【特集1まとめ】オイルショック 50年の教訓 脱炭素時代の「エネ安全保障」を考える


1973年10月の第一次オイルショックから今年で50年を迎える。
この間、わが国のエネルギー業界を取り巻く情勢は激変したが、
いま再び「安全保障・安定供給」が重要な政策課題に浮上してきた。
要因の一つは、ロシア産資源の供給を巡る「ウクライナショック」。
もう一つは、世界的な脱炭素化の進展による「カーボンショック」だ。
いずれも、エネルギーの安定調達・供給に大きな影を落としている。
オイルショック50年の教訓を、政官学の有力者はどう考えるのか。
原子力、再エネ、火力を軸に新たな時代のエネルギーミックスが問われる。

【アウトライン】半世紀の歩みを検証しGXに生かせるか いま再び問われる安全保障の強化

【座談会】 エネルギー政策の往古来今 安定供給こそ国益の源泉

【インタビュー】新エネ開発で先行した日本 欠けていた産業を育てる意識

【レポート】火力燃料購買の50年を振り返る 新たな課題にどう向き合うか

【インタビュー】「原発回帰」は必然の展開 新増設に時間的猶予なし

【レポート】西日本が電力不足・高騰回避のワケ 原子力稼働の波及効果を分析

【コラム】目先の価格変動に一喜一憂せず 石油政策の基本に立ち返る

【特集2まとめ】問われるライフラインの防災対策 事業者の取り組みを一挙紹介


大型台風など自然災害による被害が激甚化する中で、
ライフラインの防災や復旧対策に関心が高まっている。
電力・ガスなどの事業者は災害時にも安定供給を守るべく、
被害を最小限に食い止め、迅速な復旧を目指す使命を背負う。
過去の教訓で培った技術や知見を生かし、大災害に備える
事業者、自治体、メーカーなどの災害・復旧対策を取材した。

【アウトライン】大災害の教訓を対策に反映 業界を越え協同で備える

【トピックス】首都直下地震の被害者を半減へ 防災計画見直しで応急対策を強化

【レポート】早期復旧にグループ総力で対応 「千葉」の教訓生かし対策深化

【レポート】2018年台風21号が教訓に 早期復旧と情報発信に注力

【レポート】大地震での供給力被害を想定 グループの技術力を活用し対策

【レポート】強風下での地震発生を想定 グループ大で複合災害の訓練実施

【レポート】ITを駆使したシステム化 災害対応の迅速化進める

【レポート】大規模地震に三つの対策 予防・緊急・復旧で安定供給

【レポート】高耐震化で供給継続と早期復旧 支援経験を生かし対応力強化

【レポート】熱供給ネットワーク整備が奏功 ブラックアウトで効力発揮

【レポート】経験と訓練で磨いた応用力 受け継がれる安定供給DNA

【レポート】東京都心部の熱供給を維持 直下型地震など災害に備える

【レポート】大地震からのガス復旧に貢献 重要施設向け製品が好調

【レポート】三大インフラ停止時も活躍 「もしも」に備えたエネファーム

【レポート】SSを地域の安心拠点に 1日も早い営業再開を支援

【レポート】津波・水害対策の新手法 小規模タンクの漂流を防ぐ

【レポート】CO検知で火災通報をより早く 安全向上に警報器買い替えを促進

【特集2】三大インフラ停止時も活躍 「もしも」に備えたエネファーム


【パナソニック】

パナソニックがエネファームを発売してから14年がたつ。同社はエネファームを「いつも」省エネで快適に暮らせる製品として売り出してきたのと同時に、災害時の「もしも」のときも安心して生活できるための機能追加を行ってきた。特に2021年度モデル以降、レジリエンス機能を大きく発展させたものを展開。電気・ガス・水道の三大インフラの停止に備えた、次の三つの災害対策機能を紹介する。①無線通信機能を搭載し、停電に備えて自動で発電、②ガスの供給が停止しても温水を利用可能、③断水中でも備蓄水を生活用水として確保――だ。

戸建住宅向け新型エネファーム

①では、停電発生に備えて48時間連続発電を行う「停電そなえ発電」機能を搭載。クラウド接続でウェザーニューズ社から停電の発生リスクを検知すると、「停電そなえ発電」に自動的に運転を切り替えて停電に備え、省エネ性とレジリエンスの両立を確保した。

エネファームは、停電時に効果を実感できる製品だ。実際に、災害時の二次被害であるライフライン遮断のうち、停電によるものが9割以上なのに対して、ガスの供給支障によるものはわずか1%ほどといわれている。

