【特集2】制御系を狙うサイバー攻撃 エネインフラに甚大被害の脅威


近年、エネルギー施設などの重要インフラを狙ったサイバー攻撃が激増している。ランサムウェアやエモテットを利用した攻撃は、甚大な被害を及ぼす可能性がある。

今年2月に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻によって、サイバー攻撃の脅威が世界的に高まっている。戦時下にあるウクライナでは国防省や国営銀行がDDoS(大量アクセス)攻撃を受けて、ウェブサイトやサービスが停止した。欧州では通信衛星がサイバー攻撃によって停止し、約1100万kW分の風力発電の遠隔監視制御が不能になる事態となった。国内でも、トヨタ自動車のサプライチェーンで部品供給が停止となった。ウクライナ侵攻との直接的な関係は不明だが、さまざまなサイバー攻撃の被害が顕在化している。

この状況を受けて、政府は2月23日から3回にわたって「産業界へのメッセージ」としてサイバー攻撃への注意喚起を行い、警戒を呼び掛けている。

ランサムウェアで身代金要求 猛威を振るエモテット

近年、サイバー攻撃で猛威を振るっているのが、ランサムウェア攻撃とマルウェア「エモテット(Emotet)」だ。ランサムウェアは身代金という意味の「ランサム」と「ソフトウェア」を組み合わせた造語で、企業のシステムに侵入し、暗号化などによってファイルを利用不可能な状態にする。攻撃者はそのファイルを元に戻すことと引き換えに身代金を要求する。

昨年5月には、米国最大の石油パイプライン会社コロニアル・パイプラインがランサムウェアの被害を受けた。情報ネットワークが不正アクセスされランサムウェアが侵入、脅威を封じ込めるため課金用ITシステムなどを停止した。これにより、全てのパイプラインが停止する事態となり、最終的に身代金440万ドル(約5億5000万円)を支払うことになった。

エモテットは、昨年11月頃から出回り始めたマルウェアだ。主に、マクロ付きのエクセルやワードファイル、パスワード付きジップファイルとしてメールに添付する形式で配信されてくる。ファイルを開封すると、マクロを有効化する操作によって感染し、メールアカウントとパスワード、アドレス帳などの情報が抜き取られる。攻撃者はエモテットによって入手した情報をもとに他のユーザーへ感染メールを送信し、取引先や顧客を巻き込んでいく。

狙われるOTシステム 防ぐゼロトラストの概念

エネルギー事業者が使用するシステムは、顧客管理などを行うIT(情報系)システムと、発電所や送配電網、LNG基地の運用などに利用するOT(制御系)システムの大きく二つで構成されている。ITは一般企業と同様に顧客情報管理やサービスを行うため、適宜新しいシステムに入れ替えて利用するケースが大半だ。一方、OTは外部ネットワークへの接続点が限定された閉じられたシステムで、以前はサイバー攻撃が心配されていなかった。OTは10~20年という長期間にわたり使用され、システムによってはいったん稼働したら停止が困難なものもある。このため、古いOSのままで使われていたり、セキュリティーのアップデートをしていないものがあったりする。そうした対策を全く実施していないOTをネットワークにつなげると、セキュリティーが脆弱でサイバー攻撃のリスクに晒されることになる。

15年12月、ウクライナの送配電事業者のOTがフィッシングメールによってマルウェア「ブラックエナジー」に感染、情報を盗み取られた。この情報をもとにエネルギー供給事業者3社の変電所を遠隔制御して停止させたほか、無停電電源装置やモデムなども止めた。さらに、ハードディスクなどの情報を完全に削除するツールでサーバーやワークステーション上の情報を破壊。このほか、コールセンターがつながらないように大量の電話をかけて、サービス拒否状態にするなど、徹底的な攻撃が仕掛けられた。

昨年2月に、米国フロリダ州の水処理施設にあるパソコンに不正アクセスがあった。OTシステムは古いOSが稼働し、ファイアウォールもなく、共通パスワードのリモートアクセスシステムのままだった。これにより、産業用制御システムが外部から不正な操作を受け、水酸化ナトリウムが通常の100倍に増やして投入された。このように、OTは一度サイバー攻撃を受けると、甚大な被害になる危険がある。

近年はOTにおいても、IoT機器の導入が進められ、ITとネットワークで接続しコスト削減や稼働効率の向上などにつなげようという動きが出てきている。そうなると、以前にも増してサイバー攻撃には注意を払わなければならない。そこで注目されているのが、「ゼロトラストネットワーク」という概念のソリューションだ。文字通り、全てのトラフィックが信用できないことを前提に、あらゆる端末や通信のログを取得して検査する性悪説のアプローチを採用する。

