【特集2】カーボンニュートラルの達成 電源の脱炭素化と電化で実現へ


電気事業連合会は、今年5月、2050 年カーボンニュートラルに挑戦すると表明した。かつてない難題に挑む池辺和弘会長の「戦略」と「思い」を、松本真由美氏が聞いた。

池辺和弘/電気事業連合会会長

(聞き手)松本真由美 /東京大学教養学部付属教養教育高度化機構環境エネルギー科学特別部門客員准教授

カーボンニュートラルへの挑戦の意気込みを語る電気事業連合会の池辺和弘会長

松本 昨年、菅義偉首相が2050年カーボンニュートラルを宣言しました。以来、この話題がマスコミでも連日のように取り上げられています。電力業界も目標の実現に向けて取り組んでいます。どのような思いでカーボンニュートラルに臨んでいますか。

池辺 われわれは以前から「地球温暖化防止は人類が直面している非常に大事な問題」として、議論を重ねてきました。首相の宣言よりも前から、温室効果ガスの排出量削減を常に頭に入れて事業を進めてきたと思っています。

われわれは長らくCO2を排出してエネルギーをつくってきました。石炭、石油を燃焼させればCO2を排出します。天然ガスも比較的少ないとはいえ、同様です。原子力発電所の再稼働が一部にとどまっている現状においては、発電電力量の7~8割はCO2の排出を伴う火力発電でつくっています。ですから、カーボンニュートラルに挑むのは当然であり、われわれ電気事業者も積極的に取り組むべきだと考えています。

松本 50年目標の前になりますが、30年度の目標として温室効果ガスの排出量を13年度比で46%削減する目標が決まりました。以前の目標の「26%」から大きく引き上げられています。

池辺 30年と50年のタイムスパンを踏まえて、二つの目標は分けて考えるべきだと思っています。50年カーボンニュートラルを達成するには、革新的なイノベーションが必要になるとみています。

松本 具体的には、どういった技術ですか。

池辺 国は、これから再生可能エネルギーを最大限に導入して、主力電源化する方針です。私はこれに大賛成です。ただ、例えば太陽光発電は朝8時くらいから発電しますが、夕方6時ごろには止まってしまいます。雨天・曇天時も発電量は大きく下がりますから、設備利用率は十数%です。太陽光発電が発電できないときの電力需要を蓄電池で賄おうとするなら、蓄電池の価格がかなり安くならないと事業として成立しないでしょう。

ですから、再エネを主力電源化するのであれば、蓄電池のコストを下げ、さらに、蓄電容量や充放電回数などの能力の向上が必要です。そのための技術開発を行わなければなりません。

聞き手の松本真由美氏

松本 今の技術では難しいということですね。

池辺 革新的イノベーションに期待したいと思っています。ただし、簡単にはいかないようです。リチウムイオン電池の普及に向けて重要なのは、どれぐらい安く、どれぐらい大量に電気をためられ、どれぐらい充放電回数を増やせるようになるかだと思いますが、コスト、蓄電容量、充放電回数という三つの要素を同時に解決するのは相当難しいようです。

【特集2】温室効果ガスの約4割を排出 CO2削減で果たす大きな役割


山地憲治/地球環境産業技術研究機構(RITE)理事長・研究所長

カーボンニュートラル宣言を受けて、電力業界は電源の脱炭素化と電化推進などに力を入れていく。脱炭素化された電気は、さまざまな分野で利用されることで大量のCO2排出削減が期待できる。

2020年10月に菅義偉首相が表明した50年カーボンニュートラル実現宣言を受けて、電力業界をはじめ各業界や主要企業から実現に向けた取り組みの表明が相次いでいる。

電気事業は発電に伴って年間4億tを超えるCO2を排出しており、わが国の温室効果ガス排出の4割近くを占めている。わが国のカーボンニュートラル実現において、電力部門のCO2排出削減は極めて大きな役割を果たす。

電気は利用段階でCO2排出なくクリーンかつ効率的に利用できることに加えて、さまざまな資源から生産できるので低炭素化・脱炭素化が相対的に容易である。カーボンニュートラルなバイオマス発電とCCS(CO2回収・貯留)を組み合わせれば(これをBECCSと呼ぶ)、大気からCO2を回収して地中に隔離するとともに電気を生産できるのでCO2排出はマイナスになる。このような脱炭素化された電気を産業や運輸などの分野で利用することで、省エネ効果も含めて全体として大きなCO2削減が期待できる。

北海道・苫小牧市のCCS実証試験 (経済産業省ウェブサイトより)

21年5月に電気事業連合会から公表された「2050年カーボンニュートラルの実現に向けて」においても、供給側の「電源の脱炭素化」とともに需要側の最大限の「電化の推進」に取り組むとされている。具体的には供給側の脱炭素化に向けて、再生可能エネルギーの主力電源化、安全を大前提とした原子力の最大限の活用、火力の脱炭素化に向けた取り組みが表明されている。

また、需要側の取り組みとして、最大限の電化に加えて、水電解による水素などの脱炭素エネルギー供給によって社会全体での脱炭素化に貢献するとされている。電解水素供給に加えて、政府が推進するカーボンリサイクル(回収CO2の利用)においてもCO2の電解還元技術の利用が有望であり、脱炭素化における電気の利用が大いに期待されている。


再エネはバランスを取って 原子力の新増設は欠かせず

電気事業連合会の取り組み方向には全く異論はないが、多少コメントしておきたい。

まず再エネ。再エネ主力電源化は国民の支持が強く、むしろ再エネ一辺倒にならないようバランスを取る必要がある。重要なのは長期的な原子力の維持とゼロエミッション火力である。ゼロエミ火力については、現状では研究開発段階である水素・アンモニア発電に加えて、既に技術的には確立しているCCSの活用が重要と考えている。

IGCC(石炭ガス化複合サイクル発電)などゼロエミ火力に至るトランジション(移行期)を支える技術も含め、コスト評価を通して技術経済的に合理的なゼロエミ火力を追求する必要がある。

【特集1】高価な技術の拙速な選択は悪手 成長との両立へ政策大転換を


野村浩二/慶応義塾大学産業研究所教授

「再エネ最優先」が目的化してしまえば、グリーン成長どころか日本経済が一層しぼむ可能性が高い。政策のまやかしから脱し、環境と経済の真の両立を図るために今後必要な対応とは。

