ヤーギン博士が語る「エネルギー転換」


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

全米最大のエネルギー会議、CERAWeekが3月にヒューストンで開催された。石油大手の首脳など参加者は7500人を数え、エネルギー省長官の講演などもある大イベントだ。これに合わせ、主催側のダニエル・ヤーギン博士がフォーブス誌の取材に応じている。博士はまず、エネルギーの「安全保障への回帰」を指摘する。さらに「エネルギー転換」について、次のような認識を語る。

一つ目は、過去200年の「転換」の歴史からの考察。エネルギーの主役は木から石炭、石油へと移ったが、木や石炭の利用は続き、石炭に至ってはいまだに消費が増えている。これに対し、いまわれわれが目指すのは、100兆ドル規模にもなった世界経済を支える8割が化石燃料のエネルギー基盤を、わずか四半世紀で転換する「大事業」であること。

二つ目は南北の分断。途上国では、経済発展、貧困解消、健康向上などは、気候変動に劣らず重要な政策であるがゆえに、欧米が主導する気候変動一辺倒のCOPにはついていけないということ。

三つ目は、再エネやEVの実装の難しさ。「転換」は、太陽や風だけでは実現できず、コンクリートや鉄、大量の金属などの「現物」が必要。許認可や反対運動(訴訟)の問題はつきものであること。

脱炭素に向けた議論は、とかく理想が先走ったり、利権が絡んだりと、ヤーギン博士が示したような、大局的かつリアリティに富んだ視座が見失われがちではなかっただろうか。

今回のコンベンションの会場においては「バランス」という言葉が流行したようだ。エネルギーは「持続可能」で「値ごろ」、かつ「安全保障」を満たすべし、との意味だ。エネルギー危機を契機に、こうしたリアリティのある議論が進むことを期待したい。

【電力】カルテル問題を招いた 整合しない二重規制


【業界スクランブル/電力】

公正取引委員会は3月30日、中部電力と中部電力ミライズ、中国電力、九州電力、九州電力みらいエナジーに対し、高圧以上の電力販売や官公庁向けの入札において、カルテル行為があったとして、計1000億円超の課徴金納付命令と排除措置命令を出した。

カルテル行為の認定については、一部会社に取り消し訴訟の動きがあるので、予断は慎むが、問題の行為があったとされる時期は、TEPCOカスタマーサービス(TCS)の越境営業を皮切りに競争が激化し、電源固定費回収がほぼ期待できない水準まで価格が低下していた。

これが供給過剰な中での過当競争であれば、需給が適正化するプロセスと割り切ることもできようが、いわゆる限界費用玉出しにより、固定費負担を大きく免れる価格でスポット市場から電気が買える状態が人為的に作り出され、小売料金がその水準に引っ張られて過当競争状態に陥ったのが実態だろう。自由化と言いながら、低圧需要に対する供給義務など少なからぬ公益的役割を課されている旧一電が、明らかに持続可能でない過当競争を続ければよかったのか。もやっとするものがある。

ちなみに限界費用玉出しは、一部経産省関係者が主張していたような独禁法上の要請ではない。公取委から見れば、独禁法とは関係ない、経産省が勝手にやったということになろう。そして過当競争を仕掛けた関西電力もTCSも、一義的には良いことをしたと映るだろう。

今回の事象は、公取委と経産省による二重かつ必ずしも整合していない競争政策に、旧一電が翻弄された結果とは言えまいか。加えて、競争だけでなく安定供給もみるべき経産省の、容量市場導入の取り組みが残念ながら遅きに失した結果とも言えまいか。(U)

インフラ許認可改革で混迷 米民主・共和党が真逆の方針


【ワールドワイド/環境】

2022年9月、米国において総額3700億ドルの気候変動対策を含むインフレ抑制法(IRA)が成立した。中核はクリーンエネルギー関連の税額控除で、温暖化防止を重視するバイデン政権の大きな白星となった。

昨年の中間選挙で多数を握った下院共和党は、バイデン政権を攻めるため、行政監視機能をフル活用する構えであり、インフレ抑制法に基づく財政支出やルール整備もターゲットの一部となり得る。しかしインフレ抑制法の支援策は共和党州にとっても裨益が多く、影響は限定的となる見込みだ。

現在、大きな焦点になっているのがエネルギーインフラに関する許認可改革(Permitting Reform)である。もともと許認可改革はシューマー民主党上院院内総務がインフレ抑制法成立の行方を握るマンチン上院議員の賛同を得るための条件であった。しかしマンチン上院議員が重視する環境影響評価審査期間の短縮やエネルギープロジェクトへの乱訴防止などは民主党リベラル派の反対により、実現に至っていない。

共和党はさらにエネルギー面での攻勢も強める構えだ。下院エネルギー商業委員会では共和党が「エネルギーコスト低減法案」を提案した。同法案には連邦所有地における石油・ガス生産や鉱山採掘の認可プロセスのファスト・トラック導入、天然ガス税の廃止、重要インフラプロジェクトの認可プロセス迅速化、国家環境政策法の改革、訴訟権限の制限などが含まれる。化石燃料および関連インフラを重視していることが大きな特徴である。

これに対して上院で多数を握る民主党は再エネ拡大に必要な送電網整備を迅速化させるための規制改革を重視しており、石油ガス生産やパイプラインといった化石燃料関連の規制改革には否定的だ。特に民主党リベラル派は国家環境政策法の環境影響評価手続きの迅速化に反対している。

このように一口で「許認可改革」といっても上院民主党と下院共和党の間でプライオリティが全く異なっている。ねじれ議会の中で左右の極端な意見を切り捨て、超党派の妥協を作れるかどうかは未知数である。本年後半からは大統領選モードが強まり、超党派合意は困難になる。チャンスがあるとすれば今後3カ月程度がヤマであり、それを逃せば次期政権の前半2年に持ち越されるとの見方もある。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