セキュリティーベンダー大手である米国パロアルトネットワークスの「セグメンテーションゲートウェイ」では、IoTデバイスから顧客情報までが部門ごとにレベルで区分けされ、各部門から通信するには、中央の監視を通過しないと通信できない仕組みになっている。「レベル分けされたそれぞれの部門にあるIoTデバイスやパソコン、サーバーなどの設備を1カ所で監視します。こうすることで信頼性が高まるほか、コスト削減につながります」。林薫日本担当最高セキュリティー責任者はこう説明する。

国内のエネルギー事業者は従来、ITとOTの間にセキュリティー機器を設置したり、ITとOTを接続しないことで、サイバー攻撃による甚大な被害を起こさせずに運用してきた。しかし今後は、IoTデバイスやデジタルツインなどの導入による効率的な運用が重要施設でも行われていく。そうしたとき、ゼロトラストネットワークのような新たな仕組みが必要になってくるとみられる。

【特集2】攻撃情報を事業者間で共有 電力インフラを守る業界組織


【インタビュー:内田忠/電力ISAC代表理事】

5年前、電力業界でもサイバー攻撃を未然に防ぐという機運が高まった。電力ISACは事業者間で情報共有と分析を行う組織として活動している。

電力ISACの内田忠代表理事

―電力ISACの設立背景を教えてください。

内田 サイバー攻撃の脅威が高まった約10年前、ITや金融などの業界がISAC(セキュリティー情報共有組織)を立ち上げました。重要インフラである電力業界でも、事業者間でサイバーセキュリティーに関する情報を共有し、適正かつ迅速に対応できる組織が必要との判断から、2017年3月に設立しました。現在、大手電力をはじめ新電力など53の企業・事業者が参画しています。

―具体的な活動内容は。

内田 大きく三つあります。一つ目が「サイバーセキュリティーに関するインシデント対応力の強化」です。会員同士が交流するワーキンググループを「需給・系統」「火力」「小売り」「対応力強化」の四つのテーマでつくり、サイバー攻撃に対する最適な取り組み方法を検討しています。また、人材育成を目的に、実際に攻撃を受けたらどのように対処するか、などを想定して演習や模擬訓練を行っています。

 二つ目が、「情報の収集・分析の高度化とそのタイムリー性の追求」です。サイバー攻撃は日々巧妙化しています。国内外でどのような攻撃があり被害を受けたのか、といった脅威情報を電力ISACが収集・分析を行い、会員に配信しています。

 三つ目が「国内外のセキュリティー組織等との関係強化」です。ITや金融などほかの業界のISACや、欧米の電力ISACと連携し、取り組みや政策動向など最新の課題について定期的に情報共有を行っています。

国内の電力インフラは無事故 セキュリティー対策強化継続

―今年2月のロシア軍によるウクライナ侵攻によって、サイバー攻撃の脅威は高まっていますか。

内田 ウクライナでは国防省や国営銀行がDDoS(大量アクセス)攻撃を受けて、ウェブサイトやサービスが停止しました。また、欧州全域で約5000基の風力発電の遠隔監視制御システムが停止する事態に陥りました。国内でも自動車のサプライチェーンで部品供給が停止しました。

 そうした中、2月下旬以降、経済産業省から産業界に向けて、計3回の注意喚起が発信されました。電力ISACの会員各社も緊張感をもってサイバー攻撃を警戒しています。

―これまで、国内の電力インフラはサイバー攻撃を受けて危機的状況に陥ったことはありますか。

内田 IT(情報系)システムとOT(制御系)システムのうち、発電所や中央給電指令所などのOTがサイバー攻撃の被害を受けると、電力の安定供給に影響する可能性があるので、国内の大手電力はOTとITの間にセキュリティー機器を設置し、ITが攻撃を受けてもOTに影響が出ないようなシステム構成を採用しています。このため、電力インフラがサイバー攻撃を受けて被害にあった事例はありません。

 ただ今後、OTで取得した情報をITで分析するといった業務は増えてきます。また、そのため、OTとITでもセキュリティー対策を着実に行い、電力の安定供給に万全を期す必要があります。

 電力ISACとしては、業界のセキュリティーの底上げにつながるような情報共有に今後も取り組んでいきます。事業者が万全を期すことができるよう継続的にサポートしていきたいです。

