産業ガス利用に加えFCVやエネファームといった小規模利用が中心だった水素。最近では工場などの大口需要家がエネルギーとしての水素を求め始めている。
【出席者】
喜村 博/岩谷産業 上級理事 水素本部水素ガス部長
加藤玄道/パナソニックエレクトリックワークス社 スマートエネルギーシステム事業部 水素・燃料電池戦略担当 渉外担当 顧問
山本英貴/三浦工業 熱利用技術ブロック ブロック長 水素・FC技術統括部 統括部長
―水素社会の到来に向けてこれまで「ムーブメントが高まっては冷める」。そんな歴史の繰り返しでしたが、ここにきて、機運ではなくビジネスとしての取り組みに進みつつあると個人的には感じています。まずは、現状に対する所感や昨今の取り組みはどうでしょうか。
加藤 カーボンニュートラル(CN)の流れの発祥であるヨーロッパでは、単に気候変動問題だけではなく、昨今では対ロシアによるエネルギーセキュリティーの問題と絡めた流れが生まれていると感じています。ヨーロッパは、北海の洋上風力、あるいは北アフリカエリアからの再エネ由来水素を得ようとしていて、地の利を生かそうとしています。
一方、日本では再エネの入手が極めて困難な地域で、またパイプラインで水素を運ぶこともできません。ヨーロッパのCNの動きに対抗するには、岩谷産業さんが進めているような、海外からの液化水素調達を始めとする取り組みを、水素を使う需要側として支えながら、われわれのような企業が引っ張っていかないといけないのかなと感じています。
喜村 2020年の菅義偉元首相のCN宣言後、水素が非常に注目され始め、特に去年あたりから、水素還元製鉄向けやエネルギーとしての水素利用など多様な分野で水素を試験導入する流れが生まれています。もともと国からの補助で国主導による実証が大半でしたが、「補助なしでも進めよう」と勢いが増したと思います。
実は三浦工業さんとコラボして、当社が水素供給し、三浦さんの水素ボイラーで新しい工場の熱源を回すといった、本当の意味で、自前でCNに取り組む企業が出てきています。また、パナソニックさんの滋賀・草津工場にも液化水素を届けています。大規模に設置された燃料電池に大量の水素を供給するため、敷地内に7万8000ℓの液化水素タンクを設置しています。今後、こうした動きは加速すると感じています。
山本 当社は産業用ボイラーメーカーであり、貫流ボイラーの製造、販売、メンテナンスを主力としています。貫流ボイラーではおかげさまで、国内60%のシェアです。2000年ころまでは、ガスたきと油たきの比率は約3対7でしたが、近ごろでは7対3くらいに逆転し、よりクリーンなエネルギーが選ばれてきたなと実感しています。さらに最近ではCNに対する意識の高まりを感じていて、特に外資系による日本国内の工場では、「(本国から)化石燃料を使っては駄目だ。採算性が悪くても構わないからグリーン電力を使ったヒートポンプなどの電気式設備に切り替えろ」との対応を求められているケースが見受けられます。
ただ、ガス体エネルギーでないと対応できない高い温度を必要とする産業熱の領域が存在することも事実です。つまり、ヒートポンプというのはあくまでも低温度帯の小規模な熱需要に対応すべきであって、逆に高温度帯の大規模利用する分野では蒸気ボイラーで対応するのがベターかなと思います。その際、燃料はなんらかのCNな技術で補っていく必要がありますが、こんな流れで、水素ボイラーの開発を進め販売を始めている状況です。
電気式設備も手段の一つだが…… 水素ボイラーで産業分野の熱対策
―水素ボイラーの開発については課題も多かったのではないですか。
山本 それに触れる前に少し捕捉しますと、日本のCO2排出量が年間11億tで、産業分野は25%を占めます。この分野のエネルギー利用の6割が蒸気や温水、工業炉といった産業熱で、当社製ボイラーが12%ぐらいの割合で使われています。このボリュームを発電出力とCO2排出量に換算すると5300万kW、2000万tに相当します。
一方でCNに向けては、電気式ボイラーや電気式ヒートポンプの導入が手段の一つではありますが一長一短あります。ヒートポンプ設備は、高効率ではあるものの機器単体のイニシャルコストは燃焼式ボイラーに比べて高い。また温度が高くなると効率が下がる。電気ボイラーは、イニシャルは燃焼式に比べて少し高いですが、電気代が高い。適材適所で最適な設備を提案する必要がある中で、水素利用もCNに向けた現実的な解の一つとなり得るわけで、メーカーとして水素ボイラーの開発に取り組みました。
水素は燃焼速度が速いので、燃料配管中への逆火をケアする必要があります。逆火防止機構を設けるなど、通常のボイラーよりもワンランク上の安全対策をしています。また、ガスに比べて水素は燃焼温度が高くなり、NOX対策が必要になります。燃焼温度を上げないようにバーナーを工夫しましたね。

安全性を高めた三浦工業の水素ボイラー