長期のエネルギー転換へと向けた道筋では多くの不確実性が存在する。確かなことは、今世紀半ばでも日本がエネルギーを組み合わせて利用する重要性は変わらないこと、そして移行期の後半にどのような脱炭素技術が経済合理性を持つかは分からずとも、その前半期にはいずれの選択肢も高価なことである。拙速な推進はグリーン成長の期待に反し、日本経済の競争力を毀損させる。再生可能エネルギーが安価になったとの声高な主張をよく聞くが、それは海外の特定地域の事例にすぎず、日本との内外価格差は強固に安定している。それは政府と企業の努力不足などではなく、現在の生産技術と土地という要素賦存の制約による。

手段が目的化していないか 現政策は持続的成長に逆効果

日本経済は拙速に再エネなどへ賭けることなく、原子力と火力を活用したバランスあるミックスの維持・形成が重要である。前半期の経済効率性を重視し、後半期に向けて柔軟に対応できるスタンスが望ましい。手段を目的と履き違えて自己目的化してはいけない。実現すべきは再エネの大量導入でも最大限の省エネでもなく、長期に持続可能なバランスの取れた発展(SDGs)である。以下では現行政策を批判的に捉えながら、移行前半期のエネルギー政策として重要な四つの視点を論じたい。

欧州のように洋上風力を輸出産業化できるかは疑わしい

第一に、イノベーションを導くかのような幻想の下にエネルギー政策を強化してはならない。政府による規制強化や野心的な目標設定がイノベーションを誘発し、競争力を高めるという期待はポーター効果という。科学技術者らの挑戦を真に支えるイノベーション政策が求められるが、それはエネルギー政策とは別の難問である。前者の政策による現実経済の資源配分への影響は軽微だが、後者は甚大である。

仮にポーター効果が事後的に存在したとしても、それは法則ではなく例外にすぎない。規制強化に傾いたエネルギー政策は経済停滞を招き、R&D(研究開発)投資の量的拡大や質的改善の速度を遅らせ、イノベーションをむしろ阻害する可能性は大きい。

第二に、現在の日本経済にはさらなるエネルギーコストの増加を受容する余地はない。一般物価との対比において、エネルギーコストは1990年代半ばより上昇を続けてきた。欧米諸国にも共通する傾向だが、平均名目賃金が15年間ほどにわたり低下してきた日本では、エネルギー価格上昇に対する経済の耐性は欧米よりも脆弱化している。実質単位エネルギーコストとしての現在の日米格差は戦後のピークに達しており、日本企業は非常に不利な条件下での競争を余儀なくされている。

一国経済の全体的な生産効率を示す全要素生産性によっても、日本の停滞は顕著である。日米格差は、アベノミクスにより数ポイント縮小した後に横ばいとなったが、2017年から再拡大し、民主党政権末期の水準へと逆戻りしつつある。エネルギー多消費産業を海外へ追いやり、国内の省エネと排出削減を実現するような現行政策は、既に一国経済の競争力を毀損させてきた。

今後も増加する再エネ固定価格買い取り制度(FIT)の賦課金を家計が傾斜的に負うべきではない。電力コストの負担は、財・サービスへの転嫁による間接的な影響を含めれば、既にその3分の2を家計が負っている。成果と不釣り合いな莫大な負担を負わせたFITの失敗は、家計の購買力を大きく減衰させてきた。

【特集1】拙速な規制緩和の決断に待った! 「再エネ優先」リスクを徹底討論


内閣タスクフォースの号令で、短期間でさまざまな規制緩和の実施が決まった。この改正は持続的な再エネ事業の拡大につながるのか。関係者が激論を交わした。

【出席者】秋元圭吾/地球環境産業技術研究機構システム研究グループリーダー・主席研究員、

高橋 洋/都留文科大学地域社会学科教授、大野正人/日本自然保護協会保護部部長

左から秋元氏、高橋氏、大野氏

―内閣府のタスクフォース(TF)で再生可能エネルギーに関わる規制を総点検しています。その必要性についてTF委員を務める高橋さんから説明していただけますか。

高橋 日本の再エネ導入状況は他国と比べ大幅に遅れており、その要因の一つに土地利用に関する規制があります。合理的な規制は維持すべきですが、非合理になった規制は、再エネ導入に資するのであれば客観的根拠や海外事例との比較に基づき改めることが必要だと考えます。そして菅義偉首相のカーボンニュートラル(実質ゼロ)宣言の下、河野太郎・規制改革担当相は関連政策の優先順位を上げるべしとの問題認識を持っています。TFの提案について関係省庁・団体と協議し、より適切な規制体系を構築していきたい。

秋元 同じく、実質ゼロを目指す中で再エネ拡大の重要性が増しており、適切な規制が必要だと思います。そして当時適正だと考え設けた規制との間でトレードオフが生じており、政策の優先順位をどこに置くのか。再エネ拡大とのトレードオフで強固に守らなくてもよいと判断された規制の是正を図ることは重要です。ただし個別事案の規制緩和を判断する際は、再エネ拡大によって別のリスクが生み出される可能性を慎重に見極めるべきです。


トレードオフの検証は十分か TFの進め方に疑問の声


大野 過剰な規制は外すべきだという点は同意します。ただ、河野大臣が環境省の慎重姿勢に対し「アセスの所管官庁を変える」と発言するなど、TFの姿勢にはやや乱暴な印象を抱いています。気候変動は自然環境や生物多様性にも関わり、必要な対策を社会的、経済的に講じるべきですが、トレードオフで自然環境を失ってよいわけではありません。風力発電に関する環境アセスメントの規模要件見直しの議論でも、日本生態学会が会長メッセージとしてトレードオフになってはいけないと強調しています。

高橋 TFも守るべき自然環境は守るべきだとの立場ですが、諸外国の制度と比べて現状の1万kW以上という風力のアセスの基準はかなり厳しい。2012年にFIT(固定価格買い取り制度)が導入されましたが、同年に風力がアセスの対象になり導入にブレーキが掛かりました。河野大臣の発言の一部がクローズアップされましたが、実際には環境省との間でTFの2~3週間前から調整を重ねていますし、最終的には各省庁が判断することになります。

 トレードオフを慎重に見極めるべきだとの指摘もその通りですが、TFの目的は、これまで動かなかった規制について適切な方向へと後押しすることです。今後再エネの導入を加速させる上では、できる限りステークホルダーの理解を得つつ、規制改革も加速すべきだと考えます。