【特集2】情報へのアクセスに安全な仕組み ITとOTの通信にメタバース導入


【ニチガス】

社内システムにDXを積極的に導入するニチガス。セキュリティーに関してもメタバースなど最新技術を採用する。

日本瓦斯(ニチガス)は、LPガスの充填基地や営業所の運営、配送や検針などの業務全体の管理に、自社運用のクラウドサービス「雲の宇宙船」をはじめ、DXを積極的に導入してきた。その一方で、それらをサイバー攻撃から守るためセキュリティー対策にも取り組んでいる。

従来は、顧客情報の管理などを扱うIT(情報)システムと充填基地の運営に利用するOT(制御系)システムを個別に運用していた。しかし近年、コロナ禍によってリモートワークが増えた影響などから、ITとOTを接続してリモートでメンテナンスを実施するといった双方向通信のニーズが出てきている。

OTの情報は事業運営に関わる重要情報であり、ネットワークで扱うデータ量が増えたとしても厳重に守らなくてはならない。

「ITとOTの間を安全に通信できる環境を構築するのに、新たな仕組みが必要と考えました。その一つがメタバース(CPS:サイバーフィジカルシステム)です」。エネルギー事業本部情報通信技術部の松田祐毅部長はこう話す。

重要情報に直接アクセス不可 メタデータでまずは検索

メタバースはコンピューターやネットワークに構築された3次元仮想空間を指す。アバターを操作するファンタジーな世界を想像するかもしれないが、同社のCPSで扱うのはあくまでエネルギー事業に関連する情報だ。

論理的セキュリティー施策

LPガスの従来型システムでは需要家の検針データ(請求)、ボンベの配送、保安の情報はそれぞれの業務システムで運用してきた。これに対しCPSでは、需要家宅にLPガスボンベと共に設置にするネットワーク制御装置(NCU)「スペース蛍」で得られた顧客情報が、安全な閉域ネットワークを通じてCPS内の各業務システムに格納される。

この業務システムに外部から直接アクセスすることはできない。いったんメタデータ(顧客の属性情報など)が記された仮想メーターにアクセスしてデータ検索を行い、権限を持った者が必要な情報のみを取り出せる仕組みになっている。「重要情報へのアクセスを困難にすることで、ランサムウェアからの攻撃を回避できます」と、松田部長は強調する。

ニチガスは引き続き新技術を積極的に採用しながら、エネルギー事業者の新たな運用モデルを提示していく。

【特集2まとめ】対サイバー攻撃「最前線」 エネルギーインフラの防衛策


今年2月のロシア軍によるウクライナ侵攻などに端を発し、
サイバー攻撃のリスクが世界的に高まっている。
標的の一つがエネルギーインフラだ。
海外では安定供給に致命的な打撃を与える事例も出ており、
日本にもそうした脅威が間近に迫っている。
エネルギー関連企業のサイバー攻撃対策の最前線を追った。

【アウトライン】制御系を狙うサイバー攻撃 エネインフラに甚大被害の脅威

【インタビュー】国内の大手電力向けアセスを実施 業界全体のレベルアップが重要

【インタビュー】攻撃情報を事業者間で共有 電力インフラを守る業界組織

【レポート】想定を超えるトラブルに備える 最重要インフラの防衛策

【レポート】対ランサムウェアで「防災訓練」 利便性と安全性の両立が課題

【レポート】情報へのアクセスに安全な仕組み ITとOTの通信にメタバース導入

【レポート】多様化する通信環境を安全運用 制御系を守るSIMを開発

【レポート】「標的」と化す重要インフラ サイバー攻撃に備え危険回避

【トピックス】官公庁や自治体など広く対象に 高い技術力で制御システムを守る

【特集1まとめ】電力システム崩壊前夜 「3.22需給危機」の深層と教訓


東京・東北エリアに初の「電力需給ひっ迫警報」が発令された3月22日。
16日の福島県沖地震の影響で、両エリアの火力発電所6基(計約335万kW)が停止中。
そこにトラブルによる計画外停止や低気温による高い需要予測が追い打ちをかけた。
計画停電の実施は避けられたものの、今回の危機的事象からは、
地震や天候のせいばかりにしていられない、構造的な問題が浮き彫りになった。
問題から目を背け続ける限り、行き着く先は電力システムの崩壊だ。

