【特集1】西日本が電力不足・高騰回避のワケ 原子力稼働の波及効果を分析


「東西」での原子力稼働状況の違いが、近年のエネルギー危機への耐久性の差として顕在化している。原子力を巡る状況が株式市場にどのような影響をもたらすのか、さまざまなデータを基に解説する。

荻野零児/三菱UFJモルガン・スタンレー証券 シニアアナリスト


本稿では、株式市場の観点から、原子力発電の稼働による電力会社への(ポジティブな)影響を整理する。

まず、現在の原子力発電の稼働の状況を整理する。2011年3月の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発事故後に、日本政府は原子力に関する規制ルールを改革した。このため、14年度に国内の原子力の稼働基数はゼロになった。現在(23年9月11日)までに再稼働させた電力会社は、関西電力、九州電力、四国電力の3社である。これら3社の原子力の所在地は、全て西日本である。

原子力の稼働によるポジティブな影響は、①電力の安定供給への寄与、②発電コストの低減、③CO2排出量の削減―の3点である。順次解説していく。


再稼働が供給余力を左右 関西・九州は規制値上げせず

第一の原子力稼働のポジティブな影響は、その稼働が電力の安定供給に寄与することである。
新たに原子力の稼働が増加することは、電力需給バランスにおける電力供給力が拡大することを意味する。このことは、電力の安定供給の余裕度を高めることに寄与する。一般的に、原子力発電の1基当たりの発電能力は相対的に大きいため、その稼働により電力供給力が高くなる。

昨年3月22日、節電に応じる都内の家電店 提供:朝日新聞社

例えば、夏の電力需要ピーク時の電力需給バランスの試算を見てみる。電力広域的運営推進機関の電力需給検証報告書(23年5月発表)が、23年度夏季の電力需給見通しを示している。

同報告書によると、23年8月の供給予備率の見通しは、西日本(中西6エリア)が12.0%(供給予備力1116万kW)である。この供給予備率は、東日本(東3エリア)の5.5%(供給予備力432万kW)よりも高く、供給余力があることを示している。

供給余力が高い方が、気温上昇などによる電力需要量の増加や、発電所トラブルによる供給力の低下などの緊急時の状況に対応しやすくなる。同見通しでは、23年8月の原子力供給力は、西日本で955万kW(関西電力、九州電力、四国電力)、東日本で「なし」と想定されている。西日本と東日本の供給予備力の差異は、稼働可能な原子力の発電能力の違いになっていると考えられる。

第二の原子力稼働のポジティブな影響は、火力燃料コストの削減要因になることである。

一般的に、原子力の発電コストは火力の発電コストよりも安い。このため、電力需要量を一定とすると、原子力の発電量が増加することは、その分の火力発電量が減少(火力燃料の消費量の減少)することになる。

例えば、関西電力のケースを見てみる。22年度決算説明資料(23年4月27日)によると、23年度会社計画の費用への影響額として、原子力利用率が1%上昇すると、経常費用は56億円減少するという試算が示されている。23年度の利用率の会社前提は70%程度である。従って同計画では、原子力稼働による費用抑制効果は、約3920億円(=70×56億円)と試算される。なお、同計画の23年度の前提は、全日本原油CIF価格1バレル85ドル、為替レート1ドル135円である。

22年度は、LNGや石炭、石油といった火力燃料の輸入価格の大幅上昇などを背景に、多くの電力会社が、規制部門の電気料金の値上げ申請を政府に対し行った。火力燃料の輸入価格が大幅に上昇した要因は、火力燃料のドル建て価格の上昇だけでなく、為替レートの円安もあった。前述の関西電力の決算資料によると、22年度の全日本原油CIF価格は同102.7ドル(21年度77.2ドル)、為替レート同135円(21年度112円)だった。

この中で、22年度に関西電力と九州電力は、規制部門の電気料金の値上げ申請を行わなかった。両社が値上げ申請を行わなかった主な要因の一つは、他の電力会社と比較して、原子力稼働による火力発電量の削減効果が、火力燃料の輸入価格の上昇による悪影響を抑制できたことと、当社では考える。

【四国電力 長井社長】幅広い事業で経営安定化 リーディング企業として 地域の発展を支える


ここ数年、電気事業は厳しい経営が続いたが、政府の査定を経た10年ぶりの規制料金値上げにより収支安定化に向かう準備が整った。安定供給、再エネ拡大、原子力活用にまい進しつつ多面的に地域社会への貢献を図る考えだ。

【インタビュー:長井啓介/四国電力社長】

ながい・けいすけ 1981年京都大学大学院工学研究科修了、四国電力入社。2015年常務取締役総合企画室長、17年取締役副社長総合企画室長などを経て19年6月から現職。

志賀 今夏は記録的な猛暑となりましたが、電力需給はさほどの混乱はなかったようですね。

長井 近年予備率の厳しさが指摘され、追加の電源確保や燃料調達の拡充といった手厚い対応が奏功したと思います。当社では伊方3号機が定検を終えて稼働しており、リプレースした西条1号機も6月末から運開。両者で約140万kWと、供給力の面で心強いです。

志賀 他方、昨年から今春にかけては電気料金の高騰が社会的な関心を集めました。貴社は昨年11月28日、平均28.08%の規制料金値上げを申請し、今年5月19日、最終的に認可されたのは、託送料金の値上げ分(4.64%)を含めると平均28.74%の値上げでした。

長井 前回2013年の料金改定以降の経営効率化の成果だけでなく、現在進行中、あるいは今後予定する内容も先取りし、できる限り値上げ幅を圧縮しました。そこからさらに、燃料調達や設備生産性について全国のトップランナー水準と比較するなど、足元で実現可能なレベルを超える効率化を求められました。今回の査定は、非常に厳しい内容だったと受け止めています。
 ただ、今回の値上げの主目的であった燃料費高騰に伴う逆ザヤ解消の目途は立ちました。お客さまの値上げに対する厳しい意見を胸に刻んで、引き続き効率化の深掘りと安定供給を全うする考えです。