②では、ガス供給遮断のリスクもカバーする機能だ。18年の大阪北部地震などガスの供給が止まることもあり得る。その場合は、電力系統からの電気を使って、貯湯タンクに温水を貯められるので冬でも入浴が可能だ。

③では、タンクに貯めた水を手軽に取り出せるよう、非常時水取り出し口を設置した。さらに最新モデルでは取り出し口を上部に追加して2カ所にした。従来はタンク下部に1カ所だったがタンク上部にも設置。「立ったままペットボトルで取り出せるほか、豪雨災害などでエネファーム底部が浸水しても、利用できるようになった」。環境エネルギーBU商品企画部桑原愛課長はこう説明する。

被災時も簡単に水を取り出せる

ハウスメーカーの中には、こうしたエネファームのレジリエンス性能を高く評価する企業もある。「防災に備える家」としてシリーズ化されているとのことだ。

EV普及後の平準化に活用 地域の問題解決の糸口にも

単体の分散型エネルギーとして性能を発揮するエネファームを複数台まとめて、地区全体で有効活用する取り組みも検討や実証が行われている。具体的には、エネファームの発電を地区全体で管理することで社会問題の解決に貢献する。例えば再エネの導入が進むにつれ、夕方に電力需要が急増するダックカーブが発生する。これを同社製エネファームの発電をオン・オフできる特長を生かしデマンドレスポンスなどに役立てる。

また、EVの導入が進むことで充電による電力需要のピークが立つ。この平準化にも活用する。「こうした地域のエネルギー問題解決にエネファームは有効」と扇原弘嗣部長は強調する。防災機能を備え、地域のエネルギーとして本格的に活用すると、エネファームの存在感はさらに高まるだろう。

【特集2】 東京都心部の熱供給を維持 直下型地震など災害に備える


日本経済の中心と言われる大手町・丸の内・有楽町地域へのエネルギー安定供給は欠かせない。同地域で地域冷暖房を担う丸の内熱供給はこの維持のためさまざまな施策を講じてきた。

【丸の内熱供給】

東京大手町・丸の内・有楽町は日本を代表する企業が本社拠点を構える日本経済の中枢とも言える地域だ。点在する巨大なビル群はエネルギー供給において万全な体制がとられている。同地域をはじめ内幸町や青山で熱供給事業を展開する丸の内熱供給は23のプラントを運営し、供給地域面積122・3ha、供給延床面積721㎡(2023年6月現在)に温熱や冷熱を供給する。

丸熱の本社機能が入る常盤橋タワー

七つのプラントを連携 さらなる強靭化を図る

この広大な面積に対し、安定的に熱エネルギーを供給するためには、レジリエンス対策を行うことが不可欠であり、丸熱ではさまざまな施策を行っている。その一つが、プラントの強靭化だ。大手町地域にある七つの冷水プラントを再開発に合わせて新設・連携することで、相互にバックアップできる体制を構築している。丸の内仲通りには、地下に洞道「SUPER TUBE」を新設。冷温熱配管や電力線を集約し、これまで分断していた地域間を蒸気連携でつなぐことで、供給における信頼性の向上、エネルギー効率化を図ると同時に、供給を継続しながら再開発を行うことを可能にした。

また、これまでビル内のプラントは地下に設けることが多かったが、2021年に竣工した常磐橋タワーサブプラントは、浸水対策として地上階プラントになっており、事業継続に寄与する仕組みになっている。今後、建設するビルも地上階にプラントを設けるビルが増えていくとのことだ。

安定供給において、設備のメンテナンスも重要だ。同社の設備にも40年を超えるものが出てきている。そうした設備は専門業者が診断し、老朽化している箇所があれば、その都度修繕している。中でも、「配管の管理には気を配っている。流す水質が重要で、高度な管理を行っている。鉄製の配管が錆びるなど影響が出るためだ。実際に建て替えになるビルの配管を切って調査した。配管の肉厚が薄くなるケースはほとんどない」。秋元正二郎開発技術部長はこう強調する。

近年では、冷熱供給先のビル側でもレジリエンス対策を実施している。ビルの自立分散性を高めるため、単独で発電機やコージェネを所有し運用できる仕組みを構築しているのだ。大丸有地域で停電が発生した場合、ビルの発電機から電気を丸熱のプラントに送電し、冷凍機やヒートポンプを稼働させ、冷水と温水を供給しビル側で空調に利用するといった非常時の連携スキームも想定している。