【アウトライン】需要・供給双方の総力戦で難局打開 綱渡りの大規模停電回避の舞台裏

【レポート】安定供給が当然はもはや過去!? 社会に求められる意識改革

【インタビュー】節電協力の呼び掛けに課題 踏み込んだ取り組みの提示が不可欠

【レポート】電力需給ひっ迫はなぜ起きたか 独自検証で浮上した課題と対策

【インタビュー】予断持たず「需給警報」を検証 発令タイミングも議論の対象に

【インタビュー】端境期の需給ひっ迫危機が顕在化 供給設備の作業停止調整に課題

【インタビュー】電力を取り巻く不確実性高まる 社会全体で対応力の向上を

【特集1まとめ】エネルギー非常事態宣言 ウクライナショックの波紋


昨年来懸念されていたロシア・ウクライナ危機が最悪の展開を迎えた。
ドイツが「ノルドストリーム2」の停止措置を取った直後、ロシアが軍事侵攻を開始。
西側諸国の経済制裁の代償として、国際エネルギー市場は大混乱に陥った。
欧州は脱ロシア化を息巻くも、化石燃料資源の調達は極めて不安定な状態に。
片や日本は10数年振りの油価急騰と、欧州のLNGシフトに巻き込まれつつある。
地政学の構図が変貌し始めた今、エネルギー安全保障上の課題が突き付けられている。
※3月23日までの情勢に基づき作成

【アウトライン】世界を襲う未曽有のエネルギー危機 有事対応へ急務の安保戦略

【インタビュー】資源「持たざる国」の選択とは 全方位外交の産消対話が王道

【座談会】戦後最大危機を乗り越えられるか 脱ロシアで深まる歴史的分断

【コラム/3月23日】東日本大震災11年後に復興の核を考える 福島原子力発電所再構築を期待


飯倉 穣/エコノミスト

1. 東日本大震災後11年である。時間の経過もあるが、10年超一区切り、復興完了に近づいた。復興一段落・課題紹介報道は、ウクライナへのロシア侵略で地味だった。

「東日本大震災11年 細る支援 継続が課題」「巨額復興の後 再生手探り」(朝日2022年3月11日)、「東日本大震災11年 福島復興拠点 避難解除へ」(日経同)。

また反原発の新聞は菅直人氏のインタビュー記事を載せた。「日本の原子力技術 楽観誤りだった、菅元首相 安全保障上も原発に懸念示す」(朝日同)。ロシアの原子力発電所攻撃・占拠もあり、原子力の在り方、福島第一原子力発電所事故後の状況報道も散見された。

 福島の復興状況は、福島第一原発の汚染水処理(ALPS処理水)と廃炉を最大課題として語る。農業・自然エネ・公共投資呼び込みの地域再生状況を解説する。事故後の政治的混乱・風評・マスコミの扱いの帰結である。浜通りの地域展開の方向として妥当な選択であろうか。福島原子力発電所再建を阻むタブーを考える。

2.  内堀雅雄福島県知事は,復興と未来を切り拓くキーワード「光と影」を強調した。光は11年間の県民の努力で復興進展、影は、11年経ても避難者・解除区域・福島第一原発廃炉・ALPS処理水・農産物の価格差・教育旅行等で復興不十分と述べる(日本記者クラブ会見22年3月10日)

福島県経済は、復興している。県内総生産(18年度)は、名目7兆9054億円で((11~18年度平均伸び率名目2.4%/年、同実質2.1%)、ほぼ名目・実質とも07年度水準(震災前の好況期)である。一人当たり県民所得も、294万円/人で、震災前を(07年270万円)を上回る(内閣府統計)。現在は、コロナの影響で水準維持の状況にある。産業別では、電気業の半減超の低下、宿泊飲食サービス業の停滞が目立つ。支出側では、政府最終消費、公的資本形成の増加が目立つ。雇用は一応の水準である。

 県全体と異なり、福島県内の原発事故被災地域(浜通り:双葉町、大熊町、浪江町、富岡町、飯館村、葛尾村)は、様相が異なる。避難指示区域の解除も漸く最近で、居住人口(震災前7万人に対し1万人未満)、経済活動は限られている。原子力発電所が最大の雇用の場であった。産業活動は、公共事業や一部民間事業があるものの、一次産業中心となる。

 自然に帰るという意味で、「人新世の資本主義」のコモン的発想なら、理想郷だろうが、過去の努力や今後の地域展開の視点から疑問が残る。

3. 原子力発電所の事故はなぜ起きたか。「福島第一原発は、地震にも津波にも耐えられる保証がない、脆弱な状態であったと推定される。自然現象を起因とするシビアアクシデント(過酷事故)への対策・・など、それまでに備えておくべきこと・・をしていなかった」「本事故の直接的原因は、地震及び地震に誘発された津波という自然現象であるが、事故が実際にどのように進展していったかに関しては、重要な点において解明されていないことが多い」(国会事故調12年)。政府事故調も事故について地震か津波か曖昧表現である。専門家でなくとも、事故の状況を搔い摘めば、地震による送電線の倒壊と津波浸水による非常用電源喪失による原発事故という見方になる。故に11年3月時点で地震・津波の規模の予測可否が論点となる。残念ながら科学的に予測できなかった。故に東電も天災の被災者であった。