志賀 自由料金も含め、料金値上げに伴う需要家の動向は。

長井 昨年の自由料金の燃調上限廃止や今年6月の規制料金値上げに際しては、各方面のお客さまから厳しい声をいただきましたが、幸いにも大きな離脱の動きにはつながりませんでした。私どもとしては、引き続き当社をご選択いただけるよう、経営の合理化・効率化に取り組んで、競争力のある魅力的な料金をご提供していきたいと考えています。

志賀 これで中期的に経営安定化が図れると考えますか。

長井 電気事業については、ロシアのウクライナ侵攻前から燃料価格が高騰しており収支的に厳しい状態が続き、四国電力単独では至近3年連続の赤字でした。今回の値上げで少なくとも収支不均衡は解消されたので、今後は効率化を頑張った分だけ収支が安定していくポジションに入ったと考えています。

リプレースした西条1号機。供給力の面で貴重な戦力だ

【特集1】半世紀の歩みを検証しGXに生かせるか いま再び問われる安全保障の強化


約50年前の第一次、第二次オイルショックは、その後の日本のエネルギー政策の礎となった。その変遷を検証することは、カーボンニュートラルへの移行を考える上でも重要な材料となる。

日本のエネルギー政策史の最も重要なターニングポイントは、やはり半世紀前の第一次・第二次オイルショックだろう。当時の日本経済の生命線である石油の供給支障リスクが高まり、影響回避に向けた政策が全方面的に展開された。村瀬佳史・資源エネルギー庁長官が、就任会見で抱負を語った際も冒頭から、オイルショックの話題に言及。これによりエネ庁が発足し、エネルギー政策の転換を進めたことに思いを馳せた。


二度の危機で政策転換 原子力への期待高まる

ここで改めて、オイルショック後に日本がたどった道を振り返ってみたい。

1973年10月に勃発した第四次中東戦争を機に発生したのが、74年8月にかけての第一次オイルショックだ。中東産油国の生産削減、一部非友好国への禁輸措置、そして原油公示価格の大幅引上げに発展し、国際原油価格は3カ月間で約4倍に達した。さらに石炭や天然ガス、ウランなどの価格高騰にも波及した。消費国経済は大混乱となり、日本もその渦中に放り込まれた。当時の中東石油依存度は8割。ガソリン価格などの急騰と急激なインフレで、日本の高度経済成長は終焉する。

そして78年10月~82年4月にかけて原油価格は再び上昇。第二次オイルショックの到来だ。

OPEC(石油輸出国機構)が段階的な値上げを行う中、イラン革命に端を発し、経済制裁を伴うイランと米国間の対立、さらにはイラン・イラク戦争が勃発。複層的要因で国際原油価格は3年で約2.7倍となった。

ただ、日本国内では第一次での物の買い占めといった行動はみられず。また国際的にも、一部地域での増産、そして需要の減少により、需給の混乱ぶりは比較的限定的だった。

日本のエネルギー自給率の推移 出典:IEA, World Energy Statistics and Balances, April 2023より日本エネルギー経済研究所が作成

オイルショックの反省から、日本政府はエネルギー安全保障の強化を軸とする政策転換に着手する。

第一が、石油の安定的な確保だ。有事の際、政府が石油精製業者などに石油生産計画の作成を指示できる「石油需給適正化法」を制定。さらに「石油備蓄法」により民間備蓄を義務化し、国家備蓄も開始した。

第二は、当時新たな概念となった省エネルギー。「エネルギー使用合理化法(省エネ法)」を制定し、業種ごとに効率的なエネルギー利用を求めた。また、78年度からの15年間にわたる「ムーンライト計画」で省エネ普及に向けた技術開発を推進。日本の産業界は世界最高水準のエネルギー消費効率を誇るようになった。

そして第三がエネルギー源の多様化だ。「石油代替エネルギーの開発および導入促進に関する法律(代エネ法)」により、石油以外の利用拡大を目指した。また73年には、太陽光や地熱、石炭、水素エネルギーなどの技術開発を進める「サンシャイン計画」が始動。新エネルギー総合開発機構(現NEDO)の設立にもつながった。「ニューサンシャイン計画」への衣替えを経て、この国策は2000年まで続いた。

中でもこの時期、「準国産エネルギー」として自給率向上に寄与する原子力への期待が高まった。発電所の円滑な立地を後押しするために「電源三法制度」を制定。高速増殖炉研究や、核燃料サイクルの研究開発も始まった。

【特集1】巨大地震で想定される未曽有の被害 エネルギー業界の備えと課題を分析


大規模被害が想定される首都直下、南海トラフ巨大地震などを見据え、各所で減災・防災対策が進む。エネルギーインフラではどんな手を打ってきたのか。またその運用上の課題はどこにあるのか。

お盆休み真っただ中の日本列島を直撃した台風7号は、広範囲で水害や土砂災害などをもたらし、新幹線をはじめ交通網にも多大な混乱をもたらした。エネルギー関連では中部・近畿を中心に停電が起きたものの、復旧での大きな問題はなかった。毎年のように風水害が発生し、強い地震も頻発する昨今、エネルギー業界は着実に災害対応の経験値を積んでいる。

しかし近い将来発生する可能性が高い巨大地震への備えは、現在、どの程度進んでいるのか。

関東大震災でのガス管被害の様子(出典:東京ガス100年史)

首都直下と南海トラフ インフラに大きな影響

複数の巨大地震の可能性が示唆されており、中でも発生確率が高いとされるのが、日本の中枢を襲う首都直下地震、そして西日本の超広域が被災する南海トラフ巨大地震だ。政府は今後30年間の発生確率を、首都直下が70%、南海トラフが70~80%程度としている。政府の中央防災会議はそれぞれについて、いくつかの発生パターンで地震や津波による被害想定を示した。その最大値は次の通りだ。

都心南部直下でマグニチュード7.3の地震が発生した場合、死者約2.3万人、全壊・焼失家屋は約61万棟に上る。電力では、東京湾岸の火力発電所の多くが停止し、広域融通を含めても供給能力が平時の5割程度に低下。約1220万件の停電が発生する。都市ガスは1都3県で需要家3割の供給が停止し、通信支障は約470万回線に。避難者数や食料不足、要救助者数なども相当な規模となり、資産や経済活動への影響は95兆円規模に達するという。