脱原発・再エネ導入進む台湾 重要性増すエネルギー安全保障


【ワールドワイド/経営】

残り2基。台湾で運転している原子炉の数だ。今年3月に第二原子力発電所2号機が運転停止したことにより、現在台湾で稼働中なのは第三原子力発電所のみとなり、これも2025年までに運転期限を迎える予定である。

16年からの蔡英文政権の電力・エネルギー政策は、「脱原子力」と「再エネ推進」に特徴づけられ、運転ライセンス切れを迎えた原子炉を次々に停止させてきた。このため、政権発足時に500万kW以上あった原子力発電による供給力は近く失われることになる。

一方の再エネについては、蔡政権のもと導入目標がこれまで数度上方修正されている。台湾の面積は九州とほぼ同規模ながら、太陽光は25年に2000万kWを目標としている。特に洋上風力は台湾海峡が好条件なこともあり重要視され、25年に560万kW、50年には最大で5500万kWの導入を計画している。蔡政権は21年に「2050年ネットゼロエミッション目標」を発表し、昨年12月にはその具体的な道筋としてカーボンニュートラル移行に向けた行動計画を公開した。同計画は30年時点での排出量削減目標をさらに上積みしたほか、水素や電力貯蔵、CCUS、省エネ、グリーン金融といったさまざまな分野で意欲的な行動目標を掲げている。

こうした中、昨年2月に勃発したウクライナ戦争に伴うエネルギー危機、同年8月のナンシー・ペロシ米国下院議長(当時)の訪台に端を発する中国人民解放軍の台湾周辺での軍事演習によって「台湾封鎖」が現実味を帯びたことは、エネルギー安全保障の重要性を台湾社会に再認識させる結果となった。特にガス火力は21年時点において発電電力量ベースですでに37‌%に達した。原子力による供給力減少を補うため、今後さらに依存度が高まると予想されるが、LNGの在庫量がわずか10日分であることが大きな社会問題となった。

洋上風力も、感染症や機材高騰などを背景に開発が遅延しており、昨年は目標達成に至らなかった。しかし、蔡政権には脱原子力の姿勢を崩す気配は見られない。

地球温暖化対策で再エネ利用が進んできたが、昨年からは、世界レベルでエネルギー安全保障の重要性が再認識されており、日本や欧州では原子力政策を転換する動きも見られる。日本と同様に資源をほとんど持たないにもかかわらず、脱原子力とネットゼロエミッションの達成という二兎を追う台湾のエネルギー政策の行く末には、大きな困難が予想され、今後も注視する必要がある。

(南 毅/海外電力調査会・調査第一部)

【コラム/5月16日】再生可能エネルギー電力促進のための経済的インセンティブ


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

国内外で、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラルが、重要な政策課題となっている。カーボンニュートラルの達成に向けて、再生可能エネルギー電源の大幅な増大が必要になっているが、同電源とりわけ陸上風力発電と大規模ソーラー発電の立地拡大に関しては、環境への影響や住民への負荷を考えると、パブリックアクセプタンス獲得のための一層の努力が求められている。再生可能エネルギー電源が飛躍的に増大しているドイツでも、さらなる立地について市民の理解を得ることが焦眉の課題となっており、同電源の立地促進のために様々な経済的インセンティブが試みられている。そこで、本コラムでは、その現状について紹介し、わが国における再生可能エネルギー電源拡大のための参考にしたい。

ドイツでは、いくつかの州で再生可能エネルギープロジェクトに関して経済的メリットを市民に供与している。そのうち、メクレンブルク・フォアポンメルン州の「市民・自治体参加法」( 2016年~)やチューリンゲン州の「フェア・ウィンドエナジー・テューリンゲン」ガイドライン (2016年~)が代表的な事例として挙げられる。メクレンブルク・フォアポンメルン州では、「市民・自治体参加法」により、風力発電事業者は、地元の自治体または市民(プラントから半径5km以内)に資本参加の機会(株式を購入する権利)を提供することが義務づけられている。同法の規定により、事業者は、新らたな風力発電所建設にさいして有限責任会社を設立し、この会社の少なくとも20%の株式を地元の自治体や住民に提供する(または、事業者が提案し、これを当該自治体が選択する場合には、自治体に、補償金を支払う)。

この「市民・自治体参加法」については、様々な問題点が指摘されていた。まず、メクレンブルク・フォアポンメルン州固有の義務や公課を同州で風力発電事業を展開する者のみに課すことの問題点が指摘された(他州で事業展開する者には課せられない)。さらに、事業者に補償金などの追加的なコストを発生させることは、財産権の侵害になるのではないかとの指摘もあった。また、このような資本参加の義務づけに関する規制は、鉄道など他のインフラ事業に対する規制と比較して、公平性に問題があることなども指摘された。しかし、2022年5月に、連邦憲法裁判所は、「市民・自治体参加法」は基本的に合憲との判断を下したことから、メクレンブルク・フォアポンメルン州をモデルとしたパブリックアクセプタンス向上策が、他州にも広まっていく可能性がある。

また、ドイツにおけるいくつかの研究調査では、地域市民や自治体のプロジェクトへの資本参加は、アクセプタンス向上に貢献していることを指摘している。連邦憲法裁判所の判決文では、メクレンブルク・フォアポンメルン州での調査結果として、経済的なインセンティブなしで自宅近くでの風力発電所の設置に賛成した住民は、半数を下回ったものの、それが付与される条件の下では、賛成は3分の2まで増加したことや、回答者の4分の3は、経済的なメリットが供与されることは、良い対策あるいは非常に良い対策と答えたことを挙げている。