丸熱では防災訓練にも取り組む。年1回、首都直下型地震や河川氾濫などのシナリオに沿って、総合対策本部を立ち上げ、各エリアとの連絡や本社から救援派遣などの訓練を実施する。こうした訓練もコロナ禍が過ぎて、様変わりした。オフィスやエネルギーセンターに通勤する社員もいれば、テレワークを行う社員もいるなど、勤務が多様化している。これにより、連絡体制の徹底が従来にも増して重要となった。

「震度が社内基準を上回る地震が発生した場合は、緊急招集がかかる。モバイルの専用アプリで安否確認を行い、出社可能か回答することになっている。プラントは24時間365日稼働しているため、勤務体制の維持が必須となる。連絡に関する訓練は年数回実施している」(秋元部長)

同社は昨年9月、常盤橋タワーに本社機能を移した。同ビルには非常用電源が設置されており、非常時の総合対策本部を迅速に設けることが可能となった。また、新たな本社には各プラントを監視できるシステムを設置し、総合対策本部の機能の強化も同時に図った。

時代のニーズつかみ50年 都市部でも脱炭素化を目指す

丸熱は今年で50周年を迎える。設立当初の1970年代、地域熱供給は大気汚染の解決策として全国で導入が進んだ。オイルショック後は省エネの推進、90年代は地球温暖化問題が顕在化し環境負荷低減が課題となった。その後、ヒートアイランド問題など街づくりの在り方を問われた時代などを経てきた︒東日本大震災以降︑前述の防災対策で注目され、都市の強靭化に寄与している︒そして現代では、脱炭素化や省エネに資する仕組みとして評価されている。常に時代をキャッチアップして存在感を示してきた。

大手町センターのボイラー
大手町センターの冷凍機

その中で、丸熱では独自の脱炭素化への取り組みを展開する。21年11月には使用する都市ガスを全量カーボンニュートラルガスに切り替えた。年間消費量となる3400万㎥規模を切り替えることで、年間約9万7000tCO2排出量をオフセットした。これは国内最⼤規模だ。再生可能エネルギーを敷設するなどの取り組みが困難な都市部の脱炭素施策として好例だと言える。

設備運用では、AIを活用し省エネを図る。冷凍機をはじめとした設備が、現在の負荷に対してどのような運用状態なら、最も環境性能を発揮するか―。そうした課題解決を人手で計算しながら行うのは難しい。AIを使用すると、温度や湿度、需要などの過去データから瞬間的に算出し最適な運用が実現するという。現在、AIを活用するのは2カ所のプラントのみだが、4%程度の省エネ効果があった。「今年度中に3カ所増やして、さらに効率を上げていきたい」と秋元部長。

大丸有地域は28年オープン予定の常盤橋街区のトーチタワーをはじめ、今後も複数の再開発プロジェクトがある。こうしたビル建設においても、レジリエンス性、脱炭素化、省エネに向けて丸熱はまい進していく構えだ。

【特集2】ITを駆使したシステム化 災害対応の迅速化進める


【大阪ガスネットワーク】

1995年に発生した阪神・淡路大震災は甚大な被害を残した。被災地エリアで都市ガス供給を担う大阪ガスは、懸命の作業により約3カ月で完全復旧にこぎ着けた。以降も東日本大震災や熊本地震、大阪北部地震などを経験し、これらの復旧活動から得た知見を基に、大阪ガスネットワークでは予防対策、緊急対策、復旧対策、津波対策の四つを柱に取り組んでいる。

需要家に復旧進捗を公開 河川氾濫も事前に予測

対策の中で同社が注力するのが、ITを駆使したシステム化だ。さまざまな場面を想定し情報収集・分析・予測を行い、効率的に災害対応や情報発信する仕組みを多数発表している。大阪北部地震の直前となる2018年5月に発表した「復旧見える化システム」は、地震などによって面的に供給停止した場合、クラウドGIS(地理情報システム)サービスを活用して復旧進捗状況と完了見込みを分かりやすく需要家に公開する。大阪北部地震では、ブロック停止からの復旧進捗を色分けした地図などで掲載した。「スマホなどを利用し地図上で自宅や地域の復旧状況が確認できる点が好評だった。運用開始直後に役立った」と供給指令部供給防災チームの池田卓司マネジャーは効果を振り返る。

復旧見える化システム

台風・豪雨対策向けの「河川氾濫予測システム」は数日先までの河川氾濫を予測する。豪雨発生時、河川の氾濫は直前まで影響範囲を絞り込むことが困難で、準備に時間をかけられず、氾濫の危険がある地域への要員の安全な配置などが課題となっていた。同システムは日本気象協会の予測データから最大21パターンを生成。予測からさらに分析を行い、客観的な氾濫の可能性に基づき、数日前から対応の検討が行えるようにした。