南海トラフではさらに桁違いの被害が想定される。震度7が127市町村、最大津波10m以上が79市町村で観測され、死者・行方不明者数は約32.3万人、約238.6万棟が全壊・焼失の恐れがある。電力では、火力停止で西日本全体の供給能力が需要の5割程度となり、停電件数は最大約2710万件。都市ガスの供給停止は約180万戸、通信不通は約930万回線に及び、経済被害は214.2兆円にも膨れ上がる。

発災から1カ月後までのシナリオを見ると、南海トラフの場合、電力では1週間後でも火力の運転再開は限定的で、計画停電の可能性も。1カ月後の西日本全体の供給力は、広域融通を行えば需要の9割程度まで回復する。都市ガスでは、1週間後でも最大150万戸が供給停止したままだが、徐々に復旧が加速し、1カ月後には東海3県を除く大部分で供給再開。被害が大きい地域も6週間ほどで大部分が供給再開に至る。

以上が、中央防災会議が13年にそれぞれ公表した被害想定であり、地震ごとに対策推進の基本計画を策定した。なお、政府はそれぞれの減災目標を掲げ、被害想定の公表から10年をめどに、対策の進捗確認や被害想定の見直しなどを行う。現在南海トラフでこの作業を進めているところだ。

【特集1】東日本大震災の反省生かして 強靱化・減災でエネ業界に期待


政府は首都直下、南海トラフ、日本海溝・千島海溝といった巨大地震への対応を検討し続けている。講ずべき強靱化や減災対策、そしてエネルギー企業への期待について谷防災大臣に聞いた。

【インタビュー】谷 公一/内閣府防災担当大臣

たに・こういち 兵庫県出身。明治大学政治経済学部卒後、兵庫県庁入庁。2003年衆議院総選挙初当選。当選連続7回。復興副大臣(第二次安倍内閣)などさまざまな要職を経て22年8月から現職。

―兵庫県庁職員として阪神・淡路大震災に遭遇し、東日本大震災翌年には復興副大臣を務めました。その中でエネルギーに関して印象深い出来事はありましたか。

 阪神・淡路では電気・ガスの供給停止が発生する一方、ガソリン不足への緊迫性はさほど感じませんでした。他方、東日本大震災では多岐に渡る被害が発生する中、特にガソリン不足の影響が大きく、地方都市ではエネルギーインフラが一層重要であると痛感しました。発災直後、現上皇陛下が現場の課題を的確に把握され、被災地へのビデオメッセージでガソリン不足に言及されたことも印象深いです。

―近い将来、首都直下、南海トラフ、日本海溝・千島海溝などの巨大地震が懸念される中、国土強靭化の取り組みを進めています。

 地震そのものは防げませんが、被害は工夫によって大きく軽減でき、そのための強くしなやかな国土、社会づくりの取り組みが重要です。現在は、2020年閣議決定の「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」の3年目で、総額15兆円規模で幅広い分野で対策を講じているところです。エネルギー分野では送電網の整備・強化、停電対応型の天然ガス利用設備導入、LPガス充てん所機能強化などを推進しています。また本年7月に新たな国土強靭化基本計画を策定し、経済の要であるエネルギーなどのライフライン強化を柱の一つとして打ち出しました。これらを進める上ではエネルギー事業者との連携が重要であり、政府もできる限り支援していく考えです。


南海トラフから着手 被害想定見直しへ


―現在、南海トラフの被害想定見直しが進んでいます。

 前回の被害想定では、最悪のケースで死者数約32.3万人、建物の全壊・焼失が239万棟といった規模を示しました。そして今後10年で死者数を概ね8割減少といった目標を掲げ、地震や津波被害を減らすためのさまざまな対策を講じてきました。24年がこの10年目に当たるため、現在は各地域の進捗を踏まえつつ、被害想定の見直しを進めています。南海トラフと同様、次は首都直下での死者数半減などを目指し、対策状況の確認と被害想定見直しの作業に着手する予定です。そして南海トラフ、首都直下、日本海溝・千島海溝とそれぞれ特に考慮すべき特性を押さえつつ、さらなる減災を目指します。

―巨大地震を見据えた取り組みは多岐にわたりますが、特にエネルギー業界に期待することは。

 有事にエネルギーをいかに安定供給できるかが被災地の状況を左右します。災害時の指定公共機関に多くの電力、ガス、石油関連企業が名を連ね、その役割を果たすために、それぞれの日頃からの尽力をありがたく思っています。他方、同じく重要である脱炭素化に向けた政策展開という視野も持ちつつ、エネルギー事業者が必要な事業を継続できるよう、引き続き支援を行っていきます。

【電源開発 菅野社長】脱炭素と安定供給両立 より難しい局面こそ 果敢にチャレンジへ


2050年カーボンニュートラルに向け2年前に「J-POWER “BLUE MISSION 2050”」を発表したが、安定供給との両立など状況は一層厳しさを増す。だからこそ、この難題に気概を持って取り組み、自社に求められる役割を果たす重要性を強調する。

【インタビュー:菅野 等/電源開発社長

かんの・ひとし 1984年筑波大学比較文化学類卒。同年電源開発入社。執行役員経営企画部長、取締役常務執行役員、代表取締役副社長執行役員などを経て、2023年6月から現職。

志賀 筑波大学で現代思想を専攻されました。どのような経緯で電源開発へ入社したのでしょうか。

菅野 根本に、社会の基盤を支える仕事がしたいとの思いがあります。当時、ローマクラブの「成長の限界」や、エイモリ―・ロビンズ氏の著書「ソフト・エネルギー・パス」など、エネルギー問題への関心が高まり始め、ならばエネルギー事業者の仕事はやりがいがあるのではないかと考えました。

志賀 社長就任に当たっての抱負をお願いします。

菅野 社会の基盤を造ることにはさまざまな課題があります。だからこそやりがいを感じ、気概を持って取り組もうと企業グループ社員に呼び掛けており、私自身も初心に帰り、グループ一丸となって同じ方向を向いていきたいと考えています。