不透明な米シェール生産 破産申請する専門企業も


【ワールドワイド/資源】

シェールガスやメキシコ湾沖合など米国内の石油生産量は、2019年に日量2000万バレル超だったが、新型コロナの影響で複数のシェールオイル生産者が既存坑井を閉鎖する前例のない対応を取り、20年5月には400万バレルの減産となった。

その後、ロシア侵攻による1バレル100ドル超の油価を受け、テキサス州およびニューメキシコ州のパーミアン盆地を中心に生産が持ち直し、夏にはパンデミック前の2000万バレルまで回復した。70~80ドル付近で落ち着いた年後半には、掘削数も現状維持で推移。今年1月現在、石油生産量は2050万バレルほどだ。

主要なシェールガス産地別でみると、パーミアンのみ増産中だ。パーミアンは20年に一時日量500万バレルを下回るも現在は560万バレル。北部のバッケンは19年の150万バレルまで回復せず、現状は120万バレル弱。イーグルフォードも19年の140万バレルから戻らず、120万バレル弱だ。

企業別でみると、大手石油会社は短期間で収益を上げる資産に好んで投資する。エクソンモービルは、21年のパーミアン生産量を石油換算バレルあたり日量46万バレル、22年は55万バレルまで増産。27年には80万バレルの目標を立てる。シェブロンも、22年末70万バレル超の生産を25年までに100万バレルまで引き上げる。

他方、シェールガスを専門とする中小企業は、10年代はジャンク債の借り入れから増産で収益を上げたが、今回のコロナ危機を契機に不良債権化。チェサピークなど大手シェール事業者が連邦破産法11条を申請するなど各社とも増産ではなく、債務削減と株主還元を優先する財務安定を重視した経営に転じた。現場では技術者不足、サプライチェーン障害でコスト上昇がみられるが、パーミアンでは坑井の水平部分が延伸され、効率性の改善が図られている。

エネルギー省の短期見通しによれば、米国の石油生産量は24年1月に日量80万バレル増、原油・LNGともに32万バレル増である。しかし、今後数年内、あるいは20年代後半にシェール生産がピークに到達する見方が一般的だ。国内生産の15%を占めるメキシコ湾では新規生産の油田の一方、既存油田からの減退が進み、あまり期待できない。 足元をみれば、米国はG7唯一の石油輸出国であり、22年のエネルギーショックを物理的にも心理的にもやわらげた存在だ。しかし数年後は未知数も大きい。

(高木路子/独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

【マーケット情報/5月12日】欧米下落、景気低迷の見通しが重荷


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、米国原油の指標となるWTI先物、および北海原油を代表するブレント先物が下落。経済減速、それにともなう石油需要後退の見方が下方圧力となった。

米国では、4月の消費者物価指数の伸びが鈍化し、過去2年で最低を記録。連邦準備理事会の利上げによるインフレ抑制が功を奏したとみられる。ただ、今後の利上げがどうなるかは不透明。また、5月6日までの一週間における失業手当の申請が、2021年10月以来の最多となった。加えて、イエレン米財務長官が、債務上限の一時停止、あるいは引き上げがなければ、6月1日にも債務不履行に陥る可能性があると指摘。経済が冷え込み、石油需要が弱まるとの懸念が広がった。

供給面では、サウジアラムコ社のアジア太平洋地域向け6月ターム供給は、追加減産にも関わらず、買い手の希望通りとなる見通しだ。 一方、カナダでは、アルバータ州が山火事を受け、緊急事態宣言。最低でも日量31万9,000バレル原油相当の生産が一時停止。欧米価格の下落を幾分か抑制した。また、OPECは、今年の原油需要予測を小幅に上方修正。中国を筆頭としたOECD非加盟国からの需要増加を見込んだ。これにより、中東原油の指標となるドバイ現物は、前週比で上昇した。

【5月12日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=70.04ドル(前週比1.30ドル安)、ブレント先物(ICE)=74.17ドル(前週比1.13ドル安)、オマーン先物(DME)=73.38ドル(前週比0.14ドル高)、ドバイ現物(Argus)=73.59ドル(前週比0.62ドル高)

第43回 エネルギーフォーラム賞


第43回「エネルギーフォーラム賞」の贈呈式がこのほど行われた。

ウクライナ危機を契機に地政学の視点から国際エネルギー情勢を取り上げた著作が優秀賞、

また、電力のセキュリティーを中心にエネルギー安全保障を論じた著作が普及啓発賞に輝いた。


<優秀賞>エネルギーの地政学/小山堅/朝日新聞出版


<普及啓発賞>電力セキュリティ エネルギー安全保障がゼロからわかる本/市村健/オーム社


わが国のエネルギー論壇の向上に資することを目的に、1981年に創設されたエネルギーフォーラム賞(エネルギーフォーラム主催)。今年で43回目を迎える同賞の贈呈式が3月31日、都内の経団連会館で開催された。今年は優秀賞が1作、普及啓発賞が1作選ばれたものの、大賞は選出されなかった。

受賞作の選考方法は、一昨年の12月から昨年の11月の1年間に刊行された日本人によるエネルギー・環境問題に関する著作を対象に、アンケート方式で有識者や業界関係者らから2作を推薦してもらい、エネルギーフォーラム賞事務局がアンケート結果上位の著作を選定。選考委員による厳正な審議を経て受賞作を決定している。

コロナ禍で4年ぶりとなった贈呈式では、京都大学名誉教授の佐和隆光・選考委員会委員長が選考の経緯を説明。その後、保坂伸・資源エネルギー庁長官が「小山堅氏の『エネルギーの地政学』と市村健氏の『電力セキュリティ』は、ともにウクライナ侵攻とエネルギーセキュリティーの重要性が語られた名著であり、われわれもGX(グリーントランスフォーメーション)という形で政策を打ち出し、原子力についても法律を提出した。その前提となるGX推進法では、脱炭素の中心となる再生可能エネルギーと原子力、安定供給について議論を行っている。また、世界に目を移せば、米国のインフレ抑制法(IRA)を筆頭に、グリーン成長戦略によって産業のぶんどり合いが激しさを増している。したがって、政府もGX移行債を発行し、将来的にはこれまでわれわれが反対してきたカーボン・プライシングも導入することも決意をし、法案を提出した。これらは『産業』という視点を含めて進めていく」と述べた上で乾杯の音頭をとった。