全社的な復旧作業の管理では「災害時情報連携システム(SHAREシステム)」を構築した。同システムは、各災害対応組織からの報告が必要な事項を、あらかじめ関連事象別に整理し登録すると、入力状況や進捗状況が一覧で表示可能で、災害対応の全容が把握できる。「発災直後は混乱や情報の錯綜が起こり、初動対応が遅れやすい。大阪北部地震でも報告の抜け漏れの確認や災害対応の全容把握に時間がかかった。管理側は一目でさまざまな事象が確認でき、作業側はスマホなどから簡単に報告できる」と竹本亮太係長は同システムの有効性を説明する。

これらのシステムは、いずれも日本ガス協会の技術賞(サービス技術部門)を受賞。復旧見える化システムは19年に同協会版が公開され、全国の都市ガス事業者でも利用できる。「ソフト面での対応なら、災害対応策を迅速に取れる。初動対応を迅速化するシステム開発に取り組んでいきたい」(池田氏)。災害対応は一分一秒を争う。ガスインフラの安定供給に向けて、同社の開発に期待がかかる。

【特集2】2018年台風21号が教訓に 早期復旧と情報発信に注力


【関西電力送配電】

近年の関西地方で起こった停電被害として記憶に残るのが、2018年台風21号だ。「非常に強い勢力」で上陸し、記録的暴風と大規模な高潮をもたらした。関西電力エリアで電柱を1300本近くなぎ倒し、変圧器や電線を破損させるなどの被害が相次いだ。これにより、8府県で最大168万棟、延べ約220万棟が停電した。同社にとって平成最大の台風被害だった。「この被害が自然災害について考え直すきっかけになった」。岩崎慎也地域コミュニケーション部防災グループチーフマネジャーはそう振り返る。

この経験を通し課題として浮き彫りになったのが、停電の早期復旧と需要家の情報発信だ。そこで、①ドローン活用による設備被害全容の早期把握、②需要家への情報発信の仕組み構築―に取り組んだ。①のドローン活用は土砂崩れによって、進入困難な場所が多くできて設備被害の状況確認に時間を要したことがきっかけになった。ドローンを活用することにより、設備被害の全容の早期把握につなげる。

②の需要家への情報発信については、ウェブサイトで発表している停電発生・復旧状況に加え復旧作業の進捗状況、復旧見込み時間を表示するなどサービスを拡充するとともに、スマートフォン向けの新サービス「関西停電情報アプリ」も開発した。それぞれ停電の発生から作業の進捗状況や復旧見込み時間が確認できるほか、アプリはプッシュ通知に対応しており、事前に登録した地域の状況に関する情報が届く。関西エリア全域から地域を絞り込み、停電や復旧状況を確認することも可能だ。

「関西停電情報アプリ」の画面

台風21号のときは、ウェブサイトの情報掲載に関連した停電情報提供システムの更新が停止し、停電発生や復旧状況などの情報を手動で集約し発信していたため作業に手間を要した。そのため、需要家からの問い合わせにも十分対応できなかった。

そこで、停電情報提供システムを増強するとともに、現地で復旧に取り組む作業員がスマホを操作して、復旧ステータスなどの情報入力を行うと、システムに反映される仕組みを構築した。これにより「停電情報集約の工数が大幅に減り、正確かつ迅速に情報発信できるようになった。台風など災害の恐れがあるときは是非アプリを利用してほしい」と岩崎氏はアピールする。

南海トラフ巨大地震に備える 神戸本部など津波対策を強化

同社ではハード面での対策にも注力する。送配電設備が被災すると、経済や社会への致命的な影響を与える可能性があるためだ。津波対策では、沿岸部にあった送電ルートを見直し、内陸側に移設した。また、ハザードマップで浸水が想定される地域では変電設備をかさ上げしたり、地下式の変電所においては入口扉の水密化や脱着式防水パネルの設置など浸水への備えを強化した。

被災時に拠点となる建物も強化。同社神戸本部は南海トラフ巨大地震の津波によって約1・1m浸水する可能性がある。このため、浮動式プラップゲートの設置など浸水対策を実施した。

同社では、今後もソフトとハードの両面で防災対策を進めていく構えだ。

【特集1まとめ】関東大震災 100年の因往推来 首都直下・南海トラフにどう備える!?


