力のエネルギーミックスが重要だと話す。「エネルギーミックスを達成した後は、S(安全)プラス3E(安定供給、経済、環境)から外れない形で、環境に配慮した比率へと変化させていくのが望ましい」。党内でも再エネと原子力の比率についてはさまざまな意見があり、調整や議論を深めたいという。
一方で、原子力の活用は地域住民の心情などに配慮が不可欠と指摘。使用済み核燃料の最終処分地選定など、自治体側から手を上げにくい政策に関して国が責任をもって主導するべきだと話し、「経済産業委員会の筆頭理事として政府の法案に対応していく。政府には原子力活用に関して一歩踏み込んだ提案をしてほしい」と期待を寄せる。
エネルギー問題解決のために、自民党内や国会で議論を重ねる毎日だが、根底には「愛と緑と商売繁盛」という自身の基本理念がある。人を愛する心と緑を慈しむ気持ちを大事にして、国を豊かにするために、古い制度を改革する必要があると話す。この理念は環境副大臣、経産副大臣の際にも生かされ、自身の政治人生の礎となっている。
現在は職務もあり余暇が取れない状況ではあるが、中国戦国時代に活躍した将軍「楽毅」 についての小説を愛読。考え方に共感を覚えたという。奸計により国を追われた楽毅が、亡命をとがめる王の手紙に対し、国への変わらぬ忠節を示した「報遺燕恵王書」は、三国志の諸葛亮孔明も尊敬する名文と言われている。「責任ある立場になって、国のために自身がどうあるべきかを考えるようになった」。組織の中で責任を持ち、戦略を考え、国を支えるために汗をかき続ける。