大野 ほかにも拙速だと感じた部分はあります。風力のアセス緩和に関する検討会では事務方から規模要件を5万kWにする根拠が示されましたが、これまでの案件には5万kW以下でも環境大臣意見で厳しい指摘が出た例があります。しかし2万や3万での検討はなく、5万という結論ありきのように見えました。実際、規模要件に関して委員からは「規模より立地の方が重要」といった意見が大勢でした。また、TFは結論が出た改正のできるだけ早い施行を要求しており、今回の見直しの施行まで半年ほどである点も気になります。

 国立・国定公園内での地熱促進に向けた見直しも始まりました。このテーマについてはこれまでも何度か見直され、6年前も改正がありましたが、さらに緩和を進めようとしています。

秋元 例えば営農型太陽光発電で荒廃農地を利用する際、平均単収の8割以上確保という要件の撤廃は適正だと思います。しかし急いで進めるべき政策でも、コミュニケーションを十分取り、トレードオフに関してよく考えることが必要です。海外の制度との差異は当然ありますが、やはり日本は国土面積が狭い上に平地が少ない。他国よりも自然環境保護とバッティングする可能性があり、一律に欧州などより劣っているから改革が必要、という論調は一方的です。

 失礼ですが、外部から見てTFの議論はやや雑との印象を持っています。TFが強い権限を持ち、規制当局の反論をあまり認めない一方、再エネ事業者の意見を重視し過ぎるのでは、利害衝突を招きかねません。もう少しバランスの取れた議論が必要ではないでしょうか。持続的に再エネを拡大させるには、適正な水準、スピードで導入するべきです。

高橋 誤解があると思いますが、内閣府やTFに規制を変える権限はありません。また河野大臣は具体的な成果をいつまでに出すかを重視しており、これが拙速に見えるのかもしれません。

 再エネの増加はエネルギー政策の分権化につながります。個人的意見ですが、今後は自治体がこの規制改革を主導し、促進と規制の両面で利害調整を図ってもらいたい。一方、自治体が規制条例を作る動きもあります。条例を作るのは自治体の自由ですが、関係者の対話に関わるという認識を持ってもらうと、トラブルの抑制につながるのではないでしょうか。

秋元 ただ、自治体が再エネを増やしたら地域にお金が落ちますが、現在は国民が一律にコストを負担しています。費用負担の在り方を見直さないまま、自治体の裁量権を強化することには反対です。

高橋 私は自治体自身が再エネに投資すべきとは思いません。自治体が関わる計画であろうがなかろうが、地元の利害が絡むような場面での調整への関与を強化してほしいと思うのです。
―事業者がFITの認定を受けた後に自治体に相談に行くので、自治体が関わる段階では既に事業の実施ありきという話も聞きます。

高橋 そういう場合こそ自治体条例の出番なのでは。認定済みでも地域の反対で計画が止まれば事業者は困ります。自治体が介在し、地域の人々と早い段階からコミュニケーションを取り、ウィンウィンの仕組みを構築してほしい。

秋元 それは、地域の合意形成を促すのであれば規制的な条例に賛成ということですか。規制改革と反するように思いますが。

高橋 われわれは何がなんでも規制を緩和せよとの立場ではありません。これまで緩和の提案が多いのは事実ですが、適正化こそが重要で、不十分な面は強化する必要もあると思います。

秋元 ぜひそういう提案もお願いしたい。

【特集1】太陽光に地域住民の根深い不信 主力化担う風力で二の舞い防げるか


全国で開発問題が多発する太陽光。今後の主力と目される風力でも同様の事態に陥ることが懸念される。「再エネ最優先」の是非を考えるため、各地域が直面する課題と背景を追った。


<太陽光>現行制度に抜け道多数 ステークホルダーの懸念絶えず


「無法状態を放置したまま再エネ拡大のみを進めて良いのか」―。山梨県北杜市での太陽光乱開発はたびたびメディアに取り上げられ、本誌も2年前に報じた。しかし住民が現状をメディアや経済産業省などに訴えても改善しないままだという。「北杜市太陽光発電を考える市民ネットワーク」のメンバーに現場を案内してもらった。

同市内のFIT(固定価格買い取り制度)認定数は2907件、うち未稼働は844件に達する(2020年末時点)。FIT導入初期、工事や保守に関する規制が緩かった50 kW未満の設備が大部分で、意図的に発電設備の出力を分割する「分割案件」が目立つ。1件ごとの面積が狭いため、林地開発許可を取らずに木を伐採し設置するケースがほとんどだ。

ずさんな工事のやり口は実に多彩。住宅地との境界間際まで設置された足の高いパネル、ドラム缶を足場に使ったもの、パワーコンディショナーの定格容量を超えるようにパネルを設置する「過積載」で、崖にも足場を組んだり、保守点検に支障をきたすほど隙間なくパネルを敷き詰めたり―。

中でも衝撃的だったのが、太陽光設置に伴い住民が退去してしまったエリアだ。斜面の上方からパネルが並び、低い土地には4~5軒の家が並ぶ。もともとは林地で、伐採後に約20件もの分割案件のパネルが設置された。

事業者は木をほとんど切り払い、雨水処理対策も怠った。そのうち大雨が降ると住宅前の道路が水浸しになるように。実はこのエリアは下水道が整備されておらず、浄化槽を活用していた。このため降雨後に浄化槽から家の中に汚水が逆流するという被害に住民が苦しめられた。パネル設置前はこうした被害はなく、森林伐採に伴い土壌の保水力が低下したためと見られる。住民は市や事業者に訴えたが対応されず、結局全員退去してしまった。

パネル設置で住宅前の道路が浸水するように(北杜市)

本誌で前回取り上げた訴訟トラブルも継続中だった。斜面の上に立つ家を囲むように、不適切な施工でパネルが次々増設された。かつての景観は失われ、パネルから吹き上がる熱風で住居の温度が上がってしまうという。住民ら原告は人格権や財産権を侵害されたとし、パネル撤去と損害賠償を求め16年に事業者を民事で訴えた。

しかし甲府地裁は20年12月、原告の請求をいずれも棄却する判決を言い渡した。原告は今年1月1日付で東京高裁に控訴している。

形骸化したFIT見直し 認定取り消しも1回のみ

このように法整備が進まないうちに、場所を選ばない悪質な小規模太陽光の設置が進んだ。電気事業法やFIT法違反の設備が多いものの、「制度が穴だらけで事前・事後のチェックが機能していない。経産省と太陽光発電協会、大手電力会社の連携がなく、違法設備を作ったもの勝ちになっている」(市民ネットワーク)。