 国会事故調は、当時の科学的知見より、なぜ想定外対応が不可だったかという視点で東電の経営・企業体質や規制当局の対応を殊更論点とした。

4. 政治の都合もあった。苛立ちと責任転嫁の民主党の姿勢である。菅直人首相は、外国人献金問題で前原誠司外相に続き、辞職に追い込まれる状況だった(朝日11年3月11日)。そこに東日本大震災が発生した。野党自民党は、国家非常事態を受け追及出来ず、政権はそれを利用し懸命対応の姿勢で生き残りを図った。そして延命のためか権力者の思惑か、浜岡原発に続き全原子力発電所の停止を行い、電力不足・経済の危機を演出した(同年7月)。

5. 天災で発生した損害の責任はだれが負うのか。原子力損害賠償法の法律の立て付けに、立法当時の歪みが大蔵省の主張で残されていた。原賠法3条但し書き(異常に巨大な天災地変等の場合、事業者は損害の責めを負わず、政府が必要措置をとる)の扱いである。これに該当すれば、誰が法的に対応するか釈然としない規定のままだった。故に原賠法3条但し書きに該当するか否か、水面下で問われた。過去の国会答弁は、関東大震災の3倍以上の規模なら3条但し書き該当ということであった(1960年年5月18日科技庁長官国会答弁)。東日本大震災(マグニチュード9.0)は、関東大震災(マグニチュード7.9)の30倍を超える地震エネルギーであった。その発生規模を考えれば、関東大震災の3倍を遙かに超える。

事実と法解釈の経緯を無視して、民主党政権は、国会事故調の糾弾的聴聞で、被災者東電に責任を押しつけた。これに関係省も加担した。

 東電サイドは、日本人的信条の宿命か 優しさが難であった。地域を思った。それにつけ込む非情な権力の勝手解釈を吞み込まされた。イェーリング「権利のための闘争」を手放した。法権利の侵害に対する闘争は、私の物に対する攻撃だけでなく人格に対する攻撃である。権利を無視された者はあらゆる手段で戦うことが自分自身に対する義務であることを諦観した。その後遺症が、今日の経産省管理国有東電の姿である。忍一筋は悲しくもある。又活力喪失でもある。

6. 福島県生まれの木川田一隆が、福島県人と協力して浜通りに原子力立地を決定した。お互い故郷発展の思いは一緒であろう。地元・東電には、地場産業としての原子力発電産業であった。事故後、当初地域の首長の多くは、原子力再建の思いもある印象を受けた(11年4月5日記者クラブ会見)。その後現実と世論の厳しさとともに消えていった。人々は、事故で希有な苦渋と辛酸をなめて、原子力を語ることはなくなった。そして浜通り地域に漸く定住者が戻りつつある。人が戻り働く場を考えるとき、浜通りの復興で、自然に帰ることなく、公共的施設に頼ることなく、復興の核として原子力発電事業の再構築に取り組むべきではなかろうか。それが今後の地域展開の課題と考える。

【特集2】太陽光発電を余すことなく利用 PtoGシステムを本格展開


【山梨県】

太陽光発電の適地で知られている山梨県。その電気で水素を製造するサプライチェーンを構築した。今年4月には山梨県、東京電力ホールディングス、東レの3社による共同事業体で本格展開に乗り出す。

富士山や南アルプスに囲まれた山梨県―。3000m級の山々が雲の進入を防いでいるため、晴天の日が多く、日照時間が長いのが特徴だ。太陽光発電の設置場所としてポテンシャルが高く、県内にはメガクラスの発電所が点在している。

PtoGシステムによる水素製造拠点

そんな山梨県が現在注力しているのが水素事業だ。太陽光発電の電気を最大限活用するため、不安定な発電部分を水素製造に利用し、さらに作った水素を貯蔵・輸送するサプライチェーンの構築を目指す。2016?21年度の5年間、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の実証事業として、東京電力ホールディングス、東レ、東光高岳と共に開発を進めている。

水力発電のノウハウ活用 水素事業にも人材適用

山梨県のエネルギーへの関わりは古く1957年にさかのぼる。行政組織でありながら、水力発電事業を長年手掛けており、県内27カ所ある発電所(合計12・1万kW)の運営を行ってきた。担当する企業局には多くの技術系職員が在籍する。