1923年9月1日正午2分前、神奈川・相模湾を震源とする関東大震災が発生。
建物被害約11万棟、犠牲者10万人以上という未曽有の被害をもたらした。
あれから今年で100年。この間、数々の大震災が日本列島各地を襲った。
そして今、首都直下、南海トラフ、日本・千島海溝など巨大地震の脅威が迫る。
国の調査機関の予測では、今後30年以内に3大地震が起こる確率は70%前後。
もちろん、この数値は単なる確率に過ぎず、いつ発生しても不思議ではないのだ。
その時、エネルギー業界は過去の教訓を生かし「ライフライン」を守れるのか。
出来事から未来を推測する「因往推来」を軸に、関東大震災100年を総力特集する。

【アウトライン】巨大地震で想定される未曽有の被害 エネルギー業界の備えと課題を分析

【インタビュー】東日本大震災の反省生かして 強靱化・減災でエネ業界に期待

【レポート】首都直下発生前に何をなすべきか 復興を主導した後藤新平に学ぶ

【レポート】大災害がもたらすエネルギー供給危機 その時業界はどう動くか

【特集2】海外複数拠点で事業立ち上げ検討 30年の輸出開始を目指す


【大阪ガス】

e-メタンの社会実装に向けては、メタネーションを大規模化・高効率化するための技術開発に加え、国内外における製造から輸送、利用までのサプライチェーン構築も欠かせない。大阪ガスは、地政学リスクを低減しつつ、安定・安価なe-メタンの製造・調達を可能にするべく、海外からの大規模調達を視野に、北米、南米、豪州、中東、東南アジアなど複数の拠点でメタネーション事業の検討を進めている。

検討中の主な海外e-メタンプロジェクト

中でも、より詳細な検討が進みつつあるのが、①米国テキサス州・ルイジアナ州、②米国中西部、③オーストラリア、④ペルー、⑤マレーシア―の五つのプロジェクト。2025年度の最終投資決定(FID)を目指しており、30年都市ガスへのe-メタン1%導入への足掛かりとしたい考えだ。

水素とCO2を安価に調達 既存の基地利用でコスト抑制

水素とCO2から合成するe-メタンは現行の都市ガスとほぼ同じ成分であり、既存インフラをそのまま活用することで大幅にコストを抑えられることが、水素やアンモニアといった他の新燃料にはない大きな強み。それを最大限に生かし、既存燃料とのコスト差をできる限り縮小しながら導入するためには、e-メタンの製造場所がLNG液化基地や天然ガスパイプラインの近傍であることや、水素の原料である再エネ電気と水、CO2を安価かつ大量に調達できることがプロジェクトを進める上での絶対の条件となる。

「海外で大規模なe-メタンを安定的に製造・供給するためには、国内に加え海外のパートナーとも協力しながら事業化を目指す必要がある」と語るのは、資源・カーボンニュートラル(CN)事業開発部CN事業推進チームの川崎浩司ゼネラルマネジャーだ。その言葉の通り、米国テキサス州・ルイジアナ州のプロジェクトでは、三菱商事、東京ガス、東邦ガスと日本勢で臨むが、そのほかの四つのプロジェクトについては、いずれも現地企業が参画している。

米国中西部のプロジェクトでタッグを組むのは、天然ガス・石油パイプラインを運営するTallgrass社と、バイオエタノール燃料を製造・販売するGreen Plains社。産業由来のCO2ではなく、バイオエタノール燃料の製造過程で排出されるCO2を利用するのが特徴で、天然ガスから改質したブルー水素(水素を製造時に排出されるCO2は地下貯留)と合成する。

製造したe-メタンは、既設の天然ガスパイプラインを利用してフリーポートLNG基地に送り、日本に輸出することを想定。最大製造能力は年間20万tで、実現すれば30年1%の目標を大きく超える4%を調達できる見込みだ。

オーストラリアでは、天然ガス・石油事業者であるSantos社と共同でプロジェクトを検討している。工業分野の排ガスやLNG液化プラント由来のCO2と、再エネ由来のグリーン水素を原料に、同社の都市ガス販売量の1%強に相当する年間6万tを製造し、既設のガスパイプラインを通じてSantos社が運営するクイーンズランド州東海岸のグラッドストーンLNG液化基地から輸出する。

Santos社が保有するグラッドストーンLNG基地

水力を中心に再エネを安価に調達できる南米ペルーでは、液化天然ガス事業者であるペルーLNG社と丸紅と共に、LNG液化プラント由来のCO2とグリーン水素を原料に、年間6万tのe-メタンを製造するプロジェクトを検討中。製造したe-メタンは、ペルーLNG液化基地から輸出する。