ALPS処理水で「対日謀略」 警鐘を鳴らすメディアはあるか


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表

尊大なコメントで知られる中国外務省の記者会見にしては拍子抜けだった。読売3月22日「中国、日本けん制」である。

日本時間の21日、ウクライナを訪問した岸田文雄首相について、担当者は「日本が事態の沈静化に反するのではなく、有益なことを多く行うことを望んでいる」と述べたという。動揺したか。

ちょうど習近平国家主席がロシアを訪問していた。

読売同日「習氏『仲介者』を強調、中露首脳会談、エネ安定確保図る」に、「和平に積極的な『仲介者』の立場をアピールし、対露制裁と距離を置く国への影響力拡大を図る狙い」とある。だが、仲介役としては「中国の提案は、ウクライナが求める露軍の完全撤退や全領土の返還には言及していないロシア寄りの内容で、ウクライナとの溝は大きい」。実態は「ロシアからの石油や天然ガスの安定確保に向けた協力強化を図りたい思惑」と本音を見透かされている。

ただでさえすっきりしない訪露に、日本が冷水を浴びせた形だ。産経23日「(岸田)首相、習氏との相違示す、同時期外遊『法の支配』発信」「米政権『日本は世界のリーダー』」「日中『外交対決』欧州メディア注目」は、メンツを重視する中国にとって腹立たしい内容だったろう。

意趣返しだろうか。朝日23日「中ロ首脳『撤退』なき声明発表」で紹介された共同声明の主な内容には、今夏にも始まる東京電力福島第一原子力発電所からの処理水の海洋放出計画について「深刻な懸念」の一項目がある。

残念ながら、朝日は項目を挙げただけ。読売、毎日に至っては一切触れていない。日本に対する露骨な外交攻撃である。甘くないか。

踏み込んだのは産経23日「中露共同声明、処理水放出『深刻な懸念』、対日カード巡り共闘姿勢」だ。「日本は周辺隣国など利害関係国や、国際機関と透明で十分な協議を行わなければならない」「(中露は)日本が海洋環境と各国国民の健康面の権利と利益を有効に保護するよう促す」との声明内容を紹介し、中国は「国際問題に発展させようとしている」と警鐘を鳴らしている。

油断は禁物だ。朝日26日「北朝鮮、韓国世論策動か、公安当局捜査、福島処理水放出めぐり、SNSでデマ、工作員指示書」は、「北朝鮮の工作機関が韓国の協力者に『汚染水の放出で東海(日本海)が汚染される』とのメッセージを拡散し、韓国の世論を扇動するよう指示した疑いがあることが公安当局の捜査でわかった」と伝える。デマの内容は「魚を妊婦が食べれば、胎児に影響を与える」「怪物が出現する」らしいが、荒唐無稽さにあきれる。

怪しい策動は放置できない。

産経28日「中露首脳が『汚染水』表現、国際問題化画策、処理水、誤解払拭なお」は、「国際社会の誤解を解くとともに、風評被害対策や計画への理解を進めるため、改めて科学的で丁寧な説明が求められている」と訴える。

記事にある通り、処理水は放射性物質のトリチウムを含むが、国際基準に沿って安全に放出される。そもそもトリチウムは自然界にも存在し、自然程度の濃度なら害はない。中国や韓国の原子力発電所では、福島よりはるかに多いトリチウムを海に放出している。

朝日20日「処理水放出『賛成』51%『反対』41%」は心強い。この計画に批判的な報道を繰り返してきたこの新聞の世論調査でも、理解の拡大が伺える。

粛々と実現を目指そう。

いかわ・ようじろう  デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。

水素・アンモニア活用の時代へ 円滑な移行に三つの必要事項


【オピニオン】平野 創/成城大学経済学部教授

カーボンニュートラル(CN)社会の実現に向け、日本は大きな転機を迎えている。総合資源エネルギー調査会の小委員会が1月にとりまとめた中間整理において、2030年ごろまでに水素・アンモニア供給を開始する事業者を対象として、これらの脱炭素エネルギーと既存のエネルギーの価格の差額を支援することが示された(水素とLNG、アンモニアと石炭が等価となる制度が検討されている)。

この政策は、水素などの脱炭素燃料普及の大きな阻害要因とされていた「コストの壁」を制度的に打破するものである。したがって、各事業者は一度コストという視点の自縛から離れ、CN化に向けての最善手実現という視点から計画を検討、立案すべき局面にきたといえる。

なぜ水素・アンモニアの輸入に向けた支援が日本のCN化に大きな役割を果たすのか、その理由は日本のエネルギー構造そのものにある。現在、日本は1次エネルギーベースで85%以上を輸入エネルギーに依存している。今後、国内の再生可能エネルギーをどれほど拡充しようともそれだけで日本全体のエネルギーを賄うことはできない。したがって、脱炭素エネルギーの輸入なくして、日本はCNを達成しえないのである。

現在、コンビナートが水素・アンモニアの輸入拠点になると見込まれており、各地でカーボンニュートラル・コンビナート(CNK)の構築が目指されている。コンビナートはCO2を多く排出する鉄鋼業や化学産業などが集積しており、この点でもCN化に向けたいち早い取り組みが求められている。すでに川崎や周南地区において水素やアンモニアの輸入に向けた取り組みが始まっている。