これでは経産省がこれまで行ってきた分割案件や過積載、長期未稼働案件などへの対応強化といった、複数回のFIT制度改正の意味がない。象徴的なのが、17年施行の改正で目玉とされた認定取り消しだ。19年に初めて沖縄県内の8件の認定が取り消されたが、なんとそれ以降の取り消しはゼロ。「悪質事業者がFIT卒業後も再投資し発電を継続するとは思えない。将来、再エネシフトが逆戻りする気配を感じる」(同)

山梨県も問題を重く見て、10 kW以上の野立て太陽光に対する規制条例策定を進め、6月の議会に提出予定だ。長崎幸太郎知事も同市の視察などを通じ規制の必要性を痛感したという。他方、環境省は今後自治体に、改正地球温暖化対策推進法に基づく再エネ促進区域の設定を求めるが、「条例の目的は地域と共生した太陽光発電事業を促すこと。国の促進区域の考え方と同じだ」(県環境・エネルギー政策課)との見解を示す。

条例では、森林伐採を伴う区域や、土砂災害の恐れが大きい区域などへの設置を原則禁止。事業者は環境や景観への影響の評価や、住民への説明を実施しなければならない。維持管理については稼働中の設備も対象とし、計画作成やそれに基づく保守点検を義務化する。県は違反事業者名を公表でき、その際には国に通報。国の判断によってはFITの認定取り消しの可能性があると説明する。

しかし市民ネットワークは「国への報告はこれまでさんざんやってきた」と実効性を疑問視。さらに来年1月から施行されるため、それまでに工事の駆け込みがあるのではないかとみている。

規制緩和の動きにも警鐘を鳴らす。「太陽光は広い土地を要し、悪質事業者野放しの現状もあるのに、これを狭い日本でさらに進めるのか。FITの負の側面にメスを入れないままでの再エネ拡大議論は受け入れられない」

再エネ拡大の現実を見つめ続けてきた住民の言葉は重い。

【特集1】再エネを取り巻く立地制約にメス 省庁横断・急ピッチで進む制度改正


カーボンニュートラル宣言以降、省庁横断で再エネ関連の規制緩和や制度改正が相次ぎ打ち出された。さらに「温暖化ガス30年46%減」目標も決定し、「一層のグリーン化が急務」という潮流に追い打ちをかける。

菅義偉首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」を受け、再生可能エネルギー拡大路線のギアがさらに上がった。そんな中、経済産業省や環境省以上に急ピッチで制度見直しを図っているのが、再エネに関する規制総点検を目的とした内閣府のタスクフォース(TF)だ。TFを率いる河野太郎・規制改革担当相の思い入れは相当強い。昨年12月1日の初回会合から、風力発電に関する環境アセスメントの基準引き上げを巡り、環境省職員が拙速な見直しへの慎重姿勢を見せたところ、「所管官庁を変えざるを得ない」(河野氏)と言い切るほどだ。

TFは4月末までに8回の会合を重ね、約350もの提案を所管官庁に投げ掛けてきた。それぞれ審議会で検討した結果、地域のステークホルダーと深く関わる立地制約の緩和など、多数の改正が決定している(表参照)。

再エネ規制等総点検TFにおける主な検討状況(立地制約関係)

各省庁の反応について、内閣府規制改革推進室の山田正人参事官は、「菅政権がカーボンニュートラル、そして再エネの最大限導入を一丁目一番地に掲げたことを受け、所管官庁はこちらが驚くほど協力してくれた」と振り返る。

ただ「例外は資源エネルギー庁電力・ガス事業部だ」と強調。TFは、電源間の公正な競争環境を担保するために電力システム全体の制度設計も対象としており、容量市場の一時凍結と廃止を含めた再検討を求めるなど、これまでの議論をひっくり返すような提案もしてきた。これに電ガ部が猛反発。山田氏は「菅政権が再エネ最優先と言っていることをきちんと認識し、パラダイムシフトに早く対応してもらいたい」と訴える。

【特集1】三者三様の問題事例を検証 原発再稼働を阻む大壁


日本原子力発電、東京電力、関西電力3社に次々と原発再稼働の壁が立ちはだかった。訴訟判決、不祥事、地元議会と三者三様の要因を抱える3事例の深層を取材した。


事例1:東海第二

避難計画策定の難しさ 取り組み途上での地裁判決

原子力災害に備えた避難計画の不備を根拠に原告の人格権侵害の危険があるとして、日本原子力発電東海第二発電所の運転差し止めを命じた水戸地裁判決が波紋を広げている。東海第二から30㎞圏内に地盤を持つ国民民主党の浅野哲衆院議員は「法的にはリンクしていない避難計画の有無と再稼働が、今回司法の判断でリンクしたことがポイントだ」と強調する。

避難計画という難題に直面する水戸市街地

原子力災害に関しては「原子力災害対策特別措置法」があるが、これは「災害対策基本法」の特別法で、あくまで大元となるのは災対法だ。同法では原子力に限らず全都道府県・市町村に対し「地域防災計画」の策定を義務付けている。そして福島第一原発事故を受けて原子力規制委員会が示した「原子力災害対策指針」などに基づき、PAZ(原発から5㎞圏内)やUPZ(5~30㎞圏内)に当たる自治体に、地域防災計画で「原子力防災対策編」の策定を求めている。

ただし、先述のように法律上策定義務があるのは地域防災計画についてで、実は原子力の避難計画が未策定でも法律違反ではない。浅野氏はここに法制上の問題があるとし、「特に計画策定の期限が示されていないことが問題で、それで自治体に計画づくりをリードせよと言うのも難しい」と指摘。内閣府が積極的に働きかけたり、計画未策定の地域の問題をしっかり検証したりすべきだと訴え、さらに「事業者も『避難計画に目がいったことは想定外』などと受け止めているのなら危機感を持つべきだ」とくぎを刺す。

避難先は131市町村 実効性重視の計画策定の最中

今回注目された東海第二を巡っては、茨城県内の14市町村、約94万人を対象とした避難計画を策定する必要がある。うち5市町は計画を取りまとめたが、9市町村はまだその途上だ。

まず県が15年3月に広域避難計画を公表し、市町村ごとの避難先や主な経路などの大枠を示した。基本はそれぞれ東海第二と反対方向に避難する方針で、14市町村の避難先は県内と県外の5県131市町村に上る。このほか移動手段の確保や、住民が避難する際の放射性物質による汚染状況の検査体制など、市町村だけでさばけない調整を県が担う。その上で市町村が避難計画の詳細を詰めていく。事故のレベルや原発からの距離により、避難、屋内退避、それらの準備と、対応は異なってくる。