志賀 入社動機からつながってくるわけですね。さて、目下最大の課題である気候変動への対応方針として「J―POWER 〝BLUE MISSION 2050〟」を掲げ、カーボンニュートラル(CN)と水素社会実現に向けた対応に着手しています。ただ、策定以降、実にさまざまな状況変化があり、昨年には一般炭と原料炭価格の逆転といった異常事態も起きました。

菅野 より難しい局面になっており、特にエネルギーの安定供給の課題が強まりました。事業者が新規電源を造るに当たっての予見性が下がっており、設備投資への経営判断がさらに難しくなっています。燃料の調達環境を巡っても、主燃料の石炭では政府方針を鑑み、昨年度からロシア炭の輸入を減らし、今年度はゼロにしましたが、代替調達の課題はあります。そして、機関投資家が企業の気候変動対応の実績を見る目も一層厳しくなっています。

 月並みですが、トランジションでの安定供給とCNの両立は生半可なことではなく、「BLUE MISSION 2050」を策定中だった3年前よりも難しくなっています。ただ、だからこそチャレンジしがいがあり、関係者に広く理解を求めることが重要な仕事だと受け止めています。

【記者通信/8月4日】東京地検が秋本議員を家宅捜索 再エネ議連・日風開にメス


再生可能エネルギーに絡む特大スキャンダルが永田町を襲っている。日本の洋上風力開発を巡って自民党の秋本真利衆議院議員が風力発電事業者から、2021年以降複数回にわたり多額の資金提供を受けていた疑いで、東京地検特捜部は8月4日、秋本議員の事務所に家宅捜索を行った。秋本氏は同日、外務大臣政務官の辞表を提出した。

自民党再エネ議連事務局長を務める秋本氏(右)。周辺への波及はあるのか……

自民党再エネ派急先鋒を自称する秋本議員は2017年に国土交通政務官として19年4月に施行した再エネ海域利用法の作成に関与。日本風力開発からの資金提供は、再エネ海域利用法に基づく洋上風力発電の入札公募に便宜を図ってもらう狙いがあったとみられている。

実際に秋本議員は、公募第1弾で中部電力・三菱商事グループが3カ所全てを落札した結果を踏まえ、22年2月の予算委員会で「運転開始時期に対するウェートづけを見直すべき」だなどと、入札の評価基準見直しを要求。その後、評価基準の見直しが実現した。捜査関係者は、日風開の資金提供と秋本議員の国会質問の時期が一致するといった関連性から、収賄・贈賄容疑の適用にあたる可能性を示唆している。

一連の疑いに対し、日風開側は資金提供を認めたものの、贈賄性は真っ向から否定。「秋本議員と競走馬の共同購入資金に充てた。違法性はない」などとするコメントを出している。秋本議員側にも取材を申し込んだが、4日時点で連絡がついていない状況だ。

洋上風力政策に介入 周辺へも〝火の粉〟拡大か

また、秋本議員は自民党内で「再生可能エネルギー普及拡大議員連盟」の事務局長を務めていた。議連の会合でも、入札条件の見直しを求める声が噴出しており、永田町関係者の中には「同議連の中心人物だった柴山昌彦元文部科学相、小泉進次郎元環境相、河野太郎デジタル相、さらには元首相にも〝火の粉〟が降りかかる可能性がある」と見る向きもある。

なお、入札条件を巡っては、日風開子会社のエネルギー戦略研究所が参加する京都大学大学院「再生可能エネルギー経済学講座」の講師陣の一部が再エネ議連の会合に参加し、見直しの検討に関わった経緯がある。「今回の問題が、回りまわって京大の再エネ派グループに波及しなければいいが。再エネ拡大・脱原発の旗を振ってきた自民党内勢力や学識者のプレゼンス低下が起きないことを祈るばかりだ」。再エネ関係者はこう不安を募らせている。

【記者通信/8月2日】大手電力“期ずれ”影響で好発進 通期でも黒字化へ


大手電力10社の2023年度第1四半期(4~6月)決算が8月2日までに出そろった。燃料費や電力市場価格の高騰、円安の加速といった外部要因により厳しい決算が際立った前期から一転、軒並み好スタートを切った(図参照)。

前期は、低圧規制料金で設けられている燃料費調整制度の調整上限に到達し燃料費持ち出し状態となったことが業績に大きな影を落としたが、高圧以上の需要家の電気料金を見直したことや、燃料費高騰に伴う燃料費調整の期ずれ差損が差益に転じたことなどが好決算に寄与した形だ。

急がれる財務基盤の立て直し 東京は通期見通し示さず

6月には、中部、関西、九州を除く7社が低圧向け経過措置料金(規制料金)を21~42%値上げ。今後、円安や燃料価格が再度上昇に転じる懸念はあるが、燃調上限も引き上げられたため通期でも業績が好転することが期待される。実際、北海道と東北はこれまで「未定」としてきた通期業績予想を第1四半期決算に合わせて公表。東京と沖縄を除く8社が最終黒字となる見込みだ。東京は柏崎刈羽原発の再稼働時期を見通せないことから通期予想を示さず、沖縄は火力発電所の事故に伴い通期予想を取り下げた。

前期は中部を除く全社が最終赤字に陥り業界全体に暗雲が立ち込めていただけに、業績改善に明るい兆しが見え始めたとも言える。とはいえ、単年度の収支改善には前進が見られたが、各社ともこの2年余りで棄損され続けてきた財務基盤の立て直しにはほど遠いのが実情だろう。さらには、燃料価格の急激な変動など外部要因に振り回される事業環境も依然として変わっていない。外部環境のリスクに柔軟に対応し、弱体化する収益力を向上させることが喫緊の課題だ。

【特集1】需要家保護を前面に厳格査定 新旧電力双方から異論噴出の実態


全面自由化後初の電気料金値上げが実施されたが、大手電力はもとより新電力からも不満が募っている。需要家保護に偏った今回の厳しい査定を振り返ると、料金規制を巡るさまざまな課題が浮かび上がる。