水素・アンモニアを活用する時代への円滑な移行に向け、第一に複数の事業者がタイミングを合わせて、同時にエネルギーを切り替える必要性がある。自家発電設備やボイラーなどの更新時期を新エネルギーの輸入開始と合わせなければならない。これを怠り各社が適宜更新を行えば、化石燃料を使用する設備がまだらに残存することになり、新しいエネルギーの需要拡大が遅れかねない。円滑な移行のために、グリーン水素を待たずにグレー水素による需要拡大を先行して試みるなどの手立ても検討に値する。

第二に、事業者に魅力ある制度設計が必要となる。水素、アンモニアでしっかりと稼げるようにする必要がある。一方で将来的な価格低減のために、既存のエネルギー事業者以外も参入が可能となるような制度の整備も求められる。タンクやパイプラインなどのインフラの利用の門戸が開かれていなければならない。 第三に、われわれは利用適性によって個体、液体、気体エネルギーを使い分けており、合成燃料や合成メタンの活用・輸入も視野に入れるべきである。これらは既存の流通インフラ、設備・機器類が活用できるだけでなく、その貯蔵性・可搬性から災害時においても利便性が高い。また、コンビナートで回収したCO2の再利用につなげることもできる。

ひらの・そう 2008年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了(博士、商学)、一橋大学大学院商学研究科特任講師。13年成城大学経済学部准教授、20年4月から現職。専門は経営史、石油・石油化学産業史など。

スマコミ地域実証の経験を生かす グリーン成長のフェーズに突入


【地域エネルギー最前線】 福岡県 北九州市

官営八幡製鉄所誕生の地が、スマコミ実証を経て、今度は脱炭素化や水素産業拠点へ―。

エネルギー関連のさまざまなモデル事業が展開されてきた北九州で、新たな一大戦略が始まっている。

日本四大工業地帯の一角である北九州市は、高度経済成長に伴う深刻な公害を克服した歴史を持つ。苦しい経験も乗り越え、2010年代には政府のスマートコミュニティ地域実証の舞台に、あるいはエネルギー・環境系のさまざまなモデル都市として、先進的・多面的な取り組みが展開されてきた。

そして現在、市はグリーン成長を目指すフェーズに入った。エネルギー多消費型の素材産業集積地として、ビジネスモデルの転換は避けられない課題だ。市は「近隣自治体や中小企業などと一体的に産業の脱炭素化モデルをつくり、地域の付加価値を向上させる必要がある」(グリーン成長推進部)と強調する。昨年2月に策定したグリーン成長に向けた基本戦略では、30年度に向け電化の促進を主軸とした「脱炭素電力推進拠点都市」と、水素利用に挑戦する「水素供給・利活用拠点都市」を設定し、アクションプランをまとめた。

重ねて、昨年4月には環境省の「脱炭素先行地域」にも選定された。対象は「北九州都市圏域」の18市町(総人口約136万人)の公共施設群で、約3600施設に及ぶ。また、同市には国の「エコタウン事業」の認定を受けた、国内最大級のリサイクル団地がある。この企業群の脱炭素化を図ることで、地域産業の競争力強化や都市の魅力向上につなげる狙いだ。

なお、都市圏域は、中心都市と近隣都市が連携し、人口減少・少子高齢化の中で社会経済を維持するための拠点づくりを図る総務省の政策の一環。その経験を、今度は脱炭素化での地域連携に生かす。脱炭素先行地域としては、最多の自治体が関わるケースとなる。

「都市圏域」18市町が連携 地域特性や知見を活用

具体的には、①脱炭素先行地域でPV(太陽光)やEV、蓄電池などの低コスト型PPA(電力販売契約)モデルを構築し、中小企業をはじめ都市や海外にも展開、②風力や水素も含めた脱炭素エネルギーの拠点化と新産業創出、③市内再エネ導入量は現状の3倍となる約140万kW―を目指す。

民生部門では、まず北九州都市圏域の公共施設群と、エコタウンのリサイクル企業群の脱炭素化を図る。特に北九州市の公共施設は、約2000カ所で25年度までの再エネ100%電力化という、都道府県・政令指定都市では最速ペースの目標を設定した。ベースとなるPPAモデルでの分散型システム導入に加え、ごみ発電やメガソーラー、バイオマス発電、風力発電といった地域の再エネをフル活用するため、系統用の大規模蓄電池も導入し、都市圏域全体でのエネルギーマネジメントを目指す。

ここ数年、電力需給ひっ迫リスクの高まりから、電力系統と協調した形でのエネマネの活用が一層重要になっている。市は「かつてのスマコミ実証では自営線網による特定供給エリア内でのエネマネだったが、今回は系統ともつながりつつ地域で最大限のエネマネを図っていく。大手電力との連携も模索したい」(同)と説明する。

スマコミ実証を経て2015年に設立した北九州パワー

スマコミ実証の成果として、市や民間が出資して地域エネルギー会社、北九州パワーを設立。地域の再エネなどを活用した電力小売りやエネマネサービスを提供しており、今後の脱炭素化でも中心的な役割を担うことが期待される。

加えて特徴的なのが、PPAと併せたさらなるコスト低減の取り組みとして、中古PVパネルやEVバッテリー、蓄電池などのリユース・リサイクルシステムの構築だ。地域の強みであるエコタウン企業の知見と、全国有数の自動車産業拠点であることから自動車メーカーとも連携し、実現を目指す。

【インフォメーション】エネルギー企業・団体の最新動向(2023年5月号)


【川崎汽船・電源開発/風力利用で推進するカイトの石炭船搭載が決定】

川崎汽船と電源開発は、8万8000tの石炭運搬船「コロナ・シトラス」に、風力を利用して推進力を補助する自動カイトシステム「シーウイング」を搭載すると決定した。国内の電力会社向け石炭運搬船への搭載は初だ。シーウイングは操舵室からの簡単な操作で自動的にカイトの展張や格納ができる。シーウイングの搭載により、燃料となる重油の使用量を削減し、航行中のCO2排出量を約20%以上削減できる。コロナ・シトラスは2019年から就航中で、これまでも船舶のSOX排出規制への対応のために、排ガスに海水を噴霧してSOXを洗浄する装置「SOXスクラバー」を搭載している。シーウイングを搭載することで、さらなる環境負荷軽減を図る。