マレーシアの国営ガス・石油事業者ペトロナスとIHIと共に検討を進めているのは、他の四つとは異なるスキームのe-メタン製造プロジェクト。未利用森林資源や農業残渣などを原料に、バイオマスガス化技術で取り出した一酸化炭素(CO)と水素でe-メタンを製造、ペトロナス所有のLNG液化基地から出荷する。将来は、副産物のCO2の地下貯留も検討しており、実現すればネガティブエミッションの達成も可能となる。

カウントルールや原料調達 社会実装にはハードルも

とはいえ、どのプロジェクトにも一長一短がある。

例えば、産業由来のCO2を原料とする米国テキサス州・ルイジアナ州、オーストラリア、ペルーのプロジェクトは、安定的なe-メタン製造が期待できる代わりに、利用する国(日本)側が排出ゼロとなるようなCO2カウントルールの整理が高いハードルとなるかもしれない。

他方、米国中西部やマレーシアのプロジェクトでは、バイオマス由来の原料であるためにカウントルールについては議論のハードルが低いものの、原料の賦存量が限定的で調達の面に課題が生じ得る―など、プロジェクトによって乗り越えるべき問題は大きく異なるのだ。

いずれにしても、世界でも前例のない挑戦となるだけにさまざまなリスクが予想され、1%を賄う事業を仮に複数同時に進めたとしても、確実に目標を達成できる保証はない。そのため、FIDに向け、今後は安定的に製造できるプロジェクトを取捨選択していくことになるが、「五つのプロジェクトから1件に絞ることになるのか、複数案件になるかは未定だ」(川崎氏)という。

22年4月に資源・CN事業開発部が発足した当初は、海外ではe-メタンを製造するメタネーションの知名度はほとんどなかったが、既存インフラを活用しながらCNへの対応にシフトできるとあって、認知度とともに期待感も着実に高まりつつある。現地のパートナー企業にとっては、長期的にe-メタンを製造、供給することで燃料供給事業の安定化を図れる上に、LNG基地の稼働率向上やCO2の有効活用という点でも大きなメリットがある。

川崎氏は、「e-メタンは、水素・アンモニアと並んでCN社会を実現するための有効な手段の一つであることは間違いない。社会実装にはさまざまなハードルが立ちはだかるが、パートナーとの協力や政策面での支援などを得ながら、全社一丸となって50年CN社会を実現するために取り組んでいきたい」と強い意欲を見せる。

【特集2】目指すは30年代早期の商用化 制度的な枠組みを検討へ


合成燃料の導入拡大には政策支援が欠かせない。エネ庁の永井岳彦課長に、今後の方向性を聞いた。

【インタビュー】永井岳彦/資源エネルギー庁 資源・燃料部 燃料供給基盤整備課 課長

―次世代のエネルギーを考える上で合成燃料の果たす役割とは。

永井 日本がカーボンニュートラル(CN)社会を目指す上で、電化一辺倒ではなく貯蔵性や可搬性に優れた液体燃料の活用は欠かせません。合成燃料は、液体燃料を使い続けながらCN化を目指す切り札なのです。大量生産やFT(触媒反応)合成の収率向上など、コスト低減に向けた技術的な研究の余地がまだまだありますが、電動化が難しい国内の大型商用車や、電力系統線がつながっていない地域においても液体燃料で走る自動車の需要は必ず残ります。液体燃料が災害対応の「最後の砦」としての位置付けを踏まえ、導入を進めていかなければなりません。

―政策支援の方向性は。

永井 2022年9月に「合成燃料

(e―フューエル)の導入促進に向けた官民協議会」を立ち上げ、その下に「商用化推進」「環境整備」の二つのワーキンググループ(WG)を設置し、供給、需要双方の関係者を交え、需給の方向性についての共通認識を深めるとともに、合成燃料を巡る課題全般について議論してきました。

 6月30日に中間取りまとめを公表し、効率的な大規模FT合成プロセスの技術開発に対して、現行のグリーンイノベーション基金(GI基金)事業による支援の拡充とともに、既存技術を用いて早期供給を試みる国内外の事業者の設備投資やビジネスモデルの確立に向けた実証への支援、各国との連携や情報プラットフォームの整備推進――といった新たな方向性を示しました。21年に策定したロードマップで40年としていた目標を前倒しし、25年の製造開始、30年代早期の商用化を目指すこととしました。

移行期はバイオ燃料も 認知度向上に注力

―SAF(再生航空燃料)やe―メタンについてはどうですか。

永井 航空業界は、30年に航空燃料の10%をSAFに切り替える目標を掲げており、商用化に向けた機運が高まっています。e―メタンについても、都市ガス業界が30年に1%混入に向け、25年の初号案件の最終投資決定(FID)を目指していると承知しています。

―今後の課題は?