昨年来、大手電力会社の主たる経営課題だった低圧規制料金の値上げが、6月1日、ようやく実施に至った。燃料費や卸電力市場価格の高騰により供給コストが料金収入を大きく上回る状態が続いたことから財務状況が悪化し、中部、関西、九州を除く7社が昨年11月から年明けにかけて原価を洗い替え、経済産業省に値上げを申請した。当初の上げ幅は標準家庭料金で28~48%(表参照)程度。東日本大震災後の原発緊急停止に伴う2012年の料金改定以来の実施となり、その行方は国民の大きな関心事となった。

しかし約10年前の前回改定と同様、その認可プロセスではたびたびの「政治介入」があり、電力・ガス取引監視等委員会の料金制度専門会合での審査に横やりを入れる格好となった。

標準的な家庭(30A・400kW時/月)における電気料金の試算結果
※1 レベニューキャップ制度の導入に伴う託送料金の改定影響を含まない数値
※2 レベニューキャップ制度の導入に伴う託送料金の改定影響を加味した数値


補正申請で値上げ幅圧縮 政治リスクで審査長期化

まずは岸田文雄首相が、物価高対策の視点から「日程ありきでなく、厳格、丁寧な査定による審査」を要求。これを受け、監視委の専門会合では燃料価格の採録期間を、それ以前に比べれば価格が落ち着いてきた22年11月~23年1月に見直した。さらに原価上、卸電力市場価格については電力先物価格の平均値(23年2月における東京商品取引所の23年度各限月)を採用することに。専門会合は計16回の審査を経て4月末に査定方針案を取りまとめ、その間7社は原価の再算定を行った。

重ねて、河野太郎消費者相の姿勢が、審査の長期化に拍車をかけた。大手電力の相次ぐ不祥事発覚を重く見て、「電力の経営が効率的なのか見極めなければならない」などと追及。査定方針案がまとまった後、経産省と消費者庁との協議がスタートし、同庁内の会合などでも河野氏の問題意識に基づく形で検討が進んだ。一連の同庁側の対応について、専門会合委員からは「意見があるのなら査定の間違いを指摘するべきだ」といった苦言がたびたび飛び出した。

そして同庁との協議終了の翌日、5月16日に「物価問題に関する関係閣僚会議」が査定方針を正式決定。7社は同日中に補正を提出し、経産省が19日に認可した。紆余曲折を経た最終的な値上げ幅は、標準家庭料金で14~42%と当初申請時から大幅に圧縮された。

結局、審査の長期化により先行5社の値上げ実施までには半年を要した。5社にとって実施が2カ月遅れたダメージは大きく、30億~130億円程度のマイナス影響をもたらしたという。

ただ意外にも、電力会社の収支や財務状況に関心を寄せる関係者は、この顛末を前向きに受け止めている。格付投資情報センターの西村聡彦・格付本部副本部長は「22年度決算ベースと比べて収支構造は改善され、特に燃料高への耐久力が高まった。また、震災後の値上げ時と比べれば政治リスクや国民感情は落ち着いており、審査期間も短い」と指摘。「昨年の今頃、規制料金値上げという選択肢もある中、各社が実情に見合った対応策を実施すれば信用力は保たれるとのストーリーを描いた。概ね、その範囲内で進んでいる」と強調する。

確かに、これで経営悪化の元凶だった燃料価格上昇による逆ザヤは解消される。基準燃料価格は1㎘当たり約4万2000円~5万8000万円引き上がり、足元の燃料価格と、基準価格の1.5倍に設定される上限までの間にはかなりの余裕が生じた。

【特集1】依然道半ばの電力自由化 重要性増すマーケットの改革


電力小売り全面自由化後、初めての料金改定が浮き彫りにした課題とは。料金制度専門会合で座長を務める山内弘隆・武蔵野大学特任教授に話を聞いた。

【インタビュー】山内弘隆/武蔵野大学経営学部 特任教授

やまうち・ひろたか 慶応大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。1998年から2019年まで一橋大学大学院商学研究科教授。現在、一橋大学名誉教授、武蔵野大学経営学部特任教授。

―小売り全面自由化後初めての低圧規制料金の改定に当たり、さまざまな課題が浮き彫りになりました。

山内 審査の結果、事業者が当初申請した料金水準よりも上げ幅が圧縮されました。厳格かつ丁寧な申請を行うとした西村康稔経済産業相の意向が大いに反映された形です。競争圧力が十分ではないとの判断から、全面自由化から7年が経過した今も経過措置規制が残っていることは仕方がないことではありますが、2020年に送配電分離が実施され、東京電力エナジーパートナーに至っては発販も分離したという実態がある中で、旧来の料金審査要領を当てはめて審査を行うことは非常に困難ではありました。

―料金改定を見据え、あらかじめ審査要領を変えておく必要があったということでしょうか。

山内 料金規制はあくまでも暫定的な措置ですから、それも現実的ではありませんでした。一方、ウクライナ危機以降のエネルギー市場の激変は、大手電力会社が取ることができるリスクの大きさを超えているとも考えられます。料金改定という形ではなく、国がそのリスクを取るという選択肢もあり得たのかもしれません。

社会の耳目集めた料金審査 規制解除がより困難に


―今後の規制の在り方についてはどうお考えですか。

山内 料金規制の扱いは、今後ますます大きな問題になっていくはずです。審査の過程で社会的に大きな注目を集めましたから、大手電力会社のみならず、新電力関係者も経過措置の廃止を期待しているかと思いますが、そうした期待とは別の方向に進んでしまったように思えます。料金規制が電力の市場競争を歪めてしまっていることは明らかで、政策当局もそれを十分に理解していますが、廃止はそう簡単なことではないでしょう。

―多くの新電力は、規制料金を下回る料金メニューを打ち出すことができなくなりました。自由化は停滞してしまうのでしょうか。

山内 新電力が規制料金を自社の料金の指標としていることは、ある意味、競争が進んでいないことの証左でもあります。本来であれば、新電力はダイナミックにプライシングして独自の供給形態を構築するべきでしたが、依然として発電容量の大部分を大手電力会社が保有しており、常時バックアップと卸調達しかない状況ではそれを望むことはできません。自由化のあるべき姿に向け、まだまだ過渡期にあると考えるべきかもしれません。