「水素事業は、山梨大学が燃料電池の開発を積極的に行ってきたことをはじめ、水素が脱炭素化を促進する次世代エネルギーとして有望なことからスタートしました。水力発電に携わってきた技術系職員も多くいます。参画を依頼する企業には『一緒に水素事業に取り組みましょう』と声掛けをしています」。企業局電気課新エネルギーシステム推進室の宮崎和也室長はこう話す。

NEDOの実証事業では、4年をかけて太陽光から水素を製造するパワーtoガス(PtoG)システムと貯蔵・輸送する技術を開発した。同システムでは、東レが開発した世界最高効率の電解質膜を用いた固体高分子(PEM)型水電解装置を採用する。PEM型は電解の原料に水道水を利用できるため、取り扱いが容易、かつ小型で構成がシンプル、再エネの追従に適している、という特長がある。

PEM型水電解装置

実証の最終年度となった昨年6月からは、県内の半導体工場やスーパーマーケットに製造した水素をカードルに高圧充てんして輸送、水素専焼ボイラーや燃料電池に利用している。県内有数のスーパーマーケットチェーン「オギノ」では、店舗にパナソニックの純水素型燃料電池「H2 KIBOU」を2台設置。水素を原料に発電して店舗の電気として利用している。「午後1時?7時に店舗で利用しています。当社も環境問題には積極的に取り組んでおり、グリーン水素活用には関心も持っています」と向町店の長田好弘店長は話す。

スーパー「オギノ」に設置した純水素型燃料電池

PtoGの新会社設立 複数地点にシステム導入

今年3月で水素サプライチェーン実証は終了する。4月からは事業化に向けて東電HD、東レと共同事業体「やまなし・ハイドロジェン・カンパニー」を設立する予定だ。宮崎室長は「新会社を通してPtoGシステムの事業化を見据えています。また、国のグリーンイノベーション基金事業の第1号案件として140億円支援してもらい、山梨県と民間企業7社によるコンソーシアムをつくります。大規模PtoGシステムを国内の複数地点に作り事業化する方針です」と語る。山梨発の再エネ水素技術がいち早く全国に普及していきそうだ。

半導体工場に設置した水素専焼ボイラー

  *       *   *

山梨県のPtoG実証をはじめ、北九州市のパイプラインを使った水素利用実証、豪州から液体水素を輸入など、水素サプライチェーン構築に向けた動きが活発だ。本特集では、そうした事例を取り上げていく。

【特集2】燃料電池開発の一大拠点に 産官学連携で事業化推進


【山梨大学】

長年、水素・燃料電池開発を進めてきた山梨大学。現在は県内企業の実用化に向けた取り組みをサポートする。

山梨県では産官学を挙げ水素・燃料電池の実用化に向けて取り組んでいる。もともと山梨大学では燃料電池開発が盛んであり、1978年に燃料電池実験施設を設置。2008年には「燃料電池ナノ材料研究センター」を設立した。同センターは大学の領域を超えた①燃料電池の試作、②触媒や電解質材料の開発、③劣化機構の解析――などが行える。加えて、産官学連携でも重要な役割を果たしている。

センター内で試作した燃料電池を評価


15年6月には、山梨県、山梨大、やまなし産業支援機構が「やまなし水素・燃料電池ネットワーク協議会」を発足させた。協議会では、県内企業向けに技術講座を実施する。山梨大をはじめ民間企業からも講師を招き、県内企業を中心に延べ約120人が受講。水素・燃料電池の設計開発に必要な知識を習得した。


17年から5年間は、文部科学省の地域イノベーション・エコシステム形成プログラムで地域企業と燃料電池関連の産業化を目指して開発を進めている。電動アシスト自転車に燃料電池を搭載するシステムなどの開発にも取り組んでいる。飯山明裕センター長は「県内企業との連携をさらに深め産業化をサポートしていきたい」と話す。水素・燃料電池産業の裾野を広げる取り組みは、今後も積極的に行われる予定だ。

【特集2】国内初の水素専焼発電所を建設 知見をためて次世代に備える


【イーレックス】

新電力のイーレックスが水素専焼発電の稼働を開始する。次世代電源をいち早く手掛けることで知見を得る。

イーレックスは、国内初の水素専焼発電所を山梨県富士吉田市に建設し3月から稼働する。水素専焼発電はCO2を排出しないため脱炭素化に寄与する次世代電源として注目されている。しかし、燃料となる水素の安定的な供給、発電所を稼働するための知見、再エネ水素の利用によるCO2フリー電気の位置付け―など、前例がなく発電から小売りまで手探り状態で進めることになる。