県は、県民の安全・安心確保の観点からスケジュールありきではなく「実効性」を重視していると強調。「県民の安全・安心を確保できる避難計画策定を目指し、課題解決に向けた取り組みの最中」(県原子力安全対策課)だという。昨年11月にはこうした取り組み状況を発信するため、県民向けに全県版と30㎞圏内版の2種類の広報紙を発行。今年度も複数回発行する予定だ。

計画未策定の市町村もこの間、手をこまねいていたわけではない。全域がUPZ圏内で約27万人の人口を抱える水戸市の場合、16年夏に市防災会議が計画の骨子をまとめた。東海第二の広域避難に関わるすべての自治体間で協定を締結済みで、同市の場合は県内外の40市町村と協定を結んだ。

現在はこれをさらに具体化する実施要領づくりを進め、例えば災害発生から避難指示までの詳細対応などを詰めていく。また、親戚宅を頼るケースなどを除き、実際に避難する人数や移動手段を把握するためのアンケート調査も予定。「手間暇はかかるが実効性のある計画とするためには必要な作業だ」(市防災・危機管理課)と強調する。実施要領を策定した後、最終的な計画に落とし込む。

ただ人口の多さ故、さまざまな課題が降ってくる。例えば「移動手段は原則自家用車だがネックとなるのが都市部での駐車場の確保。パークアンドライド(途中でのバスなどへの乗り換え)なども含めて対応を検討中だ。また、県が設置を認めた施設の要配慮者の避難は県が担うが、在宅介護などのケースは市の役割で、安全に避難できる体制とする必要がある」(同)。
自家用車で避難できない人向けに、バスや福祉車両など移動手段の確保も進めなければならず、県はPAZではバス400~500台、福祉車両800~1000台程度が必要とみる。ほかにも、避難に支援が必要な人に対する支援者の確保、避難時の汚染状況の検査や安定ヨウ素剤の配布を効率的に行う体制、屋内退避時のライフライン確保なども解決する必要がある。

他方、「避難に伴いリスクの適切な評価が市民の命を守ることにつながるが、ほかの災害と違い原子力災害はどの程度の被害規模を想定すべきかが分からない。原電にはその水準を示してほしい」(水戸市防災・危機管理課)といった声もある。

計画未策定は福島と静岡にも 協議会で取りまとめも必須

県も市町村も、計画をできるだけ早くつくる必要性は認識しつつも、実効性を確保した内容は軽々にはつくれないと強調。「再稼働の有無にかかわらず避難計画をつくり、それが絵にかいた餅とならないよう、国と県、市町村で一丸となって取り組んでいる。計画づくりへの支援の意向を示している原電とも連携していく」(県原子力安全対策課)方針だ。

避難計画を策定すべき市町村は全国に135。茨城のほか、福島、静岡の計14市町村が未策定だ。まず計画が出来上がることを重視するところもあれば、実効性を重視するところもあるなど、自治体ごとに考え方がまちまちという事情もある。そして計画ができた後も、サイトごとに協議会で計画の妥当性などを確認し、「緊急時対応」として取りまとめる必要がある。取りまとめが必要な16地点のうち、半数の8地点がその段階に至っていない。

内閣府は「特に東海第二については人口の多さが最大の課題で、自治体も一生懸命努力している最中だ。内閣府としても自治体の課題解決に向けて技術的なサポートを行っている」(原子力防災担当)と強調。内閣府も地域ごとに担当の推進官を置いたり、先行事例を横展開したりなど支援の充実化を図っており、「引き続き改良できる部分は改良しつつ、自治体と連携して一つずつ課題を解決していく」(同)としている。

【特集2】ガス業界一丸で臨んだ未曽有の復旧 現場で生きた過去の教訓


東日本大震災では都市ガスも大規模な供給停止に直面し、復旧には応援隊を含む多くのマンパワーを要した。津波被害が甚大だった一方、過去の震災経験を踏まえた地震対策の有効性が確認される機会にもなった。

「二度と全面供給停止はしない」―。仙台市ガス局は、こんな合言葉で東日本大震災の教訓を継承している。

10年前の3月11日、巨大地震と津波により、被災地の都市ガス設備は大規模な被害を受けた。東北・関東8県16事業者で都市ガスの供給停止が生じ、復旧対象戸数は約40万2000戸に及んだ。導管など供給設備の被害は過去の災害でも経験があったが、特筆すべきは津波により一部の製造設備が機能停止に陥ったことだ。

津波で機能停止に陥った仙台市ガス局港工場

当時35万件超の都市ガス需要家を抱えていた仙台市ガス局の港工場には、最初の地震から約2時間後、仙台港で7.1mを観測した津波が襲来した。受電設備の冠水や護岸の一部が流されるなど被害は甚大で、津波による国内ガス製造工場の長期間の機能停止という史上初の事態に直面。供給区域内では地震発生直後に約7万戸の供給を緊急停止し、最終的には全面供給停止(35万8781戸)に追い込まれた。ガス局は「宮城県沖地震(1978年)の経験などを踏まえた地震対策には有効な面もあったが、津波による被害は想定を超えるものだった」(経営企画課)と当時の状況を語る。

延べ7万2000人の力結集 おおむね1カ月で供給再開

LNGタンクや主要導管網の被害は大きくなかったものの、海上輸送に関わる設備の被害は深刻で、都市ガス原料の確保が当面の課題となった。そこで新潟~仙台パイプラインを活用し、3月23日に新潟から供給されたガスの受け入れを開始。災害拠点病院への供給再開を皮切りに、復旧作業を本格化させていった。

早期復旧を目指す上では、日本ガス協会(JGA)応援隊の力が欠かせなかった。阪神・淡路大震災(1995年)に次ぐ規模で被災地に隊員を派遣。特に仙台市ガス局管内には人手を要し、北海道から九州までの49事業者、延べ約7万2000人もの隊員が赴いた。先遣隊は13日には現地入りし、その後閉栓隊、修繕隊、開栓隊と作業の進捗に合わせ次々と隊員を派遣。安全確保や二次災害防止に努め慎重に作業しつつも、一気にスピードアップしていった。