―何が規制解除の条件になるでしょうか。

山内 現段階でそれを判断することは非常に難しいと思います。もし規制を外すのであれば、卸取引の内外無差別など、マーケットの改革を徹底する必要があります。その結果として、新電力が自らの経営戦略の中でプライシングを決定して供給力を確保していくことができるような事業環境を創出する必要があります。

【東京ガス 笹山社長】安定供給を絶やさず CN社会への移行を 現実感を持ってリードする


安定供給と脱炭素化という難しい課題に直面する中、4月1日に都市ガス最大手の社長に就任した。経済成長著しいアジアの脱炭素化も視野に、LNGからのシームレスな移行に貢献していく。

【インタビュー:笹山晋一/東京ガス代表執行役社長CEO】

【聞き手:志賀正利/本社社長】

ささやま・しんいち 1986年東京大学工学部卒、東京ガス入社。執行役員総合企画部長、専務執行役員エネルギー需給本部長、代表執行役副社長などを経て2023年4月1日から現職。

志賀 まずは社長就任に当たっての抱負をお聞かせください。

笹山 守るべきものは守り、変えるべきことは変えていくということを徹底していきたいと考えています。守るべきものについては、安心・安全・信頼が当社の事業活動の基本ですから引き続きしっかりと取り組んでいきますし、需要家をはじめとするステークホルダーを大切にする姿勢が変わることもありません。
 一方で、デジタルトランスフォーメーション(DX)やグリーントランスフォーメーション(GX)といった社会の要請に適切に対応していくためには、躊躇することなく変革していくことも重要です。今年2月に2023年度から3か年の中期経営計画を公表しましたが、変革していくというメッセージを込めて「Compass Transformation 23-25」としました。

志賀 東京大学工学部卒とのことで、東京ガスとして戦後初の理系出身社長ですね。DXを推進するに当たっても、大きな強みとなるのではないでしょうか。

笹山 大学では数理工学を専攻し、数学の応用で統計や最適化問題を解いたり、今でいうところのAIを学んだりしました。そういう意味で、確かにデジタル分野に対する拒否反応はないかもしれません。セキュリティーについて万全を期すことが前提ではありますが、生成AIの活用にも大きな期待を寄せています。

経営資源のシフト加速 新たな成長領域を強化

志賀 デジタルや企画部門で大きな役割を果たされただけではなく、電力事業の立役者でもあります。これまでを振り返り、どのような会社員生活でしたか。

笹山 就職先を決める際、決してエネルギー業界に進みたいと思っていたわけではありませんでしたが、やりたいことをさせてもらえると思い、当社への入社を決めました。実際、これまでの間、わりとやりたい仕事をさせてもらえたと思います。

 入社後は、主に四つの分野を経験しました。最初の10年はシステム部門でデータから会社経営を見るような業務に携わり、次に、営業の企画部門で都市ガスの販売計画のほか、エネルギーサービス事業の立ち上げや電力事業の立ち上げ、デリバティブ(金融派生商品)取引の導入など、当社としては少し変わった業務を手掛けました。

 その後、エネルギー政策担当として電力や都市ガスの自由化やエネルギー基本計画などの政策全般を見ることになり、この間、産官学のさまざまな人脈を築くことができました。四つ目が総合企画部で、19年11月に公表した経営ビジョン「Compass2030」や現行の中計の策定にも関わっています。

【特集1】避けて通れない国民負担の話 GXに必要な全体最適の視座


脱炭素に向けた系統増強やGX関連の巨額投資などの方針が続々と示されている。国民全体での負担増は避けられない中、政府方針の費用対効果や実現可能性を徹底討論した。

【出席者】

重竹尚基/ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナー

長山浩章/京都大学大学院 総合生存学館教授

大場紀章/ポスト石油戦略研究所代表

左から重竹氏、長山氏、大場氏

――マスタープランでは7兆円規模の投資が必要だとしています。まず関連の政府審議会に参加する長山教授の評価からお聞きしたい。

長山 世界的にグリーン電力のニーズが拡大する中、日本でも系統増強でさらに大量の再生可能エネルギーを供給地から需要地に運ぶことが求められ、出力制御の減少など効率性の面でもメリットがあります。7兆円の投資を40年で償却する場合、足元の年間電力需要から試算すると負担額は1kW時当たり0.2円、4人家族で年1000円強となります。ただ、会計帳簿原価などから見れば、やはり全体の規模感としては巨額だと感じます。また、ここにはローカル系統や調整力などのコストが含まれないことも指摘したい。7兆円のうち北海道~東北~東京ルート新設では最大3.4兆円、北海道地内増強では1.1兆円程度。特に北海道地内は需要が小さいにもかかわらずこれほどの投資額が必要な理由を、政府は丁寧に説明すべきです。

大場 長期的な再エネ開発を考える上で系統増強は不可欠であり、その計画を公的機関が示さなければ開発はいっこうに進みません。マスタープランは一部詰めが甘いのかもしれませんが、その第一歩の試算を示したものとして評価できます。さらにスピード感を持ってこれを実現させていかなければ意味がない。ただ今後、資金調達や費用回収の在り方を巡っては、さまざまな課題が浮上するでしょう。

重竹 CN(カーボンニュートラル)実現への全体像を示したGX基本方針でも、マスタープランに基づき今後10年間程度で、過去10年の8倍以上の規模(1000万kW以上)で送電網の整備を加速する方針を記しています。さらに、マスタープランでは再エネ拡大に資する系統増強や蓄電池などの導入について投資の必要性を強調し、政府の本気度が感じられます。


供給想定に疑問の声 プランの柔軟な見直しを

――課題をもう少し掘り下げたいと思います。

長山 そもそも供給ありきで、今後開発が進むであろう北海道や東北の風力導入量を決め打ちしていますが、なぜそうなったのか、説明が必要ではないでしょうか。供給地を動かすプランの場合は、例えば需要近傍である東京電力管内や福島での再エネ開発に力を入れる方が効率的です。マスタープランでは三つのシナリオを示したものの、ベースシナリオに対し、再エネ余剰の活用として水素製造やDAC(大気中CO2直接回収)の生産をいかに需要地近傍に近づけるかがシナリオ分岐になっており、自由度が低い。もう少し供給側の見通しに尤度を持たせるべきです。