【東京ガス・SCREENホールディングスほか/低コストグリーン水素製造用部品の量産化へ】

東京ガスはこのほど、SCREENホールディングスと共同で開発している、グリーン水素製造に使用するPEM水電解用セルスタックの性能、コスト、耐久性能を左右する重要構成部品である水電解用触媒層付き電解質膜(水電解用CCM)の高速量産化技術を確立した。2021年から共同開発を進めてきた両社は、SCREENの「ロールtoロール方式」で用いられる触媒塗工技術を活用。燃料電池用CCM製造向けの触媒塗工技術を水電解用CCMへ転用する際に、製造プロセスや触媒インク配合を水電解用に最適化することで、電極面積800㎠超サイズの水電解用CCMの製作に成功した。両社は今後も、サイズ拡大に向けた技術開発を加速しながら、量産開始を目指していく。

【デンソー/グリーン水素の地産地消を3社で実証】

デンソーとデンソー福島は、トヨタ自動車と共同で、グリーン水素の製造と製造した水素の活用に関わる実証を3月から開始した。この実証を通じて、「水素地産地消」モデルの構築やカーボンニュートラル工場の実現を目指す。水素はデンソー福島の工場内で製造され、工場ガス炉内で活用される。水素の製造には、トヨタ自動車が開発した水電解装置と、デンソー福島で自家発電した再生可能エネルギー由来の電気を用いる。水素の製造から利活用までのパッケージを複数構築し、組み合わせることで、工場の規模に応じた量の水素を導入できるモデルを形成していく。デンソー福島を起点に、福島地域で水素利活用を推進し、全国展開を目指す構えだ。

【明電舎/リチウムイオン電池用交直変換装置の販売開始】

明電舎は、再生可能エネルギーの普及拡大を背景に、電力系統の安定化に寄与する新型のリチウムイオン電池用交直変換装置(PCS)を開発し、2月から販売を開始した。PCSは、事業者が所有する外部システムとの連動の下で、需給調整市場のシステムに適応するための機能を実装している。また、事業継続計画(BCP)対策として使用できる停電時の自立運転機能や、自家消費型太陽光発電システムとの併設導入などにより、社会の脱炭素化に貢献する。

【アストモスエネルギーほか/LPG船にバイオ燃料 試験航行で実証】

アストモスエネルギーと日本郵船は、LPG船「LYCASTE PEACE」で、FAME B24(脂肪酸メチルエステルを24%の割合で混合)のバイオ燃料をシンガポールで給油し、試験航行した。バイオ燃料の生産地から補油地のシンガポールまでの輸送や通常燃料との混合、混合燃料の管理を追跡。船舶用バイオ燃料のサプライチェーンが追跡可能で、安全であることが証明された。バイオ燃料はCO2を発生するが、廃油などを原料とするためカーボンニュートラルと見なされる。次世代燃料の候補の一つとされている。

【荏原製作所/水素発電向けポンプ 世界初の開発に成功】

荏原製作所は、世界初の水素発電向け液体水素昇圧ポンプを開発した。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業として、2019年から開発をスタートした。22年10月には液体水素による実液試験(マイナス253℃)を実施し、大流量昇圧ポンプの設計に資する試験結果が得られたという。液体水素をガスタービンへ供給する際、昇圧ポンプが必要となる。同社は、強みとする高圧遠心ポンプと極低温の技術をベースに、世界初の液体水素燃料供給用のポンプとして、年内の市場投入を予定している。

【NTTアノードエナジー/県有公共施設にオンサイトPPA電力を提供】

NTTアノードエナジーは4月、「福島県県有施設太陽光発電設備設置事業(PPA方式)補助金」を活用し、福島県環境創造センターで、オンサイト PPA での再生可能エネルギーの提供を開始した。この取り組みは県内初。この施設の太陽光発電設備による年間発電量は約45万 kW時。全体の約14.4%の電力を賄うことができ、温室効果ガス排出量の削減効果は年間約207.5t、20年間で約4150tとなる見込みだ。同社は、オンサイト PPAなどの活用による再エネ導入、地域内のエネルギーの需要と供給のバランスを図る蓄電池やEV充電サービスなどの導入、地産地消利用率向上サービスを通じて、福島県をはじめとする全国の地方自治体、企業の脱炭素実現に向け貢献していく。

【愛知時計電機ほか/水道・ガスのスマメで見守り実証】

愛知時計電機と静岡県御殿場市、御殿場ガスは「見守りサービス実証実験の実施に関する協定」を結び、御殿場市内の高齢者世帯7戸を対象に、2024年2月末まで検証を行っている。スマートメーターからクラウドに自動収集された水道と都市ガスの1時間ごとの使用量データを監視。生活サイクルを精緻に把握し、高齢者見守りサービスへの利活用の有効性を確認する。水道使用状況の異常を把握した場合に安否確認メールを送信するサービスの有効性も検証する。

【ニチガス/川崎に新規営業拠点 3万件の顧客目指す】

LPガス販売のニチガスが、神奈川県内の営業強化の一環で、川崎市内に新規の営業拠点を開設した。神奈川県内としては14番目の営業所だ。業務のデジタル化を推進しながら、営業所の無人化を実現。所内業務は遠隔で管理する。施設はオール電化。太陽光発電や蓄電池を導入し、シミュレーション上はエネルギーの自立化を実現するとしている。