順調に作業が進んでいた最中、4月7日に本震と同規模の大きな余震が被災地を襲い、再び供給を緊急停止する。ただし、この際のガス局管内での停止は5000戸程度と限定的であり、地震だけならば規模は大きくとも全面供給停止が回避できたことを示唆した。

それ以降は大きなトラブルはなく、16日には避難勧告区域などの一部地域を除き31万830戸の開栓作業が完了。当初は1カ月程度での復旧は困難とみられたが、結果的にはこの見立てを良い意味で裏切った。翌17日には応援隊の解散式が行われ、復旧対応はここで一区切りに。ガス局はその後、港工場の復旧工事に軸足を移す。11月29日には震災後初となるLNG船が入港し、12月上旬からガス供給を再開、12年3月には本格復旧にこぎつけた。未曽有の被害にもかかわらず、約1年で震災以前の体制に戻すことができた。

【特集1】迫られるエネ産業の構造転換 道のり険しく業界別に温度差


全てのエネルギー企業がカーボン実質ゼロに向けた具体的戦略を示すフェーズに入った。経営規模の大小や化石燃料依存度の軽重はあれ、どの企業も抜本的な事業転換を迫られている。

昨年10月の菅義偉首相の2050年カーボンニュートラル(実質ゼロ)宣言が、エネルギー政策上の重要な転換点となったことは間違いない。従前からうたわれてきた「経済と環境の好循環」を、ついに本格的に追求するフェーズに入った。程度の差はあれ、化石燃料利用をビジネスの柱としてきたエネルギー業界への温暖化ガス大幅削減の圧力は、パリ協定発効以降強まり続けてきた。それが首相宣言により、抜本的なモデル転換を業界に迫ることになった。

社会全体での実質ゼロへの転換は、かなりの難題となることは必至だ。エネルギー起源CO2排出量は、18年時点で10.6億t。30年のエネルギーミックスを達成してもなお9.3億tは排出する見通しだ。この水準から、どうしてもゼロにできない一部の領域では、植林やDACCS(直接大気CO2回収・貯留)などのネガティブエミッション技術も駆使し、全体で正味ゼロを目指さなければならない。

電力部門では、再生可能エネルギーや原子力、CO2回収前提の火力、水素・アンモニア発電といった、非化石電源の拡大をどう進めるかが課題だ。他方、産業部門(燃料利用・熱利用)では、脱炭素化された電力による電化、水素化、メタネーション(合成メタン)、合成燃料などの取り組みが求められていく。

こうした大きな絵を踏まえ、政府は50年実質ゼロに向けた民間の取り組みを後押しするため、昨年末にグリーン成長戦略を策定した。成長が期待される産業の14分野を選定し、それぞれ目標を設定した。エネルギー産業や関わりが深い分野では、洋上風力や燃料アンモニア、水素、原子力、自動車・蓄電池、炭素を資源として活用するカーボンリサイクルなどの産業がピックアップされている。

実現に向けては、政策ツールを総動員する。予算面では10年間で2兆円の基金を設立するほか、税制面では企業の投資促進などに向けた各種税制の創設、さらには規制改革やカーボンプライシング(炭素の価格付け、CP)なども検討する方針だ。

この戦略で公的資金に加え民間投資も呼び込み、30年には年90兆円、50年には190兆円もの経済効果が見込めるとしている。だが、これまでもCO2大幅削減に向けて幾つものイノベーション計画が立ち上がっては消え、その成果はあいまいという状況が繰り返されてきた。今回のグリーン成長戦略は、その二の舞いとなることを避けられるのか。

各業界をけん引するエネルギー企業からはビジョンがぽつぽつ示され始めたものの、大半はまだ模索の最中だ。特に化石燃料依存度が高い業界や中小企業にとっては、実質ゼロにソフトランディングできる対応を見いだせなければ、死活問題になりかねない。

エネルギー業界はそれぞれどんな絵を描き、実質ゼロを目指そうとしているのか。次ページからのレポートや、関係者へのアンケートを基に、その考えに迫る。

【特集1】「実質ゼロ」は夢物語なのか? 業界関係者が語る本音の話


2050年カーボンニュートラルへの対応という難題を突き付けられたエネルギー業界。業界に身を置く関係者は、これをどう受け止めるのか。緊急アンケートを実施した。

そもそも、エネルギー関係者は2050年カーボンニュートラル(実質ゼロ)の実現可能性を、どう考えているのだろうか。この問いに対し、電力業界の意見は半々に割れた。

実現可能との回答の大半は、原子力の活用が前提になると強調する。「火力の代替として、太陽光、風力、水力などの再エネ比率を上げ、さらに原発の新設および再稼働を行えば可能」、「理論上は可能だが、原子力の活用は不可欠。60年利用はもちろん、多少の新設も必要だ」と、原子力政策の前進が前提条件との指摘が相次いだ。

都市ガス業界の回答を見ると、「過去の技術の進展を考えれば、今後30年での実質ゼロ実現は可能だと思う」、「劇的な技術革新が必要だが、50年までにブレークスルーが起きる可能性もある」など、前向きな回答が多い印象だ。その一方で、都市ガスと同じく化石エネルギーの取り扱いが本業であるLPガス、石油の両業界からは、「業界として炭素由来の燃料を使用するため、業界単体での実質ゼロは難しい」(LPガス)など、懐疑的な意見が多い。中でも、「カーボンを販売して成り立っている業界として『ゼロ』は不可能」という石油業界からは、回答がほとんど返ってこなかった。石油業界がビジョンを描く難しさを物語っている。

自社設備が座礁資産化する懸念は大きい

具体的なビジョンについては、同じ業界内でも多種多様な意見が寄せられた。

「系統電源から分散型電源へと変化し、再エネに蓄電池がセットされて構築される世の中になる。そこにビジネスとしてどう入っていくのかを考えていかなければならない」(電力)、「kW時や㎥といった供給量を基盤とするビジネスを捨て、顧客を起点としたビジネスに変わること」(電力)、「都市ガス供給事業者から新しい価値の創造企業に生まれ変わることが必要。エネルギー供給では単に再エネに取り組むだけではなく、再エネ電気と再エネ熱を社会でうまく使えるようなシステム作りを他業界と取り組む必要がある」(都市ガス)、「実質ゼロ実現に向けたビジョンを持たないという選択肢はない」(LPガス)などなど、社の本業自体を変える節目になると捉える関係者が多い。