大場 確かに供給側の想定を固定したことは最大のリスクです。業界団体の見通しをそのまま使ったようですが、洋上風力がその通り建設されるのか、増強した系統が最適なインフラとなるのかは危うい部分があり、想定の妥当性には議論の余地があります。ただ、そうしなければ計画が作れなかった面もあります。系統増強は高速道路開発と性質が似ており、赤字でも社会的に求められる事業ならばコストは享受されます。公共投資という視点を持ちつつ、より柔軟な系統の活用を考える必要もあるでしょう。

重竹 GX投資は100年に1回のエネルギーインフラの総入れ替えであり、技術的に何が有力か現時点で見通せません。しかし本気でCNを目指すなら、インフラ構築のリードタイムを考えると今すぐ動く必要があり、だから政府もプランを作り、さらに「見通し」が重要だと基本方針の中でわざわざ一章立てて規定しました。今後10年のGXのロードマップも粛々と実行するのではなく、柔軟な見直しが重要です。

長山 費用負担について前述のように個人に落としたベースでの負担額や、現在の電力会社の規模との比較を示さなければ、誰も批判しないまま当初計画通り進む可能性があります。また、再エネ由来電力が価格低下やCO2削減に貢献するとして、全国負担の部分は託送料金か再エネ賦課金で賄います。しかし九州や四国、北陸の需要家に、北海道地内の投資を一部とはいえ負担する形を理解してもらうためには、国民への丁寧な説明が必要ではないでしょうか。

 なお、北海道地内の1兆円を北海道の需要家だけで負担すると4人家族で年4000円超ですが、全国で負担すればかなり分散されます。具体的な負担額を示しつつ、系統増強の方向性を議論し続けることが重要です。経済産業相の認可を得たからといって、実施計画が各地で安易に進んでいくのは問題です。

【特集1】海底調査後に具体的検討へ デジタルとの一体整備が重要に


広域系統増強の整備計画の中で注目度が高いのが、北海道と本州を結ぶ海底直流送電だ。自社エリアに関わる可能性がある東京電力PGの岡本副社長は、行方をどう見ているのか。

【インタビュー】岡本 浩/東京電力パワーグリッド取締役副社長

おかもと・ひろし 1993年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、東京電力入社。技術統括部長兼経営企画本部系統広域連系推進室長、常務執行役などを歴任。2017年から現職。

―前回から大幅に前提が変わったマスタープランの評価は?

岡本 大変な労作だと思います。膨大なデータをインプットし、一つひとつのシミュレーションには時間がかかる上、不確実な将来の見通しも踏まえています。電力広域的運営推進機関の検討委員会でもさまざまな意見が出た中でまとめられたことに感謝しています。

洋上風力や蓄電池、水素などの技術動向といった不確実性が随所で出てくる点については「ミニマム・リグレット」(起こり得る最大の損失が最小になるような選択)で段階的に整備していくのでしょう。

―政府は北海道~本州間の海底直流送電(HVDC)などを優先的に進めたい考えです

岡本 前例のない規模のHVDC整備事業であり、今後、政府事業で海底状況をつぶさに調べた後、ルートや設計、仕様、工法などを決めることになります。広域系統整備委員会の作業チームで実際にもむ作業が重要です。

海外の主体は電力に限らず 全体で安く仕上がる形を

―広域系統整備計画に基づく事業実施主体は、一般送配電事業者と送電事業者とされています。

岡本 ただ、HVDCに関しては陸揚げ地点もまだ決まっていません。また当社は海底ケーブル工事の経験がなく、調査結果を踏まえ、国内で敷設経験のある社の協力も得ながら検討する必要があります。

地内送電線については当社が指定されるでしょうが、広域系統増強はオールジャパン的な事業として広域機関が実施主体を指定します。例えば、当社は英国の洋上風力からの送電線整備の案件に参画していますが、現地では事業主体が電力会社である必要はありません。政府や系統運用機関とコミュニケーションを取り、一連の工程をマネジメントできればいいのです。日本でも洋上風力に多様な企業が参画していますし、広域系統の実施主体もオープンな状況ではないでしょうか。

―そうなると、費用回収の仕方も検討の余地が出てきますね。

岡本 全国スキームや値差収益(卸電力取引所で地域間連系線の容量制約に起因した収益 )の活用については合意されていますが、詳細や規模で詰まっていない部分があります。また、GX関連資金などとの整理も必要でしょう。

―デジタルと電力インフラの一体化の重要性を指摘されています。

岡本 エネルギーとデジタルインフラはより密接に整備を図ることが重要だと考えています。特にデータセンターは、電気とデジタルの価値の変換所と捉えることができます。インフラの海底敷設を考えた場合、大容量の光ファイバーは送電線より圧倒的に軽く、時間もコストも抑えられます。例えば洋上風力の電気を北海道のデータセンターで使い、光ファイバーを通じてデータを行き来させるなら、光ファイバーの敷設だけで済みます。将来的に需要側で生じ得るさまざまな可能性を踏まえて、インフラ全体を安く整備する形を探ることが重要になります。

【特集1】50年の広域連系のあるべき姿を提示 具体化には継続的な検証が重要


マスタープランでは従前の内容から一歩踏み込み、具体的な系統整備の将来構想が示された。そのポイントや課題、今後の進め方などについて、電力広域的運営推進機関の寺島一希理事に聞いた。

【インタビュー】寺島一希/電力広域的運営推進機関理事

てらしま・かずき 1982年横浜国立大学工学部卒。電源開発で広域連系送電線などの計画、設計、建設業務に従事。2015年から現職。

―今回策定したマスタープランのポイントを教えてください。

寺島 2017年5月に公表した「広域系統長期方針」は、再生可能エネルギーなど新規電源の接続量増加を見据え、「日本版コネクト&マネージ」の導入など既存設備の有効活用を前提に広域連系系統の整備・更新の方向性をまとめたものです。それに対し今回のマスタープランは、北海道ブラックアウト(全域停電)やカーボンニュートラル(CN)宣言などを踏まえ、適切な信頼度を確保しながらCN社会を実現するための広域連系系統のあるべき姿を示したことが大きなポイントです。国民負担最小化の視点から、他に類を見ない規模で全国千数百カ所もの送電系統を模擬したシミュレーションを実施。その中での混雑状況などを把握した上で、費用便益評価を行いました。