そこを逆手に取り「どこよりも早く手掛け課題を抽出したら強みになると考えました。将来に向けた水素利用の在り方を検討したい」と高橋良太水素事業開発室長は立ち上げの背景を語る。

今回、水素は発電所の隣接地で共同事業者のハイドロジェンテクノロジーが製造しオンサイトで供給する。発電機は独2G社製の300kWクラスを導入した。

富士吉田市に設置した水素専焼発電機

さらに、特徴的なのは水素を高圧で扱わない点だ。そうすることで、高圧ガス保安法で課せられるハードやソフト両面で規制を軽減し、コスト削減につなげていく。

イーレックスでは今回の取り組みが成功した暁にはパッケージ化し、分散型電源として販売も検討中。高橋室長は「特に離島での脱炭素化に寄与する可能性を大いに秘めている」と意気込む。ユニークな中小クラス水素専焼発電。自治体からも注目を集めそうだ。

【特集2まとめ】水素供給網の新展開 CN視野に本格導入へ


2022年は日本のエネルギー産業にとって歴史的な年となろう。
石炭で製造された豪州産水素が日本に輸入されるからだ。
石炭ガス化技術、液化技術、船舶による大量輸送技術―。
これらを組み合わせた世界初の水素調達が実現する。
脱炭素化を視野に本格化するサプライチェーンの構築。
水素エネルギー「大量消費時代」の幕が開く。

【レポート】太陽光発電を余すことなく利用 PtoGシステムを本格展開

【トピックス】燃料電池開発の一大拠点に 産官学連携で事業化推進

【トピックス】国内初の水素専焼発電所を建設 知見をためて次世代に備える

【レポート】目指すは「ゼロカーボンシティ」 水素利活用の好循環モデル構築

【トピックス】再エネの余剰電力を最大限活用 国内初の水電解型EMS実証

【レポート】晴海・選手村跡地で水素供給 パイプライン整備し24年運開

【レポート】低廉なグリーン水素供給へ 新燃焼プロセス実験設備を導入

【レポート】輸送・産業分野のCN化支える 水素利活用の技術開発を推進

【インタビュー】液体水素の大量輸送時代が到来 供給網を構築した日本の技術力

【インタビュー】欧州から見た再エネ・水素事情 将来の安定供給に懸念強まる

【トピックス】RE100を目指した燃料電池実証 工場での再エネ活用ロールモデル

【トピックス】ブルー水素への対応に注力 CN都市ガスでステーション運用

【トピックス】POS内蔵水素充てん機でセルフ対応 独自開発のノズルで運営をサポート

【トピックス】中国や韓国のニーズに応える 高付加価値機種の開発に注力

【トピックス】業界標準の水素検知警報装置 FCVや工場向けなどで普及進む

【特集1まとめ】検証 核燃サイクルの実力 六ヶ所再処理工場の完成迫る


世界の国々が脱炭素化を進める中、原子力発電の開発は確実に進んでいく。
やがて訪れるのはウラン資源の争奪戦。価格高騰は避けられそうもない。
原子力発電による低廉かつ安定的な電力供給を維持しいくには、
核燃料サイクルによりウラン資源を余すことなく使うことが欠かせない。
使用済み燃料の再処理はその第一歩。六ヶ所再処理工場の稼働で前に踏み出す。
日本が国策として進める核燃料サイクル―その実力を検証する。

【アウトライン】核燃サイクルの「現在・過去・未来」 変わらない高速炉の意義再確認を

【座談会】伝えたい「閉じたサイクル」の実力 貴重なウラン資源の有効利用

【レポート】戦略ロードマップに基づき高速炉を開発 国は核燃サイクルを推進していく

【レポート】プルトニウム有効利用と長寿命核種の低減 高速炉サイクルの新たな可能性

【特集2】RE100を目指した燃料電池実証 工場での再エネ活用ロールモデル


【パナソニック】

パナソニックは4月から「RE100」実現に向けて燃料電池を使った実証を開始する。使用する純水素型燃料電池は発電効率の高さなどが各方面から注目を集めている。

国内外のさまざまな企業がRE100への取り組みを加速させている。この流れを受け、パナソニックは今年4月から、自社工場で使用する電気を再生可能エネルギー100%にするべく、純水素型燃料電池を用いた実証を開始する。