【石油資源開発/網走バイオマス発電所 3号機が運転開始】

石油資源開発が5社と共同出資する北海道網走市のバイオマス発電プロジェクトの3号機が、3月8日に運開した。出力規模は2022年10月に運開した2号機と合わせて1万9800kW。燃料は北海道産の材木質チップを使用。FIT制度により年間約1.4億kW時を北海道電力ネットワークへ売電する。再エネ由来電力の普及と地域経済の発展に貢献する。

【三菱重工エンジン&ターボ/最高水準の発電効率 CO2排出を低減】

三菱重工エンジン&ターボチャージャは3月、高い発電効率とパッケージサイズをコンパクト化した、発電出力2000kWガスコージェネレーションシステム「SGP M2000」を新開発したと発表した。国内市場向けには、4月から販売を開始する。2000kW級では世界最高水準の発電効率44.3%を誇る16気筒新型ガスエンジン「G16NB」をコージェネレーションシステムとしたこの製品は、従来の同社製1000kWコージェネと比べて、発電効率が1.8ポイント向上。発電時の排出CO2を低減する。

「e―フュエル」時代の夜明け G7声明が日本の戦略後押しへ


【合成燃料】

G7気候・エネルギー・環境相会合やEUの方針転換で、国内では合成燃料活用に期待が高まる。

一方で実用化にはコストや生産面での課題もあり、推進には官民一体での取り組みが必要だ。

 水素と二酸化炭素(CO2)を反応させることで生成するe―フュエル(合成燃料)。この次世代燃料について、実用化に向けた動きが活発だ。

4月15~16日に開かれたG7(主要7カ国)気候・エネルギー・環境相会合の共同声明で、運輸部門の脱炭素化対策として電気自動車(EV)の普及拡大だけではなく、「バイオ燃料や合成燃料を含む低炭素・カーボンニュートラル(CN)燃料などの技術開発を評価する」方針が盛り込まれた。声明は各国の事情を踏まえたCN燃料政策を尊重する方針を打ち出しており、日本にとっては「EVのみにこだわらない方向性が一致した」(資源エネルギー庁)と歓迎する向きが広まっている。

その原料となる水素の活用を巡っては、国際エネルギー機関(IEA)がG7エネ環境相会合に先立ち、製造された水素がクリーンかどうかを示す指標をまとめた。指標では、化石燃料由来の水素でも、CO2回収などの条件を満たす場合には環境に適合したとみなす。日本でも水素基本戦略を6年ぶりに改定する。今後15年間で官民合わせて15兆円規模の投資を目指しており、一連の世界的な動きは日本の合成燃料ビジネスを後押しする形になりそうだ。

G7気候・エネルギー・環境相会合に出席した西村康稔経産相

生き残り模索する元売り 海外企業と連携進める

世界の化石燃料の脱炭素化が進む状況で、生き残りを模索する日本の大手石油元売り会社は、石油の代替として合成燃料の開発、導入に力を傾注してきている。

国内の先頭を走るのはENEOSだ。合成燃料の製造技術開発は昨年4月からグリーンイノベーション基金に採択。最も商用化に近い「逆シフト反応(CO2と水素反応による一酸化炭素変換)+FT合成(一酸化炭素と合成ガスか

ら液体燃料を製造)」の効率化、大規模化を目指している。同社は「まず小規模プラントによる検証で25年までに1日当たり1バレル、28年までに300バレル(年間1・7㎘)の製造を目指す」(広報部)と、40年自立商用化に意気込みを見せている。

海外との連携を積極的に進める動きも加速する。

出光興産は4月5日、独ポルシェが支援するグローバル企業、HIFと戦略的パートナーシップに関する基本合意書を締結した。HIFは南米、北米、豪州などで合成燃料を製造。出光興産は国内で回収したCO2を輸送するほか、合成燃料を調達し国内に供給する。そのほかHIFの合成燃料製造ノウハウを生かし、国内での生産実用化を目指す。

コスモエネルギーHDとコスモ石油も3月、タイ・バンコクに拠点を持つ大手エネルギー企業、バンチャックと持続可能な航空燃料(SAF)、バイオナフサなど脱炭素分野を中心とした共同検討に関する覚書を締結した。SAFのみならず、ブルー水素、グリーン水素の活用や、CCUS事業でも連携。カーボンニュートラル実現を進めるとしている。

EUがエンジン車容認 EV化の流れは変わらず


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.14】関口博之 /経済ジャーナリスト

ガソリンエンジン車は生き延びられるのか、それとも消え去る運命なのか。依然、見方は分かれているようだ。欧州連合(EU)はエネルギー相理事会で、2035年以降も、温暖化ガスの排出ゼロとみなす合成燃料を利用する場合に限ってエンジン車の新車販売を認めることに合意した。エンジン車全面禁止という当初案を修正した形だが、あくまで例外としての扱いだ。紙面には「エンジン車容認」「EUが方針転換」「日本メーカーは歓迎」などの見出しも見られたが、これで内燃機関が生き延びた、とまでは言えないだろう。35年以降の新車販売は原則ゼロエミッション車に、というEUの基本姿勢は変わっていない。

専門家からは、高価な合成燃料を使えるのは富裕層で、その顧客が選ぶポルシェやフェラーリが恩恵を受けるくらいでは、という冷めた声もある。“跳ね馬の咆哮”を愛すのは、一握りの人たちの優雅な楽しみになるかもしれない。

EVを推進するEUの基本方針は変わっていない

一方、日本メーカーから見れば、得意とするハイブリッド(HV)車やプラグインハイブリッド車の市場を、脱炭素化までの移行期において確保したいのが本音だ。その意味でガソリンエンジンの全面禁止を免れたことには安堵もあるだろう。ただ、今回EUの当初案に注文を付けたドイツにすれば、大事なのは国内メーカーの雇用であって、HV技術の温存といった思惑が働いたとは思えない。エンジン車にいわば逃げ道は与えられたが、EV化が加速するという大きな流れを見誤ってはいけない。