とはいえ、「まずもって政策的なロードマップの明示が先だ。(炭素を資源として活用する)カーボンリサイクル技術やCCS(CO2回収・貯留)などの技術の進捗に期待しながら、できる範囲内で進めていくしかない」(LPガス)と、今後の行方を見守るスタンスも散見された。

ビジネス変革を期待 投資負担は懸念材料に

では、大変革を伴う実質ゼロは、業界にとってどんなメリットが期待できるのか。この点については、多くの関係者が、ビジネスモデルの変革を挙げた。

「太陽光発電や蓄電池など、新たな分野を切り開いていける。また電気自動車(EV)などの次世代エネルギー車に移り変われば、需要拡大のチャンスにもなる」(電力)、「再エネ拡大、火力発電のゼロエミッション化などは今まで培ってきた経験・技術を生かせる取り組み。チャレンジによってこうした事業分野でのさらなる成長が見込める」(電力)、「再エネ系新電力として、主にデマンドサイドでのビジネスモデルを推進するための社会的な追い風が期待できる」(新電力)、「事業変革を促す大きなドライブとなる」(都市ガス)などだ。

一方、自由化市場の中で実質ゼロに取り組まざるを得ない状況に、消極的な意見が一定数あることも事実だ。「長期にわたり社が事業継続を図る上で、避けて通れない課題。実質ゼロへのチャレンジが顧客から選ばれる要素となり、生き残っていくための条件になっていく」(電力)、「取り組んでいることをPRしなければ、お客さまから選択されるエネルギーになり得ない。メリットを求めるというよりも、責務として対応すべき」(LPガス)といった率直な意見も挙がった。

やはり、長期にわたる投資の負担や、自社資産の座礁化などを懸念する声は根強い。「実質ゼロにチャレンジする過程で、研究費や設備投資などの相応の支出が必要になると認識。期待した効果が得られなかった場合には、事業継続が困難になる恐れもある」。電力関係者はこう指摘する。

上流関係者は「早期の実質ゼロ実現が可能となる説得力のある戦略を立て、社会・投資家などのステークホルダーに理解を得ることによって、企業として生き残る可能性が高まる。しかし、新領域の事業で本業と同様の経済的リターンを得られるかは不透明だ。企業価値を維持し、投資家の理解を得ながら事業ポートフォリオの組み換えができるのか、疑問が残るものの、選択肢はほかにない」と、苦しい胸の内を明かす。何かしらのインセンティブがなければ、業界そのものが潰れる可能性も。

東電EP売却の布石か 電力調達の契約見直しへ


東京電力エナジーパートナー(EP)が苦境だ。電力自由化の影響で顧客獲得の競争が激しく、販売量が大幅に低下し、収益悪化の一途をたどる。そんな中、東電EPは来年度から電力の調達先の選別を検討し始めた。総括原価方式時代から高い値段で調達しているJERAやJパワーなどの契約を見直す方向で調整しているという。高コスト体質からの脱却を図る目的らしいが、売却の布石では、との臆測も飛び交う。

ある業界関係者は「東電EPの収益悪化は著しく、銀行が入って細かいところまで指令を出しているらしい」と話す。特に地元である首都圏で顧客が新電力やほかのエネルギー会社の新規参入組に奪われた上に、採算度外視の安値攻勢をかけたのが裏目に出たというのだ。この関係者は「特にEPの100%子会社のテプコカスタマーサービスの経営状況がひどく、収益の一つである配電工事でさえも一部で銀行が待ったをかけている状態だ」と話す。

何かと売却話が絶えない東電EPだが、売却する前提として体質改善を図っているのではないかとの読みも一部では出始めた。

水野氏が経産省参与を退任 投資担当国連特使に就任へ


水野弘道氏が1月18日、経産省参与を退任した。水野氏は昨年末に国連の革新的ファイナンス・持続可能な投資担当特使に任命され、政府の役職との兼任が難しくなったため本人が申し出た。

水野氏は日本のESG(環境・社会・統治)投資普及の中心人物で、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)退任後、米EVメーカーのテスラ社外取締役に加え、サステナブル投資分野の専門家として経産省に招かれていた。

他方、小泉進次郎環境相との距離の近さも有名だ。小泉氏の問題提起に端を発した石炭火力輸出方針の厳格化などに、水野氏の影響があったのではないか、と言われている。

22年1月からの2期目続投を目指すグテーレス国連事務総長は、今年に入ってもなお、気候変動問題について「国際社会の対応は不十分」と訴えている。そんなグテーレス氏の下で水野氏がどんな手腕を振るうのか。

今後、新ポジションで日本のエネルギー・環境政策にどう働きかけていくのかが注目されるが、エネルギー基本計画改定やカーボンプライシングの議論が予定されるだけに、環境重視のバイアスを一層強めるような誘導もあり得る。

【覆面座談会】業界紙記者が語る 「カーボンゼロ」の実現可能性


テーマ:エネ業界のカーボンゼロ対応

エネルギー会社のカーボンニュートラル(実質ゼロ)への対応が注目されるが、業界ごと、あるいは同じ業界内でも受け止めはさまざまだ。業界紙記者がそれぞれの事情を代弁する。

〈出席者〉 A記者 B記者 C記者 D記者

成長戦略に盛り込まれた洋上風力や水素、EVなどへの期待は高まるが……

―電力ではJERAや関西電力が実質ゼロにコミットしたが、それに続く社がいない。

A 業界としてのまとまりは感じられない。大手電力会社は新しいチャレンジには及び腰のイメージがあるが、中三社は、実質ゼロに伴う電化推進をビジネスチャンスとして捉え、水素社会の実現やEV利活用の方向に動いている。電源についていえば、ガスタービンは水素混焼や水素専焼に改造できるので、LNG火力の比率が高いJERAは手を打ちやすいし、原子力が動いている関電も絵を描きやすいだろう。一方、石炭火力比率の高い電力会社は対応に頭を悩ませている。

―それに対し、日本ガス協会はいち早く、業界としての実質ゼロ宣言を行った。

B 2019年11月に東京ガスが実質ゼロに言及した衝撃は相当だった。大阪ガスは20年10月の「2050年に向けたガス事業の在り方研究会」で、中期経営計画に実質ゼロ目標を位置付けることを検討すると言及。その後ガス協会が広瀬道明会長のイニシアチブにより「カーボンニュートラルチャレンジ2050」を発表した。東邦ガスや西部ガスも追従するだろうが、地方ガスには従業員数が1~2桁の社も多く、彼らに対応をどう促すかが課題だ。多くのガス会社は、LNGを自社調達する大手都市ガスや大手電力などから卸を受けている。全国で実質ゼロを達成できるかは、こうしたリソースを持つ者が、メタネーション(合成メタン)を柱としたソリューションをどれだけ提供できるかにかかっている。そこで30年かけて天然ガス転換を成し遂げた経験が生きるだろう。ただ、天然ガス化完了が遅かった社はわずか十数年で次の課題に直面し、その点は気の毒だ。