同社草津工場(滋賀県)に隣接する土地に、5kWの純水素型燃料電池100台分(500kW)と太陽光発電(約570kW)、余剰電力を蓄えるリチウムイオン蓄電池(約1100kW時)、燃料電池向けに液体水素タンク(7万8000?)を設置。草津工場内にある燃料電池工場の製造部門の全使用電力をこれらの設備で賄いながら、各設備を連携して最適な電力需給運用を行うための検証を実施する計画だ。

草津工場の隣接地に燃料電池などを置く

燃料電池はベースロードで運転する計画で、事前のシミュレーションでは燃料電池が8割、太陽光が2割を賄うことになりそうだ。太陽光発電は天候によって発電量が変化するため、晴天時は太陽光からの発電を優先して消費し、曇天時は蓄電池から電力を供給して夜間に燃料電池の運転量を増やして充電した上で昼間活用する。

発電効率は56% 連結して需要規模に対応

燃料電池は昨年10月に発売した「H2 KIBOU」を使用する。基幹部品となる燃料電池スタックは家庭用燃料電池コージェネ「エネファーム」と共用化しており、安定した発電性能を有する。発電出力は5kW。モノジェネでの発電効率は業界最高の56%、熱を利用したコージェネでのエネルギー効率は95%に達する。さらに今回の実証のように、複数台を連結制御することが可能だ。

H2 KIBOU

「需要規模に応じて発電出力を調整できるのが大きな特長です。さまざまな用途のお客さまにご提案できると考えています。50年脱炭素化の盛り上がりによって、昨年から純水素型燃料電池の導入に関心を示す企業が増えています」。スマートエネルギーシステム事業部水素事業推進室の河村典彦課長はこう話す。

パナソニックでは、今回の実証を工場のRE100実現に向けたロールモデルとして、国内外に広くアピールしていく。さらに、グループ全体でRE100を推進しており、工場などへの採用に積極的に取り組む構えだ。

【特集2】業界標準の水素検知警報装置 FCVや工場向けなどで普及進む


【新コスモス電機】

水素ステーションや工場などありとあらゆる場所で使われる水素向けガス検知器。新コスモス電機の製品は業界の定番としての地位を獲得している。

水素エネルギーの本格普及に向け、燃料電池車(FCV)の販売、水素ステーションの整備、サプライチェーン構築のための実証などが進んでいる。そうした水素関連製品や設備の運用に欠かせないのが水素の漏れなどを調べる検知器や警報器だ。

新コスモス電機は約40年前から水素向けセンサーの研究開発に取り組み、多くの製品を販売する。現在では、全国で設置が進む水素ステーションの約8割に同社のガス検知警報装置が設置され、デファクト製品として普及している。

FCV向けでは2020年12月に発売されたトヨタ自動車の第2世代「MIRAI」に同社の水素ディテクターが採用され、FCVの燃料電池上部に1個、水素タンクに2個、合計3個を搭載している。FCVでは、とてもシビアな要求がある。具体的には、ガス漏れを素早く検知する性能を備えつつ、振動や自動車部品から出る特定成分による影響対策、過酷環境への耐久性、車の利用期間に相当する寿命確保などだ。加えて、前モデルからのコストダウンの要求もある。そうした課題を乗り越えるために開発したのがディテクターの核となる接触燃料式センサーだ。インダストリ営業本部の岩見知明執行役員はこう話す。

「水素検知に求められる応答速度に対応するには、センサー自体を小型化する必要があります。そこで従来よりも細い貴金属線コイルを巻く技術を開発しました。他社にはできない独自技術と自負しています。家庭用ガス警報器生産で培った量産化技術も水素センサーの製品づくりに生きています」

㊧水素ディテクター ㊨水素向けガス検知器

トヨタ自動車は、製造現場でも水素を活用している。元町工場(愛知県豊田市)では、脱炭素化の実現に向けて、FCフォークリフトを稼働しているほか、乾燥炉などの生産工程の燃料にも水素を利用している。そうした設備の運用や点検にも検知器をはじめとした新コスモス電機の製品が多く利用されているという。今後、水素供給網の構築や水素発電など、さまざまな実証が始まる。そうした現場での採用にも注力していく構えだ。

アンモニアにも注目 新センサーを開発

次世代エネルギーでは、アンモニアに注目している。石炭火力発電ではアンモニアを混焼することでCO2排出量を減らす実証をJERAが中心となり進めている。「10年以上前からアンモニアセンサーの改良に取り組んできて、安定した性能を確保したセンサーが完成しました。ようやく花を開きそうです」と岩見執行役員。水素に加え、アンモニアでも新コスモス電機の製品が普及しそうだ。