今回のEUの決定では合成燃料e―フュエルも重要なパーツになった。再生可能エネルギーで作る水素と、二酸化炭素(CO2)から合成される。燃やせばCO2が出るが作る時に回収したCO2を使っているため相殺され、排出ゼロとみなされる。ポルシェとシーメンスはチリで合成燃料の生産工場を稼働させた。日本でもENEOSなどが開発に取り組んでいる。

最大の課題はコストだ。経済産業省の研究会は国内の水素を使い国内で作る場合で1ℓ約700円、海外で比較的安価な水素で製造し持ってきても約300円と試算している。ガソリンの22倍弱から4倍にあたる。用途としても現状、電動化が難しい航空機用にまずはSAF(持続可能な航空燃料)としての供給が先になりそうだ。エネルギー業界もそう見ている。ただし車でも、新車はEVに置き換わっていくとしても、保有台数全体でみれば2040年代でも依然、エンジン車が多く走っている。実効性のあるCO2削減に合成燃料の役割は大きく、コスト低減が求められる。 それにしても130年余り前、ダイムラーとベンツがほぼ同時期にガソリンエンジン車を発明してから、内燃機関は素材、耐久性、燃費向上、軽量化など営々と先人の努力が注がれてきた。この磨き込まれた技術の粋が消えるのは何とも惜しい。水素エンジンは一つの道だが、技術史的にもっと何かに継承することはできないか。例えば機械式時計のように。専門家に尋ねたい気もする。


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.1】ロシア軍のウクライナ侵攻 呼び覚まされた「エネルギー安保」

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.2】首都圏・東北で電力ひっ迫 改めて注目される連系線増強

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.3】日本半導体の「復権」なるか 天野・名大教授の挑戦

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.4】海外からの大量調達に対応 海上輸送にも「水素の時代」

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.5】物価高対策の「本筋」 賃上げで人に投資へ

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.6】なじみのない「節ガス」 欠かせない国民へのPR

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.7】外せない原発の選択肢 新増設の「事業主体」は

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.8】豪LNG輸出規制は見送り 「脱炭素」でも関係強化を

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.9】電気・ガス料金への補助 値下げの実感は? 出口戦略は?

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.10】“循環型経済先進国” オランダに教えられること

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.11】高まる賃上げの気運 中小企業はどうするか

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.12】エネルギー危機で再考 省エネの「深掘り」

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.13】企業が得られる「ごほうび」 削減貢献量のコンセプト

せきぐち・ひろゆき 経済ジャーナリスト・元NHK解説副委員長。1979年一橋大学法学部卒、NHK入局。報道局経済部記者を経て、解説主幹などを歴任。

規制強化だけで安全は保たれない 統治機構の問題を認識すべきだ


【永田町便り】福島伸享/衆議院議員

国土交通委員会に所属している私は、海上運送法等改正法案の審議で質疑に立った。昨年4月、北海道知床沖で26人の死者・行方不明者を出した痛ましい事故を契機として、規制を強化するために作られたものだ。

1999年9月に東海村の核燃料加工施設で起きたJCO臨界事故のことを思い出す。当時、資源エネルギー庁で原発立地などを担当していた私は、河野博文長官に呼ばれ、「科学技術庁に行って原子力災害対策と規制強化の法案作成をやってこい。君の地元だから土地勘もあるだろう」と急きょ科技庁出向となり、新しい原子力防災体制づくりに従事した。

新たに原子力災害対策特別措置法を制定し、原子炉等規制法も改正した。それまで「放射能が外に漏れるような事故は起きないから災害対策のための法律は不要」としていた政府の立場を転換するものだった。日本の法制上初めて公益通報者制度を法定化するなど斬新な規制体制を導入するきっかけも作った。

しかし、2011年の東日本大震災で再び悲惨な原子力災害が起こり、原子力規制の根本的な転換が迫られた。JCO事故の後、原子力規制体系の抜本的見直しをすることになっていたが、いつの間にか闇に葬られていた。現地で規制や危機管理に当たる原子力保安検査官や原子力防災専門官を法定化し、当初は民間の専門家や自衛隊などから人材を導入して規制体制の強化を図っていたが、10年経ってそれも形骸化していた。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」。私にとっては一生背負っていかなければならない不覚の思いだ。

規制の質の高度化なく 繰り返される事故

翻って今回の船舶規制強化でも、法律の条文上は膨大な新しい規制が加わった。しかし形式上の審査が行われる規制項目が追加されるばかりで、例えば安全統括管理者に対する講習の「質」が担保されるような条文はない。地方運輸局などの規制の実施体制も脆弱なままだ。国会は憲法に定められた国の唯一の立法機関のはずなのに、こうした法案の条文に即した議論を行う議員はほとんどいなかった。答弁に立つ大臣は、奇しくもJCO事故後の国会で科学技術政務次官として答弁に立った斉藤鉄夫国土交通相。おそらく忘れたころに再び人命を失うような事故が起きるだろう。 これまで日本では、事故が起きるたびに「規制の強化」が行われてきた。しかし、それは形式的な規制の量が増えるだけで、規制の質の高度化はなされていない。規制の運用体制が注目されることもなかった。国会は、規制を定める法案の条文を審査する能力を持たず、ましてや規制の運用を顧みることはほとんどない。規制をどのように作り、その運用を誰がどのようにチェックしていくのか。規制そのものより、規制を作る統治機構そのものの問題を私たちは認識しなければならない。

ふくしま・のぶゆき 1995年東京大学農学部卒、通産省(現経産省)入省。電力・ガス・原子力政策などに携わり、2009年衆院選で初当選。21年秋の衆院選で無所属当選し「有志の会」を発足、現在に至る。