―石油業界は一昔前なら実質ゼロに大反対したはずだが、時代は変わったようだ。

C 石油需要のうち、電源用と輸送用燃料が急速に先細りしている。遅かれ早かれ対応を迫られると覚悟しており、各社首脳陣は比較的冷静に受け止めている。電源用については、最後に脚光が当たったのは東日本大震災直後の電力需給ひっ迫時。「平時から石油火力を使っていないと有事に供給できない」と業界は言い続けてきたが、設備容量は減る一方だ。輸送用は、車の燃費改善と車需要の減退で、脱ガソリンの方向性は明らか。ENEOS、出光ともに、燃料油需要は40年に17年比半減との見通しを示している。ただ、これは50年CO2 8割減が前提なので、前倒しされる可能性がある。覚悟はしつつも、実質ゼロを国策としてエネルギーの視点で議論していくならば、次期エネルギー基本計画では将来の石油の位置付けを明確にしてもらいたい。

―LPガス業界の受け止めはどうだろうか。

D 日本LPガス協会は昨年、グリーンLPガスに関する研究会を立ち上げ、課題の整理などに着手している。現状では都市ガス会社と石油元売りの動きも見つつ、方向性を示すことになる。しかし、元売り、卸、小売りで切迫感に差があると感じている。元売りは、エネルギー供給構造高度化法施行を見据えた時点からLPガスのバイオ化を検討してきたものの、コストがネックとなるだろう。それを今回の実質ゼロで仕切り直そうというスタンスだ。一方、小売りでも先進的な事業者は、電力事業参入や水素技術の活用などを考えているが、大半は元売りの動きを眺めている感じ。いざとなったら商材を変えれば良いわけだしね。

ついにバイデン政権誕生 気候対策の有効性は不透明


ジョー・バイデン氏が1月20日、米国第46代大統領に就任した。バイデン新政権のエネルギー・環境政策では、パリ協定からの脱退や、オバマ政権下のクリーン・パワー・プラン(CPP)撤回など、「気候危機」に懐疑的だったトランプ前大統領とは真逆の政策を取ると見られている。

バイデン氏は就任初日に早速、パリ協定復帰の指示など複数の大統領令を発出。その関連で、カナダから米中西部に原油を運ぶ「キーストーンXLパイプライン」建設プロジェクトも停止した。ただ政策の実効性については、今後の動向を見守る必要がありそうだ。

気候変動政策を調整する新部署の責任者に起用される予定のジーナ・マッカーシー氏は、オバマ政権で環境保護局長官を務め、CPPを作った中心人物。今後、CPPのバージョンアップ版を策定すると見られるが、当時CPPの違憲性を巡る訴訟に決着がつかないまま、トランプ政権下で廃止となった。

さらにこの時より現在の状況は悪化しており、トランプ氏の置き土産で最高裁判事は保守派が多数を占めるため、訴訟となれば敗訴の可能性が高い。新政権の考えがどの程度実行できるかは、不透明な状況だ。

菅首相が施政方針演説で言及 「炭素価格付けを検討」の波紋


昨年のカーボンニュートラル(実質ゼロ)宣言に続き、菅義偉首相がカーボンプライシング(CP)にも言及した。1月18日に衆参両院本会議で行った施政方針演説において、実質ゼロに向けた新たな方針として、2035年までに新車販売で電動車100%を目指すことなどと併せ、「成長につながるカーボンプライシングに取り組む」と述べたのだ。

施政方針演説で、菅首相が新たな方針としてCPに言及した (提供:朝日新聞社)


首相は昨年末、梶山弘志経済産業相と小泉進次郎環境相にそれぞれCPの検討を指示。その直後から、小泉氏は「来年(21年)のうちに一定の取りまとめを得ることを目指したい」と意欲を示していた。環境省は専門チームを立ち上げ、2月にCPに関する小委員会を再開させる予定だ。

同省はこれまで、CPの議論は産業界とも丁寧に話し合い、細く長く議論を続ける方針を取ってきた。だが、小泉氏が成果をアピールできる次の玉としてCPに目を付け、早期の決着を求めていることで、省内では今後の進め方について意見が割れ始めている模様だ。

一方、経団連の中西宏明会長が「拒否するという方向で出発すべきではない」と語るなど、経済界も一部では「CPには断固反対」という、かつての姿勢を軟化させるような雰囲気も漂う。だが、あるエネルギー業界関係者は「官邸は本質的な勘違いをしているのではないか。コロナ対応だけでなくこの問題でも迷走すれば、サービス業から製造業まで産業総崩れになる。こんな状況下で成長につながるCPの制度設計が本当に可能なのか」と訴える。

国民負担の増加は不可避 環境省と経産省の着地点は

一部報道では、現在の地球温暖化対策税率のCO2t当たり289円の4倍、同1000円超という水準が一つの目安になるのではないかと指摘されている。だが、電気料金だけをみても固定価格買い取り制度(FIT)の賦課金に加え、再エネ主力化に向けた送配電網の増強コストが、今後国民にのしかかってくる。

「例えば、部門ごとにトータルの電気料金はいくらまで許容できるのかをまず整理し、そこからCPの水準を導き出すアプローチでなければ、議論は平行線のままだろう」(前出の関係者)

一方の経産省は、17年にまとめた長期地球温暖化対策プラットフォーム報告書が議論の出発点となりそうだ。当時掲げていたのは実質ゼロではなく50年80%減目標だが、すでにパリ協定は発効済みの段階だ。

この報告書によると、日本はエネルギー諸税だけでもCO2t当たり約4000円と、炭素価格全体では国際的に高額な水準であり、追加的なCP導入は不要と結論付けた。また昨年の実質ゼロ宣言後も、ある経産省幹部は「CPには反対で、さらなる負担を経済界に求めるようなことはしない」と口にしている。  

日本経済の悪化に歯止めがかからない中で、増税につながりかねない政策に国民の理解が得られるとは考え難い。環境省と経産省が今後どのように落としどころを探っていくのか、注目される。