永井 将来の合成燃料の需要がどれだけあるのか。今後、その需要に応じた供給量の目標を設定し、それを実現するための制度的な枠組みを検討していく必要があります。また、まだ高額であるため、商用化・導入拡大までのトランジションとしてバイオ燃料の活用も視野に入れ、これについては検討の場を設ける予定です。足下では、航空燃料としてのバイオ燃料の活用に期待しており、既に、石油元売大手3社が生産を開始することを公表しています。

 さらには、CO2や水素といった原料の調達・確保のサプライチェーン構築に向けた検討もしなければなりませんし、25年の大阪・関西万博などでのデモ走行など、一般的な認知度向上にも力を入れていきたいと考えています。

ながい・たけひこ 1998年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了、通商産業省(現経済産業省)入省。NEDO欧州事務所長、商務・サービスグループ消費・流通政策課長、資源エネルギー庁資源・燃料部石油流通課長などを経て2023年7月から現職。

【特集2まとめ】合成燃料 新時代の夜明け 既存インフラ活用で脱炭素化へ


エネルギー資源のカーボンニュートラル実現に向けて、
都市ガス業界ではe-メタン、石油業界ではe-フューエルとSAF、
いわゆる合成燃料の開発が急ピッチで進んでいる。
合成燃料の最大の特長は、既存インフラの活用できること。
莫大な投資をかけずに脱炭素化を推進できるのだ。
果たして合成燃料は次世代資源となり得るのか―。
今後の展望や現状の課題を探った。

【アウトライン】ガス・石油業界が挑む新資源 カーボンリサイクルへ礎築く

【インタビュー】目指すは30年代早期の商用化 制度的な枠組みを検討へ

【座談会】合成燃料をGXの切り札に ガス・石油業界の果敢な挑戦

【レポート】欧州事情に見る合成燃料の行方 投資を呼び込む仕組みが必要

【レポート】革新技術で高効率・低コスト化 自社実証・海外検討と並行

【レポート】海外複数拠点で事業立ち上げ検討 30年の輸出開始を目指す

【レポート】メタネーションの要となる技術 排ガス・大気中からCO2を回収

【レポート】米国発の次世代エネルギーに挑む 全てがそろうキャメロン事業

【レポート】合成燃料用試作プラントを建設 サプライチェーンの構築を急ぐ

【レポート】SAFを新方式で大規模生産 30年に50万㎘を供給へ

【特集1まとめ】配電改革 「分散型×DX」の未来像


大規模集中電源による一方向の電力供給を前提に構成される日本の電力システム。
太陽光発電や蓄電池、EVなど分散型エネルギーリソース(DER)の拡大を見据え、
その受け皿となる「配電」分野に革命が起きようとしている。
デジタル技術を活用し需要側にあるDERを制御することで、
系統側に電気の価値(kW、kW時、⊿kW)を提供する、いわば双方向化だ。
人口減少時代に過大な設備投資をすることなく、再エネの最大限の導入、
さらには混雑緩和など系統安定化に貢献していくことができるのか。
「分散型×DX」がもたらす配電改革の課題と未来像に迫る。

【アウトライン】脱炭素化と安定供給の両立へ 電力システム分散化の現実度

【インタビュー】DER活用へ制度措置実施 新たなビジネス創出も後押し

【座談会】新ビジネスの花開くか!? 風雲急の配電改革を討論

【レポート】DER活用の期待と課題 最前線の取り組みに迫る

【特集2まとめ】LPガス業界の原点回帰 利用者に魅力あるエネルギーへ


脱炭素化に加え、人口減少、過疎化などの社会問題によって、
国内のエネルギー産業を取り巻く状況が大きく変化しつつある。
そうした中、LPガス業界では事業自体を見つめ直す動きが出てきた。
料金メニューや販売方法などを顧客重視で見直したり、
防災やアウトドアなどに役立つ新商材を投入したり……。
目指すは、利用者にとって魅力あるエネルギーへの「原点回帰」だ。