―21年5月公表の中間整理から大きな変更がありました。

寺島 中間整理は第五次エネルギー基本計画をベースとしたので、その後のCN宣言や第六次エネ基を踏まえ、電源想定や需要シナリオを大きく見直す必要がありました。加えて、再エネ電源近傍の需要により再エネ利用率を増やすことで、再エネ比率5~6割の下での出力制御率を中間整理時点の40%程度から、今回10%程度まで軽減できる見通しとなりました。これも、中間整理からの大きな進展だと捉えています。


ステップバイステップで実行 資金調達の仕組みも必須

―各整備計画は具体的にどう進めるのでしょうか。

寺島 全ての計画を一気に実行に移すのではなく、適切な時期に適切な規模で順次進めていくことになります。政府の要請もあり、北海道~東北間の海底直流送電(HVDC)の新設、九州~中国の関門連系線、中部~関西~北陸の交流ループの増設計画などを優先的に進めることになるでしょう。ただし、計画の具体化に当たっては、技術的な課題も含めた地に足のついた精緻な検討が求められます。特に北海道~東北のHVDCは、複雑な日本近海の地形に前例のない規模で敷設する事業であり、ルートに関する国の実地調査結果を踏まえて工事計画を検討し、事業性の評価を行う必要があります。

―さまざまな不確定要素を指摘する声があります。

寺島 洋上風力は今後の開発、稼働状況への留意が必要ですし、既存の火力燃料の水素・アンモニアへの転換もあくまで一定の仮定に基づくシナリオ想定であることは事実です。当機関としても、23年度供給計画の取りまとめに際して経済産業相に対し、脱炭素電源の確保の仕組みと併せ、水素・アンモニアを含めた燃料サプライチェーン構築への政策支援の重要性を提言しました。また、HVDCなどでは資金調達の円滑化も重要であり、政府と連携しつつ、合理的な事業環境の整備も重要です。マスタープランの具体化に向けては、これらの課題に取り組むと同時に、さまざまな方面からのご意見もいただきたく思っています。

【特集2】地域のゼロカーボン実装を支援 PPA事業のアライアンス拡充へ


地域が脱炭素にコミットし始め、再エネPPA(電力購入契約)が大きく注目されるように。実績国内随一のアイ・グリッド・ソリューションズは、各地の事業化を支援するサービスを始めた。

【インタビュー】秋田智一/アイ・グリッド・ソリューションズ社長

あきた・ともかず 広告会社勤務を経て、2009年環境経営戦略総研(現アイ・グリッド・ソリューションズ)入社。主に新規事業開発責任者として太陽光発電事業、電力供給事業を推進。21年5月より現職。VPP Japan、アイ・グリッド・ラボの代表取締役を兼任。

―グループ全体で、分散型電源の建設から運用、そしてVPP(仮想発電所)構築、電力小売りやエネルギーマネジメントなど、CN(カーボンニュートラル)を見据えた多様なエネルギーサービスを手掛けています。再生可能エネルギー関連では2月から新たに、各地のPPA(電力購入契約)モデルを支援する「ソーラーアライアンス事業」を始めました。

秋田 当社はこれまで、流通小売りや物流施設などの屋根上を活用したオンサイトPPAモデルで、太陽光発電などの拡大を図ってきました。国内の再エネ発電事業としては珍しいPPA専業であり、オンサイトではトップの実績です。2017年度からPPA事業をスタートし、これまでの導入量は500超の施設で計10万kW程度となり、今後も年10万kW程度のペースで拡大していく計画です。

 また、PPAでは「余剰電力循環型」の独自スキームを確立しています。屋根上スペースを最大限活用しつつ、余剰分は当社が買い取り、他の需要家や地域新電力などに売電する事業を展開しています。他社にはないノウハウを生かして事業計画づくりから支援していくのがソーラーアライアンス事業であり、各地域がカーボンゼロを目指す上で多くの関心が寄せられています。


1日1施設建設のペース 独自ノウハウが評価


―自社のPPA事業については、今春、金融機関10社から103億円の追加資金調達を実施。累計で200億円超となりました。

秋田 金融機関もPPAへの関心を高めており、当社の計画がマネタイズできている点や、グループのVPPJapanが黒字化している点などが安心材料となっているようです。オフサイトPPAで百億円規模の資金調達に至るケースは珍しいと思います。

 再エネ事業は見通しを立てやすいとはいえ、計画を立案することと、期間内に実際に作り上げることは全く別物。1施設のPPAだけなら難しくはありませんが、年10万kWというペースは1日1カ所発電所を建設していく計算です。しかも今後は大規模開発ではなく一層の分散化が進み、生活圏に近い場所での事業も増えるでしょう。そんな環境下で数多くの事業開始に至るためには相当のノウハウが必要となります。

 その点、ソーラーアライアンス事業では、年間数百件着工できるだけの地点や人材の確保、営業力、計画管理、そして資材調達力といった当社のリソースやノウハウを、アライアンス先が活用できます。なお、資材調達に関しては中国リスクが付きまとうため、サプライチェーンを多様化してポートフォリオの安定化を図っています。

―各地のPPA事業を軌道に乗せる上でのポイントは?

秋田 地域の特色を出すことも重要ですが、その手前で肝要なのがいかに早く採算ベースに乗せるか。一口に屋根上といっても、効率が良い場所から優先して設置しなければ、採算ラインに乗りにくい。その点、AIで地点ごとのポテンシャルを把握しスクリーニングする当社独自のソフトを活用し、地域のステークホルダーが把握する情報と併せれば、地域内で効率的な事業計画が立てられます。

 自治体の取り組みではまず公共施設のPPAから始めがちですが、必ずしも効率性の面からは望ましいとは言えません。CO21t当たりの削減コストを抑えるためには民生施設をいかに巻き込むかが重要であり、この点は環境省の「脱炭素先行地域」でも評価されるポイントとなります。ただ、同時に自治体の悩みの種でもあり、そこで当社と地域の金融機関や企業が連携することで、課題解決につながると考えています。