【アウトライン】分散型の特性生かす展開 新商材などで評価高まる

【インタビュー】質量販売の30分ルール見直し レジャーやビジネスに活用へ

【座談会】顧客ニーズを探し出す秘訣 答えはユーザーが教えてくれる

【レポート】ニーズを捉え供給責任果たす 現在のLPガス産業の礎築く

【レポート】脱炭素移行期をサポート 燃料転換でCO2削減へ

【レポート】全国で導入広がるCNLPガス 特約店と連携図りニーズ満たす

【レポート】方針の公表で連携を強化 移行期間も低・脱炭素に貢献

【トピックス】病院や特養向けに販売拡大 災害対応バルクと周辺設備を提案

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【特集2】質量販売の30分ルール見直し レジャーやビジネスに活用へ


【インタビュー:山下宜範/経済産業省 ガス安全室長】

昨年7月、LPガスの質量販売の30分駆けつけルールを見直された。

これにより、用途開拓や問題解決に活用できる可能性が広がった。

やました・たかのり 1991年岡山大学理学部地学科卒業、通商産業省(現経済産業省)入省。中国四国産業保安監督部四国支部長などを経て23年4月から現職。

―LPガス販売事業者に課せられている保安業務のうち、需要家の供給設備まで原則30分以内に到着し、バルブの閉止などを行う体制の確保を求める「30分ルール」があります。昨年7月、質量販売において同ルールが見直されました。背景を教えてください。

山下 これまで販売事業者・保安機関が質量販売を実施する上で、30分ルールがボトルネックだと言われていました。そこで需要家が「質量販売緊急時対応講習」を受講し、緊急時に必要な措置を自ら行う場合には30分ルールの対象から除くことにしました。

 講習実施者は、ガス安全室の確認を受けた企業や団体です。講習ではLPガスの物性、設備の取り扱い方、緊急時の対処方法も含むカリキュラムで学びます。知識を備えた上で、レジャーやビジネスに生かしてもらえたらいいと思います。

―キャンピングカーなど移動して屋外で利用する以外にも緩和を求める声はあるのでしょうか。

山下 人口減少や過疎化が進む各地域では、販売事業者・保安機関の廃業などにより、30分ルールの遵守が困難になることが危惧されています。このような地域の特性に合わせて問題解決を図ることも重要だと考えています。

認定事業者件数が拡大 業務の合理化を促進

―認定LPガス販売事業者制度では、需要家の軒先に設置したマイコンメーターと無線回線で結ぶ集中監視システムの導入割合で保安業務の要件緩和などを実施しています。進捗状況はいかがですか。

山下 認定販売事業者の認定件数はここ最近増えています。デジタル・無線技術の進化によるコストダウンによって、集中監視システムの導入障壁が下がり、普及し始めました。事業者にとっては業務の合理化にもつながるので導入が後押しされています。

―人口減少や過疎化が進む地域で、事業継続の困難といった問題も出てきているとのことでしたが、集中監視システム導入は、そうした課題解決にもつながりそうです。

山下 設置要件を満たした需要家の割合が70%以上なら30分ルールは40km以内であれば要件に適合しているとみなされます。点検期間も延長され、頻度が減り業務を効率化できます。また、今後は各地の事情を踏まえた対応も必要ではないかと考えております。

―今後もデジタル化によって保安の効率化を図っていくことになりますか。

山下 そういった面はあります。デジタル化によって、点検のリモート化など、保安の効率化は図られていくでしょう。ただ、LPガスの事故件数は直近5年間で平均220件程度発生しており、どのように減らすかが課題です。まず、ガスを安全に取り扱うことを第一に考え、その上で合理化を進めていきたいと思います。

【特集1まとめ】電力値上げの落とし穴 「健全経営・競争」を歪める料金規制


大手電力7社の規制料金が6月使用分から値上げされた。
規制当局による厳格査定の結果、当初申請時から上げ幅が大幅圧縮。
中には、燃料費調整要因を除くと実質値下げになってしまった事業者も。
赤字解消による経営健全化の観点からは疑問を呈す結果となった。
これはまた多くの新電力にとっても健全な競争を妨げかねないものだ。
さらに電気料金への政府の過剰介入は利用者目線の不透明感も増長させた。
小売り全面自由化の中で、経過措置を含めた料金規制はどうあるべきなのか。
一方でガスや水道、鉄道など他の公共料金の値上げ事情はどうなっているのか。
取材を通じ、電力値上げを巡る数々の落とし穴が浮かび上がってきた。

【アウトライン】需要家保護を前面に厳格査定 新旧電力双方から異論噴出の実態

【座談会】規制値上げで露呈した制度問題 電気料金のあるべき姿を探る

【レポート】値上げは粛々と速やかに!? ガス・水道・鉄道の料金事情

【インタビュー】依然道半ばの電力自由化 重要性増すマーケットの改革